私たちはまたモノクマに呼ばれた。前回の裁判から少し間が空いて、このタイミングでモノクマが呼ぶっていうことは、用事は決まってる。またコロシアイのための動機を私たちに寄越すんだ。私は朝ご飯の後、田園エリアをお散歩中にそのアナウンスを聞いた。徒歩だったから急いで集合場所に向かったけど少し時間がかかって、みんなに心配かけちゃった。
集合場所に着くと、もう既にモノクマがいて、私が到着したのを見て待ってましたとばかりに飛び上がった。なんで肩からポーチかけてるんだろう。
「うぷぷぷぷ♬オマエラ最近仲がよろしいみたいで、モノクマランドの支配人のボクとしてはとっても嬉しいです。ここから誰かが死んだら一層絶望も深いでしょうね」
「うるさいヤツだな。どうせ動機を寄越すんだろ?さっさと済ませろよ」
「ワタルさん・・・こわくないですか?」
「怖がったってしょうがないだろ。それに、俺たちは3回もこいつの動機を耐えてきたんだ。乗り越えてきたんだ。だったら、今回だって大丈夫だ」
「そう思ってた相模サンや星砂クンも、ボクの動機であっさり殺人に手を染めたんだけどね」
私たちを励まそうとした雷堂君の言葉は、モノクマの言葉であっさり打ち砕かれた。確かにここにいるみんなは、3回もモノクマが寄越したコロシアイのための動機に耐えて生き延びてきた。でもそれは、たまたま動機の内容が私たちに響かなかっただけ。たまたま私たちより先にコロシアイをしてしまった誰かがいただけ。そう言われてしまえばそれまでだ。
「フフフ・・・何が誰に響くかなど、やってみなければ分からない。ここに私たちがいることも、たまたまと言えばそうなのだろう」
「それでもボクはやっぱり考えました。オマエラをどうやったら清く正しく美しいコロシアイに導くことができるのかと」
「そんな劇団みたいなコロシアイはごめんだねえ」
「今までオマエラは、大切な人のピンチを見せても、夜な夜な辛い過去や苦しい思い出を追体験させても、自分自身のやらかい部分を人に打ち明けさせても、コロシアイをしてこなかったメンバーだからね」
「イヤな言い方しないでよ」
「だけどボクは振り返って思うんだ。今までの動機で、一番オマエラの心を揺さぶることができたのは何か。それは2つめの動機、悪夢だよ!」
「なんだ?またヤな夢でも見せようってのか?」
「えー×マイムあれイヤなんだよなー×寝汗とか寝不足とか寝癖とか♣」
「寝癖は関係ないねえ」
「やっぱり現代っ子なオマエラは、人付き合いとか自分の恥ずかしい部分とかなんてものは簡単にスルーしたりクリアしてしまえるもんなんだね!他人との関わり合いも多様化していく中で、恥も外聞もない付き合い方ができるフレンズなんだね!」
「何を言ってるかよく分からないんだけど・・・」
「要は、オマエラは自分自身の内面を見つめることが苦手だってことだよ」
なんだかモノクマはそれらしいことを言ってるけど、どうせ私たちに寄越すのはコロシアイのための動機でしかないんだ。余計なことに騙されちゃいけない、いけないんだけど・・・心当たりがあるのか、不安そうな顔をしてる人たちは何人かいる。
「と、いうわけで今回オマエラに配る動機は、オマエラ自身に関することです!それも特別大サービスで、2つもあげちゃうよ!」
「・・・写真、か?」
ポーチの中をまさぐって、モノクマは何枚かの写真を取り出した。私たちに関する写真って、今までのコロシアイの中で隠し撮りでもしてたのかな。恥ずかしい写真をバラされたくなかったらコロシアイしろって感じ?今更そんなことでコロシアイする人なんているのかな。
「この写真をオマエラのモノモノウォッチに送信しておくから、よーく見ておくといいよ。うぷぷぷ♬」
「またそのパターンかあ」
「み、見なきゃいいんだろ!見ねえって約束すりゃしまいじゃねえか!」
「疑心暗鬼になるだけだな。ならば全員で共有した方がまだマシだ」
