ダンガンロンパカレイド   作:じゃん@論破

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【タイトルの元ネタ】
『あなたのキスを数えましょう 〜You were mine〜』(小柳ゆき/1999年)


第四章『あなたにアスを託しましょう』
(非)日常編1


 Door(ドア)Knock(ノック)する音がした。ボクはテルジさんといっしょにHotel(ホテル)にもどって、こなたさんたちがCourt(裁判場)にはのこってたはずだ。だけどいまのKnock(ノック)は、テルジさんだったらひくすぎる。きっとみなさんもどってきたんだ。ボクはDoor(ドア)をあけた。

 そしたら、ボクよりおっきなPink(ピンク色)のかげがおそいかかってきた。

 

 「あーんスニフく〜〜〜ん☂」

 「Yikes(きゃあっ)!?うべっ!」

 

 だきつかれたのか、のっかられたのか、どっちか分かんないけど、とにかくボクはマイムさんにたおされた。なんでマイムさんがボクにのしかかってくるんだ!?こなたさんに何かあったのか!?

 と思ったけど、まさかそんなわけないよね。そしたらマイムさんはこんなのんきにボクの上にのっかったままわんわん泣くなんて──。

 

 「Huh(はあっ)!?You're crying(泣いてんの)!?」

 「ぐすん☂悲しいよー×寂しいよー×いまマイムはすっごく泣きたいんだ・・・☂でもみんなは慰めてくれないから・・・ちーんっ!スニフくんに慰めてもらおうと思って・・・☂」

 「はあ・・・」

 

 なみだとはなみずを余ったそででふいて、マイムさんはしょんぼりしてボクを見る。なぐさめてもらおうとって言われても、ボクは何がなんだか分からないし、マイムさんが泣いてるところなんてはじめて見た。だって、マイムさんはまえに言ってた。

 

 「Clown(クラウン)はいつもSmile(笑顔)なんじゃないですか?」

 「うん・・・♣でもね、マイムはみんなに嫌われちゃったの×クラウンはバカにされても嗤われても笑顔でいられるけど、嫌われたり避けられたりしたら泣いちゃうんだ♠マイムの芸を見てくれないんじゃ笑わせられないし、何より寂しいから・・・♠」

 「でもボク、マイムさんどうやってなぐさめるか分からないです」

 「じゃあ一緒に外出よう♠そんで、踊ろう♬」

 「まあ、それなら・・・」

 

 Every morning(毎朝)、マイムさんといっしょにHotel(ホテル)のまえでDance(ダンス)するのがRoutine(日課)になってる。Yesterday(昨日)Cossack dance(コサックダンス)だったっけ。Today(今日)はなんだろう。

 

 「今日はスニフくんが大好きな日本舞踊だよ♡」

 「Excellent(やったぜ)、でもだいすきなんて言ったことないです」

 「いいからマイムのメロディーに合わせて踊ってね♡せーの、ちゃんちゃかちゃんちゃんちゃちゃんちゃちゃんちゃん♬」

 「ちゃんちゃかちゃんちゃんちゃちゃんちゃちゃんちゃん♬」

 「チックショー!!」

 「チックショー!!ってなんですかこれ」

 「日本舞踊だよー?」

 

 なんだかCheat(騙す)されてるような気がする。というか、マイムさんさっきまでないてたのに、もう今はいつもとかわんないSmile(笑顔)にもどってる。ウソなきだったのかな。そんなのするReason(理由)も分かんないけど。

 

 「スニフくんは素直で良い子だね♡きっとマイムんとこのサーカス団でも人気者になれたよ♬」

 「Circus(サーカス)ですか?マイムさんがいたらボクなんか」

 「えへへ♢そりゃマイムは天才クラウンだからね☆みんなを笑顔にする天才だからね♡だけど・・・」

 

 その場でSomersault(宙返り)して、マイムさんはえへんとむねをはる。そのAcrobatic(アクロバティック)なうごきにも、声にも、いつもとちがうところはちっともかんじなかった。でもその後に小さくつぶやいた言葉は、いつものマイムさんとはちがうくらいかんじがした。

 

 「なんだかマイム、ちょっと間違えちゃったみたい♣ここにいるみんなのことは笑顔にできないみたいなんだ・・・♣」

 「Ah・・・」

 

 そりゃそうだ、とボクは思った。マイムさんは、よくいえばPositive(ポジティブ)で、わるくいえばWho can't read between the lines(空気読めないやつ)だ。アクトさんがExecute(処刑)されたあとも、ダイスケさんが死んでたときも、ボクたちにSympathize(共感)してくれなかった。

 

 「みんなを笑顔にできないクラウンに存在価値なんてないんだ♠団長によく言われたよ♣お客を笑顔にできないんじゃパンクズだってもらえないの♠鞭で叩かれるし水をかけられるし・・・ライオンの餌にされちゃった子もいたなあ♠」

 「あ、あのう、マイムさん。ボクもうRoom(お部屋)かえっていいですか?」

 「だけど、今はスニフくんがマイムで笑ってくれるもんね♡スニフくんはマイムのこと好きだもんね♬」

 「Huh(はあ)?ボ、ボクはこなたさんがすきです!」

 「そうじゃなくて、マイムで笑顔になってくれるし、嫌いじゃないもんね♬」

 「は、はあ・・・まあ、きらいじゃないです」

 「じゃあ好きなんだよ♡えへへ☆」

 

 そう言って、マイムさんはボクの手をにぎってShake(ぶんぶん振る)した。なんだかいつもより、うれしそうなSmile(笑顔)だった。

 

 「ああ、マさ、んし、たす、か

 「そうなんだね♡マイムにはスニフくんがいるんだもんね♡うんうん♬スニフくんはマイムで笑ってくれるんだよね♬うれしいなっ♡うれしいなっ♡」

 「?、、?」

 「つまりマイムにはスニフくんが必要ってことだよ♬」

 

 なんだかよく分からないけど、ボクはマイムさんにとってNecessary(必要不可欠)らしい。なんでボクなんだろう、とWonder(不思議に思う)だったけど、Lady(女性)Necessary(必要不可欠)だって言われていやな気もちにはならない。よろこんでおくことにした。

 

 「あ

 「えへへ♡」

 

 なんだかそのSmile(笑顔)は、今までのStage smile(営業スマイル)とはちがって、マイムさんのホントの気もちのものなんだって、なぜだか分かった。そんなSpecial smile(特別な笑顔)をされるなんて、これがダイスケさんが言ってたモテキかな。あとでこなたさんのとこに行ってみようかな。


 星砂がモノクマに殺されてから、一日経った。オレはまた朝早く起きて、朝飯を用意する。今日はおにぎりと豚汁と沢庵だ。あんまり料理する気になれねえ。鍋を火にかけて下拵えした材料と水を入れる。炊けた米と具を合わせて、軽くリズムよく握る。刻んだ沢庵を皿に並べる。分かってたはずなのに、そこで気が付いた。

 

 「・・・ちっくしょ」

 

 ()()()()。今度は12人前だ。コロシアイの度に人数が減って、その度に作りすぎて余計にその事実を思い知らされる。やっと減った人数で間違えなくなったと思ったら、また誰かがいなくなる。そんなことの繰り返しが、もう3回だ。いや、皆桐のヤツも入れたら4回か。

 飯に罪はねえし、どんなヤツだって飯を食う権利くらいある。でも余るくらいなら、最初から作らなきゃいいんじゃねえか。そもそもオレがみんなのために飯を作ってんのは、ここから協力して脱出するのを支えるためだ。人殺しなんかのために作ってるわけじゃねえ。須磨倉も、相模も、星砂も、オレは信用して飯を食わせてやってたのに、裏切った。

 

 「なんでオレ・・・こんなことしてんだ」

 

 並びすぎたおにぎりの皿を見てると、何もかもが嫌になる。沸騰してる鍋の豚汁に気付いたとき、オレは久し振りに料理に失敗した。


 「おっはよお・・・あり?」

 「あ、おはよう。納見君。また寝癖すごいね」

 「ああ・・・そんなことよりい、また下越氏は失踪したのかい?」

 「ううん。なんか落ち込んじゃってて・・・取りあえず今日はおにぎりと沢庵しか用意できないって」

 

 そう言って朝ご飯を食べる研前氏の前のテ〜ブルには、大きなお櫃が1つと、ツナ缶とマヨネ〜ズや梅干しの壺や削り節の山、ゴマに油揚げにねぎだれに食べられる調味料類・・・ご飯のお供な顔ぶれが所狭しと並んでた。どれも手を付けた形跡があるっていうことはあ、そういうことなんだろうねえ。

 

