ダンジョンに出会いを求めたら黒の剣士に会いました? 作:アーズベント・ウィッカ
「あの、大丈夫ですか?」
蒼い装備に身を包んだ、金眼金髪の女剣士。
ロキ・ファミリアの【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。
冒険者で知らない奴はそうそう居ない高ランク冒険者だ。現に冒険者になって半月の俺だって知っている。
「あ…あぁ、大丈夫です」
いきなりの状況の変化に戸惑いながら質問に答える。
俺の返事に彼女は頷き、続いてさっきから黙っているベルに近付いく。
「…貴方の方は?」
ベルにも同じ意味の問い掛けがされる。
「うわぁぁぁーーーーー!」
が、ベルは逃げ出した。脱兎の如く。
「おい! ベル!」
突然の逃亡に思わず声を荒らげるが、ベルには届かたかった様でそのまま何処かえと消えて行った。
ベルが逃げた事で、空気が微妙な感じになってしまった。えっ何、何で俺初対面の高ランク冒険者とこんな変な空気になってるの? ベルの奴、覚悟しとけ。今日はお前の分のじゃが丸君はないからな!
「…私、あの子に何か悪いことした…?」
変な空気は彼女の問い掛けで解消された。
ベルが逃げだした事を自分の所為なのかと、聞いてきたのだ。
「いや、そんな事ないと思う。寧ろ助かった、ありがとう」
「…ううん、お礼をいわれる事はして無いよ。このミノタウロスを、私達が取り逃がした所為で君達は襲われたんだから。…ごめんなさい」
なるほど。要は下層から逃げ出したミノタウロスに俺達は運悪くであってしまった訳か。
「いやいや、謝る必要無いって。故意でやった訳じゃ無いんだろ、俺達も何とか無事だったし。」
「…その事、何だけど。…君達はミノタウロスと戦ったの?」
「…一応戦いました。」
主に不意打ちや、挑発、急所攻めだったが戦いには変わりない。…改めて考えると姑息な事ばっかだな。
「…君達、駆け出しじゃ無いの?」
「…駆け出しです。」
俺もベルも、半月程度の新人だ。
「…このミノタウロス、私がつけた以外の傷が結構ある。…もしかして、私余計な事しちゃった?」
彼女はミノタウロスの死体と俺を交互に見ながらそんな事を聞いてきた。
「いや、そんな事無い。正直助かった」
あのままじゃ、無事に勝てたかどうか怪しい。いや、負けるつもりはサラサラ無かったけど、無事にとはいかなかっただろう。
俺の回答で、彼女のもしかしてモンスターの横取りをしてしまった? みたいな不安顔が元の無表情に戻った。
「…良かった」
彼女はモンスターの横取りが杞憂だったことで安堵しているのか?
「あ、ベルが心配なんで俺はそろそろ戻るよ。ベルにも今度お礼と逃げ出しの謝罪させるから」
俺は、そう言って地上に戻ろうとしたら、
「…あの、ミノタウロスの魔石、持っていかないの?」
聞き捨てならない事を聞いてしまった。
「え、魔石は倒した君の物じゃ」
「…ううん、元々こっちの所為だし、それに私が止め刺したけど、死体をみたら君達の方がダメージ与えてる。だから、君達の物。」
そこまで言うなら貰わない訳には行かないよな。決して魔石で入る金目当てではない。
「…じゃあ、貰います。」
そう言って、恥ずかしげも無くミノタウロスの魔石を貰い俺は地上に帰った。
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去りゆく少年を見ながらアイズは考える。駆け出しがたった二人でミノタウロスを瀕死に追い込んでいた事実を。
本来、レベル差は絶対だ。ミノタウロスのレベルは2に該当するのに対して彼らは駆け出しのレベル1。勝てる筈のない差がそこにあるはずなのだ。
それなのに彼ら二人は、倒してこそいないが、それはアイズが介入あったからと考えると…もしかしたら、アイズが介入しなければあの二人は倒していたかも知れない。レベル差をものともせずに。
(…あの二つの剣、多分業物)
アイズは考える。あの二人がミノタウロスと戦えた理由を。
(…ミノタウロスの躰を斬ったのは、あの黒髪の子。あの二つの剣での二刀流なのかな? 白髪の子はどんな戦い方だろう? 傷は両方とも負っていた、黒髪の子だけじゃ無くて、白髪の子も戦ってたはず。)
