ビンが割れた。透明な粘液がどろりと床に漏れ出す。シーツが皺だらけで部屋の隅にうずくまった。私はただ、怯えて背中を壁に密着させることしかできなかった。何が起きたのか理解するのに数秒かかったのに、何が起こるのか理解するのには時間さえ感じなかった。
「なんだよその態度は?分かってるだろ?」
古いレコーダーのように雑音が混じる声から、その奥に渦巻くものをはっきりと感じ取れた。とても雄々しくて、歪で、得体の知れない怖い欲望。それが人の形を成して迫ってくる。
「や・・・やめてください・・・!ひ、人を、呼びますよ・・・!」
「なんでだよォ?お嬢ちゃん、いつも気持ちよくしてくれるじゃねェか。それと変わんねェよ。それにこの仕事してるってことは覚悟の上だろォ?」
「やめてください!来ないで!」
「なんだと!!」
私の口が勝手に彼を拒絶した。台本があるように、ビデオを再生するように、運命付けられていたように、私の意識だけを置き去りに全てが進んでいく。決められた役割を演じる。私は手首を掴まれ、頬に手を添えられた。為す術無く、されるがままの無力な少女の役割を演じさせられている。
「いいのかァ?俺があることないこと言いふらせば、お嬢ちゃん、もうここじゃ働けなくなるんだぞ?それだけじゃねェ。学校にも連絡が行くだろうなァ。親にもなァ。たとえ俺の言うことが嘘だとバレても、噂は残る。些細な噂はあっという間に
「ううっ・・・!!」
「これから一生、俺の嘘を背負って生きていくか。それともいまちょっと人生経験積んで小遣い稼ぎするか。どっちが得かなんて迷うべくもねェだろ?」
目の前のものに、私は嫌悪感を隠すことはしなかった。言葉が、視線が、論理が、選択が、思考が、欲望が、
怖い。気持ち悪い。汚い。嫌い・・・嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌いッ!!!私の中で嫌悪が不快を上回ったとき、ようやく私は言葉を吐き出せた。
「・・・!!だっ、だれか・・・ぅ!!」
だけどその言葉さえいとも簡単に奪われた。あまりに唐突に寄せられた唇によって。唇から伝わる気持ちの悪い熱と湿りが頭の中を真っ白に塗り潰す。抗おうとする思考さえ鼻の奥を鈍くつねられるような異臭で掻き消される。高ぶった不快感すらも一瞬意識の外に追いやられた。だけどそれは再び、今度は具体的な形を伴ってこみ上げた。
「ッ!!うっ・・・!!おお゛ッ!!ぅぐえぁあああッ!!ェ゛ェ゛ッ!!」
「おいおい・・・いくらなんでも吐くとか、そりゃあねェんじゃねェの?失礼だろうがよォ!!」
「っあ゛あぁ!!」
覆い被さるそれから逃げるように、私はその場に頽れた。自分が汚物を撒き散らしていることに気付くより前に、乱暴に髪の毛を掴まれた痛みでまた頭の中が掻き乱される。痛みと気持ち悪さであらゆる感覚が鈍くなる。痛覚も嗅覚も聴覚も視覚も・・・なにもかもが蒙昧としてきて、世界がおぼろげに融けていく──。
「──ッ!」
意識を取り戻した私は、自分がベッドの上に横たわっていることに一瞬身を強張らせた。だけどすぐに、さっきまでのことが夢だったことに気付いた。いやな夢。まるで実際に体験したかのような熱の残滓を唇に感じる。いいえ、ようなじゃなくて・・・あれは・・・。
朝ご飯を食べる前に、モノクマのアナウンスがモノクマランド中に響き渡って、エントランスの広場に私たちは集められた。まだ眠そうに目を擦ったり、寝癖がそのままになってる人もいる。だけど遅れた人はいなかった。みんな、きっと満足に眠れなかったんだと思う。私もそうだから。
「こんな朝早くになんだってんだよ!火ぃ止めたら味噌汁が冷めんだろうが!」
「いよっ!今日の朝餉は和食ですか!」
「呑気なことを言っている場合ではないぞ。ヤツが私たちを集めて、ろくな話だった試しがない」
「・・・緊張でどうにかなりそうだ」
みんなが不安そうに、私たちを呼び出したモノクマを待っていた。本当はあんなのと会いたくなんてないけど、帰ることもできない。早く、そしてなるべく何事もなく、今日という日が終わればいいのに。だけどそんな淡い期待を打ち破るようにあいつは現れた。
「モノクマだよーーーっ!!」
「・・・」
勢いよく飛び出してきてその場で小躍りするモノクマに、誰も何も返さない。
「なんだよオマエラ。ノリが悪いなあ。せめて何か一言リアクションでもくれないと、テンション上げて出てきたボクがスベったみたいじゃない」
「スベってるよね♡」
