ダンガンロンパカレイド   作:じゃん@論破

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【タイトルの元ネタ】
『地球最後の告白を』(kemu/2013年)


幕間3
人生最後の独白を


 

 希望ヶ峰学園から入学通知が届いた時、俺は心の底から、姉の呪縛からは逃れられないと感じた。手紙に書かれたほんの数行の文章に、俺の心はすっかり染められてしまった。

 

 

鉄祭九郎様。あなたを、“超高校級のジュエリーデザイナー”として、

希望ヶ峰学園への入学式にご招待します。

 

 “超高校級のジュエリーデザイナー”。この国に生きる高校生ならば、誰しもが欲しいと望む“超高校級”の称号と、希望ヶ峰学園への入学案内。卒業すれば将来の成功が約束されるという、まさに希望の学府だ。だが、俺にとってこの案内状は、ただの楔にしかならなかった。

 

 「よかったじゃん、クー。行ってきなよ。そんで、もっともっとウチらの会社宣伝して来な」

 「・・・」

 

 一人部屋に籠もってその案内状を見ていた俺に、いつの間にか部屋の鍵を開けて入ってきた姉が言う。その手には、姉の元にも届いた、俺の物と同じ封筒が折りたたまれていた。

 

 「ニッシシ♬アンタ、“超高校級のジュエリーデザイナー”なんだって?イイよイイよ。これでウチらの会社も一層箔が付くってもんだよ。“超高校級のジュエリーデザイナー”、鉄祭九郎がデザインしたジュエリーショップ!利用できるモンは全部利用しなきゃね♬」

 「・・・幣葉は、行かないのか?」

 「は?なんでウチが希望ヶ峰なんか行かなきゃいけないのよ。それどころじゃないってーの。それに」

 

 幣葉は封筒とは別に持っていた、中の案内状を人差し指と中指で挟んで俺に見せてきた。そこに書かれた“才能”は・・・“超高校級の死の商人”だ。

 

 「ウチとアンタで一緒に入学したら、さすがに勘付く奴もいるでしょ。“超高校級の探偵”みたいなのとか、“超高校級の鑑定士”みたいなのもいるんでしょ」

 「それは分からないけど・・・」

 「第一、最初にも言ったじゃん。ウチとクーは、お互いの人生を交換したの。才覚に溢れたキラッキラ光る姉はどす黒い裏の世界を。不器用で無骨でクッソ地味な弟は表の世界を。不適材不適所なのに成果は上げる。その(ギャップ)がいいんじゃない」

 「・・・」

 「だから、ウチにとっちゃこんなもんはただの邪魔くさい紙切れなの。その分、他の“才能”でも伸ばしてやった方が八方円満って奴よ」

 

 そう言って、幣葉は希望ヶ峰の入学案内をびりびりに破いた。見る者が見れば卒倒しそうなその光景も、俺にとってはもうため息しか出ない。俺の姉──鉄幣葉(くろがねへいは)とはこういう人間だ。

 

【挿絵表示】

 

 自分の目的、自分の興味、自分の快楽、自分の充足のためには、その他には一切目もくれず邁進する。そこに迷いは一欠片もない。だからこそ、未だ高校生の年にして一大ジュエリーブランドの社長を務められているのだろう。

 

 「ただクー、アンタは行きなさい。辞退なんて許さないわよ」

 「宣伝のためにか?」

 「それもあるけど、もっとデッカい目的よ。アンタが入学すれば、希望ヶ峰学園とパイプができるじゃない。これは利用するっきゃないわよ」

 「学園と繋がりを持ったとしても、金になるとは思えんが」

 「はあ?あのねクー、アンタ本当に分かってないわね。ウチが求めてんのは金なんかじゃないの!」

 

 幣葉の語気と鼻息が荒くなる。姉とはずっと一緒に生活しているが──正確に言えば、幣葉が家を出てから俺が家を出るまでの数年間は一緒ではなかったが──未だに考えていることがよく分からない。

 

 「希望ヶ峰学園を卒業した超一流のジュエリーデザイナー、鉄祭九郎が顧問デザイナーを務めるジュエリーブランド、それを経営するのは実の姉。きっと取材もわんさか来るわよ!そしたらどうなると思う?」

