レストランからは下越氏が作ったス〜プが、ひとかきされる度に芳醇な香りを漂わせている。テーブルに並んだカラフルな料理はどれも一口で終わってしまう小さなオモチャみたいで、とても晩ご飯っていう感じには見えないねえ。
「こりゃあなんだい?」
「フィンガーフードだよ。食べやすくて運びやすいようにな。にしても、ちょっと張り切って作りすぎちまったな。味見ついでにいくつか食べていいぜ、納見」
「へえ、クラッカーや野菜のスライスの上に盛りつけるのかあ。面白いねえ。小さい造形っていうのもなかなか創作意欲を刺激されるもんだねえ」
「ふふふ・・・海鮮も野菜も果物も肉も合う、このクラッカーの絶妙な塩加減とサクサクの食感、まさしく完全食品・・・」
「完全食品の意味ちげえからな荒川」
たまたまレストランを覗いて見たら下越氏が大量のフィンガーフードに囲まれてたから、居合わせた荒川氏と一緒にいくつか味見してみた。オリ〜ブオイルとエビの調和の取れた味わいや、オレンジの甘みとチョコの苦みの相乗効果や、一口だけなのにそれだけでたっぷり楽しめる料理だった。
「さすがだねえ下越氏」
「こ、これはけしからん・・・!一口だからつい次の一つに手が伸びてしまう・・・!一つ食べたら次の一つを、そのまた次の一つを・・・帰納的に無限連鎖していく・・・!!」
「ホラホラそこまでだ!お前ら、夜中に備えて今のうちに仮眠とったりしねえのか?」
「いや、もともと寝ないのが目的だから仮眠とったら元も子もないよねえ」
「案の定、ただのパーティだと思っていたか」
「うん?違うのか?」
動機の発表されたときのシリアスな雰囲気はなんだったのかと思うくらい、下越氏は今回の城之内氏の提案の意味も、おれたちが置かれた状況も理解してなかった。よくこんな調子でいられるもんだねえ。おれも大概呑気って言われるけどお、下越氏には負けるかもねえ。
「まあ私は今回は辞退させてもらうから関係ないのだがな」
「そうなのかい?」
「夜通し起きていることなどザラなのでな。参加しなくとも部屋に一人で籠もっているさ。せっかく起きていられるのなら、ふふふ・・・試したい仮説があるのだ。この機会を生かさねばな」
「そういや鉄もそんなようなこと言ってたな。体動かしてた方が眠気も飛ぶから、トレーニングしてるって」
「なんというか、まとまりがあるようでないような気がするねえ。その調子だと、下越氏や星砂氏も参加しなさそうだよお」
「星砂は知らねえけど、実はオレも参加はやめとく。飯は夜通し必要だろうし、雷堂から言われてるしな。飯になんか変なことするヤツがいたらせっかくの味が台無しだ」
「雷堂はよほど下越を信頼しているのだな。誰も見ていないところなら、怪しげな薬を仕込むことも容易くなるだろう。まあ下越に限ってそんなことはないだろうが」
「さすがに雷堂も今回は警戒してんぜ。モノクマがどう動くかも気になるしな」
「念のため、気付け薬と解毒薬でも用意しておこうか」
「荒川は薬の調合もできんのか。すげえな」
「いいや、ショッピングセンターで買ってくるだけだ。防犯グッズ専門店が新装開店していた。護身用具からブービートラップまで揃い踏みだ」
「相変わらず品揃えに脈絡がないねえ」
荒川氏は心配症だねえ。いくらなんでもそんなことをする人はいないよお。自分まで薬で倒れたら意味ないんだからさあ。
こっちの準備は下越氏にお任せして、おれはぶらりとミュ〜ジアムエリアにでも行ってみようかねえ。そう思ってモノヴィ〜クルで向かってみた。ミュ〜ジアムエリアに来るとつい美術館に足が向いてしまいそうになるけど、そこをぐっと堪えて演芸場の方に行ってみた。入口の前で虚戈氏が珍妙なポ〜ズで佇んでた。自分を抱きかかえるように手を交差して左手は顔の横に添えている。胡座を組んでると思ったらちょっとだけ崩して片足で立ってた。すごいねえ。
「何してるんだい虚戈氏?」
「むーん・・・♠」
「なんだい?返事がないねえ。ただのしかばねかなあ?」
「マイムは考えるのをやめたんだよ♣話しかけてもお返事しないよ♣」
「そうなんだあ。演芸場で城之内氏たちが今日の準備をしてると思うけどお、入ってもいいのかねえ?」
