『1/3の純情な感情』(SIAM SHADE/1997年)
Prologue.『1/4の喜悦な感情』
小さく、何回も、ボクはゆらされる。そのゆれを感じながら、押し付けられるような感じもした。それに、このマシーンの音はなんだろう?なんだかさむい。遠くでサイレンみたいな音が聞こえる。おかしな夢だと思って体をよじろうとしたけど、できなかった。おかしい、おかしすぎる。ボクは目をあけた。
「・・・は!?What !? what the hell !?」
つい叫んじゃうくらいに、意味がわからなかった。ボクの体を押さえつけてたのはボクの腕より太い安全バーで、遠くで鳴ってたサイレンは本当にサイレンで、ボクを揺らして起こしたのは白と黒のペイントのジェットコースターだった。
そしてジェットコースターは今まさに、そのまま地面につっこむつもりじゃないかと思うほど頭をさげて・・・!!
「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaahhh!!!?」
ぐっちゃぐっちゃに景色が混ざって、空気の鳴る音が耳をふさいで、ボクはたださけんでガマンするしかなかった。コースターが止まるまでの間に、少なくとも3回は神様にいのった。
たっぷりコースターのエキセントリックなおさんぽに付き合って、ようやく落ち着いてコースターは止まった。安全バーは自分から開いて、ボクに早くおりろと急かす。わけもわからないままこんなものに乗せられて、ボクはもうグロッキーだ。ふらふらになりながらようやく近くのベンチに座った。
「Uh...screw you(くそったれ)...!!」
わけわからないままジェットコースターに乗せられてて、気付いたらもうめちゃくちゃにされて、休まないとまともに歩けそうにない。でも、体は休んでても頭は動かせる。ボクは考える方が自信があるんだ。
まず、ここはどこなんだろう?ジェットコースターがあるからどこかのテーマパークってことはわかるけど、なんでそんなところに?ボクはなんでジェットコースターなんかでねてたんだ?たしかボクは、パパとママとわかれてジャパンに来て、そこで・・・!
「Uh...」
起きてすぐジェットコースターに乗ったせいできもちわるい。頭はガンガンなるし吐き気がずっとおさまらない。なんなんだろう、これ。ボクはいったいどうしてしまったんだろう?なんでこんなところに・・・?
「ねえ、ねえキミ」
うんうんなやんでたら、いきなり声をかけられた。それでもおどろかなかったのは、それくらいなやんでたからでも、おどろく余裕もなかったからでもない。その声がとってもあったかくて、やさしかったからからだ。きっとそうだ。
「大丈夫?困ってるみたいだけど、迷子になっちゃったの?」
「・・・だ、だいじょぶです。ごしんぱいありがっ」
そのしゅんかん、ボクの世界はリセットされた。つまらない悩みとかおなかの中の気持ち悪さとか、ぜんぶ消えてなくなった。ただ目の前にいる彼女のためだけに、ボクの世界はもう一度形を作り直した。
一切みだれず流れるシルバーブロンドのかみの毛は陽の光をうけてかがやく。少しだけ明るいブラウンのブレザーとスカートの奥にのぞくシャツの白さとむなもとの赤いリボンに自然と視線がひかれる。クリアイエローの目をうっかり見てしまうと、体がかたまってうごけなくなりそうだ。
「ありが?アリガ君っていうの?」
「えっ・・・?い、いや・・・ボクは。うぅっ・・・I feel sick(気持ち悪い)・・・」
「気分悪い?お水飲む?」
「あ、ありがとござます・・・」
彼女にさしだされたペットボトルの水を一口のんで、ボクはゆっくりクールダウンした。やさしい人だなあ。
「ずいぶん楽なりました」
「よかった。もう無理してジェットコースター乗っちゃダメだよ。身長制限にも届いてないのに、危ないよ」
「はあ・・・」
