dies in オーバーロード   作:Red_stone

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第29話 古典的推理トリック

 

 

 八本指はまったくもってネクロマンサーの居場所を掴めていなかった。そもそも顔すらつかめていないのだから、事件を追うしかないのだが――その事件そのものが起きないのだからどうしようもない。

 

 よって、”することがありません”では済まされない彼らは、六腕の一人を最初に彼女が確認された場所に派遣することを決めたのだった。もちろん、成果を期待してではなく組織の内部でもやりましたというポーズが必要なだけだったのだが。

 

 組織の内部で管轄が分かれて分社化しているゆえの弊害だった。やらなくてもいいことを建前上、やらなければならないのだ。

 

「……くそ。なんだって俺がこんな田舎に――」

 

 猛禽のような顔がけだるげにゆるんでいる。はたからもまったく乗り気でないことがうかがえる始末だった。そんなどうでもいい仕事をやらされるのはもちろんサキュロントである。

 

「いえいえ。これもちゃんとした依頼なので」

 

「そうっす。俺ら下っ端なんかにゃできない仕事なんで……へへ」

 

 追従しているのは部下である。さすがに王都から来たため馬に乗っているが、相手を挑発しないようにと言うことで馬車などの使用は制限されていた。実際には無駄金使うなということなのだが。こういうところでも軽んじられていた。

 

「ああ、もうさっさと終わらせちまうぞ。こんな木っ端仕事」

 

 田舎ではお楽しみも何もない。さっさと終わらせて帰ろうと、気乗りしない足を無理やり動かすのだった。

 

 

 彼ら三人はカルネ村に着き、冒険者と偽る。身分はシルバーの偽プレートを用意した。

 

「ああ、あんたが責任者で? ええと、ゴブリンどもを従えてるっていう……」

 

 内心、ああ部下ども死ぬかね。まあ俺は全員殺せるからいいけどな――などと考えている。人に慣れていようがモンスターはモンスターだ。同じ部屋にいると思うとぞっとしない。しかも目の前のこいつらは野生のとは毛色が違う、囲めば連れてきた部下くらいなら殺れるだろう難度が見て取れる。

 

「え? あの、はい。ゴブリンさんたちには、その。……協力、してもらってます」

 

「へえ、腕のいいテイマーだな、嬢ちゃん。ここまで忠誠心の高いのは、この稼業長いがチト見たことないね」

 

「はぁ……」

 

 責任者とか言われて連れてこられたエンリは正直場違い感に身をさいなまされていた。村長に変わってもらいたい――そう思うが、すでに村人の認識では彼女が村長なのだった。

 

「エンリちゃーん。お茶ってあれ使っちゃっていーい?」

 

「あ、うん――アンナちゃん、お願いね」

 

 かちゃかちゃとお湯を沸かす音が聞こえる。サキュロントは商売柄、外で出された飲食物には毒を注意する。

 

(ま、もっともこいつもあの村娘も、ただの田舎者。警戒する必要なんざねえとは思うがな――)

 

「俺らが来たのはネクロマンサーのことについて聞くためだ。王都の冒険者組合では、ここの近くにズーラーノーンの支部があるんじゃないかって話になっててな。それで派遣されてきたんだ」

 

「は? ええと、ズー……」

 

「ああ、そいつはな――」

 

 手早く説明する。もっともきちんとした説明などしてやる義理はない。交渉はもう始まってるのだ。だから、この説明は思考を誘導するためのもの。恐ろしげな噂を垂れ流して、口を開きやすくするだけの証拠もない中傷。

 

「はい、お茶はいったわよー。どぞー」

 

 そして、出された茶に手を付けるつもりはなかった。だが、話していると。

 

「ねー。ねーねーねー。お茶飲まないの? これ、とってもいいものなんだから。もしかして、味が変だった?」

 

 暇そうにエンリの隣に座っていた彼女は、いきなり手を伸ばしてサキュロントの前に置かれた茶を一口飲んで、「おいしいじゃない、これ」などと言って首をかしげている。エンリは困った顔になった。こどものやることとはいえ、失礼な行為というのはさすがにわかる。

 

(しつけのなってねえガキだ。だが)

 

 人間、譲歩されるとこちらも譲歩しなければという気分になる。ガキのわがままを聞いておけば、この先の交渉が有利になると考え、出された茶を口にした。

 

(見てたが、毒を入れた様子もなかったしな)

 

