dies in オーバーロード   作:Red_stone

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第23話 エ・ランテルの惨劇

 

 黄金亭よりランクが低い、しかし中級と呼べる中では上位に来る食事処で一団がテーブルを占拠している。

 

「いやあ、ありがとうございました!」

 

 ビールを片手にはしゃぐのはエ・ランテルに知らぬ者はいないンフィーリアだ。祖母のおまけ、と言う形だが腕の良い薬師として知られている。だが、こうも騒いでいるのは酒の力だけではないだろう。

 

「いえいえ、おばあさんを説得したのはあなたですよ。私たちはちょっとリィジーさんと話しただけで」

 

 恐縮しながら、しかし奢りは受けている。漆黒の剣のペテル、彼は人の好い笑みでンフィーリアを祝福している。

 

「そうっすね。いやあ、男らしかったですよンフィーリアさん。あやかりたいものっすね」

 

 ルクルットも笑う。嫌味な笑みでなく、明るい笑み。嫉妬ではなく、本当に祝福して、次は自分もと意気込んでいる。

 

「それなら誠実であることね。二つも三つも追いかけていては結局何も得られない。エンリさんを追いかけておばあさんを説得したンフィーリアさんにあって、あなたにないものはそれね」

 

「そんなぁ、螢さん。少しくらいいいじゃないっすか。こんだけアタックしてるんだから、ちょっとくらい、うなづいてくれても」

 

「それは私が許しません。で、やりましたねンフィーリアさん。人に言われるがまま、ではなく目的をもってやり遂げる。ええ、よほど男らしかったですよ。頭を下げることをいとわず、それでいて利益を示して見せて説得して見せたあなたのやり方」

 

「……でも、僕が勇気を出せたのは藤井さんのおかげです。エンリがいなくなってしまうかもしれないなんて、言われるまで全然気づかなかったんです。気付かないままだったら、きっと祖母に言われたままの人生を送っていた。だから、あなたのおかげです。ありがとう」

 

「礼は受け取るが、やり遂げたのはあんただよンフィーリアさん。気付いたってなにもできない人間はいる。自信を持て。……ま、それはそれとしてこいつは楽しませてもらうがな」

 

 そう、これはンフィーリアの祝勝会だが、協力してもらった漆黒の剣とトワイライトに対してのお礼であるのだ。祖母であり、店長でもあるリィジーにカルネ村への転居を納得してもらった記念である。支払いはンフィーリアが持つ。

 

 酒と食事、盃を飲みかわしながら食事に舌鼓を打つ。こういう雰囲気は格別なものだ。

 

 

 食べて、飲んで――満足した後にそれぞれが別れる。街の中、危険などないと愚かにも信じて。もはや護衛依頼は当の昔に終わっていた。カルネ村への転居の際に護衛をしてもらう話はついているが、それは未来の話だ。その間隙に女が滑り込んだ。

 

「いやー、他人の幸せそうな顔を見るとさ、潰してやりたくなんない? てめえら、どうせクズのくせにこの瞬間だけはいい気な顔をしやがってよ、ってさ」

 

 女……黒装束の女はするりと懐に入り込んでくる。警戒などできないほどの素早さ。

 

「はわ? ええと、なんなんですか。あなた――」

 

 ンフィーリアは酔っている。さほど酒はたしなまない性質であるが、今日は別だった。酒に飲まれて、少しふらふらとしている。それでも、家に帰れないほどではない。

 

「私、酒に酔えないんだよねー。だってさ、酔うと反応が鈍るでしょ。教育を受けてるからどうにも身体を拒否反応を起こしちゃってさぁ、他人が酔うのを見ることしかできないんだよ。それで見てると、ホントこっちのこと放って気分よくなっちゃってくれてさ。私の身にもなって見ろっつーの」

 

「はぁ。それはお気の毒です――ね?」

 

 頭がふわふわとしている。さりげなく路地裏に誘導されても鈍った本能では危険を察知できない。彼女の歪んだ笑顔もよく見えない。

 

「でも、私にも一つだけ酔える”もの”があるんだよねー。手伝ってくれない?」

 

「はぁ?」

 

 何の意味もない返事だ。それを予測できたわけでもなく、その言葉を聞いて何かピンク色の期待をしたわけでもない。よくわからない、何かを推測できるほど頭が働いていない”はぁ”だ。

 

「はい。いいお返事いただきましたー」

 

 女は笑みをきゅう、と釣り上げて。顔面をぶん殴った。

 

「あが――ぐっ! えっ? な――は!?」

 

 灼熱の痛み、意味が全く分からない。

 

「酔いがさめた? ふっふー、いい気味。いいリアクションしてくれるね。次はもっと痛いのいってみようか」

 

 どす、と腹に拳をうずめた。

 

「っかは――ぐ!」

 

 息ができないほどの痛みに襲われて、声も出せずにあえぐ。

 

「にゃふふ。いいね、君。いいよ――やっぱり手も足も出せない相手をいたぶるのって、サイ……ッコウ……!」

 

 この期に及んでやっと危険を理解したンフィーリアは路地裏から出て助けを呼ぼうとして。

 

「あれあれー。こんな美人を差し置いてどこに行こうってのさ、ンフィーリアちゃーん。こっちでいいことしようぜー」

 

「……え?」

 

 名前、なぜ?

