『哀・戦士』(井上大輔/1981年)
愛 羨 死
こなたさんを追いかけて、ボクはホテルにもどってきた。いきなり走り出したこなたさんは、つかれたのか、気持ちがおちついたのか、ホテルのエントランスでストップした。小さくハードブレスしてる中で、泣いてるような声がきこえてくる。
「ハァ・・・ハァ・・・こ、こなたさん?いきなり走ってどうしたんですか・・・?」
「・・・うっ・・・うぅ」
ボクのクエスチョンにこたえないまま、こなたさんはその場にすわりこんだ。泣いてるみたいで背中がふるえてる。ボクはどうしていいか分からないで、そんなこなたさんにさわることも、なぐさめてあげることもできなかった。
「・・・」
しずかに泣くこなたさん。追いかけてきたけど何をすればいいか分からないボク。こなたさんの小さく泣く声だけがエントランスにエコーして、ふたりのあいだにアンニュイなじかんがながれる。しばらくして、先に口をひらいたのはこなたさんだった。
「・・・スニフ君、ごめんね。わたし・・・最低だよね」
「えっ?」
「私があんなことしたから・・・私のせいで茅ヶ崎さんも須磨倉君も殺されちゃって・・・その上スニフ君まで利用した。最低だよね。ごめん・・・ごめんなさい・・・」
「こ、こなたさんのせい?なにがですか?こなたさんは何もわるいことないです!ボクにあやまることなんて何も・・・ないです」
「違う・・・違うの。全部私のせいなの。茅ヶ崎さんが殺されたのも、須磨倉君が殺されたのも。それに・・・自分が助かるためにスニフ君を利用した・・・ううん、利用するように仕向けたの。私なんて本当に最低なんだ・・・」
何を言ってるか分からなかった。どうしてこなたさんはそんなに自分をせめるんだろう。マナミさんがころされたのも、ハルトさんがころされたのも、こなたさんは何もかかわってない。ハルトさんがはじめにころそうとしただけで、何もわるくない。それはクラストライアルの中で分かったことなのに、なんでこなたさんはそんな風に言うんだろう。
「こなたさん・・・やめてください」
「・・・ごめん・・・ごめんなさい。私のせいで・・・」
「どうしてそんなこと言うんですか!こなたさんは何もわるくないじゃないですか!マナミさんがころされたのはショックですけど、そんなのおかしいです!ボクはそんなこなたさん・・・見たくないです」
「・・・そうだよね。ごめんねスニフ君。だけど・・・全部私のせいなの」
「ウソです!そんなのちがいます!やめてください!もしこなたさんのせいなんだったら、おしえてください。なんでそんなこと言うんですか」
「じゃあ・・・約束してくれる?」
ボクのクエスチョンへのこなたさんのアンサーは、なんだかすれちがってるような気がした。なんでこなたさんは自分がわるいなんて言うのか、それを知りたかったのに、こなたさんはボクにプロミスしてほしいって言った。何をだろう。
「私を・・・本当の
「・・・?オフコースです!ボク、こなたさんからはなれるなんてことないです!こなたさんがシークレットしたいなら、ボクもそうします!」
「・・・やっぱりズルいよ」
「Mm?」
「あのね。私の“才能”、“超高校級の幸運”ってね・・・かなり、特殊なの。たぶん、今までの“幸運”の中でも特に」
「スペシャル、ですか?」
ルックバックしないで背中を向けたまま、こなたさんはボクに言う。こなたさんの“
「“超高校級の幸運”は、毎年平均的な高校生の中から抽選で選ばれる。だから、本当にたまたま選ばれた“幸運”の人もいる。だけど・・・たまにね、選ばれるべくして選ばれる、本物の“幸運”がいるの。不運と引き替えに幸運を手にする人もいる。周りの幸運を横取りして自分の幸運にする人もいる。確率とか運命とか無視して強引に幸運を引き起こす人もいる。そんな、超能力みたいな幸運を持ってる人が」
「Umm・・・そ、そうなんですか?」
「・・・ねえスニフ君、私の“幸運”って、なんだと思う?」
「こ、こなたさんの“
「私の“幸運”はね───」
ホントかな。なんだかこなたさんの話はリアリティがない。だってそんなスーパーパワーみたいなことがなんかあったら、それはもう“
「───“犠牲を伴う幸運”、なの」