それよりももっと気にしなきゃいけないことがたくさんあるような気がする。のんきな人だな。春のやさしい日差しみたいだ。
おちついてから、もう一度、ボクたちのいる場所がどんなところか、見渡してみた。
「なんだか変なところだよね」
「そうですね」
どうやらボクたちがいるここは、テーマパークの一角みたいだ。目の前にはジェットコースター、向こうにはメリーゴーラウンド、あっちにはスプラッシュコースター、ホラーハウスや観覧車も見える。その向こう側は全然見えなくて空はどこまでも青い。このテーマパークはまだまだ広そうで、どこまでも続くような気さえする。ボクと彼女はぽつんと、そのど真ん中に置き去りにされたみたいだ。
「ところで、ボクまだ自己ショーカイしてなかったです」
「うん?アリガ君じゃないの?」
「ちがいます。ボク、Sniff。Sniff Luke Macdonaldです。スニフって呼んでください」
「スニフ君、か。かっこよくてかわいい名前だね」
「かっこいいとかわいい、ほめ言葉ってベンキョーしました。ありがとござます」
「私は、研前こなた。よろしくね、スニフ君」
「こなたさん。ステキな名前!スキップするみたい、楽しいです!」
「ふふふ、ありがとう」
そう言って微笑んだこなたさんの顔は、ボクの顔を熱くするのに十分なくらいキレイで、ずっと見ていたいくらいキラキラしてた。こんなに優しく笑う人はママ以外ではじめて会った。
どこか分からないテーマパークにたった二人きりでいるなんておかしな状況も、こなたさんと二人だったらむしろ心がウキウキしてくる。だけどこれだけ広いテーマパークで、ボクたちの他に誰もいないっていうのは、さすがにヘンだ。
「今日はこのパーク、クローズですか?」
「さあ?でもいまジェットコースター動いてたし、動かしてる人がいるはずだよね」
「う〜ん・・・ボク、コースター乗ったわけ、おぼえてないです」
「・・・おぼえてないといえば、スニフ君はここに来る前のこと、覚えてる?」
「ここ来る、前・・・?え、え〜っと・・・」
クリアーな瞳に覗き込まれると、考えようとしてたことが全部こなたさんのことでオーバーライトされて、きちんと考えられない。ここに来る前、ボクは何をしてたんだっけ?
「た、たしかボクは・・・そう、パパとママとエアポートでさよなら、ニッポンに来ました。ニッポンで一番のハイスクールに、インターナショナルスチューデントします・・・」
「ハイスクール?スニフ君、いまいくつなの?」
「12才です。ジャパンのハイスクール15才からでも、ボクの国、スキッピングできます。ボク、マスマティクス得意です」
「12才で高校に飛び級したの?すごい・・・頭良いんだね」
「ホントは国のユニバーシティ入りました。でもハイスクールなくなるのイヤでした」
「なんで?」
「セーシュンしたいです!」
「・・・ふふっ、そうなんだ」
そう言って、こなたさんはまた笑った。笑うと可愛いなあ。うっとりしてるボクに、こなたさんはそのまま質問する。ニッポンにもハイスクール沢山あるけど、その中で一番ならみんな知ってるはずだ。
「日本で一番の高校っていうと・・・もしかして希望ヶ峰学園かな?」
「キボーガミネ!それです!ボク、キボーガミネ・ハイスクールでセーシュンしにニッポンきました!」
「そっか、スニフ君も希望ヶ峰学園なんだ」
「ハイ!ボク、“Ultimate mathematician”でキボーガミネきました!」
『“超高校級の数学者” スニフ・L・マクドナルド』
やっと名前を思い出せた。そうだ。ボクはニッポンの希望ヶ峰学園っていうところで、失いかけたセーシュンを過ごしに来たんだ。いくらボクがマスマティクスが得意だからって、セーシュンをなくしちゃうのはイヤだ。ニッポン人はみんなハイスクールで汗と涙と恋と部活と友情とエトセトラなセーシュンを過ごすんだ!なんて素晴らしい国だ!
