今宵エデンの片隅で(garnet crow/2006年)
捜査編1
ボクたちは、モノクマの次の言葉をまってた。もう
「そう怖い顔しないでよ!悪い話じゃないからさ!」
「それはおれたちが判断することだよお。いいからさっさと話しなよお」
「いいの?聞ける状態じゃない人がいるみたいだけど?研前サンとか研前サンとか研前サンとか!」
「・・・こ、こなたさん?
モノクマが
「はあ・・・!はあ・・・!」
「ど、どうしたの研前さん・・・?どこか具合でも悪いの・・・?」
「うぅ、い、いいから・・・ちょっと、くらっとしただけ。ありがとう、スニフ君・・・!大丈夫だから・・・!」
「どう見ても大丈夫じゃないわよ!?顔も白いし・・・貧血じゃない・・・!」
「うぷぷ♬こんなタイミングで体調崩しちゃって、ホントに間が悪いんだからなあ研前サンは。後でサプリあげるから、取りあえず話聞いてね」
セーラさんがテルジさんもよんできて、ふたりでこなたさんの
「これからオマエラには、このボクと直接学級裁判で争ってもらいます!人数が少なくなればコロシアイができなくなっちゃうから、この辺で一度決着を付けておこうと思うわけです!」
「モノクマと・・・直接学級裁判だあ?んなこと言ったって、誰も誰かを殺してねえのに、どうやって学級裁判すんだよ!」
「ついさっきまでオマエラが必死こいてやってた裁判は、『オマエラの中に潜んだクロが誰なのか』を明らかにするための裁判でした。でも、ボクとオマエラが戦う学級裁判でオマエラに明らかにしてもらうことは、全部で3つあります!」
「まず1つは、『コロシアイの目的』!オマエラは何のためにコロシアイをしてきたのか!それを明らかにしてね!」
「そんなのお前が強いてきたからじゃあないのかい?」
「うぷぷ♬そんな簡単なことじゃないよ。だったらこう言い換えてみたら?『ボクがオマエラにコロシアイを強いた目的は何か』、つまりボクの目的を明らかにするってことだよ!」
「そ、そんなの分かるわけないじゃない・・・!」
「もちろんボクは勝負事には公平なクマでありたいからね。最終裁判に必要な情報をオマエラが手に入れるチャンスはあげるよ。さ、そんじゃ明らかにすること2つめ!」
なんだか
「それは『黒幕の正体』!要するにボクは一体誰なのか、ってことだね!オマエラがかねてから知りたがってたことを、いよいよオマエラ自身の手で明らかにしてもらおうってこと!アツいね〜!」
「そのヒントも、この後の捜査時間で与えられるってことかしら・・・?」
「はいその通りです!とはいえ、これまでオマエラが過ごしてきた中で、全くそのヒントがないとも言い切れないと思うよ。うぷぷ♬まあそれだけで推理することはできないとは思うけど、ボクが与えるヒントだけで全てが明らかにできるとは思わないことだね!」
「・・・」
これまでの中で、
「さらにさらに3つめのお題も出しちゃうよ!大盤振る舞い!」
「おれたちのやることが増えるだけじゃあないかあ」
「堅いこと言わないでよ納見クン。3つめはもっと大事なテーマなんだからさ」
「
「うぷぷのぷ♬オマエラが明らかにすべきことの3つめは・・・『オマエラは何者か』だよ!」
「・・・?意味が分からないんだけどお?」
「そのまんまの意味だよ!オマエラは一体何者で、何の為にここにいて、何をしてきたのか。その存在意義は?生きる目的は?そういうことだよ!」
「そんな哲学的なこと言われても・・・分からないわ」
「そのうち分かるようになるさ。ま、かと言ってコロシアイにおけるクロみたいに、答えの明確な基準がないと困っちゃうよね!だから、ボクが想定した答えのおおよそを言い当てることができれば、OKとします!」
「なんの優しさも感じねえな」
モノクマが言う3つめの
「いや〜、ワックワクのドッキドキだよね!この、いよいよクライマックスって感じ?大詰めって感じ?コーフンしてきちゃうね!」
「・・・」
「温度差がすごい!でもまあボクは気遣いができる良いクマだから、研前サンの体調も考慮して、時間をあげるよ。最終裁判は今夜9:00から。それまではフリータイムとしてあげるよ。捜査するもよし。ゆっくり休むもよし。だけどコロシアイだけは禁止!それやられるとすっごい困るから!」
「そんな身勝手な・・・」