「スケープ、ゴート・・・?」
「・・・たとえばね。人が何かをしようとしてるのを邪魔して、台無しにしちゃったり───」
ふと、ここにはじめて来た日のことを思い出した。カジノでたまちゃんさんとヤスイチさんのギャンブルしてるところにボクとこなたさんが入っていって、台無しにしたのを。
「内緒話をしてるところに鉢合わせたり───」
ファクトリーエリアでは、ワタルさんにウィスパリングするハイドさんのジャマをした。こなたさんの“Lucky”にガイドしてもらったからだ。
「自分が追い詰められてると、必ず誰かから助けが来たり───」
クラストライアルでは、こなたさんが
「───殺されそうになったら、誰かが身代わりになってくれる・・・そういう“幸運”なんだ」
マナミさんは、こなたさんをころそうとしてたハルトさんにころされた。それが、こなたさんの“
「だから・・・マナミさんがころされたのは、こなたさんのせいだって、ことですか?」
「・・・そう。私が須磨倉君に狙われたから。ううん。それもきっと、私の“幸運”のせい・・・私の“幸運”のせいで、茅ヶ崎さんは須磨倉君に殺された。私の“幸運”のせいで、須磨倉君は茅ヶ崎さんを殺させられた・・・それだけのことだよ」
「・・・That's, wrong」
思わずこなたさんに言い返した。だって、それはどう考えたって言いすぎだったからだ。もしホントにこなたさんの“Lucky”がそんなパワーをもってたとしても、マナミさんがころされたのも、ハルトさんがあんなことをしたのも、全部がそのせいだって言うなんておかしい。
「こなたさん。ボク、まだジャパニーズ上手じゃないです。いっぱいまちがえます。だけど、今こなたさんが言ったことおかしいってことくらい分かります。だって、こなたさんの“Lucky”がスケープゴートいっしょだとしても、それがマナミさんだってことにはならないです!マナミさんじゃなきゃいけなかったわけじゃないです!アクシデント・・・It's just an accident!」
「ちがうの!・・・茅ヶ崎さんじゃなきゃいけなかったの。私の代わりに殺されるのは・・・茅ヶ崎さんしか、いなかった・・・」
「なんでそんなこと言うんですか!なんでマナミさんがこなたさんの代わりになるんですか!そうやってベースレスなこと言わないでください!そんなこなたさん見たくないです!おこりますよ!」
「だって・・・それが私の“幸運”だから。茅ヶ崎さんが死んじゃうことが・・・私の“幸運”だったから」
「Aaah!“
どうしてボクはこんなにおこってるんだろう。わからないけど、もう自分のことをそんな風に言うこなたさんを見ていたくなかった。まるで、全部自分がやったことみたいに、自分のせいでコロシアイがおきたみたいな言い方をするこなたさんをみとめたくなかった。
「茅ヶ崎さんがいなくなったら・・・私にとって邪魔がいなくなるから」
「・・・ジャマ?」
マナミさんがこなたさんのジャマって、それってどういう───?
「私も、雷堂君のことが好きだから・・・」
そのしゅんかん、ボクの世界はフリーズした。はっきりと、だれにでも分かるように、ため息が出るほどあざやかに、ボクは失恋した。失恋を、知ってしまった。
ボクは何も言えなかった。ボクはそれでもあなたが好きです、とか。世界で一番愛してるのはボクです、とか。一生幸せにするからそばにいてください、とか。その涙はボクとの幸せのために残しておいてください、とか。そんな感じの言葉をかければ、少なくともボクの気持ちは伝わるはずだ。だけどボクにはそんなズルいことはできなかった。いや、そんなのは言い訳だ。ただ勇気が出なかっただけだ。こなたさんの“才能”を知って、彼女が今まで経験してきたことを想像して、そんな軽々しいことは言えなかった。
なんて、そんなことさえも今のボクにとっては言い訳に過ぎなかった。そしてボクはショックを受けてもいた。こなたさんの言葉と、ボク自身に。
今作ではこんなこともしていこうかと思います。おしおき編にまとめてもよかったんですけど、やっぱりあっちはおしおきを見て貰いたいので。
あと、タイトルは一章のボツ案です。お供養