モノモノウォッチが軽い電子音を立てて、モノクマからの動機が配られたことを知らせた。いつでも誰でも見られる状態にしてしまえば、見ないようにするなんて約束はただお互いに疑い合うタネにしかならない。モノクマはそれをよく分かってる。星砂君やたまちゃんみたいに堂々と見ることを宣言する人は、むしろ私たちにとって必要だったのかも知れない。
「で、もう1つあるんだろ」
「んもう雷堂クンってばせっかちだなあ。そんなに動機欲しいの?コロシアイしたいの?」
「・・・」
「シカトとか!まあいいや。写真はぶっちゃけオマエラが思ってるように、オマエラを不安にさせる類のものだけど、もう一個は違うよ。やっぱりオマエラ、結局は“超高校級”の生徒たちだからね。そろそろ“才能”を存分に発揮する場所が欲しいと思うんだよ」
「マイムはサーカステントあるから間に合ってまーす♡」
「まあそう言わずにさ。オマエラの中で気になってる人いるんじゃないかな。オマエラが寝泊まりしてるホテルの2階から上」
モノクマの言葉を聞いて、私はあの時のことを思い出した。モノクマランドに連れて来られたときのこと。スニフ君と一緒にホテルを探索したとき、2階には行けないようになってた。何があるのか気になってたけど、色んなことがあってそんなのすっかり忘れてた。
「なんとあのホテルは、1階部分が共同生活用のスペースになっていて、2階から上はオマエラの“才能”のために用意された研究室になっていたのだー!うぷぷぷぷ♬今回はなんと、そこを開放してあげちゃいます!あ、もういない人たちの研究室には入れないから。モノモノウォッチがキーになってるし」
「じゃあ1階部分もそうしたらいいのに・・・そしたら須磨倉くんは・・・」
「言うな正地。それを言っても何にもならない」
私たちの個室の鍵を変えたところで、須磨倉君が思いとどまったとは思えない。だけど、私もそんな考えが過ぎってしまった。どこまでも冷静な極さんに諭されてなければ、私も正地さんと同じことを言ったかも知れない。
「てなわけで、各自写真と研究室は見ておいてねー。きっと気に入るはずだから!んじゃ!」
それだけ言うと、モノクマは茂みの中に消えていった。毎回毎回、これはどういう仕組みなんだろう。そして残された私たちは、この動機にどう対処すればいいか、考えることにした。でも、どうするかなんてもうほぼ決まってる。
「それで、この写真はどうする?」
「さっき荒川が言ったようなことだ。見ないって言ってもだんだん疑心暗鬼になってくる。だったらみんなで見た方がマシだ」
「ま、待てよ・・・それじゃ結局モノクマの思うツボだろ!動機だぞ!」
「四六時中、互いを監視するわけにもいくまい。モノモノウォッチは取り外しもできない。必ず一人になる瞬間があり、見ていないと客観的に証明できなくなる。それは疑いのタネだ」
「そうだ。それに、俺たちは3回、あいつの動機を堪えて──」
「3回堪えたんじゃねえ。3回耐えられなかったんだろ」
励まそうとした雷堂君の言葉を遮って、下越君は見たこともないくらい鋭い目付きで言った。そうだ。私たちはモノクマの動機で3回コロシアイをしてしまった。耐えたんじゃない。耐えられなかったんだ。この動機でまた私たちの中の誰かがコロシアイを・・・もしかしたら、私がそうなるかも知れない。
「テルジさん、ボク見ます」
「スニフまで・・・な、なんでだよ!絶対ヤバいだろうがよ!」
「だって、モノクマ言ってました。あの
「近いところ・・・?」
「・・・少年。そこから先はダメだ。それは更なる疑心暗鬼のもとにしかならない」
「な、なんでだよ!?なんで止めるんだよ!」
「とにかく、スニフ氏はその写真に、おれたちをこんな目に遭わせてる黒幕のヒントがあるって言いたいんだろお?」
「
スニフ君が何を言おうとしたのか、いち早く察した荒川さんが止めた。その写真に黒幕のヒントがあるんだとしたら、それが意味するのはつまり・・・。
「ひとまず食堂に移動しない?二つ目の動機のこともあるし・・・」
「移動しましょー♫」
「オレは見ねえからな」