「ところで最近暖かくなってきたね。オマエラちゃんと寝てる?春眠暁を覚えずと言うけれど、暁頃なんて冬でも寝てるってんだよね。まあボクはクマだから冬の間はずっと寝てるんだけどね。そこへいくとオマエラはそんなにクマができるくらい早起きをしてるみたいだけど、ボクはオマエラが体調を崩さないか心配なのです」
「くだらん。用件はなんだ。新しい動機でも配るのならさっさとしろ」
「またアンタはそんなこと言って。ホントにどうなっても知らないから」
「貴様に俺様の動向をどうこう言われる筋合いはないな、ヌバタマ」
「その名前で呼ぶなっつってんだろ白髪!」
「あのさあ。オマエラ個性があるのはいいんだけど、すぐボクのこと無視するクセやめない?」
みんなが呑気なのか、私が心配しすぎなのか、モノクマが可哀想になるくらいみんなとモノクマの温度差がひどい。きっとこれから言われることはろくでもないことだし、私たちのこんな和やかな空気を壊すようなことだ。それを防ごうとしてるのか、みんなやけに饒舌だ。
「まったくさ。なんだかお悩みな様子のオマエラに解決策を提示してやろうと思ったのに」
「悩みの原因はお前なんだよ」
「またすぐそうやって人に責任をなすりつけるんだから。ボクがオマエラに何をしたっていうのさ?オマエラはいつも自分勝手に生きて、自分勝手に殺し合って、自分勝手に絶望していくんだよ。ボクが望もうと望むまいとね」
「意味わかんねーこと言ってんじゃねえぞ!いいからさっさと用件言え!」
「だから、オマエラに良い話を持ってきたんだって。最近オマエラ、満足に熟睡できてないでしょ?」
「・・・いよ?や、矢張りあれはお前の仕業ですか!あの悪夢は!!」
相模さんの口走った悪夢っていう言葉に、その場にいた私たち全員の顔色が変わった。ここ数日、まるでタイムスリップしたみたいに、見たくもない昔のことを見せられる。追体験させられる。思い出させられる。うなされたり、夜中に目を覚ましたり、寝汗をぐっしょりかいたり。寝るが邪魔されるのもいやだけど、それ以上にあまりにリアルな夢の内容に、安心できるはずのベッドの中でも、不快感と不安感に苛まれる。
「いやだなあ。前にも言ったけど、ボクに夢の内容を完全に操るなんてことできるわけないでしょ?」
「
「オマエみたいに勘のいいガキは嫌いだよ!ああそうだよ!オマエラが数日前から悩まされてる、人生最大の悪夢シリーズ!それが今回オマエラに課す動機だよ!」
「動機・・・またそれか」
「くだらん。悪夢だと?貴様がある程度夢を操れるとはいえ、そんな不確かなものに左右されるような愚かしい心は持ち合わせていない」
「うぷぷ♫不確かだなんて、そんなこと言えるのかな?オマエラ、この数日、オマエラ悪夢を見なかった日なんてあった?どの日ももれなく悪夢を見てたんじゃないの?」
「・・・完璧ではない。だがかなりの程度を操れるということか」
「昼は自分が殺されるかも知れない緊張感と恐怖、そして夜はベッドの中で金縛りに遭うよりも厄介な悪夢。うぷぷ♫こんなことをして、オマエラの神経はどこまですり切れるんだろうね?いつまで正気を保っていられるんだろうね?」
にやりとモノクマが笑った。私には、その動機の重みがすぐにはよく分からなかった。だけど周りのみんなの顔色が徐々に青くなっていくことや、これからは夜の安らぎの時間さえ、私たちには許されなくなるんだっていう理解が、ゆっくりゆっくりと、心臓を真綿で締め付けられるような速度で絶望感が襲ってきた。
「もしオマエラがコロシアイをしてくれるんだったら、ボクがオマエラの安眠を保証してあげてもいいけどね。それまではいつまでもいつまでも、い〜〜〜つまでもオマエラは毎晩悪夢に魘されることになるだろうね。うぷぷぷぷ♫」
「次は直接精神的に攻めてくるか。フン、面白い。どれほど効果的か見せてもらおう」
「それじゃあね〜。グッナ〜イ」
静かな絶望感にまとわりつかれた私たちを置いて、モノクマは去って行った。いつだってモノクマは私たちの心を掻き乱しては、整理が付く前にいなくなる。やっと整理が付いたと思ったら、また掻き乱しに来る。安らぐことを許さずに絶えず私たちを絶望に陥れようとする。
「・・・ウソよね?夢を操るなんて・・・そ、そんなこと、できるわけないわよね?」
「あ、当たり前じゃん!そんな魔法みたいなこと、いくらなんでもできるわけない!そう言ってたまちゃんたちのことを騙してるだけだよ!」
「いや、強ちウソとも言い切れないぞ。夢を見る原理や詳しい部分は未解明のことも多い。脳に強烈に印象に残れば夢に見たり、特殊な脳波や電磁波、あるいは外部刺激によって、多少なりともその内容に影響を与えることは可能かも知れない」
