『脳漿炸裂ガール』(れるりり/2015年)
(非)日常編1
“超高校級の死の商人”・・・その名前を、まさかこんな所で耳にするとは思わなかった。その名前は、既に捨てたものだと思っていた。それが甘い考えだということに気付かないとは、我ながら楽観的すぎる。それに愚劣だ。そう簡単に捨てられる名でもないというのに。自分の犯した罪を数えれば、自分が奪った命に胸を痛めれば、自分が齎した絶望を思えば、一生捨てられる名前でないことは明白だというのに。
今日もまた一日が始まる。また一日が始まってしまう。何のために生きているのか、生きていていいのかさえ分からないまま、また一日を生きる。たった一つだけの使命を抱え、今日も命を奪い続ける。
ボクは何をしてたっけ?あんまりおぼえてない。何かとてもショッキングなことがあったはずだ。まるで全てがインザドリームだったみたいにぼんやりしてる。それでも、クリアーなことがある。クローズドファクトリーでぐったりとしてるマナミさん。そのマナミさんをころしたことでモノクマにころされたハルトさん。ああ、それこそドリームだったらよかったのに。
「・・・」
いま、何時だろう。モーニングならレストランに行かないと。きっとみなさんいるはずだ。いつものようにヘアセットをして、ブラッシングして、ボクはレストランに向かった。いつものように。
エントランスのトイレは、通せんぼしてたモノクマがいなくなって使えるようになってた。だけどその代わりに、ハルトさんとマナミさんのゲストルーム、それからアクトさんが使うはずだったゲストルームは、ドアノブが外されてドアがふさがってた。ふと思い出してこなたさんのゲストルームの前のカーペットを見てみたら、ブラッドドロップなんてなかった。イエスタデイ、たしかにあったものはなくなってて、だけどなかったものがある。
「あれ?スニフくんおはよ!」
「・・・マイムさん。グッドモーニングです」
「どしたのスニフくん?元気ないぞー♫朝は1日の始まりだよ☆元気よくいきましょー♡」
「モーニングエクササイズですか?」
「うん♫今日のダンスはハカだよ♡まいむ朝から汗ぐっしょりになっちゃったから今からシャワー浴びてくるの☆」
「ハ・・・ハカ・・・?」
「明日はワルツだからスニフくんも一緒に踊ろうね♡」
やっぱりマイムさんはよく分からない。あんなことがあったのに、どうしてマイムさんはこんなにポジティブでいられるんだろう。マナミさんもハルトさんもいなくなっちゃったのに、まるで何もなかったみたいだ。何もなかったどころか、この前までと何も変わらないスマイルで話す。
「うぅーーーん?どうしたのスニフくん?マイムの顔になにかついてるのかな♣」
「いえ・・・なんでもないです」
「そっか♫じゃ、あとでレストランでね♡マナミとハルトが死んだからって暗くなってちゃダメだよ☆スニフくんかわいいんだからスマイルスマイル♡」
「むぅ」
こてん、と首をかたむけたり。下を向いてるボクの顔を両手で上げさせたり。むりやりボクの口をひっぱってスマイルにしたり。こんななんでもないようなことが、ちょっとだけハートがはずむようなことが、今はすごくこわい。そのままマイムさんはゲストルームに入っていった。ボクは、ボクの中のプロブレムについて考えてた。
二人が死んだ・・・それはすごくかなしくてつらいことだ。だけど、マイムさんの言葉はなんだか、ボクのハートにストライクしたかんじがしない。何か他に、大きなことがあったような。
レストランには、ボクの他にはほとんど人がいなかった。まだみんなであつまるのには少し早い。いつも一番にキッチンに入ってブレックファーストのしたくをしてるテルジさんと、いつも早くおきてくるいよさんとサイクロウさん。シャワーからもどってきて楽しそうにジュースをのむマイムさん。いつものメンバーだと言うなら、一人足りない。テルジさんをてつだってくれるマナミさんがいない。それだけなのに、なんでこんなにレストランが広くかんじるんだろう。
「・・・おはよ」
「おはよう」
「はぁ・・・」
あとから来る人もみんな、モーニングのフレッシュさがちっともなかった。みんなつかれてる。たった1日じゃなくならないほどハードなつかれが、ボクたち全員にのしかかってたんだ。そして1人、また1人ときて・・・13人がそろった。だれも何も言わない。
「・・・」
ちょうど24アワーアゴー、モーニングに来ないマナミさんをさがして、ボクたちのコロシアイははじまった。もうすごく昔のことにかんじる。たった1日で、ボクたちは2人も友だちを失った。それをみなさんもかんじたのか、またサイレンスがヘビーにかんじる。
「──ぬぬっ!いよーーーっ!皆さん皆様!ちょいとばかしお耳を拝借ッ!」
「うひッ!?な、なにアンタいきなり!」
「今日もお天道様は眩しくてぇ、1日がまた始まります!だのにいよたちが暗くなってちゃぁいけません!そう思いませんか!」
「そりゃあ暗くもなる。昨日のことを忘れたのか」
「昨日は昨日ッ!!今日はまだ暗くありません!いよにゃあ皆さんを励ますような小洒落たこたぁ言えません!あいやしかしッ!!笑う門には福来たると言います!怒り門には仇来たるとも言えます!泣きの門には陰が差すものです!ちがいますか!?」
「何言ってっか分かんねえよ」
「昨日のことを忘れろとでも言いたいのか?」
「そうではありません!ただいよは、このままではいけないと、不肖未熟の身ながらみなさんに発破をかけさせていただきました」
「リーフ?」
いきなりスタンドアップしたいよさんは、もってたセンスと手でパチンと音をならして言う。元気いっぱいに、いっしょうけんめいに。レストランの中にあったヘビーでダーティな空気が、少しだけライトになった気がした。だけどみなさんまだ、下を向いたままだ。
「ああ、相模の言う通りだ。暗くなってる場合じゃねえぞ。朝飯だホラ」
「わーい朝ご飯だー♡なになにー?」
「ラタトゥイユだ。フランスパンにオリーブオイルと一緒につけたら美味えぞ」
たった1人だけ、ボクたちから注目されて気まずそうに固まるいよさんをサポートするように、キッチンからテルジさんがおっきなおなべを持って出てきた。トマトカラーの中身はあつそうにスチームをあげて、グリーンやイエローの色んなベジタブルのスウィーティフレーバーがおなかをならす。いっしょにテーブルにおかれたフランスパンは香りも見た目もセイヴァリーで、オリーブオイルのかかった色合いはアートにさえ見えた。思わずみんな、テーブルからパンとラタトゥイユを取って食べ始める。
「おお!赤茄子の野菜煮込みに
「なんて!?おい相模いまなんつった!?」
「赤茄子の野菜煮込みに
「何語だそれ!ラタトゥイユとフランスパンとオリーブオイルだよ!」
「いよぉ・・・いよは横文字は苦手です故、ラッタッタなど舌を噛みそうです」
「舌が商売道具なのにか!?」
いよさんもテルジさんも、いつもと変わらない。いつもと
「・・・こなたさんがいません」
「研前さんなら来ないわ。部屋に行ってみたんだけど・・・相当落ち込んでるみたい」
「はあ!?来ねえって、じゃあ朝飯は?」
「食べないんじゃないかしら。後でお部屋に持って行ってあげた方がいいと思うけど・・・」
「冗談じゃねえ!朝飯を抜かすだと!?そんなもん今日一日何もしねえで無駄にするのと同じだ!朝飯をちゃんと食べねえなんざ許さねえぞ!」
「フンッ、馬鹿馬鹿しい。要らんと言っているのだから放っておけばいい。腹が減れば自分でどうにかするだろう」
「んな雑な飯はぜってえ食べさせねえぞ!オレの目が黒い内はなァ!」
テルジさんは、マゼンタの目を大きくひらいて言った。こなたさんが来ないのはとってもウォリーだけど、ボクからルームに行く気にはなれない。クラストライアルのあと、こなたさんがボクだけにおしえてくれたこと。あれを聞いてからなんとなく、こなたさんに会ったらどうしようかなんてヘンなことを考えるようになっちゃった。
「それでえ、これからどうしようかねえ」
「どうするってなんだ?デザートなら用意してねえぞ」
「いやそうじゃなくてえ・・・おれたちの身の振り方さあ。おれは誰が敵かをはっきりさせる良い機会だと思うけどお?」
「だ、誰が敵か・・・?どういう意味だ?」
