ダンガンロンパカレイド   作:じゃん@論破

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(非)日常編4

 

 ホテルに戻って部屋にこもっていたら、自分の『弱み』を打ち明けるチャンスを逃しちゃうかも知れない。だから部屋には戻らずに、モノクマランドを少しぶらぶらした後、1人でショッピングセンターの広場にあるベンチに座ってた。私の『弱み』を打ち明けるべきなのは誰なのか。それを考えてた。

 

 「・・・やっぱり、女の子に言った方がいいわよね。こういう話であんまり引かないでくれるのは・・・荒川さんか極さんかしら」

 

 とは言ったものの、2人にだって2人の都合がある。星砂くんが言ったみたいに他人の『弱み』を知ることが動機になる可能性だってあるし、なるべく他人のを知りたくないと思ってるかも知れない。私の都合だけで2人の気持ちを無視することなんてできないけれど・・・。

 

 「はぁ・・・」

 

 自分でも薄々感じてたことだけど、こうやってモノクマから動機として配られるっていうことは、本当にそういうことなのよね。それを思い知らされたこともなんだか、自分自身に呆れちゃうし、何よりこんなこと・・・こんなこと絶対に・・・。

 

 「鉄くんに知られちゃったらイヤだなあ・・・」

 「正地!」

 「きゃああっ!?」

 「おおうっ!?」

 

 いきなり後ろから名前を呼ばれてただでさえびっくりするのに、その声が今まさに私が思い浮かべてた人の声だったから、余計にびっくりした。まさか今の独り言を聞かれてないわよね?焦って振り向いたら、鉄くんはまた私のびっくりした声にびっくりして自分があげた声にまたびっくりしてた。ハートが弱いのは知ってるけれど、いくらなんでもじゃないかしら。

 

 「す、すまん・・・驚かせるつもりはなかったんだ。やっと見つけたからつい声が大きくなってしまった」

 「あ・・・う、ううん。いいのよ。それより鉄くんいつから・・・」

 「たった今だ。表に正地のモノヴィークルが停まっているのを見つけたから探しに来た。・・・何か取り込み中だったか?すまん」

 「だ、大丈夫よ!それならいいの!それより・・・私を探してたの?鉄くんが?」

 「ああ。ようやく自分の気持ちに整理が付いたんだ」

 「──え?」

 

 なんだか、いつも小声でボソボソ囁くように喋る感じじゃない。不安そうな険しい表情じゃなくて、薄く汗ばんだ坊主頭はホールの照明を反射して輝き、鉄くんの表情も明るく吹っ切れた感じがする。気持ちに整理がついたって・・・なんだかなんとなくだけど、すごく浮ついた予感がする。

 

 「今言わなければ、俺はきっと後悔する。自分のことだからよく分かる。本当なら真っ先に正地に言うべきだったんだ」

 「あの・・・鉄くん?何の話?」

 「いきなりのことですまない。だけど・・・今のこの気持ちを言わなければならないんだ。正地」

 「は、はい!?」

 

 いつもよりはきはき喋って、しかも饒舌だわ。どうしたのかしら鉄くん──と思ったけれど、すぐに察しが付いた。だって、そんな風に変に勿体ぶって、雰囲気を作ってくる人って多いから。自分の身を守るために、自然と気付くようになっていったんだもの。だからきっとこれは──。

 

 「あのえっと・・・く、鉄くんの気持ちはその、すごく嬉しいんだけど・・・」

 「え・・・う、嬉しいのか?」

 「もちろん嬉しいわ。時と場合によるけれど、男の人にそんな風に言われて嬉しくない女の人なんていないわよ」

 「男?女?関係あるのか?」

 「関係あるでしょ?」

 「???」

 

 なんだか私と鉄くんでいまいち話が噛み合ってない気がする。盛り上がってた気持ちが急速にトーンダウンしていって、顔の火照りだけがじんわりと薄れていくのを感じた。そのすぐ後に、冷ややかな感覚。

 

 「えっと、俺は、正地に俺の『弱み』を聞いて欲しくて探してたんだが・・・」

 「はえっ!?よ、『弱み』!?あっ!『弱み』!動機ね!あ〜・・・なるほど・・・ご、ごめんなさい。私ちょっと勘違いしてて」

 「・・・取りあえず、一度落ち着いてくれ。そこの自販機で飲み物でも買ってくる」

 「あ、ありがとう」

 

 私の勘違いについては鉄くんは追及しないのかしら。ああ、そう言えば私、いま鉄くんのことフりかけてたわ。鉄くんのことがイヤっていうわけじゃないんだけど、なんというかこんな状況で今はそんなこと考えられないっていうか・・・。

 

 「正地?」

 「ひはいっ!?」

 「うおっ!・・・だ、大丈夫か?なんか、すまんな。いきなりこんなことで・・・やっぱり今日は無理か?」

 「えっとその・・・」

 

 そんな風に聞くのはずるいわ。前屈みになって私にお茶を差し出す鉄くんの作務衣が、胸元が弛んで逞しい大胸筋をちらつかせてる。お茶のペットボトルをダンベルみたいに握る手首の長掌筋を見せつけてくるし、どう考えても誘ってるわよねこれ・・・。

 

