dies in オーバーロード   作:Red_stone

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第33話 善意と悪意の境界

 

 冒険者チーム”蒼の薔薇”はリ・エスティーゼ王国の第三王女、ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフに招かれ王宮に入っていた。

 

「ラキュース以外とはお久しぶりですわね。楽にして構いませんことよ」

 

 助かる、と言って本当にくつろぐ面々。リーダーのラキュースは苦い顔をする。

 

「ふふ、本当に気にしなくてもいいのですよ。私と皆さんの仲じゃないですか、うるさい侍女もいませんしクライムもこちらへ座りなさい?」

 

「いえ、私は――」

 

「座っちまいなよ、童貞。椅子が一つ空いてると変な気分になっちまうだろ」

 

「へ? あ、いや……」

 

「ほら、クライム」

 

 ラナーが隣の席をポンポンと叩く。それでは失礼して、とガチガチに緊張しながらクライムは座った。借りてきた子犬みたいな態度だった。ほどよく筋肉のついている少年ではあるのだが、どこか覇気のない印象だ。

 

「で――なんか、とんでもないことになってるみたいだな」

 

 遠慮なんて文字、辞書そのものを破いて捨てたかのごとき傍若無人のガガーランが言った。鬼のような女である。もしくは岩か。

 

「あれは、エグイ」

 

「まさに芸術。モンスター対策に持ち歩きたい」

 

 忍者姉妹が言う。こちらも気後れなどしていない。黄金姫と呼ばれ、国民から大きな支持を集めているラナーの前であっても緊張とは無縁な様子だ。

 

「はい、今日はそのことについて皆さんとお話ししようかと」

 

 沈痛な顔をする。それもそのはず――

 

「八本指がばらまく黒粉に毒が混ぜられた、という話ね」

 

 多くの被害者が出ている事件だ。黒粉もゆっくりと人を殺すものではあるが、これはそんな悠長なものではない。%でくくれる人口がわずか一週間のうちに死んでいる。

 

「はい。犠牲者の方たちは、八本指にとっては、その……」

 

「養分」

 

「金を貢いでくれるゾンビ」

 

「ちょっと、ティア、ティナ。その言い方はないでしょ」

 

「いえ、正しいとは思います。そんな彼らに、八本指が毒を盛るような理由はないと思うのです」

 

「ええ、同意見よ。私たちもアレは外部の組織がやっていることだと思ってる。でも、目的は何? 八本指を倒そうと言うには……あまりにも回りくどい」

 

「はい。現に暴動が発生しているわけではありません。本当に八本指を倒そうと言うのであれば、民衆に暴動を起こさせるというのは戦術としては有効ですが……」

 

「多くの犠牲が出てしまう。それに多くの貴族が巻き込まれて、国として立ちいかなくなってしまったら元も子もないもの。その手段を取るわけにはいかないってことは前に話したわね」

 

「はい。毒を混ぜた組織の目的が八本指の打倒ではないことは明白だと思っています。もしくはあくまで副産物でしょう」

 

「でも、ラナー。八本指打倒が目的ではないと断定するのは早すぎないかしら? 情報が出てきてないだけで、何か事情があるかもしれないし」

 

「そうですね。では、そこは保留にしておきましょう。ラキュースは本当の目的があるとしたら何だと思いますか?」

 

「ううん……黒粉に毒を混ぜる目的かぁ……。あ、そうだ黒粉自体を王国から消そうとしてるって言うのはどうかしら。八本指が居なくなっても黒粉を売る犯罪者が出たとして、それが絶対死ぬ薬だったら誰も買わないじゃない」

 

「確かに売り上げはがた落ちしたと聞いていますが……それは違いますよ、ラキュース。黒粉を買うのは人格の問題ではないのです。黒粉はリピーターになるのではなく、”させる”。あれの薬効は頭をおかしくさせることです。そんなことで取り締まれるのなら、帝国で規制する必要はありません。規制などなくても誰も買いませんから」

 

「帝国……そういえば、むこうにも黒粉が流れてるんだっけ?」

 

「はい、鮮血帝様はカンカンだと聞いていますよ。麻薬は国力を落としますから、服用した者も持っていただけの者も全員死罪……というのは冗談ではなくなるかもしれませんね」

 

「じゃあ王国の国力と八本指の勢力を同時に削るために帝国の秘密部隊が毒を仕込んでいったとか」

 