 飲んで見せてから、毒を入れて暗殺する。毒見役がいるからと安心した貴族はこれで簡単に殺せる。が、そんな手にひっかかるほど六腕のサキュロントは甘くない。

 

「ああ。確かにこりゃうまいな、嬢ちゃん」

 

 でしょでしょー、と何も考えてなさそうなガキは笑う。

 

「ああ、それでだ。エンリさん。本当にネクロマンサーのことは知らねえのかい?」

 

「はい、知りません。あの方は彼らを天に返して、どこかに行ってしまいました」

 

「行先に見当が付いたりしてねえか」

 

「まったく。あの方がどこから来て、どこへ行くのか。何も話してくれませんでした」

 

「騎士を殺し、この村を救ったって聞いているが」

 

「はい、あの方のおかげで村は救われました。けれど、あの方自身が何を思っていたか私たちには見当もつかないんです」

 

 サキュロントは舌打ちする。この女は結果を言うだけで何も情報を渡さない。確信犯かと思うほどなにもしゃべらない。……種族や性別すら言わない。

 

(だが、嘘はついてねえ。村娘ごときが俺の目を欺けるはずもねえ。けどな、何もわかりませんでしたじゃあ格好がつかねえんだよ……!)

 

「おい、嬢ちゃん。本当にわからねえのか? なあ、何か隠してんだろ? ここで隠すと最悪、王への反逆罪に加担することになるかもしれねえぞ」

 

 ゆえ、威圧することにした。

 

「……え? いや、そんな……」

 

 当然、エンリはビビった――ように見える。普通に男に迫られるといたたまれなくなるような年頃の女の子だ。怖がっているのは本当だ。ただ、恐怖と呼べるほど深くはないだけ。

 

「なあ、姿は見たんだろ?」

 

「うう――はい。でも、それはなぜかあいまいで……」

 

「なら、思い出せ……今すぐだ」

 

 後ろで控えていたゴブリンリーダーが不穏な空気を感じて前に出る。

 

「あんたねえ、お話じゃなかったんですかい? これは、まるで――」

 

 脅迫、とは言葉が出なかった。

 

「--ッシィィ!」

 

 頭狙いの一撃……鞘走り、抜かれた剣をやっとのことで弾けた、そう思った瞬間。

 

(え? 感触が――ない)

 

 彼の、ゴブリンの手には剣を弾く硬質な感覚は伝わってこなかった。

 

「死ね、モンスター」

 

 サキュロントは『幻魔』、幻を織り交ぜて戦う軽戦士。その一撃は”軽い”。それでも心臓狙いの一撃は殺すには十分すぎる代物。頭を狙われたと勘違いしたゴブリンの心臓はがら空き、つまり必殺。

 

(お前が一番難度が高い。ここで殺しておけば後が楽そうなんでね)

 

 そう思った瞬間、視界がぶれた。世界が反転する。筋肉が溶ける。

 

「っぐ! うがあ――」

 

 肩を抉られたゴブリンリーダーがエンリをかばって下がる。

 

「え!? もしかして、敵だったの」

 

 エンリは促されるままにドア近くまで下がる。この位置では人質にとるのは少々難しい。あのゼロならともかく。いや、それ以前に……

 

「こ、これは。これは――」

 

 サキュロントは視界が滅茶苦茶になって立っていることすら難しい。これには覚えがある。自身にされたこともあるし、他人にはもっとした。

 

「毒……か!」

 

 ”動けば回る”タイプ。毒は心臓が激しく動くほどよく回るものだが、これは格別。しかもあの一瞬、暗殺者の嗜みとして心臓はローギアから一気にトップギアまで持って行ってしまった。だが、いつの間に盛られた――

 

「あっはっは。マヌケ面ねえ。こんなの初歩の初歩のトリックじゃない。なんで見抜けないのかしら? あなたたちって、もしかしてギャグでギャングやってたりするのかしら。ギャグだけに。ねえ……六腕の『幻魔』さん」

 

「……なぜ、知ってーー」

 

「知ってるわよ。というか、そのネクロマンサーに仲間がいないとでも思ってたのかしら。思ってなかったのでしょうねえ。カップの縁に毒が塗ってあったことも知らずに飲んじゃったお馬鹿さん?」

 

「カップの……縁……!」

 

 つまりはあの女が飲んだところだけ毒を塗ってなかった。しょんべん臭いガキとの間接キスなんて御免だったから、そこに口づけるはずもなかった。見れば残りの二人も机に伏せている。立ち上がろうとしたところで毒が回った。

 