 「ちょっと昨日の夜あんまり食べられなくて、今朝お腹空いちゃって・・・」

 「う〜ん、研前氏の大食っぷりは知ってるから別段驚かないけどお、よくこれだけ探してきたねえ」

 「納見君もいる?おにぎり握るよ?」

 「そんじゃあ梅干しのとお、納豆とラー油の貰おうかなあ」

 「うん」

 

 手際よく研前氏がおにぎりを握る。下越氏の姿はないけれど、前みたいにまた新しいエリアに勝手に行って行方不明なんてことにはなってないだろうね。少なくとも研前氏は顔を合わせてるみたいだし。

 その後、一緒にやってきたスニフ氏が研前氏のおにぎりに大興奮して、雷堂氏はラインナップに目を白黒させてた。極氏と荒川氏は相変わらずク〜ルなリアクションで、正地氏はまだ暗い雰囲気は残しながらもなるべく普段通りにしようと務めてるのが透けて見えた。そして、最後に問題の彼女がやって来た。

 

 「おっはろ〜♡みんなよく眠れたかなっ♬」

 「Morning(おはー)です」

 「・・・」

 「What(あれ)?みなさんどうしましたか?」

 「ねむたいんでしょ♡ねえねえスニフくん♬マイムもおにぎり食べたいなー♬」

 「こなたさんが作ってくれますよ。こなたさんがHold(にぎる)したおにぎりですよ!」

 「鼻息荒いよスニフくん♬気持ち悪っ♡」

 

 昨日の事情を知らないのは、スニフ氏と下越氏だけだ。あの後、きちんと伝えるべきかとも思ったけれど、今のスニフ氏にそんなしがらみを与えても仕方がない。ただでさえ星砂氏を追い詰めたことに責任を感じてるのに、こんな子供にそんな気苦労を懸けさせるのは忍びない。だけどスニフ氏は賢い子だから、おれたちの雰囲気から気取られるかも知れないね。

 

 「研前氏ももっと食べなよお。虚戈氏にはおれのおすすめの具を振る舞ってあげるよお」

 「えっ・・・わーい♡ヤスイチのオススメ♡」

 

 席を立つと、スニフ氏以外からおかしなものを見る眼で見られた。そりゃあ昨日あんなことがあってえ、なんとなく虚戈氏とは関わらないような雰囲気ができ始めてる中でそんなことをしたらあ、白い目で見られるかも知れないねえ。だけど今のおれたちにとってはちょっとした不和も次のコロシアイの火種になりかねないし、モノクマはそこを利用してくるはず。

 

 「おいしー♡」

 「納見君・・・?

 「スニフ氏に苦労かけたくないだろお?

 「だけど、昨日あんなことがあったのに・・・それに正地さんの気持ちも・・・

 「ケンカすればモノクマの思う壺だよお。仲良くする必要はないけれどお、最低限のコミュニケーションくらいは取らないとねえ

 

 おにぎりを頬張る虚戈氏を見て、研前氏は迷う。他のみんなも、虚戈氏にどう接すればいいか困ってるみたいだ。まあおれくらい能天気になれる人なんてそうそういないけどねえ。

 

 「呼んだ!!??」

 「呼んでないからすぐ用事を済ませて消えろ」

 「流れるような暴言ごちそうさまでェーッす!!でも消えるわけにはいかないのです!!ギスついたオマエラの関係性をもっとギスギスゴワゴワにしてやるのです!!まるでボディーソープで頭を洗ってしまったときのように!!」

 「Image(想像)しただけでイヤです・・・」

 「来ちゃったかあ」

 

 厨房から飛び出してきたモノクマが、テ〜ブルの上でくるくる回る。なんでそんなにテンション高いのかねえ。極氏や雷堂氏はそれを冷ややかに睨んで、研前氏や正地氏は困ったように目線を逸らしていた。毎度のことだから、何があるかはだいたい分かってる。

 

 「せっかく全員揃ったことだから、ボクからオマエラに嬉しいお知らせを持ってきたよん」

 「全員?下越がいないだろ」

 「発表があるからこないとおしおきだよって言ったら来たよ!もうそこの角を曲がって現れるからね!」

 「ホントだ♫おーいテルジー♡」

 「・・・」

 

 モノクマの言う通り、下越氏は浮かない足取りで柱の陰から現れた。前回と違ってただ部屋にいただけなら、無理矢理連れて来られることもあるってことだねえ。笑顔で手を振る虚戈氏に、下越は視線だけで返事して、食堂にも入らずモノクマが見える位置で立ち止まった。いつもの元気は全くない。

 

 「はい!それではスーパープリチーなモノクマからお知らせです!三度の学級裁判を乗り越えたオマエラにスペシャルなご褒美!新しいエリアを3つ開放!そしてモノクマランドのアトラクションも開放!さらに!デデドン!今までのアトラクションを一部リニューアルして、規模も演出もギミックも何もかもがスケールアップした新バージョンにアップデートしました!」

 「スマホゲームみたいだねえ」

 「より遊びやすくなったモノクマランドを、今後とも是非よろしくお願いします!」

 「やっぱりスマホゲームじゃあないかあ!」

 「どうせそのアトラクションというのも、処刑装置なのだろう?一歩間違えれば死ぬようなもの、何をどうしようが近づくものか」

 

 3回も見たらさすがに鈍いおれだって分かる。須磨倉氏はスプラッシュコ〜スタ〜、相模氏はフリ〜フォ〜ル、星砂氏はモノクマ城。モノクマランドにあるアトラクションはどれもこれも、処刑のときを待つ物騒な装置だ。怖くて遊べって言われたって遊べないねえ。

 

 「しょ、しょんな・・・!?じゃあボクの徹夜の努力は!?サビ残に次ぐサビ残でやっとこさ仕上げた血と涙の結晶は!?」

 「無駄無駄無駄ァッ!!だねー♡」

 「ショーーーック!!」

 「だから用が済んだんならさっさと消えておくれよお」

 「ふーんだっ!オマエラのバカ!もう知らない!」

 「意外と素直に引き下がったな・・・」

 

 当然のことを言っただけなのに、モノクマはえらくがっかりした様子で姿を消した。むしろこのリアクションが想像できないわけがないだろうにねえ。

 さて、朝食も済んだおれたちは、早速新しく開放されたエリアの探索に向かうことにした。開放されたエリアは3つ。ここには9人いるから普通に考えたら3人ずつなんだけどお・・・。

 

 「正地さん、大丈夫?部屋で休んでた方がいいんじゃない?」

 「・・・ううん、みんなが頑張ってるんですもの。私だけ休んでるわけにはいかないわ」

 「無理はしなくていい。探索だけなら多少人が少なくても──」

 「いいの。心配ばっかりかけてられないじゃない」

 「分かった。じゃあ、研前は正地と一緒に行ってくれ。何かあったらすぐここに戻ってくるんだ」

 「下越氏はどうだい?」

 「オ、オレも・・・探索くらいだったらできるぞ。部屋でじっとしてるより身体動かした方が気が紛れるしさ・・・」

 「はいはいはーい♡マイム、ワタルとスニフくんと一緒がいいなっ☆」

 「あわっ!?ボ、ボクですか?」

 「お、おい・・・」

 「えへへー♡両手に花って感じー?」

 「そんじゃあおれは正地氏と研前氏について行こうかなあ。一応男手があった方がいいだろお?」

 「本当に一応という感じだが・・・フフフ、やはり組み分けで私は余り者になる運命か・・・」

 「ちょうどいいんじゃないか?私と下越と荒川で」

 

 そう言って、極氏は雷堂氏に目配せした。虚戈氏に気を付けるように、というような意味だろう。雷堂氏も虚戈氏に腕を引かれてバランスを崩しながら、その視線に戸惑いつつ応えてる。あっちの班はもう任せていいみたいだねえ。下越氏を励ますには極氏みたいに気の強い人がいいだろうし、おれは正地氏のケアに回らせてもらうことにするよお。


 巨大なゲートが音を立てて開く。何度こうして新しいエリアに足を踏み入れながら、脱出への期待を裏切られてきたことだろう。いや、モノクマにしてみれば、開放しても脱出の手立てなどないエリアを開放しているのだろうから、そんなことを期待するだけ甘いということか。

 向こう側のエリアの空気は乾燥していて、ゲートが動いたときに舞い上がった土埃が視界をぼやかす。その奥に見えるのは、赤土色の景色だった。削り出した石を敷き詰めた道や、モノクマを象ったようなオブジェの数々、壁には細かな装飾が施され、巨大な建造物は3つの入口を開けて私たちを待ち構えていた。

 

 「・・・なんだこれは」

 「納見はこっちのチームに入るべきだったな。こういったものはヤツの管轄だろう」

 「いや、私も多少は興味がある」

 「でっけぇ・・・まるで遺跡じゃねえか」

 

 下越の言う通り、私たちの前に現れたのは遺跡だった。一体どこのいつほどの文明の遺したものをモチーフにしているのか、はたまたモノクマが勝手なイメージで造り上げたものなのか、様式も構造もモデルの見当が付かない。

