ダンジョンに出会いを求めたら黒の剣士に会いました? 作:アーズベント・ウィッカ
「ふぁ〜」
早朝のメインストリートを歩きながら、俺は欠伸をする。
元来、夜型である俺にとって朝早くに起きるというのは拷問に近い。だが、相方であるベルがこの時間から迷宮に潜るとあっては流石に三度寝、四度寝は出来ない。…二度寝ぐらいは多目に見て欲しい。
「相変わらず眠そうだね、キリト」
俺と同じ時間に寝て、同じ時間に(ベルの方が早起き)起きているといるのに、全然眠く無さそうなベルが言う。
「そういうベルは眠く無さそうだな、神様の抱き枕は寝心地がいいらしい」
「ちょ! 何言ってるだよキリト! あれは神様が寝ぼけてただけで、決してやましい事は!」
「はいはい、そういう事にしとくから余り大声出さないでくれ。頭に響く。」
「本当に何も無いよ!」
実は、今朝ベルの寝床にヘスティア様が潜り込むという事件があった。…十中八九わざとだろうが。
だけど、その時のベルが上げた驚きの奇声で起こされた身としては、嫌味の一つや二つは言わないと気が済まない。
しかもベルがヘスティア様が居ることに慌てて飯も食わずにダンジョンに向かったものだから、パーティーである俺も仕方無しに後に続いた。当然、飯は食えていない。
大体ベルの奴、神様の気持ちに気付かないってのはおかしいだろ。あれだけ、アプローチされているのに。傍目から見てる俺が気付くくらい積極的なやつを。
そんな有り得ないレベルの鈍感な癖して、ダンジョンに出会いを求めてるというのは如何なものか。…まぁ、出会い自体はあったが。ベルが理想としてる出会いとは全然違ったけど。
「まぁ、それはそれとして。飯どうする?」
「…それは、僕の所為だから奢るよ」
「おぉ、そうこなくっちゃな! それじゃこの前見つけた、安くて上手い屋台にでも行くか」
「キリトってそういう店よく見つけるよね」
「おう、暇な時は大体散歩してるからな」
「そうなんだ、今度僕も一緒にーーーッ⁉」
会話をしていたら、突然ベルが振り返って辺りを見回した。いきなりの事で、驚くが取り敢えず同じ様に辺りを見回す。
…普通だ、普通の町並みだ。行き交う人々、カフェテラスで別れを告げられてる男性、ウザい顔の猫、振られてる男性とは打って変わって一人の男に三人の女性が誰を選ぶのと迫る修羅場…いや、ちょっぴり気になるけど、急に振り返る程でも無いはずだ。
「おい、どうしたんだベル? いきなり振り返って」
「…誰かに視られてる気がする。」
「視られてる?」
「…キリトは感じないの?」
「俺は何も、強いて言えば周りの目が痛いぐらいだ」
俺達二人が辺りを見渡すのを見て、多くの人が奇異の目で見てくる。感じるのはその位だ。
たが、ベルが感じてるのはもっと別の視線なんだろう。ベルが嘘をつく事は無い。だとすると、どこかに居る筈だ。ベルを視てる奴が。
「あの…」
『!』
後から声が掛けられる。俺達は直ぐさま反転し、身構える。
声を掛けてきたのは、ウェイトレスの様な格好をした少女だった。
…しまった、警戒していた所為で過剰な行動を取ってしまった。悪い事をしてしまったな。
「ご、ごめんなさいっ! ちょっとびっくりしちゃって……!」
「悪かった、右に同じくびっくりした。」
俺達二人は頭を下げ謝罪を行う。
「いえ、こちらこそ驚かせてしまって…」
こちらの謝罪に対して少女の方も頭を下げてきた。こっちが過剰過ぎたのに、いい子なんだろうな。どことなく違和感があるが。
「な、何か僕達に?」
「あ…はい。これ、落としてましたよ」
ベルの質問に少女はそう答えて、手を差し出す。その上に乗っていたのは魔石だった。
「…ベル、日頃無駄使いするなって言ってる癖に大事な稼ぎを落とすなよ」
「えっ、僕? キリトじゃ無くて?!」
「その子はベルの前に魔石を向けてるんだから、落としたのはベルのはずだ。」
これで、俺だったら恥ずかしいがそれは無いはずだ。
「あっ、はい。貴方が落としてましたよ、これは」
「あ、あれ?」
やはりな。
「はは、やっぱりお前じゃん。大体俺は直ぐ換金するから手元にある訳がないぞ」
「それは、僕だって…」
「これに懲りたら、俺の探究心を無駄使い呼ばわりはやめて貰おうか」
フハハハと高笑いしながら勝利の余韻に浸っていたら、魔石をベルに渡した少女がこっちに来て何かを差し出してきた。
「それで、こっちが貴方が落とした物です」
…差し出されたのは、ミノタウロスの魔石だった。…そういえば、結局換金するの忘れてたな…ははは。
「…あ、ありがとう。」
「キリト、君だって人の事言えないじゃ無いか。」
ベルの冷たい目が痛い。少女の苦笑いが心に刺さる。
補足
キリトは普通に落としてます。欠伸した時ポロッと。