「でも、なんでジェットコースター乗ってるですか?さては、ここキボーガミネですか?」
「違うと思うな。希望ヶ峰学園は都心にあるはずだし、さすがに敷地に遊園地は持ってないと思う」
「そうですか・・・」
「だけどスニフ君も“超高校級”なんだね。なんだか安心したような、余計に不安になったような・・・うん、でも私たちが力を合わせればなんとかなるかもね」
「も、って・・・こなたさん、キボーガミネの人ですか?」
「うん。私も新入生なんだ。といっても、たまたまラッキーで選ばれただけの一般人なんだけどね」
『“超高校級の幸運” 研前こなた(とぎまえこなた)』
「希望ヶ峰学園の新入生が、二人も知らない遊園地にいつの間にかいるなんて・・・偶然じゃないよね?」
こなたさんもキボーガミネの生徒だったのか。それも、毎年一人、ニッポンの高校生の中からランダムに選ばれる幸運の才能を持つ人としてなんて・・・。
「ワ・・・ワ・・・」
「わ?」
「Wonnnnnderfuuuuul(素ン晴らしいィーーー)!!」
「えっ?」
「毎年一人のUltimate lucky talentに選ばれたの、すごいと思います!他のだれも同じことできないです!こなたさん、世界中にあなたしかいない、スペシャルなことって思います!」
「そ、そんなことないよ。私は何もしてないし、ただ選ばれたっていうだけだよ」
「ニッポンには、
「
「それでした!」
ああ、神様、はじめはびっくりしたけどボクにこんな素晴らしい出会いを与えてくれたことを感謝します。ボクに素晴らしい愛と、幸運を与えてくれたことに。
「だったら、こなたさんのハイスクールではじめのラッキーは、いまこうやってボクと出会えたことです!ボクにとって、人生一番のフォーチューンです!」
「ふふふ、そうかもね。私もスニフ君に会えてよかったよ」
ジェットコースターで目覚めたときはどうなることかと思ったけど、今になって思うと会えたのがこなたさんでよかった。キボーガミネとか、ここがどこなのかとか、分からないことも知らないこともたくさんあるけれど、このまま誰もいないテーマパークで二人っきりのデートでもいいかな。
なんて思ってたら、突然ボクたち二人だけの世界をやぶる声がした。
「ぎゃあああああああああああああッ!!?」
「ッ!!こ、こなたさん!ボクの後ろにかくれてください!」
「え?え?・・・どうやって?」
とっさにこなたさんを守ろうと、声のする方からこなたさんを庇った。だけど声がする以外は何もなくて、ピストルの音や何かが爆発する音は聞こえない。声がした方には、ホラーハウスがある。あの中に誰かいる?それとも、ホラーハウスの仕掛けが叫んだ?でも誰もいないのにいきなり?
「あの・・・スニフ君?大丈夫そうだよ。ありがとう」
「だいじょぶですかこなたさん?
「
「それでした・・・」
もっとジャパニーズのベンキョーしないと。
取りあえず、さっき声がした方に様子を見に行くことになった。ボクたちの他に人がいるかも知れないし、もしかしたらこのヘンな状況の理由を知ってるかも知れない。こなたさんと二人きりじゃなくなるのはイヤだけど、でもこなたさんが見に行こうって言うから仕方ない。
ホラーハウスは、いかにもニッポンの古い家っていう感じがして、チョーチンやかさのおばけがかざってある。かざってあるだけだ。『怪奇!恐怖のおばけ屋敷』ってアトラクションみたいだけど、よく意味が分からない。むずかしい漢字はまだ読めないんだ。
「私、おばけ屋敷ってあんまり得意じゃないんだ・・・」
「ダイジョーブですよ!ホラーハウスはぜんぶメカニカルです!ゴーストやモンスターなんてホントはいません!」
「そういうことじゃないと思うけど」
「こわいとボクに抱きついていいですよ!ボクはへっちゃらです!」
なんとなく怖い音楽が流れて、奥の方は黒いシーツで隠されてよく見えない。ホントは、いくら造り物と言ってもこわがらせるように作ってあるんだからこわいに決まってる。でもこなたさんの前で情けないところは見せられない。と思ったその時。
「うぎゃああああああああああああああッ!!!」
「Waaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaah!!?」
「きゃっ」
ホラーハウスの暗闇から、さっきと同じ悲鳴が聞こえてきた。いきなりだったのと少しこわかったから、ついボクもおっきな悲鳴をあげてしまった。かっこわるい。こなたさんもこわがってて聞いてなければいいなあ・・・。
びっくりしてその場で動けないでいると、黒いシーツをまくりあげて、と言うより巻き上げて、中から人が飛び出してきた。ボクのよく知ってるのとは違う色だったけど、なんだかライオンみたいに大きな頭をした人だった。
「ったはぁ!!や、やっと出れた・・・!!ちくしょう!!なんなんだよ一体!!?」
「あ・・・?」
「ひ、人だね・・・」
「はあ・・・はあ・・・!あ、あんたたち・・・ここぁどこだ?なんで俺、おばけ屋敷なんかに・・・?」
「お、おじさん、この中で起きたですか?」
「おじさんって・・・!カンベンしてくれよ。俺はまだ高校生だぞ」
「えー!?ヒゲ生えてるのに!?」
「単純か!お前だって子供じゃんか!って、しかも外人じゃんか」
「はい!ボク、スニフっていいます!」
「お、おう」
きっとホラーハウスの中でずっと走ってはおどろかされて、くたくたになっちゃったんだ。出てくるなり座り込んでぜえぜえ言ってる。ヒゲを生やしてるからてっきりおじさんだと思ったけど、ハイスクールの年なんだ。でも、ボクもこなたさんもキボーガミネ・ハイスクールの生徒だ。ということはもしかして。
「ねえ、もしかして君、希望ヶ峰学園の新入生だったりする?」
「んえ?ああ、そうだ。よく分かったな」
「実は私たちもなんだ」
「私・・・たち?」
「ボクもですよ!ボクは“Ultimate mathematician”です!」
「マス?数学者って・・・え、マジ?」
「マジですマジ!
