ダンガンロンパカレイド   作:じゃん@論破

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【タイトルの元ネタ】
『あの素晴らしい愛をもう一度』(加藤和彦・北山修/1971年)


第三章『あの素晴らしいIをもう一度』
(非)日常編1


 また朝が来た。窓から差し込む陽の光が暖かく、私は自然と目を覚ました。鏡を見れば相変わらず目の下にはくまがある。なんとも人相が悪い。この顔と18年も付き合っているのだから、今更だが。口の中が気持ち悪い。洗面台でうがいをして、寝間着から服を着替える。そう言えば白衣を前に洗ったのはいつだっただろうか。思い出し、新しいものに袖を通す。

 

 「んん・・・」

 

 昨日の裁判は、星砂にまんまとしてやられた。まさか初めから真相を知る者がいて、モノクマがそれに対して何の手も打たなかったとは。いや、打てなかったという方が正確か。モノクマが下手に手を出せば、それが逆に犯人を追い詰める結果を招かんとも限らない。

 

 「哀しいな」

 

 黒幕の裏をかいたことは見事だが、手段が良くない。ヤツは我々の命をオモチャのようにしか考えていない。“超高校級の神童”か何か知らないが、命というものを軽々に扱う者は見ていて反吐が出る。それはモノクマも同様だが。願わくば、このコロシアイなどというふざけたゲームがこれ以上繰り返されなければいいのだが・・・。

 

 「おはよう、荒川」

 「荒川さんおはよう」

 「ああ、おはよう。今朝の朝食は・・・?」

 「バタートーストと目玉焼き。ベーコンもあるよ」

 「ちょーシンプルだねー♡」

 「下越はどうしたのだ?」

 「元気なかったわ。仕方ないわよ。いつも気丈に振る舞ってたけど、下越くんだって友達が死んでいって落ち込んでるのよ」

 「テルジさん・・・」

 

 私が食堂に着いた時点では、下越は既にいなくなっていた。部屋にでも戻ったのだろうか。それでも全員分の朝食を用意し、しっかりと味まで保証されているのはさすがだ。思えば、ここに来てから食事は全てヤツに頼っていた。明日の命の保証もないこの場所で、他人に頼りすぎるのも考え物だな。

 

 「星砂の姿もないようだが」

 「あいつはいいよ。好きにさせておけば」

 「いやあ・・・好きにさせ過ぎるのもどうかと思うけどねえ。また何か厄介なことされたらあ、いよいよおれたちの身が危なくなるよお」

 「それもそうだけど、そろそろあいつが来るんじゃないかしら」

 「あいつ・・・?」

 

 野干玉が言うあいつとは、あいつのことだろう。前回の学級裁判の後の最初の朝、ヤツはやってきた。その時のヤツの口振りからして、今回も同じだろう。

 

 「はーい、オマエラお待ちかねのモノクマ登場だよ〜ん」

 「出た・・・」

 「Low Tensionですね。What's up(なんなんだよ)?」

 「今回の裁判、なんだか尻すぼみ感がすごかったなあって。ボク的には、裁判が進んで真相が明らかになってくるにつれてオマエラの絶望感が膨らんでいって、投票後に全てが明らかにされてもうひと絶望あって、満を持してのおしおきっていうのが理想的な流れなんだよ。なのにあの白髪のせいで、ボクもとんでもない目に遭わされて・・・んもーくやしぃ〜!」

 「気持ちは分かるが、誰一人同情する者などいないぞ」

 「出てきたってことは何か用があるんだろ。お前の気持ちなんかどうだっていいんだ」

 「冷たいなあ雷堂クン。キミはいつからそんなに冷たい人間になったのさ。ボクを仲間はずれにするなんて、悲しいなあ」

 「・・・」

 

 おそらく雷堂も疲れているのだろう。モノクマに気を遣う余裕もなく、ただただ冷徹な視線を向ける。

 

 「まあいいか。こんな暗い気分を一気に吹き飛ばしちゃうお知らせだよ!オマエラ、良いニュースともっと良いニュースどっちから聞きたい!?」

 「あなたの言う良いニュースって、きっとろくでもないことなのよね」

 「どちらからでもいい。簡潔に話せ」

 「あー冷てっ!マイナス273度の世界だよ!」

 「絶対零度だねえ」

 「もう!せっかくボクが盛り上げてやろうと思ってるのに、オマエラがそんなテンションじゃボクがスベってるみたいじゃないか!」

 「スベってるよ♫」

 

 深夜まで続いた学級裁判の翌朝。相模の真意も判然としないまま処刑まで終わってしまった。星砂という我々とともにある謎の脅威。加えていつもより数段質素な朝食。これで盛り上がれという方が無理がある。モノクマは怒りながら、指を二本立てて話し出した。

 

 「じゃあ一つ目のニュースから!学級裁判を乗り切ったオマエラのために、新たなエリアを3ヵ所開放したよ!ゲートは説明するのが面倒臭いから各自探してね」

 「やっぱりエリア開放かあ。それもまた3ヵ所・・・どんだけ広いんだいこのモノクマランドはあ」

 「探索したらまた良い物が見つかったりするかもね♫うぷぷ♫ここからはちょっと距離があるから、時間に気を付けてね」

 「分かった。で、もう一つのニュースってなんだ?」

 「あのねあのねっ、オマエラ気付いてる?前回の裁判の後も、このモノクマランドの中央に位置するテーマパークエリアの遊具が新しく開放されていってるの!故障したり微調整したり色々あるから大変なんだけど、今回また新たに3つの遊具が開放されました!」

 「遊具・・・」

 

 ふと思い出す。学級裁判の後の処刑で、須磨倉と相模がどうなったのか。須磨倉はスプラッシュコースターに乗せられて、強酸の池に叩き込まれて炭の塊と化した。相模はフリーフォールで上下させられた後に、上空から落ちて潰された。ここから導き出される演繹的結論としては、あの遊具は処刑用具を兼ねているということだ。それが新たに開放されたということは、次の処刑の準備は万全だということに他ならない。

 