アイズは自身が強くなる事に重きを置いている。そんなアイズからしたら、あの二人の少年は気になる存在だ。あの二人の事を知れば、自分はもっと強くなれるのでは無いか、そんな思いが胸中を巡る。ほんとはもっと質問したかったが、仲間が心配とあっては止められない。つぎ、あったときに白髪の子にはまず謝ろう。
そして、出来ればあの二人に強さの秘密を聞こう。アイズは密かにそう決意した。
ーーーーーーーーーーー
冒険者ギルド。迷宮から持ち込まれる素材を買い取ったり、冒険者のサポートをしてくれたりと、冒険者にとっては無くてはならない組織だ。
そんなギルドのカウンターに探していたベルがいた。何やら落ち込んでいる様子だ。そして、ベルの目の前にはハーフエルフで俺達の担当職員のエイナさんがいる。
…よし、大体察した。逃げよう。
「キリト君! 逃げないでこっちに来なさい!」
俺が、見つからないよう逃げようとした瞬間にあたかも知っていたかの様に対応されてしまった。
「何ですかエイナさん」
俺は努めて、爽やかに俺何も悪い事してませんよアピールをしながら笑顔でベルの隣に座る。
「その、取ってつけたような笑顔はいいから。君も私に謝ることあるでしょ?」
おかしい、俺のポーカーフェイスがひと目で見抜かれたしまった。そして、やはりお説教コースらしい。ここで、言い訳しても結果は変わらない。ここは正直が一番だ。
「すみません、エイナさん言いつけより下層に潜ってました」
俺の正直な自白に女神の様に優しいエイナさんはーーー
「正直でよろしい。さぁお説教ね」
ーーー普通に説教をしてくれた。
「大体、キリト君は冒険し過ぎよ。ベル君もそうだったけど今ほどじゃ無かったわ。君とパーティー組んでから私の言いつけをより一層、守らなくなったのよね」
エイナさんのお説教は痛い、言ってることは至極正論なので、もはや物理的に効いてくる。
「別に、君とベル君のパーティーは良いとは思うけど。仲だって凄くいいし。でも、もうちょっと私の忠告に聞く耳を持ってくれてもいいじゃない。」
ごもっともで。
「それと、キリト君。君はちゃんと反省しなさいよ。ベル君は一応反省するけど、君は一応の反省もしないでしょ」
おっと、流石にそれは言い過ぎやしませんか? 俺だって叱られたら反省しますよ。そう心で思っていたら
「因みに、このやり取り軽く五回はしてるわよ」
エイナさんが冷たい目でそう言った。…すみません。
「さて、説教はこれくらいにして、キリト君はちゃんとシャワー浴びてきたのね。そこは偉いわよ」
「俺は?」
えっまさか。
「ベル君なんて、全身返り血だらけでギルドに来たんだから」
うわぁ、それはないぜベル。俺達、一緒にミノタウロスの返り血盛大に浴びただろ? あのミノタウロスが死体に変わっていく時に。
「…うぅ、すみません」
ベルは顔を赤くして恥ずかしながら謝った。
「そうだ、ベル。何で、さっき逃げ出したんだ?」
「えっと、それは…」
「逃げ出した? それってどういう事キリト君?」
「いや、なんかベル。アイズ・ヴァレンシュタインさんに声掛けられたのにいきなり逃げ出したんですよ」
「あーそういう事。それでかぁー。」
何やらエイナさんが納得顔をでベルをニマニマ見ている。対してベルはさらに顔を赤くして縮こまっている。なんだこれ?
「キリト君、実はねーー」
「あー!ああーー‼ そうだ、キリト! じゃが丸君に新味が出たらしいよ、今すぐ行こうよ!」
なにやら、言いかけたエイナさんの言葉を遮りベルがじゃが丸君の話をしだした。
「それはいいが、今じゃ無くて良くないか?」
「駄目だよ! 新味なんて皆もの珍しがって、すぐ無くなるよ?!」
「そうかもしれないが、別に今日食わなくたって」
「神様のバイト先の新味だよ! 神様の眷属として、発売日に買わないと!」
ベルの余りの勢いについ頷いてしまい、そのままじゃが丸君の新味を食べに行く事になった。
エイナさんは、口元を抑えて笑いをプルプル震えていた。
補足
アイズが黒髪とか白髪とか分かったのは、頭にそんなに返り血つかなかったからです。