「ダメ!たまちゃんとダイスケにここで人払いをするように言われてるんだもん♠ちゃんとお仕事したら綿菓子くれるってたまちゃんが言ったんだよ♡」
「それくらい下越氏がいつでもくれると思うけどねえ」
「テルジはねー、前にお菓子の摘まみ食いしたら晩ご飯食べられなくなるだろって怒られた♠」
「お母さんみたいだねえ。なるほど。本番までのお楽しみってワケかい」
「後でマイムもダイスケと一緒に練習するんだ♡一生懸命がんばるからヤスイチも期待しててね♡」
「ああ、そうするよお」
なんだ、入れないのかあ。まあこういうものは本番でサプライズ演出があるものだからねえ。ネタバレはしないでおこうかあ。それにしてもたまちゃん氏と城之内氏のコラボレーションかあ。あんまりテレビは観ないしたまちゃん氏がきゃぴきゃぴしてても違和感があるけどお、楽しみだねえ。
「そういえばあ、相模氏も一緒にいるんじゃあなかったのかい?」
「いよだったらキネマ館にいるはずだよ☆マイムたちとは別に準備してるんだ♢」
「ほほお。キネマ館っていうことは映画だねえ。“超高校級の弁士”のトークが聞けるのかねえ」
「ふふーん♡さてどうかなあ♡」
隠しきれないねそれは。そっちの方は入場制限されてないのかなあ。演芸場のすぐ隣にキネマ館があるから、そっちの方に行ってみた。虚戈氏はまた同じ格好で守衛代わりをし始めた。その格好に意味があるのかねえ?
キネマ館は少し古くさい感じで、綿が固くなったソファやボロボロの雑誌、切れかけの蛍光灯、剥がれた壁のタイル・・・シアタ〜に入る赤色のドアと、薄暗い映写室の方に続く灰色のドアがあった。シアタ〜の方に入ってみると、20席ほどの座席がスクリ〜ンに向かって並び、あちこちに音響設備が用意されていた。映写室からの光が筋となってスクリ〜ンまで伸び、白黒の映像を映し出していた。
「こりゃあ思ったよりもしっかりした設備だねえ。外の古くささはあ・・・味ってヤツかなあ?」
映し出されてるのは無声映画だねえ。江戸時代かなあ?侍たちが山の中を早回しのような小気味よさで動き回っている。演出はどれもこれも古くさいけれど、今みたいな技術がない時代の工夫を感じさせる。工夫するのは好きだよお。
「映画は回っているのに誰もいないっていうのはヘンだねえ」
「いよーっ!是は是は納見さん!気が付きませんでした!此の様な辺鄙な所に御出になって如何なされましたか?」
「うああっ!?さ、相模氏・・・!?音が大きいよお・・・!」
「是は失敬!えーっと音響調節は・・・此のツマミですかな?いよっとな」
「ああ、こんなもんじゃあないかねえ。この音はどこから聞こえてるんだい?」
「映写室で御座います。灰色の扉が御座いましたでしょう?其方から階段を上がって来て下さい」
どこからともなく相模氏の大音量の声が聞こえてきて、思わず耳を塞いだ。さっきのグレ〜の扉は映写室の入口だったんだねえ。廊下を歩いて映写室への扉を開け、階段を昇るとまた簡単な薄いドアがあって、そこを開けると映写室だった。
「いらっしゃいまし!此方が映写室です!」
「昭和のキネマ館に和服美人とはあ、なんだかタイムスリップしたみたいだねえ」
「大麻?」
「ああ、えっと、時間逆行ってヤツかねえ」
「成る程!確かに此処だけ60年程時代を遡った様にも思えますね!いよぉ、そう言われて見ると、納見さんの出で立ちも当時の冴えない苦学生宛らではありませんか!」
「悪意のない失言として受け取っておくよお」
おれを出迎えたのは、いつもの緑の和服に身を包んだ相模氏だった。暗くて奥まったところだからか、少しだけ肌寒くて、相模氏も少し重ね着をしているみたいだ。あんまり服をじろじろ見ていると、覗きをしてしまった時のことを思い出してなんだか悪い気がしてくるから目を逸らした。おれの目線は追いにくいだろうけどねえ。
映写室は思いの外広くて、映写機が二台とシアタ〜内の空調や音響を調整する機器も一緒に備え付けられてて、フィルムをしまう棚もあった。おそらく表の売店での売上金を保管するための金庫まで置かれてた。映写室というよりこのキネマ館そのものの事務室ってところかな。映写機の一台はフィルムをセットされてシアタ〜に繋がる小窓から映像を投影できるようにセットされてた。
「サイレントかあ。古いものがあるんだねえ」