 「全然良いニュースじゃないじゃん。分かってたことだけどさ」

 「おっと、まだボクの話は終わってないよ!その遊具のうち一つは、このモノクマランドの最大の目玉!その名も、モノクマ城!」

 「モノクマ城?」

 「テーマパークエリアの端にどでんと居を構えた白亜の城!あれこそこのモノクマランドのシンボル!お伽噺に出てくる王子様のお城で知られる、夢と魔法とメルヘンの城だよ!」

 「あれは、入れるものだったのか。飾りとばかり思っていた・・・」

 「入れるようになりました!ただし、誰でもいつでも入れるわけじゃないよ!そこはほら、やっぱり王子様とお姫様のお城だから、邪魔者が入っちゃいけないよね。だから一度にお城に入ることができるのは二人だけ!」

 「なんだそりゃ?」

 「まあ細かいルールはお城の前で聞けるから、そこで確認してよ。それからはい、オマエラにこれあげる」

 「なんですか?」

 「てってれってれーててー♫デートチケット〜♫」

 「What did you say(なんだって)!?Date!?」

 「どうしたのスニフ君?なんでテンション上がったの?」

 「あ、いえ・・・なんでもないです・・・」

 「まあデートと言っても別に相手は誰でもいいんだけどね。要は、このチケットで誘った人と誘われた人じゃないと入れないよってこと。チケットはコロシアイ参加者全員に1枚ずつ。使えるのは1回きり。ここにいないメンバーにはボクが渡しておくからご心配なく!これで人気者と不人気者がはっきり分かるって寸法さ!きゃー!思春期って残酷!」

 

 私たちにチケットをムリヤリ押しつけて、モノクマは目にも留まらぬ速さで身を捩ったと思ったら去って行った。私たち以外のメンバーにチケットを押しつけに行ったのだろう。手元に残された半券付きのチケット。誘う者の名は私の名前が印刷されており、誘われる者の欄は空欄になっている。ここにサインをしろということか。

 モノクマはあれが遊具だと言っていたが、中に人が入れる以上はあそこも新たなエリアの一つと考えることができる。今回開放されたエリアは、実質4ヵ所ということだ。だとすれば、一度は探索しておきたい。さて、このチケットを使って行くべきか、他の誰かに誘われるのを待つべきか・・・。

 

 「・・・!!」

 

 嗚呼、なるほど。思春期は残酷・・・そういうことか。仮にもデートチケットと銘打っている以上、このチケットを使うということは、誘う相手を多少なりとも異性として意識しているということになる。単なる入場券であればいざ知らず、デートチケットと言うことによって誘われる者と誘われない者を区別し、我々の中にある潜在意識を擬似的に表出させようということか。

 

 「くっ・・・!」

 「あ、荒川さん?どうしたの急に?」

 「探索か?ならば単独で行くのは──」

 「一度部屋に戻る!」

 

 そう、正地や極、研前ならまだしも、私のような根暗を誘う男子など、いようはずもない。私があの城に入ることができるのは、このチケットを誰かに使った時のみ。それも断られなかった時の話だ。そうなるとこの機会、そう簡単に使うことはできない。使いどころを見極めねば。

 

 「・・・18年も付き合ってきたのだ。自分の顔面偏差値くらい把握している」

 

 哀しいな。

 

 朝食の後、新エリアを探索しようという話になった。だが、スニフと鉄と野干玉は何も言わずにどこかへ行ってしまった。下越も荒川も去り、星砂は論外だ。ここに残ったのは私を含めて6人。開放されたエリアは3ヵ所。2人一組になる編成が妥当か。

 

 「どう組み分けする?」

 「だったら俺と虚戈だ。虚戈は一人じゃ心配だから、俺が面倒を看る。研前は極と一緒に行ってくれ。何かあったときに研前を守れるヤツと一緒がいい」

 「わ、私そんなに危なっかしいかな・・・?」

 「儚げな感じはするけどねえ。じゃあおれは正地氏と一緒でいいかい?」

 「そうね。だけど新しいエリアがどこにあるかが分からないのは、どうすればいいのかしら?」

 「モノモノウォッチが更新されている。未到達のエリアは黒くなっているから、それで判断すればいい」

 

 案外あっさりと組み分けは終わり、私たちはそれぞれの担当エリアに散っていった。私たちは、モノモノウォッチで見るとギャンブルエリアの先にあるエリアだ。ゲートはギャンブルエリアの絢爛さに比べると些か質素で、木造丸出しの田舎臭いデザインだった。

 それにしても、下越や荒川が単独行動をするとは、いよいよ私たちの結束が揺らいできた。ただでさえ不安定な信頼関係の上にいるというのに、スニフや鉄のような素直な者たちまで和を外れていった。非常にまずい。

 

 「極さん?怖い顔してどうしたの?」

 「ん・・・いや、なんでもない。ただ少し、人が減ったなと思っただけだ」

 「・・・そっか」

 

 暗い話題を敢えてする必要はない。今はエリアの探索が第一だ。より詳細に、正確に情報を集めて、この状況を打開する策を考えなければならない。そんな当たり前のことすら分からなくなるほど、私もどうやら精神的に参っているようだ。

 

 「じゃあ、ゲート開けるね」

 

 研前がゲートを押した。最初のきっかけさえ与えてやれば、ゲートは勝手に開く。ギャンブルエリアの先に続くのはどんなエリアか。私は身構える。何かあればすぐに研前を守らなければならない。モノクマがそれほど危険なものを用意しているかは分からんが、用心するに越したことはない。

 木の軋む音とともに開いたゲートの向こう側から、薫風が運ばれてくる。陽の光が柔らかく私たちに降り注ぎ、風に戦ぐ木々の葉の音がさわさわと耳に心地よい音を届ける。ゲートに遮られていた視界は地平の果てまで続くのではないかと錯覚するほど拓け、丘陵さえも見える。

 

 「・・・なんだこれは?」

 「なんだろうね。田園風景っていうヤツかな?」

 

 まさに研前の言う通り、田園風景だ。そよそよと爽やかな風、ぽかぽかと暖かい光、ひろびろと続く視界、今すぐあの緑の絨毯に駆けて行って寝転がりたいと感じさせる穏やかな風景。私は自分がいる場所を再確認した。モノクマランド、モノクマランドだ。ランドとついている以上、ここはテーマパークのはずだ。瞬間移動ドアでも開いてしまったのか?