 

 「入口は3つあるが・・・それぞれに探索する、というわけにはいかんだろうな。何が仕掛けてあるか分からない」

 「入るのかこれに!?めっちゃ怖えじゃねえかよ!」

 「モノクマが用意したものだ。直接命を奪うような仕掛けはヤツの意向に反するはずだ。3人でまとまって入ろう」

 「もしものときは頼りにしているぞ二人とも。私は見ての通り、現実的な危機対応能力に乏しい!」

 「善処しよう」

 

 全く頼りにならない荒川と、身体を使うことにかけては頼りがいのありそうな下越と、遺跡探索をすることにした。3つの入口にはそれぞれ名前が付けられているようだ。石に彫られたそれを読んでみる。

 

 「左から、壁画の道、神聖の道、冒険の道とあるな」

 「壁画の道でいいだろう。唯一中が想像できてかつ危険でなさそうだ」

 「オレもそれでいいぜ」

 「ではそうしよう」

 

 迷うこともなく、壁画の道を行く。中も外と同じように赤土色の石が重なってできた道で、等間隔に並んだ蝋燭型の照明機器で明るく照らされている。埃っぽく、蝋燭型照明のせいで気温も高い。左手の壁には早速、壁画らしきものが展示されていて、どうやらこれを見て進むだけの道のようだ。ただそれだけの道なのだが、どうもそうはいかないようだ。

 

 「悪趣味だな」だな」だな」

 「いや、案外なにか重要なことを示しているのかも知れないぞ。神話か、歴史か、はたまた予言か」言か」言か」

 「気持ち悪い絵だな」だな」だな」

 「モノクマが用意したのだろう。醜悪で当然。だがそこに込められた意味が何かは別問題だ。見た目で物事を判断するとは愚かしいぞ。フフフ・・・私は見た目で判断されてきたからな」らな」らな」

 「説得力がちげえな・・・」えな・・・」えな・・・」

 

 壁画は奥に進むにつれて物語が進行する造りになっていて、はじめは妙に派手な色合いで描かれた少女と地味な色の少女の二人が並んでいるところからで、どうやらその二人が主人公らしい。その時点で遺跡に遺された壁画らしくはないのだが、そこからは一体何が目的なのかさえ分からないほど、血生臭い絵が続く。血まみれの死体の山があり、憎悪や嫉妬に渦巻くどす黒い狂人があり、凄惨な殺戮を描いたものもあり。とても見るに堪えない。

 

 「うげぇっ・・・見てらんねえよ」えよ」えよ」

 「無理に見ることはないぞ。ただでさえお前はいま精神的に参っているのだから」から」から」

 「いや、そうなんだけどよ・・・なんつうか、つい目が惹かれるっつうかさ」かさ」かさ」

 「分かるぞ下越。恐怖の対象、嫌悪を催す異物、醜い奇異なる物体・・・人間とは知らないものを恐れ、排除し、知りたがるものだ。拒絶心の内にある好奇心に気付くことは大切なことだ」とだ」とだ」

 「荒川は随分と機嫌が良いようだが」だが」だが」

 「フフフ・・・そろそろ頭脳派メンバーとして頭角を現すときと思ってな」てな」てな」

 

 なんだかよく分からんが、どうやら荒川はこの壁画に興味があるようだ。無造作に投げ捨てられたバラバラ死体、先程の少女の一人を筆頭に怪しげな文様の元に集まった人々、殺人と処刑が繰り返される凄惨な光景、最後にはどこかも分からない孤島でも、殺人と処刑が繰り返されている。

 

 「少しでもまともなものを期待した私が馬鹿だった」だった」だった」

 「まあ、想像の域を出ない程度には下劣だった」だった」だった」

 

 壁画が途切れると間もなく、遺跡の中心部と思しき空間に出た。狭く暗い通路とは違い、天井が高く穴が開いている。大きな宝石型の照明に照らされていて部屋のすみずみまで明るい。見ると、私たちが通ってきた以外の道からもここに続いているようだった。目立つものと言えば、その宝石の前にある祭壇くらい。外と同じように得体の知れない彫刻が施されていることと、頂上に台座があることくらいだ。丁度、人1人横になれるくらいの。

 

 「なんだここ」ここ」

 「フフフ・・・宗教的な香りがするな。祭壇の両脇に松明、てっぺんは吹き抜け、生贄の安置場所・・・だとすれば信仰しているのは自然神か?」神か?」

 「拘束具まで用意してある。モノクマの意向が透けて見えるようだ」うだ」

 「・・・そりゃあ、また誰かが誰かを殺すっつってんのかよ」かよ」

 「少なくともモノクマはそうなるよう仕向けてくるだろう。我々が拒む拒まざるに関わらず、な」な」

 

 もはや、もうコロシアイは起きない、これ以上誰も死なせない、などは虚しい絵空事でしかない。三度もコロシアイが起き、おそらく再びコロシアイは起きる。誰でもそう考えていることだろう。だからこそ、下越や正地のように精神的に草臥れている者は危険なのだ。狙うにしろ狙われるにしろ、精神の脆さは行動に表れる。

 

 「どうやらこのエリアはモノクマが私たちにコロシアイをしやすくするために用意したようだ。無駄足だったな」たな」

 「用が済んだんならさっさと帰ろうぜ。こんなところにいたら気分悪くなってくる」くる」

 「私は興味深いがな。生贄という文化は遍く世界に存在していたが、これは即ち生命という概念が普遍的に重んじられていたことを意味する。なぜ命は尊ばれるのか・・・実に興味深い」深い」

 「こええこと言ってんなよ。命がどうとか・・・」とか・・・」

 「本来私はこういう人間だ。錬金術師というのも希望ヶ峰学園が勝手に言っているだけだが、専ら私を表す言葉はマッドサイエンティストだった。生命現象について深く知ろうとすればするほど、どうやら周囲には闇が深いように映るらしい」しい」

 「今更お前の趣味を否定することはしないが、状況を弁えろとだけ言っておく」おく」

 

 さっさとこの祭壇の間から出て行ってしまった下越を追いかけて、私と荒川はまた暗い道へ入って行く。しかし道を進んで少ししてから気付く。この道、さっき来た道と違わないか?

 

 「おい下越──」

 「どああああっ!!?ああっ!!?」ああっ!!?」ああっ!!?」ああっ!!?」

 「ッ!!伏せろ荒川!!」川!!」川!!」

 「のあっ!!?」あっ!!?」あっ!!?」

 

 名前を呼ぶか呼ばないかというときに聞こえてきた下越の悲鳴、そして石が擦れる音から、咄嗟に危険を感じ取った。微かに見える、視線より上の位置に迫り来る得体の知れない物体の動きを見極め、隣にいた荒川もろとも地面に伏せる。急なことだったから荒川に受け身を取らせる余裕もなかった。

 

 「だ、大丈夫かお前らー!?っていうか助けてくれー!」くれー!」くれー!」

 「下越のヤツめ・・・一体何をしたというのだ・・・。おい!そこから動くな!指一本動かすな!」すな!」すな!」

 「動けねーんだよ!」だよ!」だよ!」

 

 先が暗くてよく見えないので、下越の声のする方へ進んでみる。徐々に見えてくる下越の有様に、私は言葉も出なかった。一体何をしているのか、通路を横断する鉄杭を絶妙に躱した妙な姿勢のまま、ピクリとも動かない。さっきの謎の物体といい、ちょっと目を離した隙に何があったのだ。

 

 「助けてくれ極!」極!」極!」

 「ただの鉄杭ではないか。自力で引っこ抜け」抜け」抜け」

 「できるか!!っつーか死ぬとこだこんなもん!!」もん!!」もん!!」

 「手のかかるヤツだ全く。一体何をどうしたらこんな状況になる」なる」なる」

 

 どうやら動けないのは本当らしいので、仕方なく引き抜くのを手伝ってやった。少し力を込めれば簡単に引き抜けるが、先端は鋭く尖っていて、こんなもので突き刺されようものならひとたまりもないだろう代物であることは見て分かった。

 

 「普通にこの道歩いてただけだよ。そしたら足下の石が一個凹んで石が飛んでくるわ、よろけて壁に手ついたらこんな物騒なもんが壁から飛び出してくるわ」るわ」るわ」

 「遺跡探検のお約束のような罠だらけだな。次は巨石でも転がってきそうだ」うだ」うだ」

 「こえーこと言うなよ!」なよ!」なよ!」

 「どうやら行きとは異なる道を選んでしまったようだ。戻るか?」るか?」るか?」

 「戻るにしたって怖えぞこんなとこ。まだモノクマ城の下水の方がマシだ」シだ」シだ」

 「そうも言ってられないだろう。一旦さっきの祭壇の間まで戻ろッ──」

 「どおあっ!!?き、きわみぃぃいいいい!!?」いい!!?」いい!!?」

 