「意味と使い方ちがうよ」
「いや〜、希望ヶ峰学園の考えるこたぁよく分かんねえな。ああ、じゃあ俺も自己紹介しとくか」
『“超高校級の運び屋” 須磨倉陽人(すまくらはると)』
「ハコビヤ?」
ハルトさんの自己紹介で、はじめて聞く言葉が出て来た。ハコビヤってなんだろう?ヤっていうのはヤオヤとかサカナヤとか、ショップの意味だって聞いた。ハコビのショップ。ハコビ?
「まあなんだ。モノを運ぶ仕事だよ。頼まれりゃなんだって運ぶぜ。出前蕎麦から国宝品までな」
「ああ!デリバリーサービスですね!Great!!」
「なんだっていいよ」
「須磨倉君は、ここに来るまで何してたか覚えてる?私たち、ここに来る前のこと覚えてなくて」
「そうか、悪いが俺も分からねえんだ。気が付いたら真っ暗なとこにいて、あちこちから驚かされてよ。一心不乱に走ってたらこの通りだ」
「私たちとあんまり変わんないね。私は気が付いたら観覧車のゴンドラだった」
「ボクはジェットコースター!」
ここまでボクたちが経験したことを、ハルトさんにも話した。どうやらボクたちは1人ずつ、別々のアトラクションの中で起きたらしい。そしてみんながキボーガミネ・ハイスクールの生徒で、ここに来るまでのことを何も覚えてない。いよいよ、ただごとじゃなくなってきた。
「こりゃあ、もしかしたらどっかの組かなんかに
「え?それどういうこと?」
「希望ヶ峰学園っつったら、卒業するだけで成功が約束されるとんでもねえ学校だからな。“超高校級”の“才能”を妬んで嫌がらせしたり、裏稼業の連中に睨み付けられたり、よくあることだ」
「???」
「つまり、さらわれたってこと?」
「だな」
「え!?そんな困ります!」
「困るってお前・・・」
「でも遊園地なんかに攫うかな?それに、私たち結構自由に行動できちゃってるけど?」
「そこが意味分かんねえんだよなあ」
なんだかよく分からないけど、今すぐ僕たちの身が危険っていうわけでもない。誰かが何かの目的でボクたちをここに連れてきたっていうことまでは予想が付くけど、そこから先は何も分からない。何のためか、何をしたいのか、ボクたちはどうなるのか、わけがわからないよ。
「俺たち以外にゃ誰もいないのか?」
「私たちもさっき会ったばっかりだから・・・でも、もしかしたら他にもいるかもね」
「じゃあ、ちょっくらこの園内探してみるか!もしかしたらこれは何かの間違いで、すぐ帰れるかも知れねえし」
「そうだとしたらなんのまちがいなのかも気になりますけど」
「あのお、もしも〜し」
「「わっ!!?」」
ハルトさんがリーダーシップをとって、このテーマパークに人がいないか探しに行くことになった。さあ行こうと思ったら、いきなりボクたちとは違う声が聞こえた。まだホラーハウスの前にいるから、ボクもハルトさんもこなたさんもびっくりして抱き合っちゃった。
「あ・・・あ〜、驚かせるつもりはなかったんだよねえ。ごめんごめん」
「な、なんだびっくりしたあ!急に話しかけんなよ誰だよ!」
「いやあ、この辺から悲鳴が聞こえたからあ、もしかしたらおれ以外にも人がいるのかと思って来てみたんだあ。こんなに区別のしやすい3人がいるとは思わなかったねえ」
頭の後ろをかきながら、その人はずっと微笑みながら話す。間延びしたしゃべり方でなんだかこっちまで気が緩んでくるけれど、誰だか分からないその人は妙に不気味に思えた。ぼさぼさの髪の毛にシャツとジャージのズボン、ゴム製のサンダルなんてだらしないかっこうで、メガネの奥の目は開いてるのか開いてないのか分からない。シャツにはかっこいい漢字が並んでる。なんて読むのかな。
「おい『諸行無常』!なにもんだお前!」
「人をシャツのプリントで呼ばないでくれよお。自己紹介だろお?実はさっきちょっと聞こえてきたんだけどお、みんなあの希望ヶ峰学園の生徒なんだろお?おれもなんだよねえ」
『“超高校級の造形家” 納見康市(のうみやすいち)』
そう名乗ったヤスイチさんは、ボクたち一人一人をじっくり眺めてうんうん頷いた。何に納得したんだろう。
