dies in オーバーロード   作:Red_stone

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第32話 裏社会崩壊の足音

 

 王国の裏社会を牛耳る八本指。その重鎮たちが緊急に集まっていた。

 

「――喧嘩を売られたわ」

 

 麻薬取引部門長、ヒルマが切り出す。かなり攻撃的な言葉遣いだったが、内容を考えればそれも当然と言える。

 

「昨日今日の話だから売り上げに影響は出てない。でもね、これからは急落していくでしょうね。しかも、アンデッドが大量発生するかもしれない――」

 

 人命ではなく、失われる金を考えて頭を抱える。その顔は憎しみで人を殺せるならば血の惨劇が起きそうなほど凶悪に顔が歪んでいた。

 

「分かるように説明しろ。また蒼の薔薇に黒粉の生産工場を潰されたか?」

 

「その程度の話じゃないわ、ボス。黒粉に致死毒が混ぜられていたの。この手口、絶対に奴らじゃない。他の何物かが裏で手を引いてる」

 

 蒼の薔薇の襲撃は単に生産拠点の一つや二つを潰されるだけ。生産量が落ちるだけならば別に補填の仕方はいくらでもある。けれど、流通させる麻薬に毒を混ぜられてしまえば――異物混入どころではない風評被害だ。

 

「ふん、そいつらのことも分からないまま俺たちを呼んだか」

 

「……うぐ。で、でもこのままじゃ確実にまずいことになるわ。毒を混ぜられたって言っても、黒粉のせいにされて軍が動くかもしれない」

 

 実際、率先して金をばらまかなければ貴族の一人や二人が寝返るところだった。この機会にと脅迫を企む貴族はそれこそ何十人といるだろう。

 

「確かにかがせる鼻薬の量が多くなるのは問題だな。で、いつまでに解決できる?」

 

「そ、それは――わからないわ。あまりにも手口が鮮やかすぎて、だれもそのことに気付かなかったもの。死人が大量発生して処理がパンクしたところでようやく私も知ったくらいで」

 

「流通させる黒粉が致死毒を混ぜられたものかどうかなど、試してみればわかることだろう」

 

「そうでもないの、ボス。この毒はもはや芸術的って言ってもいいくらいの毒なの。こんなものを作るなんて、王都一の錬金術師でも荷が重いわ」

 

 懐の絵を見せた。それは犠牲者を描いたもので――眠るように死んでいた。

 

「まず、外見からは一切異常が見当たらない。自覚症状もまったくない……ただ服用から10時間から16時間くらいで急激な眠気に襲われるわ。遅効性だから試してから売るなんてこともできない」

 

「では、治療することは可能か? 治療可能なら大したことがないと言い張れる。鼻薬の処方も少なくて済むな」

 

「それは無理。自覚症状が出た時点で手遅れで市販の毒消しもポーションも意味がない。こいつは自覚するころには、すでに体の中身を徹底的に破壊し尽くされた後なの。だから自分の体が壊れたことに気付かない。警報を鳴らすところから真っ先に壊されるから」

 

「なるほど。思った以上に厄介なようだ。警備部門を雇うなら安くしておいてやろう。これは八本指の運営にかかわる事態のようだからな」

 

「そ、そうね。それなら麻薬の集積地点をまとめようかと思うわ。大規模な集積地点を決めてそこを実力者に守らせる。狙われやすくなっちゃうけど、それで確実にしっぽを掴むわ」

 

 そこで奴隷売買部門長のコッコドールも手を挙げた。

 

「ちょぉっと待ってよねえ。喧嘩売ってきた奴ならうちのほうにもいるのよん。ヴァレリアン=トリファって奴がうちの娼館の館長を殺しちゃってねえ」

 

 男である。その有様ははっきり言って醜いと言っていい。女になり切れるまで徹底するならばともかく、遠目に見たところでそいつを女と見間違えるはずがない。そもそも気の処理すらしていない。ボーボーだ。

 

「それは街の警備兵を使えばいいだろう。罪など後からいくらでもねつ造できる」

 

「それがぁ。なんかぁ、死体が異常らしくってえ、みぃんなビビって手出しできなくなっちゃってるのよねえん」

 

「ふん、そっちは後回しだ。娼婦を奪われたのだったか? だったら適当に後をつけてさらえばいいだろう」

 

「ああん、いけずぅ。分かったわ、警戒はしてるみたいだけどぉ。ふふ。裏のオンナの攻めはねちっこいのよおん」

 

 消えたサキュロントのことは誰も話題に上げなかった。

 

 

 そして三日後に集まった彼らは一様に苦い顔をしていた。

 

「死にすぎだな」

 

