dies in オーバーロード   作:Red_stone

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第31話 ツアレニーニャ

 

 

 玲愛一家は王都に来ていた。エ・ランテルでの調査は終了した。あれだけの騒ぎが起きても何も起こらなかったことから、実力者も出せる切り札もないと判断した。漏れたアンデッドによってかなり被害を受けていたのだ。それでも切らない切り札なら、滞在を続けたところで発見は難しいと切り捨てた。

 

 ……その関係でトワイライトは動けなかった。実のところ、民が不安がっているので離れないで下さいと言われて、街を出る選択肢が消えることはないのだが――民衆を味方につけておくと便利なのだ。

 

「やれやれ。あのお方は死んだばかりの私をこき使いすぎではないでしょうかね」

 

「仕事をもらえるだけでも感謝するべき」

 

「玲愛の言う通りよ。あなたが洗脳されてたと知っても、誰も藤井君にあなたの復活を願い出なかったのだもの」

 

「はは、皆さん薄情ですねえ。ですが、あなた方はもちろん藤井君にお願いしてくれましたよね」

 

「「……」」

 

 母娘そろって明後日の方向を向いた。

 

「え? まさか、あの――見捨てようとした。わけではありませんよね……?」

 

「藤井君は多くの反対にもかかわらずあなたを復活させたの。彼の慈悲に感謝してキリキリ働きなさい。このゾウリムシ」

 

 パリン、と割れた音がした。

 

「……トリファにあなたが泣いたこと、知られたくないものね」

 

 こそっとリザが玲愛の耳元に囁いた。

 

「泣いてない」

 

 赤面してそっぽを向いた。

 

「はぁ――これは成果でお返しするしかありませんか。ごく潰しの父親がいる娘など、藤井さんとて娶りたくはないでしょうし」

 

 とは言っても、任務はあまり進んでいない。というより、着地点が見つからない。強者の捜索――だが、ガゼフ以外にこれと言って見つからないのだ。サブの任務であるこの世界独特の魔法の調査はスクロール購入で進捗はあるのだが。

 

「まさか、六腕とか言う御大層な肩書を持った方々が、見分けがつかないほど弱いとは思わいませんでしたよ」

 

 トリファは気配というものが分かる。遠くにいる者の気配を感じられるし、強さもおおまかには分かる。問題なのは、六腕がいる場所にもかかわらず気配を判別できなかったことだ。50歩100歩だから、どれが誰か分からない。

 

「しかしまあ、六腕の調査は意義があるはずです。どれだけ弱いか調べられれば王都のレベルのほどが分かります。まあ、ガゼフ・ストロノーフがあの程度である時点で他の方々は無視してしまうかもしれませんが」

 

「藤井君だけは知りたがってた。調べる意味はあるよ。でも、彼は殲滅するなと言っていた――あんな奴らを生かしておく意味が分からない」

 

 玲愛は一貫して全滅主義者である。とはいえ、戦略も分からずただやっつけてしまえと言っているような状態だが。

 

「目立つのを嫌っただけでは? 法国という敵もいる。情報収集を行う一方、こちらの戦力を悟られるような真似は慎むべきだ。戦争は始まった時には勝負は決まっているのですから」

 

「そうね。トリファを操った奴ら、あいつらは私たちの敵。黄昏を壊そうとする波旬。倒さなければ――」

 

 物音が聞こえてきた。何かを捨てる音。

 

 ――タスケテ。

 

 そんな声が聞こえた気がして、玲愛はそこに向かう。そこにあったのはかつて人間だったずた袋だった。見る影もなく打ちのめされ、果てに捨てられたもの。

 

「あなたは、生きたいの?」

 

 男か女も分からない”それ”……かつて人間だった尊厳などはぎとられて、今や汚らしくうごめく肉塊と化しているそれに玲愛は触れる。

 

「……そう」

 

 玲愛はうなづいた。きっと、この感覚は誰にもわからないのだろうと思う。この人は自分と同じだ――

 

「玲愛、何を見つけたの?」

 

「リザ、治してあげて」

 

「……でも、役に立つのかしら」

 

「それは私が判断する」

 

 ポーションは藤井君のものだからあまり乱用したくはないのだけど、と言いながら一本をふりかける。レベルが低いから、下級ポーションの一つでことたりた。

 

 人間らしい輪郭を取り戻した彼女はすやすや眠っている。

 

「帰るわ」

 

 彼女と分かるようになった女を担いでさっさと行ってしまう。リザとトリファは顔を見合わせ、やれやれと彼女について行った。

 

(あの目、決定的な破滅を予期しながらもただ日常に浸っていたかったあのころ。私は同じ目をしていた。いつ壊れるかわからない、薄氷の上でただ大事な人を待ち続けた。……藤井君、あなたの目に私はどう映っていたの?)