「まあそのお、よろしくねえ」
「また希望ヶ峰の生徒か。こりゃいよいよ偶然じゃねえな」
「ねえこなたさん。
「
「この世のあらゆるものは常に変わり続ける、って意味だよお。おれは造形家だからねえ。創作のテ〜マはいつも身につけてるのさあ」
「そんなこたどうでもいい!お前、さっきまでどこにいたんだ?」
「あっちにスプラッシュコ〜スタ〜があるんだあ。どうやら寝てる間にそれに乗せられたらしくてえ、水を思いっきり被って目が覚めたんだあ」
「だから肩からタオルかけてるんだね」
「普通はカッパ着せるもんだけどねえ」
「カッパがいるんですか!?ニッポンのモンスター!?」
「レインコートの方だよ」
「なあんだ」
「ははは、外国人の子供なのによく知ってるねえ」
「お前らなに和んでんだよ!」
ヤスイチさんののんびりしたしゃべり方につられて、なんとなくその場で落ち着いちゃいそうになった。だけど、まだ何も解決してない。それどころか、また新しくキボーガミネの生徒が現れた。むしろ事態は止まったまま、もしくはもっと悪い方向に進んでるような気さえしてくる。
「それにしてもお、最先端機器っていうのはすごいもんだねえ。ずぶ濡れになっても壊れてないみたいだあ」
「何のはなしですか?」
「ほらあ、おれたちみんなの腕についてるこれだよお。この腕時計みたいな端末のことさあ」
「えっ?あ、ほんとだ」
「全然気付かなかった・・・」
「付けてねえみてえだ」
「みんなおれよりよっぽどのんびりしてるんじゃないかい?まあ確かにい、付け心地が良いというより付け心地が無いくらいだからねえ」
とっさに左手首を見ると、確かにヤスイチさんの言うようにウォッチが巻き付いてる。カードサイズの画面には、たぶん今の時間が表示されてて、ただのデジタルウォッチとあんまり変わらない。でも、ボクはこんなもの知らない。ヤスイチさんだけでなく、ハルトさんもこなたさんも知らないらしい。なんだろう、これ。
「これで4人か・・・この人数を
「みんな別々のアトラクションで目覚めてえ、しかも全員“超高校級”かあ。やっぱり偶然なわけないだろうねえ」
「ここはどこなんでしょう?キボーガミネ・ハイスクールはニッポンにあります。ここ本当にニッポンですか?」
「ねえ須磨倉君、私たち丁度人を探しに行くところだったよね?」
「ああ、そうだったな」
「だったら、一ヶ所調べたいところがあるんだ」
「なんか心当たりでもあんのか」
「私たちみんな違うアトラクションにいたでしょ。だから、もう一人、あそこにいるんじゃないかなって思うの」
そう言ってこなたさんは、少しはなれた場所にあるメリーゴーラウンドを指した。確かに、ボクたちの目が覚めた場所のルールをみれば、それはもっともらしい予想だ。ハルトさんもヤスイチさんも、こなたさんの考えにうなずいてる。
「よし!じゃあ調べてみっか!」
「なかなか鋭いじゃあないかあ、研前氏」
「そんなことないよ。それじゃスニフ君、行こう?」
差し出された手を握って、ボクたちはメリーゴーラウンドに向けて歩き出した。
メルヘンな造りのメリーゴーラウンドは思ったより大きくて、まだ明るいのにイルミネーションがキラキラ光ってる。今にも動き出しそうだけど、乗り場のドアは開いてる。アトラクションの中だと大人しい方だけど、いきなり動いてこなたさんが転んだら大変だ。
「こなたさんはまってください!ボクがしらべてきます!」
「そう?ありがとうスニフ君」
「
「
「それでした!」
「つうか、ホントに誰かいんのか?」
「こなたさんのロジックにまちがいありません!さがしましょう!」
「素直だねえ」
とは言っても、メリーゴーラウンドは他のアトラクションに比べて人がかくれられそうなところなんてほとんどない。馬の上でねてたりしたら自然に落ちちゃうだろうし、ボクらのそれぞれの状況を考えたら床でねてるなんてことはないだろう。つまり、このアトラクションで人がいるとしたらそれは・・・!