 衝撃が走った。ものの喩えではなく、実際に私の身体を強い衝撃が駆け抜けた。足の裏からつむじまで。転びそうになるのをぐっと堪え、なんとかその場は踏みとどまった。

 

 「また罠か」罠か」罠か」

 「れれれ冷静に言ってる場合かよ!?足お前!!足!!」足!!」足!!」

 

 足下を見ると、これまた定番の罠が仕掛けられていた。踏み込んだ石がスイッチとなって、敷き詰められた石の隙間から夥しい数の針が飛び出してきていた。もしここで転びでもしたら・・・考えるのはよそう。幸い、下越のいる位置は罠の範囲外のようだ。サンダルでは大怪我は免れなかっただろう。

 

 「怪我はないようだな、下越」越」越」

 「オレよりお前だろ!大丈夫なのかよ!?大丈夫なわけねーだろ!」だろ!」だろ!」

 「大丈夫だ」夫だ」夫だ」

 「大丈夫なのかよ!なんでだよ!」だよ!」だよ!」

 「この靴の底には、鉄板が仕込んである。ちょっとやそっとの針で貫通するようなやわい靴は履いていない」ない」ない」

 

 片足を上げて、貫通していないことを見せる。軽く叩くと鉄の甲高い音がする。少々重いが、安全には代えられない。まさかこんなところで、この靴を履いていて良かったと思う瞬間があるとは。私も意外だった。

 

 「なんで当たり前みてえに靴に鉄板仕込んでんだよ!」だよ!」だよ!」

 「まあなんだ・・・安全上の理由だ。もしものときのために攻撃力は上げておいた方がいいだろう」ろう」ろう」

 「靴に攻撃力求めたことねえよ!」えよ!」えよ!」

 

 この靴で防げる程度の罠ならばまだしも、この道にはまだまだ色んなものが仕掛けられていそうだ。慎重に戻らねば、無事ではすまんだろう。モノクマのヤツめ、一体何を考えているのやら。

 

 「そう言えば荒川はどうした?」した?」した?」

 「なぬっ」なぬっ」なぬっ」

 

 下越に指摘されるまで気付かなかった。そう言えば、最初の罠を回避してその場に伏せたまま、ついて来ていないな。うっかり置いてきてしまった。不用意に動いて罠にかかってなどいまいな。そう願いつつも慎重に、かつ急いで来た道を戻る。すると、案の定荒川は入口の近くの地面に這い蹲ってじたばたしていた。

 

 「・・・何をしているんだ、荒川」川」川」

 「その声は極だな。いきなり私に床を舐めさせたと思ったらひとりぼっちにしおって。久し振りにやられたから泣くところだ」ろだ」ろだ」

 「す、すまん・・・で、何をしているかは聞いていいのか?」のか?」のか?」

 「その辺に私のメガネが落ちているはずなのだが、探してくれないか。一向に見つからんのだ。メガネメガネ・・・」ガネ・・・」ガネ・・・」

 「ずっと探してたのかよ!目の前にあるだろ!どんだけ目ェ悪いんだよ!」だよ!」だよ!」

 「どうやらこの辺には罠は仕掛けられていないようだ。怪我の功名といったところか」ろか」ろか」

 

 荒川のメガネを拾ってやり、土の付いた白衣を払って再び祭壇の間に戻った。おそらく、今の罠だらけの道が冒険の道というヤツだろう。残る神聖の道というのもどうせろくなものではない。気分は悪いが、壁画の道を戻ることにした。


 「見て見て2人とも。この建物にこんなものがあったよ。似合うかな?」

 

 庇の付いた窓からひょっこり顔を出した研前さんは、大きなテンガロンハットに赤いスカーフと革のジャケットを着ていた。カウガールのコスプレなんかして、無邪気にはしゃいでる。私は両側に並んだ木造の建物の間を抜ける乾いた風に吹かれながら、その様子をただ眺めていた。

 

 「あれ?納見君は?」

 「さあ・・・いつの間にかいなくなっちゃってたけど・・・」

 「こっちだよお〜。どっちでもいいから助けておくれよお〜

 「?」

 

 微かに聞こえる声に従って、駐在所のドアを開いた。簡素な椅子とテーブルと、古めかしい通信機器のおもちゃが置いてあるだけ。なぜか大きなサングラスが壁に所狭しと並べられてる以外は殺風景な部屋。そのすぐ隣には、鉄格子だけでできた牢屋があった。納見くんはその中で情けない声を出して助けを求めてた。

 

 「あ、正地氏い。お願いだからそこの鍵でここ開けとくれよお」

 「どうしたのよ」

 「中を調べようと思ったら間違えてドアを閉めちゃってさあ。勝手に鍵がかかってこの通りさあ。絶妙にここからじゃあ腕の長さが足りないしい」

 「もう。手間がかかるわね」

 

 言われた通り、テーブルの上に置いてあった鍵で牢屋を開けてあげた。蝶番が錆びてるみたいで、開くと甲高い音が部屋中に響く。

 

 「気を付けなくちゃダメよ。何があるか分からないんだから」

 「いやあ、助かったよお。研前氏の方はどうしたんだい?」

 「カウガールのコスプレしてたわ」

 「そりゃあ是非お目にかかりたいねえ」

 「もう、ふざけてばっかいないでちゃんと探索してよ。私だってサボテン園の探索したんだからね」

 

 私と研前さんと納見くんは、新しく開放されたウエスタンエリアの探索をしていた。西部劇の街並みと周りの荒野を再現したようなエリアで、サボテン園と街と牧場があることが分かったから、それぞれ手分けして探索することになった。私はサボテン園の探索を担当した。探索と言っても、色んなサボテンが植えてあるくらいしか分かったことはないんだけれど。

 

 「ほら、あっちのおっきな建物とか、ちゃんと調べてよ。私は研前さんを連れてくるから」

 「結局は正地氏が仕切ってくれるんだねえ」

 「あなたたちがちゃんとしてくれないからでしょ」

 

 能天気なことを言いながら納見くんは建物に入っていく。建物の数は少ないとは言え、1人で探索するには時間がかかる。だからサボテン園と牧場の探索が終わったら私たちも手伝う予定だったんだけど・・・思ったよりも納見くんは真面目に探索してくれないし、研前さんは能天気だわ。コスプレしたまま、私に寄ってきた。

 

 「正地さん、牧場の探索終わったよ。といっても、生き物がいないからただの草っ原だったけど。一応干し草の山とかフォークとか、牧場っぽいものはあったけど」

 「そう・・・」

 「うん?疲れてる?」

 「疲れるわよそりゃ・・・。まだ昨日のことだって片付いてないのに、2人とも真面目に探索してくれないし・・・」

 「あ・・・ご、ごめんね。そ、そうだよね」

 

 そう言って研前さんはテンガロンハットと革ジャンとスカーフをとって丸めた。別に責めるつもりはないんだけれど、自分でも分かるくらい今、私は余裕がない。

 

 「はあ・・・」

 「取りあえずさ、座ろうよ。探索は納見君に任せて」

 「任せて大丈夫かしら」

 「・・・多分」

 

 やっぱりまだ不安だけど、取りあえず陽射しを避けるために私と研前さんは納見くんの入って行った建物に入る。いくつかのテーブルと椅子があちこちに並んで、吹き抜けになった二階に続く階段とバーカウンターが目に付いた。天井の真ん中に簡素なシャンデリアがぶら下がっていて、なんとなく薄暗い店内には、仄かにアルコールの匂いが漂っていた。

 

 「酒場だね。本当に西部劇の映画の中に入っちゃったみたい」

 「そうね」

 

 適当な椅子に腰掛けて、深くため息を吐く。研前さんはバーカウンターから牛乳を持ってきて、2つ並べたグラスに注いだ。

 

 「優しいね、正地さんは」

 「え、なにが?」

 「私たちのことを心配してくれてるでしょ?今、一番辛いのは正地さんのはずなのに」

 「・・・みんな辛いわ。私だけが特別辛いなんてこと」

 「どうなのかな。正地さんがそう思うんならそうなのかも知れない。私は、そうは思わないけどなあ」

 

 私の隣に座って目線は合ってないけれど、向かい合って言われてるような気がした。昨日のことが辛いのは、きっとみんな一緒のはず。だって、一気に3人も友達がいなくなったんだもの。それは星砂くんの心の弱さのためで、私たちが気付いて助けてあげられてたら、違う結果になっていたかも知れない。

 

