第参話 A transfer
「──で、レーティングゲームに負けた事で妹の結婚が確定したのか。おめでとうさん」
『僕としてはこの結婚に反対でしたが……。眷属が揃っていれば、或いは』
「てめぇの立場なんざ気にしてるからだ。じゃあな」
それだけ吐き捨てるように言うと術式を消した。吸っていた煙草を携帯灰皿に押し付けながら、ベランダから出る。朝早くに連絡してくるので何事かと思えば実にくだらない内容だった。
と、寝ぼけ眼のミッテルトがリビングに入ってきた。声を抑えたつもりだが起こしてしまったらしい。
「お早うっス。誰かと話してたんスか?」
「あー、古い知り合いとな。まだ寝てて構わんぞ?」
「眼が冴えたし、『境界線上のアリア』も見たいっスから」
そう言ってテレビの前にチョコンと座った。
「……アーシア、大丈夫っスかね」
「アザゼルに預けたんだ。奴なら心配いらん」
救出したアーシアの身柄はアザゼルに預ける事となった。
「ま、元気でやるだろうよ」
「だと良いっスけど。……お、始まった」
「確か今日から新章だったか」
ピーナッツの小袋を片手にイッセーもミッテルトの隣に腰を降ろした。
願わくば、この平穏がずっと続きますように。些細な祈りは口にしなかったが、その代わりにただ寄り添った。
「どうした、やけに積極的だな。らしくねぇぜ?」
「……何でもないっス」
「あん?」
影に隠れていた。そう言い訳して、彼女の顔は見なかった。
「……で、昼の予定はどうする?」
アニメを見終えた後で、朝飯を軽く頬張りながらイッセーは訊ねる。と言って学校や仕事に行く必要がない彼等に、特に用事も無いのだが。
うーん、とミッテルトも曖昧に返す。
「ウチの日用品も買って貰ったし……。今は別にないかなぁ」
「じゃあマリカーでも……ッ!?」
「どうしたんスか?」
いや、と頭を掻きながら彼は窓に視線を移した。先程までの陽気な雰囲気は一転、冷たいオーラとなってイッセーを包んでいた。
レイナーレを殺した時と同じだ。彼女は背筋が震えるのを感じた。
外を睨んでいたイッセーだが、面倒そうな溜め息を吐きながらミッテルトに向き直った。
「……今晩、出掛けるぞ。厄介な事態になった」
▼▼▼▼▼
深夜となり、宵色に囲まれている駒王学園。普段の静寂は消え去り、異形達が戦う舞台に変貌していた。その一人、堕天使コカビエルは退屈そうに欠伸をする。
「つまらんなぁ。戦争の幕開けとしては、あまりにも興醒めだ」
「コカ、ビエル……ッ!!」
「そうだな。サーゼクスが到着するまでの暇潰しに、女共を犯すのも悪くない」
辺りには満身創痍のリアス達が転がっていた。自信満々に挑んでくるから試してみればこの有り様。聖書に名を刻まれた堕天使の相手には役者不足だったらしい。
実力は兎も角として身体は悪くない、と彼は下卑た笑いを浮かべた。
「先ずはこの白い小娘からだ。勢い余って壊しても悪く思うなよ?」
「誰がお前なんかと……! 離せっ!」
両腕を掴まれて必死に抵抗するも所詮は下級悪魔。コカビエルに敵う筈もなく楽々と持ち上げられた。
「服を引き裂いて裸に晒してやろう。餓鬼を抱くのもまた一興だ」
「止めて、下さい……! こんな、こんな形で……ッ!!」
「恨むなら愚かな悪魔にするんだな」
そして無防備な制服に手を伸ばしたその時、第三者の声が響いた。
「おう、コカビエル」
「お久し振りっス」
Tシャツに短パン、サンダルというラフな格好の男とゴスロリ幼女が真っ直ぐ歩いてきた。嬉しそうなコカビエル。
「……久しいな、メルヴァゾア。俺の邪魔立てに来たか」
「それと、白髪の嬢ちゃんを助けにな」
「随分と優しくなったものだ。昔のお前が見れば驚くだろうな」
そのままチラとミッテルトを見た。アザゼルから保護者云々の話を聞かされた時には酷く驚いたものだ。かつての彼ならば間違いなく見捨てた筈だから。
小猫を投げ捨てて、構える。
「今のお前ならば──」
「取り敢えず死ね」
同時にコカビエルの身体が水風船のように破裂した。呆気ない幕切れだった。
「よし、この嬢ちゃんも連れて帰るぞ。精神的な傷が心配だ」
「更に同居人が増えるんスね!」
God is our help and shield.
神はわが助け、わが盾なり。