 「お、お話するだけなら・・・大丈夫よ」

 「そうか。聞いてくれるだけでいいんだ。ありがとう」

 「あムリッ、とおとい・・・

 「うん?」

 「なんでもないわ」

 

 私の隣に座って首を曲げると、胸鎖乳突筋が浮かび上がって扇情的な筋を浅黒い肌に浮かべる。鉄くんが一言話すたびにのど仏が上下して、その度に私の心臓が跳ねる。全身の筋肉の動きをいちいち目で追っちゃうから、視点が定まらなくてすごく挙動不審だと思われるんだわ。

 はあ、とため息を吐いて、鉄くんが買ってきてくれたお茶を一口飲む。暖かいものがお腹へ落ちていく感覚がすると、それまでの興奮も一緒に収まっていった気がした。

 

 「・・・」

 「・・・」

 「・・・」

 「・・・?鉄くん?」

 「おっ、俺の『弱み』は──!」

 「ちょちょちょ!待って!そんないきなり話しちゃうの!?」

 「んえっ・・・な、何か前置きがあった方がいいのか?」

 「いや前置きっていうか・・・『弱み』を聞く前にきいておきたいことがあるんだけど」

 「なんだ?」

 「どうして私に言うの?」

 

 危うくタイミングを逃しちゃうところだった。黙って隣に座ったと思ったら急に言おうとするんだからびっくりしちゃった。こういうのって、こういうのも何もないんだけど、もっと雰囲気作りというか、大事な話をするなりの下準備みたいなものが必要なんじゃないかしら。

 それはさておいても、どうして鉄くんが私に言おうとしてるのかが分からない。

 

 「鉄くんは、ただ『弱み』を打ち明けることを決意したんじゃなくて、()()()()()()()()()を決意したみたいに感じたから・・・」

 「それは・・・正地くらいしか頼れるヤツがいないんだ。俺には」

 「も、もっといるんじゃない?極さんとか、雷堂くんとか。下越くんだって、そういうことに関しては頼もしいわよ?」

 「確かにそうだな」

 「肯定しちゃうの?」

 「やっぱり違うんだ。正地なら・・・『弱み』を打ち明けてもいいと思った。俺は、正地に打ち明けたいと思った」

 「・・・どうして?」

 「正地が一番、俺のことを分かってくれているから・・・だと思う」

 

 私が一番?ううん・・・どうなのかしら。確かに鉄くんって、あんまり他の人と一緒に何かしてるよりも、1人でいることの方が多い気がする。アクティブエリアでトレーニングしてるか、部屋に籠もってるかだもの。トレーニングの後にマッサージする私が一番会う機会が多いっていうのも納得できるけど・・・。

 

 「それを言ったらスニフくんだって、鉄くんに懐いてるわよ。鉄くん、日本男児って感じがしてかっこいいから」

 「見た目だけだ。俺の内面は・・・臆病者だ。言いたいことも言えず、やりたいこともやらず、人とぶつかろうとしない。ただ流されているだけだ」

 「それが鉄くんの弱みなの?」

 「あっ、いやそういうわけでは・・・」

 「動機の方じゃないわ。鉄祭九郎っていう人間の弱みよ。臆病者で、人とぶつかることをしないっていうのが、鉄くんの弱さなの?」

 「・・・ああ、そうだ。俺はそういう人間だ。だからこの動機を渡されたとき、本当にどうしたらいいか分からなかった。自分の深い部分をさらけ出すなんて、考えたこともない」

 「そう」

 

 決して私とは目を合わせてくれないけれど、その眼差しは真剣だった。ただの自己否定でも卑下でもなくて、本当に自分のことをそう思ってるんだわ。それが間違いだとは言わないし、鉄くんのメンタルがデリケートなことはもうみんなとっくの昔に知ってること。だけど、それを鉄くんがどう感じてるかを知れたのは、今ここでこうしてる意味があったって言える。

 

 「強く、なったわね。鉄くん」

 「は・・・?」

 「嫌みで言ってるわけじゃないわ。私、これでも“超高校級の按摩”よ?人をリラックスさせる方法ならたくさん知ってるし、メンタルケアだって按摩のお仕事なのよ」

 「あ、ああ」

 「だから鉄くんの気持ちが強くなったことも分かるの。モノクマの脅しがあるからじゃなくて、それをきっかけにして、自分の気持ちに正面から向き合えるようになったじゃない。だから、この広いモノクマランドから、敢えて私を探してくれたんでしょ?」

 「・・・そ、そうなんだろうか。いまいち自分ではよく分からないんだが」

 「きっとそうよ。大丈夫、心配しなくても。“超高校級の按摩”、正地聖羅のお墨付きよ」

 「あ、ありがとう・・・?」

 

 偉そうなことを言うつもりはないけれど、そうやって鉄くんが精神的に強くなってくれたことが嬉しいの。その筋肉(からだ)に見合うだけのハートを作れたことが。いつも自分1人で色んなことを考えこんで、マッサージしててもアロマを炊いても、どうしてもほぐせない痼りがあった。それがきっと、鉄くんが『弱み』を明かす決意をしたことで解消されたんだわ。

 

 「さ、これでお膳立てもできたわね。うん、私も心の準備できたわ!思う存分、『弱み』を吐き出して!私が全部受け止めてあげるわ!」

 「そ、そこまで息巻いてくれなくていいんだが・・・じゃ、じゃあ言うぞ?」

 