 「そんなことないわ。みんな同じだけ傷ついてるのよ。だって、こんなの防げた事件じゃない」

 「そう思う?」

 「もっと早く星砂くんの気持ちに気付いてあげてたら、あんな事件は起こらなかったかも知れない。たまちゃんに、『弱み』を知られたことや“死の商人”に怯えてたことを大丈夫だって言ってあげてれば、事件に巻き込まれなかったかも知れない。鉄くんだって・・・“死の商人”だからって気にすることなんか何もないって、助けてあげられてたら・・・」

 「うんうん。そうだよ。きっとそうすれば、殺人なんて起きなかったんだ」

 「え・・・」

 「あのとき、相模さんの映画じゃなくて城之内君とたまちゃんのステージを先に観に行ってたら、城之内君は死なずに済んだかも知れない。茅ヶ崎さんが雷堂君におにぎりを作るのを止めさせて、部屋に帰してればコロシアイなんか起きなかったかも知れない。ほんの些細なことだったんだよ。私たちが間違えちゃったのは」

 

 思い出しながら、その度に悲しそうに、悔しそうに、研前さんは俯く。確かにそうだったかも知れない。思い返してみれば、ほんの少しでも誰かの行動が違ってたら、結果は全く違ったかも知れない。だけどそれは逆に言えば、自分の命が喪われてた可能性もあったし、裁判で誰かが失楽園になっていた可能性もあった。

 

 「だから、私たちがここでこうして生きてるのも、いなくなったみんなのことを悲しんでいられるのも、たった1つの可能性でしかなかったんだよ。誰の責任でもない、そういう運命だったんだよ」

 「運命って・・・それじゃあ、研前さんは鉄くんが殺されたことも受け入れるっていうの?こんなひどいことになるのを、運命だからって言って納得するっていうの!?」

 「ううん。納得なんかしてないよ・・・だって、みんな死ぬ必要なんかなかったんだもん。だけどそういう運命だった。だから私は・・・そんな悲しい運命を受け入れて生きる。それが、生き残った人の責任だと思うんだ」

 

 研前さんが何を言っているのか分からなかった。鉄くんたちが死んだのが運命だなんて、そんないい加減な言葉で納得なんかできない。そもそも研前さんの言ってることは矛盾してる。私たちがこうして生きてることも、他のみんなが死んだことも全ては運命だなんて言う。納得してないのに、受け入れるって。何が何だか分からない。

 

 「あんまり詳しいことは言いたくなんだけどさ、私、こういうの初めてじゃないんだよね。こんなに近くにいる人が、こんなにたくさん死んじゃうことは初めてだけど・・・誰かが犠牲になって私が助かるなんて、よくあるんだ」

 「・・・それって、あなたの幸運と関係あるの?」

 「あ、バレちゃった。うん、まあ、そうなんだよね。それが私の幸運なの」

 

 腕から聞こえてきた機械音に、私の頭の奥がズキンと痛んだ。たった数回しか聞いてないのに、何度も聴かされたような気になる、あの音。誰かの『弱み』が明かされたことを意味する音だ。つまり、今のが研前さんの『弱み』?誰かの犠牲で自分が助かる幸運って・・・。

 そこで、私の脳裏に茅ヶ崎さんの死体と須磨倉くんの死に際の顔がフラッシュバックする。そうだ。確かあのとき、須磨倉くんが元々狙っていたのは研前さんだった。結果的に茅ヶ崎さんが殺されたのは、たまたま須磨倉くんと鉢合わせてしまったからだった。幸運と言うにはあまりに残酷な偶然だけど、研前さんの幸運の正体がそうだとしたら・・・。

 

 「で、でも・・・研前さん、そんなこと一度も・・・」

 「茅ヶ崎さんが殺されたのはただの偶然。そんなのは分かってるんだ。だけど、今までの経験が、状況が、私の“才能”が、私のせいで茅ヶ崎さんが死んだんだって責めるんだ。否定する気も起きないほど」

 「今までずっと、それを抱えてたの?誰にも言わずに・・・1人で?」

 「茅ヶ崎さんの裁判の後で、スニフ君にだけは話したんだけどね」

 「どうして・・・どうしてそんな風に笑ってられるのよ・・・!?直接何もしてないとはいえ自分の“才能”のせいで茅ヶ崎さんが殺されたんだって思ってるなら・・・どうして・・・!?」

 「そうしてることが、生き残ってしまった私の責任だからだよ」

 

 牛乳の入ったグラスを握り締めて、研前さんが物憂げな目で語る。口角は上がっているけれど、その表情は決して笑っているなんて風には言えなかった。そんな風に笑うなんて・・・いいえ、研前さんの幸運の正体を知ったからそう見えるのかも知れない。ずっと、()()が研前さんの笑顔だったのかも知れない。

 

 「自分の幸運がなんなのか気付いてから、私はずっと考えてるんだ。きっと、私が生きてるこの時間を生きたかった人がいる。本当なら私がいるここにいたはずの人がいる。だけど、私はここでこの時間を生きてる。それが私の幸運のせいなんだとしたら、私はどうするべきなんだろうって」

 

 静かに、研前さんは呟く。誰かの犠牲で自分が助かる幸運、そんな“才能”を持ってしまったと思ったら・・・茅ヶ崎さんみたいな人が、今までの人生で何人もいるとしたら・・・そんなの考えただけで苦しくなる。自分のせいで、いつどこで誰かが死ぬか分からないなんて・・・。

 

 「後ろを見ると、いなくなった人たちのことを悲しんで、暗くなっちゃうんだよね。だけど、きっとその人たちはそんな風に生きたかったわけじゃない。今この瞬間を楽しく、明るく生きたかったと思うんだ。だったらそれができる私が暗くなってたら、それこそいなくなった人たちに悪いんじゃないかって。そう思うんだよね。だからって、もういない人を悲しむことが悪いってことじゃなくて・・・その人たちがいないことを、受け入れて未来に進むとか。みんなの分まで生きるとか。そんな感じかな。上手く言えないんだけど」

 

 薄く笑う研前さんの表情は、まだ冷たかった。きっと研前さんは、私が想像もできない数の人との別れを経験してるんだと思う。それなのに、だからこそ、そうやって考えることができるようになったんだ。いなくなった人の分まで生きる。聞き慣れた言葉だけど、いざそういう状況に直面した私にはできそうになかった。研前さんの話を聞くまでは。

 

 「鉄くんの分まで・・・たまちゃんや星砂くん、みんなの分も、私たちが生きるべきなのかしら」

 「どうなのかな。私もよく分からないや。だけど、暗くなるのだけは間違ってると思う。すぐに立ち直るのは難しいと思うけど、やっぱり前を向いて歩かないと危ないからね。まだ生きてる私たちには、未来も希望もあるんだよ」

 

 鉄くんは言っていた。ここを出て元の場所に戻れたら、お姉さんと決別して自分の思うままに刀を打つんだって。それは叶わない想いになってしまったけれど、私がお姉さんにその気持ちを伝えることはできる。たまちゃんが命を奪われる危険を冒してまで守ろうとした秘密を、守ることができる。いなくなった人のために、まだできることがあるんだ。

 そう気付くと、さっきよりも視線を上げることができるようになった。モノクマランドを生きて出て、みんなの想いを遂げたり、守ったりできる。まだ私は生きてるから。

 

 「ありがとう、研前さん。私のために『弱み』まで打ち明けてくれて」

 「ううん、いいよ。それに、いずれ私の幸運のことはみんなに話さなくちゃいけないかなって思ってたんだよね。勢いで正地さんに打ち明けちゃったときはヒヤっとしたけど、安心したよ。案外みんな、すんなり受け入れてくれるかも」

 「そうね。私とスニフ君だって味方だもの。きっと大丈夫よ」

 

 さっきよりも明るい笑顔を見せてくれた研前さんと、牛乳で乾杯した。思いがけない形で研前さんの『弱み』を知ることになってしまったけど、きっとみんなも受け入れてくれるはず。それに、私はこんなところでくよくよしてる場合じゃないんだって分かった。そうよ、私は按摩なんだから。みんなをリフレッシュさせて元気づけるのが私の“才能”だもの。私がみんなを支えなくちゃ。

 

 「あ、納見君のことわす──」

 「ブモオオオオオオオオオオッ!!!