「そうなのか・・・?だが、もし本当に俺たちに悪夢を見せるよう仕向けているとしても・・・」
「止めよう。そんなことを考えてても仕方ない。どうせこの動機で俺たちが動かなくても、あいつは他のやり方で俺たちを追い詰めにくる。大事なのは・・・」
そこで雷堂君は、一旦言葉を切った。私たちの顔を見て、なぜかバツが悪そうに目線を逸らせてからまた話し出す。
「お互いを裏切らない。信じることだ」
「ふっふーん♫」
「なんで虚戈氏は嬉しそうなのかなあ?」
「なーんでもない♡っていうかマイムは夢と現実の区別くらいつくからね☆夢を見たくなければ寝なければいいだけだよ♫」
「徹夜か。二徹が限界だな」
「て、徹夜なんてダメよ!ちゃんと寝て身体を休めないと、あっという間に身体を壊しちゃうわ!」
「寝れば悪夢。寝ないというのも長くは続かん。逃れ得ない苦痛を、安息すべき睡眠に付随させるとは。えげつない手段をとるものだ」
「くくく・・・」
「ハイドさん、なんでわらってますか?」
「貴様らも薄々勘付いているのだろう?ヤツの言う悪夢は、日を重ねるごとに深刻化している。このままコロシアイが起きなければますますエスカレートしていく。コロシアイより先に廃人になるヤツが出てくるかも知れんな。実に面白そうではないか」
不敵に笑う星砂君が不適な未来を口にする。だけどそれは実際にあり得そうで、雷堂君の言うことが解決策になってないことを私たちに思い知らせる。安らかに眠りたいなら、誰かが誰かを殺すしかない。殺さずに耐え続けてもこの責め苦に終わりはない。
「おお!そうだ!いいこと思い付いたぜ!こういうのはどうだ?」
誰も何も言い出せない重苦しい沈黙の中、場違いなほど明るい声を上げたのは城之内君だった。私たちの絶望感を分からないはずがないのに、どうしてそんなに晴れやかな顔ができるんだろう。何かを思い付いたみたいだけど、この空気を変えることなんてできるのかな。
「夢ってのは要するに、その日1日の記憶の整理だろ?なあ荒川?」
「私も専門ではないが、一般的にはそう言われているな。特に強烈な印象を受けた記憶は夢に見やすいと言われている」
「モノクマだって完璧に夢を操るなんてのはできねえんだろ?だったら、あいつが何かしてきても悪夢なんて見ねえように、とびっきりのビッグイベントを起きてる間にしちまおうってことよ!フィーバーしてハッスルしてエクスタシーぶっちぎったら、悪夢なんて見てる余裕なくなんだろ!」
「ふぃいばあ?はっする?えくすたし?」
「超盛り上がって超楽しいことすりゃイイ夢見られるだろってことよ!」
「いよーっ!成る程!其れは素晴らしい御考えで!」
「そんなイージーなことじゃないとおもいますけど。でもオールナイトでパーティするのは楽しそうです!夜おきててもいいんですよね?」
「おうよ!夜更かししたっていいんだぜ!ライジングサン拝めんだぜ?楽しそうだろ?」
「Wonderful!!」
「盛り上がるのはいいんだけど、それってその場しのぎの解決にしかならないじゃん。あんたら、状況分かってんの?」
「そうつれねえこと言うなって野干玉よお!お前だってステージに立つ側だろ?オレが回してやっから一曲歌ってくれよ!」
「わーい楽しそーう♡マイムもやりたーい♫」
城之内君のアイデアに、相模さん、スニフ君、虚戈さんが賛成して、たまちゃんも誘われてなんとなくチームに入った。徹夜でパーティをしたとしても、それで凌げるような動機じゃないのは分かってる。だけど今のこの空気を変えるには、たとえ気休めでも何か動かないとダメなんだって、城之内君はそう言いたいんだと思う。
「やるだけやって、ダメだったらその時考えようぜ。止まって事態が好転するなんてあり得ねえんだからよ」
なんか言いくるめられたような気がするけど、別に嫌ってわけでもないから、取りあえず城之内に従ってミュージアムエリアに来た。打ち合わせをするって言って張り切ってるけど、めんどくさいな。オフィシャルのライブするわけじゃないんだから、適当に持ち歌を歌って踊ってでいいんじゃないの。
「いいか。オレがプロデュースする以上は、半端なことはやらせねえぞ。オレはもちろん野干玉、お前もガチでやってもらうぜ。あと相模も虚戈も」
「はーい♢ひさびさに本気出しちゃうよー♡」
「いよーっ!勿論で御座います!相模家の名に泥を塗る訳にはいきません故!」
「えー。しんどい。たまちゃんは別に練習とかリハとかしなくても自分の持ち歌くらい完璧にできるし?」客だって高校生が10人そこらでしょ?」