 

 「見て見て極さん!水車小屋があるよ!あっちには風車小屋も!小川があるのかな?」

 「いや・・・うん、ああ。そうかもな」

 「早く行ってみようよ!」

 

 研前は子供のようにはしゃいで、この田園エリアに入っていった。普段スニフとばかりつるんでいるから、ヤツまで子供っぽくなってしまったのだろうか。どんな危険があるかと身構えていた私の方が一歩出遅れてしまう意外な展開だったが、見た目と裏腹に何が仕掛けてあるか分からない。心していこう。

 このエリアにある建物と言えば、先ほど研前が言っていた水車小屋と風車小屋くらいなものだ。見晴らしがいいから何があるかはすぐ分かる。逆に言えば、街灯も電気もないこのエリアは、夜になったときの暗さが心配だ。遮るものがない分、月明かりや星明かりがよく見えてスピリチュアルエリアよりも明るいかも知れないが、暗いことは間違いない。

 

 「川だよ極さん!きれいな川!入っても大丈夫かな?」

 「やめておいた方がいい」

 「どうして?」

 「水色の水など存在しない。透明度が不自然だ。小魚一匹いないどころか、藻すら生えていない。何が混ざっているか分かったものではない」

 「あ、そうなんだ・・・」

 

 無邪気に川を覗き込む研前だが、明らかに水の色がおかしい。よく見ると芝も人工芝だ。どうやらこの田園エリア、見た目は非常に牧歌的だが、水といい芝といい、とことんまで人工的に作られたジオラマのような場所らしい。危険というよりも、味気ない。

 

 「それでも水車を動かすのに不都合はないな。水車は本来、麦などを挽いて小麦粉を得るための装置だが、ここでは何をしているのだろうな」

 「なんか・・・ヘンな機械が動いてるけど?」

 「水質保全装置、循環装置・・・ふむ。このエリアを流れている川の水の水質を一定に保っているようだな」

 「え?でもこの装置、電力を水車から取り入れてるってことだよね?」

 「ああ。つまり」

 「水車を回してできた電気で水質保全装置と循環装置を動かして、その装置のおかげで水がキレイなままでいて循環してて、その水が水車を回して電気が生まれて・・・なんだろうこれ」

 「永久機関、というわけでもないだろう。あくまでこの水車の電力は補助的なもので、どこかから電気を得ているはずだ。実に無意味なマッチポンプだ」

 「モノクマらしいね」

 「怪しいものはないが、この水質保全装置を止めるだけでこの川は多少マシになると思うがな」

 「でもキレイな水だよ?」

 「見た目はな。子供が絵に描いたような川をそのまま再現するとは、一体どういうつもりなのか」

 

 こうなってくると、先ほど感じた風や木々の戦ぎも怪しくなってくる。プラスチック製の木々に送風機の風なのではないか。一瞬でも大自然の息吹を期待した私が馬鹿だった。モノクマに風情を求める方が間違いだったのだ。

 

 「あっちの風車小屋には何があるのかな?」

 「水車小屋が川の管理だ。風の管理ではないか?」

 「風の管理・・・急にすごいファンタジー色が強くなったね。風を管理できるようになったら色んなことができそうだよ。台風の子供とか作れそうだよ」

 「台風は勘弁願いたいな。しかし、これだけ牧歌的な風景に牛も馬も羊もいないとなると、やはり物寂しくなってくるな」

 「うん・・・そうだね」

 

 ゲートさえも丘陵の向こう側に消えてしまい、まるでこの場所に私と研前の二人きりで取り残されてしまったようだ。今までのエリアとは規模が桁外れに大きい。モノヴィークルで来て良かった。おそらく徒歩でここを踏破しようとしたら、時間がかかることもさることながら体力的に研前は苦しかっただろう。

 

 「・・・」

 「少し、休んでいくか。人工的なものとはいえ、心地よいことには変わりない」

 

 あからさまではないが、僅かに息が上がって疲れた様子の研前に気を遣って、人工芝の草原に二人で腰掛け、人工の風を浴びながら人工の小川のせせらぎと人工の木々のそよぐ音を聴きながら休憩することにした。空だけは本物で、今日は折良く天気が良い。どこまでも広がる空の下で寝転がっていると、まるで本物の大自然の中にいるような錯覚さえしてくる。

 

 「ごめんね極さん」

 「構わん。お前は気遣われる側の人間だ。私のことなど気にするな」

 「・・・うん、それもなんだけど、他にも」

 「ほか?」

 

 唐突に謝られたと思ったら、研前は意味深なことを言う。何も謝るようなことはしていないというのに、一体何を謝罪しているのか。

 

 「よく分からないんだけど・・・私、最近みんなのために何かできてたのかなって思うんだよね。極さんは裁判のときも捜査のときも、自分にしかできないことに責任持ってて、強くて、みんなのために動けてるなって思うんだ」

 「通常なら要らぬ知識がたまたま役に立っているだけだ」

 「それでも、みんなのためになってるよ。雷堂君はリーダーとしてみんなを引っ張ってってくれてるし、スニフ君や星砂君みたいに頭が良ければ、裁判でも力になれる。鉄君やたまちゃんや正地さん、下越君だって自分の“才能”を活かしてみんなのために尽くしてくれてる。だけど私は・・・私の幸運じゃ、誰も助けてあげられないんだよね」

 

 人の為か。私の知識や技術が奇しくも人の役に立っていることは、謙遜する必要もない事実だ。あれほどの奇行に及んだ星砂すら、裁判の場においては確かに私たちにとって利のあるように働いた。それが毎度のことかどうかは確証がないが、研前が劣等感を覚えるには十分か。

 