 「ッ!!?」

 「外からだ!」

 

 研前さんが納見くんの名前を呟いた瞬間、建物の外から物凄い大きな音が聞こえてきた。お腹の底に響くような、何かの雄叫びみたいな凄い音だった。何かあったのかと思って飛び出すと、牧場の方で激しく土煙が立ってた。

 

 「あっ!」

 「の、納見くん・・・!?」

 

 研前さんが指さした先を見る。広い牧場の真ん中で、太陽の下で黒光りするそれに、納見くんは跨がってた。向こう側が見えないほどの土煙を軌跡にしながら、牧場の中を好き放題に暴れ回る姿は、趣味の悪い装飾も相まって本当にただの暴れ牛にしか見えなかった。

 

 「うおおお〜〜〜!とぎまい〜!まさじい〜!イピイエ〜!」

 「何やってんの納見君!?それロデオマシーンだよ!危ないよ!ただでさえ運動神経ないのに!」

 「なんで西部劇の牧場にロデオがあるの?」

 「暴れ牛って西部劇のイメージっぽくないかな」

 「分からないわ・・・」

 「どうだあ〜い!?おれはちょうこうこうきゅうのカウボ〜イさあ〜!」

 「なんだかテンションおかしいわね」

 

 様子がおかしい納見くんは、ロデオの不規則な動きに抵抗する素振りも見せず、身体も頭もいいように弄ばれてる。見てるこっちが心配になるくらい散々振り回されて、よく見たらメガネもない。明日はきっと全身筋肉痛になってるわ。

 なんて呑気なことを考えてたら、ひときわ大きな揺れがきた。納見くんは当然堪える力もないから、見事に吹っ飛ばされた。

 

 「あれえええええぇぇぇぇぇ・・・・・・!!」

 「納見くーーーーーーーーーーーーーん!!?」

 「・・・・・・ぁぁぁぁぁああああああばっ!!?」

 「ほ、干し草に刺さった・・・」

 

 情けないほど見事に吹っ飛ばされた納見くんは、きれいな軌跡を描きながら干し草の山に頭から突っ込んだ。漫画みたいな光景に、思わず小さく吹き出しちゃった。干し草に突っ込んだから大した怪我はしてないと思うけれど、一応心配だから2人で駆け寄ってみる。

 思ったより深くまで刺さってたから、研前さんと2人がかりで引っ張り出した。抜けたときに頭を地面に打ったかも知れないけれど気にしないことにする。

 

 「納見くん、大丈夫?」

 「うう〜ん・・・」

 

 仰向けにして覗き込んでみると、なんだかいつもより顔が赤らんでた。目の焦点も合ってないし、呂律も回ってない。動きが鈍くて、見るからにこれは・・・。

 

 「酔っ払ってるね」

 「もしかして酒場にあるお酒飲んじゃったの?」

 「ぜ〜んぜ〜んのんでないよお〜」

 「ホントかどうか分からないね」

 「はい!ここで登場!お助けモノクマのコーナーですよ!」

 「きゃあっ!?」

 「うげっ」

 

 高校生で酔っ払いなんてシャレになってないわ。でも納見くんだったら、いくら興味があるからって勝手にお酒を飲むなんてことしないと思うんだけど・・・。そんな私たちの心配を見計らったように、モノクマが納見くんのお腹の上に降ってきた。

 

 「このモノクマランドではオマエラに清潔で美しく健やかなコロシアイをしてもらうために、未成年飲酒や未成年喫煙を厳しく禁止しております!飲む素振り、吸う素振りを見せたらモノモノウォッチのアラームが鳴るし、おしおきとまではいかないけれどボクが直接止めるよ!酒タバコは20歳になってから!」

 「変なところで真面目なんだね」

 「っていうことは、納見くんはお酒を飲んでないのに酔っ払っちゃったってこと?どういう仕組み?」

 「しらねーよ!ま、ボクが見てた限りでは、酒場の空気に酔っちゃったんじゃない?取りあえずこんなところでウダウダされてちゃ迷惑だし吐かれても困るから、ボクが部屋に送っておいてあげるよ。モノクマもたまには優しいのです」

 「お礼は言わないわよ」

 「ありがとねえ〜」

 「いいってことよ!」

 

 やっぱりモノクマが出てくると空気が悪くなる。酔ってるせいか空気の読めない納見くんだけがお礼を言って、どこからか現れたカウボーイモノクマが馬に乗せて走り去っていった。酒場の空気に酔っちゃうなんて、よっぽどアルコールに耐性がないのね、納見くん。

 

 「取りあえず探索もだいたい済んだし、ホテル戻る?」

 「そうね」


 やけに派手な建物が見えると思ったら、モノクマをモチーフにしたサーカステントがエリアのど真ん中にでんと構えていた。その周りを、円を描くようにデカい山車が走ってる。1つはサーカステントと同じくモノクマをモチーフにしてて、もう一つはモノクマに似たピンクと白の何かをモチーフにしてた。モノクマの女の子バージョンだからモノ子か?山車はモノクマがモノ子を追い回すような形で走ってた。っていうか山車って自走機能はないよな?ツッコミどころ満載だ。

 

 「すっごーい♡サーカステントだわーい♡マイムのためにあるようなエリアだね☆」

 「走ったらあぶないですよマイムさん」

 「お、おい引っ張るなよ・・・」

 

 エリアに入るなりテンションが上がった虚戈が、俺とスニフの手を引いてサーカステントに走って行く。今までのエリアの傾向からして、直接俺たちに危害を及ぼすような仕掛けがこのテントにあるとは思わないけど、慎重になるに越したことはない。

 

 「テントの中もだけど、外も探索しておいた方がいいんじゃないか?」

 「えー♣マイムは早く中が見たいよう♢」

 「分かったよ。じゃあスニフと俺で周りを探索するから、虚戈だけ先に中を調べててくれ。たぶん、サーカステントのことに関しては俺たちより詳しいだろ?」

 「まっかせっなさーい♡」

 「だいじょぶですかね」

 

 ひとまず虚戈から一旦離れたかった。昨日のこともあるし、まだこいつが何を考えてるのか分からない。それに、チーム分けのときに俺とスニフを真っ先に選んだってことは、たぶん虚戈なりの理由があるはずだ。スニフにそのことを話しておきたい。もし虚戈が、打算で動いてるんだとしたら、気を付けなくちゃいけないからだ。

 虚戈をテントの中に追いやることに成功した俺は、スニフと一緒にこのフェスティバルエリアを探索することにした。

 

 「あれなんですか?」

 「竿燈だな。東北の方の祭りで使うんだよ」

 「あっちはなんですか?」

 「吹き流しだな。七夕になったら日本中の商店街で見られる」

 「これは・・・」

 「なんかよく分かんないけど沖縄っぽい感じはするな」

 

 エリア全体が祭りの博物館みたいになってるな。日本のものだけでも結構な面積を占めてるのに、遠くの方にはサンバっぽい飾りが見えてる。夏祭りの屋台が並んでるかと思ったらその奥では色水が撒き散らされてるし、四方八方から飛んでくるトマトの弾幕を中をチーズが転がっていった。何なんだ一体。

 

 「I see(なるほど)!わっしょいわっしょい!ですね!」

 「う〜ん。そういうこっちゃなさそうだけど・・・まあいいか、なんでも」

 

 なんというか、世界で一番盛り上がるのは何祭りかをこの場で直接競ってるような、そんなメチャクチャなエリアだっていう説明しかできそうにない。

 

 「ワタルさん!ここにもなんかあります!」

 「・・・なんだそりゃ。危ないから近寄るなよ」

 「Motor(モーター)みたいです!でもトゲトゲでガードしてますね」

 

 サーカステントの入口からちょうど反対側辺りにあったのは、汚れた巨大な機械だった。物々しい雰囲気を纏っているのは、機械の周囲を囲う有刺鉄線のせいでもあるんだろう。唸るような駆動音が聞こえる。この音は、モーターというより発電機だな。

 

 「たぶんこのサーカステントの電気をこれで作ってるんだな」

 「Generator(発電機)ですね!?Wow(うわあ)It's cool(イカすぜ)!」

 「スニフはこういうスチームパンク的なヤツが好きなのか」

 「ダイスケさんがまえに言ってました。よくわかんないMachine(機械)はオトコのRoman(浪漫)だって」

 「まあ、分からなくもないな。俺も飛行機のコックピットのごちゃごちゃ加減は好きだから」

 

 スニフはずいぶん城之内のことを慕ってたんだな。英語で話せるっていうのもあって、よく懐いてた。

 

 「ん?これが発電機ってことは・・・」

 

 そういえば、このサーカステントの電気はここで作ってるからいいとして、それ以外の建物や施設にはこんなものなかった。ってことは、どこかから電気を供給されてるはずだよな?送電線も発電機も見当たらないのに、どうやってこのモノクマランドは動いてるんだ?どこで電気を作ってるんだ?

