トリファが真の姿を現した。けれど、玲愛の本体は遠く、リザは躊躇した。悩むのが好き――自分でそういう彼女だが、やはり戦いの性はない。ブレインを逃した、あれも他のメンバーではありえなかった醜態。
「まあ、決着はつまらないものと言いますし」
異形の馬車を、そして巻き添えの何本もの木を砕くに足る巨大な手が振り下ろされる。彼女たちはそれを見上げるしかない……
「カ、カイレ様――あれは、もしや」
「カ、カタストロフ・ドラゴンロードであったのか……?」
「いや、違う。違う、はず――」
「だが、なんて大きさ。こんなもの、いくらなんでも”隊長”でも……」
「じゃがな、今は我々の手にある。もう一人の難度200越えも、あっけなく倒れ……」
「う”ぉえ”え”え”え”え”!」
「ど、どうした占星千里――」
「ち、力が。ありえない……ッ! 恐ろしいものがまだ――」
安堵に気を抜いていた漆黒聖典の面々が顔を見合わせたその時、その声が響く。恐ろしいほど冷たく響く断罪の声。
「「「――太・極――」」」
今、国すら焼却する力が解き放たれる。
「「――
「――
ここに語ることすらおぞましい最悪の異形種が姿を現す。
「「ここで散れ、聖餐杯」」
すべてを焼き尽くしてなおとまらぬ滅びの炎……クトゥグア。
「黄昏に背を向けた罪、その身を持って償うがいい」
あらゆる生けとし生けるもの、そうでないものですら滅びに導くクァチル・ウタウス。
「「「――滅べ」」」
その山のような腕をはじき返した。
「おやおや、螢、ベアトリス、戒までおそろいで。困りましたねえ、私はリザとテレジアを始末しなくてはならないのです。そこをどいていただけませんか」
「「断る。あなたに手は出させない。ここで仕留める」」
「仲間を手にかけるおつもりですか、ベアトリス。あなたもそうだ、戒。ここに居ることは命令に反するのではないですか」
「……問題ない。聖餐杯、貴様は僕らが勝手にここに来たと?」
「それは――」
声が響いた。世界を侵し、自らの欲望のままに歪める神の業。誰もがそれを耳ではない別のところ、もしかしたら魂と呼ばれるそこで感じ取る。
――時よ止まれ 君は誰よりも美しいから――
「まさか、これは……」
「「ええ、バビロンが何もしなかったわけないじゃない。もう知ってるのよ、彼は」
世界が止まる。
「
世界が変革される。理が書き換えられる。……”そこ”は穢土の領域。これこそが世界の終焉。時が凍り、未来は閉ざされる。そこには停滞したデジャヴュがあるだけだ。
「まさか、あなたまで来られるとは。なんともお恥ずかしいところをお見せしてしまったものですね」
「トリファ、お前がそうなったのはその傾城傾国が原因か」
睨みつけてくる彼は。
「ウロコ……ナーガか!?」
「その最上位種、カドゥケウスだよ」
「--むぅ!? これは、まともに動けるのが儂一人じゃと!?」
他のメンバーは瞳を動かすのが精いっぱいで、その様ではどうすることもできない。赤子同然だ。
「ワールドアイテムはワールドアイテムで無効化できる。どうやら知らなかったようだな。残りの連中も中途半端に対策してあるらしい。知らなかったのか? 時止め相手に中途半端はもっともやってはいけない。動ける時点で破壊不能オブジェクト扱いから外れるからな」
「……なにを、言っている貴様――」
ああ、つまりは神の御業を理解しようと思うからどうしようもなくなる。見るがいい、止まった世界では生命の息吹など消え去った完全たる静寂に満ちている。
「つまり、呪いが利くと言うことだ。
「ぐぐ……ぐぐぐぐーー」
カイレはあくまで”ワールドアイテムを使う”人間だ。それこそ今でも英雄級の実力はあると思っているが、全盛期には遠く及ばない。すでに”使って”使用条件を満たさなくなった今、できることなど何もなかった。
「死ね」
「「くたばれ、聖餐杯」」
激しい攻防が周りを巻き込んで、大森林その物さえ消し去ってしまうような大戦が起こっていた。けれど、木々は葉っぱの一枚ですら燃えることはない。空中で静止していた。
「ああ、まるであの時のようだ。けれど、たったの二人で勝てますか?」
「私たちは三人よ!」
「貴様は……貴様だけは僕の手で!」
第10位階を応酬する戦場はとっくにカイレの理解の範疇外だ。
「いや、違う。こいつら、どうして――なぜ、仲間で戦える!? たとえ実力伯仲した者であろうと、仲間を相手にしては2対1に1が勝つ。仲間であったのだ、そう簡単に殺せるはずあるか。洗脳された者は良心のタガなどない。そう、負けるはずがないのだ……!」
カイレは身を襲う毒の苦痛にもがくなか希望を見出す。それが傾城傾国を使って破滅させていった亜人種の姿とは皮肉である。なぜなら、それを使ったことで、今彼女はもがき苦しみながら殺されているのだから。
