dies in オーバーロード   作:Red_stone

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第34話 善意のすれ違い

 

 蒼の薔薇がその男と会ったのはエ・ランテルに入ってからだった。それはズーラーノーンが事件を起こした場所ゆえに、決して巡業から外せないその街に入ってきたときだった。

 

「お願いします。あの悪魔どもを倒してください――」

 

 そう言われては詳しい話を聞くしかない。ひどい怯えようで、盗み聞きされないようなところに入るまでそのことを言わなかった。

 

「冒険者のトワイライトと言うチームを知っていますか?」

 

「あれはなんとも恐ろしい光景でした。トワイライトのベアトリス・キルヒアイゼンと言う方、知っている方であれば気さくで親しみやすい人だと皆が言うでしょう」

 

「けれど、それは上っ面だけで、奴は恐ろしい本性を秘めている。私は見てしまったのだ、あの光景を。それは、悲惨に醜怪でおぞましいほどに狂った儀式だったのです。ああ、今でさえ目の裏にあの光景が映る」

 

「アレは”墓地で儀式をしていた”……! 黒粉をやって死んだ奴らであふれかえった墓地を散歩でもするかのように気軽に――」

 

「ああ、あれはなんだ。光る、濡れた赤い光ががあいつの手に集まっていく。ああ、いやだ! 俺はまだ生きている! 連れて行かないでくれ! 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――」

 

 頭をガシガシと血が出るまでかき続ける。……演技などであるものか。本気で恐れ、畏れるがゆえに心を壊した男の姿。

 

「いや、そんな! あの手は何だ! 窓に! 窓に!」

 

 ……気絶した。

 

「……ティア、ティナ。外に何かいる?」

 

「何もいないね。ボス」

 

「そう、私の勘違いでなくて良かったわ。でも、この人――」

 

「嘘は言ってない、ね」

 

「『トワイライト』のベアトリス・キルヒアイゼンか……」

 

「でも、こいつの言葉を全部信用するのは危険。……危険だけど、調べる価値はあるかも」

 

「……いや。でも、そんな仲間を疑うような真似は――」

 

「八本指の傘下の冒険者だっている。こいつもそうでないとは限らない」

 

 こいつも――とは、目の前で気絶している男のことであるが。信用ならないのはむしろこちらの方ではあるのだが……

 

「そうね、一度会ってみないことには」

 

 疑念を募らせながら組合に行って取次ぎをしてもらうと、簡単に会えることになった。

 

 

 よろしく、と握手をしてからテーブルに着く。組合が何か勘違いをしたのか、交流会のようなことになっていた。

 

「ええと、今日はお話の機会を貰えてありがとう」

 

「いや、実は街を出れなくて暇してたんだ。気にしないでくれ」

 

 印象はぶっきらぼうだけど優しそうな人。あの男の話だと、おそらくベアトリスが13高弟の一人で、他は戦闘に特化した部下だと予想できたが。とはいえ、リーダーを名乗るのは目の前の男性なわけだ。……これでベアトリス本人が盟主だと言う可能性は消えた。とラキュースは思う。盟主なんて大物が誰かの下に着くはずないな、と。

 

「とはいえ、何を話せばいいのかわからないわね。組合の人もここまでちゃんとした場を用意してくれなくてもよかったのに」

 

「んじゃ、俺から聞いていいか。スケリトル・ドラゴン二体を倒したって聞いてるが、そいつは4人でやったのか?」

 

 恐れ知らずのガガーランが聞く。

 

「いんや、俺一人がやったぜ。逆に俺も聞いていいかい? いつから冒険者は亜人種でもなれるようになったのかね」

 

 大胆不敵と言うより失礼な司狼の言葉だったが、返しの「俺は人間だ!」という言葉で場が和んだ。

 

「じゃ、私も女の子二人に質問。彼氏いる? それとも彼女?」

 

 ティナが聞いた。

 

「ふふ。私には心に決めた男性がいます。あと、螢にもいますよ――もちろん別人で、この子の方は片思いですが」

 

「ちょっと姉さん!? 何言ってるの。そもそも言う必要ないでしょう、そんなこと!」

 

「照れちゃって、かわいいですね」

 

「っち! コブ付きか。残念」

 

「お、それ聞いていいのか。なら、お前らって童貞?」

 

「おいおい、それ聞いちゃいますか? と言うか、あんたは求められるタマじゃなくて、食い散らかすノリっぽく見えるぜ」

 

「ふふん。大当たり。とだけ言わせてもらおうか」

 

「あー。いや、まあヤったことはねえ……かな。ちなみに蓮は童貞だ」

 

「てめえ、司狼。要らんこと言うな。もう一度病院送りにしてやろうか? 次は俺が勝つぞ。肉弾戦用の装備があるからな」

 

「んな!? ズっけぇぞ、蓮。自分の拳だけで勝負しやがれ」

 

