dies in オーバーロード   作:Red_stone

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第5話 驚愕

 そして、円卓へ。

 

〈どうだ、シュピーネ〉

 

 別に円卓でなくてはならない理由はない。どうせ『メッセージ/伝言』の魔法だ。自室で寝てても問題ないが気分というやつだ、もしくはけじめか。部下の報告を聞くからにはちゃんとしなければならない。

 

〈はい。あなたのおっしゃっていた異常というやつがよくわかりますね。山脈が消えています〉

 

〈……なんだと? 山脈がーーでは、俺たちの黄昏はどうなっている〉

 

〈見る限り異常はありませんね。ただ、私は高位の捜査魔法を会得しているわけでもないので後で再調査する必要はあるかとは存じますがね〉

 

〈異常はない。と、言うと〉

 

〈周辺の山脈が無くなっているのですよ。ウィグリード山脈が、黄昏のあるセスルームニル山を残して消滅しているのです〉

 

〈馬鹿な……いつのまに、どうやってーー〉

 

 ユグドラシルにそんな魔法は……いや、『ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを』なら可能だな。する意味はないが。確か、ウィグリード山脈に残っているギルドは俺たちのギルドのみ。他はメンバーがログインしなくなったことで資金不足、消滅したと記憶している。

 

〈あの最悪がやった、ということはありませんかね? もし、そうであるならーーさっさと逃げたいのですが、私〉

 

〈それはない。気配はなかった。山脈の跡地、今は何が広がっている?〉

 

 波旬、むしろあれは山脈なんてものは小さすぎて、それだけ壊すのは無理かもしれないが。並行世界単位でぶっ壊す潔癖症だ、あんなものを相手にすることは考えたくない。そして、考える必要はないだろう。俺たちはユグドラシルの法則に縛られている。そして、あの最悪は縛られることなどありえない。

 

〈草原ですよ、ツァラトゥストラ。何もない草原が広がっています〉

 

〈……そうげん? モンスターの構成はどうなっている〉

 

〈モンスターなどと言えるようなものは。精々が小さな爬虫類や虫など。牧歌的とは、こういう光景を言うのかもしれませんね〉

 

〈……さしあたっては、周辺に脅威になりえるものはないと?〉

 

〈見た限りですとね。しかし、目立つようなことをすれば別かもしれません〉

 

〈そうだな、あまり目立つことはさけたい。天狗道の領域でなくとも、危険な場所であるということもある。村人でさえ三騎士レベル、というのは考慮に入れておくべきだ〉

 

〈おっしゃる通りで。ですが、そんなことを考えていると怖くて逃げだしたくなりますな〉

 

〈どこへ逃げると言う? 俺たちの生きる場所はここだけだ〉

 

〈……ああ、おっしゃる通り。真におっしゃる通りですとも、ツァラトゥストラ。それで、私は今後何をすれば?〉

 

〈引き続き探索を。ああ、そうだなーー怖ければ逃げてもいい。伝言/メッセージは忘れるな〉

 

〈了解しました。では、不肖このシュピーネ引き続き探索任務を受けさせていただきます〉

 

 切れた。

 

「……ふぅ」

 

 ため息のような声が自然と出る。ああ、考えながらしゃべるのは苦手だ。俺はそんなに頭がいいわけじゃない。そんな、聞いてすぐに理解するなどできやしない。とりあえず、重要なことをメモに書く。

 

・ウィグリード山脈、消失

 

・周囲に知的生命体の影なし

 

・魔物の影もなし

 

 これは、かなりのイージーゲームかな? なんて思えど、山脈の消失なんて事実もある。とはいえ、フレンドリーファイヤが解除された。つまりは破壊不能オブジェクトも解除されたのではないだろうか。超位魔法の火力なら文字通り吹き飛ばすことも可能だろう。

 

 --では、何者かが超位魔法で消し飛ばした? しかし、それも意味が分からない。やる意味が分からないし、それを俺たちに気付かれることもなく実行するなんて……

 

 保留だ、保留。大体情報が少なすぎて推測どころか憶測になっている。考えがまとまるわけがない。こんな時はーー

 

「食いもん食べて憂さを晴らそう」

 

 うん。我ながら、いい考えだ。俺がいたところでは天然ものなんて手に入るものではなかったが、人工甘味料まみれのスティックなら売っていた。……単に甘いだけの代物でもあっちにいたときは、それしかなかったからおいしく感じた。

 

「だが、今の俺にはこれがある」

 