「……さすがに、それは妄想の域ではありませんか?」

 

「ま、そうよねー」

 

 お手上げ、と手を挙げて。

 

「ズーラーノーンが関わっている可能性はあるのか?」

 

 ずっと黙っていたイビルアイが口を開いた。

 

「あら、その方たちですか。エ・ランテルで事件を起こした以外にその名前は聞いていませんが」

 

「黒粉に毒を混ぜる意味。お前らは八本指の勢力を削るためと予想していたな。では、私が新たな推論を提示してやろう」

 

 偉そうなイビルアイは、もちろん帝国の裏工作など数に入れない。それこそ回りくどくて効果が実感しにくいにもほどがある。

 

「――死体を増やすため。合理的な理由のもとにそれを行ったのなら、これこそがふさわしい。ズーラーノーンならいくらでも有効に活用できるだろう」

 

「なるほど。盲点でしたわ」

 

 などとラナーは驚くふりをするが、この会談の前にそれには気づいていた。クライムの前で自分からそれを話すのはどうかと思ったので誘導しただけである。

 

「そうか! 死体が増えれば処理が追い付かなくなって負のエネルギーが溜まる。いえ、どううまく処理したとしても負のエネルギーの増加を防ぐことはできない――」

 

「なら、エ・ランテルはただの狼煙?」

 

「被害を受けた人たち、踏んだり蹴ったり」

 

「いえ――それも策略でしょうね。この状況では民の皆様は不安になってしまいます。……それが一番いけないことなのだとも知らずに」

 

「ええ、確かにこの状況がズーラーノーンの仕業だとしたら、それは避けないといけないわね。暴動が発生して人死にが出れば、どこまでも騒ぎが広まってしまうかも……! 全てが負の方向に傾き、際限のない戦乱を呼ぶ――それが目的ね!?」

 

「だから、私は蒼の薔薇に依頼します」

 

「依頼? もしかして、冒険者組合を通して」

 

「はい、これはむしろ知られてほしいことです。……依頼内容は村々を巡って民の皆様の不安を鎮めることです」

 

「……任されたわ」

 

 蒼の薔薇の面々はにやりと笑って引き受ける。実入りが少なくて冒険者に敬遠さえる類の依頼だが――正義感の強い彼女たちはこういう依頼は大好物だ。……イビルアイの表情は仮面で隠れているが。

 

 もう少し雑談をして、ラナーの用意したお茶とお菓子に舌鼓をうってから意気揚々と引き上げる。蒼の薔薇はやる気満々だった。元々力のない犠牲者たちをターゲットにした毒の混入は、八本指にダメージを与えていたとしても許せるものではなかったから。

 

 けれど、ラナーは。

 

(まあ、毒を混入しているのがズーラーノーンなわけないのですがね。やっぱり、愚かで可愛らしいですわね私の親友)

 

 語ったことは嘘八百だった。

 

(そもそも負のエネルギーを貯めたかったら、あんな殺し方をするはずがないでしょう。無惨に飛び散ってもらった方がそれっぽいし、不安も煽れます。目的は第三のものが正しい)

 

 ラナーはその洞察力により、実地に動いている八本指以上に推論を進めていた。

 

(彼らは麻薬と言ったものを憎んでいる。単純に目障りだから殺したのだ、虫を殺すように。やれやれ、八本指と言っても人間を人間と考えている。馬鹿馬鹿しい、そんな発想だから己がアダマンタイト級などと言う法螺話を簡単に吹けるのよ)

 

(普通の捜査など無駄でしかない。八本指がそれをして駄目だった以上、王国ではそれ以上の手を打ちようがない。できるとしたら、それこそ有名人を巡業させて民の不安を発散する程度のこと)

 

(この段階では彼らのことは分からない。だが、確実に”居る”。人知を超えた何か――かの王国戦士長の口をも封じる”何者か”。それが件のネクロマンサーからは知らないけれど、あなたに罪もない民を苦しませて殺す度胸もないのなら――)

 

「クライム」

 

「は、何用でしょうか。ラナー様」

 

「ずっと隣に座っていてくれてもよかったのに」

 

「……申し訳ございません」

 

 奥手なところもかわいいわね、私のクライム。そう思って。

 

(利用してあげる。私とクライムの未来のために)

 

 ラナーは己の才覚でつかみ取る未来を想像してほくそ笑むのだった。

 

 


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