モノモノウォッチがピロリンとなる。あたらしい
「そんじゃ、ボクはヒントを準備しなくちゃいけないから!まったね〜!」
「あっ」
それだけ言って、またモノクマはかってに消えてった。
「うぅっ・・・!」
「お、おい研前!お前マジでどうしたんだよ!」
「無理もないわ・・・雷堂くんのあんなの見ちゃったら・・・!」
「とにかく一回ホテルに戻らないかい?研前氏も横にした方がいいだろうしい、これからのことを話し合う必要もあるだろお?」
「そうね。研前さん。ちょっと揺れるけれどがんばってね」
「・・・うん・・・!」
ワタルさんの
こなたさんを
「こそーり」
「さっきの今でなんだいモノクマあ」
「さっき研前サンにサプリメントあげるって言ったけど渡し忘れてたから持って来たの。ボクは約束を反故にはしない誠実なクマだからね」
「
「そんじゃボクはこれで・・・」
さっきと比べてずいぶん大人しいモノクマは、
「取りあえずこれからどうするんだい?モノクマランドを捜査すると言ってもお、たった5人でひとりは子供でえ、ひとりは体調不良だあ。1日あっても十分な捜査ができるとは思えないけどお」
「ボクは大丈夫ですよ!ちゃんと
「わ・・・私も・・・!大丈夫、だよ。ちょっと、気分が悪くなった、だけだから・・・」
「そんなふらふらで何言ってるのよ。無理しちゃダメよ」
すわってるだけなのに、こなたさんはあたまをぐらぐらさせて今にもたおれちゃいそう。このままじゃ
「モノクマランドはとっても広いからあ、手分けして探さないとだねえ。ひとりはここで研前氏を看てて、あとの3人で手分けして捜査するってことにしようかあ」
「そんなバラバラになって大丈夫?モノクマが何かしてこないかしら?」
「最終裁判やるってんだから、今更なんもしてこねえだろ。コロシアイだってわざわざ新しいルール作って禁止してんだぞ?これ以上オレらが減るのが、あいつにとっちゃ都合悪いってこった」
「じゃあボクこなたさんみてます!」
「ううん。スニフくんより、私が一緒にいてあげた方がいいわ」
「そうだねえ。正地氏が適任だねえ」
「オレもそう思うぞ」
「
せっかくこなたさんとふたりっきりになれる
「だけど、研前さんの気持ちも大事だと思うの」
「?」
「ひとまずは、3人でホテルエリアとテーマパークエリアを探索してくれないかしら?もし何かあったときにすぐにここに集まれるように。それ以外のエリアは、午後に研前さんがしっかり回復してから、手分けして探索しましょう」
「な、なるほど・・・そりゃいい案だ」
どこを
捜査開始
「イヤなことを思い出しちゃうねえ」
「・・・ボ、ボクは、だいじょぶです。
「そりゃあ大丈夫とは言わないんじゃあないかい?他人の命を背負うのはあ、スニフ氏にはまだ荷が重いと思うよお」
「だけど、そんなこと言ってらんないです。ボクだって、
「真面目だねえ。そんじゃあ死んでったみんなのためにもお、しっかりここの捜査をしようかあ」
「はい!」
ボクとヤスイチさんは、モノモノウォッチの
あちこちを見てるといろんなことを思い出す。そういえば、ボクがはじめてこのモノクマランドにいることに気付いたのは、あのモノクマの
「あんまり良い気分じゃないねえ」
ヤスイチさんはのんびり言った。
「どういう気持ちだったんだろうねえ。自分たちがしたコロシアイとはいえ、そのせいで処刑されるなんてさあ」
「・・・」
「悔しかっただろうねえ・・・悲しかっただろうねえ・・・」
「ヤスイチさん。どうしてそんなこと言いますか」
「スニフ氏はあ、荒川氏の最期をどう思うんだい?」
「エ、エルリさんですか?」
ボクたちは、
「『コロシアエ ココヲデロ』。虚戈氏を殺しておれたち全員の命を奪ってでも生き延びようとした荒川氏が、全身を切り刻まれても生にしがみついて遺した言葉だよお。雷堂氏はこれを良い風には受け取ってなかったみたいだけどお、スニフ氏はどう思ってるんだい?」
「ボクは・・・それは・・・」
きっとこれは、ボクは考えていなくちゃいけなかったことだった。エルリさんがあの言葉をのこしたのには、きっといみがあるはずだ。あんなに
「荒川氏が何かに気付いてその言葉を遺したとしたらあ・・・何かもっと深い意味が隠されているような気がしないかい?」