「いよよよっ!?納見さんは無声映画に造詣がお有りですか!?いよも驚いたのですが、此方に保管されているのはいよの十八番を初めとした無声映画の名作ばかりで御座います!何方がご用意なさったのか存じませんが、その人とは楽しいお話が出来そうですね」
「残念ながらおれはただの造形家だからねえ、造形にしか造詣はないよお。けど名前くらいは聞いたことあるかなあ。トーキーはないのかい?」
「在るには在りますが、折角の音響設備も御座います故、いよが弁を振るおうかと」
「へえ、“超高校級の弁士”の弁が聞けるのかあ。これは楽しみだねえ」
「今は最終調整をしている所で御座います。やはり自分の声を自分で聞くのが上達の近道で御座いますね。ああいえいえ、近道に王道無しでした」
「真面目だねえ」
「いよには是くらいしか取り柄が在りません故!」
ふうん。なんだかこうして見てみると、まるで相模氏のために用意されたかのような部屋じゃあないか。今時フィルムに映写機なんていうのも珍しいけど、無声映画のラインナップに古くさい演出がされた館内。なぜか映写室のすぐ近くにあるトイレは女子トイレで、男子トイレは一階の廊下の突き当たりにしかない。
部屋の中を見渡してると、このノスタルジ〜を掻き立てる部屋には似つかわしくない、けど何とも言えない溶け込み具合を醸しているものを見つけた。
「おやあ?相模氏は・・・和食派だよねえ?」
「ええ勿論」
「ピザに、コ〜ラに、フライドポテト、コ〜ルスロ〜サラダ、それからデザ〜トにカップアイスかい?随分とアメリカナイズされたもんだねえ」
「ああ、其れは城之内さんから差し入れとして戴いた物です。演者側、特にいよは最初の演目を担当する事になりました故、お気遣い戴きました」
「の、割には手を付けてないんだねえ。まあ油ものはフィルムを扱う上で御法度だよねえ」
「彼には悪意が無い事、いよはよぉく存じております。なので後ほど・・・戴こうかと」
まあ、城之内氏のことだから自分と同じメニュ〜でいいと思ったんだろうねえ。彼は彼でたまちゃん氏と忙しくしてるみたいだから。
「では納見さん、申し訳ありませんが一度お引き取り戴けますか?今夜の練習をしたいので」
「ああ。楽しみにしてるよお」
夜になった。見慣れない星空が頭の上におおいかぶさる不安な夜だけど、今のボクのハートはすごくワクワクしていた。だってこれから、オールナイトで起きてていいんだから。夜中までゲームをしててママに怒られることもないし、暗くなってから外に出てパパに心配されることもない。いつもの場所でも時間がちがうだけでインプレッションが変わってくるし、ミッドナイトだっていうだけでヘンな感じがする。大人の世界をのぞいてるみたいで、なんだか落ち着かない。
「スニフくん、大丈夫?ねむくない?」
「ねむくないです!ランチタイムにいっぱいカフェオレのんだので!ご心配ありがとうございます!」
まずボクたちはレストランで、テルジさんの作ってくれたフィンガーフードでディナーにしてた。だけどここにいるのはほんの一部で、ダイスケさんたちはステージのセッティングでまだミュージアムエリアから戻ってきてない。ハイドさんやサイクロウさんはボクたちと一緒には行かないから、早めにディナーにしてゲストルームにいるらしい。せっかくダイスケさんがみなさんのことを思って出したアイデアなのに、なんだか上手くいってない感じがする。
「ミュージアムエリアで夜を越すのは、演者組以外だと俺と正地とスニフと研前と極と納見の6人でいいか?」
「荒川さんは来ないの?」
「私は賑やかな場所が得意ではないからな。なに、悪夢などどうということはない。心配しなくていい」
「そうだねえ、荒川氏くらい精神力が強ければいいけどねえ、鉄氏は心配だなあ。あれでかなり打たれ弱いからなあ」
「く、鉄くんなら大丈夫なんじゃないかしら。あんなに体格がいいんだし」
「筋肉はこの場合関係ないと思うぞ」
エルリさんはゲストルームで自分の研究をするつもりだっていうし、サイクロウさんは一人になりたいってルームにこもってる。テルジさんはディナーの片付けとサッパーと明日のブレークファストの準備をするんだって。ハイドさんだけがどこで何をしてるのか分からない。サイクロウさんみたいにルームに一人でいるのかな?