 決意したはいいものの、やっぱり自分の『弱み』を打ち明けるのは躊躇っちゃう。そりゃそうだわ。私だって自分の『弱み』を人に打ち明けるのは・・・うん、色々と困るわ。取りあえず今は鉄くんの『弱み』を受け止めるけれど、自分の『弱み』は誰に打ち明ければいいのかしら・・・。

 

 「お、俺は──」

 

 どこかへ飛んでいきそうだった私の思考は、続く鉄くんの言葉で引き戻された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルから図書館につながる方のドアから、雷堂が戻って来た。ホテルの入口で、一緒にカラオケボックスに行ってた極が雷堂と別れる。どうやら話は終わったみてえだ。

 

 「モノクマの脅しを回避するためとはいえ、私たちは互いの『弱み』を知る間柄となった。特別に意味を感じる必要はないが・・・この場所では何が起きるか分からん」

 「『弱み』を握りあってること、気を付けろって言うんだろ。分かったよ」

 「お前に限ってそんなことはないだろうがな。ともかく、付き合ってもらって助かった」

 「俺もだ」

 

 それだけ言うと、極はホテルの外に出て行った。せっかくだからジュースでも飲んでいけばいいのに、さっさとどこかに行っちまった。つれねーなあ。

 

 「話は済んだかよ」

 「ああ。これで、俺と極はクリアだ。うっかりクリアし忘れるなんてことがないようにしなきゃだけど・・・全員の状況を把握するのは難しいよな・・・」

 「できねえことを考えててもしかたねえよ。できることをやりゃいいんだ」

 「俺にできること・・・まず自分が死なないようにするために動機をクリアする。次は・・・全員がお互いに秘密を打ち明けさせることだな」

 「いやまあそりゃそうなんだけどよお。なんつうか、それじゃ結局()()()()()()()()()じゃんか」

 「分かってるよ。根本的な解決になってないって言うんだろ」

 

 ため息を吐く雷堂に、今のこの状況をグチる。さっき説明されて分かったけど、オレ自分の『弱み』を言っちまってたんだな。とにかく、『弱み』を言わねえままじゃ確実にモノクマに殺されるんだから、全員が打ち明けなきゃならねえ。

 雷堂はとにかく、全員と『弱み』の打ち明け合いをしようとしてるらしい。

 

 「俺だけが全員の『弱み』を知ってる状況を作れば、それが原因でコロシアイが起きることはないし、万が一のことがあっても俺が身を守ればいい話だ。そう思ったんだけどなあ・・・」

 「もう打ち明けあってるヤツらはいるだろうな。その作戦は使えねえわけだ」

 「・・・下越は不安にならないのか?そんな呑気に構えてるけど、この状況に何も感じないのかよ?」

 「感じるに決まってんだろ。前も言ったかも知れねえけど、オレはお前らにコロシアイをさせるために飯作ってるわけじゃねえんだ。美味えもん食って、明日もまた食いたいって思ってもらいてえから作ってんだよ」

 「だったらお前も何かしようとしないのか?」

 「だから言ったろ。自分にできることをやりゃいいんだよ。オレは頭が良くねえし口も上手くねえから、飯に希望持たせるしかねえんだよ。満腹になって幸せになりゃ、仲間を殺そうとなんかしねえだろ。明日も美味えもんが食えると思ったら、死ぬだ殺すだなんてバカなこと考えねえだろ。そういうもんだ」

 

 なんてかっこつけてっけど、やっぱりオレにはこれしかできないからそうしてるだけだ。美味い飯作って、それを食わせてやって、幸せにしてやる。けど、須磨倉も相模も、そんなことは関係なく仲間を殺しちまった。あいつらがどういう気持ちだったかなんて、オレが考えたって分かるわけがない。

 

 「ああちくしょう。こんがらがってきた。甘えもんでも食べて脳みそ動かさねえと」

 「俺もお前くらいシンプルに考えられたらって思うよ」

 「なんだそりゃ。お前はオレらのリーダーだろ。そんな顔すんなよ」

 「リーダーなんて俺にはできっこなかったんだよ。第一俺は何もできない。何も持ってない。目が良いくらいだ」

 

 やけに暗いと思ったら、雷堂はそんなことを言う。

 

 「そもそもなんで俺がリーダーなんかやってるんだ・・・俺より適任なんていっぱいいるだろ。たとえば極とか・・・下越とか・・・」

 「ったくバカだなお前は」

 「お前にだけは言われたくないぞ」

 「あのな、ハナっからリーダーに向いてるヤツなんかいるかよ。こんな状況でオレだってお前がカンペキにまとめてくれるとは思ってねえよ。おむつは意外だったけどな」

 「それはもういいだろ・・・」

 

 思いがけず、最初の裁判でのことを思い出すことになった。あれ以来、おむつを買うのに躊躇するようになってしまった。いやそんなことより、下越に説教される流れになっていることに気付いた。なんか前にもこんなことがあったような?下越は勉強はできないくせに、こういう人の心の機微に関してはやけに達観してる。

 