 「荒川さんは物知りで、色んなことを教えてくれるしいつでも冷静に助言してくれる。虚戈さんはちょっと危なっかしいけど、明るくて元気を分けてくれる。納見君はのんびりしてて焦りそうなときに落ち着かせてくれる。なのに私は・・・いつも誰かと一緒にいて、誰かに助けてもらって、誰かがいないと何もできない・・・」

 「そんなことはない。既にお前は・・・少なくとも私にはできないことをしている」

 「え?」

 

 謙遜と卑下は違う。己の能力を認めた上で礼節として自分を下げる謙遜と、己の能力すら取るに足らないと軽んじる卑下とでは、天と地ほども差がある。今の研前はただ卑下しているだけだ。いや、もっと正確に言えば、自分にできることを理解していないのかも知れんな。

 

 「今お前が言ったこと。私たちそれぞれの特徴を長所と捉えるその目。それは私にはないものだ」

 「・・・そうかな」

 「ああ、そうだ。私にはとても、星砂をそんな風に見ることはできない。たとえヤツに何か考えがあり、結果的に私たちに利になるよう行動していたとしても、その手段を肯定することは断じてない」

 「それは私もそうだよ。城之内君の命や相模さんの気持ちをもてあそんだことは、許しちゃいけないと思う。だけど、それで私たちが助けられたことも事実だし・・・何より星砂君は、人殺しをしてない」

 

 そう、それは紛れもなく事実なのだ。殺人を仄めかしてはいるが、実際に手を出してはいない。誰も傷付けていないのだ。それが星砂の策略なのか、或いは単に口だけで度胸がないのか。いずれにせよ、吹聴している限り私たちにとって不安因子であることには変わりない。

 

 「それはともかく、お前はあんなヤツと比べて劣等感を感じる必要はない。お前のその気持ちに救われている者は少なからずいるはずだ。素直に人を羨むことができることが、私には羨ましい」

 「極さんは“才能”があるし、十分すごいから」

 「彫師など、ここでは大した意味を持たない。本来ならば高校生身分で名乗れる肩書きではないしな」

 「・・・?じゃあどうして極さんは“超高校級の彫師”として入学してるの?」

 「あまり人に話すような話ではないのだがな・・・」

 「いいよ。私、極さんのこと知りたいな」

 

 そうして無垢な言い方をされると、こちらとしては無碍にもできない。そもそも研前は彫師という職業が何なのかを分かっているのか?我がことながら、話す方も聞く方も気分の良い話ではない。それでも期待されてしまっている。こういうところが、スニフや雷堂にとっては嬉しいことなのだろう。

 

 「彫師とは、要は入れ墨彫りだ。分かるだろう。やくざ者が身に負う勲章、或いは烙印だ」

 「うん、知ってるよ。だから極さんって、きっと絵が上手いんだなあって思ってた」

 「・・・そういう捉え方は初めてされた」

 

 失敗すれば相応の責任を取らされる世界だ。嫌が応にも絵の技術は上達する。そう言えば、普通に絵を描いたことはあまりないな。今度、研前の似顔絵でも描いてやろうか。

 

 「色々あって家を出てな。しばらく世話になっていた人がその道の男だった。しのぎとして彫りの技術を身につけ、やくざ者やごろつきを相手に商売をしていた。一応は医療だからな。資格どころかまともな教育すら受けていない私がしていて良いことではない。どこから聞きつけたのやら、希望ヶ峰学園から通知が来たときは覚悟を決めた。入学しなければ臭い飯を食うことになるだろうな、と」

 「くさいご飯?」

 「それは分からないのか。法を犯した未成年が、然るべき施設に収容されるというだけのことだ」

 「はあ・・・」

 

 妙な知識の偏り方をしているのだな。それはともかく、どうしても血生臭くなってしまうからこれ以上の話は控えたいのだが、研前は興味ありげに目を光らせて私を見てくる。勘弁してくれ。

 

 「とにかくだ、研前」

 「うん?」

 「私たちのほとんどは自分のことで精一杯なのだ。だから他人にまで気を遣ったりする余裕がない。だが、お前は違う。常に人を見て、人を支え、人に興味を持つことができる。それはできない者には一生かかってもできないこと、“才能”とさえ呼べるものだ」

 「“才能”だなんてそんな・・・」

 「だから、お前は人のために何かしようとしなくていい。お前がお前らしくいてくれるだけで、誰かのためになっているのだ」

 「そうかな」

 「そうだとも」

 

 私らしくもなく、素直に思ったことをそのまま口にした。偉そうに説教を垂れているが、私だってそんなことを言えた身分ではない。研前とそう年も変わらないし、所詮は高校生程度の人生経験からくる考え方だ。それが正しい保証もない。それでも、今この場で研前を励起させることができるのなら、それでいいだろう。

 

 「・・・うん、ありがとう。極さん。私は私のままの感じでいいんだね」

 「ああそうだ。変に気負う必要はない」

 「分かった。それじゃ、極さんのお話の続き聞きたいな」

 「いやそこは察してくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「たかいたか〜い♡ワタル背高いね♫見晴らしい〜い♡」

 「あのな・・・」

 

 なぜか俺は、虚戈を肩車していた。ホテルエリアから極近いところに開放されたエリアだったから、徒歩で探索することにした。そしたら、虚戈がするすると俺の身体によじ登ってきて、あれよあれよという間に俺の肩の上に腰掛けた。親子か。

 

 「質問していいか虚戈」

 「いいでしょう☆ワタルくん質問を許可します▢」

 「なんで肩車してるんだ?」

 「この方がマイムが普通に立ってるより見晴らしがいいからであ〜る♡」

 「なんかテンションおかしくないか?」

 「だって新しいエリア探索ってワクワクするじゃ〜ん♡」

 「そうかい・・・はあ」

 

 特に脚を支えてたり俺が気を付けて歩いてるわけでもないのに、微動だにしないバランス感覚で俺の肩に勝手に座ってる虚戈は、その上しかもきゃっきゃはしゃいでる。いくら“超高校級のクラウン”だって言ったって限度があるんじゃないか?