「星砂のことは考えても仕方ない。俺もなるべく警戒するようにするから、みんなもあいつの動きには気を付けててほしい」
「あのね、別に星砂君が妙なこと考えてるって決めつけるわけじゃないけれど、むしろ危険なのは鉄君や荒川さんだと思う。私たちは固まってるから、手を出しにくいんじゃないかな?」
「それくらいのリスクは犯しかねんがな。我々が相互監視の状態にあることは、逆にヤツにとってはアリバイ作りに利用することもできる状況だ」
「あのう」
行方が分からないハイドさんについて、ワタルさんやこなたさんが心配そうに言う。だけど、ボクにはそれがおかしなことに思えて仕方ない。
「みなさんはハイドさんが、だれかをおそおうとしてるって思ってますか?」
「いや・・・そうは思いたくないけれど考えなくちゃいけない状況ってことだよお。星砂氏の異端さはスニフ氏も分かっているだろお?」
「ハイドさんはそんなことする人じゃないです!あの人は、ちょっとだけセルフイクスプレッションがヘンテコなだけです。それに考えてみてください。リアルにだれかをおそおうとしてると思ってる人が、あんな風に自分がデンジャラスだって思わせないでしょう?」
「ん・・・スニフくんの言いたいことも分かるわ。こんなこと言うのもおかしいけれど、私たちの杞憂ならいいわね」
「せめてどこにいるかさえ分かればなあ・・・」
みなさん心配そうにしてるけれど、ダイスケさんのパーティをやってるうちはだれもヘンなことをできる状況じゃなくなる。ボクたち6人とステージチームの4人はどっちも見られてるから怪しいことはできない。エルリさんとサイクロウさんはルームでしっかりキーロックしておけば、ハイドさんは手出しできない。ピッキングツールはハルトさんの件があってから、みんなで集めて捨てたからきっと大丈夫だ。
「今夜をたのしみましょう」
ファンダメンタル・ソリューションではないかもしれない。だけどボクたちがこうやってチームワークを見せつけることは、モノクマに対するレジスタンスアクションになる。そうやってボクたちはもう何をされてもコロシアイなんてしないって、そういう気持ちなんだってことを教えてやらなきゃいけない。それが今夜の意味だ。
「・・・ああ。楽しもう」
ハードなイメージをしてるとせっかくのステージも楽しくないですから、もっとリラックスしちゃえばいいんですよ。
「なに?あんたらシケたツラして。これからたまちゃんのスペシャルステージを見に来るっていうのに、そんなテンションとかあり得ないでしょ!」
「あはっ☆みんなスマーイルスマーイル♡ステージはね、楽しもうって気持ちも大事なんだよ♡怒ってる人より泣いてる人より、楽しもうと思ってない人が一番困るお客さんなんだよ♣」
「あっ、たまちゃんと虚戈さん」
ボクたちがディナーの後のティータイムをまったり過ごしてると、そこにたまちゃんさんとマイムさんがやってきた。たまちゃんさんはいつものピンクのふわふわのファッションじゃなくて、ホワイトカラーシャツにブラックのスーツパンツをはいて、ヘアスタイルもポニーテールになってた。なんだかいつもとちがうファッションで、急に大人っぽく見えてドキッとした。
「二人ともいつも格好が違うのだな。ステージ衣装か?」
「そだよー♡ショッピングセンターに行ったらぴったりのが売ってたんだ♫必要なものは全部あるってホントだね♫まいむびっくりしたよー♡」
そう言うマイムさんは、いつものスモールシルクハットは頭に乗せたまま、だぶだぶのトレーナーじゃなくて、胸のところにクリアブルーのブローチがついたダブレットにバルーンパンツ、それに裸足じゃなくてかざりのついたブーツをはいてた。マイムさん、裸足じゃなくても歩けたんですね。
「服が替わると気分も変わるっていうけど、虚戈さんは変わらないわね」
「まいむは何着てもまいむだからね☆」
「・・・それで、二人は準備しなくていいの?城之内君と相模さんは一緒じゃないの?」
「準備は終わったわよ。だからたまちゃんがわざわざ呼びに来てあげたの。城之内お兄ちゃんはこっちが探してるくらいよ。こっちの準備が終わったと思ったらすぐ出ていっちゃって、どこで遊んでるんだか」
「それじゃあ準備が終わってても俺たちはまだ行っちゃダメなんじゃないか?」
「先にいよの方のステージがあるんだよ☆ステージっていうか映画だけどね♡だからミュージアムエリアのキネマ館に行ってね♫」
「そうか。お前たちも映画を見るのか?」
「たまちゃんたちはステージの時間まで楽屋でのんびりしてるわよ。無声映画なんて退屈で寝ちゃうから」
「寝ないためにやってるんだろ!?」
「ダイスケに会ったら、演芸場にいるって言っておいてね☆」
