dies in オーバーロード   作:Red_stone

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第26話 カルネ村襲撃

 

 

 エンリはンフィーリアと結婚していた。電撃婚にもほどがあるが、カルネ村に明るいニュースをもたらすためには必要なことだった。その結婚にしても墓前で誓いを立てるだけの簡素なものだったが、村人は祝ってくれた。

 

 そもそも村娘にとって恋愛婚などと言われても訳が分からないのだ。それの感想を聞かれたら、”都会ってすごいのね”とかになるだろう。エンリ自身も好きになった人、ではなく両親が選んだ人と結婚することになるのだろうと漠然と思っていた。

 

 村から出るつもりはなかったが、彼の方から村に来てくれたのであれば首を横にふりたくなる気持ちもなく。村長からも頼まれたから結婚した。だが、その結婚生活は――

 

(よくわからないな。結婚って、こんなものなのかな……)

 

 ンフィーリアは奥手すぎてキスもできていなかった。エ・ランテルの事件があってから1週間だが、ンフィーリアがカルネ村に来たのは2日前で引っ越し当日の一昨日は忙しすぎて二人とも泥のように眠ってしまった。

 

 昨日は少しは余裕があったし、ネムも別の部屋で早々に眠りについてしまったから内心では不安だったのだが――何もないとそれはそれで肩透かしなのであった。一応、覚悟は決めてあったのだが。

 

 ンフィーリアはエンリの家に住むことになった。これも村長からのお願いだ。”一緒に住んで、本当に家族になったことを村の皆に教えてもらいたい。遊びではないと示してほしい”なんて言われたら断れなかった。

 

(ううん、朝。ね――)

 

 朝ご飯を作らなきゃ、と寝床から出る。

 

「ほら、ンフィー君。起きて」

 

「ううん――」

 

「ネムも起こしてもらえる? 朝ご飯もうできたから」

 

「あ、ありがとう。エンリ」

 

「ううん、お嫁さんだもの」

 

 そして、粗末な食卓に着いてごはんとみそ汁、あとは漬物だけの粗末な食事をとる。

 

(ンフィー、都会の方だとこんな食事は食べてなかったんじゃないかな。こんな粗末なので大丈夫かな)

 

 実のところ、ンフィーリアが有名人だと言うのは最近聞いた。だから少し気後れしてしまっている。こんな田舎――と。だが、一方でンフィーリアの方は。

 

(エンリの手料理、おいしいな)

 

 と、満足していた。そもそも彼自身は贅沢を喜ぶ性質ではなく、好きな人と結婚出来て、その人が作ってくれた料理と言うだけで大満足なのだ。酒や魚が貴重品? 確かにエ・ランテルならば毎日飲めたし食べれたが、興味もなかったのだ。

 

「今日、ンフィー君はどうするの?」

 

「うん、まだ工房を稼働させるための準備がたくさんあるからね。今日もゴブリンさんたちを借りるよ」

 

「ん、お願いしておくね。……リィジーさんは」

 

「おばあちゃんは、ね。多分、まだエ・ランテルで大忙しだよ。あの事件があってから、冒険者の人たちも効果の高いポーションを欲しがっているんだけど、それ以外にもたくさん用事があるみたいで。僕がここで暮らせるようになったのもおばあちゃんが支店を出して、本店の補給をできるようにしたいって言ってくれたのが偉い人に通ったからなんだ」

 

「なら、あの人はエ・ランテルで暮らすのね。ンフィー君は寂しくないの?」

 

「そんなことないよ。どうせ数日中に街の方に行かなくちゃいけないんだ。それに、僕が工房を稼働させてポーションを卸し始めたら定期便が通るんだ。エンリだって気軽に街に行けるようになる」

 

「そう――よね。うん、そう」

 

「……?」

 

 状況が目まぐるしく変わったためにエンリはついていけないのか……漫然とした不安が残る。

 

 カルネ村は来年が迎えられるかどうかの危機的な状況にあったのに、ンフィーリアが来てからは全てが変わってしまった。とんとん拍子で話が進み、蚊帳の外で話がまとまって街の方から支援が来た。

 