 

 「ワタルさん?どうしましたか?なんだかSky aboveでしたよ」

 「スカイ・・・?」

 「()()()()()、でした?」

 「・・・あ、()()()()()か」

 「それでした!」

 「訳し方たぶん違うぞ」

 

 考えごとをしてたらスニフに心配された。心配のされ方がややこしすぎてよく分からなかったが。研前はよくスニフの言い間違いが何なのかすぐに分かるな。いやそんなことより、電気はどこから来てるのかだ。いやいや違う違う。もともとなんでスニフと二人きりに、もっと言えば虚戈と離れることにしたかを思い出せ。

 

 「まあそんなことよりだ。スニフ、お前、虚戈どう思う?」

 「マイムさんですか?どうおもうって・・・なんかChildish(子供っぽい)な人です」

 「いやそういうことじゃなくて」

 「あ、でもおかしいことありますよ!This morning(今朝)、みなさんなんだかおかしかったです。なんだかマイムさんのことHate(嫌う)するみたいな。()()()()()()です」

 「・・・()()()()()()だろ?」

 「それでした!」

 「ううん、やっぱバレてたか。別に嫌いっていうか・・・色々あるんだよ。虚戈ってああいうヤツじゃんか。前からずっとだけど、なんつうか、サイコっぽいっていうか」

 「Psycho(サイコ)?」

 

 スニフになんて言えば上手く伝わるんだろう。こういうときに城之内がいてくれたらなあ。まあとにかく、あいつの危険さをスニフに伝えればいいんだ。スニフは賢いから、他の言い方でもなんとか分かってくれるだろう。

 

 「あいつ、おかしいだろ?昨日も星砂や正地に対しての態度とか、城之内のときもそうだし・・・」

 「・・・はあ。でも、たしかにマイムさん、ちょっとおかしいです。ボクらとはちがいます」

 「だろ?」

 「でも、マイムさんは一回も人のことKill(殺す)しようとしてないです。Every morning(毎朝)ボクとDance(ダンス)してます。セーラさんのことをHunt down(追い詰める)したのは・・・ひどいとおもいました。でも、サイクローさんのこと知るのはClass trial(学級裁判)Necessarily(必要)でした。マイムさんはボクたちとちがいますけど、ボクたちのEnemy()じゃないです」

 

 やっぱり、スニフは賢い。普通、こんな年でそんなことまで考えられない。それに間違ったことは言ってない。あいつと出会って間もない頃に、虚戈は言っていた。殺したくも殺されたくもない、死にたくない、と。虚戈はどこまでも純粋で無邪気なヤツなんだ。死なないために学級裁判を本気で戦ってる。殺さないように、殺されないために俺やスニフを籠絡しようとしてる。まあ俺はちょっと籠絡されてたんだが・・・。とにかく、あいつがしてることは全部納得できるんだ。

 

 「ああそうだ。あいつは俺たちの敵じゃない。でも、敵じゃないだけだ。味方とは言い切れない」

 「どうしてですか?」

 「あいつは俺たちと少し違う。その少しの違いが、決定的過ぎるんだ」

 「なにがちがうんですか?どうしてみなさん、マイムさんのことHate(嫌う)してますか?そんなことしてたら、モノクマがまた何かしてきます!ボクたちのRelationship(関係性)Weak point(弱点)を見せたらダメなんです!」

 「いや・・・ううん、そうなんだけど・・・」

 

 そうじゃない。スニフの言ってることは間違ってない。間違ってないけど・・・正しくもない。

 

 「はあ。あのなスニフ。お前の言ってることは、道徳とかモラルとか、そういう次元の話でしかないんだよ」

 「・・・え?」

 「日本語じゃそういうの、きれい事って言うんだ」

 「きれ・・・?」

 「分かんないよなあ。なんつうか、それはそうなんだけど、現実はそう上手くはいかないってことだよ」

 

 こういうときにこそモノクマはなんとかして助けてくれないもんなのか。生憎俺は英語が得意なわけじゃないから、ちょっと難しい話をしようとするだけでスニフと話ができなくなる。本当に情けないな、俺って。

 

 「あいつはそこに何の葛藤も抱えてない。自分のしてることに迷いも葛藤も疑いもない。コロシアイを強要されてるこの極限状態を受け入れた上で行動してる。だから俺たちとは違うんだ。死なないことが目的で、ここから出ることが目的じゃないんだ。あいつは、今この瞬間しか見てない。あいつの目は未来を見てない。だから、俺たちとは違う。敵ではないけど、味方でもないんだ」

 「・・・じゃあ、ワタルさんはマイムさんのことどうしたいですか?味方じゃないって、なかまはずれしますか?」

 「そういうわけじゃ・・・」

 「ならいいじゃないですか。Enemy()じゃないなら、みかたじゃなくても、Friends(友達)じゃないんですか」

 「俺だって、ホントはこんなこと言いたくないんだよ。けど、事実いまの虚戈は危険なんだ」

 「・・・分かんないですよ。そんなの」

 

 やっぱり俺には無理なのかな。スニフも納得させられないんじゃ、他のヤツらだって俺について来てくれるわけがない。頼りないよなあ、俺。

 結局、スニフを納得させることはできないまま、サーカステントの周りの探索は終わった。自走式の山車と発電機以外に特筆することはなくて、やっぱりこのエリアの目玉はこのテントのようだ。一足先に虚戈が中を探索してたはずだけど、どうなってるだろうか。

 

 「これは・・・客席か。こんなすかすかの造りで大丈夫なのか?」

 「あっちにStage(ステージ)ありますよ!ワタルさん!Hurry up(早く早く)!」

 

 入ってすぐ、鉄骨剥き出しの客席と、そこに上がるための階段が、テントの幕に沿って丸く広がってた。隙間から見えるステージはスポットライトを浴びて輝き、テントの中は舞台を底にした半すり鉢状になってることが分かった。スニフに急かされて客席の隙間を抜けてステージに寄っていく。テントがデカい分、客席も奥の方になると暗くてよく見えない。こんなので本当に楽しめるのか?

 

 「ワ、ワタルさん!マイムさんが!」

 

 焦ったスニフの声に、認識よりも身体が先に動いた。ぼーっと考え事をしてた脳に、何回も見た人の死がフラッシュバックする。まさか、ついさっきテントに入って行ったばっかの虚戈が、この何分かの間に・・・?慌ててステージに飛んでいく。

 

 「ど、どうしたスニフ!?虚戈は無事か!?」

 「わかんないです・・・どどどど、どうしましょう・・・!?」

 「おおおぅ、落ち着け一旦!落ち着け!虚戈!おい虚戈!」

 「・・・う〜ん×ばたんきゅう×」

 「は」

 

 ステージの真ん中に倒れた虚戈に、俺とスニフは駆け寄る。見たところ血を流してるわけでも怪我をしてるわけでもない。仰向けになっている虚戈の肩を揺すって声をかけると、虚戈は間抜けな呻き声をあげた。

 

 「なんだよ生きてんじゃんか・・・焦らせるなよな」

 「ご、ごめんなさい・・・。だってこんなとこでたおれてたらフツーWorry(心配する)しますよ」

 「まあそうだけど。どういう状況だ?」

 「うぅ〜ん・・・×」

 

 ステージをよく見ると、袖の方にプールの飛び込み台みたいな高い足場と天井からぶら下がった空中ブランコ、それからその間に張られた金属製のネットがあった。ネットの真ん中、ちょうど虚戈の真上の部分がボロボロになってる。これはあれか。空中ブランコに失敗して落ちてネットに引っかかってステージに落ちて、頭を打った感じか。

 

 「こんな状態じゃ怪我するじゃんか。モノクマは何をやってんだ」

 「マイムさん、ここからおっこちましたか?ワタルさんよりHigher(もっと高い)です」

 「まあ大怪我はしないだろうけど、受け身が取れなきゃ危ない高さだな。虚戈だったらこれぐらいの高さは大丈夫だったんじゃないのか?」

 「ボクがご説明いたしましょう!」

 「Yikes(ぎゃあっ)!?」

 

 どこからともなく飛び出してきたモノクマがスニフを突き飛ばした。漫画みたいに尻餅をついたスニフがモノクマを睨むが、意にも介さずモノクマは俺たちの頭上を指さした。

 

 「何が起こったかと言うと、ここに来るなりテンション上がった虚戈サンが空中ブランコやエアリアルをし始めたのね」

 「エアリアル?」

 「かーっ!何にも知らねーなお前は!それでもパイロットかよ!サーカスの空中演技のことだよ!袖の方にロープがあるでしょ、あれでやるの」

 「パイロット関係ないじゃんか・・・」

 

 袖を見ると、ステージの裏から幕を乗り越えてロープが下がってきてて、地面に付くすれすれのところまで伸びていた。あれによじ登るのか?ずいぶん原始的だな。

 

 「言っておくけどよじ登るんじゃないからね。裏側で重たい砂袋が結んであるの。それを落とせば反対側につかまってる人はエレベーターの要領で空中に上がれるってわけ」

 「へー。ずいぶん親切に教えてくれるな」

 「色々知っておけば殺り方にも幅が出るでしょ!」

 「完全に余計な一言だったな」

 「じゃあなんでマイムさんがばたんきゅうですか?」

 「テンション上がりすぎて空中ブランコから落ちたんだよ。そんなところで事故死されちゃつまんないから、一応安全ネットは張ってあったんだけどね」

 「破けてるじゃんか。そこから落ちたんじゃないのか?」

 「元々は破けてなかったよ!というかよくぞ聞いてくれました!この安全ネットこそ、ボクが長い月日をかけて開発した次世代の金属繊維、モノクマファイバーでできているのだ!」