「無論、“超高校級の死の商人”のことだろう?フンッ、大層な肩書きだ」
「人のこと言えるかよお前」
「あのう。それモノクマがイエスタデイ、言ってた人ですよね?ボク、よく分からないですけど・・・」
「城之内、説明してやってくれないか」
「へいへい。あーっとな、“Death Merchant”だ。分かるか?」
「── oh my gosh・・・」
クラストライアルのあとでモノクマが言ってた人、ボクはなんだかよく分からないまま、でもすごくイヤな感じだけは分かってたことを、ダイスケさんにおしえてもらった。“Ultimate Death Merchant”なんて、そんな人がボクたちの中にいるだなんて・・・アンビリーバブルだ。
「そうじゃないよお。それも気にはなるけどお、死の商人っていうのは要は武器屋みたいなものだろお?直接おれたちに危険があるとは限らないじゃあないかあ」
「武器屋だからこそ危険なのだ。昨日、コロシアイが起きると証明されてしまった以上、武器や兵器、凶器の扱いに長けていたり造詣のある者の存在は、疑心暗鬼や不和の源となる。今の我々のようにな。もしその“死の商人”がコロシアイに動き出したらどうなるか──」
「やめて!・・・どうしてそんなことばかり考えるの?どうして私たちがコロシアイなんてしなくちゃいけないの?私たち、仲間じゃない!みんな一緒に脱出するって決めたじゃない!」
「だけどハルトは裏切ったよ♠マイムたちみんなが死んでもいいって言ってたよ♠疑うのは簡単だけど一度疑い始めたら信じるのは難しいでしょ?」
「だが、納見や正地の言うことは正しい・・・と思う。俺たちは互いに啀み合っているべきじゃない。モノクマこそが俺たちの敵で、俺たちは同じ敵を持つ者同士ではないか」
「敵の敵は味方ってか?そうとも限らねえぜ。敵の敵は敵でもあり味方でもあり・・・ま、その状況を作ってんのはモノクマなんだけどな。初手をモノクマに持ってかれちまったんだ。オレらが何をしようと後手だ」
「だからと言ってこのまま何もせず、暗くなる一方で、モノクマによって新たなコロシアイを唆されるのを待つばかりとは!それこそいよたちに待つのは絶望の一途ではありませんか!」
ボクたちは対立する。レストランの中で、小さなコンフリクトがたくさん生まれる。ホントはみんな、ボクたちをお互いをビリーヴして、仲間でいたい。だけどハルトさんがマナミさんをころして、コロシアイがホントに起きた。アクトさんとはちがう。ボクたちがボクたちをころした。ただそれだけのことが、ボクたちのトラストをかんたんにこわす。
「誰か絶望って言ったーーー!?」
「はい!いよが言いました!・・・っていよおおおおおおおおおおっ!!?モ、モノクマァ!!?」
「うげえっ!!?」
「ぎゃああああっ!!な、なんだい急に!!?」
「オマエラ!おはようございます!」
そこにいた全員が思わず立って、いきなり出てきたモノクマからはなれていった。まるでファイアパウダーの中にマッチをおとしたみたいに、レストラン中でチェアがたおれたりコップが音を立てたりした。そんなボクたちに、モノクマはコンプレインするようにしょんぼりした。
「朝からこんな扱いを受けるなんて・・・撃沈しょんぼり侍だよ・・・」
「どの面下げて来やがったテメエ!!何の用だ!!」
「そんなに嫌わなくたっていいじゃないの。第一ボクはオマエラになにもしてないっていうのに」
「ふざけるな。お前が私たちをこんなところに監禁して、あんな動機なんか配ったからコロシアイが起きたんだ。全部お前のせいだ」
「ボクのせい?全部?へえ、じゃあ動機が配られた日の夜に茅ヶ崎サンを1人で残した研前サンたちの失敗とか、オマエラ自分が生き残るために須磨倉クンを処刑台に送り込んだこととか、それもボクのせいだっていうわけ?全部ボクが強要したことなのかな?オマエラは自分で選ぶ機会がちっともなかったのかな?」
「・・・何が言いたい」
「結局オマエラの本質は、須磨倉クンが最期に言ってた通りってことだよ。自分が一番大事なんだよ。人の命を奪った責任も、その状況を作った過失も、自分が悪いってことを認めたくないだけなんだよ!あーみにくいみにくい!人間って汚い生き物だね!」
モノクマの言うことは、その声のトーンやみなさんの顔色で、それからなんとかヒアリングできた言葉で分かった。ハルトさんがボクたちに向けて言った言葉。自分の命が大事なのはもちろんだ。だけどそれは他のだれをサクリファイスしても守りたいものなのかな。マナミさんがハルトさんにころされたのは、ボクたちにミスはなかったのかな。そんなことを考えてるのは、モノクマのスキームだって分かってるのに。
「止めろ。茅ヶ崎のことは・・・責任なんか追及したって何の意味もない」
「ん〜?雷堂クンなあに?見張りを全うできなかったせいで須磨倉クンの犯行をみすみす逃したもんだから自己弁護?」
「・・・そうかも知れないな。けど、昨日の事件のことは昨日で終わったんだ。過ぎたことに何を言っても意味ないだろ!誰の失敗かなんて、誰の責任かなんて、ここから出た後でいくらでもすればいい・・・いや、本当は、誰のせいにもできないんだよ」
「誰のせいにも?そうなの?じゃあ例えば、昨日の事件を
「・・・!」
「フンッ、馬鹿馬鹿しい。取り合うな勲章」
みんなをモノクマから守るように、ワタルさんが前に出てモノクマに言った。だれのせいでもないって言ってはいたけど、モノクマの言う通りガードマンとしてハルトさんを止められなかったことを気にしてるのか、ワタルさんの声のトーンはおさえ気味だった。それに対するモノクマの言葉に、ボクはぞっとした。まるで、イエスタデイのボクとこなたさんの話を知ってるみたいな言い方だったから。
「それで、貴様は何の用で来たのだ。これ以上俺様の時間を浪費させるな」
「ああ。そうだったそうだった。本題を忘れてた。それじゃあ、全員
「全員・・・?」
「あっ。こ、こなたさん・・・」
「ちょ、ちょっと・・・あっ。み、みんな・・・おはよう・・・」
レストランの柱のうらから、モノクマがこなたさんのスカートをつまんで引っ張ってきた。こなたさんもまだリカバリーしきってないみたいで、元気なさそうにモーニングのあいさつをした。ボクはなんとなくこなたさんとアイコンタクトをとることができなくて、モノクマの次の言葉をまった。
「さてさて、昨日一回目の学級裁判を乗り越えたオマエラに、ボクからささやかなご褒美を持ってきました!昨日のモノクマネーはボーナスだから別物と思ってくれていいよ」
「ごほうびって・・・ろくでもない予感しかしないんだけど。そんなんたまちゃんいらない」
「一応聞いておいた方がいいだろう。私たちにとっても良いものかは分からないからな」
「うぷぷ。そんな大したことじゃないよ。いやね、さすがにオマエラももうこのモノクマランドに飽きてきた頃じゃないかと思ったの。だからこの“セカイ”をちょっと広げることにしました!」
「──は?」
「モノクマランドのエリア内にあるゲートのうち、3つを新しく開放しました!その先には新しいエリアがオマエラを待っている!そこに何があるかはオマエラの目で確かめな!それとテーマパークエリアの乗り物も新しく稼働し始めたものがあるから、そっちも楽しんでね」
「要するに、新エリアを開放したのか。学級裁判の褒美ということは・・・仮に第二、第三の学級裁判が開かれ、それに勝利すれば──」
「もちろん、その度に新しいエリアを開放するよ!まあ、その時までシロが生き残ってればの話だけどね。うぷぷぷぷ♫」
「おいおいおい!めったなこと言うもんじゃねえぞ!」
クラストライアルのウィナーになったクロは、このモノクマランドから外に出て行けるプライズがある。ウィナーになったシロには、ニューエリアっていうプライズがあるんだ。それがボクらにとっていいものとはちっとも思わないけど。
「探索するかどうかはお前らの自由だけど、知っといた方がいいと思うよ。それだけは本当に、ボクからのアドバイス。んじゃ!」
そう言ってモノクマはいなくなった。のこされたボクたちは、次にどうすればいいのか、だれかの言葉を待った。だれも、自分では決められそうになかった。
「では俺様は新エリアとやらを見に行く」