「おおおおお!」
腐敗を纏う剣が縦横無尽に炸裂する。
「「はああああああ!」
炎熱纏う剣が防御という言葉を嘲笑うように空間全てを斬撃が埋め尽くす。
「はは……これはこれはーー」
トリファは防戦一方。この三人のステータスとはそういうものだ。トリファはタンクで、他の二人がアタッカー。トリファは攻撃が苦手で、まともにダメージを与えられない代わりにまだ体力が残っている。
トリファの能力は時間を稼ぐと言うのが本命で、次点は敵を引き付けること。敵を倒す役割を負っていないのだ。援軍を待つ、というのが”ユグドラシルにおけるトリファ”、このNPCの役割だ。
だから当然、状況はじり貧以外の何物でもない。
「「いい加減、しつこいのよ!」」
「死ね、聖餐杯。貴様だけは許さない」
そして、相手の二人はまったくもって油断はない。苦しませて殺すと言う余裕も出さない。ただ、必ず殺すために殺意を込めて剣を振るう。
「ああ、困った。これでは命令を実行できない」
トリファにこの状況を覆す手はない。そういう”ビルド”ではない。だから。
「ああ、戒。そういえば、彼女に手を汚させて良いのですか?」
これでとどめ、と二人が意気込んだ瞬間にその言葉をすべりこませた。
「--ッ!」
戒の剣先がぶれた。
「「ッ兄さん、何を――」」
わずかなブレが彼女の剣をずらす。待っていました、とトリファは最大の攻撃を行う。そもそもが、二人が必殺を確信したのはトリファに隙ができたから。その一撃を放つための隙。
「砕けよ」
全開の第10位階魔法が二人を吹き飛ばした。
軍人とはいえ、否――軍人という側面を持つからこそ仲間殺しほど忌避すべきものはない。櫻井の一族は少し事情が異なるが、それでも戒はベアトリスが気高い軍人だと信じていたいからこそ、それを許せない。家族に闇に落とさせない。泥をかぶるのは自分の役目だ、その渇望が戒と言う人間なのだから。
「--ふふ。ははは。……すばらしい! 素晴らしいぞ、ヴァレリアン・トリファ……世界を滅ぼす魔神よ。そいつらを殺し尽くしてしまうがいい!」
カイレは苦痛にあえぐ中でなお哄笑する。そう、この魔神を手中に収めた自分は――世界の王にだってなれる。
「そう思うか?」
「ふふ。王たるナーガよ、貴様の最強の兵はこの儂が頂いた。貴様らなど、もはや恐れるに足らぬわ」
「だから……俺たちが何もしていないと、本当に思っていたのか」
「なに? 貴様らは儂らを監視していたのでは」
「それが必要だと思っているのなら、自分の価値を測り損ねているぞ。貴様らに危険などない。――
トリファが遅くなる。藤井連の持つもう一つの創造……ではあるが、ユグドラシルでのそれはバフにアイテムを重ね掛けする弱体化魔法だ。そもそもターゲットがアンデッドに限らない。”死人を許さない”本来の渇望とは関係のないシロモノ……
「ああ、これは――なるほど。詰みましたか」
ではあるが、1対複数において弱体化をかけられたと言うことは、不利などという一言では済まない決定的な一手。
「戒、螢、ベアトリス。最大威力で焼き尽くせ」
蓮は命じる。すべて自分の決定だと言う意思を込めて。仲間を殺した――その事実から目をそらすまいと。
「「兄さん、譲ることはできない。だから、いっしょにやりましょう」」
「……そうか。藤井君の命令だからね、仕方ない」
二つの超位魔法があとかたもなくトリファを破壊しつくした。
「さて、一つ聞いておきたいことがある」
連は復活し、レベルダウンしたカイレらに問いかけた。カイレは復活の際にぼやけて霞が買った思考の中で、こいつら何が目的だと考える。復活などと言う貴重な魔法をかけてどうするつもりだ? と。
「お前の使ったワールドアイテム、他に何がある? 法国はどれほど所持している?」
「く……かか。答えるはずがないじゃろうが」
死んだ。
「質問、覚えているか?」
「くたばれ、異形」
死んだ。
「……」
「死ね」
死んだ。
「さて、もうそろそろ蘇生限界か。ルサルカ」
「はいはい。『ドミネート/支配』」
「ワールドアイテムのことを教えてもらおう」
情報を引き出したが、大した情報は得られなかった。漆黒聖典の使う武器のことは多く知っていた。けれど、『傾城傾国』のレベルは大神官ですら一つ以上は知らない。カイレもまた、己自身の使うモノ以外は。
彼らはレベルダウンで灰化するまで殺され続けた。
求めた情報は手に入らなかった。
彼らは死体の保存なんてやりません。アインズ様は死体に蘇生をかけたら別のところに復活するかもしれないと考えていたシーンがありましたが、本SSでは普通にその場で復活すると言うことにしました。