下越君はそう強く言って、私たちと一緒に移動した。きっと下越君は、本当にコロシアイが起きて欲しくないと思ってる。だからこそ、いつもよりずっと刺々しいんだ。だけどそんな動揺こそが、私たちがコロシアイをしてしまう火種でもある。
みんな暗い顔してなんだか怖いな♣️もっとスマイルスマイル・・・て言おうと思ったけど、そうやってこの前こなたにぶたれたんだっけ♢あの時はすごく悲しかったけど、今はもう大丈夫なんだ☆だってマイムは知ったからね☆みんなはマイムと違うし、マイムはみんなと違うんだ♫
「写真を消して、見らんねーようにできねーのかよ」
「モノクマのことだからできないようにしてあるだろうな。だいたい、そんなことしてもまた別の動機を用意するだけだ」
「互いに見ていない確証を得られない以上、不要な疑念は避けねばならない。見た方が確実に全員が等しい立ち場になる」
「等しく・・・コロシアイの動機を得たっていう立ち場だよねえ」
「ボクはさっきも言いました。あの
スニフ君も難しい顔してお話してる♣️マイムはコロシアイになるなら見なければいいと思うな♣️でもみんなは違うんだよね♠️マイムもちょっとは気になるけど、みんなが見ないならマイムも見ないよ♫見るなら一緒に見てあげるしね♡
「だったらオレだけは見ねえ。それでいいだろ」
「下越くん・・・」
「オレはぜってえに人殺しなんてしねえ。でもあの写真を見ちまったら、この中の誰かを疑っちまうかも知れねえし、もしかしたら次に誰かを殺すのはオレになるかも知れねえ。だったらオレはそんなもん見ねえぞ。絶対だ」
「賢明な判断とは言い難いな。何があるか分からないが、一人だけ情報を得ることを拒否するとは」
「いいんだよ。オレはお前たちみたいに頭よくねえから」
「だったらマイムも見ないよ♡」
「・・・虚戈もか」
「だってテルジだけ見ないなんて可哀想だよ♫それに、マイムだって誰かを殺したくないし、殺されたくもないもんね♡」
「ど、どうするの雷堂君?二人とも見ないって・・・」
「・・・いつまでも同じ話をしてても仕方ないな。なら、下越と虚戈は写真を見ない。俺たちは見る。見ないって言ってるのが二人なら、その二人はお互いを監視しやすいし、立ち場が違う俺たちもそのことを知ってれば余計な疑心暗鬼には陥らないだろ」
「その辺りが落とし所だな」
「じゃあマイムはテルジをじーっと見てればいいんだね♡OK♫じーっ<●>言<●>」
「
「見つめるよー♡マイムカメラはテルジのいただきますからごちそうさままで見つめるよー♡」
「ただの食事シーンだねえ」
「間違えた×おはようからこんばんわまでね♡」
「夜がんばれよ!」
とにかくマイムはやることが決まったよ♫これからずっとテルジと一緒にいればいいんだね♡でも監視なんかしなくったって、テルジはこっそり見たりしないってマイムは知ってるから大丈夫だよ♫マイムも見ないもんね☆
「では我々は別の場所に移動するとしよう。ここで見ては2人の不安を煽るだけだ」
レイカがそう言うと、みんな図書館の方に歩いてっちゃった♢そしたらマイムは暇だから、テルジに何か美味しいものでも作ってもらおうっと♡
「テールジ♡ご飯作って♡」
「・・・ああ。ちょっと雑になるけど、勘弁してくれよ」
図書館はいつものように静けさに満ちていて、我々の存在がちっぽけなものだと思い知らされる。膨大な量の本の中で、うちに抱えるこの不安や痛みなど、ページのシミにすらならないほど矮小だ。
「そんじゃあ、見るよお」
相変わらず能天気な納見の言葉に合わせて、私たちはモノモノウォッチで、与えられた動機を表示させた。押した瞬間に、後戻りできなくなったことを強く自覚してわずかながら後悔する。なぜ人はできないと分かった途端に、それを強く渇望するようになるのだろう。
「・・・なに、これ?」
「
「それは分かっている。しかし・・・これは一体どういうことだ?」