「おまっ!?迷いなさ過ぎだろ!ぜってえモノクマの罠じゃねえかそんなもん!」
「罠だと見え透いている罠ならば逆に利用してやるまでだ。どこにどんな手掛かりがあるか分からんのだ。それに、使えるものは知っておかねば、次の学級裁判で十分に推理できまい」
「次のって・・・」
「今更だろう、ヤツがそういう人間だというのは。それより重要なのは、私たちもその新エリアを探索する必要があるということだ。脱出の手掛かりがどこかにあるかも知れん。全員で手分けして探索するのはどうだろう?」
「さんせー♡まいむ楽しそうなところがいいー♡」
エルリさんのサゲスチョンで、ボクたちもニューエリアに行くことになった。だけどみんなで一つ一つを回ってたらトゥデイじゃおわらないから、スリーチームに分かれてそれぞれのエリアに行くことになった。どうやってチーム分けするかっていうと、ロッタリーアプリがモノモノウォッチに入ってたから、それを使ってやることになった。まずは──。
「またこの組合わせかよオオオオオオオッ!!!なんでオレんとこには女子が寄ってこねえんだよオオオオオオッ!!!」
「女子なら極がいるじゃんか」
「
「そう言えば、学級裁判のときのセクハラ発言のツケが残っていたな」
「極もそんなことを言うからこんなこと言われるのではないか・・・?」
「俺たちは取りあえず、ギャンブルエリアの奥にあるゲートの先を探索しに行く」
「極さん。あんまり城之内くんをいじめないであげてね」
レイカさん、ワタルさん、サイクロウさんと同じチームになったと分かったとたん、ダイスケさんがくやしそうに叫んだ。ここにはじめて来た日にもワタルさんの他は同じチームだった。なんだかレイカさんがやたらダイスケさんにシビアな気がするけど、きっと大丈夫だろうと思うことにした。
「俺様は一番広いエリアに行く。ついて来たければ勝手にするがいい」
「いよーっ!やたらと大所帯になりましたね!」
「まあエリア内でさらに二手に分かれればちょうどいいだろう。このエリアにあるゲートはやたらと大きいからな」
「あんまり広くない方がいいんだけどなあ」
「くじ引きだしゃーねえよ。後でスタミナつくにんにく料理作ってやるよ」
「みんな、たまちゃんのためにがんばって探索してね♫」
「いやもう無理だよお、そのキャラはあ」
ロッタリーだからわざとそうなったわけじゃないけど、ハイドさんといっしょに行くチームは人が多くなった。ハイドさんをマークしておくためにも、それがいいんじゃないかな。ホテルエリアにあるビッグゲートの向こうには、きっとすごく広いエリアがあるはずだ。サーチングがフィニッシュしたら、ボクも行ってみよう。
「じゃあ後は私たちね。研前さんは・・・大丈夫かしら?」
「う、うん。みんながんばってるのに私だけ何もしないなんて・・・よくないと思うから」
「あのねあのね♡まいむはアクティブエリアの向こうが気になるの♢行ってみていい?」
「そうね。けどまいむちゃん。あんまり1人で先に行っちゃダメよ。必ず誰かと一緒にいること。それからスニフくんも」
「はーい♡まいむいい子だから大丈夫だよっ☆」
「・・・」
「スニフくん、聞いてる?大丈夫?」
「あっ、は、はい・・・あのっ」
ボクは、セイラさんとマイムさんとこなたさんと同じチームになった。マイムさんとこなたさんのテンションが全然ちがって、その間をセイラさんが心配そうに行ったり来たりしてる。ボクはこなたさんと同じチームになったのに、なんだかよろこべなかった。なんでだろう。なんとなく、こなたさんといっしょにいちゃいけないような気がする。ボクがそばにいちゃいけないような気がする。じゃあだれだったらいいんだろう。そんなこと、考えなくたって分かる。
「あの、ボ、ボク・・・ワタルさんとチームチェンジしてほしいです」
「えっ?お、おれか?」
「どうしたのスニフくん?何かイヤだった?」
「No worries!そうじゃないんですけど・・・あの、ボク、ギャンブルエリアの方が気になるなって」
「おう!だったらオレが代わってやるよ!」
「お前を女子だけのチームに放すわけがないだろうが。代わるなら鉄か雷堂だ」
「別に俺は構わないぞ。正地と研前と虚戈がいいなら代わろう」
「まあ、スニフくんと雷堂くんがいいなら」
「まいむもどうでもいいよー♡」
「う、うん・・・いいよ」
自分で言うのもヘンな気がするけど、ボクだってこなたさんのことが大好きだ。I love こなたさんだ。だけど、それはボクの気持ちだ。こなたさんの気持ちがそうじゃないなら、ボクはそこにいなくていい。こなたさんをスマイルにできるのがワタルさんなら、そこにはワタルさんがいるべきなんだ。ただ、そのスマイルにするのがボクだったらよかったなって、少しだけ思うだけだ。
「それじゃあそれぞれ探索して、1時に昼ご飯を兼ねて報告会にしよう」
「よっしゃ!とびきり美味い飯用意してやっからな!」
3チームに分かれて、ボクたちはそれぞれのエリアに向かって行った。はなればなれになるこなたさんを見て、ボクは少し前にワタルさんとチェンジしたことをリグレットしてた。ランチのときには、こなたさんのスマイルが見られればいいけど。
ホテルエリアにある大きなゲ〜トがギギギと開いて、その先に広がるエリアをおれたちに開放する。エリアをまたいでも建物がきっちり並んだ風景はそうは変わらず、むしろホテルエリアよりも色んな建物があちこちにあった。こりゃあ見応えがありそうだねえ。
「ほう、ミュージアムエリアか。動物園、水族館、植物園、美術館、演芸場、キネマ館、博物館に記念館と。およそ展示を目的とした施設はなんでもあるようだ。相変わらず脈絡も辻褄もあったものではないな」
「なんでもいいじゃあないかあ。おれは美術館とか博物館に興味があるねえ」
「いよは演芸場とキネマ館に行ってみとうございます!」
「俺様は好きに探索させてもらうぞ」
「まとまりなさ過ぎるでしょアンタら!二手に分かれるって話じゃなかったの!?」
「それは雷堂が言っていただけだ。まあ私はそれでも構わんぞ」
「じゃあ行きたい建物の大凡の方向でチ〜ム分けしようかあ。おれとたまちゃん氏と下越氏は美術館方面でえ、相模氏と荒川氏と星砂氏は記念館方面ってことでえ」
「貴様に決められたから行くわけではない。あくまで俺様自身の意思で決めたことだ。勘違いするなよぎっちょう」
「あいあ〜い。じゃあ1時には戻らないといけないからあ、12時45分にここに集合ってことでえ」
「納見は意外としっかりしているのだな。もっと抜けているヤツかと思っていた」
「この面子ならイヤでもそうなるよねえ」
「いよーっ!くじ引きで決めるのは悪手でしたでしょうか!」
石畳の道があちこちに散った建物にそれぞれ伸びてて、エリアの真ん中には丸い噴水がある。少し丘のように盛り上がったエリアにはよく手入れされた芝が生え揃っていて、まるでこのミュージアム群そのものが展示品のような配置にも思えてきた。芸術ってえのはうっかりすると見過ごしてしまいそうだねえ。
取りあえずチ〜ム分けもして、集合時間も決めたことだし、おれは美術館に行ってみようかねえ。
「なんだか康市お兄ちゃん楽しそう。呑気だね」
「そりゃあこれでも芸術家の端くれだからねえ。美術館や博物館には興味が湧くさあ」
「オレはあんまりだなあ。中は飲食禁止だろ?飲み食いできねえで何をどう楽しめってんだ」
「自分が楽しみたいように楽しむのが一番なのさあ。芸術ってものにはゴ〜ルも正解も模範解答もないからねえ。おれなんか楽しみ方を見つけるために一日中美術館にいてえ、閉館で閉じ込められたこともあるよお」
「2人ともタイプの違うバカだね!たまちゃん帰りたい!」
美術館をはじめとするこの辺りの建物は、入場料は取らないようだあ。モノクマが管理してるならどうせ必要ないだろうしい、自由に見られるのはおれにとってもありがたいねえ。
美術館の入口はいわゆる古代ギリシア建築を彷彿させる造りでえ、黄金比で造られてるねえ。ヘンなところにこだわるのはいいけどお、肝心の中身は大丈夫なのか心配になってくるよお。たまちゃん氏と下越氏は既に興味がないようだしねえ。
「こんなところに脱出の手掛かりなんかあるのかよ?」
「さあねえ。どこに何があるか分からないのはモノクマランドでは常だろお?」
