dies in オーバーロード   作:Red_stone

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第8話 死者の村

 

「ああはははーー」

 

 無力な村人を哄笑する。どうせクズどもだ。なにか事実があるわけでもなく、彼はそう確信して村人に剣をふるう。上から言われた通りに任務を果たすしかないのだ。それは物理法則とは違っても、人の世の法則であることには変わらない。

 

「馬鹿が! (くわ)なんか持ち出して何の意味がある」

 

 だからこそ、己が殺している村人たちはクズだと確信するのだ。で、なければ救われない。己がやっているのは人類を救うためのお仕事なのだ。それが何の力もない村人を殺さなくてはならないとは。

 

 無辜の一般人だと? そんなわけがあるか。俺が、罪のない人を殺すような真似などするものか。だからこいつらは罪人なのだ。そう、王国の罪と言えば黒粉だ。人を堕落させて殺す麻薬……こいつらも生産に関わっているに違いない。なぜならば、俺が断罪しているのだから。

 

「死ね!」

 

 俺はこいつらを殺す。老若男女、関係がない。そうだ、人類のためにそうするしかないのだーー

 

「おい、そろそろ中央の広場に集めた村人どもに火をつける時間だ」

 

「そうか、包囲を完成させなきゃな」

 

 火は嫌いだ。小さなものはともかく、人を焼く大火は。まずは悲鳴ーーそして、せき込む音とだんだん弱くなっていく声。悪夢の光景としか言えないだろう、それは。しかし、悪魔どもを倒すためにはそうしなければならない。ああ、人類の守護者も大変だ。

 

「最後の詰めだ。追い込みにかかるぞ」

 

「ああ、きちんと10人程度は逃がしている。なんでそうするのかは知らんが、指令だしな。そして、もう何人かは村の外に出ている」

 

「ああ、なんで逃がすんだろうな」

 

「知らん。上の考えなんて分かるものじゃないだろう。所詮兵士の俺たちは命令に従うしかないさ」

 

「お、逃げたやつだ。殺すか?」

 

「そうだな、あまり多く逃がすのもよくないだろう」

 

 そいつに、目を向けた。この男たちは油断している。己たちは絶対の勝者、村人が向かってきたところで物の数はないと不遜にも。自分など、弱い人間の一人でしかないと知っていたはずなのに。ここでは敵なしと己惚れる。

 

「ーーアアア」

 

 足を掴まれた。この期に及んでも、死にかけが何の意味もなくつかんでいるだけで問題なんかあるわけないと。腕でも切り飛ばしてやるかなんて、のんきに。

 

「うるさい、死ねよ悪人」

 

 剣を突き立ててーー弾かれた。

 

「……は?」

 

 見間違えか?

 

「が! あぎーー」

 

 握りつぶされた。……馬鹿な、俺を着ているものを何だと思っているんだ。鉄の塊だぞ! 鎧なんだ。人間にこんな力がーーッ!

 

「こいつ……ヤバイぞ。殺せ!」

 

「あ、ああ。……うわ、こいつ刃が通らねえ」

 

 ガンガンと叩きつけ、それでも”それ”は離れない。目が合った。そう、この目は彼は何度も見ている。強いわけではないが、放置しておくわけには行かない人類の敵。何度も何度も砕いてきたのだ。

 

「こ、こいつーーアンデッドだ! アンデッドが出たぞ!」

 

 そう、もしかしたら人間よりも見た目。生を恨む不死者の目。--アンデッド。その燃えるような憎悪に射すくめられ、たまらず叫んだ。

 

「「……ひいいわああああああ!」」

 

 合唱する。彼の呼び声が呼んだのは背筋を凍らせるほどの色気という猛毒。魂すら引き釣りこむ大淫婦の歌声。”それ”は朗々と響いて、世界を犯す。

 

愛しい人よ 私はあなたに口づけをしました

Ah! Ich habe deinen Mund geküßt, Jochanaan.