「ヤスイチさんは、どうおもってますか?」
「そうだねえ・・・もし荒川氏が正気を保っていながらこれを遺したんならあ、おれらが外に出ることに何か意味があるんだろうねえ。コロシアイそのものじゃあなくてさあ」
「外に出ることにいみですか・・・?でも、外のことなんて、分からないじゃないですか」
何かを考えるみたいに、ヤスイチさんはだまった。エルリさんの
最終裁判とかってヤツのためかどうか知らねえが、ホテルは今まで行けなかったところがどこもかしこも行けるようになってた。もう死んじまったヤツの個室は鍵がかかってたはずなのに、今は全部開けっぴろげだ。皆桐の部屋は誰も入った跡がない、まっさらな状態だった。ランニングマシーンとかプロテインの入った冷蔵庫なんかがある。
「個室が開いてるってことは、“才能”部屋ってヤツにも行けるようになってんのか」
そういや、オレは自分の“才能”部屋に行ったことがねえ。モノクマからの動機として開放されたから、そこに行けば余計なもんを見ちまうと思ってたからだ。けど、もうコロシアイは起きねえ。だったら見てもいいのかも知れねえな・・・。
「・・・気になる」
どうしても好奇心をガマンできなくて、オレはエレベーターで自分の“才能”部屋がある階に来た。金属板みてえに飾り気のねえドアは軽くて、見上げるほどデケえのに片手で開け閉めできた。中はたくさんの本と食器と調理器具が並んでた。珍しい食材や食べられるのかも怪しい虫とも魚ともつかねえ食材もある。部屋の一角は熟成庫になってて、でっけえナチュラルチーズやら燻製やらが保管されてた。ワインまであるたあ気が利いてる。
「こんなもん、どうやって集めたんだ?」
キビヤックからバラマンディまで、醤油がありゃシュールストレミングも、世界各地の食材がそこら中にある。オレがここに来たのは今がはじめてなのに、こんだけのもんをどうやって保存してたんだ。それに、その食材だって集めるのは簡単じゃねえ。世界中を飛び回らねえとこんなのは手に入らねえはずだ。これがモノクマの力ってことか?
「・・・ッ!」
食材の異常なまでの充実さも気になるが、ここにある調理器具の正体に気付いたとき、背筋が寒くなった。このフライパンも、包丁も、菜箸も、希望ヶ峰学園に来る前にオレが使ってたものだ。なんでこんなもんが、こんなところにある?見て、触って、確信する。これは間違いなく、オレのもんだ。
「どういうこったよ・・・!?」
モノクマがオレの部屋や厨房にあるもんをパクってきたってことか?けどこれだけの数を運ぶなんてムリがある。オレ以外のヤツらも同じように自分のもんが“才能”部屋にあるってんなら、そんなのどんだけ時間がかかるか。それにそもそも、この調理器具の価値なんて、オレにしか分からねえはずだ。こいつらは何にも特別なことはねえ。ただオレが長く使ってるってだけのもんなのに。
「・・・」
なんだか不気味だ。モノクマの正体が余計に分からなくなった。なんであいつは、オレの大切なものが何かを知ってたんだ。そういや、他にもおかしなことがある。なんでモノクマはみんなの『弱み』を知ってたんだ?どいつも知られたくなくて隠してたことを、当たり前みてえに動機にしてきやがった。
オレが夜な夜な他のヤツらに秘密にして飯作ってることはカメラで見てたにしても、鉄や極の『弱み』なんてそれだけじゃ知りようがねえ。
「ってことは・・・?」
モノクマの正体はオレらのことを知ってるヤツってことか?けど、そんなヤツいるか?オレらは希望ヶ峰学園に入学しようとして、気付いたらここにいた。オレらが互いに初対面だったのに、全員のことをよく知ってる人間なんかいるわけがねえ。
「くそっ・・・!やっぱオレひとりじゃダメだ・・・」
色々考えてみるけど、すぐに壁にブチ当たってそこから動けなくなる。モノクマはなんでそんなに色々知ってるんだ。オレらの『弱み』だけならまだしも、外の世界のことだってそうだ。真相なんて言ってオレらに突きつけて、雷堂はそれを間に受けてあんなバカなことしちまった。けど、それがもし本当に真実なんだったら、モノクマはなんでそれを知ってんだ。あいつだってずっとオレらと一緒にここにいたはずだろ。それとも、最初っからここにはオレらしかいねえのか?黒幕はどっか別の場所にいんのか?