 「普通に宣伝になる以外ないと思う・・・」

 「ああもう!ニブいわね、見た目通り(萌えねーな)。いい?マスコミってのにはセンセーショナルな話題の方が喜ばれるのよ。そこにウチらがネタとして上がればどうなると思う?こんな面白いネタはそうそうないわよ」

 

 そう言って幣葉は、俺を直立させてその隣に並んだ。その正面には、無駄に大きな姿見があって、俺と幣葉の姿をそのまま映す。

 俺は同年代と比べて身長が異常に高い。父親の遺伝なのか筋肉質だし、髪の毛は引火すると危険だから全て剃った。自分で言うのもなんだが、まさに職人然とした見た目をしていると思う。自分の趣味とは言え、ハチマキや作務衣を着ているとなおさらそう見える。

 一方の幣葉は、同年代の女子と比べても背が低く、俺と比べるとより際立つ。俺と違って細い手足、金色に染めた派手な髪の毛、パンツスーツとファーコートにウチの商品であるジュエリーを身に着けている。同じなのは瞳の色だけだ。一見しただけで、これが姉弟だと分かる者はそういないだろう。

 

 「これよこれ!この姿見、アンタとウチのために特注したんだから!ウチはね、ここでアンタとこうして横に並んで立ってる時が一番好きなの!」

 「は、はあ・・・」

 「派手好きでセンスも色合いもブッ飛んだちっこい女の子と、無骨で筋肉質で古くさい格好と考え方した背高のっぽの男。こんなん普通どこからどう見てもアンタが兄でウチが妹、っていうか赤の他人としか思われないわよ!」

 「それはそう思う」

 「でも、実際には血の繋がった家族で、しかもウチが姉でアンタが弟!分かる!?これが(ギャップ)ってヤツよ!見た目と中身、噂と事実、予想を真逆の方向に裏切られたのになぜか納得できちゃうこの感じ!これがウチの求める(ギャップ)なの!」

 「・・・お、おう」

 「ぜんっぜんピンと来てないし・・・まあいいわ。アンタのその見た目と内面も、それなりに(ギャップ)感じてるから。そんだけいかつい身体と顔してガラスのハートとか、わりとツボよ?アンタの姉でよかったわ〜、ウチ。こんな(ギャップ)と利用価値を兼ね備えた弟なんてそうそういないわ」

 「あ、ああ・・・」

 「さすがにマスコミに発表するわけにはいかないけど、“才能”だってそうよ。アンタのその見た目でジュエリーデザイナーなんて(ギャップ)しかないもんね!ウチのこの見た目で死の商人なんて違和感しかないもんね!ニッシシ♬さすがに最初は、すぐバレて殺されるとか思ったけど、案外どうにかなるものね!裏の世界って意外と楽勝よ?それもまた(ギャップ)よね!」

 

 全然分からん。

 

 「もう、死の商人の正体は小さい女の子って噂も流れてるみたいだし?万事思惑通り。ま、頭使うのは年上のウチのやることよね。アンタは今まで通り、ウチの大事な商品造ってればいいのよ」

 「・・・そ、それなんだが・・・!」

 「世界中の女の子のための、キュートでスマートなジュエリーを提供します!ニッシシシ♬バカよねー♬それがぜーーーんぶ、どれもこれも1つの例外もなく、暗殺用の武器に早変わりする暗器だなんてね!想像するだけでゾクゾクしてくるわ!世界中の幼気な女の子たちが、何の殺気も持たない頭すっからかんな女たちが、超一流の技術が詰め込まれた暗器を身に纏って町を歩いてるなんて・・・っ超(ギャップ)よね!むっはー!」

 

 いつもこうだ。俺が何か言おうと思っても、幣葉は勝手に一人で盛り上がって、俺には何も言わせてくれない。話も聞いてもらえない。

 

 「へへへえへ・・・ちょっとトイレ行ってくるわ。じゃ、希望ヶ峰学園の件はそういうことで、クーに任せるわ。とは言っても、普通に学園生活楽しんでくればいいから。お金ならいくらでも出してあげるからさ。あいつの家じゃまともに高校生らしいこともできなかったでしょ?」

 

 『あいつ』、というのは、俺と幣葉の父親のことだ。確かに父親は厳格な性格で、一応高校には通わせてもらっていたものの、友達を家に招待すれば冷たくあたり、休日に外出の約束をすれば相手の家に断りの電話を入れた。全ては俺にあの家を継がせるためだと言うが・・・。

