ダンジョンに出会いを求めたら黒の剣士に会いました?   作:アーズベント・ウィッカ

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強くなりたい

「むむっ、今僕にとって非常に好ましく無い事が起こった気が…」

 

バイト仲間達と夕食を共にしていたヘスティアだが、無駄に精度の高い乙女の直感が働き、端正な顔をむすーと歪める。口に残っている食べ物が影響してその顔はリスの様だ。

 

「どうしたんだい? ヘスティアちゃん、そんなふくれっ面晒して?」

 

そんなヘスティアに、エールを片手に持つふくよかな女性が話し掛ける。

 

「おばちゃん…いや、何だか僕の(...)ベル君が何処ぞの女に言い寄られている気がしてね。」

 

「何だい、嫉妬かい? 神様ともあろうお方がそんなちっさな事で不機嫌になるのはどうかと思うよ?」

 

「むっ、確かにそれはそうなんだけどね。何しろ僕にとっては二人しかいない大事な眷属なんだ、ちょっと位構いすぎたっていいじゃ無いか。」

 

「そういうもんかね」

 

どこか釈然としない様子を見せる女性を横目に、ヘスティアは二人の眷属を想い浮かべる。一時中断していた食事を再開させながら。

 

現在、ヘスティアのファミリアには二人の眷属が所属している。

白髪赤眼で素直なベルと黒髪黒目で好奇心旺盛(ヤンチャ)なキリト。

どちらも少年だがある意味対照的な二人だ。

 

ヘスティアはその内の一人、ベルに主神としてじゃなく女として浅くない想いを抱いている。だから先程不機嫌になったのだ。

もっとも、それはそれとして、もう一人のキリトにもヘスティアは構いまくる。

 

ヘスティアは知っている。キリトが自分達に幾つか隠し事をしている事を。その一つが記憶喪失という嘘だ。

だが、ヘスティアはそれを見逃している。何れ打ち明けるだろう確信があるからだ。…只の感だが。

 

(…まぁ、悪い子じゃ無いのは確かだし。ヤンチャだけど。…ベル君にまでヤンチャが移りそうでそこは嫌なんだけどね)

 

口をモグモグさせながら、ヘスティアは二人の眷属の事を考えるのだった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

俺達は【豊穣の女主人】から拠点に戻っていた。

帰ったやいなや、俺達二人はソファーに座り込む。二人分の体重によって沈みゆくのに身を委ねながらベルに話し掛ける。

 

「…良かったな」

 

「…そう…だね」

 

何がとは聞いてこない。当たり前だ何に対してなんか決まっている。『―――あの子達は強くなる』そう言われた。今の俺達なんかより遥かな高みに身を置く人に。…盗み聞きだけど。

 

特にベルにとっては想い人に褒められたのだ。俺よりも感動は大きいだろう。

 

「でも、素直に喜べないかな…」

 

「どうしてだ?」

 

「きっと、あの言葉は僕一人じゃ言ってもらえ無かった。キリトと一緒だったから貰えたものなんだ。」

 

「それを言うなら俺だって、ベルが居なかったら貰えなかった筈だ。そういう意味じゃあの言葉は俺達二人で貰えたものだ。」

 

俺の言葉にベルは目を見開く。何かおかしな事言ったか? いや、臭い事言ってる自覚はあるが…。

 

「は、はは。そうだね僕達二人で貰ったものだよね…盗み聞きしてたから貰ったとは言えないけど。」

 

「いいだろ、貰っとけ。言質とは言わないが、俺達の事何だから」

 

俺の言葉にベルは笑いながら、キリトはやっぱり図々しいねと言われた。

 

「キリト」

 

笑いを止めたベルが真剣な瞳で俺を見る。

 

「僕は強くなりたい。あの狼の人に言われた事に悔しさを感じたし、何より僕達は強くなると言われた。だから僕は強くなりたい!」

 

「俺もだ。俺も強くなりたい。俺だって男だ。あんな事言われたんじゃ引き下がれ無い。いつかあの狼男ギャフンと言わせてやる。」

 

互いに覚悟を伝え合い、俺達は拳を合わせるのだった。

 

「もういいかい?」

 

『!』

 

いきなり掛けられた声に俺達は揃って驚いた。声の主は姿を見なくても分かる。分かるけど、出来れば違って欲しかった。

 

「へ、ヘスティア様! いつからそこに?!」

 

ベルがどもりながら聞く。

 

「いつからって最初からだよ。君達二人にお帰りって言ったのに二人共無視するんだもん、反抗期かと思ったよ」

 

えっ、挨拶されてたのか? 全然気付かなかった。迂闊過ぎるだろ俺達! よりによって一番見られたくない人に恥ずかし物を見られてしまった!

 

「で、二人して強くなりたいって何があったんだい? 勿論僕に聞かせてくれるんだろうねぇ〜」

 

ヘスティア様はニタニタと邪悪な笑みを浮かべて、愉快そうに笑う。話したら最後、絶対からかわれる。

 

夜の静寂が辺りを包むなか、ヘスティアファミリアのホームである教会は静寂とは無縁で三人の声が賑やかに響くのだった。…内、二人は悶絶する声だったが。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

白衣を纏った男が迷宮に居た。ツカツカと男は迷宮を歩く、そのペースは一定で淀みが無い。時折、男は周囲を見渡しては思案顔を浮かべる。それでも、ペースは落ちない。不意に男の耳に獣の唸り声が届いた。

だが、男はそれを気にせず寧ろ唸り声の方へと進路を変更する。

 

「ブモォ」

 

進路を変えて数分、男の目の前には何匹ものミノタウロスが存在した。それを見ても男は臆さない。

男は武器は愚か防具すら纏っていない。当然だ。男はつい先程、迷宮に現れたのだ。

 

「ブモォ!」

 

そんな男にミノタウロスの一匹が斧を振り下ろす。男の頭をかち割る様に振るわれた斧は、男の頭上で何かに阻まれたかの様に弾かれる。

 

「ブモォオオオオ!」

 

何が起きたか理解出来ないミノタウロスであったが、そんな事はどうでもいいともう一度、斧を振ろうとして腕が無い事に気づく。腕が無い事に悲鳴をあげそうになったが、次の瞬間には既に意識が無くなっていた。全身が斬られたミノタウロスを見て、男はふむと頷く。

 

その場に居た他のミノタウロスは、理解出来ない光景を前に逃げ出した。だが、数秒もしないうちに全てのミノタウロスは意識が途絶えた。

 

ミノタウロスの死骸を見下ろしながら、男こと茅場明彦はまた歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




補足
もうちょい後で出す予定だった茅場さんちょこっと登場。しばらくは出ないけど。

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