最初に表示された写真に、いきなり私は動揺した。それを悟られまいと、あくまで平静を装って呼吸を整える。そうする必要があるほど、この写真は不可解だ。こんなもの、
写真に写っていたのは、私だった。場所はおそらく、先日私たちがバーベキューをしたプールだろう。奥には鉄板の上で豪快に焼きそばを踊らせる下越が写っている。不可解なのは、その私と肩を並べて派手な色の飲み物を飲んでいる者が、茅ヶ崎だということだ。
「ど、どうして・・・茅ヶ崎さんが写ってるの・・・?極さん、いつの間に茅ヶ崎さんとこんなに仲良く・・・」
「私はこんな写真は知らん。茅ヶ崎とは数回言葉を交わしたに過ぎない、こんな仲良さげに会話などする間柄ではない。況してや・・・水着など」
「他にもあるみたいだぞ」
この私が、出会ったばかりで素性も知れない茅ヶ崎と、水着姿で、こんなに油断を晒して語らうなど、絶対にあり得ない。なんだと言うのだ、この写真は。
当事者である私でなくとも動揺する中で、雷堂は冷静に次の写真を表示する。私たちもそれに倣い、画面をスライドさせた。次の写真に写っていたのは、その雷堂だった。
「・・・ウソだろ?」
「確認だが雷堂。お前、城之内や野干玉とこんなに仲良かったか?」
「別に悪くはなかったけど・・・こんなことしたことないぞ」
写真の中の雷堂は、城之内と野干玉がカラオケで熱唱しているのを後ろから眺めていた。城之内にマイクを押し付けられて困っている姿は、まさに雷堂の印象に違わない。
「カラオケルームなんて、最初に鉄と会ったときから近づいてもない。だいたい、こんなことする余裕なかっただろ」
「次の写真は・・・」
そして再び、私たちは写真をめくる。次に表示された写真は、先日新たに開放されたサーカステントで空中演技をしている虚戈を、相模と星砂、研前が感心した様子で観覧しているものだ。
「これ、おかしいよ・・・。だって、サーカステントはついこの前まで行けなかったんだよ。なのに・・・なんで相模さんと星砂君がいるの・・・」
「その次はおれと皆桐氏と鉄氏が正地氏のマッサージを受けてるところだねえ」
「さらにその次では私とスニフ少年が何か討論をしているな。とぼけた顔で座っているのは須磨倉か」
「
「ああ、おかしい。だが問題は、これが動機として与えられたことだ。その意味を考えてみろ」
「動機として与えられた意味?」
「ただの捏造写真と破棄することもできるだろう。だがモノクマが、この期に及んでただの捏造写真などで私たちに不和を起こさせようとすると思うか?ヤツは今までいい加減なことを言ったことはあるが、嘘を吐いたことはない」
「じゃ、じゃあ・・・この写真が本物だってえのかい?でもお、おかしいだろそんなのお。時系列がぐちゃぐちゃだよお」
荒川の言うことも尤もだ。モノクマが捏造などと下らない手段を用いるヤツならば、はじめからもっと直接的に私たちにコロシアイを強いればよかったのだ。そうしないのは、ヤツは私たちに絶望を味わわせたいからだ。仲間が裏切ったという絶望を。
だとすれば、この写真は本物ということになる。だがそれは明確に矛盾している。だから訳がわからないのだ。
「・・・ね、ねえ。ひとまずこの写真のことはおいておいて、もう一つの動機を確認しておかない?考えてもわからないわ」
「ホテルの上の研究室か。いいだろう。確か研究室は各自のモノモノウォッチが鍵になっているのだったな」
今はこの写真を、私たちは肯定も否定もできない。しない方が賢明だ。正地の提案で、ひとまず私たちは図書館から再びホテルに移動した。ロビーには、今まではただの粗末な壁があった場所に、エレベーターホールが出現していた。これを隠すためだけに薄壁を作ったのか。
エレベーターは2基あり、一度に乗れるのは9人ほどと、一般的なエレベーターと違わない。各階のボタンの横には、誰のどんな“才能”の研究室があるのかが図付きで表示されていた。
「一番近いのは・・・スニフ君の研究室だね」
「お先にしつれいします」
「使い方おかしいぞ」
