dies in オーバーロード   作:Red_stone

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第24話 現代チート

 

 

「ねー、ここじゃあまり派手にもできないしさー。向こうでやんない? 私、包容力の強い男の人が好き―。なんちゃって、あは――」

 

 女が濡れた笑顔で誘う。マントを羽織っているが、体のラインはむき出しで女という自己主張を隠さない。顔は隠れて見えないが、それだけ見ても女としての魅力は十二分。まったく劣情を催さなかったンフィーリアはさすがと言えよう。

 

「いいだろう、ついてこい」

 

 蓮は背を向けて歩き出す。

 

「へえ――私のこと、なめてる? 後悔させてあげちゃう」

 

 彼女はためらいもなく従った相手に侮られたと憤る。殺意を込めた目で睨みつけ、ベロリとスティレットを舐め上げながらついていく。

 

 

「んじゃ、俺らは俺らで始めようか。あのおっぱいでけー姉ちゃんはあいつが連れてっちまったしさ」

 

 残されたのは司狼と元凶らしき老人、そして彼の弟子たち。実はこの老人は老けて見えるが40に届いていなかったりする。

 

「ふん――カッパーにあるまじき不遜な態度。いや、身の程知らずには似つかわしい態度であるかもしれんな。どうやって墓地を抜けてきた? カッパーごときに突破できるはずがない」

 

「いやあ、普通にかけっこしただけだぜ。見栄とかにはこだわらないタイプの若者なんだ」

 

 老けて見える彼とは対極に、若々しい姿を保つ司狼は設定上8000の時を超えて生きていたりするのだが。

 

「はん、最近の若者は怖いもの知らずじゃの。儂の若いころは恐ろしいものには近寄らんことが身のためだとわきまえておったものじゃが」

 

「昔語りとかやめてくれよ、寝ちまうだろ。そんな与太話にゃ興味ねーよ。そういうのはキャバクラの嬢ちゃんに金払ってやってくれ」

 

「……まったく、どこまで愚かしいのか。多勢に無勢と言う言葉すら知らんカブキ者め。まさか、一対一でやってもらえると思ったわけでもなかろうな」

 

「えー。ほら、ハンデくれよ。せっかくここまでたどり着いたんだしさ」

 

 司狼はニヤニヤと笑っている。彼のそんな姿はカジットの目には世の中を舐めた若者としか映らない。

 

「馬鹿め。そんな与太話は地獄でするがいい。……やれ」

 

 許しを得た弟子たちが杖をかがける。魔法、いかに早い戦士とて5歩分の距離はそうそう稼げない。詠唱中に間に合ったとして、倒せるのは一人か二人。敵の数は10……放射状に並ばれてはどうしようもない。

 

「……で?」

 

 轟音、一つ。気付けば弟子のひとりの頭が破裂していた。

 

「な、なんじゃとォ――ッ!」

 

 魔法。マジックアイテム。見たことがない上に強力すぎる。ひるませるくらいならともかく――いや、カッパーだぞ? たとえ一発だろうが、人を気絶させるレベルのアイテムですらありえない。

 

「おいおい、爺さんよ。まさか、”相手が知らないマジックアイテムを使わないと思ったわけでもなかろうな”?」

 

「き……貴様」

 

 つまりは完全に皮肉だ。さっき言った言葉をそのまま返された。

 

「ええい、やれ! やるのだ――如何にマジックアイテムとて二発目を放つには時間がかかる! その間に――」

 

 轟音。

 

「時間がなんだって?」

 

 司狼は煙が立ち上るマジックアイテムを掲げ、タバコを吸っていた。

 

「連続でやれはせん! 今のうちに」

 

 連続音。5発。

 

「連続で……なんだって?」

 

「ひ……ヒィーーマジックアロー」

 

 やっとのことで一人が発動に成功する。

 

「は。ノロいんだよビビリども!」

 

 突っ込んだ。

 

「お、お前らもやれ――」

 

 指示され、生き残りの三人もマジックアローを放つ。

 

「ハッハ――!」

 

 飛び込み前転の要領でかわす。前から来るものはしゃがんでしまえば当たらない。そして魔法の追尾機能は折り返すころにははるか先だ。

 

「追尾くらいじゃ俺にゃ当たんねえんだよ!」

 

 そのまま走って、一番初めにマジックアローを放った奴に蹴りをかます。

 

「がは! うぐぐ――」

 