 なにか落とし穴があるんじゃないかという気持ちが消えない。

 

 それはかわいそうなどというあやふやなもので決まった支援ではない。冒険者組合は事件を受けて、準備を始めた。起こってから始めるのでは遅いが、世の中はそういうものだ。冒険者の間でのみ有名であったリィジーの重用、そして質のいい薬草を提供するカルネ村への支援。

 

 ンフィーリアがここにいることだって、ただの政治的な事情である。人々の不安を避けるため彼が事件にかかわっていたことは闇に葬られた。街なんかにいるより安全だろうと、とカルネ村への移住も認められた。これについては四六時中護衛を付けるような金などどこからも出てこないし、地下牢に閉じ込めておくことはリィジーの手前できなかったからという消極的なものではあるのだが。

 

 

 不安はあるとして、働かなくてはならない。襲撃があった後は物資がないからできることは少なかった。だが、いざ支援として馬車に満載された物資が届けられるとやるべきことが増えてしまったのだ。

 

「そう。これはそっちですカイジャリさん。パイポさんはそちらに」

 

 エンリはゴブリンを使って荷物の配達作業をしている。とりあえず馬車から降ろして倉庫に入れたが、物資は腐らせては意味がない。

 

「ええと……次はーー」

 

 ガンガンと鐘の音が響いた。……敵襲を知らす鐘の音。

 

「……ッ! とにかく、柵の方へ」

 

 二匹のゴブリンを引き連れて今にも倒れそうな塔に向かう。敵が恐ろしくてとにかく建てたはいいが、いつ倒れるかわからないので補強に補強を重ねてぐちゃぐちゃになっている塔。

 

「エンリの姉さん。まずいですぜ」

 

 先に来ていたゴブリン・リーダーが苦い顔を見せる。すでに塔に上って状況を確認していた。

 

「……敵が来たの?」

 

「そうみたいっすね。数が多い。あんな柵じゃ止められない」

 

 木で作られた柵は人間が蹴っても壊れそうなもの。一応ゴブリンの知恵で先を尖らせてはあるが時間稼ぎもまともにできそうにない。

 

「そんな……」

 

 戦える人間は少ない。ゴブリンたちが村人を鍛えてくれたと言っても付け焼刃。的にすら当たらない弓が何の役に立つと言うのだろう。

 

「とにかく、人数を集めないと話になりやせんぜ。弓を使える方も、一応集めて下せえ」

 

「でも、あの人たちじゃ当たらないわ」

 

「とにかく撃ったことが相手にわかりゃいい。何よりやらないよりかはずっとマシですぜ」

 

「……エンリ君! なにが起こったと言うのですかな」

 

 村長がいいタイミングできた。

 

「村長さんは戦える人を集めてきてください。そのあとは戦えない人の避難をお願いします」

 

「では、エンリ君は」

 

「私はゴブリンさんたちと戦います」

 

 毅然と前を見据えている。この村の実質的な村長は彼女だ。村長と呼ばれた彼は村人たちの意見を集めてエンリに報告し、エンリの言ったことを周知させるいわゆる管理職のようなものになっていた。今や彼のことを村長と呼ぶのはエンリ一人である。

 

「分かりました。ここはお任せします」

 

 走っていく。決断するということに耐えられなくなったとはいえ、全てをエンリにまかせて素知らぬ顔をできるほど恥知らずではない。できることはやる。

 

「パイポさん、敵は見えますか?」

 

「オーガが10、ゴブリンもいる……ウルフは数えきれない――」

 

「どんな感じですか?」

 

「どんな感じってえと、怯えている……のか? 逃げている、って感じだ。でも、間違いなくこっちに来てる。踏みつぶされてちまわ――」

 

「話し合いができればいいんですけどね。とりあえず、落ち着いてもらわないことにはどうにもならないようですね」

 

「――エンリ! 敵はどうなっているんだ」

 

「ラッチモンさん、それに他の人も弓を持ってきてくれたんですね。とにかく、大声を出しながら弓を射かけてください。前に飛ばせれば十分ですから」

 

「お……おおごえ? いや、考えがあるのは分かるが」

 