 

 トリファを叩き出し、風呂で徹底的に洗われて美しい見た目を取り戻した彼女はベッドに寝かされている。それを玲愛はじっと見守る。

 

(……けれど、私は何を考えている? あそこでこの娘を救う必要などどこにもなかった。この娘を黄昏に連れていく……そんなことできるはずがない。あそこは聖地、女神の加護なき者が入ることは許されない)

 

 ……自分の心がよくわからなかった。けれど、分かっていたことなどあったのだろうか。穢土で藤井君の愛に抱かれていたときはそんなことはなかった。彼への愛と波旬への憎しみ、それ以外を想う余裕などなかった。

 

「ううん……」

 

 彼女が目を覚ます。

 

「あれ? ここは――」

 

 周囲を見回す。ぽかんとした顔だった。元から顔立ちが良いのか、そんな表情でさえも似合っている。あのボロ雑巾がこうなるとは。

 

「ゾウリムシ、名前を言いなさい」

 

「……はい?」

 

「ないのね。なら、あなたの名前は今日からくま〇んよ」

 

「へ? いや、私の名前、ツアレニーニャですけど……」

 

「そう、贅沢な名前ね。今日からツアレね」

 

「は、はあ――」

 

 よくわからないのが来た、というのがツアレの本音だ。この時点では訳が分からなさ過ぎて何がどうとか考えることもできなかった。

 

「あら、起きたのね」

 

 リザが扉を開ける。偶然のように言っているが、単に気配の察知など容易なだけである。

 

「そう。名前はツアレ。今日から飼うことにしたから」

 

「捨ててきなさい。と言いたいところだけど」

 

 まるで拾ってきたペットの話をするノリだった。

 

「……えっと、あのーー」

 

 ツアレがおそるおそる手を上げた。

 

「ああ、玲愛が突飛なこと言って悪かったわね。なんでこんな子に育っちゃったのかしら……あなたもこの子と仲良くしてくれると嬉しいわ。おかゆを作ってくるわ。食べるでしょ?」

 

 答えも聞かずに行ってしまった。

 

「リザは人の話を聞かない」

 

 やれやれと首を振るが、誰のことだと聞いてやりたくなる。

 

(似て……る? でも、親子っぽい。のかしら。とても、こんなに大きな娘がいるような年には見えなかったけど……)

 

 訳が分からない、としか言いようがない。状況はひたすら意味が分からなくて。けれど。

 

(私……いい人に拾ってもらえたのかな?)

 

 その後、とてつもなく貴重なポーションを使ったと言うことを聞いて、顔が青くなったり、この人たちが誰でも知っているような常識が頭から抜け落ちていてびっくりしたりと色々なことがあった。

 

 ……次の日。

 

「へへ、お宅にツアレニーニャが居ると聞きましてね。あの娘はあっしの店の従業員なんでさ。返してもらわないと困ることになるんですよねえ」

 

 いかにも悪人、といった風情の男が家に来た。

 

「さて、そのような名前の娘は知りませんが。どなたかと勘違いしていらっしゃるのではないでしょうか」

 

 対応に出たのはトリファ。いかにも優しそうだが――身長がでかい。見上げる巨躯に男は少しビビリ気味である。

 

「だがね、言いたくはないんだがラナー王女が発布した奴隷禁止法の関係で他のところの従業員を拘束しているとみなされた場合、犯罪になることがあるんだよ」

 

「さて、それはどうでしょうか。まあ、そこまで言うなら仕方ない。ツアレを呼んできましょう」

 

 そして連れてこられた娘が人間だったのを見て驚くが、おくびにも出さない。何らかの手段で回復させたのだとすれば……金になるとほくそえんだ。

 

「……ほら! やっぱりうちの従業員だった。返してもらいますよ。それと、あなた方が彼女を拘束した分、うちに損害が発生してるんです。そっちの方も補填してもらわないとねえ」

 

「おやおや、このようなことを言っていますが――ツアレ、彼に見覚えはありますか?」

 