「わあ〜!ねえねえこれすごいよ!」
「たまちゃん氏、美術館は静かに楽しむものだよお」
「こんなおっきなエメラルド初めて見たよ!こっちは純金だって!」
「でっけえ皿だな。なになに・・・なんて読むんだこれ」
「
「エメラルドのマスクに純金の埴輪。たまちゃん芸術とか興味ないけど、これはなんか違くない?」
「埴輪を作ってた時代に純金を加工する技術なんかなかったはずだけどねえ。この皿もまるまる一つの琥珀のようだしい、自然物のお、しかもかなり時間のかかる鉱物や樹液での造形なんてのは新たな領域だねえ。ううんこれは興味深いよお」
「納見ってそんな口数多いヤツだっけか?ってか興味深いならちゃんと目ぇ開けて見ろよ」
「これでも全力で開けてるんだけどねえ」
たまちゃん氏が見つけたのはあ、ガラスケースの中に並んだ宝石の工芸品の数々だった。どれもこれも超技術というかあ、無意味の追求というかあ、芸術家の端くれとしては実に面白いものばかりだねえ。こういうのは実用性じゃあないのさあ。
「これってモノクマネーで買えないのかなあ。たまちゃんこのエメラルドのマスクが欲しいなあ」
たまちゃんのセンスはさておいてえ、この美術館はこの先もかなり楽しめそうだよお。入口から見える展示ブースに入って行くとお、吹き抜けのホールは採光式の天井になっていてえ、太陽光がきらきらきらめきながらホールを照らしている。そのど真ん中にい、まるでこの美術館の主だとでも言いたげにい、その彫刻は屹立してた。
スラッと伸びた細くきれいな脚を肩幅に開いてえ、同じくらい細い腕を尊大に組んで豊満な胸を張るそれは・・・少女の石像だった。少女というのは適切じゃあなさそうだねえ。年はおれたちと同じくらい、高校生くらいだねこりゃあ。生きているかのようにうねり波打つ髪はツインテ〜ルでえ、石像だと分かっているのに胸元や二の腕の質感は柔らかできめ細かい肌を思わせる。風になびいてるらしいスカ〜トは無意識に覗き込んでしまいそうでえ、ひだ越しに見える大きな眼を見るとすぐに目を逸らしてしまう。
「・・・・・・な、んだこれ・・・?」
下越氏がなんとか絞り出した言葉は何の意味も無い。これが何かなんて分かるはずないしい、分かっちゃいけない。直感的にそう思うくらいこの石像はあ・・・あまりに巨大で、あまりに美しくて、あまりに途方もなくて、あまりに圧倒的だった。
「タイトル『“絶望”の国の建つ日』・・・なんていうか、変態だね。こんな大きい女の子の像造るのとかなんかキモい」
「こんなデカいもんどうやって造るんだよ?」
「普通はパーツごとに石を切り出してくっつけるんだけどねえ。この近さで見て接合部も見当たらないしい、不気味だねえ。タイトルもなかなか悪趣味だよお」
建国を記念して像を立てることは例がないわけじゃあない。リバティ島の自由の女神とかあ、リオのキリスト像は有名だしねえ。でもだからこそお、ここにこんなタイトルでこんな像を立てるなんてねえ・・・何かのメッセージとしか思えないよお。
不気味だな。外面は整然として行楽地のような雰囲気さえ醸し出しているにもかかわらず、一歩中に入ればたちどころにその異様な有様に、いい知れない空恐ろしさに苛まれる。動物園は檻やケージだけが並び、水族館は水だけに満たされた水槽を巡り、まるで生き物だけを抜き取ったかのようだ。こんなものが何を目的として設置されたのか謎めくばかりだ。
「動物園とは動物がいるものとばかり思っておりました!水族館とは魚が展示してあるものとばかり!名前だけで判断してはいけないということですね。いよ?しかしでは、どう楽しめばよいのでしょうか?」
「普通はいるぞ。ここが異常なのだ。というか、動物園も水族館も行ったことがないかのような口振りだが?」
「此度が初参りでえござんす。いよーっ!映像で知識はこのお粗末なおつむにも刻んであります故、全くの無知というわけではございませんよ!」
「ふむ、そうか。動物が苦手なのか?」
「否!あまり触れたことはございませんが、乗馬と鷹匠は経験がございます!闘犬、闘鶏も少々」
「聞けば聞くほど分からなくなってくるな・・・今朝の件といい、お前の家の教育方針はどうなっているのだ」
「きょ、教育・・・ですか?」
なぜ動物園と水族館に行った経験がなくて、乗馬と鷹匠の経験があり闘犬と闘鶏の嗜みがあるのだ。そういえば今朝は下越の料理を妙な言い方をしていたし、これは相模家だからなのか?いやそうに違いない。私の家がズレているのか?いや、至って一般的だ。故に相模家がズレているに間違いない。
呆れて言う私に、相模はきょとんとした顔で返す。近くて見えぬは睫毛、という言葉を聞かせてやりたい。いや、相模ならこの程度の日本語ならば知っているかもしれんな。
「いよっ?然れば、星砂さんは何処へ行かれましたか?」
「なに・・・?ヤ、ヤツめ・・・!また勝手にどこかへ行ったな!おのれ、この私を撒くとは。小学校の遠足を思い出したぞ・・・!くっ!」
「くっ!ではありませんよ!星砂さんを放っておいたら何をしでかすか分かったものではありません!探しましょう!」
「まあ落ち着け。どうせ水族館の出口は一つ。急げば追いつけるだろう」
どうせこの水族館にも見るところはないのだ。着物で急ぎにくそうにしている相模の手を引いて、私は出口から星砂の姿を探した。すると、ちょうど反対側の建物の自動ドアが閉じていくのが見えた。さてはあそこに行ったなと、建物の名前を確認する。
無機質なコンクリート剥き出しで他の建物とは一線を画すデザインだ。何より、半球状のモノクマの顔があしらわれた入口のオブジェが不快極まりない。建物の名は、『記録館』。何の記録なのかは明確にされていないが、星砂は何を感じてこの建物に入ったのだろう。
「いよっ!荒川さん!あちらにキネマ館とやらがあるそうです!いよはあちらに・・・!」
「生憎だが私の身体は一つしかないのだ。そっちは後にしてもらおう」
「いよよよよよよォ〜〜〜っ!!」
水族館を出るや否や目的を見失って明後日の方向に目移りする相模を引きずり、私はその記録館に入った。ガラス製の自動ドアが開くと、中で私たちを待ち受けていたのは黄金のモノクマだった。どうやらこれもオブジェらしい。押しつけがましいほどの輝きと、忌々しいほど磨きのかかった像で、そんなモノクマを取り囲むように、無数のリングファイルが陳列されていた。その全てに番号が振られ、天井まで届かんという本棚の威圧感のなんということか。
その一つのファイルを手に取り、星砂は読み耽っていた。奥へと続く通路にもファイルは陳列され、二部屋目は入口の部屋より更にたくさんのファイルが並んでいた。目眩がしてくる。
「な・・・なんだこれは・・・!?一体、なんの資料だ?」
「いよぉ・・・物々しくて凄気でありますな・・・」
「一冊取って見ればいい。なかなか有用そうだぞ」
「いい予感はしないな」
雰囲気に圧倒されて簡単に言葉が出ない私たちに、星砂は口角を上げて返した。この建物の様相と星砂の性格を考えて、ろくなものではない、ともすれば損するようなものであることは容易に想像がつく。試しにそばにあった一冊を取り、開いてみた。綴じられていたのは何かの報告書のようなもので、ひたすら文字の羅列と手で描いたような図表が載っていた。
一枚目は、『参加者』のリストだ。どれも名前を塗り潰されていて何者か分からない。いずれも共通しているのは、全員が“超高校級”の肩書きを持っていることだ。もちろんその詳細までも伏せられているが。
二枚目は、『設定と展開』の解説だ。どこで、どのように始まり、何を以て促進され、どのような役割を与えたか。そしてどのような結末を迎え、その後どうなったか。読んでいるだけで寒気がする。
三枚目から数枚は、『事件概要』だ。死体の発見場所、発見者、殺害方法の図説とそれに付随する必要以上の補足説明、殺害動機、主な証拠品、そして学級裁判の議事録と、その後に執行された処刑について。悪趣味極まりない。
察するにこのリングファイルに記録されているのは、どこかで誰かが強いられた『コロシアイの記録』だ。それが意味することに気付いた私は、おそらく輪をかけて白い顔をしていたことだろう。ここにあるリングファイルの全てが、そうだというのか?