「はあ〜っ、これだからお前はアマチュアなんだよ。甘っちょろいアマチュアなんだよ。客が何人だろうが場所がどこだろうがセトリがなんだろうが、構成も演出もステージもリハからマジにやってこそプロだろ?ま、場末のパブかなんかだったらそれでも通用するだろうけどな」
「はあ!?誰が場末のパブ止まりなのよ!万超えのハコでやったことだってあるっつうの!シングルチャートトップ獲ったことあるっつうの!」
「いよぉ・・・いよには何の話なのか全然ちいともさっぱりです。ですがたまちゃんさん、幾らご自分の持ち歌とは言え確り場当たりをしておくべきかと。山師は山で果てるという言葉も在ります故」
「さんしは12だよー?」
分かんないなら黙ってればいいのに。っていうか、城之内はなんでそんなにあたしに突っかかってくんのよ。あたしがただラッキーでここまで来たわけじゃないって分かってるくせに。あたしがどんだけ今の地位に必死にしがみついてるか分かってるくせに。バカにして。
「っていうか虚戈はともかく相模はなんでここにいんのよ。あんたはステージに立つような芸ないでしょ」
「何を仰いますか!いよを虚仮にされるのは耐え易くも、弁士を虚仮にされるのは耐え難き侮辱でありますなあ!活動弁士こそ、旧きより舞台で人々に物語を語り聞かせ魅せてきた職業でありますぞ!」
「いよーっ!かっこいい♡いっぱいしゃべるいよが好きー♡何言ってるか全然意味分かんないけど♣」
「時代遅れが何言ってんだか」
「いよーーーっ!!憤慨ッ!!」
「おいおいケンカすんなよ。演芸場で芸すんのはオレと野干玉と虚戈の3人だ。“超高校級のDJ”と“超高校級のハスラー”アイドルのコラボレーションミュージックに、オレのBGMに合わせて“超高校級のクラウン”のマルチパフォーマンスだ。野干玉はオレがミックスした音楽をBGMにビリヤードでトリックショットとか、ダーツでアクロバットシュートとかできんだろ?虚戈は・・・お前はいつも芸やってるようなもんだから心配無用か」
「ちっちっちー♠それはねダイスケ、スニフくんに算数できるのかってきいてるようなものだよ♠もちもちできるに決まってるじゃーん☆」
「当たり前でしょ。あたしだってイカサマだけでのし上がったわけじゃないんだから」
「のし上がったっていうか、蹴落とした?って感じじゃないの♢」
「別に否定しないけど」
「いよ?ではいよは何処で何をすれば宜しいので?」
「相模のホームはこの隣のキネマ館だ。フィルムとかあっただろ」
「成る程!と言う事は、観客の皆様は途中で一度キネマ館に御移動頂くと言う事でしょうか?」
「えー♠そんなん絶対寝ちゃうよ♣まいむだったら耐えられない♠」
「いや、先にキネマ館で相模の語りの映画観て、その後で演芸場だ。虚戈じゃなくても、徹夜明けで映画なんて100%寝るからな」
「そういえば、掟に個室以外で寝るのは禁止ってなかったっけ。もし誰かが寝たらどうすんのよ」
「NO!心配いらねえぜ。掟はこうだ。『就寝はホテルに設けられた個室でのみ可能です。他の部屋での故意の就寝は居眠りとみなし罰します』。キネマ館や演芸場を『部屋』とは呼ばねえだろ?」
「『部屋』っていうか『小屋』だよねー♡」
「・・・はっ!?と言う事は部屋でなければ屋外や他の建物内でも寝る事が可能だったのでしょうか!?是は盲点!」
「モノクマにも確認済みだぜ。まあ部屋ってモンの定義とか小難しいことはすっとばして、少なくともミュージアムエリアにある建物はどれも部屋には当たらねえとよ」
「うわーい♡ダイスケすごーい♢」
遊びに真面目って感じかしら。たかだか気休めのその場しのぎにそこまでするなんて、なんでこいつはそんなに本気になれんだろ。どうせこんなことしたって、明日の夜には我慢できずに個室のベッドで寝ちゃう。そしたらまた悪夢を見る。終わりのない苦しみがやってくる。逃げることにさえなってないこんな足掻きをして意味があんのかな。
「意味はあるぜ、野干玉」
「!」
あたしは何も言ってないのに、城之内はあたしの表情を見ただけで、心の中まで見透かしたように言った。
「心に余裕がなくなっちまったら終わりだ。土壺にハマった人間はもう二度と抜け出せねえ、自力じゃあな。余裕を見失ったヤツは心を溶いて解して和らげてやる、土壺にハマっちまったヤツはぶっこ抜いてやる。遊びにゃきちんと意味がある。無意味に遊んでるヤツなんていないんだぜ」
「・・・御高説ですね」
「そーだよそーだよ♡無意味に遊んでるんじゃないんだよ☆マイムだってきちんと理由があって計算して遊んでるんだよ☆」
「いよっ!?虚戈さんが計算!?真ですか!?」
「う・そ♡」
「いよよよよよよよっ!!?」