 

 「まあ・・・そうだな」

 「でっしょー?あんなクソヤローのところにいたら希望ヶ峰なんて絶対あり得なかったし、クーの“才能”も十分に育てられなかったよ。よかったねー、キレイで優しいお姉ちゃんに拾ってもらって♡」

 「・・・」

 

 笑いながら幣葉は部屋を出て行こうとする。全身に煌めくジュエリーは、さっき幣葉自身が言ったように、全てが暗器だ。それを知っているのは俺と幣葉だけ。この会社の女性社員で同じ物を付けている人もいる。俺自身も含めて、自分の周囲の環境全てを自分の理想の形に変化させてしまったのは、純粋に幣葉の力だ。この会社も、俺の“才能”も、希望ヶ峰学園ですら、すべては幣葉の(ギャップ)のための道具に過ぎない。

 

 「クー、愛してるよ♡ウチの大事な大事な弟クン♡」

 

 満面の笑みでそう言われたとき、俺は背筋が凍った。打算もあるとはいえ、幣葉のその気持ちにウソはないだろう。だとしても、俺にはその笑顔が、その言葉が鎖よりも重く冷たい束縛になった。この姉を裏切ることなどできない。この姉から逃げ出すことなどできない。そう思わせられた。

 そして俺は結局、幣葉の言いつけ通り、希望ヶ峰学園に入学を決めた。入学通知が届いた時点で、これは決定事項だったんだ。俺にはもう、どこにも行き場なんてない。幣葉の元で自分の意思に反した武器製造を続けるか、父親の元に戻り満たされない憤懣を抱えたまま不本意な美術品を造り続けるか。

 

 「俺にはもうとっくに・・・自由などなかったのか・・・」

 

 瞼を閉じれば姉の顔が浮かぶ。その表情は穏やかで、慈愛さえ感じる。たとえそれが本心であったとしても、その根幹には徹底的な独善欲があると、俺は知っている。孤独に呟いた俺は、どこまで惨めで、情けなかった。


 「“超高校級の死の商人”なんて、そんなものだ。俺は、自分の“才能”さえ人の手に委ねることしかできなかった。自分だけで行動を起こしたことなどなかった」

 

 『姫の部屋』に飾られた玉座に腰掛けて、鉄は昔を思い出すように語った。それはみっともない命乞いでも、この場を逃れるためのデマカセでもなかった。そこに込められてたのは、徹底した自己嫌悪とお姉さんへの服従心だった。聞いててとっても・・・イラつく。

 

 「なんなのそれ。それが“超高校級の死の商人”の正体?モノクマがたまちゃんたちの不安を煽るために使ったものが、たったその程度のものってこと?」

 「そうだ。モノクマが何を思っていたかは知らないが、名前だけが一人歩きしているような状態だ。そもそも俺は自分からそう名乗ったことはないのだが・・・」

 「・・・そうだとして、じゃあなんでその“超高校級の死の商人”が造った武器がこのモノクマランドにあるのよ。アンタが本当にモノクマと繋がってないって証拠を見せなさいよ」

 

 玉座に座る鉄。その正面であたしは、ロザリオの形をした仕込みナイフを構えていた。少しでも動けばすぐに切りつけられるように、剥き出しになった刃を鉄に向けて。正直、本気で鉄が逃げだそうとすれば、か弱いあたしは簡単に突き飛ばされてしまうと思う。それでもそうならないのは、鉄が意味が分からないほど落ち着いてるからだ。

 

 「それは・・・分からない」

 「証拠はないってことだよね」

 「俺は売買に直接関わってはいなかった。あくまでジュエリーデザイナーとして所属していたからな。それに幣葉が取引をするのは主に仲買人(ブローカー)だ。俺の武器がどこの誰に行き渡っているのかは、さっぱりだ」

 「それをどうやって信じさせようってのよ」

 「信じなくてもいい。俺が言えるのはこれだけだ。それに、俺がモノクマと通じていようがいまいが、お前のすることは同じだろう?」

 

 ホントに気持ち悪い。どこまでも落ち着いた目で、鉄はあたしを、あたしの握るナイフの切っ先を見た。その色は恐怖なんかちっともなくて、諦めもなくて、絶望もなくて。ただ安心するような目だった。

 