結論の出ねえことをぐるぐる考えてたら、いつの間にか時間が過ぎてた。やっぱりオレは考えるより体を動かす方が性に合ってるらしい。なんか頭が痛くなってきた。こういうのはスニフとか納見に任せて、オレはとにかく手掛かりを集める方がいい。
「できねえことを考えててもしかたねえ。できることをやりゃいい、か」
いつか雷堂にそんなこと言ったっけな。最後の学級裁判で、オレなんかにできることがあるんだろうか。鉛みたいな感情が腹の底に沈んだまま、オレは一旦食堂に戻ることにした。
捜査中断
「成果はあったかい?」
「取りあえず自分の“才能”研究室は見た。ありゃどういうこった?お前ら全員、おかしな感じしてんじゃねえのか?」
「はい・・・。あれは、まるで今までボクらが使ってたみたいです」
「そうなのよ。だけどあんな部屋見覚えないし、こんなところに来た覚えもないの。だから不気味なのよね」
「うん。それに、“才能”研究室だけじゃないよ。ホテルの部屋だってここに最初に来たときから、私たちのために用意されたみたいだったもん」
「どうやらモノクマはおれたちのことをよく知ってるみたいだねえ。それもヒントになるんだろうけどお」
ヤスイチさんはいつもののんびりした言い方をしてるけど、ボクらはみんな
「研前はもう大丈夫なんかよ?」
「うん。正地さんのおかげで、だいぶ楽になったよ。もうひとりでも大丈夫」
「本当?無理しちゃダメよ?」
「元気になってお腹空いてきちゃったくらいだよ。下越君、ご飯にしよう」
「おう。ミートローフ作ってあったからそれと・・・」
「おれも手伝うよお」
テルジさんとヤスイチさんは
すぐにテルジさんとヤスイチさんが、5人分のお皿をもってもどってきた。
「で、午後からどうするよ?裁判した後とはいえ、午前中で調べたのホテルエリアとテーマパークエリアだけだろ?」
「テーマパークエリアももう少し調べられそうだけどお、ここは全員でしっかりやった方がいいだろうねえ。それ以外のエリアとなるとお、えっとお、全部で15ヵ所だねえ」
「え・・・15?そんなにあるの?」
「ひとつひとつも広いから、みんなでまとまって行ってたらとても回りきれないね」
そんなにたくさんあったなんて、びっくりだ。
「だけどお、ひとりで3ヵ所だったらまだできそうじゃあないかい?」
「3ヵ所なら・・・近くのエリア同士だったらたぶんいけるね」
「ちょうど5人ずついることだしい、ひとり3ヵ所を捜査するってのはどうだい?スニフ氏と研前氏もひとりで捜査に行くことになるけどお」
「うん、私は大丈夫だよ。なるべくホテルエリアから近いエリアにしてくれると助かるけど」
「ボクだってへっちゃらですよ!」
「下越氏と正地氏はどうだい?」
「・・・そうね。もう迷ってる時間もないものね、わかったわ」
しゃーねーか」
「そんじゃあ、どこのエリアを捜査するかを決めたらあ、午後からは各自そんな感じでえ」
ヤスイチさんの
そうと決まったらいつまでも
捜査再開
Side:研前こなた
モノヴィークルを使えば、モノクマランド内のどこにでもすぐに移動できる。私はまだちょっと頭が痛いのに配慮してもらって、ホテルエリアの近くでかつエリア内をなるべくモノヴィークルで移動できるところを選ばせてもらった。まずはパシフィックエリアだ。ここは砂浜と島を一周する道しかないから、モノクマがヒントを話してることなんてないと思うけど、一応ぐるっと一周を見て回る。途中で、砂浜に降りて波打ち際まで行ってみた。壁や柵みたいな囲いはなくて、しようと思えば海に入って遊ぶことだってできる。
「本当に海だ・・・」
指先に触れた水の冷たさ。足下を行ったり来たりする波の泡。香る潮の匂い。そのどれもが、これが本物の海だってことを示していた。作り物じゃない。本物の海。