ボタンを押してすぐエレベーターは動き出し、まもなく止まる。ドアが開くと、そこはスニフをイメージしたオレンジと金色の装飾が施された大きな扉があった。その横にある装置にモノモノウォッチをかざして鍵を開ける仕組みになっているようだ。
スニフがモノモノウォッチをかざすと、金属の金具がぶつかる大きな音がして鍵が開いた。両開きのドアを完全に開くと、中の姿が露わになる。
「うおお・・・なにがなんだか分からないねえ」
「難しすぎるかな・・・」
飛び込んできた景色は、壁一面に張られた模造紙に描かれた様々な記号や数式の数々。赤く線が引いてあったり囲ってあったり、更には巨大な砂時計やコンピューター、数学の専門書が取り揃えてられていた。言語が英語であることも、この部屋の異質さや物々しさを増長させている。
「ここがスニフ少年の研究室だな。フフフ、さすがは“超高校級の数学者”にして天才少年、というべきか」
「一個も何が書いてあるか分からないわ・・・」
「・・・いや、でも・・・あれ?なんかおかしくないかこの部屋?いや、おかしいぞ」
「はい。
「何がおかしいの?」
部屋の持ち主であるスニフと、雷堂はすぐこの部屋の異変を察知した。私も納得できないことがあるのだが、おそらく同じことだろう。たとえ研究室があったとしても、
「ボク、この
「え?つ、つまりどういうこと?」
「スニフが初めて来たはずの場所に、スニフが書いたであろう数式や図形が書いてある。しかもその内容はスニフが今取り掛かっていた問題、ということだろう?」
「ありがとござます、レイカさん。
「聞いたことはあるけどなんだかよく分からないねえ」
「そもそもここは、俺たちはずっと入れなかったはずだ。使った痕跡がある時点で十分おかしい」
「じゃあ、私たちの研究室も・・・?」
研前の言葉で私たちは、どうやらこれは、単なるコロシアイの動機で済む話ではないことに気付いた。なぜ私たちの使った覚えがない研究室が使われているのか。先ほどの写真も不可解だが、こちらも同様に不可解だ。それこそ、この私が、絶対にあり得ない“仮説”を立ててしまうくらいには。
自分が解こうとしていた問題の進捗に興味が湧いたスニフを研究室に残し、私たちはバラバラに自分の研究室を見に行った。私の部屋はさらにいくつか上、“超高校級の彫師”の研究室だ。
「・・・」
スニフの研究室の件から、モノクマが私たちにここを開放したこと、そしてモノモノウォッチで簡単に他人の部屋に入れないようにしたことの意味が分かった。そして自分の部屋に入って、それがスニフの勘違いや考え過ぎである可能性、モノクマが適当に用意したものではないということも。
私の研究室にあったのは、過去に私が発注を受けた彫り物のスケッチ、そしてデザイン画だ。もちろん入れ墨を彫る道具も揃っていて、専用のベッドも設置されている。道具の配置やクセの付き方が、まったく私が普段使っているものと同じだ。ここまで細かなことを、他人が模倣できるとは思えない。
「他人・・・か。この部屋に私が来たことがあるとすれば・・・
そんな哲学的な問いをつい口に出してしまうほどに、私の脳は混乱していた。モノモノウォッチを操作して、一つ目の動機である写真を表示する。茅ヶ崎と、互いに水着姿を気にすることなく笑いながら語り合えるなど、想像もつかない。それにこの写真は・・・。
「はあ」
考えても無駄だ。こんなものに答えはないし、あるとしてもそれはモノクマが握っている答えだろう。今はこの動機を受けてなお、殺さないという強い意志が必要なのだ。それがどれほど難しいことなのかは、死んでいった者たちを見れば一目瞭然なのだが。
それにしても、失敗だった。全員でスニフの部屋を見たことによって、互いの部屋の中が想像しやすくなっている。何が隠されているかまでは想像できなくとも、スニフの部屋にあったものは明らかに、ここに来る前の私たちに関するものだ。スニフは覚えがないと言っていたが、そこには自分が関与している痕跡がある。それが意味するところは・・・いかん、また同じことを繰り返していた。今は考えても無駄なんだ。