「いよぉ・・・大変分かりやすくてまとまった文書ですね。分かりたくもなかったですが!」
「『死者』による死体移動トリック、落差とタイマーを利用した全自動殺人、生存者全員をクロとする自殺、死者不明による黒幕への駆け引き・・・なかなか面白い記録だ。くくく、参考にさせてもらおう」
「いよっ!?さ、参考!?それはどういう意味でしょうか!?」
「決まっているだろう。これだけの資料があるのだ。凡俗どもの考えるトリックなどここのデータベースを使えば容易に看破できよう。だが同時に、俺様がいずれクロとして失楽園になるための資料にもなる」
「またそのようなことを。ですが舌先三寸でしょう!結局、須磨倉さんが先に手を出してしまったわけでありますし!」
「相模。お前の発言も大概だぞ」
これら全てがコロシアイの記録、それも全てが“超高校級”の生徒たちによるものだとすれば、恐ろしいことだ。しかしただ恐ろしいだけではない。これほどの数の“超高校級”の生徒たちが犠牲になったのだとしたら、希望ヶ峰学園が何も関知していないわけがない。最悪の場合、このコロシアイを取り仕切っている者となんらかの繋がりを持っていても、おかしくない。邪推だといいのだが。
スニフと交代して女子三人組と一緒に、アクティブエリアの向こう側にあるエリアに来た。なんだか妙に大きな目玉が描いてあったり、紫色や黄色で幻想的な絵が描いてあったり、妙なゲートだ。もうこれ以上面倒なことになってほしくない。ウキウキしながらゲートが開くのを待つ虚戈、不安げな正地と研前。俺は、この奥で待っているものからこいつらを守り切れるか心配で頭が痛くなってきた。
「ひらけー!ゴォーーー!マアアアアアアアア!!」
「楽しそうね、虚戈ちゃん」
虚戈がお呪いを唱えたからか、ゲートはゆっくりと開いて奥の光景を露わにした。アクティブエリアは爽やかな陽気が降り注いでこれ以上ないってほどの天気だ。なのにゲートの向こう側は薄暗くて、竹林や柳や杉林が鬱蒼としてる。瘴気っていうのか?妙な雰囲気がゲートから流れ出してきたような気さえした。
「な、なにかしらこのエリア・・・?なんだか怖いわ」
「きゃはは〜〜♡生暖か〜い♢なにこれなにこれ〜♡たーのしー♫」
「三人とも離れるなよ。モノクマが何を用意してるか分からないんだ。くれぐれも」
「わっきゃーーー♡」
「おおおいっ!!言ったそばどころかまだ言い終わってないぞ!!待て虚戈!!」
「ちょ、ちょっと雷堂くん!待って!あなたまでどっかに行っちゃったら・・・!」
「んっ・・・そ、そうだな・・・。ええっと、取りあえず、探しに行くか。研前、大丈夫か?」
「う、うん。虚戈さん、早く探してあげないと」
心配してたこと第一位が予想通り起きた。予想通りだったのに、俺は焦ってまた判断を間違えた。正地に呼び止められなかったら、虚戈を追いかけて研前と正地を置いてけぼりにしてた。リーダーぶっておいて結局俺は周りが見えてないし、後先を考えられない。
不安げな正地と元気のない研前、しかも研前に至ってはなぜか目を合わせてくれない。今になってスニフと交代したことを後悔し始めた。さすがの虚戈も、スニフの前では年上ぶってるらしいし。その分こういうときに発散してんだろうなあ。
「取りあえずまとまって動こう。正地と研前は手を繋いで、はぐれないようにしといてくれ」
「ええ、分かったわ。研前さん、行きましょう」
正地がしっかりしてくれてるから研前を任せておける。なんだか目は合わせてくれないし一定の距離を保たれてるし、もしかして俺嫌われてるのか。やっぱり女子のことは女子に任せた方がいいみたいだな。
生暖かい空気が沈滞してて、一歩毎に気持ち悪い空気が顔にまとわりつく。風も吹いてないのにどこからともなくホウホウという音が聞こえてくる。暗がりの中にぼんやりと浮かぶ建物のシルエットが、巨大な怪物みたいに見える。モノモノウォッチにはエリア名と簡単な地図が既に登録されてた。
ここは“幽玄なる神秘のエリア”、スピリチュアルエリアというそうだ。スピリチュアルっていうかホラーじゃないのか。
「なんだろう・・・すごく、イヤな感じ」
「研前、無理しなくていいぞ。今朝も体調悪そうだったし、しんどいなら部屋に戻るか?」
「う、ううん。大丈夫。虚戈さん心配だし・・・」
「どこ行っちゃったのかしら?まだそんなに遠くまで行ってるとは思えないけど」
「近くの建物に入ったんだったら、この辺りだよな?」
あいつの行動は全然予測が付かない。さすがに他のエリアに行ったってことはないだろうけど、このエリアは建物だけじゃなく、茂った林もある。そんなところに迷い込まれたら見つけられないぞ。やけにぐねぐねした道を歩いて行くと、二つの建物が見えてきた。一つは趣味の悪い電飾が景気悪そうに点滅する小さなテント。もう一つは暗い中でも圧倒的な存在感を持つ大きな寺だ。ボロい建物が鬱蒼とした林の中に浮かび上がって不気味だ。
「と、取りあえず、色々調べてみよう。何があるか分からないしまとまって3人で」
「だけど、そのテント小さいわ。3人もいっぺんに入れないんじゃないかしら」
「だったら俺だけで入る。2人はそこで」
「これだけ近いんだもの。手分けして虚戈さんを探した方がいいわ。研前さんは私が一緒にいるから大丈夫よ。怖いけど・・・虚戈さんもきっとどこかで怖がってる、と思うから。たぶん」
「じゃ、じゃあ俺はこっちのテントを調べるから、二人はそっちの寺を。俺もすぐそっちに行く」
「気を付けてね」
あっさり正地に指示を訂正されて、決まり悪く采配し直した。女子二人で得体の知れない寺の探索をさせるのは心配だ。けどモノクマの方から俺たちに直接危害を加えることはないはずだ。でなきゃこんなコロシアイなんて回りくどいやり方で俺たちを追い込もうとなんかしない。けどどうせよくないことが起きるだろう。なるべくこのテントは簡単に済ませて、さっさと向こうに行かないと。
テントのベールをめくって中の様子をうかがう。テント内は枠組みでしっかり天井を高くしてあって、俺ぐらいの身長でも立つ事ができた。薄暗い中にシャンデリアみたいな飾りがあって、僅かな光を増幅し辛うじてテント内でも動けるくらいに照らしていた。妙な匂いがすると思ったら、お香が焚いてあるんだな。わずかに煙ってる。その中に薄く浮かぶ影があった。
「むむむむ〜〜〜ん♣あなたのお名前はぁ・・・こなただ!ありゃワタルだった♣しっぱいしっぱい♫ドントマインド〜♡」
「なにやってんだ虚戈。こんなところにいたのか」
「占いの館だよ♡水晶玉とかじゃらじゃらのアクセサリーとか、それっぽいでしょ?」
「お香焚きすぎだ。ケホッケホッ」
「ゲホッ♠むにゃむにゃむにゃ〜〜ん♠あなたお悩みですね?」
「・・・ごっこ遊びしてる場合じゃないんだ。さっさと出て探索しに行くぞ」
「せわしないなあワタルってば♫あのねワタル、せわしないっていうのは心が乾くと書くんだよ☆」
「ちがうぞ。心を亡くす、な」
「ああそうだったそうだった♢ワタルの心は亡くなっちゃってない?」
「どういうことだよ」