 

 「で、なんだここ?」

 「ひっろーい!すっごーーーい♫」

 

 さっきから俺たちの会話する声が周りにぐわんぐわん響いて、このエリア全体が途轍もなく広くて、人っ子一人いないことが分かる。鉄板とアルミの棚とコンクリートの床が三方に延びて、無機質な照明があちこちを照らしてる。各棚には車輪付きのはしごがかけられてて、高いところのものも取れるように配慮が成されてる。一言で説明するなら、超巨大倉庫だ。

 天井から下がったパネルに、食料品とか衣料品、スポーツ用品なんていう風に、保管されてるものがざっくりまとめられてる。ここは倉庫だよな。ってことは、ショッピングセンターに行かなくてもここで物を調達できるってことか。

 

 「リンゴだよー♡」

 「こら、勝手に取るなよ。モノクマに何言われるか分かったもんじゃ」

 「モノクマ登場だよ!」

 「出たよ・・・」

 

 棚の影から急に、つなぎに身を包んだ配達員みたいな格好をしたモノクマが表れた。倉庫だからか。倉庫だから配達員か。

 

 「ショッピングセンターではモノクマネーが必要なのに、ここではただで持っていき放題!それじゃあショッピングセンターの意味なくない?と思ったそこのあなた!それは大きな間違い!ここは巨大倉庫であり、流通センターでもあるのです!」

 「流通センター?」

 「そう!物資を貯蔵してショッピングセンターやホテルやアクティブエリアの温泉なんかに補充するための準備をするためのところ!だからここから直接物を持っていくことはできません!」

 「えー♠じゃあこのリンゴ食べられないの♣」

 「何の心配してんだよお前・・・」

 「食べられるよ」

 「食べられんのかよ!」

 「ただしここは倉庫だから、勝手に外に持ち出すことはできません。食べてもいいけど同じリンゴを棚に戻しておいてもらうからね」

 「なにそれトンチ?」

 「つまり、倉庫にいる間は何をどうしてもいいけど、最後に出て行くときに同じ状態に戻してないといけないってことだな」

 「そういうこと!戻せなかったらお腹掻っ捌いて成分を摘出した上で、ボクのスーパーバイオテクノロジーで塩基配列まで完全一致のリンゴを作ってでも元に戻すからね!」

 「要は命は無いってことだな」

 「そうだね!ああ、でも倉庫内に新しくものを置いてくのは全然いいよ。ゴミも燃やせば燃料になるしね!」

 「気前がいいな」

 

 エリア全体が倉庫になってるから、このエリアに限って言えばポイ捨てもできるってことか。だからってわざわざしようとは思わないし、何より間違ってここから何か持っていけば即掟違反になるなんて、危なっかしいことこの上ないな。

 

 「物々交換もできないの?」

 「それもだめ。何がどれほどの価値を持ってるかなんて、人によって基準が変わるからね」

 「誰かが捨てていったものは持ってったらいけないのか?」

 「もともとこのエリアになかったものなら、別に持って行ってもいいよ。間違いでも勝手に持ち出したら即おしおきだけどね!」

 「余計なことはしない方がいいってことだな」

 「ワタルなんかつまんなーい♠もっと色々見ようよー♣」

 「一応探索はするけど、変なことするなよ?棚とかひっくり返したら面倒なことになりそうだし」

 「はーい☆」

 

 ホントに大丈夫かよ、ずっと人の肩の上に乗っかって。いくら軽いっていったって、長い間肩に人1人乗せてるとだんだん疲れてくる。いい加減に虚戈には降りてもらって、2人でこのエリアを探索することにした。手分けできれば早いんだけど、何せ虚戈だから心配で目を離せない。

 このエリアは他のエリアに比べていくらか狭い方で、それでもはしごを使わないと届かないくらいの高さまで棚があって、無駄なく物が陳列してあるから、驚くべき量の物品が収納されてる。

 

 「あっちはゲームグッズ→こっちはお薬←」

 「この先は清掃グッズか。ショッピングセンターに負けず劣らず何でもありだな」

 「見て見てー♡工芸品まであるよ♡サンゴの首飾りだって☆」

 「触るなよ。壊したら一発でアウトなんだ」

 「すごいすごーい♫ワタルもはやく──」

 「っ!あぶない!」

 「きゃっ!?」

 

 くるくる周りながら走るから、目の前にある壁にも気付かずぶつかりそうになった。慌てて余った袖を引っ張ると、軽いからそのまんま飛び込んできた。受け止めるのは難しくなかったけど、虚戈が受け身を取れてなかった。不意のことには弱いのか。

 

 「あたた・・・どしたのワタル?いきなり腕を引っ張るなんて、大胆になっちゃった?」

 「俺だからいいけどシャレはTPOを弁えろよ。前見て歩かないと危ないぞ。さっきも言ったけど何か壊したら一発でアウトなんだ。死にたくなかったらうろちょろするなよ」

 「はーい♡ってありゃりゃ♣なんだろこれ?」

 「鍵かかってるな」

 「ここはーーー!!ボクからオマエラへのスペシャルボーナスでーーーす!!」

 「うるさ・・・」

 「うるさーい♠」

 「うるさくない!!!!!」

 

 うるさい。なんだよ。説明するならいっぺんにしてくれればいいのに。古くさい南京錠なんかで施錠して、明らかにこの奥に何かありますって感じだな。もしかしたら関わらなくていいもんに関わってしまったんじゃなかろうか。

 

 「ここはね、武器庫だよ」

 「武器庫?」

 「この広い広い倉庫エリアの中で、この武器庫だけはなんと特別大サービスで持ち出しOK!ただし、1人1つだけ!まあ詳しくは中に入ってみれば分かるよ!」

 

 そう言ってモノクマは、南京錠を外して大きな扉を開いた。相変わらず無機質で薄暗い雰囲気だ。今までの普通の倉庫を明らかに違うのは、棚に陳列された品々から物々しい雰囲気が出てることだ。見るからに危険な刃物や銃、一見普通のアクセサリーや日常品に、特殊な武器っぽいものもある。コロシアイをやる気になったら、選り取り見取りってことか。

 

 「ここから1つだけ、何でも持って行っていいよ!それをコロシアイに活用してくれてもいいし、しなくてもいい。もちろん何も持っていかなくてもいい!それはオマエラの自由だよ」

