エ・ランテルを襲う襲撃の中、漆黒の剣はリィジーを避難所へと送り届けた。だが――
「おい、なんてこったよ」
「まさか、こんな奴が――」
コツ、コツと蹄の音が聞こえる。……スケルトン・ライダー、強敵だ。『クラルグラ』のような強力な冒険者チームならともかく、彼らにはきつい相手と言える。いや、真っ先に逃げ出すべきだ。
「だが、逃げるわけにはいかないのであるな」
「そうですね、ダイン。アレがここに現れたのは偶然ではないでしょう。アンデッドは生命を憎む、避難所の人々を狙ってここに現れたはず」
「きっと、金級や銀級の皆さんは門で戦って湧き出るアンデッドたちをせき止めてくれているのでしょうが」
「こいつは速いから取り逃がしたってわけだな? ペテル」
「おそらくは」
馬の機動力、そして皮鎧くらい楽に貫いてしまう槍。実物はロバくらいの大きさに、骸骨がまたがって木の棒にボロボロの刃をくくりつけただけの簡素な槍にすぎないが――彼らの命を絶つには十分。遠目に見れば怖くなくとも、目の前に居ればその圧迫感は全てを捨て去って逃げるに余りある脅威である。
「いいですか、皆。ここで倒します」
ペテルはここでこの大敵を倒すことを決意する。
「当然である」
「おうよ」
「ええ、やりましょう」
三人、快く応える。彼らはまだ駆け出しに毛の生えたレベルだ。逃げ出しても、同じ冒険者なら非難することはないだろう。時間を稼いで死ねなんて言っても、それに意味があるかもわからない。人々の盾になったところで、助けが来なくてそのまま全員あの世行きも十分あり得るのだ。
「ダイン、馬を!」
「了解である。『トワイン・プラント/植物の絡みつき』」
「……これで馬を倒したらこちらのもんだぜ!」
だが、ルクルットがフラグを立てた。いや、初めから低位階の魔法など、それほど大きな効果を期待するようなものでもない――
「……」
ニタリ、と骸骨が笑った気がして。絡みついた植物から足が引き抜かれる。それこそ、走っている最中に当てなければ倒せもしない。しか、それには問題がある。
(先の魔法は走っている相手には当てられないのである……!)
「いいや、効きはするんだ! ルクルット、死ぬ気で足止めするぞ! ニニャ、後ろで詠唱を!」
「お、おう! 行くぜ、ペテル」
前に出る。
「……オオオオ」
膿んだ憎しみのような這いずる声。悪寒が背中を駆け巡るが、そんなことにひるみはしない。勇気を持つ彼らは逃げない。
「イチ、ニィ――『要塞』!」
ペテルが槍を武器で受け止める。タイミングを合わさなければ碌に使えもしない、ガゼフはあれで人類の究極クラスだから早々呼吸するように武技など使えはしない。
「グオ……」
こしゃくな、とそいつが顔を歪めて。だが、馬の蹄の振り下ろしには対応できない。先の武技にペテルは全神経を費やしてしまった。
「わき腹ががら空きだぜ!」
どす、と弓矢が刺さった。大きなダメージではない。が――
「もう一度である!」
また足を縛られる。効果など、ないと学習しないのかとそいつは憤る。
「グオオオオオ!」
吠えた。
「ビビリなんか、するもんか! 行くぞ『斬撃』」
つい目を話したペテルの武技。わき腹の骨が砕けた。肉のない体から砕けた骨の欠片が飛び散って。
「あ……」
粗末な槍がペテルの肩を貫いていた。アンデッドには痛みなどない。ここまで近づいてきた獲物を貫くのは容易だった。
「……ペテル!」
「ニニャ、動くんじゃねえ。魔法を!」
ルクルットが叫ぶ。そして、弓矢を捨てて突撃する。
「俺だってやってるさ! うおおおお」
「ならば、ともに行くのである」
そのアンデッドは馬鹿な獲物どもが向こうから来たとほくそえんで。
「やらせると――思うなよ!」
槍を引き抜けない。ペテルが抑えていた。
「グオオオオ!」
いらだちに馬が足を踏み鳴らす。
