「よし、ガチャですわ」
「おまっ、それ俺の台詞だし。それにガチャはさっき散々回しただろォ!」
口を尖らせて抗議の表情をするファルフナーズ。
腰元あたりで手をパタパタさせている。
あれは我が侭を承知で無理を通したい、おねだり少女のリアクションだ。
こいつ……ガチャの楽しさに目覚めやがったな。
そりゃ代金が俺の毛根で、回すのはファルフナーズだからな。
リスク無しでクジを引いてるなら中毒になるのも早いだろう。
由々しき事態だ。
無意識のうちに後頭部を撫でてしまった。
……明らかに薄い。
そう、この物寂しい感じの事を何と表現したっけか。
寂寥感
実り少ない晩秋から厳しく長い冬を孤独に耐えねばならぬ。
ああ、我がニート人生はこれからだと言うのに。
「ともかく駄目っ!」
「えー、ですわ」
「駄目ったら駄目!」
「マサト様、お願い、ですわ」
「可愛く言っても駄目! セクシーに言うなら少し考える」
「そんなはしたない真似は出来かねますわ!」
せっかく俺が腰に手を当てて尻を突き出すポーズで実演したのに。
お姫様はサービス精神が足りないんだよなー
「ほらこう、腰をクイックイッと」
「……」
「……」
「と、ともかく! 昼飯食ったらもう一度第2階層だ。クリアボーナスもらって第3層を偵察しよう」
「かしこまりましたわ。その後でガチャですね」
「ないわー」
だが俺は見た。
昼食前にくつろいでいると、その脇でファルフナーズが虚空に向かって指を出したり引っ込めたりしているのを。
何て恐ろしい。
あれはガチャのボタンを押すイメージ・トレーニングに他ならない。
「とぉー! ですわ」
それは死神の呼び声に聞こえた。
次にあの声が響いた時、俺の毛根達が冥土へ旅立つのだ。
…
「食ったし、行くか」
「食休みも大切ですわ。先にガチャなぞを――」
「回しません」
「そんなあー」
困ったね。
せっかくトリ……何とか王国に連れ帰っても、ギャンブル依存症でお返ししたら……
何て文句言われるか分かったもんじゃない。
今のファルフナーズが国政を握ったら、3日で革命が起きるな。
…
渋るファルフナーズを立たせるのは簡単だ。
「仕方無い。ファルフナーズがやる気になるまで、ごろ寝しておくか」
ごろんと床に寝そべる。
そう。
ファルフナーズの着ている戦闘服、プリンセス・ドレスアーマーはとても丈が短い。
目線を下に。
健康的な太ももが白いニーソに包まれているその光景は素晴らしい。
俺の視線に気付いたファルフナーズが裾を引っ張って抵抗する。
もう少し、もう少し回り込めば太ももの合間の僅かな隙間、いわば非武装地域だ。
魅惑のパンツ前線へと辿り着ける。
ズリッ ズリッ……
手の指先と足の指先だけのミリ単位の動作で、人に知られる事無く移動する。
これぞかの有名な奥義、「縮地」だ。
俺はたった今、縮地を体得する境地へと至ったのだ!
まだ見ぬ天国へと、桃源郷を目指すべし。
さもありなん。ファルフナーズがそれに気付いた。
最初から気付かれてただけなのだが。
ファルフナーズが人差し指を立て、虚空を指した。
「マサト様、それ以上妙な動きをされますと……」
回します、ガチャを。
省略されたその一言を俺は正確に理解した。
くそっ、向こうは俺の毛根達を人質に取っているのだ。
戦いは膠着状態になった。
天国の花園を見れなかったのは悔しいが、元より目的はファルフナーズを立たせる事だ。
「よし、ファルフナーズ。今回は引き分けだ。さあダンジョンへ行こう」
「了解しましたわ……マサト様、先にお立ちくださいませ」
武装無き平和など有り得ないのだった。
どっちが先に立ち上がるかで5分間、再度膠着。
…
通路は全ての罠を発動させきったようで、安全に進む事ができた。
「そう言えば、ファルフナーズが全ての罠を発動させてしまったのは幸運値のせいだったんだろうな」
「なるほどです、が……嬉しくない事実ですわ」
「きっとあの数値はレベルアップで公開されただけで、元からそう設定してあったに違いない」
「その割にはマサト様が幸運な場面が無かったような」
こいつ、言ってはならぬ事を。
いや、いいけどさ。
俺も思ってたし。
もっとも切ないのは、幸運値込みでこの現状だったら……
むう、駄目だな。
ネガティブに染まってては昔に逆戻りだ。
まだパンツの事で頭をいっぱいにしてたほうがマシだ。
「パンツ、パンツ~」
「は!?」
『主よ……』
いかん! つい口にしてしまった。
ファルフナーズの視線が痛い。
そんな目で俺を見ないで。
「これはブルーになりかけた気分を晴らすおまじないみたいなもので……」
「左様でございますか」
ジト目で俺を睨みつつ、人差し指を立てている。
防犯ブザーじゃないんだぞ、ガチャは。
焼け崩れた扉を蹴倒してボス部屋の中に入る。
やはり1層目と同じように反対側には無傷の扉があった。
「じゃあファルフナーズ、扉に触れてくれ。突破ボーナスをもらおう」
「かしこまりましたわ」
…
「出ましたわ。第2階層突破ボーナスが頂けます」
「よーし、前回は両替機を投げつけられて攻撃されたからな。今回は準備万端で反撃してやるぜ」
カラーン、コローン
鐘の音と共に、例の子供天使が2人出てくる。
おや? 今回は手ぶらにみえるぞ。
何か投げつけてきたら、打ち返してやろうと構えてたのに。
子供天使達はニヤリと笑ったかと思うと額に両手を当てた。
キュピィィィン!
天使の額から閃光がほとばしる!
「ぎゃーーっ!」
「マッ、マサト様ーっ!」
謎のビームに撃たれた!
全身が痺れて……目がチカチカして痛い!
ぐう、動けない。
「天使め……飛び道具とは卑怯だ……ぜ……」
きゃっきゃと笑い声をあげながら、天使が天井へと消えていくのを見送るしかなかった。
「なんだったんだ……今回はハズレなのか? 突破ボーナスもランダムなんだろうか」
「いえ、お待ちくださいませマサト様。スキルと言うものがマサト様のステータス画面に増えておりますわ」
「スキル! ついに来た! こういうのを待ってたんだよ。どんなのか、説明文読んでくれ!」
「かしこまりましたわ。ええと…【痛覚軽減:ペイン・ダンパー】常時発動。ダメージを受けた際に感じる痛みを軽くしてくれる。防御点と耐久点に+4ボーナス。やったね! これでいっぱい死ねるよ、だそうですわ」
「常に一言多いな」
「も、申し訳ありません」
「いや、ファルフナーズに言ったんじゃあない」
このステータス画面を書いてるのは、あるいはシステムを作ったのは本当に誰なんだ。
3発は殴ってやらなければ俺の気がおさまらないぜ。
「だが、ついにまともなスキルを得たぜ! しかも今の俺に相性最高のスキルだ!」
「おめでとうございます、マサト様。これで死を恐れず戦えるようになりますわ」
「ファルフナーズさん」
「はい?」
「今のところ死亡回数7回中6回までが、君の【炎の矢】なんだけどね?」
「それは言わない約束ですわ」
そんな約束はしていない。