「・・・」
それなのに、どうして誰も助けに来ないんだろう。ここが本当の海なら、近くの陸地が見えたり、船や飛行機が近くを通ったりするものじゃないかと思う。希望ヶ峰学園の新入生が17人も行方不明になったら、きっと大騒ぎになってる。誰も探しに来ない。誰も助けに来ない。誰も姿を見せない。この海は、どことも繋がってないんじゃないかとすら思えてくる。彼の水平線の向こう側は、真っ暗な滝になってるんじゃないか。誰かに話したら笑われそうなその考えも、今はリアルに感じる。
波の音は絶え間なく私の耳を包んで、かすかに浮かんだ不安と寂しさを強く掻き立てる。本物なのに造り物のような不自然さのせいで、足下の地面さえも信じられなくなってきた。私はいま、どこにいるんだろう。
Side:下越輝司
エリアに入る前に必ず通らなきゃならねえこの通路。つい今朝まではなんてことないただの設備だったのに、今は微妙に入るのにためらいを感じる。雷堂があんなバカなマネしたせいだ。ひとりで勝手に考え込んで、ひとりで勝手に覚悟決めて、ひとりで勝手にいなくなっちまいやがって。お前が生き残らなくてどうすんだよ。少なくとも茅ヶ崎が殺された夜に見張りに名乗り出たのはお前の本心だろ。『弱み』なんて動機にどうやって立ち向かえばいいか悩んでたのはお前の本気だろ。それでいいじゃねえか。オレたちにとってお前は十分リーダーで、支えだったじゃねえか。オレがあいつらの支えになれるかよ。もう誰のことも信じられる自信がねえオレが、誰かに信じてもらえるのかよ。
「ちっくしょう・・・!」
消毒用通路のアルコールはどうやらモノクマがもう元に戻したらしい。今朝感じた妙な感覚はすっかり消え去ってた。はじめからそんなヤツらいなかったんじゃねえかってくらい、裁判が終わった後に事件の痕跡は一切なくなる。だけど、あいつらの個室はちゃんと残ってる。あいつらのことは生き残ったオレたちが覚えてる。オレたちを裏切って仲間を殺したヤツらに言いてえことも、そいつらを信じて殺されててったヤツらにかけてえ言葉も、全部オレの胸の中にごちゃごちゃに詰め込まれてる。それが、あいつらが生きてた証拠だ。胸のところにでっけえ釘が刺さったみてえに、一生消えねえ記憶になって。
「バカやろう・・・!」
手入れや収穫を極たちが手伝ってくれた畑。納見が酔っ払って実を食いまくった果樹園。気持ち悪い薬やなんかが並んでる丸太小屋。どこに言っても見つかるのは黒幕の手掛かりなんかじゃなくて、少し前までの記憶だ。あのときオレは、また誰かが誰かを殺すなんて、これっぽっちも考えてなかった。もう誰も信じられねえと思ってたのに、いつの間にか信じてた。いや、信じてたわけじゃねえ。考えねえようにしてただけだ。だからオレは、後悔してる。信じた結果裏切られたんなら、それは裏切ったヤツが巧くやっただけだ。けど考えることもしねえで出し抜かれちまったのは、オレがそいつを止めようとしなかったからだ。そいつの殺意に、見て見ぬフリをしただけだ。だから、後悔するんだ。
「バカは・・・オレじゃねえか・・・!」
「あ!!テルジクン!!」
「うっおおおいっ!!?っだよ!!」
「あら、意外といい反応」
考え事しながら果樹園歩いてたら、果実みてえにモノクマがぶら下がってた。耳元でいきなりデカい声出されたせいで脳の奥までキンキン響く。膜が張ったみてえに耳が聞こえなくなった。そのうち治るだろうが、モノクマにやられたってだけでかなりイラっとくる。驚いた拍子に髪の毛が木に絡まったじゃねえか。
「いたたっ・・・!なんだこの野郎!びっくりさせんじゃねえよ!」
「下越クンがらしくなく考え事してるから、元気付けてあげようとしたんじゃない。元気になったみたいでよかったね」