 「鍵をかけてたってことは、俺たちは自由に出入りできないのか?」

 「ううん、鍵はホテルに保管しておくよ。誰でも持って行っていいからみんなに広めておいてね」

 「広めるか!おい虚戈、早いところ出るぞ」

 「えー♠でもこれすごくキレイだよ?」

 「触るなっつうの!」

 

 ただ歩くだけで危なっかしいヤツだな。俺はさっさと虚戈を抱えて武器庫を出て、扉を閉めた。南京錠をかけて開かないようにした。けど鍵をホテルに置かれるとここを閉めても仕方がない。どうにかしないと・・・いっそ鍵を壊すか。

 

 「ちなみに、鍵のかかってるドアを壊すのは掟で禁じておくから、気を付けてね」

 

 先手を打たれた。モノクマには何もかもお見通しってわけか。取りあえず今できることは、誰にもこの武器庫の存在を教えないことか。虚戈には重々口封じをしておかないと。

 そういえば、俺と虚戈で二人きりになることが最近多い。スピリチュアルエリアの探索のときもなぜか虚戈に相談に乗ってもらったし、城之内の死体の見張りも俺と虚戈でやった。心配だからって自分からペアを組んだんだけど、なんだか妙な縁を感じる。そう言えば俺は、虚戈のことを良く知らない。事件のときも裁判のときも、虚戈の言動は俺たちと明らかに違う。常軌を逸してる。

 

 「なあ虚戈」

 「なあに?」

 「お前はさ、なんていうか・・・俺たちのことどう思ってるんだ?」

 「ワタルたちのこと?なんで?」

 「いや、俺ってお前のこと全然知らないし、それにこの前相談に乗ってもらっただろ。お返しに、俺も何か虚戈に何かできないかなって思ってさ」

 「・・・ふっふ〜ん♡なあにワタル?もしかしてマイムちゃんのこと気になるの♫マイムは可愛くて面白いからみんなの人気者なんだよ♡独り占めしちゃダーメ☆」

 「(ちょっとイラっとするな・・・)そうじゃなくて、俺は別にそうは思ってないんだけど、たぶんお前のことを怪しんでるとか、怖がってるヤツもいると思うんだ。正直、お前って俺たちとは違うだろ」

 「そうだね♫きっとマイムはみんなとは全然違う人生を送ってきたと思うよ♫」

 

 けろっとした笑顔で虚戈は笑う。やっぱりこいつは掴み所がなくて、何を考えてるかよく分からない。小躍りしながら棚の間の通路を歩いて行くけど、よく見ると両側の棚にぶつかりそうになったり転びそうになったりなんかしない。この抜群の運動神経とあどけなさで、クラウンとして生きてこられたんだろう。

 

 「ワタルはパパとママいる?」

 「ああ、実家にいるはずだ」

 「そっか♫きっとあったかくて優しくて幸せな感じなんだろうなあ♡マイムはちっとも分からないんだ☆」

 「・・・」

 

 いきなり重いなあ。ある程度予想が付いてたとはいえ、こんなに明るく孤児をカミングアウトされると、受け止めるのに時間がかかる。

 

 「あっ♠いまマイムのことを可哀想な子って思ったでしょ!でもそれ違うからね☆マイムは全然可哀想な子なんかじゃないよ♡」

 「えっ、いや・・・」

 「マイムはねー♫周りの子よりいっぱい運動できたし♡いっぱい可愛くなれたし☆いっぱい笑顔になれたんだよ♫だから可愛い服着て、面白い動きして、ハラハラするようなアクロバットをして、みんなに愛されるクラウンになれたんだ♡だからマイムはちっとも可哀想な子じゃないよ☆」

 「そ、そうなのか」

 「そうだよ♫空中ブランコから落っこちてぺしゃんこになったり、ライオンに食べられちゃったり、脱出マジック失敗して粉々になった子だっているんだから、それに比べたらマイムはむしろ幸せ♡満タンハッピーなんだよ♢マイムは笑顔でいなきゃね♡」

 「・・・」

 

 やっぱり外れてる。っていうか、狂ってる。もともとサーカス団にいたって言うけど、今の時代にもそんな孤児を集めて芸を仕込むなんていう非人道的な集まりがあったっていうのか。それに今、虚戈が言ったことを間に受けたとしたら、当たり前みたいに死人が出てる。だから虚戈は人が死ぬことに鈍感なのか?

 

 「そういうワタルは、どうして笑顔じゃないの?」

 「そりゃ・・・こんなところ閉じ込められてコロシアイなんかさせられたら、不安にもなるし、みんなが心配だし・・・それが普通の感覚なんだよ」

 「普通?そっか、普通なんだ♫」

 「なんで嬉しそうなんだよ?」

 「クラウンは悲しんでる人を笑顔にするのがお仕事だからだよ♡みんな不安で怖いんだね♣それはよくないよ♠だからマイムが笑顔にしてあげる☆マイムがみんなをハッピーにするんだ☆」

 「気持ちは嬉しいけど、具体的にどうやるんだ?」

 「パントマイムは鉄板だよー♢あとはジャグリングとか玉乗りとか☆」

 「いやそういう芸では不安はなくならないと思うぞ」

 「そうなの?うーんじゃあ・・・」

 

 まさか自分の芸を見せる以外の方法を全く考えてなかったのか。たぶん、みんなの不安をなくしたいって気持ちは、嘘偽りの無い気持ちなんだろう。考えてみれば、虚戈が今までウソを吐いたことがあったか?ダイイングメッセージの件はあったけど、それ以外で。

 虚戈はいつだって、自分の気持ちに正直だ。何を考えてるか分からない薄気味悪さはあるけど、それは言動が周りとズレてるだけで、裏表がない性格なのも事実だ。だったら、その気持ちを無碍にすることは良くないんじゃないか。そんな風に思えてきた。

 

 「じゃあ虚戈。一つ頼んでいいか?」

 「いいよ♡なんなりと☆」

 「下越のこと元気づけてやってくれないか?」

 「テルジ?うん♡いいよー♫マイムもそろそろテルジのご飯食べたいしねー♡」

 