 「でもオレらには支えが必要なんだよ。弱った時や、辛い時、苦しい時、折れちまいそうな時に。無理してまとめる必要はねえよ。どうせここは“超高校級”がより集まっただけの闇鍋だろ?メインの具だらけの鍋なんか味の収拾つかなくなって当然だ。お前はそれを丸ごと仕切るんじゃなくて、一つ一つに合わせた良い薬味を添えてやりゃいいんだ。そうすりゃ、まあ多少は食えるようになんだろ」

 「闇鍋・・・はは、お前は食べ物に例えるのが美味いな」

 「これでも美食家だからな!」

 

 俺に説教してる間も、得意げに胸を張るときも、手は休まずに洗い物と仕込みを続けている。厨房にいるときの下越は、本当に頼りになる。俺が薬味なら、下越は全員をまとめて包み込んじまうだし汁かなんかかな、なんて冗談めいたことが考えられる程度には、気分が軽くなった。

 

 「あっ!いたいた♡おーいワタルゥー♬」

 「うっ、虚戈・・・」

 「あ!いまマイムのこと見てヤな顔したでしょ!マイムはクラウンだから表情には敏感なんだよ♠︎こらっ、なんでそんな顔するのっ♠︎」

 「いや・・・別になんでもない」

 

 正直、占いの館や倉庫の件があってから、あんまり虚戈に関わりたくなくなっている。見てるだけで危なっかしくてこっちがヒヤヒヤするし、虚戈の言動は俺たちを不安にさせる。それに俺は虚戈のことを何も知らない。

 

 「まあいいや♬あのね、マイムはワタルに『弱み』を聞いてほしくて来たのでした♡」

 「は?」

 「なんだなんだ?虚戈の『弱み』?」

 「あらまー!テルジいたの?危ない危ない♣︎テルジに聞かれちゃうところだったよ♣︎」

 「ちょうどいいじゃんか、雷堂。極みたいに『弱み』聞いてやれよ」

 「えー♠︎もうレイカが来たの♢うー!スニフくんとこ行ってる場合じゃなかった×」

 「スニフには『弱み』言ってないのか?」

 「うん☆スニフくんに言うにはちょ〜っとだけショッキングだからね☆それにスニフくんの前ではいいお姉さんでいたいからさ☆シークレットメイクスウーマンウーマンだよ♡」

 「なんだそりゃ?」

 

 来て早々に俺の周りをぴょんぴょん飛び跳ねる虚戈は、やっぱり苦手だ。なんでこんなに俺に構ってくるのか分からないし、スニフに言うにはショッキングな内容って、もう既にヤバい雰囲気を感じる。

でもさっき極とは『弱み』の打ち明け合いをしたし、虚戈とだけしないわけにはいかない。仕方なく、俺は席を立った。

 

 「ここじゃ誰に聞かれるか分からない。カラオケボックスで聞く」

 「ありがとー♡プチデートだね♡」

 「はいはい」

 

 デートっつうか、子供に付き合わされる親の気分だ。それにちょっと離れたカラオケボックスで話聞くだけだから、デートだとしたら相手に殴られるレベルの手抜きだな。

やけに上機嫌でボックスに入った虚戈に続いて、ボックスに入ってドアを閉める。覗こうと思えば覗けるが、外に誰かいればすぐに分かる。監視カメラがあるから黒幕には丸見えだけど、俺らの間で密談するにはもってこいだ。

 

 「じゃあ、俺の『弱み』から言おうか?」

 「ワタルの『弱み』?それレイカにも言ったんでしょ♬みんなに言ってるのぉ〜?」

 「そのつもりだけどな」

 「ふーん、ヘンなの♣︎でもいいよ♬マイムが聞いてあげましょう☆」

 「大丈夫かよ・・・。まあいいか。あのな、俺の『弱み』は、これだ」

 

 俺は、自分のモノモノウォッチの画面を見せる。普通に見りゃいいのに、虚戈はわざわざ俺に抱きかかえられる形にして──しかも俺の腕を鉄棒がわりにして──画面を覗き込む。

 

 

 

 

 

 ──『雷堂航は、英雄ではない』──

 

 

 

 

 

 「なにこれー?英雄?」

 「詳しく言わなきゃダメか?」

 「聞きたいな♬」

 「はあ・・・だよな。お前は、コナミ川の奇跡って事件知ってるか?」

 「んーん×」

 「俺が“超高校級のパイロット”って呼ばれるきっかけになった事件だ。一応、俺はそこで英雄ってことになってる」

 「すごいじゃんワタル♡ヒーローだヒーロー♬」

 「でもそうじゃないんだ。あれは・・・あの事件で俺は、英雄なんて呼ばれるべき人間じゃないんだ・・・」

 

 あの時のことがフラッシュバックする。揺れる機体。パニックになる乗客。身動きの取れない乗務員。俺はただ無我夢中で、シミュレータでしか握ったことのない操縦桿に手をかけて・・・。

 

 「な、なあ・・・極は、ここで勘弁してくれたんだけど、話さなくちゃダメか・・・?」

 「ううん、いいよ♡マイムはもう十分♡ワタルが辛いのは分かったから、もういいよ♬」

 「あ、ありがとう・・・」

 

 今でもあの瞬間のことを思い出すと、腕が震える。乗客全員無事の奇跡?窮地を救った天才少年パイロット?何も分かってないくせに・・・!そんな美談で済む話じゃないのに・・・!