「へへへ、まあ計算にしろ何にしろ、意味があるってのは間違いねえな。やけくそでもなんでも、遊ぶことで救われることだってあるんだぜ」
「あんたはただ騒ぎたいだけでしょ」
「まあそれもあるな。けどちゃんとあいつらのこと考えてやってんだぜ?あいつらがきっちり楽しめるんだったらオレは別に裏方でもいい。オレァもともと顔出ししねえ方のDJだしな」
ホント、気に入らないヤツ。遊びに意味があるからなんだっての。あたしは遊ぶ側じゃない、遊ばれる側だ。酒に酔った親父に。バカみたいに騒ぐオタクに。顔も見えない画面の向こう側のファンに。あいつらの遊びのためにあたしは遊んでなんかいられない。それを誇れるようになるには、まだなれない。
「うっし!んじゃあやることも大体決まったな!後はオレと野干玉の細けえ打ち合わせと、相模がしっかりフィルム選んで練習することだな!」
「マイムは?」
「虚戈は後でオレとマンツーマンで練習だ。一番動きが読めねえお前は特に打ち合わせしとかねえと本番でトチる」
「練習なんかしなくてもマイムはダイスケの音楽に合わせてパフォーマンスくらいできるよ?」
「オレがお前のパフォーマンスに合わせる音楽作るんだよ。アドリブでついて行けるような半端な芸してもらっちゃこっちが困る。んじゃ、各自頼むぜ」
「お任せあれ!相模家の名に懸けて、最高の弁を立ててご覧にいれましょう!相模いよ!一世一代の大仕事ですよ!いよーっ!」
「気合い入れすぎでしょ。まあやるけど」
そこまで言うんならちょっとは本気出してあげてもいいかな。別に、城之内に認めさせようとかそういうわけじゃないけど。
夜までまだ時間があって、下越くんは早めの晩ご飯を用意しにキッチンに行った。城之内くんとたまちゃんさんと相模さんはミュージアムエリアにオールナイトの準備をしに行った。それ以外のみんなは、ホテルに戻ったりそれぞれの時間を過ごしてた。私は・・・今こそ、自分にできることをするときなんじゃないかって思った。
「一人でいちゃ・・・暗くなるばっかりだものね」
そう自分に言い訳をするように呟いて、私はある場所に向かった。どこかに私の“才能”を求めてる人が、というかあの人がいるはずだわ。モノヴィークルに目的地を入力して、柔らかい風を受けながら私はホテルからアクティブエリアに向かった。
この前の温泉は極さんこそいなかったけれど、みんなでゆっくりお湯に浸かって話をすることができて、少しはいい効果があったと思う。だから、今度は女子じゃなくて男子のみんなを癒してあげよう。さしあたってまずは、一番体を酷使してると思う、彼から。
「・・・っん!ふぅ・・・っん!ふぅ・・・っん」
「はあ・・・」
がちゃんがちゃんとトレーニング器具が動く音が、地下室へ伸びる階段から響き出てくる。なんとなくこっそり中の様子を覗いてみたら、やっぱり、鉄くんがトレーニングをしていた。いつもの作務衣じゃなくて、トレーニングウェアに着替えて逞しい肉体をさらけ出して、じんわり汗が滲むほど鍛えてた。
「はあぁ・・・!」
真摯な顔で、直向きな姿勢で、頑強な体で、一人トレーニングジムの中で体を鍛える鉄くんは、何とも言えない触れがたさを醸し出してた。この世界を邪魔しちゃいけない。孤高で崇高で至高の景色にさえ見えた。私は、ここに来た目的さえも忘れて、しばらくその光景に見惚れてた。
「・・・ふぅ。すぅぅ・・・ふあっ!」
「あっ。あのっ・・・鉄、くん?」
「ッ!!ま、正地か・・・。びっくりした・・・」
トレーニングが一区切りついたみたいで、鉄くんは器具から手を離して深く呼吸した。そこで私は我に返って、鉄くんに思い切って声をかけた。自分ではそこまで大きな声を出したわけでもなく、極めて遠慮がちに声をかけたつもりだったけど、鉄くんは体に似合わないほどの俊敏さで身を強張らせた。ハムスターみたい。
「な、なんだ?何か、用か?」
「あの・・・もしよかったらなんだけど・・・トレーニングで疲れてるみたいだし、鉄くんいつも力仕事やってくれてるし・・・だから、マッサージでもしてあげようかと思って。迷惑、かしら?」
「マッサージ?いや・・・迷惑だなんてとんでもない。いいのか?以前もやってもらったことがあるが、そんなに俺ばかり」
「必要とする人にやってあげるのがマッサージだもの。今もトレーニングで体が疲れてると思うから、疲労回復のマッサージしてあげるわ」
「そうか・・・なら厚意に甘えることにしよう。頼む」
呼吸に合わせて逞しく蠕動する鉄くんの肉体美に、ちょっと気が緩むと目を奪われてしまいそうになる。按摩として、あくまで按摩としてこの体を癒してあげたいっていう気持ちが胸の奥から体を突き動かして吐息に自然と声を乗せる。