「あまり大した考えでもないですよ。何かに怯えて逃げてきたのなら、大声を出せば向きを変えてくれるんじゃないかと思って」

 

「な、なるほど。了解した。私は村の者と弓を引こう。掛け声は”おお”でいいのかな」

 

「はい。なんでもかまいません」

 

 そして、敵が見え始める。ここまで来たら目と鼻の位置だ。近代戦なら銃の掃射が始まっている。けれど、ここにはそんなものなくて、レベルが高い者もいない。

 

「よくやるものっすね、エンリの姉御。戦争童貞は使い物にならないんですが、大声を出すことに集中させればブルってなにもできなくなることもない。居場所を知られるのはそれこそ今更っすから」

 

「え? いや、そんなつもりじゃ――」

 

「エンリ様! ご指示を。ゴブリン隊はあなたの指示で死にましょう。あんたこそ従うに足るお人だ」

 

「は、はい! キュウメイさん、チョウメイさんは前に出て注意を引き付けて下さい。他の方は離れて攻撃を」

 

 展開されるのは文字通りに実に低レベルな戦いだ。棒で殴って、へろへろの矢がぼすんと当たってうめき声をあげる。ぼこぼこになってもそうそう死にはしないし、矢は肉を貫くほどの威力はない。

 

 とはいえ、オーガの攻撃力は凶暴で、しかしゴブリンアーチャーの矢は痛い。泥沼の消耗戦、いつ死人が出てもおかしくない戦いだった。

 

「……どうしよう」

 

 エンリは後ろに下がっている。下がるしかない。誰も前に出ろなんて言わないし、むしろ言ったやつがいればゴブリンたちが殴る。けれど、彼女自身は己の無力がはがゆかった。

 

「皆、よく戦ってくれてる。でも――このままじゃ……」

 

 多勢に無勢、というのがよくわかる。ウルフは何匹も地に転がっているが、まだまだいる。地味にうざったいのだ。

 

「なら……私も戦います!」

 

 我慢できずに前に出てしまった。

 

「待ってくだせえエンリの姉御! 今、あんたが出ていかれたら――」

 

 最悪の判断で、それが下策だと言うことは戦術論ではどこでも習うことだろう。もっとも、そもそも”習った”ことすらないエンリにはそれを知りようがない。ただ、心の赴くまま前に出てしまった。

 

「ぐはははは! 大将首か! 大将首だな、貴様」

 

 大将首を取ると言うのはどこの文化圏でも手柄である。ゆえ、将自らすら引き寄せられる魔力を持つ。

 

「俺の名はアーグ。部族を率いる者なり!」

 

「わ、私はエンリです! 戦いをやめてください」

 

「そんなことができるものか! 大将首、もらった――ッ!」

 

「姉御、伏せて!」

 

 掛け声を聞くやエンリはうずくまってしまう。それはまるであの時、ただ騎士たちの暴虐に震えるしかなかったあの時と同じように。

 

「勝負を捨てたか! 人間のメスよ。だが、大将首はもらっていく――な!? ……っが――」

 

 矢が膝を貫いた。大将たるアーグも当然後ろの方にいて率いるオーガたちに囲まれていた、だから矢など当たらなかった。しかしエンリが前に出たことにつられて彼も前に出てしまい……

 

「一騎打ちでは、なかった。のか――」

 

 ぐらりと膝が崩れる。ゴブリンたちは大将を見逃さず、最大の攻撃を叩き込んだ。

 

「おおおおお!」

 

 さらにゴブリン・リーダーのジュゲムが決死の突撃――アーグを地に沈めた。

 

 愚策、そう確かに愚策で”やるな”と言われる他ない奇策ですらない下策。けれど結局は仲間を信じたエンリが勝った。ただ力に従うだけの彼らは、ボスが倒れたらどうしたらいいのかわからなくなって――

 

「ボスが、死んだ? 逃げろォ」

 

「冗談だろ? うわああ――!」

 

 散り散りに逃げ始めた。

 

「待ってください!」

 

 それを、エンリの声が止める。

 

「皆さん、カルネ村に着ませんか? ンフィー君に傷薬も用意させますから」

 

 そこにエンリが手を差し伸べた。

 

 


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