 

 「じゃあ今度はマイムの『弱み』ね♬他の人にはナイショだからね♡」

 「ああ・・・もちろんだ」

 「んと、それじゃあ・・・びっくりしてもいいけど、何も言わないでね♣」

 「?」

 

 さっきの極のときと同じだ。また俺は、昔のことを思い出して暗くなってた。後悔なんかしても仕方ないのに、どうしても俺は後ろ向きになっちまう。もっと前向きにならないと、誰のことも元気づけられない。さっき下越に言われた、支えてやるだけのことすらできなくなる。

 虚戈に正気に戻されて、俺は改めて虚戈の『弱み』を聞く気持ちを整えた。下越や極、それから俺の『弱み』から考えて、『弱み』そのものはさほど重大じゃない。だけど虚戈の場合、どんなものなのか全く想像が付かない。無神経な発言で俺たちの不和を加速させたり、かと思えばコロシアイを回避するために城之内に協力したり、天真爛漫なのにどこか腹黒くて、何を考えてるのか、過去に何があったのかほとんど知らない。

 ぐるぐる回る思考が時を遅らせる。いつもと違って真面目なトーンで言った虚戈の顔は浮かない。そうして、虚戈はモノモノウォッチの画面を俺に見えるように向けた。そこに映し出されていた文字は、あまりにも残酷だった。

 

 

 

 

 

 ──『虚戈舞夢は、殺人を犯した』──

 

 

 

 

 

 それが、虚戈の『弱み』だった。

 

 「なっ・・・!?」

 「ダイジョブだよ♡ワタルのこと殺そうなんて思ってないもん♬だけどこれもホントのことなんだ・・・♣」

 「ど、どういうことだ・・・?さ、殺人・・・?」

 「うん・・・マイムはね、殺しちゃったんだ♣マイムにとっての・・・家族を♣」

 「か、家族!?」

 

 どういうことだ?家族を殺したってどういうことだ?そういえば、虚戈は前に父親も母親もいないなんてことを言ってた。まさか、虚戈自身が殺したっていうのか?どうしてそんなことを?

 

 「あのね、マイムは本当のマイムの家族を知らないんだ☆マイムの家族は一緒のサーカスにいた団長たちのこと♡」

 「いや・・・え?ああ、そうか。いやだとしても、殺人って──」

 「うーん、でもマイム思うんだ☆殺人ってなんなんだろうね?ハルトやいよみたいなことをしたら間違いなく殺人だよね♡でもマイムはそんなことしてないよ♬マイムがやったのは、ハイドみたいなこと♠そういう意味でマイムは人を殺したんだ♬」

 「・・・ど、どういうことか全然分かんないんだが」

 

 血の繋がった実の家族かどうかってことも大事かも知れないけど、いま一番気になるのは、虚戈が殺人を犯したって『弱み』のことだ。このコロシアイ生活において、人を殺した経験があるなんてのは、それだけで今後の生活が不利になる。少なくとも、今の虚戈の状態でそんな『弱み』が明るみになれば、間違いなく不和が巻き起こる。

 

 「マイムのいたサーカスはとっても厳しくて、団長はいつも鞭でマイムたちを叩くんだ♠たくさんチラシを配ったり、いっぱいお客さんを呼んでいっぱいお金を稼いだりしたら()()()()()()()()()()()よ♣あとは・・・他の人が失敗をしたらその人が叩かれるから、マイムは叩かれなかった♬」

 「な、なんだよそれ・・・?そんなむちゃくちゃな話あるかよ・・・」

 「マイムは叩かれたくないから、他の人が失敗するって分かってて、何もしなかった♠どう見ても壊れてるマジックのタネをそのままにして大失敗させたこともあるし、具合が悪いのを知ってて助けてあげなかったこともある♣チラシ配りで他の人の邪魔をしたこともあるし、わざと飼ってた象の機嫌を悪くしておっきい事故を起こさせたこともある♣そのたんびに、マイム以外の子が団長に鞭で叩かれてた♠それを見てマイムはね・・・今日も叩かれなくてよかった、って安心してたんだ♡ひどいでしょ?」

 「・・・」

 

 ひどいかどうかなんて、俺には答えられない。答える資格がない。今の話が本当のことだとしたら、虚戈が今まで送ってきた人生は、俺が想像していた“最悪”を簡単に塗り潰すものだった。そんなむちゃくちゃな話があるか?サーカス団なんて仲間意識を上っ面では語って、虚戈たち演者は互いに足を引っ張り合って、団長の鞭を相手に押しつけてる。そうしなきゃ、自分がいたぶられるから。

 

 「そんなことしてたら、いつか誰かが死んじゃうことだって、マイムは分かってた♠ううん、マイムじゃなくったって、他の子たちだって分かってたはずだよ♠だけど誰も止められなかった・・・止めようなんて思わなかった・・・♣だから、みんなが死んじゃったのはマイムのせいでもあるんだよ♣マイムが殺したって言われても、違うなんて言えないんだ♠」

 「ま、待てよ・・・!そん、そんなこと言ったら・・・!それじゃお前は・・・!」

 「さっき言ったこと、ちょっとだけ言い直さないといけないね♡マイムがしたことはハルトやいよみたいなことじゃない、ハイドがしたことと同じだって言ったけど、そうじゃないね♢」

 

 待て。それ以上は言うな。それを言われたら俺は・・・俺たちは・・・!