せっかくだったらマイムさんもたまちゃんさんも一緒に来ればいいのに。いよさんの弁って、それこそ“Ultimate Rhetorician”オンステージなのに、もったいないなあ。あ、もしかしたらリハーサルで何回も聞いてるのかな。
「よし、それじゃキネマ館に移動だ。二人はまた後でな」
「映画で疲れてたまちゃんのステージに集中できなくなったら怒るんだからね!」
「またねー♡」
ボクたちは残ったティーとフードを平らげてからホテルを出て、モノヴィークルでミュージアムエリアのキネマ館に向かった。外はストリートライトとムーンライトの灯りがあるだけですごく暗くて、モノヴィークルのライトで少し前を照らして進むけど、ちょっとはなれるとすぐ前を走ってるレイカさんの背中も見えなくなるくらいだった。閉じ込められてるといっても広いモノクマランドで迷子になったりしないように、少しいそいでみなさんについて行った。
キネマ館は、ミュージアムエリアの端っこ、スピリチュアルエリアとのボーダーあたりにある小さくてなんだかノスタルジックな建物だ。バックストリートにひっそりとあるような建物がメインストリートの横にどーんとあるから、なんだかヘンな感じがする。
「いよーっ!皆様ようこそいらっしゃいました!先ずは此方で、不肖いよが無声映画の弁を立てさせて戴きます!いよーっ!」
「やあ相模氏。準備万端なようだねえ」
「お陰様で!いよ?少々いよが思っていたより人数が少ないようですが?」
「下越と鉄と荒川はホテルだ。星砂はどこにいるか分からないんだ」
「左様ですか。ふぅむ・・・」
「星砂君が気になるの?」
「ええ。妙な気を起こされないと良いのですが・・・」
「あんなヤツに気を揉むだけ無駄だ。何かあれば私がお前たちを守る」
「女子に守られてちゃ立場がない。いざという時は俺たちがなんとかするから、心配するな」
「ワタルさんにはソーリーですけど、きっとレイカさんがストロンガーです」
「だよねえ」
レディにそんなこと言うのはいけないことかな。でももしハイドさんが何かをしてきても、レイカさんがいればなんとかなるって風には思う。何もしてこないと思うけれど。
ボクたちはいよさんにガイドされて、キネマ館の中のシアターに入った。シアターの外のショップでポップコーンとジュースを買って、シアターのシートに座った。ふかふかで、後ろまでおしりをつけると足が下に届かない。
「スニフ君はトイレに行けるように、端っこがいいんじゃない?」
「トイレくらいガマンできますよ!」
「おもらしするほど子供じゃないわよね、スニフくんは」
「もし漏らしても、雷堂がおむつを替えてくれるだろう。慣れているだろうからな」
「慣れてねえよ!っていうかおむつと言えば俺みたいにするのやめろ極!」
「子供あつかいしないでください!そんなに子供じゃないです!見てください、ジュースだってオレンジジュースじゃなくてジンジャーエールなんですよ。子供はオレンジジュースにしちゃうでしょう?大人はジンジャーエールなんです」
「そういうところが子供の発想なんじゃあないかな」
ボクは思い切って、こなたさんのとなりに座った。ダイスケさんにアドバイスされてから、こなたさんにガンガン行くようにと思ってたけど、すぐにモノクマがモチーヴの話をしたりしてチャンスがなかったけど、今がチャンスだ。ムービーを並んでみるなんて、ホントのカップルみたいじゃないか。
「たのしみですね、こなたさん!どんなムービーなんでしょう!」
「うん、楽しみだね。無声映画だから時代劇かな?」
「じだいげき?Wow!サムライ!ニンジャ!ですか!?」
「そうだね」
「サムライ!チャンバーラ!チョンマゲ!ござるござる!」
「テンション上がってるね、スニフ君。始まったら静かにいい子してないとダメだよ」
「はい!いい子してます!」
サイレントムービーだってはじめてなのに、それがサムライとかニンジャのムービーだなんて、すごくエキサイティングだ。サムライはみんなチョンマゲにハカマでござるって言うんですよね。日本刀でチャンバーラするんですよね。あとニンジャとバトルして、シュリケンばばーっ!ってやって分身のじゅつやってだってばよって言うんですよね。楽しみです!
「さあさあ皆様!ご準備は宜しいでしょうか!」
「いよさんの声だ!」
「弁とはお客様の前で舞台に座り行う物ですが、生憎ですが此方の舞台は少々手狭で御座います故、映写室から放送にて行います。何卒ご容赦を!」
「特に問題ないだろう」
「いよーっ!では皆様!是より、不肖、相模いよが弁を立てさせて戴きます!しばし御傾聴の程、宜しくお願い申し上げまするゥ〜〜!!」
いよさんの声がスピーカーから聞こえてくると同時にブザーが鳴り出して、スクリーンにモノトーンのムービーがながれはじめた。ワーオ!ホントにテキストでみたエドジャパンだ!おキモノに大いちょうのレディにチョンマゲのサムライが歩いてる!