 「それが分かってて、なんでそんな落ち着いてられんのよ」

 「俺はずっと、許しを乞うていた。俺の造った武器で人の命が脅かされている。俺の造った武器で血を流す誰かがいる。俺の造った武器で憎しみが形を持って人を襲う。何度夢に見たか分からない。もうたくさんなんだ。売れば売るほど、造れば造るほど、俺という人間は罪深くなっていく。それでも造らずにはいられない・・・造らなくてはいけなかった。どこかで俺は待っていた。こんな時を」

 「だから・・・あたしの誘いに乗ったってのか。殺されると分かっててあたしとモノクマ城に入ったってのか・・・!自分の造った武器で殺されるのが本望だってのか!」

 「・・・すまない」

 「ッ!なっ・・・なんで・・・アンタが謝るんだよ!あ、あたしは・・・!」

 「綺麗事をつらつら言っているが、最後まで俺は受け身だった。向けられた殺意まで、自分の贖罪に利用しようとしているとは・・・」

 

 自嘲気味に笑うその顔は、それでもやっぱり清々しい。玉座に座ってそんな顔をする鉄は、まさにこの城の主みたいに堂々としていた。それに対してあたしは、今になって自分のしていることが怖くなって、こいつに刃物を向けてることが不安になって、何が何だか分からなくなって・・・。

 

 「なっ・・・なんなんだよ・・・!なんなんだよ()()()()()は・・・!」

 「?」

 「勝手だよ・・・どいつもこいつも・・・!みんな自分勝手だよ・・・!自分一人で考えて、自分一人で結論出して・・・そんでみんなを巻き込んで・・・!人の気持ちなんかちっとも考えないで・・・!なんであたしがこんな目に遭わなきゃいけないの・・・!?どうして・・・!?」

 「ぬ、ぬばたま・・・?それはどういう・・・!?お、おい」

 「ううっ・・・!」

 

 ようやく自分の立場が分かった。なんだ、たまちゃんはずっと利用されてたんだ。あの時からずっと、鉄と同じ。誰かの思惑の中でしか動けない、操り人形みたいな存在。どうしてこんなことになっちゃったんだろう・・・自分の腕についた糸がなんなのか、分かってたのに。それを切って自由になることだって出来たはずなのに・・・なんでそんな簡単なことができなかったのかな・・・。

 頭の中身は嗚咽になって口から溢れる。震えになって体中を突き動かす。涙になって目から流れていく。全身の力が抜けて、もう鉄を押さえるどころじゃなくなった。

 

 「ど、どうしたんだ・・・刃物を持っているんだぞ。危ないだろう」

 「あううっ・・・う、うるさい・・・!」

 「いったい──!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よくやった、ヌバタマ。後は俺様に任せるがいい」

 「──ッ!?」

 

 一瞬、そんな声が聞こえたと思ったら、おっきな物音がした。ただの音のはずなのに、そこには重苦しい悪意が込められてるような気がして、本能的に危険を感じ取った。手に握ってたはずのナイフはなくなってて、床しか見えない視界には、さっきまでなかった真っ赤な飛沫が加わってた。

 

 「コッ・・・!ガハッ・・・!?ほ、ほし・・・!?

 「フンッ、呆気ないものだな。“超高校級の死の商人”といえど、ただの人間ということだ」

 「まっ・・・!ぬ・・・た・・・!

 「自らの造った仕込みナイフで喉を裂かれる気分はどうだ?これぞ貴様に相応しい天罰といったところだな」

 「げ・・・!にえ・・・!ころ・・・さ・・・!

 「己の罪の重さに潰されて地獄に堕ちるがいい。フッ、ククッ、ハッハッハッハ!!」

 

 高笑いする星砂の向こう側から、鉄はずっとあたしのことを見てた。喉から漏れる息が血が噴き出すのを更に激しくして、声は言葉にならない。だけど、何を言おうとしてるのか、あたしには分かった。だからこそ、あたしは言う通りにはできなかった。

 

 「ぁ・・・!」

 「・・・!」

 

 そして、鉄の目から光が消える。喉から漏れてた息が止まる。手が力なく重力に従う。今、あたしの目の前で、命が消えた。人が死ぬ瞬間を目にした。思った以上に、呆気なくて、閑かで、寂しかった。脳内で、あいつの最期の言葉が何回も響く。