「じゃあ、ここじゃなんだから診療所に移動してちょうだい」
「ちょっと待て。少し汗をかいた」
「あっ。服はそのままでいいわ。汗も拭かないで」
「ん?そ、そうなのか?臭うと思うが」
「いいのよ。慣れてるから」
「・・・ああ、すまない。俺も気遣いができていなかった」
トレーニングで暑くなったのか、鉄くんはトレーニングウェアを脱いで汗を拭こうとした。そんなことしたら台無しじゃない!そのままじゃないと意味ないのに!そう思って咄嗟に止めたら、素直に従ってくれた。なんだかいけないことをしてるような気がするけど、別にいいわよね。悪いことするわけじゃないんだから。
スポーツドリンクをあおりながら診療所に移動した鉄くんに、取りあえずトレーニングウェアをかごに入れてもらって、簡易ベッドの上にシーツを敷いたところにうつ伏せで寝そべってもらった。下のジャージも脱いでパンツ一丁になると、凝り固まった筋肉が照明を受けて黒光りした。
「あっ・・・」
「こ、これでいいのか?正地?・・・大丈夫か?」
「え?あっ、そ、そうね。それでいいわ。じゃあ首筋から順番にやっていくから、じっとしててね」
寝そべる鉄くんの体は、汗を流してむわっとした空気を帯びていた。手を添えるとその生ぬるい温度が手の平を伝わって腕全体に染み入った。しっとりとした表皮と凝った柔堅い体に指が少し沈み込んで、逞しい雄々しい勇ましい筋肉の感触に指先からうっとりする。
「あっ♡」
「ん?」
「んっ・・・!すっごい・・・鉄くん・・・!かたい♡」
「あ、ああ。そうだな」
一撫でしただけで、鉄くんの筋肉を手の平の神経が全力を尽くして感知する。汗の湿り気と照明の明かりが反射して、大きくて無駄のない筋肉が力強さだけじゃなくて美しさまで醸し出す。ぐっと力を込めて揉みしだくと、軽く反発して私の手が鉄くんの背筋に埋まるような気さえしてくる。
いやダメよ。なにを嬌声を漏らしているの私。冷静になって。私は按摩よ。だから鉄くんを癒してあげるの。この固くなった体を、大きく発達した筋肉を・・・筋肉、固くて強くて逞しくて勇ましい、この生身の芸術を・・・堪能しないなんて逆に失礼じゃない!?
「すぅ・・・!はあぁぁ・・・!!汗と筋肉の熱気が混ざったこの匂い・・・♡この弾力♡この形♡この色♡この大きさ♡無駄がなくて実用的でそれでいて極限まで発達して・・・たっまんなァい・・・♡」
「なにかボソボソ言ってないか?正地」
「うぅん、なにも言ってないわ。気にしないで」
「ああ・・・」
い、いけないわ私としたことが。言葉に出てた。でもこんなの仕方ないじゃない。こんなに発達してるのに洗練された筋肉を見て、しかもそれが特別なトレーニングをしてるわけじゃなくて普通のトレーニングマシーンでここまでになったって考えたら、もっと徹底的に筋肉を育て始めたらどうなるのかしら♡想像しただけで・・・体がゾクゾクしてきてアツくなっちゃう♡んもぅ、たまんないッ!!
「あぁこの筋肉ッ!たまんないこの筋肉ッ!固くて強くて逞しくて・・・♡鉄くん、最ッ高だわぁん・・・!!」
「お、おう・・・?」
「もう無理!好き!尊い!ああやっぱり筋肉って最高ッ!うぅあんもう!愛でたい!撫でて触って嗅いで揉んで舐めて埋まって抱いて噛んで見つめて吸って擦って挿れて弄って五感の全てで感じ尽くしたい!!もうどうしようこの筋肉を好きにしていいなんて、私どうしたらいいのかしら!」
「正地?」
「はじめて見た時からずっとこの時を待ってたのよ!皆桐くんの細くて引き締まった筋肉もよかったし、極さんの女の子特有の淑やかな強さのある筋肉も愛おしかった!虚戈さんの隠れたインナーマッスルや下越くんのささやかながらも実用的な筋肉もすごく魅力的だったけど・・・やっぱり筋肉は大きさ!固さ!弾力なのね!鉄くんはその全てを網羅して有り余る逸材だわ!この筋肉と一つになりたい!!いや!一緒になったら感じ尽くせない!一つになるほど密着したい!」
「正地・・・ギリギリ聞こえない音量で何か言いながらマッサージするのはやめてくれないか?不安になってくるんだが・・・」
「あっ・・・ご、ごめんなさい。鉄くん、いい体してるからつい・・・」
「ああ。鍛冶をしていたら自然とな。工房に籠もりきりになっていてもいけないから、トレーニングは家の手伝いを始めた頃から続けている」
「そうなのね。んっ♡すごくかたいけど・・・すごく繊細な仕事をしてるって分かるわ。さすが、ジュエリーデザイナーね」
「・・・まあ、大きくは違わんだろう」