「馬車の中、ですね!」
「6台くらいしかないからすぐ探せるな。よし、ちょっくら反対側見てくるわ」
「須磨倉氏やけに張り切ってるねえ」
「う〜ん、いないですね。もしかして、一人で起きてどこか行ったでしょうか?」
「その可能性もあるよお。須磨倉氏の悲鳴を聞くまでおれもどうしようか考えてたくらいだからねえ。移動する時間は十分に」
「おーい!こっちにいたぞー!」
反対側に回ったハルトさんに呼ばれて、ボクとヤスイチさんはぐるっと回ってハルトさんのいる馬車まで走った。ピンク色でピーマンみたいな形をした馬車の中を見ると、まだねてる人がいた。しかも女の人だ。
クリーム色のかみの毛が長く垂れて、でもまとまりは崩れてない。固い馬車の椅子に横になってしずかに寝息を立ててる姿はなんだかキレイで、でももっと気になるのは、その人がキモノを着てたことだ。グリーンのキモノにつやのある高そうなゲタをはいたまま、その人はねてた。
「すう・・・すう・・・」
「マ・・・」
「今度は女か。うん、俺らと同じ機械も付けてる。こいつもここまで
「熟睡してるようだねえ。気持ちよさそうにしてえ、起こすのを躊躇ってしまうじゃあないかあ」
「Marrrrrvelooooous(うっひょーーー)!!」
「うおっ!?」
「ふがっ?」
思わず声を上げてしまった。だってキモノなんてはじめてみたんだもの!ニッポンの女性が着るトラディショナル・ファッションで、一説には洋服のときとくらべて色々なところが30%アップするとかしないとか・・・それにかっこいいじゃないですか!
でもボクが大声を上げたせいで、その人は起きてしまった。起き上がる動きもなんだかキレイだ。
「んむ・・・?・・・?」
「あっ、す、すいません!つい声が・・・!」
「いきなりデカい声出すなよ!この短時間に何回ビビらせんだよ!」
「ぃょ?・・・いよぉぉおおおおおおおおおおおおおっ!!?」
「うおああああああっ!!?っでええ!!」
ハルトさんがボクに怒るのをさえぎって、今度はねてた女の人がヘンな風に大きい声を上げた。それでハルトさんはまたびっくりして、馬車の入口の天井に頭をぶつけた。本当にハルトさんはびっくりしすぎだよ。そろそろなれてほしいとちょっと思った。
「ななななっ!!?何でえ貴方達はぁ!!?幼気な女子の寝処に忍び込むたあ何て不埒な輩どもで在りましょうか!!」
「はあ!?ね、寝処!?寝ぼけてんじゃねえよ!こんなところ寝床にしてる奴いるか!」
「いよに乱暴する
「春画て!!っつうかしねえよ!!」
「シュンガってなんですか?」
「スニフ氏にはまだ早いかなあ」
「いよっ?所で此処は?よくよく見ませば此処はいよの寝処とは随分に趣も意匠も違う、何とも異国情緒溢るる様相では在りませんか」
「な、なにを言っているんでしょう・・・?」
「スニフ氏にはまだ難しいかあ」
起きたと思ったらいきなり捲し立てるように喋って、でもその言葉の意味はいまいちよく分からない。でもどうやら、ここが自分のベッドルームじゃないってことは分かってくれたみたいだ。ボクたちにびっくりしたみたいで、パニックになってたんだね。詳しいことは、ヤスイチさんが説明してくれた。
「というわけでえ、おれたちみんな同じ立場ってワケだあ。分かってくれたあ?」
「成る程。いやはや然様な事に成ってようとは、此奴ぁ大変な失礼を仕りました。ぁいや然し!寝起き様に殿方三人に寄られ動転せぬなど女子に非ず!お互い様てな事で手打ちと致しましょう!」