「どりゃあああ!」
「ぬううううん!」
二人が全力の一撃を叩き込んだ。
「ブルルルル!……ルル」
狙ったのは馬。機動力を殺さなくてはニニャの魔法を当てられない。
「終わりだ、スケルトン・ライダー」
バランスを崩した瞬間、ペテルは槍を引き抜いて無事なほうの腕を使って組み付く。さすがに肉がないだけあって瞬間的な力はない、押さえつけられる。
「やるんだ、二ニャ! 私ごと撃てえ!」
「そ、そんな。ペテル、あなたを撃つなんてこと僕にはできない!」
「力を込めるにも限界がある。その前に!」
「でも――」
ばたばたと暴れるスケルトン・ライダー。砕いたはずの馬の足が戻ってきていた。
「ここでやらなきゃコイツを倒すことはできない! やるんだ、ニニャ! ……頼む」
「……ッ! わかりました。死なないでくださいね、第三階位魔法――」
第三階位、それは人類にとってのトップレベル。ニニャは使える、とは言っても本当に発動させることはできると言うレベルだった。それこそ呪文を唱えている間は目をつむって無防備にしていたし、真ん前に飛ばすことしかできない。相手が少しでも動けば外れる、そんな冒険で使おうと思う方が間違っているレベル。
「皆が稼いだ時間、ペテルの働き……無駄にしてたまるもんか。行けえ『ファイヤーボール』」
けれど、仲間がいれば別。仲間を信じ、詠唱だけに神経を集中して、そして今や敵は止まっている。弱点たる火属性の第三位階がアンデッドを滅ぼした。
「ぐ……うーー」
ペテルが倒れこむ。アンデッドほどではないとはいえ、人にとって火なんて耐性を持っているものではない。巻き込まれて重度のやけどを負っている。質のいいポーションがなければ、後遺症はペテルから冒険を奪うだろう。そして、少なくとも今は自分で動ける状況にない――
「……え?」
軽い蹄の音。さっき聞いた、この音は。
「嘘だろ、二つ……?」
絶望が鎌首をもたげた。二体のスケルトン・ライダーがここに生者を刈るため姿を現した。
「……門の方の冒険者の奴ら、何をやっているんだ」
そう、ルクルットがこぼす。
とはいえ、言い訳させてもらえば門を守る者にとってはスケルトン・ライダーと最弱のワイトなんて区別できないのだ。もちろん姿は見分けられるが、強さについては最弱と弱さに差がつけられない。とりあえず一体か二体くらいならフライパンでも投げてれば何とかなるだろうと思って、かなり見逃していたのだった。……特に妹の方は。
そして、その後ろで四苦八苦して冒険者の者たちは機動力が高いアンデッドを完全に抑え込むことができない。後ろで見ている分には強力な力でアンデッドを粉砕出来てはいても、殲滅までは行かない。魔法で戦っているのだ、手数が絶望的に足りない中で自ら死地に踏み込んで敵を減らしてくれる。文句など言えない。
「寝てるわけにもいかないようです」
ペテルが起き上がる。足がふらついている。……一歩でも動けばそのまま倒れこみそうな有様で。
「ニニャ、あなたは邪魔です。あの二体が相手ではあなたは役立たずです」
冷たい言葉を絞り出した。肩の負傷ではない、別の痛みで顔を歪めて。
「……え? そんな、ペテル。何言ってーー」
「だから、役立たずだから消えてくださいと言いました。とっとと冒険者組合の方にでも行ってください。あれの相手は私たちがします」
絶句するニニャの肩にルクルットの手がおかれる。
「まー、確かに? いても仕方ねーしなー。ほら、お子様はとっととあっち行っちまえ」
ぐい、と組合の方角に押し出した。
「そんな、あなたまで。なにを、ルクルット……」
「ニニャ、彼らの想いを汲んでほしいのである。それに、ニニャが冒険者組合に行って応援を呼んでくれれば助かるかもしれないのである」
「……ダイン」