 そんな簡単に引き受けてくれんのか。頼んどいて心配だな。けどあいつが朝食もろくに準備しないで、部屋に籠もりっきりなんて心配だ。ここに来た初日から、誰よりも脱出の希望を信じて、みんなを元気づけようとしてくれてたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いやあ、広いねえ」

 「そうね・・・」

 

 カコーンと鹿威しが石を打つ音が茶室に響く。手に持った焼き物茶碗越しに伝わるお茶の温もりが、ほんわかした気持ちにさせる。小鳥の囀りでもあれば完璧なんだけどねえ。

 

 「いやこんなことしてる場合じゃないでしょ!」

 「どうしたんだい正地氏」

 「なんで私たちこんな風流な茶室で一服してるの!?探索は!?」

 「休憩も必要だろお?それにここは新エリアの中なんだからさあ、これも探索の一環だよお」

 「その理屈は無理があるわよ?納見君がだらだらしたいだけでしょ。私たちばっかりのんびりしてる場合じゃないんだから、もう行くわよ」

 「金つば食べるかい?」

 「行くわよ!」

 

 せっかくのんびりしてたのに、正地氏はせっかちだねえ。せかせかと廊下を歩いて靴を履き、茶室の外に出る。のぼりの出たお団子屋の前には、赤い繊毛を被せた休憩処が設置してあって、舗装されてない道は反射熱もなくて暑さも幾分か緩やかだ。まるでタイムスリップしたみたいに、古めかしい街並みが広がっている。

 

 「サムライエリア。江戸時代の街並み、特に商いや工場を中心に再現したエリア・・・本当に江戸時代に来ちゃったみたいよね」

 「とはいえ人通りがない上に奥にはモノクマ城も見えてるからねえ。セット感が半端ないよお」

 「脱出に繋がる手掛かりがあるとは思えないわ。本当にモノクマの趣味で造っただけなのかしら?」

 「ショッピングセンターの店も誰かが必要とするものしか置いてないって言ってたし、このエリアっていうのも、誰かが必要としてるから造ったんじゃないかなあ?そういうところモノクマは行き届いているからねえ、無駄に」

 「じゃあエリアは全部で17つ・・・いま開放されてるのが・・・」

 「でもやっぱり違うかなあ。ホテルエリアは誰でも必要とするけど、テーマパークエリアやファクトリーエリアなんて誰も必要とはしてないしねえ」

 「納見くん、適当にしゃべりすぎよ」

 「ごめんよお」

 

 のどかな街並みの中にいると、そんな細かいことはどうでもよくなってくる。いいじゃあないか、大らかにいこうよお。もう既に二度もコロシアイと学級裁判を経験しておれは気付いた。過剰に心配しても仕方がないってこと。相模氏の動機は結局分からずじまいだったけれど、須磨倉氏の動機はおれにも理解できた。特に大事な人がいるわけじゃあないけれど、外の世界がどうなっているかは気になる。

 

 「失楽園ねえ・・・」

 「え?なあに?」

 「なんでもないよお。おれは適当にしゃべるから聞き流しておきなよお」

 

 ミュ〜ジアムエリアのコロシアイ記念館に保管されてたファイルを、何冊か読んでみた。興味があったわけじゃなくて、そこにこのコロシアイのヒントになることが書かれてるかも知れないと思ったからだ。そこに書かれてた、コロシアイから脱出するためのルール。

 ほとんどのコロシアイではクロが勝利したときのことを『卒業』または『脱出の権利を獲得』と書いていた。語感でしかないけれど、どちらもクロの勝利を讃えるような言い方をしている。だけど今回のコロシアイでおれたちに提示されたのは『失楽園』。これじゃあまるで、勝利したクロが追放されるような、リスクを冒して得ようとするものじゃあないみたいじゃあないか。

 

 「どういうつもりなんだろうねえ」

 「なにがなの?」

 「なんでもないよお」

 「そんな言い方されたら気になるじゃないの」

 「聞き流してくれていいんだよお。おれは適当だからねえ」

 「もう、男子なんだからしっかりしてよ。ここにもモノクマの罠が何かあるかも知れないのよ」

 「今更おれたちに何か仕掛けてくることはないよお。あいつはおれたちにコロシアイをさせたいんだからさあ」

 

 というのも、あくまで直接危害を加えないっていうだけで、おれたちが困るようなことはしてくるようだけどねえ。

 

 「おやあ、ここは画工の仕事場だねえ。こっちは鍛冶場かあ。う〜ん、極氏や鉄氏が喜びそうなところだねえ」

 「そうね。鉄くんってやっぱりこういうところの方が似合うわよね。ホント、今更だけどジュエリーデザイナーには見えないわ」

 「彼は鍛冶屋の息子だからねえ。指先の繊細さよりもムキムキの身体の方が目立つもんねえ」

 「ホントそれ!!」

 「どうしたんだい急に」

 「な、なんでもないわ・・・」

 

 絵を描くのはともかく、鍛冶なんて今するようなことじゃあないだろうから、鉄氏がここを使うことはないだろうけれど、明らかにここは鉄氏のために用意されている。ミュージアムエリアのキネマ館も相模氏のために用意されていたようなものだし、このモノクマランドはどう考えてもおれたちのために用意されている。“コロシアイのため”じゃなく、“おれたちのため”に。それが余計に不気味なんだよなあ。どうして“おれたち”なんだろう。

 

 「極さんも鉄くんも芸術家タイプなのに、納見くんはそういう感じしないわね。本当に造形家なのかしら?」

 「何を言うんだい。こんなに肌が白いんだよお。インドア派の代表みたいな格好じゃあないかあ」

 「インドア派でも髪の毛と服にくらい気を遣うわ。いつもだるんだるんの服着て、だらしないじゃないの。そんなんじゃ女の子にモテないわよ」

 「ううん・・・別に興味ない、わけじゃあないからその助言は突き刺さるねえ。やっぱり雷堂氏みたいにスーツの方がいいのかい?」

 「私はもっとピチめの服がいいけど・・・鉄くんにタンクトップとか着てもらって薄い生地の奥に浮かび上がる大胸筋とシックスパックの境目をなぞりたいけど・・・」

 「なんて?」

 「なんでもないわ!!」

 