「そうね、ゲームでもしましょうか? あなたたちもヤクザなんだから、ギャンブルでカモを身ぐるみひとつ残らず剥いで海に沈めたことくらいあるんでしょ」

 

「……ゲーム、ね」

 

 サキュロントには客を湖に沈めた覚えなどなかったが、そういったギャンブルも守備の範囲内だった。むしろそっちが本領と言っていい。接待もイカサマでの巻き上げもお手の物……王都の裏の顔ともいえる犯罪組織のトップは剣の腕だけではやっていけない。

 

「『パンゲア・ゲーム』。積み木崩しなんて侮らないでね、これはかつて世界が一つであった頃の超大陸の名を冠するゲーム。侮れば、魂まで食いつぶされるわよ」

 

 リアルでわかりやすく言えばジェンガだろう。三つずつ互い違いに積み上げられたタワーをテーブルの上に置いた。

 

「……いいだろう。と言いたいが、こんな身体では」

 

「あら、体の調子はいいはずだけど?」

 

「……これは。いつの間に」

 

 毒が消えていた。むしろ体の調子はいつもよりいい。

 

「--ッ!」

 

 だが、異常がもう一つ。剣が軽くなっていた。……粉々になっていた、柄だけを持っていたのでは軽く感じて当然――だが、そのような真似ができる人間などアダマンタイトにも知らない。

 

「ギャンブルだもの。まず、賭けましょう。あなたたちが勝てばこれを上げる」

 

 金貨の山を置いた。重みでぼろいテーブルが崩れかける。おっと、と言って床の上に投げてしまった。こぼれた金貨が光を反射して部下の二人が息をのむ。

 

「けれど、あなたたちが負けたら――その時点で命を貰う」

 

 彼女の影が動き、槍を形作って心臓の場所に上ってきた。

 

「使うのはこの777個のピース。これを順番が変わるごとに抜いて、置いて行くの。ピースは最上段を抜くのは禁止だけど、他は自由よ。触ってから一分以内に崩れたら負けよ」

 

 ああ、言うまでもないけれど外から順番外が触れたらそいつの負けだから。と付け足して。

 

「最上段を抜かないのは当然として、他には」

 

「ええ、そうね――このピース以外のものをタワーに触れさせても負けね?」

 

「了解した。では、やろうか」

 

 サキュロントは己の身の程をわきまえていた。先ほどのゴブリンリーダーとの一幕で幻術を見せた。ならば、このネクロマンサーの仲間を相手に勝ち目などないのだ。幻術使いだからわかる、己の心臓のそばの影の槍は決して夢幻ではなく現実のものなのだと。

 

(だが、逆転してやる。二人、組織に引き入れたなら手柄はでかい。もし六腕からこぼれたとしても、こいつに取り入ればいい――)

 

 サキュロントは強さなんてものに価値を置かない。絶対的な強さがカリスマを生み組織を引っ張ることは認めるが、それだけではどうしようもないのだ。交渉に恐喝、ときにはなだめすかしたり妥協したりすることも肝要……腕っぷしだけでできることなど、実はそんなに儲からない。

 

「うーん、あなたたちは三人でこっちは二人。不公平ね? だからエンリちゃんは一回だけセーフってことにしてもらうわ」

 

 三日月の笑みを浮かべた魔女は絶対者の余裕でサキュロントたちを睥睨する。ゼロと同じ目……弱者をいたぶるのを楽しむ目。けれど、サキュロントはいつだってこんな風に大物ぶる奴らを食い物にしてきた。

 

「かまわねえぜ」

 

 鷹揚にうなづいた。むしろ、こういうゲームは剣よりも十八番だった。

 

 

 




 パンゲアゲームの出典は上遠野浩平様の「パンゲアの零兆遊戯」からです。今回は趣味に走りすぎた感があります。ちなみに原作でも敗者はかなり悲惨だったりします。人生の成功者からホームレスになったり、自殺未遂で後遺症が残ったり。逃げても、おそらく莫大な違約金を請求されて首を吊ることになったでしょう。今回は負け=即死です。

 八本指が六腕 + 二人なら、力だけでは意味がないからサキュロントがいたのかなと思ってます。悪の組織と言ったら、麻薬、女の他にギャンブルでしょう。王国がおおっぴらにカジノやってるとは思えませんし。彼はある程度の強さと、何よりも金を稼ぐ手腕を認められた結果が六腕なのかなと思いました。でも実質の上司がゼロでは肩身がせまかったでしょうね、彼。

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