 

 「マイムがしたことは、いま生き残ってるみんながしたことと同じだね☆みんな自分が助かるために、ハルトやいよをモノクマに差し出したでしょ♬だからマイムは人を殺したけれど、みんなもマイムと同じ、2人を殺したんだよ♡」

 

 俺たちは、それを否定することができない。悔しさも、怒りも、躊躇いも、何もかも関係なく結果は同じだ。虚戈がサーカスでしてきたことと、俺たちが二度の学級裁判の末にしてきたこと、何も違わない。

 

 「あぁ・・・!うっ、ク、クソ・・・!!」

 「ワタル?」

 「お、俺たちは・・・!俺たちは・・・!殺すなんてつもりは・・・!」

 「・・・♡分かってるよ、ワタル♢マイムには分かるもん♬マイムも、ワタルも、みんなも一緒だよ♡2人を殺したっていう罪も、本当は2人に生きてて欲しかったって気持ちも♡」

 「は・・・?な、何言ってんだよ・・・?お前は、何を考えてんだよッ!!」

 「ワタルは優しくて頑張り屋さんだから、マイムの言い方はいじわるだったよね♬だけどね、マイムは思うんだ☆こうやって『弱み』を教えて、マイムのことを誤解しないでくれて、マイムの言うことを信じてくれるのは、ワタルしかいないって♬」

 「違う!!俺はそんな人間じゃない!!お前のことなんか何も分からないしどうすればいいかも分からない!!人に頼られるような器じゃないんだよ!!」

 「それでも、マイムはワタルを信じるよ♡もっと自信持ちなよワタル♬」

 

 止めてくれ。これ以上俺を弄ぶな。俺を不安にさせたり、信じてると励ましたり、こいつは一体何を考えてるんだ。俺を一体どうしようってんだ。俺は人殺しなんかじゃない。英雄でもリーダーでもない。俺はただの高校生なんだ。

 

 「マイムは知ってるよ♬ワタルが一生懸命なの♡リーダーなんかやりたくないのにね♢えらいえらい♡」

 「・・・お前は、一体なんなんだよ。俺をどうするつもりなんだ」

 「どうもしないよ?マイムはワタルのこと信じてるんだ♬だからワタルはマイムのこと信じてね♡」

 「・・・分からない。お前のことを信じられるかどうか」

 「それでもいいよ♬疑わないと信じられないもんね♬」

 

 あっけらかんと言う虚戈の言葉に、嘘は感じられない。だからこそわけが分からなくなる。虚戈はずっと嘘を吐かず、正直に話してる。口から飛び出る言葉は全て本心だ。だからこそ理解できない。それもこれも、そのサーカスの異常な生い立ちが原因なのか。俺が理解しようとすること自体が間違ってるのか。

 

 「みんながワタルのことを信じてるからリーダーしなくちゃいけないんだよね♡だけど辛くなったらマイムを頼っていいよ♬考えるのは苦手だけど、ワタルのことをきっと支えてあげられるからさ☆」

 

 ぐるぐる回る頭の中に、その言葉はやけに強烈に響いた。進むも戻るも茨しかない道を、優しく切り開いてくれそうな。ドロドロに煮詰まった鍋の中に落ちた水みたいに、俺の頭はその言葉を頼りにした。冷静に考える余裕すらなく、虚戈は俺の頭の一部を支配した。

 トレーナーの厚い布地越しに感じる虚戈の手は、実際よりも大きく感じた。俺の頭がさすられる度に、難しいこととか考えるのも辛いこととか、どうでもよくなってくる。

 

 「いーこいーこ♡」

 

 俺には、虚戈がいないとダメだ。気付いたらそう思わされてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食時、全員が集まって食卓を囲んだ。既にこの中には、互いに『弱み』を打ち明けあった者たちもおり、いまだ死に向かい時を過ごしている者もいるかも知れない。しかしその気配はおくびにも出さず、何事もない、平和な食事時を過ごしている。この平穏が、私にはなぜか不穏に思えた。

 

 「おーら!鉄!これ運ぶの手伝えよ!」

 「ああ」

 「Wow(わぁい)Pasta(パスタ)I love pasta(スニフパスタ大好き)!」

 「削り立てチーズぶっかけてたんと食えよ!ソースはねて服汚すんじゃねーぞ!」

 「信じられないくらい弾力のある麵だな・・・」

 

 大皿に乗った山盛りのパスタが湯気を立てて、肉の脂とトマトの酸味が混じった香りが辺りに立ちこめる。艶やかなトマトと食欲をそそる麵の中に、香ばしそうな焦げ目のついたミートボールがゴロゴロと転がっている。ソースのハネには私は特に気を付けなければ。わずかでも白衣に付けたら目立って仕方が無い上に洗濯が面倒だ。

 