 この頃正地氏はテンションが最初の頃に比べて2割増しになっているような気がするね。コロシアイには人一倍心を痛めて元気をなくしてたけれど、何か心の拠り所でも見つけたのかねえ。

 

 「ねえ、納見くんはどう思う?モノクマ城のこと」

 「うう〜ん・・・異性とペアにならないと入れなくてえ、しかもチケットが必要ねえ。つまり一人最大でも6回くらいしか入れないってことかあ。実際はもう少しばらけるだろうけれどお・・・立ち入りを制限するってことはあ、そこに何か隠してるものがあるってことかなあ」

 「だけど隠し物があるなら、初めから開放しなければいい話じゃない?敢えてこんなシステムにする理由って何かしら?」

 「どうだろうねえ。あんまり深く考えすぎない方がいいよお。それこそモノクマの思う壺だからねえ」

 「納見くんくらいどっしりまったり構えられたら気楽かも知れないわね」

 

 ゆるゆるの雰囲気のまんま、おれたちはサムライエリアの探索を終えた。大した発見もなく、ただ何人かここの施設に喜ぶ人がいるんじゃないかなあってくらいに留まった。ホテルエリアに戻るとき、エントランスに見慣れない鍵が置いてあったのは、みんなの探索報告が終わってから調べることにした。触らぬ神に祟り無しっていう言葉が、ここでは物凄く強い力を持つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、私は朝ご飯を作ってた。下越君がとうとう朝ご飯の時間にも間に合わなくなっちゃったからだ。というか、私たちの分の朝ご飯まで用意してくれたのは裁判が終わった次の日だけで、今はもうキッチンが何にも手つかずだった。

 だから早起きした私とスニフ君で、みんなの朝ご飯の支度をすることになった。こうして台所に立つのは、茅ヶ崎さんが雷堂君におにぎりを作ろうとしたあの日以来だなあ。

 

 「私も、何か作ってあげようかな・・・」

 「はい?」

 「なんでもないよ」

 

 雷堂君、昨日のことといい最近トゲトゲしくなってる気がする。2回も裁判を経験して、二人に裏切られて、人を信じられなくなってきてるのかな。私にもその気持ちは分かるけど、それはなんだか雷堂君らしくない。裏切られても、騙されても、私たちの希望になってくれるのが雷堂君だと思ってた。

 だけどそれは、私の勝手な願望だったのかな。うん、そうだよね。雷堂君だって人間だもん。弱くなるときだってある。

 

 「それにしても、下越君、大丈夫かな・・・」

 「Yesterday、マイムさんroomのまえでcallしてました。でもreplyなかったです」

 「・・・よっぽど大丈夫だと思うけれど、後で私たちも行ってみようか。さすがに部屋から出ないわけにいかないだろうから」

 「もしもしのときはピッキングツールつかいます!」

 「もしものとき、ね」

 「それでした!」

 

 ピッキングツールか・・・嫌なことを思い出しちゃった。須磨倉君が私の部屋の鍵を開けたこと。今じゃもうずいぶん昔のことに感じる。あの時私が殺されてれば、茅ヶ崎さんが死ぬことはなかった。いまさら考えたってしょうがないことくらい、分かってる、はずだった。でもずっと心のどこかにそれは引っかかってて、ちょっとしたきっかけですぐに思い出す。

 

 「忘れちゃった方がいいのかな・・・」

 「なにをわすれるですか?」

 「なんでもないよ」

 

 スニフくんが、無邪気に聞いてくる。手についたお米粒を口で取ろうとして、ほっぺにお米粒がたくさん付いてるのが、なんだかあどけない。こんなに弱ってること、スニフくんに気付かれちゃいけないな。まだまだ子供なんだけど、周りへの気遣いは大人みたいによく気が付く子だから、余計な心配かけさせたくないんだよね。

 

 「あのぅ、こなたさん。Breakfastのあとなんですけど・・・timeありますか?」

 「時間?あるよ?」

 「そうですか・・・じゃ、じゃあこなたさん!ボ、ボクと・・・デートしてください!」

 「え?デート?」

 「モノクマのデートチケット、ボクこなたさんにつかいます!モノクマcatsle行ってください!」

 

 唐突なお誘いに、びっくりしてちゃんとお返事ができなかった。お米のついたほっぺを真っ赤にして、スニフ君は真っ直ぐ私を見てくる。デートチケットって確か一人一回しか使えないヤツだよね?

 

 「私なんかでいいの?虚戈さんとか、鉄君とか、もっと仲良い人と行った方が楽しいんじゃない?」

 「こなたさんがいちばんです!」

 「・・・どうして私なの?」

 「あぅ・・・こういうのボク知ってます。ボウズっていうんですよね」

 「???」

 「こなたさん、なんだか元気ないですから、cheerしようと思いました。ボクがんばってこなたさんたのしくします!モノクマcatsleどんなところか分かんないですけど、モノクマ言ってました。入れるのpriceとprincessだって。ですので・・・ボクのprincessになってください!」

 

 もう完全におにぎり作る手が止まっちゃった。ボクのプリンセスになってくださいって、そんな熱烈なこと言われるなんてまるで告白みたい。だけどスニフ君は、私が元気ないのに気付いてたんだね。だから私を元気づけてくれようとしてるんだね。優しいね。それなら私が断る理由はないよね。

 

 「ふふ、ありがとう。それじゃあ朝ご飯食べたら、行こうか」

 「・・・!!ありがとうございます!!YATTA!!」

 「やったね」

 

 笑い返してあげると、スニフ君は喜んで飛び上がった。大袈裟だなあ。

 

 

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り人数:12名

 

【挿絵表示】

 




やっとこさ第三章です。実はプロットがほとんど出来上がっていません。
でも動機編を今書いているところなので、ある程度見通しは立っています。
ほどほどにご期待くださいマセ。

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