1層攻略から10日以上経ったある日、Mとキリトとゼロの3人は主街区である【ウルバス】付近の圏外エリアでやって来るモンスターを倒しながら人を待っていた。ゼロの方は欠伸を1つすると、Mに尋ねる。
「なぁM、ホントに良いのか?患者探しやらねぇの」
「一応デウスと見回ったけど居ないから大丈夫だよ。ただ、1人にさせて大丈夫だったかなっては思ってるんだ。リアルでも無茶ばっかりするし……」
「そりゃ心配になるわな……」
「皆、お待たせ」
後ろからデウスの声が聞こえたので振り返る。先程まで1層に残っているプレイヤー達の容態を見まわってきたデウスは、にこやかに両手斧を肩に担がつ片手で持っていた。
「先生、お疲れ様です」
「ありがとうキリト君。Mさん、ディアベルさんの方なんですけど……少しは精神的にも落ち着きを取り戻してきました。ですが1度感染したので再発する可能性も考えられます。一応フレンド登録して連絡できるようにしましたけど……」
「いや、それで充分だよ。今はその位が良い」
「おーい御二人さん、早く行くぞー」
「「わかった」」
なぜこの4人が集まって、そして何処に行くのだろうか。実を言うとこの層には“エクストラスキル”と呼ばれる、習得条件が特殊なスキルが存在するのだ。そのスキル名は【体術】と呼ばれ、その名の通り生身でのSS使用を可能とするものだ。
このスキルを習得する為に2層にあるクエスト受注指定所まで向かう。その途中、『アルゴ』というプレイヤーが2人のプレイヤーにストーキングされていたので追ってみれば体術スキルを習得したいので情報が欲しいと追いかけていたらしい。
しかし途中でモンスターと邂逅したので倒し終えると、見た目相応の安堵した姿を見せたアルゴ。話をしてアルゴはデウスとキリトがウルバスまで送ることを決めると、二手に分かれた。
といっても最近実装されたらしく場所が分からない……かと思えばゼロが勘で探し当てたので、後から到着した3人は色々とツッコみたかったが、アルゴと別れて体術スキルを取得していく。
「いや硬っ!これ硬っ!」
「こんな大岩……どうやったら壊れるんだろうか?」
「そりゃ……何度も壊れるまでやるとか」
そう、壊れるまで何度も何度も生身で攻撃しなければならない。その回数がどれ程になるのかは誰も知らない。知らないのだが……約1名だけ進行状況が異常であった。
皆さんご存知、デウスであった。
「ハアアアアアア!」「「「いや速っ!」」」
ゲムデウスウィルスの侵蝕率の高さから、VR内で異常な身体能力を発揮しているデウス。デウス自身がお得意の蹴り技を連続して放ったり、時にゲムデウスと交代して打撃技をして……クエスト受注から5時間が経つとデウスはクリアした。
「終わったー」
『楽だったな今回は、まぁ既に現実でも人間から遠のいてはいるがな』
「うそーん……普通ここまで早くねぇぞ」
『永夢、俺達もゲムデウスみたいに交代するか。それだと早く終わるぜ』
「そうしよっかなぁ……」
「あー、ハンバーガー美味しい」
「先生!そこでハンバーガー食うのは飯テロですよ!」
別の岩の上に居る仙人と思わしきNPCが驚きの混じった、しかし表には出さない様に笑顔を取り繕っていたそうな。普通は日単位で終わるものらしいのだが、呆気なく終わらせてしまった故にだ。
そして色々とあって、次にMとゼロが僅差で終了した。既にデウスは見回りなどに精を出す為にモンスターを倒しつつプレイヤーを見回っていた。
「っだぁ!つっかれたぁ………」
「精神的に疲れた……しんどい」
「ほっほっほっ、よくぞ終えたの」
岩の上の仙人が2人に歩み寄る。顔に描かれた猫髭のペイントが消えると、その仙人はゼロの方を凝視する。何かと思ったゼロは仙人と視線があった。
「あっ?何か顔に付いてるか?」
「…………のぉお前さん、儂の話を聞いていかんか?」
「うぇっ!?まだクエスト続くのかよ!?」
「えっ、続くのか?でも先生帰って行ったし……ゼロ、何かフラグ建てたんじゃないか?」
「建てた覚えはこれっぽっちもねぇよ!」
「なに、話を聞くだけで構わん。どうじゃ?」
「絶対何かフラグ建てただろ羨ましい!」
「何処をどう見れば羨ましいんだよアホ!」
「ま、まぁまぁ。でも折角のクエストなんだし、受けなきゃ損だと思うよ。僕も以前気付いてなくてクエスト1つ消化しそびれて全クリじゃなくて……ノーマルエンドを2回見せられたし」
「「あー、それあるあるっすよね」」
ゼロとキリトがハモった。キリトは取り敢えず殴り続けろと言いたいのだが、言っていることはゲームプレイしている者にとってあるある行為に妙に納得するのでお咎め無しとしよう。
ゼロも消化しきれなかったことは幾らでもある。小学5年の頃、柔道の大会で決勝戦に登りつめたが相手が怪我をして棄権したため満足のいく結果では無かったことを思い出す。元軍人の父を持つゼロは、ある時を境に強くなる為に父親に訓練を頼み込み、今ではそこいらの学生より遥かに強い。