「だってワタルさあ、なんだか焦ってるみたいなんだもん♠もっとゆっくりスローにいこうよぉ☆ヤスイチじゃないけどのんびりするのも楽しいよ♡」
「コロシアイをさせられてるんだ。須磨倉みたいに、ぼやぼやしてたらまた誰かがモノクマに唆されて妙なことしないとも限らないだろ」
「ふ〜ん・・・じゃあワタルは、みんなのことを信用してないんだ♫マイムと一緒だね♡」
「は?」
よく磨かれて透きとおるような水晶玉は、だけど俺の顔を球面に伸びた形で映し出す。暗い雰囲気とお香の煙ではっきり見えなかったけど、でも虚戈の言う通り、健全な奴の顔とは言えなかった。けどこんな状況でまともでいられるヤツの方がよっぽどまともじゃない。むしろ普段の調子を崩さない虚戈の方が異常なんだ。
「誰かが殺しを起こすかも知れない、だからマイムは毎朝身体を鍛えているのだ☆ワタルもどう?マイムは誰かを殺したりしないよ♫それはいけないことだからね♡マイムはいい子だからいけないことはしないし、いけないことをしようとしてる人を告げ口したりしないよ♡」
「信じてないなんて・・・そんなことない。みんなのことを信頼してる」
「だったらモノクマに何を言われても殺しなんか起きないはずだよね?信頼してるんだもんね?だったらワタルは焦ったり不安がったりする必要ないよね?もう誰もコロシアイなんてしないんだから!」
「い、いや・・・そうじゃない。信じることと疑うことは逆のことじゃない。同時に起きうる」
「じゃあやっぱり疑ってるんだ♫」
「・・・」
なんというか、虚戈のこういうところが扱いにくい。子供っぽいのに、ただの子供とは明らかに違う。一生懸命考えたり、ときには知らず知らずのうちに核心を突くスニフと違って、虚戈は明らかに分かって突かれたくないところを抉ってくる感じだ。まともに相手をしてたら、こっちだけが削られる。そんな感じだ。
「人は疑う生き物です☆だから疑うことを悪とせず信じることを美徳とせず、正しい選択をする賢さを身につけなさい♫」
「・・・なんだよそれ」
「どうしてマイムはみんなを信じられないのかなーってこの水晶玉を見てたら浮かび上がってきたんだよ♡すごいよねー☆ワタルも悩みがあるならやってみたら?」
「悩み・・・え、というか虚戈って悩むのか?」
「シッケーな!マイムだって悩むことくらいあります♠」
「・・・」
長すぎる袖をバタバタして、虚戈は間の抜けた擬音が聞こえそうな怒り方をする。占いの館なんて名前だが、どうやら水晶玉に色んな言葉が浮かび上がってくる仕掛けがしてあるらしい。虚戈がそれを面白がってごっこ遊びをしてるってわけだ。こんなもので悩みが解決するなら苦労しない。けど・・・。
「虚戈くらい裏表がないヤツになら、逆に相談できるかもな」
「なんでも言いなさい☆」
「・・・茅ヶ崎が殺された夜さ、俺自分から見張りに名乗り出ておいて、何もできなかっただろ。下手なことしてみんなに迷惑かけるしさ。学級裁判でだって、的外れなこと言って邪魔にしかならないし・・・俺にリーダーなんか務まらない。正地みたいにみんなに気を遣えたり、下越みたいにみんなを支えられたり、星砂・・・は性格はアレだけどみんなを引っ張れる強引さと自信がある。俺には何にもないな・・・」
「ふーん♫だからつまり、ワタルは自信喪失なんだね♡マナミが殺されるのを止められなかったし、裁判中も確かになんにもしてなかったもんねー☆いてもいなくてもよかったっていうか、中途半端なことしたせいで余計にややこしくなった感じだよねー☆」
裏表無いからってちょっと気を許したけど、裏表なさ過ぎてドストレートだな。いやまあその通りだけども。自分で言って、虚戈に言われて。頭の中で反芻してただけの形のない感情に形ができて、胸にグサグサ刺さっていくような。
「でもね、マイムは思うんだ♡ワタルはそんなつもりでやったんじゃないって☆リーダーだから、みんなのためになると思ってやったんだよね☆そういうこともあるよ♫良かれと思って裏目に出るなんていつものことだよ♫」
「気持ちなんか関係ないんだよ。結果がどうなったか、それが大事なんだ」
「それはちがうよ♡ワタルはワタルらしくすればいいんだよ♫みんなのリーダーなんだからさ☆自分に自信を持って、自分が正義の味方だーって思い込んじゃえばいいんだよ♫失敗したらもう二度と同じ失敗をしなきゃいいんだよ♫失敗したなんて認めなければいいんだよ♫」
「それは・・・開き直れってことか?」
「占いというのは道標・・・どう捉えるかはあなた次第なのです☆」
「なんかズルいな」
開き直りか。星砂くらい無根拠に、下越くらい明確に、自分に自信を持てってことか。同じ失敗は二度としなけりゃいいけど、一度失った信頼をもう一度取り戻すのは簡単じゃない。それも含めて、開き直ればいいってことなのか。
「弱ったらマイムが話し相手になってあげるから、いつでもマイムのところにおいで♫よーしよし♡」
「・・・」
脈絡なく頭を撫でられて、俺は思わずドキッとした。こんな子供みたいなヤツがなんで俺をそんなに甘やかすんだ。俺は・・・どうすればいいんだ。
あんな小さいテントを調べるのに、雷堂くんは結構な時間がかかってるみたい。中によほど大事なものがあるのか、モノクマの罠でもあったのかしら。心配だわ。
「正地さん・・・大丈夫?」
そう声をかけてきた研前さんの顔色は悪くて、私よりあなたの方が大丈夫か心配になるわ、と言いかけた。だけど研前さんがこの調子なのは今朝からずっと。今更言っても仕方ない。何より茅ヶ崎さんのことを考えれば、それも仕方ないわ。直接は関わってないけれど、研前さんも巻き込まれてるようなものだもの。
「こんな雰囲気だし、私は全然霊感とかないけど・・・ヘンな気分になったりしてない?」
「こ、怖いこと言わないでちょうだい!?やだ。なにか出たりとか・・・しないわよね・・・?」
霊感なんて聞くと、お寺の雰囲気も相まってもうそんな気分になっちゃうじゃない。オバケとかそういうのホントにダメなのよ私。研前さんはそれどころじゃないって顔してるけど、私はぴったり自分の身体を研前さんの腕にくっつけて、そろりそろりと境内を探索する。
古びた本堂は木材がめくれたり、腐って折れたり、障子が破れてたり、不気味さの演出に余念がないわ。それに灯籠と鐘楼まであって、こんな雰囲気じゃなければ有難い御利益でもありそうな大きなお寺なのかも知れないと思わせる。
「これって除夜の鐘とかで鳴らすヤツだよね?」
「普通こういうのってちゃんと場所を用意してあるものよね?なんでこんなところに・・・」
鐘楼には撞木と大きな釣鐘が吊してあって、手を伸ばせば撞木で鐘を鳴らすこともできそうね。怖いから鳴らさないけど。それよりもなによりも、この鐘楼が設置されてる周りにはずらっと、夥しい数の墓石が並んでた。お墓に囲まれた鐘楼の近くには、何に使うのかも分からない小さな小屋があった。そこの暗闇から何かが覗いてるような気さえしてきて、一刻も早くここから逃げ出したい気持ちになってくる。
しかもその周りにある墓石は、どれもこれも名前が彫られてない。無名の墓石群。物凄く不気味だわ。