 バーを取り出す。ナッツバーだ。ユグドラシルでは単に味もなく、効果もないフレーバーアイテムだったが、今は違う。食えるのだ。天然物のナッツを。天然物の小麦と砂糖をふんだんに使った代物。……あの酒はうまかった。ならば、これとてうまいのは天下の道理であるだろう。

 

「いただきます!」

 

 そう、手を合わせてーー

 

「藤井君、そんなものは食べなくていいよ」

 

 どすん、と置かれた皿に粉砕された。

 

「おま……おま、おま、おま……」

 

 呆然自失、言葉にできない。楽しみにしていて、今まさに味わおうとしていたそれがーー消えてなくなった。

 

「愛情手料理、食べてくれると嬉しいな」

 

 そう言って、皿の上の”もの”を指し示す。それは、まさに

 

「……炭?」

 

 炭であった。漫画肉の形をした炭と言えばわかりやすいだろうか。完全に炭化していた。……すでに食べ物ではなかった。さすがに食料事情が悪かったとはいえ、アーコロジーでも炭を食って生きているものなどいない。というか、食えるのこれ?

 

「おいしくなーれって、たくさんやったよ。気付いたら焦げてたけど、それは全然問題じゃないよね。愛があれば、へいき」

 

 おそるおそる炭に手を伸ばす。かつて肉であったそれを持ち上げて、かみつく気は起きずに皿に戻す。少し取って見ようかと思って端っこの方を持ってみれば、塊が浮いた。……堅い。硬いじゃなくて、堅いだよ、石だよ。

 

「……てへぺろ」

 

 先輩の方をじっと見ると、無表情で舌を出した。かわいい。ではなく、炭をどうするかが問題だ。食べて生き残れるか。人体に有害な炭の量はバケツ一杯とか聞いたことがあるが、量的には似たようなものだろう。

 

「さ、食べて」

 

 三度見ても、帰ってくる答えはこれである。もはや、覚悟を決めるしかないようだ。ほぐすのではなく、てこの原理を使ってへし折る。そうすることでようやくこの料理だった代物を一口サイズにできた。

 

「……ごくり」

 

 持った感じ、完全に炭だ。もちろん、折った感じも炭だった。匂いも炭である。完全無欠に炭でしかなかった。覚悟を決めて、おそるおそる”それ”を口にーー

 

「何をやっているんですか。男の人を夢中にさせるにはまず胃袋を掴めとよく言われますが、それは何もノックアウトして病院送りということではないんですよ。玲愛さん」

 

 どことなくお調子者の感じがする声。これは。

 

「ベアトリスか。なぜここに?」

 

「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました! 実はですね、ここで面白そうなことが起きると女の感が……おっと。もとい、螢が愛する人のピンチを感じたのではせ参じたというわけですよ、はい」

 

「……螢か。お前も元気そうだな」

 

「え……ええ。体調は悪くないわ。実をいうと、ベアトリスにいきなり連れてこられて……まだ状況がよくわかってないのだけど」

 

「いや、助かった」

 

 持った炭を戻して横にやろうとする。ガードされた。

 

「ふふん。本物の愛妻料理というものを見せてあげますよ。……愛情込めたのは螢ですが。それはさておき、これをどうぞ」

 

 じゃらららら、と口で言って料理を置く。

 

「これは……」

 

 料理だ。しかも、天然もの。よくわからないものを押し固めた巷のものとは違う、本物。

 

「ええと、私も手伝ったわ。一応」

 

 そう、螢が言うが……螢の料理レベルも先輩と変わらないはず。逆説的にあのレベルになっているのではと思うが。

 

「まあ、ほとんど私が作ったんですけど。でも螢だって皿を並べたりお野菜を洗ってくれたりしましたから。きっと愛情が詰まっているはずです!」

 

「ああ……まあ、お前が言うならそうなんだろうな。--いただきます!」

 

 食べる。

 

「うん。まあ、普通に食べれるな」

 

 感動するかと思った。とはいえ、これはーー普段食べていたものの延長線上、最高級品な程度だ。そりゃあ、あれに比べればよほどましだし毎日食べれる味だが……普通としかいいようがない。

 

「ふっふっふ。どうですか、うちの螢は。そんな料理もできない不思議系キャラより螢の方がずっといいですよ。ほら、男の人ってバカな子の方がかわいいって言うでしょう!?」

 

「……ベアトリス。あなた」

 

 螢がじとっとした目を向ける。

 

「まあ、お前の頭の出来はともかくとしてだな」

 

「……藤井君!?」

 

「まあ、いいさ。俺たちは全員異形種で、しかも疲労、食欲無効の指輪をつけている。食料のことは特に問題ないだろ」

 