 弟子たちは戦闘は不得手だ。そもそも老人自身が気狂いではあるものの研究者の類で、周りは助手だ。そうそう戦いの術を学ぼうとは思わないし、魔法が使えたから困ったことがなかった。

 

「え? ひ――や、やめてくれぇ! その、魔法を止め……」

 

 蹴られ、胸ぐらをつかまれた彼は思い出した。そう、止めようにも自分でさえ己の放ったマジックアローを止める術は知らない。今、向かっているマジックアローの術者たちも、それは同じ――

 

「うお……ファグフ! よけ……」

 

 名前を呼んでも、かわせるわけがない。4人分のマジックアローは、冒険者でもない男を血と肉の前衛芸術に変えるのに十分だった。

 

「そんな――」

 

 如何に非道を旨とするスーラーノーンであっても、仲間殺し、しかも恨んでいるのでもなく先ほどまで隣にいた仲間を殺してしまったとなれば放心する。

 

「お、おい。俺は止めたぞ!」

 

 などと、全くもって速さの減衰すらしていなかったのに”俺がやったんじゃない”と言い出す者まで。

 

「ふざけんな、あいつをやったのはお前のマジックアローだろ!?」

 

「なんだとォ――」

 

 つかみ合いになり。

 

「はい、お休みさん。見苦しい言い訳は閻魔様の前でやってくれや」

 

 銃弾の前に、責任を押し付け合っていた三人は仲良く屍となった。

 

「さて、残りは爺さん一人だ。投降するかい?」

 

「ふ。ふふふ――なるほど、アンデッドの群れを突破してきたのは伊達ではない。だが、このズーラーノーンの十二高弟が一人、カジット・バタンテールの名も伊達ではないと見せてやろう。ぬおおおおおお!」

 

 目の色が変わる。目の前の敵がカッパーだとかとは次元の違うと理解した。だが、この身とて、そのレベルで語れはしないと自負している。掲げた漆黒の玉から漏れ出す悪意の波動が地下の神殿を染め上げる。

 

「ほーん、スーラーノーンねえ……」

 

 のほほんとしている司狼をよそに骨が組みあがる。人間のものではない。体長は数倍、そして鋭い爪と牙を備えたそれは。

 

「見るがいい、マジックキャスターでは決して打倒できない大いなるアンデッドの姿を! 出でよ『スケリトル・ドラゴン』」

 

 ふむ、と司狼は考える。いや、これ物理武器だから魔法無効じゃ意味ねえんだけどな――と。

 

「怖いか? 怯えて声も出ぬか。零落した姿とてドラゴン、人間にかなうはずもない! やるのだ、あの小賢しいわっぱを八つ裂きにしろ」

 

 カジットは司狼の持つ銃を魔法武器だと完全に勘違いしていた。

 

「はは。とりあえず、やってみますか――うお!」

 

 振り下ろされた爪の衝撃に驚く、ように見せるが単におどけているだけだ。何十回やったところで喰らわない。何発か、撃った。

 

「グルオオオオ!」

 

 ダメージは受けた。微小に、ではあるが――

 

「ば、馬鹿な。スケリトル・ドラゴンには魔法の絶対耐性があるはず!」

 

「悪いね、お爺ちゃん。これ、実は刺突属性なんだわ」

 

「し、刺突……? ふは。ふはははは! 驚かせおって、刺突属性ではアンデッドには有効なダメージは与えられぬ。そして、さらなる絶望を知れ『レイ・オブ・ネガティブエナジー』、『アンデッド・フレイム』、『マインド・オブ・アンデス』、『リーンフォース・アーマー』。さらにもう一体のスケリトル・ドラゴンだ!」

 

「あっそ――」

 

 その二体の威容を前に司狼はひるみもしない。というより、強化したところでレベルは14。司狼には怯える要素など何もない。ガンナーのバレットにしても、無限に使える何の効果もない弾丸があれだ。

 

「貴様を殺し、エ・ランテルの住民を皆殺しにすれば使った負のエネルギーも少しは回収できるだろうよ! さあ、死ぬがいいクラス詐欺の冒険者よ!」

 

 余裕で返す。

 

「じゃ、見せてやんよ。俺の力を」

 

 

 

 そして、もう片方のクレマンティーヌはというと。

 

(おいおい、どういうことだよ。このクレマンティーヌ様が全然隙を見つけられねえ、油断したところをぶすりと刺してやろうと思ってたのに)

 