「火事と喧嘩は江戸の華、なんて事を皆様耳になすったことは御座いますでしょう。どちらも役人やら野次馬やらが挙って見にくりゃ町人達の間じゃ大騒ぎになったもんです。頭に血ぃ昇って取っ組み合いになる喧嘩はまだしも、火事を見物されちゃあ当人にとっちゃたまったもんじゃあありません。いよっ!時は天和2年、徳川家5代目綱吉公の治世の折、江戸にて後に天和の大火と呼ばれる火事が御座いました!これまた野次馬連中が寄って集って見物に来ますが、焼け出された人達は命辛々喉カラカラで避難して、正仙院というお寺を頼ったわけです。此処に居ります幼気な娘は、名をお七と申します。家の八百屋は火事で家財も野菜も丸焼けになっちまいまして、なんとも哀れな娘っ子で御座います」
ムービーに合わせていよさんがアナウンスするっていうよりも、まるでいよさんのアナウンスに合わせてムービーが流れてるみたいだ。むずかしい言葉やムービーの中の時代なんかはボクにはさっぱりだったけど、だれが何をしててどういう気持ちなのか、どこにいるのかがまるでボク自身がムービーの中のキャラクターみたいに分かる。
ふと、よこが気になって見てみた。みんな、スクリーンをじっと見てて(ヤスイチさんは起きてるのかねてるのか分かんない)、ちっとも動かない。ボクのとなりにいるこなたさんも、いよさんのアナウンスを聞きながらすっかりムービーに夢中だ。
「・・・!」
ボクは気付いた。気付いてしまった。こなたさんがボクのシートのよこのアームレストに手をおいてることに。この状況に。
二人でならんでムービーを見てる。もしこのこなたさんの手に、ボクが手をかさねれば、手をつないでることになる。手をつないでムービーをみるなんて、それはもうどこからどう見てもカップルじゃないか。あっ、でもどうだろう。ここでボクが手をつなごうとしたら、こなたさんがムービーに入り込んでるのにジャマになっちゃうかな。それともいきなりでびっくりするかな。もしかしたらジャマしたと思われてイヤがられるかな。だけどこんなチャンスなかなかないぞ!手はいつもつないでるのに、ここでの手はいつもと全然意味がちがう!きっとそうだ!
「う〜ん・・・うぅん、くっ・・・」
「お七は悩みます。若し家の八百屋がもう一度火事になれば、また焼け出されて庄之介に会えるんじゃあなかろうか。然しそれはつまりお父とお母の暮らしを犠牲にすることでもあります。募る想いは高く重く、お父とお母に迷惑をかけてしまうことを考えると、お七はどちらとも決めかね悩みに悩みます」
「くぬぬ・・・」
「スニフ?やっぱトイレ行くか?」
「ちがいますよ!ワタルさんはムービーみててください!」
「???」
うんうんとうなってたら、ワタルさんにかんちがいされた。だけどワタルさんに話すわけにもいかないから、ついロウリーに言ってしまった。
そんなことより、ボクのこの手をこなたさんの手にかさねるべきかどうか・・・もうムービーとかどうでもいい。どっちにしたらいいんだろう。おくべきか、おかないべきか・・・うぬぬぬぬ・・・!
「あ、たまちゃんおかえり♡」
「何やってんのアンタ」
「準備運動だよ♫一緒にやる?」
ホテルにちょっと忘れ物をして取りに行って帰ってくると、楽屋で虚戈がへんちくりんな格好をしてた。準備運動って、それどこのストレッチなのよ。っていうか人の体ってそんなに曲がるの?
「やらないわよ。それより、帰ってきた?」
「だれがー?」
「城之内よ!あいつがいないと音楽かかんないし、リハもできないじゃん!人に偉そうなこと言っといて、本番直前にどこほっつき歩いてんのよあいつ!」
「ホテルで寝てたりしない?」
「忘れ物とってくるついでに部屋行ってみたわよ、そこもいないの。っていうか寝ないようにやってることでしょ」
ずっと楽屋にいた虚戈が知らないってことは、やっぱり戻って来てないんだ。なんなのよもう。またどっかで女のケツ追いかけ回してんのかしら。でもミュージアムエリアにいる女子はたまちゃんたちかキネマ館にいるから、あとは荒川だけ。あんなもん城之内が相手にするわけないし、ホントどこで何やってんだろ。
「そんなに気になるんなら、探しにいったらいいじゃん?」
「なんでわざわざたまちゃんがそんなことしなきゃいけないの。あいつが早く戻ってくればいいのに」
「でもそれじゃあいつまで経っても同じだよー♠まいむも一緒に行ってあげるから、探しに行こうよ☆」
「なんでそんなに外に出たいの」
「こんな夜中に出歩くなんて悪い子みたいでワクワクするでしょ♢」
「悪い子みたいって・・・」
あんたは良い悪いじゃない別の枠組みにいるような気がするけど、敢えてそれは言わないでおいた。でも実際、楽屋にずっといたって暇だし、ステージ前にはちょっと運動もしときたいから、外に出るのは構わない。だから虚戈と一緒に外に出た。
「どこ行こっか?」
「城之内が行きそうなところ。ホテルエリアにはいなかったから、アクティブエリアかギャンブルエリアかな?」
「ちっちっちー♫たまちゃん、そんなやり方じゃこの広いモノクマランドで人捜しなんてできないよ♡仕方ないなー♫まいむお姉さんが教えてあげましょう☆」
「腹立つ」
こいつにだけは姉面されたくない。たまちゃんよりよっぽど子供っぽいし背だってたまちゃんより低いくせに。でも確かに、無闇に探し回って簡単に見つかるようなら苦労はしない。上手い人捜しの方法なんてあるの?