「なんなのかしらこれ・・・これも演出?モノクマって本当に悪趣味ね」
「名前が彫られてないお墓・・・これって、ただの飾りなのかな?」
「ど、どういう意味?」
「・・・皆桐君とか、茅ヶ崎さんとか須磨倉君とか、死んだみんなに何もしてあげられてないなって、ちょっと思ったんだ。モノクマが用意したものだし、造り物かも知れないけれど、私たちがみんなのためにしてあげられることはしてあげたいなって・・・ちょっと思っただけ」
「・・・」
「みんなの身体はちっとも・・・骨の一欠片もないけど、でもここに名前を刻むだけで、きっと何かが変わると思うんだ」
落ち込んでるように思ってたけど、研前さんなりに色々考えてたのね。そういえば、私たち皆桐君とか茅ヶ崎さんのことを悲しんでばっかりで、あの人たちのために何かをしてあげたことも、してあげようとしたこともなかった。だってそんな余裕なかったもの。だけど研前さんは、この無銘のお墓を見て皆桐くんたちのことを考えられる人なんだ。
「優しいのね」
「ちがうよ・・・何か少しでもみんなのためになることをしないと・・・私が耐えられないだけ。こんなのただの自己満足だよ。正当化だよ。偽善なんだよ」
「・・・ねえ研前さん。茅ヶ崎さんのことや学級裁判のことで参ってるのは分かるけど、落ち込んでても何も変わらないわ。相模さんと下越くんが言ってたみたいに、前を向かないと。その区切りのために、ここにお墓を作るって言ったんじゃないの?」
「正地さん・・・」
「そう言えば、研前さんって私たちの前ではずっと落ち着いてて、穏やかよね。あんなことがあったのに、私まだ研前さんの涙見てないわ」
「う、うん・・・?」
「弱ったら泣いていいのよ?それで迷惑に思う人なんていないわ。少なくとも、あなたが泣いてたら私が受け止めてあげる。辛かったり苦しかったりしたら気持ちを吐き出さないと、潰れちゃうわよ」
「・・・で、でも・・・わたしが泣いたら・・・わたしが頼ったら・・・・・・正地さんが・・・!」
「もう。大丈夫だったら。これでも私、按摩よ?セラピーとかカウンセリングとか、そういうのは慣れてるの。女の子1人元気にできないで、“超高校級”は名乗れないわ」
「・・・・・・ううっ、うぅ・・・」
「研前さん」
どうしてか、研前さんは自分のすることを偽善なんて言う。もしかして茅ヶ崎さんや須磨倉くんが死んでしまったことに、責任を感じてるのかしら。事件に関わってしまったばっかりに、漠然とした不安感や責任感に悩む人がいるっていうのは聞いたことがある。だからきっと、研前さんもそんなようなところなのね。
そういう人には、感情を吐き出させるのが一番。特に研前さんの普段の様子を見てると、自分の中に感情を溜め込んじゃうタイプだから、少しムリヤリでも受け止めてあげないと、いつかこの子が先に壊れちゃう。だから、私がしてあげるのはこれだけ。両手をいっぱいに開いて、優しくこう言ってあげること。
「いいのよ」
そう言うと研前さんは、俯いたまま躊躇いがちに私に寄り添ってきた。小さく震える身体も、漏れてくるしゃくりあげる声も、全部優しく抱きしめて、今はそのまま正直でいることを認めてあげた。
この子が抱えてるものとか、過去とか、学級裁判を通して背負ったものとか、私には分からない。分からないからこそ、こうやって強気なことが言える。そうしてあげることが、今の研前さんには必要なことだから。
「本当にヤツに任せて大丈夫だったのか?スニフが毒されないか心配なのだが」
「さあ・・・」
「今からでも引き返そうか」
「それは流石に時間の無駄だろう。城之内にも人としての良識があることを信じよう」
我ながらなかなかに辛辣なことを言っている。女子の扱いに全く信用がおけない城之内だが、さすがに子供相手に妙なことは吹き込まないだろう。いや待てよ?確か図書館でスニフに卑猥な本を薦めようとしていたような気が・・・。本当にこれでよかったのか、今更になって不安になってきた。
「日頃からヤツの言動は目に余るのだ。女子どもを下劣な目でなめ回すように視姦するわ、いやらしい手つきで撫で回そうとするわ。かと思えばさっきは私を女子扱いしなかった・・・いよいよ腕の一本や二本折ってやろうか」
「・・・そういうことを言うからだと思うぞ。ヤツも大概だがお前も人のことは言えないのではないか、極」
「セクハラに憤るのは女子として至極真っ当ではないのか?」
「憤って技をかける女子はそうはいない」
そもそもなぜ極がそんなに格闘技に詳しいのかはさておき、俺は技こそないが力で城之内や極をねじ伏せることは簡単にできる。いざとなったら押さえてやらないと。冗談で済まなくなる前に。
「それにつけても、なぜこんなエリアが用意されているのだ。テーマパークではなかったのか?」
「モノクマの考えることだからな・・・俺はこういう所は避けてきたんだが」
「ストイックだなお前は。私は見慣れているぞ」
「慣れているのも問題な気がする」
まるで地元に帰ってきたかのようにリラックスした様子で辺りを見渡す極に、俺は呆れた。俺は田舎の方にいたからこういうキラキラした通りとは無縁だったが、それでも今俺たちがいるここは、いわゆる大人の街というヤツだ。
電飾は昼間なのにギラギラと無駄に灯り、サイケデリックな色合いの看板が所狭しと並んでいる。建物の前はゴミや汚れが埋め尽くし、どれ一つとして壊れていないものはなかった。隙間無くならぶ建物の入口は、奥が見えないように暖簾や目隠しで覆われているのに、客を引き寄せようといかがわしい写真を掲げたり陳腐で浮ついた文言を張り出している。ところどころ真っ当な店もあるようだが、むしろそっちの方が肩身が狭そうにしている。
「勘違いするな。慣れてはいても好きではない。むしろ嫌いだ」
道の真ん中でくるりと振り返った極は、ぼんやりと周りを見渡す俺を指さして言った。ここは俺たち高校生が来るようなところではない。かといって気質の人間が気軽に立ち入るようなところでもない。人々の欲望が不安定に形になった街。日向を堂々と歩くことのできない人間たちの街。そんな印象だ。そんな街に慣れている人間ならば、思い当たる
俺が思うに、極は少しばかり手が早いところがあるが、それでも思考は至ってまともだ。胆力があり腕っ節も立つ、頼れる強い者だ。しかしだからこそ、はっきりさせたいことがある。
「・・・気を悪くしたらすまないが、それはお前の“才能”が関係しているのか?」
ここに来る前、極はどこにいたのか、だ。普通の女子高生が、同じ年代の男子を軽く技にかけるような戦闘能力を有するわけがない。死体を見て冷静に検死を申し出る度胸を備えるわけがない。近づきさえしない街に慣れているわけがない。つまり・・・表の社会とは違う中で生きてきたのではないか、という疑念だ。
「こ、答えたくないなら無理に答えなくていいんだ。少し気になってな。お前はその・・・う、裏社会との繋がりがあるのかどうか・・・」
「ああ・・・多いに関係しているな。いや、そう申し訳なさそうにするな。過去を否定する気はないし、“超高校級の彫師”を名乗るのならその手の話は必然だ。それにしても・・・裏社会などと手垢のついた表現をされるとなんだかくすぐったいな」