「……ここでいいか」

 

 向き直る。

 

「うん、いいんじゃないかな。お前の死に場所なんて、どこでもさ!」

 

 一瞬で人類の持ち得る最高速度まで加速する。英雄の実力を持つ狂った殺人鬼、それがクレマンティーヌなのだから。彼女が人体の急所を誤ることなどありえない。吸い込まれるように向かった剣先は。

 

「……ッ!」

 

 抜いた刀に叩き落される。。

 

((こいつ、速い――))

 

 交差した瞬間、即座に離れる。両者ともにスピードタイプで、一撃による必殺を狙うのが得意なもの同士。決着がつくとしてたら一瞬。

 

「……武技、か」

 

「アハ――どこまで強化してんのか知んないけど、このクレマンティーヌ様にいつまでもついていけるとは思わないことだ……ね!」

 

 加速。二合、三合。本来なら合わさるはずのない剣劇が交差する。

 

(コイツ、生意気――私を薙ぎ払うように狙って。確かにカジっちゃんは味方じゃない。負傷するわけには行かない以上、万一にでも相打ちを貰うわけには行かない)

 

 だが、攻略する方法はないわけではない。狂った笑みをさらに深める。そう、実力の高い冒険者を屠るのは麻薬にも似た快感。趣味の拷問とは訳の違う、脳内麻薬がドバドバ出る悦楽。それを想像すると楽しくてたまらない。

 

「うふふ――面白くなってきたぁ。どんな殺し方がいい? 刺殺、絞殺、失血死……考えただけで塗れちゃうわぁ」

 

 悦楽の炎を瞳にくゆらせ、発情したように舌をちろちろとのぞかせる。

 

「さて、では轢死で行こうか」

 

「……あん?」

 

「そのプレート。ハンティングトロフィーと言うやつか。程度が知れるな。たかが10や100を殺したことを誇るか、ただの殺人鬼」

 

 クレマンティーヌのマントはすでに落ちている。高速戦闘には邪魔でしかないのだ。

 

「あんたのプレートも一緒に飾ったげる。ううん、それだけじゃ足りないね~。食べちゃおっかな、お肉」

 

 情人なら発狂するレベルの狂気を受けて、蓮はそよ風でも受けるようま冷めた視線を送る。

 

「狂気が薄い。愛が足りない。愛を求めるならば狂うしかなかった狂獣と比べては、お前はずいぶんと人間らしいよ」

 

 男でも女でもない彼に比べては、そう”まとも”にすぎる。

 

「……なんだと、テメエ」

 

 轟音、聞きなれぬ爆音が響く。

 

「もとは軍用バイクだ。だが、持ち主がこれで殺し続けたせいで別の”モノ”に変わっていてな」

 

 出現したのは異形の馬。鉄と鋼でできた車輪を組み合わせた悪魔。

 

「……なんだ? おまえ、それはどういうものだ?」

 

 まったくもって見たことがない。車輪を咥えた鋼の馬にも見えるそれ。そして、それは例えようもないほどおぞましく、呪わしい。

 

「ハンティングトロフィーなど、集めていては世界が終わる。それほどに殺しに秀でたアレにはフローズウィニトルの名が与えられた。狼が喰らった人間、その数は」

 

 それは視覚化して見えるほどの怨念が渦巻いている。そう、別のモノになったとは比喩でも何でもない――あんなものがマジックアイテムでさえあるものか。

 

「――18万だ」

 

 鋼鉄の馬が、吠えた。

 

「……っうおおおおお!?」

 

 突っ込んでくる。馬とはケタ違いに早いそれが。

 

「ざ、けんな――ッ!」

 

 武技を重ねが決してさらに加速。その直線状から逃れる。

 

(あんだけ速いならろくに制御は効かないはず。もう、さっさと逃げちまえば――)

 

 轟音、後ろから。

 

「--っば!」

 

(馬鹿な! 早すぎる!)

 

 飛びのいて、かわす。見ている先で、あれは”跳んだ”。

 

(は、墓石を蹴り砕いて方向転換してんのかよ!)

 

「ち、ちくしょ――」

 

 腕を引きちぎれそうなほどに酷使して、飛ぶ。筋力で無理やり跳び箱の要領で墓石の上を飛び越えた。

 

「……はん」

 

 蓮が嘲笑した、ように見えた。

 

「う、うわ――」

 

 轟音、轟音。鋼の馬もまた飛び、クレマンティーヌを轢こうとして。

 

(轢死、私の知らない殺害法。……こいつか!)

