dies in オーバーロード   作:Red_stone

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第21話 ブレイン・アングラウス

 即座に二人はここに来た。盗賊団の人間は全員殺したが、仮に走って向かったとしてもまだつかない時間。ゆえに静かだ――見張りは立っているが気が抜けた顔をして適当におしゃべりを続けている。

 

「では、リザ――どうしますか?」

 

「出入口は二つ。私とあなたで順番に潰して行けばいいでしょう」

 

「ならば、そうしましょうか」

 

 リザは魔人となる前は研究者であった。そして、その研究内容は超能力の研究――この世界ではありふれているかもしれないが、元の世界ではナチスの時代であろうと眉唾でしかなかったそれを証明し、アーリア人の優等を示す研究。結局のところ、化け物は化け物であるということを証明するに終わったが。

 

 今回の処理……実験にはその手管が使われている。人間は危機的状況に陥ると今までになかった能力を出すことがある。超能力の発生手段を武技の習得実験に転用した。追い詰める、という行為を効率的に行う拷問法をいくつも実行した。

 

「けれど、彼らには武技は使えなかったみたい」

 

 彼らは死の間際、そしてアンデッドに頭を何度も殴りつけられてカチ割られるまで何も特殊な何かを用いた形跡はなかった。もっと別の条件かと疑い、そうだとしたら望み薄かなと思う。実験に使う施設がないし、黄昏にあれらを連れて行く気はない。聖地である、下賤の類を入れる気は一等穏健なリザであろうともありえない。

 

「けれど、試す価値はあります。ほら、彼らにも強さの差というものがある。このような組織のボスは強さでしか地位を維持できないでしょうから」

 

「確かにね。けれど、武技というものが門外不出の国家機密だとしたら、その辺の人間に使えるはずがない。藤井君が見たというのは王国戦士長なのでしょう?」

 

「油断は禁物と言ったはずなのですがね。万一の何かがあれば藤井さんに顔向けできない。それにテレジアに危険が及ぶ可能性すらあるのです」

 

「ああ、手抜きするわけにもいかないものね。ならば、十中八九無駄であろうと丁寧にやらないといけないわ」

 

「そういうことです。千のからぶりがあろうと一の成功を狙う。軍人もそういうたぐいの任務に就くことはあります。大抵はスパイなどといった任務ですが、研究も似たようなものでしょう?」

 

「やるわ。やればいいのでしょう。まったく、私は玲愛と過ごせればそれでいいのに――」

 

「なに、厄介ごとを片付けたらそうしても文句は言われますまい。私としても、混ぜていただければそれに異存はないので、がんばりますよ」

 

「え。あなた――玲愛と一緒にいるつもり?」

 

 本当に不思議そうな顔で、厚かましい男を見る目でトリファを見た。

 

「酷いですね、リザ!」

 

 気の抜けるようなセリフ。けれど、そのセリフこそが血と肉が舞い踊る残酷な殺戮劇の始まりの狼煙であるのだ。

 

 

 そして、リザは血まみれの通路を歩く。

 

「っひ! 化け物――」

 

 見えた男に、ついさっきこと切れた、四肢を切り落とした男を投げつける。

 

「っぎゃ!」

 

 そいつは気絶したから奪った剣で首を切り落とした。

 

「やっぱり、いないわね」

 

 リザがやっている実験は至極単純、火事場の馬鹿力のようなもので武技は使えないだろうかという実験だ。己自身で相手を死ぬような目に合わせ、その結果を観察している。さっきの男は四肢を切り落として命が失われていく状態ではどうかを調べたものだし、投げたのはそれが失敗に終わったから巨大なものを投げつけられた反応を調べる実験である。

 

「別にマレウスじゃないんだし、苦しませるのを楽しんでいるわけでもないのだけど……」

 

 盗賊団が使っていたこの場所はまるで地獄のようなありさまだ。死なないように殺す、という拷問をして回っている強力なネクロマンサーがいればそれも当然。もっとも死霊術はまだ使っていないが。

 

「--は。とんでもねえな。あんた」

 

 声がかけられた。その声に恐怖は混じっていない。純然たる感心……それも武力に向けたもの。その残酷に怖気づくどころか興味もないと言った有様。この男の名はブレイン・アングラウス。己の強さを鍛え上げることにのみ、その生涯をささげた男である。

 

「あら? あなたはここの人の仲間かしら」

 

「いや、雇われの護衛だよ。まさか、あんたみたいな化け物が来るとは思わなかった。相当、腕が立つな」

 

「……力任せに切っているだけよ? もう5本目だしね」

 

「だが、そんなナマクラで人を両断できる。難しいな、どうにも。素人どころか冒険者にだって難しい。それは力に任せてぶん殴るように使うようなお粗末な代物だ。力技で殴ったら折れるぜ。それで斬る――名のある剣客とお見受けするが?」

 

「ああ、それは昔取った杵柄と言うやつね。あいつに対抗するため色々やっていたから。でもそんな名声なんてないわ。まあ、私が相手していた彼女にはできたけれど」

 

「だが、それでもあんたは三流だ」

 

「……?」

 

「武人ならば、命を預ける相棒は選ぶ。なのに、あんたはそんなナマクラを持っている。そんなものを使うなんざ恥だ。だから三流だ」

 

「まあ、武人を志したわけでもないしねえ――」

 

「は、謙遜は似合わねえぜ。三流でもそんなすごい腕をしてるんだ――ちょっと、ここで腕試しでもしてかねえか?」

 