「うるせえよ!余計なお世話だ!」
「うぷぷぷぷ♬ホント、キミは扱いやすいんだか扱いにくいんだかよく分からないね。ちょっと前まではみんなのことを支えてあげてたのに、今じゃ誰も信じられないんだから。そんな調子でボクとの裁判でちゃんとやれるわけ?」
「それこそ余計なお世話だ。お前に心配される筋合いはねえよ」
「あっそ。せっかくボクがヒントをあげにきたのに、そんな態度とる?」
「ヒントだあ?」
またモノクマはワケの分からねえことを言う。ヒントってのは雷堂が処刑された後に言ってたような気がするが、そもそもこいつとの裁判に向けてのヒントってことは、こいつにとって不利になるものとか情報ってことだろうが。そんなもんわざわざオレたちに寄越すってことは、罠かデタラメに決まってんじゃんか。さすがにオレだってそれくらいは分かるぞ。
「ちなみに罠でもデタラメでもないからね。裁判ってのは公平に行われなきゃダメなんだ。ボクが一切情報を与えなければ、寝てても勝てちゃう退屈な裁判になっちゃうからね」
「お前、心が読めるのかよ」
「下越クンくらい
「なんとなくバカにされてる気がする・・・」
「それに下越クンじゃあろくに推理とか考え事とかできないだろうしさ。その点でもボクはキミに手厚いサポートをしてあげなきゃと思ってるわけ」
「完全にバカにしてんな!」
星砂だけじゃなくてモノクマにまでバカにされる!ちくしょう!とは言え、推理が苦手ってのは実際そうだから、そこは何も言い返せねえ。スニフみてえに頭使ったり、納見や研前みてえに推理の流れに突っ込んだり、正地みてえに役に立ちそうな知識を持ってたりもしない。考えてみりゃ、裁判でオレが役に立つことなんて何もねえ。オレがあの場所にいたって、あいつらの足を引っ張ることになるだけじゃねえのか。そうならねえように一生懸命考えて推理すりゃいいんだろうけど、そればっかりはどうにもならねえ。諦めてるわけでも、無責任になってるわけでもねえ。精一杯やってはいる。だからこそ、どうしようもねえ。
「まあ下越クンのおつむが残念なのは今に始まったことじゃないからいいとして」
「だったら言うんじゃねえよ!」
「ボクからのヒントをありがたく受け取りなよ。あんまりにも下越クンがこの後の裁判で活躍できる気がしないから、特別サービスで露骨なのあげちゃう」
「とことんバカにしやがて・・・なんだってんだよ」
「雷堂クンが言ってたことだよ」
「雷堂?」
そう言うとモノクマはへそからモニターを取り出した。どこにもつながってねえのに画面に映像が流れ始める。もう今更こいつの摩訶不思議さにはつっこまねえ。疲れるだけだ。それよりも再生されてるのは、さっきの裁判の後の雷堂の様子だった。まだ俺はあいつが言ったことのほとんどが理解できてねえ。“超高校級の絶望”がどうとか、このモノクマランドがどうとか、一度に聞くには難しい話が多すぎた。
「下越クン、これ見てどう思う?」
「どうって・・・なんだよ。どうもこうもねえよ」
「それじゃあ答えになってないよ。キミには雷堂クンの話を聞いて何を感じたの?信じられる?」
「・・・信じるとか信じねえとか、そんな判断できるほど分かってねえ」
「だろうと思ったよ!うぷぷぷぷ♬ホント下越クンはバカだね」
「ああ・・・バカだ」
「あれ?お決まりのヤツやらないの?」
「何がしたいんだよお前は」
オレの質問にはまともに答えねえくせに、モノクマはオレにあれこれ質問した挙げ句にくっくっと笑って自分への質問は誤魔化す。こんなんだから相手に為るだけ無駄だと思ってんのに、雷堂が言ってたことなんか持ち出すから気になってしょうがねえ。
「あのね、雷堂クンが言ってた“超高校級の絶望”って、外の世界では殲滅されて歴史になってるって言ったでしょ?」