 『逃げろ。殺される。』自分の命が消えかかってるっていうのに、あいつはいきなり現れた星砂が危険だとあたしに告げた。最期の瞬間まで、あいつは人のことを心配してた。そりゃそうだ。直接手を汚したわけでもないのに、どこかの見ず知らずの他人の命の責任を背負うようなヤツだ。さっきまで自分に殺意を向けてきてたあたしのことまで心配するなんて・・・。

 

 「・・・バカ」

 「見たかヌバタマよ!斯くして“超高校級の死の商人”は死んだ!殺された!俺様の手によってだ!くくくっ・・・シャレの利いた結末ではないか?血まみれの玉座に座して眠るは“超高校級の死の商人”!しゃれこうべでもあればより気の利いた画になるのだがな」

 「・・・もういいよ。帰ろう」

 「貴様はよくやった。よくぞ俺様が到着するまで持ちこたえた。貴様が殺されて逃げられる前に辿り着かねばと思ったのだが、殊の外、この城の中が複雑でな。少々時間がかかった」

 「帰り道なら知ってるよ」

 「無論だ。一度通った道ならば俺様も忘れはしない」

 

 そう言って星砂は、ずぶ濡れになったコートを脱いで小脇に抱えた。そしてポケットからモノモノウォッチを取り出すと、それにまだ鉄の首から流れてくる血を塗りつけて鉄の懐にしまった。こいつが、あたしの『弱み』を覗き見るために使った、忌々しいモノモノウォッチ。

 帰る途中で、星砂は濡れた上着を丸めて廊下の途中にある甲冑の中に捨てた。雑な処理方法だと思ったけど、別にどうでもいい。

 

 「はっはあ!清々しい夜だなヌバタマ!俺様の力は示された!黒幕と内通している“超高校級の死の商人”をこの手で葬った!殺される瞬間の間抜け面を見たか!?俺様に出し抜かれた愚か者の顔を!」

 「・・・うるさい」

 「なんだ、随分とテンションが低いではないか。眠いのか?一度下水にでも浸かって目を覚ますといい。尤も、俺様と一緒に出ればその必要もないのだがな!はっはっは!」

 

 心底愉快そうに、自分のしたことを誇らしげに語る星砂に、あたしは何の感情も湧かなかった。そんなもの気にしてる場合じゃなかったから。

 

 「『弱み』を握られているとはいえ、計画通りに事を運んでくれた貴様は素晴らしい助手だったよ!これで黒幕に一泡吹かせられる!俺様が“超高校級の神童”であると知らしめることができる!俺様の勝利に貢献することができたのだ。もっと胸を張るがいい!」

 

 鉄はあたしに、逃げろと言った。それは、自分を殺した星砂がどういう人間かを理解したからだ。そして、二度の殺人を経て、この後に起きることを理解したからだ。星砂は鉄を殺した。それは、学級裁判が開かれることを意味してる。星砂か、あたしたちのどちらかが処刑されることを意味してる。だからこそ鉄はあたしに逃げろと言った。殺しの現場を目撃したんだもん。当たり前だよね。

 

 「実に鮮やか!実に流麗!実に完璧に計画は実行された!晴れ晴れしい気持ちだ!しかし、明日も忙しくなるだろう。まあ、今日ほどの大舞台にはならないだろうがな」

 

 だけど鉄は分かってなかった。星砂の本性を。この城のルールを。そして・・・あたしの覚悟を。もしあたしが明日の裁判で何をしても、こいつはきっとあたしに罪を被せてくる。だけどこの城を脱出するには、あたしはこいつを殺せないし、こいつもあたしを殺せない。だからこそ・・・。

 

 「嗚呼!つくづく俺様は自分の“才能”が空恐ろしい!どこまで可能なのだ!まさに神に愛された者の“才能”だ!俺様にできないことはただ1つ。“失敗すること”だけだというのか!」

 「・・・ははっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「バッカみたい

 

 モノクマ城の入口、落とし穴の罠を通り過ぎてあとは扉をくぐるだけとなった瞬間、あたしは行動した。高らかに笑うそいつの袖を引いた。

 

 「!」

 

 迫ってくる細い首筋に向けて、袖に仕込んだスタンガンを突き出す。電気が弾ける痛々しい音がした。その直後、あたしの手に鈍い痛みが響く。スタンガンを握る手が緩んで、強引に腕を引かれる。

 

 「いっ・・・!?」

 