「いや、まあそれはそうですけどーーおいしくないんですか? うーん、だれが作ってもこんなものだと思いますけどねえ」

 

 ばん、と扉を開いてルサルカがさっそうと登場する。

 

「ふっふっふ。真打登場! あたしの手料理を食べてむせび泣くといいわ。豪勢にシュヴァイネブラーテンを作ってみたの。うふん、蓮君、手料理の出来る女って好きかしら?」

 

 と、皿に乗った肉料理が出てくる。シュヴァイネブラーテン……要するにローストポークだ。肉の塊にうまそうなソースがたっぷりと。

 

「……確かにおいしい。これは、妨害工作を実行すべきか」

 

「って、ちょっとゾーネンキント! なに蓮君に作った料理食べてんのよ。あんたの分はないっての」

 

「……悔しいですが、確かに美味しいですね。何が違うんでしょう」

 

「これは、色々と負けね。後で戒兄さんに聞いてみようかしら」

 

「ヴァルキュリア!? レオン!? だから、食うなっつうに!」

 

 カオスだ。

 

「あー悪いな、ルサルカ。俺ももらうぞ」

 

 さすがに喰い逃すのは色々と惜しすぎるだろう。女の子の手料理で、しかも本物の肉だ。ルサルカが持っている皿から直接肉を取り、口に入れる。……持ってるだけで柔らかいぞ、これ。

 

「……」

 

 言葉も出ない。なんだ、これーーうますぎるだろ。肉がほろほろと崩れて、ソースが絡む。そして、このソースがまたうまい。肉のうまみと混ざり合って、しかも飲み込むときの触感まで楽しめる。

 

「ご馳走様、うまかったぞ、ルサルカ。また作ってくれ」

 

「うん、蓮君のためならいくらでも作ってあげるわ」

 

 ふわりとほほ笑む。……ドキッとした。幸せそうに笑う顔がなんとも可愛くて。

 

「ちょっと、これまずいんじゃないの?」

 

「そうですね、これ蓮君の胃袋を掴まれちゃったんじゃないでしょうか。螢、ピンチですね。私には相手がいるのでどうでもいいですが」

 

「ちょっとベアトリス、そういう自慢はよそでやってくれない? それと氷室先輩、このままだと色々やばそうなので手を組みませんか。正直、うちのベアトリスは女子力では頼りにならなさそうなので」

 

「うん、ベア子は色々とアホの子だよね。しかも、一本筋が通ってそうな感じでむしろ女子にもてそうな感じだね。料理は食品サンプルみたいだったけど、正直女の子らしい繊細さって似合わないよね」

 

「ええ、実際に女の子にはもててましたから。ただ、あんなんでも男子に告白されたことはあるらしいですよ」

 

「それは意外だね。でも、顔はいいからそういうこともあるかな。私は校舎裏に呼び出されてもガン無視したから、数を数えてもしょうがない気がするけど。それと、手紙もたくさんもらったよ」

 

「氷室先輩、それ捨てましたよね? さすがに読まずに捨てるのはどうかと思いますよ。断るときはバッサリと面と向かって断るのが筋というものではないでしょうか」

 

「よくわかったね。でも、その考えは男前すぎると思うよ。さすがベア子の後継者」

 

「それ褒めてませんよね。あと後継者って何ですか。私はベアトリスのような勘違い一直線系女子にはならないわ。大体氷室先輩ってーー」

 

「お前ら、少し黙っててくれ」

 

 かしましい。

 

「そういう話はあとでやってくれ。外に捜索に出しているシュピーネから連絡が来た。今、メッセージを送ったから全員ここに来るはずだ。会議をするぞ」

 

 




キャラ紹介

ベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼン
 魔名は戦乙女〈ヴァルキュリア〉。北欧神話で英雄の魂をグラズヘイムに案内するワルキューレのこと。彼女の目的はラスボスの目的を阻止することだが、どうやっても阻止どころか手助けしてしまうことになるという皮肉。
 非常に明るく人間臭い性格で他の団員にも好かれていた。基本的に犬属性で女上司に創造(公開ラブレター)を送ったが、男と両思いになっている。ちゃっかりした人物。

櫻井戒
 魔名は死を喰らう者〈トバルカイン〉。一族に送られた魔名で、一族郎党まとめて黒円卓の聖槍の生贄でしかないという皮肉。(だと思います)
 diesではあまり出番がないが、その強さを存分に発揮している。チンピラ一蹴、初めての戦闘でベアトリスに勝利、ラスボスと一騎打ちなど。性格的には物腰穏やかで真面目な青年。ベアトリスとは両想い。

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