「ああ、そんなようなこと言ってたな」
「だけど、未来機関はその残党を探して抹殺しようとしてる。雷堂クンはその功績で英雄になろうとした。これって矛盾してると思わない?」
「あン?・・・何がだよ?」
「えっとだからね。“超高校級の絶望”は殲滅されたの。ね?この世からいなくなったの。だけど、雷堂クンは“超高校級の絶望”を殺すことで英雄になろうとしたの。それって、論理的におかしいよね?」
「・・・ん〜、はあ」
「ウソだろ」
「何がだよ」
「下越クンの物分かりの悪さがだよ!」
「あいてっ」
考えられねえようなジャンプをしたモノクマに頭を叩かれた。逆ギレじゃねえかそんなもん。だから難しい言葉使うなってんだよ。
「だーーかーーらーー!もうこの世にはいないはずの“超高校級の絶望”を殺すなんてできるわけないでしょ!なのに雷堂クンはそれを実行して、それを未来機関に認めさせようとしたの!できるわけもないのに!」
「・・・ああ、なるほどな。そりゃヘンだ」
「だけど雷堂クンはできると確信していた。それはなぜか?うぷぷ♬“超高校級の絶望”がまだ生きてるっていう確信を得たからだよ」
「それが極だったってことか」
「そうそう。だけどそれも確信っていうよりは、とにかく怪しいからそう仮定したら色んなことが繋がった。だから極サンが“超高校級の絶望”だと言える可能性がちょー高いってくらいに留まってるけどね!」
「それがヒントか?全然意味わからねえぞ」
「なんでだよ!!」
また叩かれた。オレらがモノクマに手を出すのは禁止されてんのに、こいつはオレのことをバシバシ叩いてきて不公平だ。殴れたとしても、そんなことに何の意味もないことくらいは分かってるが。
ともかくモノクマが言うには、“超高校級の絶望”ってのが重要なヒントになってるらしい。一回あいつらに話してみねえと、オレだけじゃそれがどれくらい重要なのか判断がつかねえ。どっちにしろ夕飯のときに全員で集まるんだし、捜査の結果だってそこで話すだろ。そういや、今日の夕飯はどうしようか。他のエリアに行く前に、ここで野菜を収穫してホテルに戻ろうかとも考えた。
「さすがにやめとくか・・・」
「ボクは心配だよ。下越クンがこの状況を正しく認識してるかどうか」
「なんでお前に心配されなきゃいけねえんだよ」
「ボクに心配されるほど下越クンのおつむが弱いからだよ!」
最後にもう一発叩かれた。いてえ。
Side:正地聖羅
風に舞い上がった砂が、髪に絡みつく。漂ってきたお酒の匂いに鼻の奥がツンと痛くなった。中は粗末な灯りだけに頼った寂しい空間。並んだお酒のボトルは微かな光を反射してきらめいているけれど、一歩ごとに軋む木造の建物はみすぼらしいとしか言いようのない侘しさをまとっていた。
「ここには何も・・・ないわよね・・・」
ウエスタンエリアはモノクマランドの中でも隅の方にある物寂しいエリアだった。いつか研前さんと納見くんと一緒に探索したときは、納見くんが檻に閉じ込められるわ、お酒に酔うわ、ロデオマシーンに吹っ飛ばされて干し草に埋まるわで、すごく手を焼いたっけ。今はなんだか頼もしくも感じてくるけど、任せて大丈夫かしら。どこかですごく大きなヘマをやらかしそうで、なんだか見てて心配になるわ。
「・・・」
酒場のホールに並んだテーブルのひとつを見て、またこのエリアであったことを思い出す。あの時は、研前さんが虚戈さんをぶっちゃって、研前さんが精神的に落ち込んでたんだっけ。その後には虚戈さんが殺されちゃうし、心の拠り所だった雷堂くんだって、あんなことになっちゃうし、体調を崩すのも無理はないわ。むしろ午前中だけで歩ける程度に回復したのに驚くくらい。