 床にプラスチックの塊がぶつかる軽い音がする。その音とほぼ同時に、あたしは鼻を床にぶつけた。すぐに起き上がろうとしたけど、お腹の上に重さを感じて動けない。手首は堅い靴底に押さえつけられて、首は乾いた手に握られた。

 あっという間に、あたしは星砂に組み伏せられた。

 

 「くくっ・・・凡俗の考えることなど俺様には手に取るように分かる。あくびが出るぞ、ヌバタマ」

 「うっ・・・!そ、その割には・・・!脈がはやいじゃない・・・!」

 「・・・!それは貴様の脈だろう」

 「あうっ!」

 

 手の平を通して首から伝わるこいつの鼓動は、皮膚を突き破るくらい激しかった。足をよじって手首を踏みにじってくる。その強気さが、あたしにはただの強がりにしか見えなかった。

 

 「俺様の不意を突くつもりだったか?こうすれば俺様から逃れられると・・・本気で思ったか?」

 「くっ・・・!」

 「この城のルールは熟知している。貴様も同様であることもな。故に貴様が俺様に刃向かうとすれば、()()しかあり得ない。タイミングが分かっていればそれは奇襲ではない、俺様ならば簡単に対処できる」

 「フンッ・・・!よく喋るねアンタ・・・!声が震えてるよ・・・!」

 「・・・ッ!余裕ぶっていられるのも今のうちだ」

 「お互いにね」

 

 あたしを殺すつもりなら、こうやって組み伏せなくても、その手にあるロザリオで鉄と同じように喉を掻っ捌けばいい。そうしないのは他にも何か考えてるのか、それともまだあたしに何かさせる気なのか。

 

 「顔は平然を取り繕っても、口では強気なことを言っても、本心なんて隠せるもんじゃないよ。Hustler(詐欺師)相手に、ウソなんて吐けると思わないことね」

 「なんだと・・・!」

 「声を震わせて、目線は泳いで、鼓動はバクバク鳴って、汗も滲んでる。強がって負けが込むヤツの特徴全部出てるよ」

 「それがなんだと言うのだ。俺様のウソを見抜いて貴様はここからどう盛り返すつもりだ?計画の全てを知っている貴様は邪魔だ。実に残念だよ、ヌバタマ。貴様は良いパートナーだった」

 「ふざけんなよ。下らない理由でこんなことして・・・あんたみたいな快楽殺人者の自己満足に付き合わされていい迷惑だっつうの」

 「自己満足ではない。これは大義でもある。それに、男の快楽に付き合うのがHustler(売春婦)の仕事だろう」

 

 徹底的に蔑んだ目で、星砂はあたしのことを見下す。そこには若干の誇らしさも混じってる。下らない、心底下らない。鉄が“超高校級の死の商人”だとしても、たとえ黒幕と内通してたとしても、あいつは死ぬ瞬間まで自分を責め続けて、他人の心配ばっかりしてた。こいつは鉄のことを何も知らないくせに、肩書きだけで判断しただけだ。

 

 「“超高校級の死の商人”を殺すことが大義・・・?だったらそれにあたしを巻き込んだワケは何・・・!?モノモノウォッチで『弱み』を盗み見てまで、あたしを利用した理由はなんなのよ・・・!この臆病者(チキン)野郎!」

 「なん・・・だと・・・?」

 「あんたは怖かったんだろ、鉄と二人きりになるのが・・・!モノクマ城で殺す理由なんかないはずだ・・・“超高校級の死の商人”を誘導するのに()()()()使()()()()()、この場所を選んだ・・・!尤もらしい理由を付けて・・・自分はギリギリまで安全なところから不意打ちのチャンスを狙ってた・・・!大義だってんならあいつに正々堂々挑めよ・・・!自分勝手に適当な結論出して納得してないで、あいつとぶつかりゃよかったんだ!それをしないから・・・できないからアンタは臆病者(チキン)野郎なんだよ!」

 「黙れ!!」

 「あぐっ・・・!」

 「・・・もはや貴様の役目は1つだけだ」

 

 ぐっと力を込めて、星砂はあたしの頭を床に叩きつける。痛みは大したことないけど、星砂の必死さが痛いくらい伝わってくる。焦ってる。もうちょっと挑発してやればきっと隙ができる。そうしたらすぐに出口に走って行って・・・!