 

「これからンフィーリアちゃんは自我を失っちゃうからさ―。せめて思い出にとってもイイことをしてあげたいなって。だいじょうぶー天井のしみを数えてる間に終わるよー。あ、ここ天井ないんだった」

 

 悲鳴を上げようとして、苦痛が口を開かせない。

 

 

 

 数時間後、日が落ちて完全に深夜となった時期に鐘が鳴り響く。漆黒の剣とトワイライトは孫が返ってこないとリィジーに相談を受けている最中だった。

 

「まさか、これは敵襲……じゃと?」

 

 リィジーは呻く。孫がいなくなったこの時期に――と最悪を思って。しかし、実のところそれは最悪ではなかった。

 

「ンフィーリアさん、関係あるかもね」

 

「それは、どういうことです。螢さん」

 

「だって、彼のタレントはマジックアイテムの使用制限無視……普通に帝国の騎士の電撃作戦や魔物の突発的襲来だったらそうでもないけれど――もし違うならば彼の特異な力を利用した可能性が高いと思う」

 

「そうだな。まずは状況の確認か」

 

 とはいえ、蓮には見当がついていた。他国の兵士、魔物の襲来だったら連絡が来ている。そして、ンフィーリアの他に特異な力を持つ人間なんてものはエ・ランテルにない。情報統制のレベルが甘いこの町では、人の口に戸を立てることなどできやしない。

 

〈藤井君、潰してこようか?〉

 

 連にだけ聞こえる声で囁かれる。本城の声――誰にも知られることなくエ・ランテルに潜み続ける彼女の声。首を横に振ってこたえる。

 

「今の状況だと既に後手か。漆黒の剣はリィジーさんを避難所に送り届けてほしい。そのあとは状況を見て避難所の守りに着くか、冒険者組合の方に行ってほしい」

 

「藤井さんは……?」

 

「俺たちは門の方に行く。魔物なら殲滅する。これが国同士の問題なら、関わり合いになることじゃない。お前たちと合流してンフィーリアさんを探すさ」

 

「わかりました。ご無事で!」

 

 漆黒の剣もトワイライトの実力は分かっている。そして、リィジーをここで一人にできないことも。不安に駆られる老人を一人残すなど人としてどうかだし、火事場泥棒の問題もある。ならば、ここでそちらを担当するのは自分たちだと。

 

「行くぞ、螢、ベアトリス、司狼。何かあったのなら、名を高めることにも繋がるかもしれん」

 

 そして走り出した彼らは騒ぎの場所、墓地へとつながる門に到着した。そもそも死者がアンデッドになるこの世界では、墓地は街に併設されるように門の向こう側に作られる。今にも決壊しそうな圧力が向こう側から放たれている。死者の暴走、管理されているはずの死者が一気にアンデッドとなって街を襲ったのだ。

 

「なるほど。これなら、名を高めることにつながるか。さっさとプレートの位を上げたいからな。まずは門の近くのアンデッドを一掃する」

 

 お前ら、カッパーが何の用だ危ない真似すんなとの声を無視して走り、跳んで門を越える。

 

「司狼、アンデッドには斬撃が利きにくい! 螢、ベアトリス。俺たちがアンデッドをまとめたところを焼き払え!」

 

 命令、だが本当に言いたかったことは裏の方だ。つまり、持った軍刀で戦えと言うこと。そして、そのレベルを他の二人にも要求している。第三位階以下でやれ、ということだ。さらには隠密の二人は手を出すなという含意まで。

 

「了解、頼りにしてるわ藤井君」

 

「あとのことは私たちに任せてください!」

 

 そして、数分でその作業が完了する。

 

「な、なんという実力なのだ。まさか、君たちのようなカッパーが実在するとは――なア!? なんだ、あれは」

 

 蠢く人体で形作られた巨人。ネクロスウォームジャイアント。

 

「司狼、俺は左腕をやる」

 

「オッケー、俺は右腕な」

 

 言うが否や、そのふとった男の腹ほどもある腕が落ちる。そして、二人の魔法詠唱者によるファイヤーボールが焼き消した。

 

「……俺は、伝説を見ているのかもしれん……!」

 

 衛兵の彼らを見る瞳はもはや英雄を見るようなものに変わっていた。

 

「あんたはここで門を守っていてくれ。螢、お前もだ」

 

「……え?」

 

「ベアトリスは反対側の門を頼む」

 

「ちょっと待ってください、それだと藤井君の方が危険です」

 

〈いや、危険なのはお前たちの方だ〉

 

 唇だけを動かす。読唇術なら、トワイライトのメンバーは誰でも使える。……使えないのは玲愛くらいだ。

 

〈敵の本拠地に行くのはあなたたちの方でしょう〉

 

〈あくまでこいつらの強さはこの世界基準だ。ボスが待っていても、俺たちならば危険はない。だから、ここで事態を利用するものを釣り上げる〉

 

〈三手に分かれて誘うの?〉

 

〈そうだ、戒は螢に、本城はベアトリスについてくれ。危険を感じたならば、かまわん――後ろから仕留めてしまえ〉

 

〈了解した〉

 

〈了解よん〉

 

「……では、オペレーション・ベアトラップを発動する」

 

「「ヤヴォール」」

 

 連と司狼は墓場の奥に進んでいった。

 

 

 目障りなアンデッド、門での一幕と違い物語的なシーンを演出する必要性が薄い以上は一々潰して行く必要はない。適度に踏み潰して進み、元凶どもと対面する。

 

「ほう……たかがカッパーがここにたどり着くか」

 

「へえ……イキのよさそうな男じゃーん。いい悲鳴、聞かせてねー」

 

 骸骨のような老人、そして狂気の笑みを浮かべたマントの女が手招きしていた。

 

 






 RPGだったら、マントを羽織ったカッコいい謎の中ボス。だけど脱いだらお察し、みたいな感じでしょうか。きっと組織のことをべらべら話してくれます。一昔前のゲームだったら多分状態異常とかで嵌めないと倒せなかったんでしょうねえ彼ら。


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