「広い広いモノクマランドの移動にはモノヴィークルが欠かせませんね♡そのモノヴィークルは建物に入るときに外に停めておかなきゃいけません♫だから、モノヴィークルのあるところに誰かがいるって分かるんだよ♫」
「はあ〜、なるほど」
案外まともな内容だったし筋も通ってる。確かにね。今だってたまちゃんと虚戈のモノヴィークルが演芸場の横に停めてある。ということは、モノヴィークルを探せばいいってことか。何も停まってない建物には誰もいないことが分かれば、目印になる。
取りあえずモノモノウォッチで、モノクマランドの地図を確認した。
「探すなら、スピリチュアルエリアからアクティブエリアを通ってギャンブルエリアに行った方がいいね」
「ホントにそこにダイスケがいるならねー♫」
もしかしたらギャンブルエリアより先のゴージャスエリアにいるかも知れない。本番前だってのにそんなモノクマランドの反対側まで行ってたらマジであり得ない。あり得ないけどあり得そうだから余計にムカつく。なんでたまちゃんがわざわざあんなヤツのためにこんなことしなくちゃいけないのよ。
「モノヴィークルでゴー♡」
「なんでたまちゃんのに乗ってんのよ!」
「二人乗り☆しよーよ♫」
「・・・はあ」
「んじゃーまずはスピリチュアルエリアだね♡」
城之内はいないし虚戈は意味分かんないし。なんで企画者と一番ノリノリだったヤツらの世話をたまちゃんがみてやってんのよ!ホント、終わったらケーキくらい奢らせてやる。
たまちゃんがモノモノウォッチを認証させてモノヴィークルを動かすと、虚戈が手を腰に回してしがみついてきた。そんなスピード出てないっての。夜中のモノクマランドは、テーマパークエリアやギャンブルエリアみたいな煌びやかなエリアは明るいけど、ミュージアムエリアやアクティブエリアなんかは静かで暗い。中でもスピリチュアルエリアは鬱蒼としててなんか怖い雰囲気だ。
「なにこのエリア、キモい」
「たまちゃん怖いの〜?」
「ちょっと怖いけどあんたしかいないのに怖がるだけ意味無いでしょ」
「まいむじゃなかったら怖がるの?」
「城之内とか納見とか、甘えたら簡単に財布開けそうなヤツがいたらね」
「ふーん♠」
ヘッドライトがほんの少し先の道を照らす。エリア毎にテーマに合わせて道の感じも違って、スピリチュアルエリアは舗装も整備もされてない道だった。山奥とか森の中みたいな感じがして、周りの雑木林からの生温い風も相まって薄気味悪い。粘っこい空気が体にまとわりつくみたい。ほんの少し先に誰かがいても気付けないくらいの黒い不安の中を、心許ない灯りだけで進んでいく。早くこのエリアを抜けたいのに、道が曲がりくねってるせいかいつまで経っても抜けられない。
おかしい。いくらなんでもこんなに長いはずない。地図の上ではこのエリアは小さい方だった。もうじき抜けたっていいはずだ。それなのに景色はいつまでも暗いままで、同じ所をぐるぐる回ってるような気がしてきた・・・。
「停めて!!」
「きゃあああああああっ!!?」
雪だるま式に大きくなる恐怖心を知ってか知らずか、耳元で爆発した虚戈の叫びに体が強張った。急ブレーキをかけてただでさえ運転しづらい悪路をモノヴィークルが滑る。辛うじてバランスを保って転ばずに停められた。
「・・・」
「っきゃはは♡なに今の!すごいガタガタ揺れてズザーって滑ったよ♫たーのしー♡」
「アンタが大声出すからでしょ!!ふざけんなホント!!」
「えへへ♡ごめんごめん♢」
「で、何!!」
「ちょっと待っててね♡」
「え?ちょ、ちょっとあんたどこ行くのよ!」
誰のせいで急ブレーキかけたと思ってんだこのバカ!しかも何の脈絡もなくいきなりモノヴィークル降りて行くし!なんなのマジで!