 そこまで考えたところで、星砂はあたしの目の前にモノモノウォッチを近付けた。それはあたしの『弱み』を盗み見たものじゃなくて、星砂の、こいつ自身のものだった。そこに表示されてるのも当然あたしのじゃなくて・・・こいつの『弱み』。

 

 

 

 ──星砂這渡は、救いを求めている。──

 

 

 

 「・・・は?」

 

 あたしのモノモノウォッチのカウントが上がる音がした。それはつまり、この『弱み』が何の疑いようもなく、本物の『弱み』だっていうことを意味してる。救いを求めてるって・・・なにそれ?

 

 「分かっただろう」

 「・・・!」

 

 短く呟いて、星砂は引く手であたしの顎を掴んで口をこじ開けた。さっきあたしが使ったスタンガンが乱暴に口に突っ込まれる。冷たい金属の感触に、寒気がした。

 

 「俺様を臆病者(チキン)などと・・・呼ばせはしない」

 

 空気が割れるような音とともに、脳が焼ける感覚がした。


 大きな揺れで、あたしはぼんやり意識を取り戻した。寒い。身体が何にも触れてない。それに、暗い。

 

 そっか。あたし・・・あいつに殺されたんだ・・・

 

 これは夢?走馬燈ってヤツ?目の前で何かが光る。宝石が散りばめられた小さな十字架・・・ああ、あたしが武器庫から持ってきたやつだ。

 

 ここなら誰にも見つからない・・・あたしも、これも・・・。そしたら・・・あいつは・・・

 

 あいつはきっと口八丁手八丁で、学級裁判で追及を逃れようとする。それどころか、このままじゃあたしはただ落とし穴に落ちて死んだだけの間抜け・・・。それがあいつの狙いか・・・。

 

 「・・・ぁ、たじゃ・・・い」

 

 冗談じゃない。そんな殺され方してやるもんか

 

 これが夢でも、死ぬ前の幻でも、なんでもいい。あたしはそのロザリオに手を伸ばして・・・落ちてくるそれを、掴んだ。これがあれば・・・これさえあれば・・・。

 

 「!」

 

 冷たい衝撃。全身にまとわりつく冷ややかな重さが、空気を奪う。違う。溺れて死んだらあいつの思う壺だ。全身に力が入らない。だけどだからこそ、身体は自然に浮いてくる。手の中にはまだ、ロザリオがある。

 

 あたしは一人で死んだんじゃない・・・殺されたんだ・・・!鉄もあたしも・・・あいつに・・・!

 

 誰にも気付いてもらえないかも知れない。みんな星砂に騙されて死ぬかも知れない。でも・・・それでも・・・!

 

 もうほとんど動かない腕に、最後の力を振り絞って言う事をきかせる。

 

 このロザリオが頼みなんだ・・・これさえあれば・・・逃げ道を奪える・・・!

 

 麻痺して動かなくなった口に、ムリヤリ突っ込んだ。もう吐き気もしない。感じるのは、達成感だけ。誰か・・・気付いてくれるはず・・・!

 

 「・・・、・・・!」

 

 

 

 

 

 ざまあみろ、臆病者(チキン)野郎


 部屋に戻った俺様は、深いため息を1つ吐いた。ひとまずは誰にも見られず、何の証拠も残さず、部屋に戻ることができた。激しく脈打つ心臓の鼓動が鬱陶しい。痛いほど胸の中で暴れる心臓を抑えつけるため、また1つ深呼吸する。

 

 「・・・フッ

 

 やった。やってしまった。人を、殺した。二人も。肉を切り、血を流し、脳を焼き、闇に落とした。だが事後処理は完璧だ。ロザリオもスタンガンも、下水に落とした。何の証拠も残らない。残っていない。残っているはずがない。完璧だ。俺の・・・俺様の計画は・・・!