そう 口づけをしたのです

Ah! Ich habe ihn geküßt deinen Mund,

とても苦い味がするものなのですね

es war ein bitterer Geschmack auf deinen Lippen.

これは血の味?

Hat es nach Blut geschmeckt? Nein!

いいえ もしかしたら恋の味ではないかしら

Doch es schmeckte vielleicht nach Liebe

ああ、ヨカナーン ヨカナーン あなたばかりが美しい

Ah! Jochanaan, Jochanaan, du warst schön.

 

 どこからか響く男を死へと誘う淫婦の声。魂を煮溶かされるような甘い声が死者の魂を動かした。

 

「―― Yetzirah(形成) ――   Pallida Mors《蒼褪めた死面》」

 

 響く声が死者の軍勢を形作る。

 

「わあああああああ!」

 

 意味が分からない。死霊術者……馬鹿な、なんでこんなところに!? こんな寂れたような村にこのような凄腕がいるなど信じられるものではない。

 

「アンデッドだ。隊長の指示をーー」

 

「待て、助けてくれ足を掴まれてるんだ!」

 

「うぐーーくそっ」

 

 他の騎士たちが固まっていそうなところに逃げ出した。動きが緩慢とはいえ武器が通じない。助けられない。ここで動かなければ死者に掴まれてにっちもさっちもいかなくなる。

 

「……すまん!」

 

「おい、待てよ。待ってくれ。俺を見捨てないでくれよ、おい。ふざけんな! ふざけんなよテメェ、呪ってやる! 呪ってやるからなアア」

 

 恨み言を背に、ひたすら走る。

 

「……た、隊長ーー」

 

 やっとのことでたどり着いたそこは、怒号が響いていた。

 

「お前、銀が通じないってどういうことだ!?」

 

 ……銀。対アンデッド用の装備では銀の武器が有効だ。とはいえ、銀それ自体は武器にするには柔らかすぎるし価格も高い。だから、液体の銀を塗って対処するのが高レベルの者では常識である。それが通じない。お手軽な分威力は抑えめとはいえ。

 

「効かないんだからしょうがないでしょう!? それより、ここから早急に逃げるべきです」

 

「任務を放棄するつもりか! それで俺の評価が落ちたらどうしてくれる!? なあ、お前に責任がとれるのかよ、ああ!?」

 

「今はカルネ村にゾンビが発生したことを本国に伝えるのか先決かと存じます。あれには銀の武器が通じない。新種かと思われますが」

 

「お! おお、そうだな。本国に帰還しなくてはな。よし、報告するのは俺でなくてはいかん。お前ら、絶対に俺だけは逃がすのだ。報告義務があるからな、うん」

 

「た、隊長ーー丘に女が!」

 

「は、女……それがなん……」

 

 言葉を失った。男を虜にする魔性の色気。死地にいることを忘れさせるような、絶世の美女。しかも、格好がすごい。痴女としか言えないようなものであるのだ。尻も横乳も見え放題。身体を紐で縛ったような。

 

 そして、びちゃびちゃという音と真っ赤な液体が目の前を染めた。……呆けているうちに屈強な仲間が殺されてしまった。殴りつけられた、ただそれだけでトマトのようにぶちまけられた。

 

「っひ! ひぃぃ」

 

 女を見ると、微笑んでいる。抱き締めるように手を伸ばして。多くのゾンビが現れた。彼らはあずかり知らぬことだが、このアンデッドたちは死の騎士〈デス・ナイト〉。レベルにして40のモンスターである。聖典でもない彼らにはただの一体でも相手にできはしない。

 

「っわあああああ!」

 

 指揮も何も放り出して逃げる。ある意味では正解だったかもしれない。けれど、アンデッドの動きの鈍さはしょせん、舞台装置ーー恐怖を煽る魔性の技でしかない。そして、魔性は心を砕く術を心得ている。

 

「っが!」

 

 世界が回った。遅れて衝撃。わけがわからないうちに、激痛が身をさいなむ。事態の把握よりも先に、生への渇望が心を焦がす。逃げようとして、ざりざりと地面をかく。這いずろうとして、前に進まない。