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!こんな所で一人にしないでよ!」
呼びかけても虚戈はお構いなしに闇の中に軽やかに消えていく。なんでこんな自分のつま先も見えないくらいの暗闇の中を、躊躇なくどんどん進んで行けんのよ。どういう神経してんだか。かといって一人で真っ暗闇の中で待ってるのなんて絶対イヤだから、慌ててモノヴィークルを停めて後を追おうとした。
「もうここでいいや」
「ダメーーーーーーッ!!!」
「きゃあああああああっ!!?」
モノヴィークルを路駐しようとしたら、藪の中からモノクマが大声を張り上げながら飛び出してきた。そのせいでこんどはモノヴィークルごと後ろにひっくり返りそうになって、バランスを崩して尻餅をついた。なんなのもうマジで!!いい加減にして!!
「こらこら野干玉さん。こんなところに路上駐車はダメだよ。規則にもあるでしょ。モノクマランドの美観を損なう行為を禁止しますって。危うく規則違反で皆桐君みたいになるところでしたね」
「注意するなら普通に注意しろ!!いきなり出てきたらびっくりするだろ!!あと野干玉って呼ぶな!!」
「腰抜かした割に注文が多いなあ。熊猫軒でも開いてウェイトレスにならないかい?」
「意味分かんないし!っていうか、アンタのせいで虚戈見失ったじゃん!こんなところで一人きりじゃん!どうしてくれんのよ!」
「それはボクに言われても知らないよ・・・。虚戈さんは林の中から入って行っちゃったけど、あっちに門があるから、モノヴィークルはそこに停めておくれよ」
「門?なに?なんか建物があるの?」
「それは行ってのお・た・の・し・み♫お楽しみ♫うぷぷぷぷ」
古くさいモノマネするなムカつく。でも虚戈がいなくなっちゃった以上、モノクマに従う以外に宛てはないし、ここでモノクマがウソを吐く意味も分かんないし、取りあえず言われた通りに行ってみた。林の向こうにあった建物はどうやらお寺らしくて、駐車場の横の門は木でできてた。
でもそれより気になったのは、その駐車場に既に一台、モノヴィークルが停めてあったことだ。こんな、誰もいないような場所に、一台だけ。人目を避けるようにぽつんと佇んでた。
「・・・?」
なんとなく気持ち悪さを感じながら、その横にモノヴィークルを停めて、門をくぐった。生暖かかった空気が少し冷えて、汗ばんだ服と肌の隙間に流れ込んで気持ちよかった。石畳の小道が本堂に続いて、その脇には名前のない墓石が並んでた。本来そこにあるべきものがない、それだけで不気味さを感じずにはいられない、イヤな空間だった。
「あっ!たまちゃんだ♫おーい!こっちこっち♡」
おそるおそる辺りを伺う私を見つけたらしい声が聞こえてきた。お堂の裏手から、暗い境内の中で場違いなほど目立つ白のステージ衣装が手を振ってた。なぜか私を呼んでる。のっぺらぼうみたいな墓石の群れの間を通って、虚戈が呼ぶままお堂の裏へ回り込む。
「ふふーん♡まいむの勘、冴えてるでしょっ☆」
「はあ?なに言って・・・
は?」
お堂の裏に見えてきたのは、いくつかの境内社の祠と、大晦日にテレビで見るような大きな鐘楼だった。鈍い鉄色の釣鐘がぶら下がってる。いや、ぶら下がってるのは、釣鐘だけじゃなかった。
釣鐘と、それを撞く撞木。その間に立ち塞がるように、或いは挟まれるように、ちょうど城之内の頭がそこにあった。けどそれは、もう頭と呼んでいいか分からないくらいに潰れ、崩れ、壊れていた。暗く彩度の低い景色の中に、紅い華が咲き乱れたように鮮烈な血色が飛び散ってる。完全に脱力した体は、麻縄で梁に結びつけられた両手首で引かれてゆっくり揺れていた。誰がどう見ても、何度目を擦っても、自分の目を疑い尽くしても覆らない目の前の現実に、私は言葉さえ忘れた。
『ピンポンパンポ〜〜〜ン♫死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を行います!』
「ダイスケ、いたよ♡」
コロシアイ・エンターテインメント
生き残り:13人
ホントは非日常編として書くつもりだったんですが、書け高あり過ぎました。
次はちゃんと捜査させまスいません。