しばらく至高の筋肉を堪能したあと、真面目にマッサージをはじめて鉄くんの体をほぐしていく。大きくて逞しい筋肉ながら、細やかな指使いと長時間の緊張をするための発達した繊細さに息を呑む。鍛冶をしてるから肌も焼けて、実践の中で鍛えられたおかげで無駄のない洗練された仕上がりになってる。
「前に言ってたわよね。本当は鍛冶職人として希望ヶ峰学園に来たかったって。だけどお姉さんのお仕事を手伝ってた方が評価されちゃったって」
「・・・そうだな。今にして思えば、我ながら子供じみた意地を張ったものだ」
「意地?」
「これも前に言ったと思うが、父と鍛冶職に対する考え方を違えて、まあケンカした。反抗期というヤツだ」
「反抗期を振り返る年齢じゃないと思うわよ。立派ね」
「それで己の道を見失ってしまった。やはり父は偉大だ。俺は後背を拝むことしかできなかった父を、容易に越えられると過信していた。今でもまだ鍛冶の道には戻れず姉の手伝いばかりだ」
「お姉さんは何のお仕事をしてるの?」
「商売をな。俺はその製品造りを手伝っていた」
「ジュエリーデザイナーっていうことは、ジュエリーショップかしら?鉄くんはあんまり喜ばないかも知れないけれど、鉄くんのその“才能”のおかげでたくさんの女の人がキレイになれるんだったら、それってとってもステキなことなんじゃないかしら」
「・・・俺の主義とは違うからな」
なんだか鉄くんは悲しそうだった。親とケンカするなんて高校生なら当たり前のことだわ。私だってお母さんと言い合いになったり、お父さんに反抗したりだってするもの。だけどそれが原因で家業を継がせてもらえなくなったり、思わぬ“才能”を開花させたり、結果的に希望ヶ峰学園に入ったり、何が起きるか分からないものね。
「姉は金儲けが好きなんだ。俺は金より、俺の工芸を見て欲しい。飾るのではなく、素材そのものが持つ光沢や紋様を見て欲しい。飾りっ気のある女は苦手だ。姉のようで、頭が上がらない」
「そうなの?だけど、鉄くんの“才能”を見出したのはお姉さんじゃない。そういう意味ではお姉さんに感謝も・・・」
「感謝など・・・迷惑こそすれ、感謝など断じてしない」
寝そべったままそう言い切った鉄くんからは、明確に強い敵意を感じた。私が勝手にそう感じてるだけかも知れないけど、およそ家族に向ける感情じゃなかった。それでも嫌悪を感じないのは、やっぱりお姉さんだからかしら。
「俺はあんな姉と関わるべきではなかった。鍛冶に徹するべきだった。もうこの手も穢れて久しい。清廉潔白なる刀は・・・もう打てなく」
それ以上続けるより先に、私は鉄くんの右手を握っていた。なんでそうしたのか分からない。大きくて分厚い手はやっぱり黒く焼けてて、固い感触がするのにどこか脆そうな印象を受けた。少し優しく撫でただけで、何かが剥がれ落ちていきそうな、そんな儚さ。
「大丈夫よ」
何の根拠もない、気休めにすらなっていない浅はかな言葉。だけどそう言うしかないように思えた。そう言ってあげないと、目の前で気持ちを病んでる人を助けてあげないと、私が私でなくなるような、そんな自分勝手な想い。だけどその手から、力がすうっと抜けていく感じが伝わった。
「鉄くんのやりたいことが何かは、みんなよく分かってる。誰よりも鉄くん自身が分かってるはずよ。こんなに大きくて強い手があるんだから、なんだってできるわ。だから自分を卑下しないで」
「・・・!!ま、まさ・・・じ・・・?」
「やりたくないことをしなくちゃいけないこともあるわ。でも、だから我慢しろなんて言わない。鉄くんの“才能”はそのやりたくないことなんだから。今すぐには無理でも、いつか自分の“才能”を好きになってあげて」
希望ヶ峰学園では珍しくもない、自分の本当にやりたいことと自分の“才能”が噛み合わない人。もしくは“才能”っていう名前に負けて自分のやりたいことが分からなくなった人。だけど本当に嫌なことで“才能”を発揮する人なんていない。少しは気持ちがあるから、“超高校級”って呼ばれるまでその“才能”を磨くことができたはずだから。
鉄くんだって一緒。本当はジュエリーデザイナーなんて仕事はしたくないんだと思う。アクセサリー作りよりも刀を打ったり工芸をしたいんだと思う。でも、鍛冶をしたいと思っても、ジュエリーデザインを嫌いにまでなる必要はないはず。
「・・・」
「・・・」
いつの間にかマッサージもしないで、私は鉄くんの手を握り続けてた。鉄くんは何が何だか分からないっていう表情で手を握る私を見て、汗が徐々にひいて日焼けした肌も乾燥してきた。半裸の鉄くんと、手を握る私。だんだん冷静になってきて、今のこの状況のおかしさを自覚してきた。この状況で、今誰かが入ってきたりでもしたら──。