 

 アンデッドが殴っただけであるが、早すぎて何が起こったのかわからない。敵の動きが鈍かったのはゆっくり動かしていただけである。本来の速度を出せば逃げ出すことも許さず地に伏せられるのだ。

 

「……やっぱり、あなたたちはそうなのね。何度も見た。その自愛に狂い現実を見ないその性質、おぞましい。波旬の細胞めら、せめて速やかな死が救いと知りなさい。どうせ、あなたたちが残すものなど何もない」

 

 よく通る声。悲鳴の中、小さな声がなぜ聞こえるのかと疑問に思う余地もなく。

 

「あ、そうだ。お金あげます! お金! 領地に帰れば、いくらでもあげますから!」

 

「金、ね。それがあなたの全て? 俗ね。下種だわ、あれの継嗣(けいし)である以上、現実を認識することなど不可能と知ってはいるけれど」

 

「あ、あああ! そうだ、お前ら俺を助けろ。報奨金を出す! お金!」

 

「あなたたちに信頼などというものは成立しない。とはいえ、だから信じられるものは金でしかないんて、薄っぺらすぎて不快にすら感じる。その薄汚い口をさっさと閉じなさい」

 

「ああああ! お金、お金……金、あげましゅから、たしゅ……」

 

 がすがすと、鍬や農具を突き立てられて絶命する。

 

「ーー滅塵滅相。一人も生かして返さない」

 

 極大の神威が放たれる。彼女とてレベル100、本性の姿を出さなければ力を発揮しきれないとはいえーー彼らほど弱い人間から見れば、それは神に匹敵する存在に他ならない。

 

「ぐーー陣形を組め! 本国への帰還を最優先する。女は放っておけ、どうせ攻撃は届かん」

 

 副官であった彼が主導を握る。弱い人間、指揮官が倒されたら次が引き継ぐのが当たり前で、戦場では日常茶飯事とはいかなくともよくあること。そして、彼は実際有能であった。

 

「固まれ、駆け抜けるぞ!」

 

 判断は間違っていない。あのアンデッドの動きはのろい、速度を上げられるのは一瞬だと判断した。希望的観測ではあるが絶望的な局面において希望を見出しそれにかけるのは指揮官にとって必要な能力だろう。

 

 ……そう、間違ってはいないのだ。単に、相手が規格外で、当たり前に戦力が足りなかったというだけの話。判断が正しかろうが、圧倒的な暴虐の前には関係がない。嵐を前に木の葉が多少動いたとてただの誤差、何の意味もない。

 

「うおおおお、ギリト!」

 

「ぎゃあああ、助けてくーー」

 

「おい、タヤッキ! 左はーーくそ、いねえ!」

 

 一人一人抜けていく。攻撃が通じない敵、そして彼らがいたのは中央広場付近なのだ。駆け抜けて村を脱出するまでの道が遠い。歩数にして100歩もいかない距離が、まるで断崖の向こうのように果てしない。

 

「あーー」

 

 最後の一人、仲間をうまく使って立てにしていた彼が、ついに最後の一人になって殴られてしまう。そう、これは間違えたとかそういう話ではない。ただ戦力が足りなかったというだけの話。

 

「汚らわしい。見ていたくもない……消えろ」

 

 血の痕になるまで執拗に叩き潰された。幸運だったのは、最初の一撃で絶命したということだろう。

 

 そして、死者の群れの群れを統率する大淫婦が怯え隠れる村人たちに目を向けた。

 

 

 




やられた人たちの名前は適当。

黄昏の面々はリザはちょっと善よりではあるけど、基本的に―500という設定。自分の価値観を世界を侵すレベルまで信仰してるのが『創造』クラスだから仕方ないね。
みんな、基本自愛が大嫌いだからそういうやつはヤっちゃう姿勢。三眼はオバロには出てなかったと思うけど、多分いたら本性出して超位魔法で潰すんじゃないかな。

玲愛先輩だけ善。+10くらいかな?

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