「す、すまない」
城之内が近くにいないというだけで、極はこんなに優しく、茶目っ気を出すものなのだろうか。口元を手で押さえてクスクス笑う仕草に、一瞬そこにいるのが誰だったか忘れそうになった。
「あまり自分のことを語るのは好きではない。お前の想像通り、ヤクザ者たちとは浅からぬ関わりもある。命の危機もあった。耳当たりのいい話ではないからな」
「・・・」
「お前がこの手の話に興味があるとは意外だな。もっと穏やかな質だと思っていた」
「い、いや。極道に興味があるわけじゃない。ただ・・・極が何か知っているなら、話して欲しい」
「私が?何を知っているというのだ」
そう純粋に尋ねた極の目を、俺は見ることはできなかった。その問いかけが出てくるということは、知らないに等しいことを意味する。大体そんなことを極に確認して何になるというのだ。俺は何を恐れている。最初から話すつもりなどないというのに。
「・・・いや、なんでもない。やはり俺は血生臭い話は苦手だ。暴力も嫌いだ」
「それにしてはよく鍛えられた身体をしているが」
「身体を鍛えるのは趣味みたいなものだ。それに鍛冶をしていれば自然とこうなる」
「そうは思わんが」
あっちを見てもこっちを見ても、下品でダセぇ光景ばかりだ。情操教育に悪そうな看板が並んで、胡散臭え呼び込みでカモを待つ飲食店と嘘っぱちだらけのブランドショップが道の両脇を占領してる。なんでオレはガキんちょ連れてこんなところ歩いてんだ。
どうやらここら辺は全部こういう演出だけで、飲み食いも売り買いも実際にはできねえみてえだ。モノモノウォッチに表示されたモノクマネー残高がいつの間にか増えてることに舌打ちした。
「ったくよぉ。こんなもんオレの趣味じゃねえっての。ゲスいのはお断りだぜ」
「ここがジャパニーズナンバーワンシティ!カブキチョーですか!Amazing!なんかちょっとヘンなスメルします!」
「似てるけど違えな。つかスニフにここ歩かせていいのか?あいつら、オレにスニフ押しつけやがったな」
「ボク、バーデンですか?ひとりで歩けますよ?」
「別にお荷物ってわけじゃねえけど・・・まあいっか。別にスニフがゲスになろうがどうなろうがオレの知ったこっちゃねえし」
「むっ。今ボク、ものすごくやり投げなあつかいされた気がします」
「投げ遣りな。つか別に、オレはお前の英語分かるんだから無理して日本語話す必要ねえぞ」
「
「口調まで変わってんじゃねえか!っつーか英語通じんのそんなに嬉しいか!?」
「
「英語だとよくしゃべんなあお前!」
おもっくそ英語で話されて、まあ普通に分かるからいいんだけど、もしかしてスニフってオレのことナメてねえかと思ったりしちまう。ナメてたとしてもその自覚はねえんだろうな。ホントに、尻尾があったらぶん回すくらいに喜んでるのが目に見えて分かる。躊躇も遠慮もなしに一気にフルイングリッシュに変えやがったなこいつ。
「けどまあお前の意見には賛成だ。テーマパークの演出にすらなってねえ、このエリアはハズレだな。どうせモノクマのヤツは見張ってんだろうけど・・・ここなら誰にも聞かれねえな」
「
「なあおいスニフ。お前なんで雷堂とチーム交換した?いやもっと厳密に言うなら、なんで雷堂を向こうのチームに
「
「おいおいバカにすんなよな」
あんなもんで誰にもバレてねえと思ってるわけもねえし、何の意味もねえと思うほどこっちも甘くねえ。それに何より、わざわざスニフが自分で言いだしたことがオレには分からねえし気に食わねえ。オレのアンテナにビンビン反応してんだよ。いまスニフが、ナメくさったことしてるってな。
「学級裁判フルジャパニーズでやり抜いといて、今更ニホンゴワカリマセンじゃねえだろ?
「Um...|why I have to say you about my own problem《なんでダイスケさんに言わなきゃいけないんですか》.
「おいおいなんだそりゃ。お前オレを誰だと思ってんだ?あの伝説の高校生DJ!“超高校級のDJ”城之内大輔サマだぞ!?ガキンチョの悩みの一つや二つ解決できなくてラジオのオビ持てっかよ!」
「
「まぁまぁいっぺん相談しとけや、年上の言うことは聞いといた方がいいぜ?それによ、リスナーがオレに持ちかけてくるのって、恋愛相談が結構多いんだぜ?」
「!」
ピクッ、とスニフが反応したのが分かった。分かりやすいヤツ。っていうかそれ以外に何があるんだってくらい丸出しだったけどな。
「だいたいお前、このチャンス逃したら誰かに相談できんのかよ?オレくらいだぜ?お前の言いたいこと受け止めてやれるの」
「!!」
それもそうだ、みたいな顔して納得すんなよ。オレが誑かしたみたいじゃねえか。スニフにとっちゃ相当難しい話だろうしそれなりに襟を正して聞く必要がありそうだが、意外と蓋開けてみりゃ大したことねえってのは相談事ではよくある話だ。ちょうど近くにあった喫茶店(と説明したキャバクラ)に入って、スニフの話を聞くことにした。
「で、どういうつもりなんだよ」
「...
「んなこと分かってんだよ。相手は研前だろ?ったくガキんちょのクセして難易度高い恋愛するよなあ」
「
「あのな、あれだけ露骨な態度見せてて気付かねえと思ってんのか?気付いてねえの研前と下越くらいだぞ。オレが聞きてえのはお前が誰を好きかじゃなくて、じゃあなんで好きな研前と同じチームになったのに、敢えて雷堂を向こうに行かせたのかだ」
「...|I heard, I just happen to hear, Konata loves Wataru《その、小耳に挟んだだけなんですけど、こなたさんはワタルさんのことが好きなんです》.
「ふ〜ん・・・
ガキんちょのクセに色々考えやがって。なるほどな。よく分かった。しかしまあアレだ。見当外れもいいとこだな。オレのラジオのリスナーの悩みよりずっと見当外れで、めちゃくちゃで、そんでもって純粋だ。要するにこいつは、恋心ってのを相手を幸せにしてやりたい気持ちと捉えてるわけだ。そりゃあ取り違えるわな。
「OK.
「
「
「
「|At least, you're making light of three of us《お前は今、少なくとも3人の気持ちを無視してる》.
「・・・」
「
ずっとオレの話を黙って聞いてたスニフは、理解できたのかできねえのか分からねえけど、取りあえず真剣な目はしてた。どこまで理解できたか知らねえが、要するにスニフは研前を諦めなくていいってこった。今の段階じゃ雷堂に分があるけど、ここから三角関係とかになってったら面白いことになりそうだな。
「|Or someone else might love Togimae《ま、他にも研前狙ってるヤツがいるかも知れねえし》,
すぐに理解する必要はねえ。けどもたもたしてたらそれこそ雷堂にマジで奪われちまうぞ、と肩を叩いて励ましてやった。まあ呑気に恋愛で悩めるくらいに余裕があるのはいいことだ。
コロシアイ・エンターテインメント
生き残り:14人
英文が合ってるかどうかは分かんないです。