ありえない。そんなことはニニャにもわかっていた。あの強さのスケルトン・ライダーが二体……盾役が足りない。そして、唯一の盾役は歩くことすら。これでは未来は分かりきっている、けれど精神力を使い切ってふらふらなニニャは魔法の一つさえ撃つのは難しい。
「行け、ニニャ! ここにお前の居場所はない!」
ペテルの声が震えているのが分かってしまう。だから、二ニャは涙をぬぐって走り出す。
「あー。ペテルがキツイこと言っちまったけど大丈夫かな、ニニャ」
「はは、後で謝れたら……なんて贅沢ですかね」
「いや、贅沢などであるはずがないのである。きっと、ニニャも分かってくれたであろう」
そして、一人が欠けた漆黒の剣はその絶望に顔を向ける。そいつらは生者の浅知恵を嗤うようにカタカタと頬のなくなったあごを揺らしていた。
「お前らなんて、トワイライトが何とかしてくれるんです――そして、私たちがいる限りここから先を通してもらえると思わないでください」
ボロボロの足で一歩を踏み出した。
「「グオオオオオ!」」
スケルトン・ライダーの馬が一歩を踏み出す。人間の機動力をはるかに超えた騎兵の前にペテルたちは何の反応もできず、しかし彼らは砂と消えた。
「……は?」
拍子抜け。そして安ど感で足が崩れた。
「はは――」
「と、あぶねえぜ。ペテル。怪我してんだからさ」
倒れるペテルをルクルットがキャッチする。
「あー、これが女の子だったらなあ」
「ニニャの方がよかったですか? ルクルット」
「いや、あいつのことは今更女の子にゃあ見えねえな。頼れる仲間だからな、あいつ」
「ええ、頼れる仲間でした」
「過去形じゃねえだろ。トワイライトが何とかしてくれたんだ、謝って元通りさ」
「その通りである。まったくあの方々には頭が上がらないのである」
彼らはトワイライトが事態を解決したと、知っているのではなく確信しているのだった。あの人たちが向かったのだから解決するはず。そしてアンデッドを消したのは彼らだと、無邪気に信じている。
「あ、光が……」
「夜明けである。なんと、感無量であるな」
「やっべ、これ俺モテモテじゃね?」
「「それはない(のである)」」
光が夜を駆逐する。朝が来た。アンデッドの時間は終わり、人の時間へ。笑い合い、これは宴会だな、と未来に希望を溢れさせて。
トワイライトが事態を収めた、それはその通りだった。
「あー、やっぱデジャヴるなこれ。壊しちまったけど、やっぱトラップとかあったんだろーな」などと言いながら司狼は壊したアンクレットを眺める。ンフィーリアに付けられた、第7位階を発動可能にするアイテムであり、エ・ランテルを地獄に変えた元凶。それはクレマンティーヌが法国から盗み出した秘宝だった。
実のところ、トラップと言えば装着者の精神崩壊という一つだけだった。司狼にそれが分かっていたかと言うと、それは違う。予知の類ではないのだ。常に”あれ、これ見たことがあるな”とか”やったことがあるな”とか思ってしまうだけで役に立つものではない。事前に何かを知れるわけではないのだ。
だから、ここで司狼が秘宝を第9階位魔法に相当する魔弾で効果無効化しつつ壊したのは、”水銀”のやり口を知っているからだった。アレが相手ならば取った瞬間に超位魔法での爆破、もしくは人質を触媒に使った召喚魔法――それよりもっとエゲツない手を使ってくると確信しているからこそ、慎重策を取った。
のちにペテルは見慣れぬ赤いポーションによってやけどを回復してもらい、漆黒の剣はスケルトン・ライダー三体分の報酬を受け取ることになった。そして、トワイライトはズーラーノーンの侵攻からエ・ランテルを守った功績でミスリル級へと上がったのであった。
「皆、お疲れ様だった」
黄昏の彼らは本拠地で王国の料理と酒を並べていた。ずいぶんとみすぼらしいと言えるものだったが、豪華さは彼らにとってあまり好むものでもなかった。