「む。正地」
「あ・・・極さん」
それぞれの研究室が異なるフロアに用意されていたので、エレベーターで下に戻るときに他の階にいちいち止まることになってしまった。乗り込んできた正地は、予想していた展開とはいえ、少しだけ気まずそうにしていた。やはり、研究室にあったものを見て思うところがあったのだろう。
「どうだった」
「マッサージ用のベッドがあったわ。それに道具も。それ以外は特に何の変哲もないんだけど、道具のクセとか使いやすい位置に使いやすいように必要な道具が置いてあるなんて、びっくりしちゃったわよ」
「やはりか」
「アロマオイルとか、よく泡立つタオルとか、洗顔オイルとか・・・私が普段やる順番通りに置いてあったの。だからすごくやりやすそうだったし、椅子の高さとか鏡台との距離感も完璧だったわ」
「私のところも似たようなものだ。正地はこの状況を、どう思う?」
「どうって?」
「それぞれの部屋には、それぞれの部屋の主がもっとも扱いやすいように道具が配置されている。あるいはその主が非常に気に入っているものが配置されている。どれも、部屋の主にとってベストな位置に。これをモノクマ一人が全てやれると思うか?」
「・・・ううん。ちょうど、私も同じ事を考えてたの。この部屋、私のために用意されたんじゃないんだって。これじゃあまるで、
薄く顔を青ざめさせた正地の言葉を、私は否定できなかった。同じ事を考えていたからではない。それを否定する根拠がないからだ。もしやこのモノクマランドは、黒幕が私たちにコロシアイをさせるために用意したのではなく、私たちにとってそれ以上に意味のある場所なのかも知れない。
「みんなおかーえりー♡」
おむかえに来てくれたこなたさんといっしょにレストランまでもどると、みなさんもうあつまってた。ボクたちが
「美味しそうな匂いがするね。下越君、何作ってるの?」
「昼飯の豚汁だよ」
「トンジル?」
「なんていうんだ?ピッグスープ?」
「
「ポークだろそこは」
なんだかよくわかんないけど、
「やっぱり下越氏のご飯は美味しいねえ」
「で、この後お前らはどうするんだ?動機を見たんだったら、何か思うところがあるんだろ?」
「それを考えようと思ったのだが、お前たち二人がいる前でそんな話をしては本末転倒だ」
「そりゃそうだねー♢」
「まあ、あんなのは見なくて正解かもな。わけわからなくなる。俺がなんなのかも、このモノクマランドがなんなのかも・・・」
ワタルさんが
モノクマがボクたちに
「ふむ・・・どうやら、このモノクマランドについて、もっと調べてみる必要がありそうだ。ファクトリーエリアも気になるし、それ以外にも秘密が隠されている可能性が高い」
「また探索だねえ。こりゃあしんどくなりそうだなあ」
「新しく開放されたエリアはまだ調べ切れてないところもあるし、手分けして探索すれば何か手掛かりが見つかるかも知れない。午後は全員で探索にしよう」
「・・・手掛かりなんて、あるのかな」
エルリさんとワタルさんの
「私たちをここに閉じ込めて、動機で私たちの心を揺さぶって、コロシアイをさせてきたモノクマが、簡単に見つかるような手掛かりを残すのかな。見つかったとして、それを信じていいのかな」
「ど、どうした研前?お前そんな暗いこと言うヤツじゃねえだろ?」
「・・・なんか、気になったんだよね。こうやって私たちがもう一度このモノクマランドのことを調べるのも、モノクマの手の平の上なんじゃないかなって。だったらそうすることに意味があるのかなって・・・。ごめんね。暗いこと言ったって仕方ないのに・・・」
「そういう懸念は一理ある。何も考えていないよりはマシだ。だが、何も手掛かりがない状態では全ては机上の空論だ。動いて何もないのなら次の手を考える。何かあればその真偽も含めて精査する。それしか今の我々にはできん」
「・・・」
「こなたさん・・・だ、だいじょぶですよ!きっと!