 

 そんなのは御免だった。目的も果たせず、こんなところで朽ち果てるなんて――

 

(絶対に……そんなことは認めない! ねえ、神様。祝福なんていらない。後で殺してやるから力をよこせェ――)

 

 ブチブチ、と筋肉が千切れる音が聞こえてくる。それでも足りないから。

 

「動けっつってんだよォ――!」

 

 そんなものは気合いでどうにかした。跳び箱の上で方向転換。腕を壊すつもりで己を射出する。

 

「ぜぇ、はぁ――そんなもんかよ! それじゃあ、このクレマンティーヌ様は殺れねえ! 終わってたまるかよ!」

 

 口汚く、罵った。

 

「っぐ、ふぅ――。来いよ、鋼の馬使い。”それ”で18万人殺したっつうんなら、その記録は私で終わりなんだよ。殺してやるから向かって来いよ。ああ、テメエなんざ怖くねえ。本当に怖いのは……」

 

 無理やり動かした腕は内出血で紫色にはれ上がっている。こんなところで至近距離のバイクの突進を受け続けたものだから、飛ばされた小石にあたって体はもうボロボロだ。いたるところで出血していて、無事なところを探す方が難しい。寝ていたら死体と間違われるだろう。もしかしたらアンデッドに見間違られ討伐されるかもしれない。

 

(怖いのは目的も果たせず、何の意味もなく散ることだけ)

 

 瞳に力を失いはしない。諦めることなどありえない。 

 

「勝負しようかァ!」

 

 満身創痍の体で吠えた。

 

「いいだろう」

 

 轟音、一つ。まっすぐに向かってくる。

 

(速い。私よりも速い。今までの私より。だから)

 

「一瞬、一瞬だけ超えてやる。そうすれば」

 

(速いモノがぶつかったら両方がダメージを受ける。それは、遅い方でも。豆腐を頭にぶつけて殺すには、豆腐の方に高速で頭をぶつけれてやればいい。今回のはミスリル製のスティレット――たとえドラゴンの頭蓋骨だろうが貫くに決まってる)

 

「『疾風走破』そして、さらに先の境地――」

 

 開眼する。死の瞬間、走馬燈が見せる間隙のさらにその隙間に”それ”を見る。

 

「見えた! 明鏡止水の一滴。絶技開眼……窮極武技『人理超越』!」

 

 世界がコマ送りになる。走馬燈よりもさらに早く、そして己だけがその時間の中を動く――

 

「殺った!」

 

 スティレットは狙い違わず蓮の頭に向き、そして蓮は自身の速度で串刺しになる。

 

(ぶつかってただで済まないのは豆腐も同じ。でもな、んなこと知ったことか――!)

 

 そして、止まった。

 

「え? ………………なにそれ?」

 

 無事では済まないはずの両者が冗談のように無傷だった。

 

「悪いが、お前の攻撃は無効化されるんだ。レベルが低すぎてな」

 

「…………あはは。なにそれ、ジョーダン。うける」

 

「現実を理解することを拒んだか。まあ、いい。お前には、コイツの本当の姿を見せてやる」

 

 奇しくもそれは同時。司狼が”それ”を出すのと同じ時だった。

 

「形成――『|暴嵐纏う破壊獣《リングヴィ・ヴァナルガンド』」

 

 空気が引き裂かれた。あまりの速さのために空気は潰され、真空状態が発生したのだ。空気そのものは水に手刀を入れてもなんともないように、また元に戻る。けれど、水に振り回される人間はたまったものでではない。

 

 

「くは。轢き潰してやんよ」

 

 体当たり。ただそれだけでスケリトル・ドラゴンは骨へと帰る。呆然とした一瞬、いやクレマンティーヌではないカジットにはいくら集中したところで見えはしない。腕と足を撃ち抜かれて転がる。

 

「終われ」

 

 ただ翻弄され、抵抗を諦めた二人が見たのは――轟音を上げて回転する車輪だった。

 

 





 武技『人理超越』はオリジナルです。元ネタは藤井連の魔名、超越する人の理から。人類の究極がたどり着いた地点が、水銀にとってはただの仕込みの段階に過ぎないと言う。あと、色々リンクさせておくと後で便利そうなので。

 ちなみに言うまでもないことですが、螢とベアトリスの釣り糸には何も引っ掛かりませんでした。


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