 

 「ククッ・・・クハッ、はははっ・・・!」

 

 部屋は防音だ。だが声を押さえて、漏れ出す笑いを実感する。なぜ口が吊り上がるのか。一体何が愉快なのか。体中が寒い。身体の奥が熱い。全身が震えてまともに立ってもいられない。そうか・・・これが殺人(クロ)か。これが人を殺した感じか。

 

 「・・・ははっ・・・!なんだこりゃ・・・!バカげてる・・・!」

 

 鉄は“超高校級の死の商人”だ、それは間違いない。ヤツの部屋に入って確かめた。野干玉に伝えたときにカウントも上がった。これは揺るぎない事実だ。大丈夫だ。間違ってなどいない。

 城の中に証拠は忘れていないか。モノモノウォッチでバレやしないか。問題ない。あれは鉄の懐に残してきた。所有者は野干玉だ。俺に繋がる手掛かりなどない。濡れた服は甲冑の中に隠した。知らなければ気付くわけがない。いや待て。甲冑から水が漏れやしないか。そんなわけない。あの甲冑は足まで覆われている。溜まりこそすれ漏れるなどあり得ない。

 犯行の荒が次々浮かぶ。しかしその全てはフォローされているはずだ。俺の計画に狂いはない。上手くいっている証拠もある。いや、事実を都合よく解釈しているだけだ。綻びなどどこにもない。今になって後悔ばかりが募る。なぜこんなことをした。きっと上手くいく。狂っている。なぜこんなことをさせた。

 

 「・・・いいや、無駄か」

 

 こんなに怯える俺を見つめる俺は、いやに冷静だった。殺してしまったことは取り消せない。モノクマは全てを見ている。ならば俺がやることは1つ。明日の学級裁判に勝つことだ。勝てるか?勝てる。負ける理由がない。あってはならない。勝たねばならない。全ての行動は想定済みだ。明日どのように動き、どのように話し、どのように結末を導くかは全てシミュレーション済みだ。俺の脳内は完璧なんだ。

 

 「ッ!」

 

 無駄に冴えている。冴えすぎだ。気付かなくていい弱点に気付いてしまう。この弱点は、文字通り命取りだ。だからこそ気付かずにいればさり気なく振る舞えたものを。なぜ気付いた。気付いてしまったら意識する。意識してしまえば素振りに現れる。それに勘付かれれば、いや、勘付かせない。知らんぷりをする。そもそも俺に『弱み』などない。そういうことになっている。

 でも実際は?『弱み』はある。だがその『弱み』は野干玉に打ち明けた。これで明日処刑される可能性は0となった。問題は、その処刑時刻を裁判中に迎えることだ。そうなれば俺の『弱み』を追及される。追及されれば野干玉と接したことがバレる。そうなれば・・・。

 

 「ううぅうぅうぅううぅうううぅぅうう!!!

 

 震えながら声にならない声をあげる。問題ない。バレなければいい。時間までに終わらせればいい。全てを終わらせた後に、『弱み』などいくらでも見せてやる。どうせ俺以外は全員いなくなる。知られたところでなんだというんだ。そうだ、冥土の土産にしてやろう。絶望するヤツらの顔に唾を吐きかけてやろう。高らかに笑ってヤツらの死を見届けよう。そして外に・・・元の世界に帰ろう。コロシアイを生き延びた“超高校級の神童”として、勝者として迎えられよう。そうすれば俺は・・・俺はようやく自分の居場所を見つけられる。“超高校級”よりも偉大なものとして存在できる。それが俺の“答え”になる。

 

 「ふふっ・・・はあっ、はははっ・・・!くくっ!はっはあ!!あああっ!!!」

 

 恐怖を吐き出すように。震えのあまり息が漏れるように。気合いを入れるように。泣き喚くように。高らかに笑うように。万事計画通りに進み安堵するように。声をあげた。もう大丈夫だ。ゆっくり眠ろう。今は。そして明日、平然と出て行けばいい。今夜のことは夢だと思えばいい。そうすれば普段と変わらずいられる。普段の俺はどうだったか。喋らなすぎてはいけない。不自然さを悟られてはいけない。だが急げ。時間までに裁判を終わらせろ。そのための『真実』も用意してある。修正もいらない。

 

 「大丈夫だ・・・きっと。俺は・・・“超高校級の神童”。不可能はない・・・万能なんだ・・・負けるはずがない・・・」

 

 掛け布団の中、焦点の合わない目で俺は繰り返す。夢も現も曖昧な時間の中で、不安な自分を奮い立たせる。大丈夫だと言い聞かせる。“超高校級の神童”に不可能はない。星砂這渡に敗北はない。俺は・・・俺は・・・。

 

 「俺は・・・“超高校級の神童”だ──

 

 布に吸われたその言葉は、自分の耳でさえ聞こえなかった。




早く書き上がりました。
ゆるーくご覧ください。

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