 「It sounds good for nothing(ろくでもない気しかしねえ)

 

 別に聞いてないんだけどな。嬉しそうに小躍りしながらモノクマは説明を始める。なんだか今日のモノクマはずいぶん機嫌がいいな。さすがに三回もコロシアイを繰り返して、俺らが思い通りになるのが楽しいんだろうか。忌々しい。

 

 「一本一本はコンマミリ単位の太さなのに、従来の金属繊維や化学繊維を遥かに上回る強靱さ!耐熱、耐冷、耐刃、耐放射線、耐重、耐酸、耐アルカリなどなど、化学的強度も圧倒的!特殊な機械を使えばクマでも意のままに加工できる利便性!これぞまさに次世代の金属繊維、だよね!うっぷっぷ!」

 「よく分かんないけど、破れてるぞ」

 「お客様、モノクマファイバーは破れません」

 「どう見てもBreak(壊れる)してます!」

 「ちっ。こんなネチネチ言ってくるクレーマーがいるんじゃ、MF(モノクマファイバー)で大儲け大作戦が台無しだよ」

 「・・・俺ら別におかしなこと言ってないよな?」

 「Be confident(自信持ってくださいよ)!」

 

 モノクマファイバーがすごいってのは分かったけど、実際破けてるからなあ。もし本当に破けないんだったら、今までよりいい物ができたっていうのは良いことだとは思うんだが。

 

 「これは内緒(ショナイ)でお願いしたいんですけど、実は色んな化学的性質を強化した結果、ある特定の物質にだけ脆くなっちゃったんだよね」

 「特定の物質?」

 「塩デスネ」

 「Salt()ですか」

 「塩水をぶっかけられると急速に錆びちゃって、豚の角煮みたいにホロホロになっちゃうんだよね」

 「なんでそんな美味そうな喩えするんだよ。そのナメクジみたいな性質のせいで、あれは破けたのか?」

 「そだねー。たぶん虚戈サンの汗とか涙とかで反応しちゃったんじゃない?」

 「そんな塩分量で!?弱すぎだろ!」

 「まだまだ改良の余地ありだねこりゃ・・・じゃ、ボクは研究があるので、さいなら!」

 

 モノクマはそれだけ言って、またすぐにステージ袖に消えていった。いつも突然現れては突然消えるやつだ。とにかく、虚戈は勝手にここで自滅したってことだな。誰かの悪意が絡んでないならまだ安心だ。取りあえず横にして安静にさせて──。

 

 「とあーっ☆ふっかーつ☆」

 「どあばっ!?」

 「ワタルさーーーん!?

 

 虚戈を起こそうとしたら、いきなり跳び起きた虚戈に思いっきりアッパーカットを食らった。脳が揺れた。

 

 「おおっ・・・!ってえ・・・!」

 「なんか殴っちゃった感じがしたよ?あっ♡スニフ君とワタルだ♡外の探索はもういいの?」

 「先に言うことないんですか!?ワタルさんこんななってますよ!?」

 「一瞬視界が白黒になった・・・」

 「ありゃー♣マイムが殴ったのはワタルだったのかー♣ごめんね♡」

 「ダイジョブですかワタルさん!?」

 「だ、だいじょぶだ・・・びっくりしただけで、そんなに重いやつじゃなかったから」

 

 起き上がりで姿勢が悪かったからか、虚戈の体重が軽かったからか、ダメージは少なく済んだ。それより虚戈が自力で回復したんなら何よりだ。

 

 「マイムあっこから落っこちたんだよ♬気絶しちゃってた♡」

 「モノクマが言ってました。気を付けてくださいね」

 「うん気を付ける♬ありがとスニフくん♡」

 「むぎゅ」

 「そんなことより、ここの探索は終わったのかよ虚戈」

 「探索?あっ×忘れてた×」

 「ダメじゃんか!」

 「まーまー♡2人とも来たんだから一緒に探索しよーよ♬マイムが案内してあげるからさ♬」

 

 ついさっきまで気絶してたっていうのにずいぶん元気だな。虚戈はまた俺とスニフの手を引いて、ステージ袖の方に走っていく。客席からは幕が陰になって見えない辺りで、分厚い幕一枚を隔てたステージ裏に行けるようになってた。

 

 「ちょっと待てよ虚戈、引っ張るな──っとと!」

 「うわあっ×なになに!?」

 「わぶっ」

 

 虚戈が無理に引っ張る上に、足下の何かにつまづいて俺がよろめくとそれにつられて虚戈もバランスを崩す。当然手を繋いでるスニフも勢いそのままに虚戈にぶつかって、なんかもうしっちゃかめっちゃかだ。

 

 「いたた・・・焦るからこうなるんだろ!」

 「めちゃくちゃだよもう♣」

 「ワタルさん、なににFalter(つまづく)しましたか?」

 「よく分からん金具だ。ステージに固定されてるけど、何のためにあるんだこれ」

 「火の輪くぐりとか猛獣使いとかのパフォーマンスのために色んな器具が必要なんだよ♡これはそれを設置するためのもの♬ふふーんどうだ☆マイムはサーカスのことならなんでも知ってるんだ☆」

 「Great(そりゃすごい)

 「感情こもってねー・・・」

 「もっとすごいもの見せてあげるよ♡裏に色々あるんだ♬」

 

 輪っか状の金具は、よく見たらステージのあちこちに設置されてる。なるほど、確かにこういうものも必要になるかもな。サーカスなんて見たことないからよく知らないけど。

 気を取り直して虚戈は俺とスニフを裏に案内した。そこはステージの煌びやかさとは打って変わって、埃っぽくて薄暗かった。幕の切れ間からステージの灯りが溢れてきて、余計に裏側の寂しさを際立たせてた。虚戈の言う通り、サーカスのパフォーマンスに使うんだろう色んな器材や小道具大道具があった。

 

 「こっちは大道具♬さっき言った猛獣使いで象が乗る大玉とか板渡りの板に階段、綱渡りの綱にナイフ投げの的、あとエトセトラセトエトラ・・・♣」

 「こんなごっちゃごちゃに置いてあって、使えるのか?埃被ってるみたいだし」

 「だれもつかってないからですよ」

 「まあ人気ない演目はやんないからね♡道具はこうやって放置されるだけだし、生き物は処分されるだけだから♡華やかなステージの裏側はシビアな世界なのです☆」

 「シャレになってないな・・・」

 「で、こっちは小道具だよ♬ジャグリングで投げるものと、マイムみたいなクラウンが乗る用の玉や階段でしょ、それから綱渡りのバランス棒とメイク道具とお盆に食器に・・・♣」

 「なににつかうかわかんないのもありますね」

 「色んなパフォーマンスがあるからね♬あとこれもあるよ☆あーん♡」

 「Yikes(ひゃあっ)!?」

 「アーーーーーーー☆」

 

 そう言って虚戈が取り出したのは、1mはあろうかという長い剣だった。専用の鞘に収まってて、抜き出すと薄暗い中でも白銀に煌めいて鋭い切れ味を想像させる。かと思ったら、上を向いてその剣を切っ先からどんどん飲み込んでいく。剣呑みか。スニフは心底びっくりして心配そうに虚戈を見てた。良い客だな。

 

 「ちゃんと仕掛けがあるんだけどね☆でもここにあるヤツはマイムが得意なヤツばっかりだなー☆」

 「得意じゃないものがないくらい色々できるだろお前」

 「ありがと☆」

 「褒めたつもりはないんだけどな」

 「Excellent(すんげー)です!どうやりましたか?」

 「あはっ☆これは模造刀で、飲むための仕掛けがあるんだよ♬先制攻撃もできるんだよ♬」

 「誰にだよ」

 

 口から出した剣は、見ただけじゃ真剣と変わらないように見える。でも虚戈はそれをいじって曲げたり縮めたりして、本当は飲み込んでないことをスニフに説明する。普通そういうのは客に教えないのがプロってもんじゃないのか?

 

 「こんなに立派なステージがあるんだったら、マイムのステージをみんなに見て貰いたいな♡」

 「そうですね!ボク、マイムさんのStage(ステージ)みたいです!」

 

 呑気にそんなことを話す虚戈とスニフの目は純粋で、今の虚戈の立場を考えるとそれも難しそうに思えて気が重くなる。このタイミングでこのエリアが開放されたことが、俺たちにとってプラスだったのかマイナスだったのか。それは、()()が起きるまで分からないままだった。


コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:9人

 

【挿絵表示】

 




平成が終わる前にあと1話投稿できたらいいな。探索編は長くなりますねー。

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