「……はん。俺はお前と違って痛いのも折れるのもごめんなんだよ」

 

「インポなだけにってか? 笑えねえよ!」

 

「ふふ。この話題だと私は優越感を感じますね」

 

「嘘だろ、万年蜘蛛の巣姉御」

 

「遊佐君? 昔にゴールデンクラッシャーと呼ばれていた私の腕前、披露してあげましょうか」

 

「あー若いころの武勇伝を誇っちゃって。これだから婆ちゃんはやだやだ」

 

「上等です。表に出なさい」

 

「あれ? 怒っちゃった? 図星差されたからって大人げないぜ?」

 

「やめろ、馬鹿」

 

 連が司狼のテンプルを吹っ飛ばした。意識が一瞬途切れたところにベアトリスが腹にいいのを当て、螢が後方に蹴り飛ばして捨てた。

 

「悪いな、いつもこんなんなんだ」

 

 連の表情は苦労人そのもので。

 

(うん、こんな良さそうな人たちがズーラーノーンなわけないよね)

 

 などとラキュースは思ってしまった。ズーラーノーンの一員ではなくとも、事実として黒粉に毒を混ぜて麻薬中毒者を殺しまくっているのはこいつらなわけだが。

 

「うん、今日は楽しかったわ。あの動きを見る限り、あなたたちは近いうちにアダマンタイトに上がりそうね」

 

「そうなったら嬉しいがな。未開地域や未知のモンスターの調査なんかは面白そうだ」

 

 そんな感じに雑談を締めて、今回の顔合わせは完全にただの息抜きになってしまっていた。

 

 

 蒼の薔薇ではズーラーノーンの事件を再調査しよう、なんて話になったからいったん組合によると。

 

「どういうことですか? 私たちがトワイライト討伐の依頼を”すでに受けている”だなんて――」

 

「いや、そうは言われましてもシステム上そういうことになっているんです」

 

 受け付けの人は困った顔をしている。

 

「でも、あの人たちを倒す? 別に決闘で負かせとか言う話じゃないのよね。なら、組合では扱えない依頼のはずだわ。こんな犯罪行為」

 

「えと、私たちの方でもトワイライトさんたちと戦ってもらっても困るんですが」

 

 はっきりしなかった。思い出したように手紙を渡してくる。「そういえば、依頼書に開封不可の宛先がない封筒が挟まっていました」と言って。それは無関係じゃないのか、とか怪しすぎるだろとかいう突っ込みは置いてそれを見る。

 

『トワイライトはズーラーノーンの偽装身分。蒼の薔薇が討伐しない場合、エ・ランテルは街の住民ごと殲滅される。それを忌避するならば失敗は許されない --八本指より』

 

 ラキュースは一瞬だけ顔を歪めて。

 

「なるほど、そういうことね。この依頼は私たちでうまいこと処理しておくわ。だから、誰にも言っちゃだめよ」

 

 唇に人差し指を当ててウィンクして組合を後にし、宿に帰る。

 

「--どうしよ」

 

 頭を抱える。ラキュースは政治の話ができるほど頭がいいが――こういう事態には弱い。

 

「八本指にはこの町の住民自体が人質」

 

「でも、そううまく行く? 今は八本指も勢いが弱い。これをきっかけに組織そのものが維持できなくなるかもしれない」

 

 忍者姉妹が現実的な見解を述べる。

 

「だがよ――それでも、この町くらいなら滅ぼせる。そして、組織が崩壊するときは王国も崩壊するって前に姫さんが言ってたんだろ? それはまだ変わってねえだろ」

 

 ガガーランがやぶれかぶれはマズイ、と危険を述べた。守るべきは”民”だ、悪を倒すと言う”正義”ではない。悪を許さないだけでは犠牲は増え続けるのだ。

 

「だが、時間の猶予はそれほどないぞ? ……監視がついている」

 

 イビルアイは相変わらず仮面だが、声に苦いものが混ざっている。

 

「そうね、下手なことはできない。ここに帰ってきたのはセーフでしょうけど」

 

「トワイライトへの相談などできるはずもない」

 

「あいつら、人質の使い方を分かってる」

 

「どういうことだ、ティナ」

 

「さらって人質にするのは相手に判断を間違わせたいとき。あとは身代金目的のものくらい。ここで言う”間違った判断”は蒼の薔薇がトワイライトに突っ込んで全滅すること。けれど、今回のは誰かをどこかに監禁してるわけじゃない」

 

「……そういうことかよ。監禁してるわけじゃないから助け出せない。八本指と言う勢力が存在している限り脅しは有効ってか!  ちいと猶予があるだけは救いだがよ」

 

「そういうこと。ガガーランにしては珍しく飲み込みがいい」

 

「でも、それならどうすれば――」

 

 一日、悩んで終わった。

 

「お昼、食べに行きましょうか」

 

 何もしていなくても、それでもお腹は空く。そこそこのランクの食事処へ行って、パンを食べている時にそれを見つけた。

 