「分かってくれりゃあいいけどよ・・・俺はもうびっくりしすぎて気持ち悪いよ。全身の
「兎に角、いよも協力しましょう。斯様な所ですやすや寝てられませんな。では改めて自己紹介を!手前、相模いよと申します!」
『“超高校級の弁士” 相模いよ(さがみいよ)』
「今時若い人らには馴染みの無い“才能”でしょうが、まあ気にせず一つ、宜しくお頼み申し上げます」
「さて、これで5人か。ひとまずこんなもんか?」
「他にアトラクションも見当たらないしい・・・もう少し遠くを探すかい?」
「みんな、誰か見つかった?あ、よかったあ。女の子だ」
「いよっ?其方は?」
「研前こなたさんです。彼女もボクたちと同じ、キボーガミネの生徒なんですよ」
「よろしくね」
「女子はいよだけではなかったのですね!これは心強い!」
メリーゴーラウンドに上がってきたこなたさんといよさんは固くシェイクハンドした。やっぱり女性は女性がいた方が気持ちが楽なのかな。それにしてもこれで5人もの“超高校級”が集まった。集まってしまった。いよいよこれがただの偶然じゃなくて、事件だっていうことが証明されてしまったようなものだ。このままこのテーマパークにいて、ボクたちは安全なのか?助けは来るのか?そもそもここはどこなんだ?
答えの出しようがない疑問が次々わいては積み重なる。このままじゃマズい。何か動かないといけない。そんな予感がし始めてきたところで、腕につけていた例のウォッチが震えた。
「え?」
みんなが一斉に自分の腕を見る。さっきまで時間が表示されていた画面には、時間の代わりにマップみたいなものが表示されてた。一ヶ所が赤く点滅していて、そこから見て左上の方に緑色の三角形が浮かんでる。これは・・・ボクのいる場所?
そして続けざまに、パーク内に鳴り響く音。音階がめちゃくちゃで、不安になりそうなメロディだ。
「な、なんだ?」
メロディが止まると、今度は同じスピーカーから声が聞こえてきた。背筋が凍るような、なぜか身体の奥から震えがわきあがるような、不気味で不快でゆううつな声だった。
『オマエラ!おはようございます!ただいま、地図に表示された場所に、至急集合してください!オマエラ!おはようございます!ただいま、地図に表示された場所に、至急集合してください!オマエラ!おはようございます!』
メカニカルな音声がリピートする。地図に表示された場所っていうのは、たぶん今ボクたちのウォッチに表示されたもののことだ。そこに集合って、ボクたちの他にも同じ状況の人たちがいるのか?集合させるなら、なぜボクたちをねかせたままバラバラにさせたんだ?また答えの出ない疑問が・・・。
「行こう、スニフ君」
「!」
今のアナウンスを聞いて、こなたさんたちは行くことに決めたみたいだ。もちろんボクだってそうだ。このまま無視して相手を怒らせたら大変だ。でも、言いなりになるのが良いとも思わない。だから迷ってしまったんだ。
「大丈夫だよ。みんながいるから」
まただ。またボクはこなたさんに手を引かれた。ボクがこなたさんの手を引きたいのに、ボクの臆病が、彼女に前を歩かせてしまった。
「ありがとござます」
ボクがつないだ手は、さっきより固くにぎり返された。
じゃじゃじゃじゃーーーん!!
ダンガンロンパ二次創作小説の第二弾、始動です!!
ちなみに前作の『ダンガンロンパQQ』とは何の繋がりもありませんので、今作からお読みいただいても大丈夫です!