 ゼロが怨嗟の坩堝のような顔をして切り出した。黒粉の常用者の3割が死ぬ事態に陥っていた。軍隊の全滅の定義は3割削れることというからには、それは致命的なレベルで大きい数字となる。

 

「関係部署への根回し――出費が痛いわ……」

 

 ここまでの状況になってしまったからには隠し事などできるはずもない。死者が増えて墓地がパンクしたことで方々から苦情が来ている。街中でのアンデッド発生がもはや秒読みの段階に入っている。

 

「だが、一向に敵の姿が見つからん……! 敵は煙か何かだとでもいうのか」

 

 ゼロは憤っていた。もちろん服用者たちの死にではなく、組織の利益が目に見えて目減りしていくことに大きな怒りを感じて、そいつを八つ裂きにできない今の状況がもどかしくてたまらない。

 

「しかも、どれだけ調べても毒かどうかが分からねえ。ディテクト・マジックの術者を雇っても分からねえなんて相当だぜボス」

 

 10時間も放っておいたら、保管しておくうちに毒を混ぜられてそいつが本当に毒が混ぜられていないのか分からなくなる。そうやって大量死させてしまったこともある。八本指が安全を保障したら中毒者が押し寄せてきて、すべて死んだ。

 

「だが、必ず見つけ出して八つ裂きにしてやらねばならん……! いや、王都でギロチンにかける方がいいか。罪もなき一般人を殺戮した狂人として歴史に残るだろうよ」

 

「ああ、黒粉をばらまいているのはあくまでハッピーになってもらうため。かわいそうな民衆を毒牙にかけて殺し回ってる奴は正当な裁きを受けてもらわなきゃな」

 

「けれど、ボス。痕跡を見つけるタレントを持っている冒険者組合の秘蔵っ子まで駆り出しても何も見つからない。相手は人間なのかい?」

 

「なに? エドストレーム、今何と言った。人間、か――そうか。相手が人間でなければ可能かもしれんな」

 

「それは、どういうことだい。いや、まさかネクロマンサーが?」

 

 ここに来て、真実らしきものに近づいた。いや、実行犯はルサルカでリザは何もやってないが。それでも同じ一派にたどり着いただけでほめるべきかもしれない――まあ、単なるあてずっぽうだが。

 

「可能性はあるだろう。帝国騎士を殺せるほどの力を持っているならば、不可知化できるアンデッドを召喚できても不思議はない」

 

「なら――」

 

「どこにいるか、それが問題だ」

 

 そう、犯人っぽい奴をみつくろっても、そいつの居場所がわからなければどうしようもない。そいつは正体がわからずとはいえ、八本指の情報網でも影すらつかめない相手だ。

 

「ああ、そうだ。ボス、サキュロントの奴はどこ行ったんでしょうね」

 

「ふん、奴など六腕の面汚し……道草でも食っているのだろうよ」

 

「でもさ、ボス。考えてみなよ、あの村に向かったあいつがまだ帰ってないってことはさ。もしかして、ネクロマンサーはまだ村にいるんじゃないか」

 

「……可能性はあるな。ここまで顔に泥を塗られたんだ。六腕、全員で行くぞ――カルネ村を攻め落とす」

 

 ヒルマの「あのぅー。うちのところの娼婦、全然外出しないんですけどぅー。しかも、外に出てくるのはノッポの男だけだしぃー。さらえないんですけどぅー」という言葉は無視された。

 

 

 

 そして、7日が経つ。六腕……今はマイナス1だが、彼らは超VIPであるので最速でカルネ村まで来て、来ようとして――行くことができずにヒルマの待つエ・ランテルに戻ってきていた。

 

「――どういうことだ!」

 

 黄金亭の人払いした一室でゼロが空けた杯をテーブルに叩きつける。粉々になった杯を見て、5人は未来の自分の姿を想像して蒼くなってしまう。

 

「魔法だな」

 

 デイバーノックが言った。彼はアンデッドだ……が、知性があるし人間社会についても理解がある。怪しい集団の一人、としてなら潜むことも可能だった。もっとも、彼の前に置かれた酒や料理には手が付けられる気配がないが。

 

「知っているのか?」

 

「いや、そのような魔法は見たことも聞いたこともない。だが、貴様らが揃って地図を見間違えたなどということがあるとも思えない。ならば答えは一つだろう。本人に会って聞いてみたいものだ」

 

「”ぬけがけ”は許さねえぜ、デイバーノック。しかし、この事件解決の手柄を出したなら帝国の魔導本の一つや二つは都合つけようじゃねえか」

 

 もちろん、ぬけがけとは裏切りの暗喩――八本指を裏切ってネクロマンサーにつくならば殺すという意味合いだ。

 