そんなゼロは昔を思い出し、怪訝な表情をするも仙人の話を聞くことを決めた。
「……ハァ、その話ってのはなんだ?」
「ふむ、では話そうかの。あれは昔、儂が修行中の身であった頃じゃった……」
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その昔、先程も言ったが修行中の身であった儂は様々な場所を転々としながら日々鍛えておった。それはもう辛く厳しい修行なのを覚えておった。
ある時、儂は修行中に大怪我を負ってな。腹に大穴が開き、両脚を動かすことが出来なくなったんじゃよ。死にかけの意識なぞ、すぐに消え失せて死ぬのかと思われた時じゃった。
変な夢を見たんじゃ。暗い闇の中、一筋の光が現れてな。その光は急激に大きくなり儂の視界を覆ったが、不思議と安らぐ気持ちを覚えた。
その光の中を見ていると、儂でも見たことの無い存在を見た。その光からゆっくりと姿を表したのは、何とも形容し難かったが……人の様な形をしておったのは分かった。
不思議なことに、その存在は儂を見下ろすほどに大きくなっていった。大きくなったその手を儂に向けて暫くすると、その存在は消えていったのだ。
目が覚めてみれば生きているのが分かった。そして儂の体にあった大穴と両脚の傷は全くといって良いほど無かった。気が付けば儂にとって見慣れない場所に居たのじゃ。
大きな湖じゃった。この世の物とは思えぬほどの澄み切っておったのを覚えている。じゃが直ぐに修行に戻らねばと思い立ち、すぐに湖から離れた途端じゃ……
振り返ってみれば、湖なんぞ何処にも無かった。そもそもそんな場所がなかったかの様に、木々だけが生い茂っておったわ。
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「とまぁ、そんな話じゃ」
「……いや、不思議なんだけどよ。何で俺に話したんだよ?」
「何故だか、お前さんには話しておかなければならんと思ってな。……何故だか、前に見たその存在と似ておると感じていたからの」
「はぁ……?」
ゼロは何がなんだか分からなかった。傍から聞いていたMやキリトでさえも疑問符を浮かべていた。それを話し終えた仙人は、また岩の上へと上り座った。
ゼロは一息付くと、そこから立ち上がり洞窟から出る。
「何処に行くんだい?」
「ん、あぁ……ちっとブラブラするだけだ。安全マージンは越してるから別に良いだろ」
疲れた様子を見せながら何処かへと出かけたゼロ。短剣を持ち、放り投げて遊んでいた。途中向かってくる敵を的確に倒していくと、ゼロの嗅覚に水の匂いが入ってきた。
「……水?けどこの近くに水なんて……」
そう重いマップを開いて調べてみると、何故か湖と思わしき場所が映った。不思議に思ってマップを閉じ先へと進むと、湖に出た。大きな湖だった。
「……こんな場所、あったか?」
────よくぞ来た。光の子よ
「っ!?」
ゼロは急に聞こえた声に警戒し、辺りを確認していく。だが人影は今のところゼロしか居ない上に、人の気配もゼロ以外しなかった。
────この日を待ち侘びていた。幾度も、この出会いを待ち望んでいた……運命の歯車が噛み合う時を。
「運命……?待っていた……?何の話だよ……」
────光の子よ。過酷な運命を背負わせることを、許して欲しい。しかしこれは、我らの使命である。それをどうか、受け入れてほしい。
────理不尽が君を襲うだろう。困難が立ちはだかるだろう。力を得て苦しむこともあるだろう……だが、我らは1人ではない。互いに助け合い、互いに守りあえ。それが我らの願いである。
湖から球体の光が飛び出た。その光はゼロに高速で向かい、ゼロの体に入った。
「うおっ!?」
そしてゼロの体から、小さな光が出てくる。その光に手を添えると徐々に光が消えていく。光が消えると、中から小さな円柱状の物体が現れる。落としそうな所を素早く掴んだゼロであったが、違和感を感じていた。
「んぁ?…………」
何か思ったことがあったのだろうか、短剣を取り出して振るってみた。
目に見えて素早くなっていた。振るう速度が急激に速くなり、短剣の重さを感じなくなっていた。それを不思議に思ったゼロであったが、次に短剣をしまって持っているアイテムを確認してみる。
「……【Planet ark】何じゃこれ?」
次にゼロの視界にスキル習得の通知が入った。新たなスキルを手に入れたことに疑問を覚えたゼロだが、スキル欄を確認してみる。
「ん?……【ultimate human】、超人……ってか?」
ゼロはスキルの説明を見た。
全ステータス上昇補正と【Planet ark】の使用条件。それだけしかなかったが、ゼロにとってもプレイヤーにとっても良いものであった。
最後にゼロは、【Planet ark】の説明を徐に見た。
“この世界に蔓延る悪から人々を守る時に使う時、その願いが叶う力。この世界に残された希望の1つ。光の戦士となりて、人々と世界を守り抜け”
まるで、ゼロに対して戒めているかの様な説明であった。