「あは、大活躍だったみたいね蓮君。ライブで見たかったわ」
ルサルカが真っ先にしなだれかかる。
「そうだね、大活躍。でも、私は武技とか言うの調べてきたよ……ほめて」
対抗して玲愛も。
「ほら、前が開いていますよ。どーんと行くべきです、螢」
「いや、前とか意味わかんないから」
螢はその戦いには参加しないようだが。
「楽しそうね、良かったわ」
さらっと娘に手柄を横取りされたリザはうふふと笑っている。
「そこです、テレジア。胸を押し付けるのです。ああ、いや――そんなもの……ありませんでしたっけ」
壁に埋められたトリファも楽しそうにしている。
「うん……この世界の調理レベルは低いみたいだね」
ちょっと離れて料理人みたいな顔で評論しているのは戒だ。標的を螢から変えたベアトリスに酒を飲まされ始めた。
「あっはっは。モテモテね、蓮君」
本城がニヤニヤと女に囲まれる蓮をからかい。
「やっぱ女っていいもんだよな。俺はたたねえけど」
司狼は本城のケツをなでている。
「……」
そして、マキナは黙々と料理と酒を交互に口に運ぶ。彼らの宴は夜まで続いた。
帝国、某所。
「ふふ、ふふふふふふふふふ――」
一つの指輪をまるで神器のようにあがめ、片膝をついている男がいる。この男こそ、急速に闇社会に蜘蛛の巣を広げ、有形無形の影響力を及ぼす闇の住人の中でも一等深い闇に潜む男。
10年を準備に費やし、広げたアギトでもって闇すら喰らったと称されるその男こそロート・シュピーネ……藤井連の配下であった。
「ああ、あなたたちはそれでいい。土台、私に女としての歓待などできるはずがないし、戦いの領域では真の魔人などと言えはしない」
シュピ―ネは仲間を信用していない。特にトリファなどはいつ牙をむかれてもおかしくないと思っているし、別の者にされたとしても驚かない。宴会にしても、蓮から直接誘われたが行かなかったのだ。忘れられたわけではない。
「私は、あなたたちとは根本からして違う」
蓮からの信頼は厚いとは言えない。というか、マイナスだった。敵対し、幼馴染を脅迫の材料に使ったのだからそれも当然。どのルートをたどろうが彼は藤井連に殺されている。とどめを刺したのは別人だが、似たようなことだろう。だが、彼本人に言わせてもらえば蓮に牙をむいたのはトリファの罠で、水銀の策略だった。
「が、彼こそ真に使えるべき方だと私は悟った。ええ、彼が仕えるべき方と言うのは同意見です、その理由が合致することはないでしょうが」
黄金や水銀は化け物すぎた。シュピーネは常に恐れていたのだ、何をするつもりだこの化け物どもめと。だが、蓮は違う。あれらに比べれば理解できる範疇で、今は輪をかけて”親しみやすい”。
「だが、私は彼からこの指輪を頂いた。この物理無効Ⅲ、魔法無効Ⅲの効果が付いたこの指輪。そう、彼からの祝福”時の鎧”を纏うことを許されたのだ。聖餐杯よ、あなたも手にしていないそれを!」
トリファが持っているのは別のスキルだ。もちろん、そこまで蓮は考えていなかったのだが――低レベルでも使える装備で、そういう効果というのは多くない。低レベルがつけられるのは低レベルな装備なのだ。そんなことまで考えていなくても、蓮が苦労して探し出したというのは本当のことだった。
「彼の隣にはあなた方がいればいい。盾には最適でしょう。ですが、彼が最も信頼するのは。信頼するようになるのは……ふふ。はは――」
信頼がマイナス? そんなものは積み上げてプラスに変えればいい。彼こそ第二次世界大戦の戦後にて大犯罪者でありながら表も裏も支配するに至った”経済の魔人”であるのだから。人間関係などお手の物だ。なにせ、今までとは違い”化け物相手”ではない。
「最後に勝つのは、この私。ロート・シュピーネなのだァ――ははははは!」
笑い声が響いた。