「……いえ。その人のことなんて知りません」

 

 びくびくと、やっとのことでそう言う。

 

「ああ!? 俺の顔を忘れたとは聞き捨てならねえなァ! こっちを見やがれ。覚えているから見れないんだろうがよ」

 

「醜い奴。殺してもいい?」

 

 付き添いで来ていた玲愛は、なぜか目を閉じている。

 

「ああ、それはやめてくださいテレジア。こういうのは殺すとゴキブリのごとく湧き出るものです。一つ一つ潰して行くのもそれはそれで面白いのですが、正直そういうのは飽きましたしね」

 

「あ、そう」

 

 玲愛は興味なさげにそっぽを向いてツアレのことを慰め始めた。

 

「それで、ええと――ツアレニーニャさんと言う方でしたか? その方を探すならば別を当たっていただければ」

 

「あんた、俺が誰なのかわかってねえようだな。俺は八本指直属の娼館を預かる幹部なんだぜ。俺の一言だけであんたらは表を歩けなくなる。……まさか、裁判で争えば正義は勝つとか思ってないだろうな?」

 

「勝つのは強い方でしょう。負ければすべてを奪われるだけだ。魂すら投げ出し捧げたとして、負ければそいつが悪いんですということになる。ええ、我々はそれを目の当たりにした」

 

 彼のいた世界で一番ナチスを弾圧しているものがあれば、それは生まれた故郷であるドイツだろう。それは目の前の男にとって知りようのないことで、どうでもいいことだ。

 

「……分かってるんならいい。いいか、ツアレニーニャは返してもらう。それと損害分の金貨500枚を用意しておけよ!」

 

 捨て台詞を吐いて去ろうとして――

 

「こちらを向け」

 

 玲愛の言葉、本能的に逆らうことを避けた男は”それ”を見る。極大の恐怖に飲み込まれ、正気を失った彼はわけのわからない言葉を叫びながら走り去るところを王都中の人間に見られ、最期は川に浮かびどこに流れていったのかは誰にもわからない。

 

 トリファはやれやれと肩をすくめる。玲愛は冷たい視線を虚空へ投げかける。

 

「これが王国の真実。王は民に優しい治世をしている――けど、それは目をそらしているに過ぎない」

 

「そうね、玲愛。ただ好きなようにさせるのは愛じゃない。それは”他人が勝手にやっているだけ”で自分は関係ないと言う責任逃れ。優しさの本質は相手を傷付けることを恐れて何もしないことじゃない」

 

「ええ。誰も彼もが目をそらしている。このままじゃいけないと思いながら、しかし何もしない。力がないから何もできないと言うのは仕方ないとはいえ……ねえ」

 

「その王自身ですら力がないと思っている。誰もがこの状況を変えられないと思っているが、その実として悪くなる一方と言うことに誰一人として気付いていない。何とかしようとも思っていない」

 

「今まさに戦争をしているというのに、その事実を誰一人としてわかろうとしていないのではねえ――。併呑してくれるほどやさしい相手じゃなかったら、残された不毛の地で賠償金にあえぐだけ。無抵抗主義のお優しいお国など、本質的にはあり得ない。それはただの売国奴と言う」

 

「魔物がはこる流通レベルの低い世界では、経済から立ち直ることも不可能でしょうね。基本的な経済破綻の立ち直り方は各種税金の撤廃による産業活性化だ。それはこんな世界ではできるようなことではない」

 

「――この国は終わる。あの王に何かを変える気はなく、貴族たちは己が腐肉に群がる寄生虫だと気づいていない。腐肉を食いつくす前に捕食者が現れることを知っていながら意識していない。なら、私たちが滅ぼしたとて構わないじゃない。ねえ、藤井君」

 

「……勝手なことはやめておきましょう。こちらは相手の対応をゆるりと待てばいい」

 

 大変な事態に巻き込まれたとわかったツアレは、この人たちが何を言っているか理解することもできず、ただ頭を抱えることしかできなかった。

 

 

 






 玲愛の知識って高校生レベルですかね? けっこう授業さぼってそうだし、歴史に興味もなさそうだから実は黄昏で一番アホな子だったりするかも。いや、一番は螢か。あの子義務教育も受けてないですし。まあトリファが教えていたので歴史関係は玲愛より上かも。……玲愛がまじめに勉強してるところは想像つかないですね。でも、文明が中世レベルのオバロは小卒レベルでも賢者扱いされそうです。



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