 「いっただっきまーす♡」

 「待てピンク色。貴様は身体が小さいのだから一巻き程度で十分だろう。俺様によこせ」

 「ハイドこそろくに動いてないんだからちょっとでいいでしょ♠マイムはいっぱい跳んだり跳ねたり飛んで回ってしてるからエネルギーが必要なのっ☆」

 「そもそも貴様はトマトが嫌いと言っていただろうが!」

 「加工品はノーカンなのー!」

 「おかわりあるから取り合いすんな!」

 「星砂君、なんだかみんなと打ち解けてきたよね」

 「いいことです!」

 「腹の底じゃあ何考えてるか分かったもんじゃあないけどねえ。スニフ氏も研前氏も、あいつが何したか忘れたわけじゃあないだろお?」

 「それはそうだけど・・・納見君は、星砂君のこと信用できないの?」

 「さあねえ。嫌なヤツとは思うよお」

 

 虚戈と星砂に引っ張られた麵がゴムのごとく伸びて、星砂が一瞬の隙を見逃さず巻き取って丸ごと自分の皿によそった。すぐさま下越がおかわりを持って行くと、虚戈は相変わらずだるだるのトレーナーのまま器用にフォークを操って、同じように丸ごと自分の皿によそった。星砂はあんなに子供っぽいヤツだったかな。それとも食い意地が張っているだけか。

 

 「首尾はどうだ、雷堂」

 「ダメだ。そもそもムリがあったんだ。俺に全員分の『弱み』を受け止める覚悟もなかったし、ご破算だ」

 「そうか・・・では、全員のクリア状況は把握しているのか?」

 「いや・・・それもダメだ。問題が問題なだけに、こういう場で聞くわけにもいかないだろ」

 「こういう場で聞けばいいではないか」

 「はっ?お、おい!?」

 

 慌てた様子の雷堂の声に、私を含めその場にいた全員の視線が雷堂のいるテーブルに向けられた。次にその視線は、同席していた極の元へ集まった。立ち上がり、自分のモノモノウォッチを私たち全員に見えるように向けていた。1人離れた席でパスタを啜っていた私の目にも、その画面はよく見えた。

 

 「モノクマからあのふざけた動機が発表されて、半日ほど経った。いまの時点でクリアとなっていない者はいないか?」

 「ま、待てよ極・・・!そんないきなり・・・!」

 「いきなりもなにも、もう半日で刻限となる。しかも夜時間を挟むのだ。今の時点で打ち明けていない者がいれば、対策を講じるべきではないのか?」

 「そうかも知んないけど、急過ぎだって!デリケートな問題だろこれは!」

 「・・・雷堂、お前は慎重すぎる。機を計ることと臆病になることは全く異なることだ。いま私たちがすべきなのは、この戯けた動機のために無意味な死を起こさないために、正しく現状を把握することだ。それに、クリアしているか否かを問うだけだ。『弱み』そのものや誰に打ち明けたかなどまでは追及せん」

 「いやだから、心の準備ってもんがだな──」

 「くどい!」

 

 腰の引けている雷堂を、極が一喝する。こうして見ていると、極の方が我々のリーダーのようだ。はじめは雷堂は頼りがいのある男だと思っていたが、二度の学級裁判を経て分かったことがある。雷堂の本質は人を引っ張るリーダー気質ではなく、単に責任感が強いだけの優柔不断であるということだ。なまじ責任感があるばかりに、損な役回りを請け負ってしまいがちな、生き下手というものだな。私も人のことを言えたものではないが。

 

 「ちなみに私は既にクリアした。このモノモノウォッチが証だ」

 「・・・それを明かしたとして、何をするつもりなんだ?」

 「その者次第だ。『弱み』を明かすつもりならば、するに任せる。明かすに明かせないのならば、どうにかして明かせるように手を尽くす」

 「それって、アンタに『弱み』を打ち明けるってこと?」

 「所望するのならそうしよう。私を信用できないのなら打ち明けるべきではない。いずれにせよ、『弱み』を言わないままではモノクマに処刑されてしまう。そんな理不尽なことは決して起こるべきではない」

 「くくっ・・・理不尽、か。凡俗らしい物の見方だ。人の上に立つ者ならば、そのようなことは言うまい」

 

 やはり、案の定、思った通り、星砂が口を挟んできた。全員が集まるこうした場で、星砂は我々を凡俗と一括りに蔑むが、ともかく何か一つ余計なことを言わなければ気が済まない一言居士らしい。

 

 「無駄口をきくつもりならば黙っていろ、星砂」

 「俺様の言葉が無駄口かどうかを決めるのは貴様らだ。(盛り髪)、気付いているのか?貴様の提案はより疑心暗鬼を加速させる・・・ともすればコロシアイを直接起こしかねないものだと」

 「えー!?なにそれ!?マイムはそんな感じしなかったよ♠違うの!?」

 「構うな。まともに取り合う価値などない」

 「ほう?貴様が一方的に押しつけてきた行為のリスクを知る必要がないと?それは何故にだ?知られると不都合でもあるというのか?」

 

 反論しても、避けようとしても、全て否定しようとしても、星砂の言葉はどこまでも逃がさずに持論を聞かせようと働きかける。これが“超高校級の神童”という“才能”なのか、ヤツはとにかく人を不快にさせる言葉を繰ることに長けているようだ。しかも質の悪いことに、誤ったことを言っていない。

 

 「『弱み』を打ち明けることすら互いの首根っこを掴み合う命の取り合いに発展しかねんというのに、クリア状況を明かすなど、愚の骨頂もいいところだ。『弱み』を打ち明けていない者は刻限が迫る中、もはや打ち明ける相手を選んでいる場合ではない。それはすなわち付け入る隙があるということだ。貴様は、その哀れな者に隙を自ら晒せと言うのか?」