「ほう、それは興味深い。だが、すまんな。我の習得しているのは死霊系や攻撃系であって、探索系でも妨害系でもないのだ」

 

「専門家に話を聞きたいところってか。だがな、そんなものはすでに考えた。……うちにいるマジックキャスター以上にそれ系に詳しい奴は居ねえよ。それこそ帝国ならともかくな」

 

「……ボス、帝国に話を通すのは論外なんじゃ」

 

「当たり前だ。だが、このままじゃあ埒が明かねえ。……おい、ヒルマどうなってやがる?」

 

「え? ええ……と、あんたらがカルネ村に行ってる間に私が直接情報を集めておくってことになったのよね」

 

「おい、なんだ。てめえは自分の仕事を忘れるほどトンマだったのかよ? そんなトボケた頭ならいらねえと思うんだがどうよ」

 

 ゼロの気分はすこぶる悪い。戦闘の心得を持っていないヒルマには針の筵である。

 

「か、確認しただけよ。でも、ほとんど何も話を聞けなかったわ。そのカルネ村ってのは騎士に襲われる事件があった前は質の良い薬草の産地で、よくこの町に卸していたみたい。その関係で組合の方が支援物資を送ったって話なんだけど、その時行った人間の話だと人数が少なくなった以外は普通の村らしかったわ。少なくとも、迷うなんてことはなかったって」

 

「おい、ヒルマ。てめえ俺たちを何だと思っていやがる? 泣く子も黙る八本指だ。この期に及んで裏で手を引いてる何者かが居ねえなんてお花畑を思うやつがいると言ってんのか」

 

「……ひ! ち、違うわよ。ただ、六椀に喧嘩を売られた時期から今までエ・ランテルはカルネ村と関わってないから、ここからだと調べようがないの。誰に聞いても、前は普通の村だったって言うし」

 

「つまり、何者かが俺らに喧嘩を売って。で、その何者かさんはあいつらが危なそうだと思ってかばったわけか? 妙な魔法か何かを使って――」

 

「だ、断言はできないけど。騎士を殺したっていうネクロマンサーが全てを仕組んでから、うちに喧嘩を売ったってのが筋が通っていると思うわ」

 

「……そいつはおかしくねえか。なら、そのネクロマンサーはカルネ村に侵入不可にする”何か”をして、貴様の言うところの芸術的な毒を製作し、さらに精鋭が護衛する中でまんまと黒粉に毒を仕込んで逃げおおせただと? 大がかりに過ぎる――そいつらは組織か何かか」

 

「あ! ボス……エ・ランテルにはアンデッドが起こした事件があったわ」

 

「知っている。ズーラーノーンの仕業だろう。だが、簡単に止められる程度の襲撃など、下っ端の暴走以外の何物でもないと結論したはずだが?」

 

「そうじゃなかったら? 事件は連続している。むしろ無関係と思う方が間違っていると思うの。その事件は下準備に過ぎないとしたらどうかしら」

 

「……ほう。面白い視点だ」

 

「ええ、そう。……そうね、例えば毒を製作する副産物をごまかすため。下っ端を殺して事件を終結したことにすれば、どさくさに紛れて”それ”を処理しても何も怪しまれない」

 

「見えてきたな。ならば、その事件を解決した冒険者チーム、トワイライトは――」

 

「ネクロマンサーの仲間。そのネクロマンサーは騎士を殺した実力から見て相当なレベル。12高弟か、もしくは――盟主だと思われるわね」

 

「そして、トワイライトはその直属の部下か。なるほど、死霊術ではなく戦闘技能に優れている――噂じゃ戦闘系マジックアイテムさえ持っているという話だったか。12高弟よりも、むしろ直接戦闘に秀でた強力な配下と見るべきかもしれんな」

 

「……でも、彼らは民衆の支持を得ているわ。八本指が彼らを暗殺したなんて知れたら、それこそ暴動が各地で起こるかもしれない。私たちと通じている貴族に抑えさせようとしても、さらなる暴発を招く公算が大きいわね」

 

 だって、あいつら馬鹿だもの。と付け加える。

 

「くっく。くくく――」

 

「どうしたの? ゼロ。手を出せない状況で……あの」

 

 狂ったか、とは口に出せない。

 

「は、いやいや。違うさ、ヒルマ。なに、面白いことを考え付いたんだよ――」

 

 声を潜め、口に出す。

 

「冒険者は冒険者同士で食い合ってもらおうじゃねえか。……てな」

 

 

 





 たぶんこんな方法で八本指を追い詰めたのはこのSSくらいのものではないでしょーかと思います。理由は次回で答え合わせ。

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