「……え? 紙」

 

 ちぎったパンの中には小さな紙片が入っていた。そこには「黄金姫」とだけ書かれてあった。底知れない八本指の組織力――その一端がまざまざと示されていた。

 

「ラナー……」

 

 それだけで十分だった。脅しなのだ、暗殺するぞと言う。悲しいことにクライムには六腕の暗殺を防げるほどの腕はない。そして、王都の警備に”それ”を期待するのも馬鹿げている。疑いようもなく、無理だ。実力的にも、政治的にも。

 

「やるしか……ないのね……」

 

 そして夜に出かけるトワイライトをつけ、墓地に入ったところに声をかけた。

 

「あなたたちはズーラーノーンの一味だと疑われているわ」

 

 そう言って、武器を向ける。

 

「心当たりがないな」

 

 蓮の返しには全く動揺が見られない。あらぬ疑いをかけられた動揺も、剣を向けられた恐れさえも。

 

「そう。でも、私たちはこうしなきゃしけない理由があるの」

 

「……そうか」

 

 それでもなお、トワイライトは剣は抜かない。

 

「どういうつもり?」

 

「抜く必要がないだけだ」

 

「……そう!」

 

 蒼の薔薇とトワイライトがぶつかる――いや、それはぶつかると言っていいのか。子供をあやすように適当に受け流す。……実力差は明らかだった、というより元々の実力ですら劣っているのに、雑念だらけの遠慮しまくりのラキュースが居ては傷を負わせられるはずもなかった。

 

 しかもガガーランは仲間の盾になろうとするあまりに攻撃を邪魔していた。攻撃委より防御に回った方が気楽とはいえ、やりすぎれば連携の邪魔だ。イビルアイが魔法を使おうとしても、直線状に仲間が来るように並ばれる。4対5ではあるが、実質的に4対3だ。

 

「……なんだと」

 

 そんな茶番を10分ほど続けて――そのとき、蓮が動きを止めた。

 

「馬鹿な――マリィが? 彼女がこの世界に生まれることなどありえないはず……」

 

 それだけ言って黙り込む。実力なんて出せなかった蒼の薔薇はやはり、この異常にあたって何もできなかった。隙があれば突くということができなかった。

 

「殺せ」

 

 蓮が口に出した。

 

「……っく!」

 

 ラキュースは剣を構えるが、攻撃は来ない。

 

「はいはい、行くの?」

 

 後ろからズタズタになって死んでいる男二人をひきづる女が現れた。……あれは尾行していた男?

 

「証拠を残すべきではないと思うけどね」

 

 もう一人。青年だ――ため息をついたと思ったら女が抱えた男二人の死体は消えていた。血痕さえも。

 

「竜王国に向かうぞ」

 

 蓮はもはや興味はないとばかりにこちらを見ない。

 

「待ちなさい! 何をするつもり? もしズーラーノーンに関係のあることなら……」

 

「うるさい、黙れ。お前たちはこいつらと遊んでいるがいい。『サモン・スパイダー・6th/第6位階蜘蛛召喚』。お前はこいつらを死なない程度に足止めしてろ――」

 

 行ってしまう。残されたのは、魔神のごとき威容の蜘蛛……

 

 

「くっく。はっはっは! 超越者の至る第6位階であろうと使い方を誤ればこんなものだ!」

 

 ハイになったイビルアイが足のない体で大笑いする。足止め、だから足がなければどうということもない。突っ込んでわざと足を吹っ飛ばさせたイビルアイが至近距離から魔法を放ちまくることでやっとその化け物を倒せた。

 

「無茶しすぎだぜ、イビルアイ」

 

 ガガーランが抱える。

 

「待った。その役目は私がやるべき」

 

「いや、お前に任せると怖いぞティア。ガガーラン、このまま頼む」

 

「イビルアイ……私が弱いから――」

 

「おいおい、大げさだなラキュース。別に私が死んでもお前には蘇生魔法があるだろう。それに足が二本無くなっただけだ、墓地にでも置いてもらえればすぐに治るさ」

 

「でも。でも――」

 

 死人が出なかったことは奇跡だ。これは召喚された蜘蛛が手加減がうまかったのではなく、イビルアイが危険を冒してまで早めに終わらせたから。でなければ、誰か死んでもおかしくなかったほどの実力差である。

 

 まあ、ズーラーノーンの盟主かもしれないと思われる相手に対して、第6位階を警戒さえしないのはうっかりだろうが――挑む前の蒼の薔薇は全然覚悟が決まっていなかった。歴戦と言う言葉をどこかに置き忘れたかのような失態。

 

「これで追えなくなった」

 

 イビルアイの苦り切った声に沈黙が下りた。

 

 





とうとう次回からマリィが登場します。coolilyさんの意見を元にして、Diesの彼女とは別人で偶然似ているだけという設定です。

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