 「・・・」

 「打ち明けていない者にすれば、自分よりも明らかな弱者の存在が分かるということになる。つまり、貴様らにとって好ましくないことを企てている者にとっては、目の前に餌を差し出されるも同義。分かるか(盛り髪)。貴様の提案がいかに愚かしいか。俺様してみれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「ッ!!き、貴様ァッ!!」

 「ま、待て極!落ち着け!星砂にムキになったってしょうがないだろ!」

 

 熱くなった極を、雷堂が間一髪抑える。今、雷堂が止めなければ星砂は極に殴られていただろう。そうすればいかに極の主張が正しかろうと、それには暴力の影がちらつく。冷静に考えて、星砂の意見は間違ってはいないが、不要に不安を煽っている。

 

 「焦るな(盛り髪)。俺様はなにも、貴様の主張が全て間違っているとは言っていない。クリア状況を打ち明けて、みんなで協力して死者を出さないように『弱み』を打ち明けやすい状況を作る。素晴らしい気休めだ」

 「気休め・・・だと?」

 「ここでモノクマに殺されなくとも、いずれヤツは八方手を尽くして俺様たちにコロシアイを強いるだろう。より直接的にな。そうなった時、協力などという言葉はいとも容易く崩壊する。違うか?」

 「・・・分かり切ったことを。我々がすべきなのは、()()()()()()()()()ではない。一丸となって、()()()()()()()()()だ」

 「Future、ですか?」

 

 星砂の言う通りだ。モノクマが手っ取り早く私たちにコロシアイをする動機を与えるというのなら、期限までにコロシアイが起きなければ全員処刑する、とでも言えばいい。それをしないのは、ヤツがあくまでも私たちを絶望させようとしているからだ。しかし可能性として、そんな動機が飛び出さないとも限らない。

 そんな星砂の主張に、極は深呼吸して落ち着いたのか、冷静に応える。未来を勝ち取る、ポジティブかつ抽象的な言葉だ。人を無闇に励ますのにうってつけではないか。

 

 「星砂、お前さえも例外ではなく、私たちは本来敵対すべきではない。私たちが打倒すべきは隣の者ではなく、モノクマただ1人だ」

 「そりゃあ確かにそうだけどお・・・極氏、忘れたわけじゃあないだろお?あいつのむちゃくちゃっぷりをさあ」

 「ああ。正面から向かってヤツに勝つことはできない。だが、ヤツにも隙はある。例えば・・・ファクトリーエリアだ。他のエリアと違い、あの場所だけは全く意味がない」

 「確かに、最初の事件のときに足を踏み入れて以来、近付いてもいない。本当にあそこには何もなかったからな」

 「くくっ」

 「ヤツを操り、私たちを監視している何者かは、確実に存在する。魔法のような力を使っているわけでもなるまい、存在しているのなら戦うことができる。ヤツに対抗するには、私たち全員が結束しなければならない。互いに背中を預けられるほどに信頼せねばならない。故に、現実問題として、『弱み』を見せ合うことを躊躇している場合ではないのだ」

 

 なるほど、極の主張ももっともだ。現実味のない主張を成し遂げるため、私たちが超えるべき課題を明確に示している。しかし、所詮は机上の空論だ。数が減ったとはいえ、10余名の人間が、それもコロシアイを強いられている状況で信頼し合うなど、土台無理のある話だ。

 

 「モノクマだけを打倒することには賛成だ。だが・・・具体的な案がなければ、動機のクリア状況を明かすことをしたとしても、その先はないだろう。ファクトリーエリアに何かがあるというのは、間違いないだろう。掟も追加されていたことからも、それは明白だ」

 「結束を強める、という意味でも賛同できないか?」

 「お前の意思は認めるが、賛同するか否かは別の話だ。誰かのデメリットになり得る以上は、安易にそれを口にすることはできない」

 

 図らずも、私たちは改めて思い知ることになった。“信頼すること”の重さを。当たり前のように口にされる美徳の本質を。信じることとは疑うことと見つけたり、といったところか。全員を信用しようとすればするほど、全員を疑うことになる。疑わねば信じられない。

 

 「今すぐに信じ合い結託しろとは言わん。だが、もし今この場にまだ『弱み』を打ち明けてない者がいるのなら、少なくとも私や雷堂は頼られることを拒まん。それだけ分かっておいてほしい」

 「うん、極さんや雷堂君がみんなのことを思ってくれてるのは、私は分かってるよ」

 「ボ、ボクも!I'm sure!」

 「マイムもマイムもー♡」

 

 研前に続いて、スニフと虚戈が手を挙げる。結局、極の提案は何も生み出さなかった。私たちは互いを疑い合い、信じようと藻掻き、そして・・・また留まる。不安定な滞留に自ら居続ける。

 人はなぜ、こうも合理的になれないのだろう。なぜ人の感情の前に、命の価値はここまで軽いのだろう。一つため息を吐いて、私は思案する。しがらみを忘れ、合理性と秩序に彩られた無機質な科学の世界へ没頭する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:12人

 

【挿絵表示】

 




今年はもう一話更新したい。

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