「よーう正地!おっ!鉄も一緒か!お前らこんなところで何してんだ?」
「おおおっ!!くっ!鉄くん!!手の疲れは取れたかしら!?」
「へっ?あっ、ぐぉっ!!ま、正地強い!いたたたたたたっ!!?」
「なんだなんだ?マッサージか。痛えってことはきいてるってことなんだぜ鉄」
「しっ!下越・・・!!なんというタイミングでお前・・・!!」
「あ、あーら下越くん!いつの間に入ってきてたのかしら全然気付かなかったわねえ鉄くん!」
「ぐああああああっ!!?いだだだだだだだッ!!?」
急に下越くんが診療所に入ってきたから、慌てて鉄くんに馬乗りになってマッサージを再開した。焦りながらも頭のどこかは冷静で、さっきまで自分がしていたことを反芻して顔を熱くする。ただでさえこんな目立たない場所でほとんど裸の鉄くんと一緒にいるところを目撃されて、変な風に捉えられないか心配だっていうのに。
「いやー、こんなところで何してるかと思ったら、マッサージか。ご苦労なこったな」
「そうなのよ!鉄くんがトレーニングで疲れたと思ったから!ね、鉄くん!」
「お、落ち着け正地・・・!」
「それよかよ、お前ら今晩の飯なにがいい?夜通しどんちゃん騒ぎするなら、食堂にフィンガーフードを大量に用意して勝手に持ってくスタイルにしようと思ってよ。せっかくだから意見集めてんだ」
「フィンガーフード?なんだそれは?」
「たとえば、クラッカーにチェダーチーズとオリーブにエビ乗せたり、小さいパイ生地に挽肉甘辛く炒めたヤツとオニオンフライ乗せたりな。一口で食えるし専用の器具があればあちこち持っていける」
「それいいわね。そうね。私は甘いヤツがいいわ。コーヒー豆をチョコでコーティングしたお菓子があるじゃない?あれを使えないかしら」
「俺は味の淡泊なものがいい。クラッカーなら塩気がちょうど良さそうだ」
「ふむふむ。なるほどな。よし分かった。後は星砂と研前と荒川だな」
「10人以上の注文をメモも取らずに記憶しているのか?」
「だいたいイメージができりゃあそれ作ればいいんだろ。お前らのもしっかり頭に叩き込んだからもう大丈夫だ」
「ホント、食べ物のこととなると下越くんってすごいわよね。どうして食べ物以外のことになると途端に人が変わるのかしら」
「そんなホメんじゃねえよ!」
「ホメてないと思うぞ」
そんな気持ちの良い笑顔を見せて、下越くんは腕まくりして今晩のメニューを考え始めた。一つにまとめた後ろの髪を尻尾みたいに振って、尻尾が一つ振れる度に頭の中で料理の手順を作り上げていくのが手に取るように分かる。ところで、なんで下越くんはこんなところに来たのかしら。
「そういえば下越くん。なんで私たちがここにいるって分かったの?こんなアクティブエリアの端っこ、知らないと見つかりっこないと思うわよ?」
「なんだ、知らねえのか?じゃあ教えてやんよ!お前ら二人ともモノヴィークル使って来ただろ?表に停めてあったぜ」
「ああ。そうだな」
「施設にモノヴィークル停めがあるから、画面を見りゃあ誰が来てるか分かるし、人探すときもモノヴィークル探せば早いぜ。どうだ!」
「なるほど」
簡単に納得した鉄くんと、えへんと胸を張る下越くんがなんだか可笑しくて、私は鉄くんに跨がったままくすくす笑った。かっかと大きく笑う下越くんが肘にも届かない半袖のTシャツをまくったときに、柔らかそうな色の肌に筋が浮かんで、うっすらインナーマッスルが覗いたのを私は見逃さなかった。
隆々とした鉄くんの筋肉が荘厳な芸術なら、下越くんの静かにちらつく筋肉は淑やかな庭園のような、そんなわびさびさえ感じさせるそこはかとない色気に、背筋をなぞられたような情動を感じた。
「し!下越くん!下越くんもマッサージ受けてかない!?いつもご飯作ってもらってて、私も下越くんにお返ししたいし!」
「お?マジか。うーん、飯の準備とか色々あるけど・・・ま、いっか!そういや正地にマッサージしてもらったことねえな!よっ!」
「おおおっ!?やだっ♡」
「なんだよ?鉄と同じかっこになりゃいいんだろ?」
厨房にずっといるからなのか思ったより白い肌。腕はほんのり筋張って、お腹は引き締まってシックスパックが僅かに見てとれる。胸筋は薄いけれどがっしりしてて、シャープさの中にも芯の通ったシンプルな美しさを醸し出していた。
「頼むぜ!」
「はあ・・・ん♡もう、私どうしよう・・・♡」
「なんなんだこの空間は・・・」
ぼそっと溢れた鉄くんのつぶやきに気付かないふりをして、私は
コロシアイ・エンターテインメント
生き残り:14人
各キャラを均等に動かそうとしても誰かが少なくなるのは仕方ない。