そんなボクの
「うん・・・ごめんね、なんか暗くなっちゃって」
「そういうこともあるわ。そうだわ、後で私の研究室にいらっしゃい。研前さんが元気になれるマッサージをしてあげるわ。ストレスが溜まると免疫力も下がるから、身体も強くしておかないとね」
「正地の研究室は、そんなに色んなマッサージ道具があるのか」
「マッサージだけじゃないわ。これでも按摩ですもの。お医者さんのとはまた違うけれど、セラピーグッズなら何でも揃ってるわ。お灸から蜂針までね」
「ハチバリ?蜂なんか使うのかよ!?」
「あら、知らないの?ミツバチの針をツボに刺すの。血行促進や疼痛緩和の効果があるのよ」
「蜂の針を刺しちゃうのー♠きゃーこわい♣」
「身体が疲れてる人にやると効果絶大なのよ。極さんなんてそんな感じするけど?」
「いや・・・すまんが私は頑として断る」
「えー♣レイカって注射苦手なの?きゃわいいー♡」
「いや、蜂が苦手なのだ」
「い、意外・・・」
こんなにつよそうなレイカさんだって
ボクとヤスイチさんは、ヤスイチさんがあんまりうごきたくないってワガママ言うから、ちかくのギャンブルエリアに行くことにした。
愕然とした。あまりにも荒唐無稽で、あまりにも突飛で、あまりにも現実離れしていて・・・その上、信じたくなかった。モノクマが自分たちを惑わせるために用意したデタラメだと無視することもできない。最初に見たあの部屋のことを考えると、そんな可能性はすぐに棄却される。これはどう考えても、現実だ。それを否定できない限り、
「・・・」
もしこの仮説が正しいとしたら、次に何を考えるだろう。それは、モノクマの正体だ。あの写真に黒幕のヒントが隠されているのだとしたら、それをどう解釈する?あの写真には自分たちが映ってた。どれも身に覚えのない場面ばかりで、いつどうやって撮られたものなのかさっぱり分からなかった。自分の研究室に入るまでは。
「最悪だ・・・」
あの研究室をモノクマが用意したということは、あそこにあるものは全てモノクマの手に一度渡っている。つまりその紙に書かれた内容も、残ったデータも、技術も、道具も、全てがモノクマに奪われてることになる。だとすれば・・・最悪の事態というのも想定する必要が出てくる。
「あそこしかないか」
その最悪の事態が起きていないか、起きていたとすればそれはいつからか、それを調べられる場所は、このモノクマランドで一箇所しかない。そこへ行っても目的のものがあるとは限らないが、何もしないよりはマシだ。幸いなことに、今は単独行動をしているヤツが多い。自由に動ける今が最大のチャンスだ。
写真の効果は絶大だった。少なくとも自分にとっては。おかげで1つだけ分かったことがある。1つだけでも、黒幕の手掛かりになるんだから、大きな1つだ。これが直接黒幕に繋がってることなのか、それとも偶然のことなのか、全然関係ないのか。それは本人に聞いてみないと分からないことだ。聞いたところで本当のことを言う保証もない。
「もしかしたら・・・」
そう、もしかしたら、そこで決断を迫られるかも知れない。そうなったときに、覚悟を決められるのだろうか。恐怖や不安や重責に負けないほどの、圧倒的な、絶対的な、盲目的な覚悟を。
人を殺す覚悟を。
いや、そんなものは今更だ。
コロシアイ・エンターテインメント
生き残り:9人
GWはいかがお過ごしでしたでしょうか。
人それぞれ色んな過ごし方があったと思いますが、彼らもそれぞれ様子が違うようですよ。