そんな研前さんの、幸運についての話。犠牲を伴う幸運のこと。茅ヶ崎さんが殺されたのもその幸運のせいだって思ってる。だから余計に精神的につらいんだわ。きっと、絶対にそんなことないのに。
「どうしてあげたらいいのかしら・・・」
たとえ研前さんの幸運が本当に犠牲を伴う形でしか幸運を呼び寄せられないとしても、そのことに研前さん自身が責任を感じる必要はないはずだわ。だって、研前さんだって傷ついてるもの、制御できない幸運で一番不幸になってるのは、一番犠牲を払っているのは、研前さん自身だもの。
モノクマはきっとそれを知っていて、今夜の裁判でもそれで揺さぶりをかけてくるはず。ずっとこのコロシアイ生活を見ているモノクマが、研前さんの心の傷を狙わないはずがない。それは研前さん以外の私たちにも言えることだけど、少なくとも研前さんの幸運のことを知っているのはワタシとスニフくんだけ。男子ふたりに余計な揺さぶりをかけさせないように、裁判の前に明かして信頼させておかなくちゃ。
だけどそうなると、私の『弱み』も打ち明けなくちゃいけなくなるのかしら・・・。ううん、研前さんの『弱み』に比べたら、別に人を傷付けるわけじゃないし、大したことじゃないわ。
「うん、言おう!研前さんのことと、私のこと。ちゃんと話して、みんなに理解してもらおう!」
誰もいない殺風景な道の真ん中で、私はそう決意した。乾いた風に乗って砂がほほに当たる。もう他のエリアに行こう。
Side:スニフ・L・マクドナルド
「あうぅ・・・」
なんだか
なるべくちっちゃくなってモノヴィークルにのってると、いつのまにかおっきくて古いお寺についた。木でできた
「あっ・・・」
草がぼーぼーに
「かーっ!ぺっ!マセちゃってまったくさ!」
「
いきなりモノクマの声が聞こえてきて、ボクは思わず
「
「相変わらずボクとサシのときは口が悪いなあ、スニフクンったら。みんなの前では猫被ってるんじゃないの?」
「ネコですか?」
「ネコです。よろしくお願い・・・じゃないよ!危うく収容違反するところだったよ!危ない!」
「???」
モノクマはいつもひとりで
「ネコじゃないならなんですか」
「ボクがスニフクンに会いに来る用事なんて決まってるでしょ?うぷぷぷぷ♬ボクからの、ヒ・ン・ト♡」
「
「なんで唾吐いたの!?」
「
「ひ、ひどいよ・・・!スニフクンってば本当にボクといるとキャラ違うよ・・・!城之内クンといるときだってもっと柔らかかったよ」
「お前のせいです」
「スニフクンは今、反抗期なのね。うんうん、それも成長だよね、と、モノクマは悲しみながらも愛情をもって受け止めたり」
「
モノクマとはなしてると
「うん、なんかこれ以上スニフクンにキツいこと言われると本当に泣いちゃいそうだから言うね。あのね、スニフクンって城之内クンと仲良かったでしょ」
「はい。
「そんだけ」
「
「分かるよスニフクン。青春するために希望ヶ峰学園に来たとはいえ、話し慣れた言葉が通じないっていうのはなかなかストレスだからね。城之内クンみたいに英語が堪能な人がいて、本当によかったね。まあその城之内クンも、すでにここで相模サンに殺されちゃったんだけどさ」
「それだけですか?」
「それだけだよ。スニフクンと城之内クンの仲が良かったこと。それだけ改めて伝えに来たんだよ」
「なんですかそれ?そんなの
「これがヒントになるかどうかは、スニフクンの頑張り次第だよ!せいぜい頑張って考えてね!」
コロシアイ・エンターテインメント
生き残り:5人
だいぶ久し振りの投稿です!捜査編の精査とかやってたらかなり間が空いてしまいましたが、毎日1000字チャレンジは続けてましたよ。捜査編はほぼ書き上がっているので、ここからまた投稿していきます。真相予想もしてみてくださいね