「腕試し、ねえ――あまり興味はないのだけど。ねえ、あなた武技って知ってる?」

 

「はは。あんたほどの使い手が一つや二つ、使えないはずがあるまいよ。ここの盗賊団の奴らも、平はともかくボスくらいは使えるぜ。……それとも、俺の武技『瞬閃』の噂でも聞いたのかな。秘密にしてるわけじゃねえんだが、使う相手もいなくてよ」

 

「……そう。じゃあ、見せてもらうわ。駄賃代わりに、一度や二度は剣を振ってあげる」

 

「へへ、話が分かるな。ああ、見て学びたいってことだろ? 俺もそうさ。あんたの技を受けて、体験して強くなりたいんだ。経験を積むのは、やっぱ早道だよな。もちろん、それで日々の修練をおろそかにしていいってわけでもねえがな」

 

「そうね、私も昔は毎日剣を振っていたわ。あいつに負けないために。ああ、懐かしいわね……風邪ひいても休まなかったから指導教官にまで怒られたんだったわ――」

 

 リザはひびが入った剣を捨て、新しい剣を取り出す。そこらへんに転がっている盗賊から奪った剣の質は正直、最悪と言っていい。二束三文でたたき売られるような代物で、ろくに研いですらいない。

 

「へへ。話せるね、あんた。そう、剣を振るのを怠れば取り戻すのに三日はかかる。鍛錬の積み重ねなんざ、言うのは簡単でも実行できる奴は多くねえ。それができる奴は有名になっちまって、武者修行なんか立場が許さねえから俺も挑めねえ」

 

 ブレインはすでに武技を発動させている。『領域』、己の間合いに入るものすべてを知覚する。さらに『瞬閃』を超えた『神閃』――こちらはただ一度の敗北を糧に生み出した究極の武技……実戦投入は始めてだからあえて言わなかった。

 

「見せてもらうわ、あなたの武技」

 

 そう言って、無警戒に歩を進める。

 

(いや、違う――隙が無い。これは、武技……なのか? だが、性質は領域と同等……! ただ歩いているだけに見えて、どこから攻撃しようと迎撃できる構えなき”構え”)

 

 領域の超感覚でも、おそらく隙を見つけることはできまい。彼女は無遠慮にどんどん近づいてくる。……様子を見るような時間はない。

 

(ならば、真向からのぶつかり合いと行こうじゃねえか……! 俺の神閃と、あんたの剣。どちらか上か――)

 

 そのまま、彼女の足がブレインの間合いへと到達する。

 

「……いざ!」

 

(領域の超知覚でもって敵のわずかな筋肉の動きすら読み取り、その予知でもってガゼフすら手を焼く瞬閃を超越した『神閃』で敵の急所を射抜く。……これこそ)

 

「秘剣『虎落笛』……!」

 

 抜き離たれた剣が最速で対象の首を狙い、領域の超知覚により敵の反応を感知。敵の剣、そのルートは剣を叩き落すコースへ。その結果は、両者の武器の破壊……!

 

「--ッシィ!」

 

 己の剣をコース変更。首狙いから、剣を狙う。

 

「……あら?」

 

 結果は予知した通りに移行。ブレインの刀はリザの剣を真っ二つにした。が、追撃には少々時間がかかる。無手で制圧するような隙は与えなかったが、その時間でリザは後ろに引いた。

 

「あらあら。剣の軌道を変更されたわね……そういう武技かしら?」

 

「違うな。あくまで武技は知覚と抜刀速度の強化のために使ったに過ぎない。剣筋を変えたのは俺の技術だよ」

 

「……そうなの。でも、そんなに簡単に自分の使う技を教えてもいいの?」

 

「かまわん。知られて対策できるような技なら、その程度と言うこと。そして、俺はいつまでも変わらんままでいるつもりはない。強くなる。聞いた話を鵜呑みにしては己の窮地を招くぞ……!」

 

「そう、それは男の誇りと言うやつかしら。私にはどうにもわからないわ、そういうの。でも、お返しに一つ教えてあげる……私の持ってる剣はあと3本あるわ」

 

 奪った剣の三本を見せ、空中のどこかへとしまう。もちろん、蓮からもらった剣がほかにもあるのだがそれは使わない。

 

「あと三回で俺を倒さねば後がないということか?」

 

「いいえ、あと三回は付き合ってあげると言っているの。武技、見せてもらったしね。でも、剣でなくても他にやり方はあるもの」

 

 ブレインはくく、と吐息じみた笑いをもらす。なるほど、挑発か――と。三回が終わったら逃げるつもりなのだろうと考えた。そもそもただの護衛である自分に懸賞金などかかっていないから、やるだけ無駄というのは納得できる話だ。

 

「ならば、あと三回などと言わずに次で終わらせてやろう」

 

「ええ、そうして頂戴――」

 

 とん、と跳んだ――そう思った瞬間に反応が来た。領域は稼働し続けている。それが敵の反応を感知したのなら、ブレインの体は意思など関係なく動く。そう鍛え上げた故に、秘剣をもう一度放つ。

 

「……ッ!」

 

 やられた、と思った瞬間にはからぶっていた。先ほどのは一歩で距離を詰める武技だと予想出来て、そして一瞬間合いに入った後に即座に離れた。……秘剣を無駄打ちさせるために!

 

「注意力散漫ね――」

 

 剣先を立て、突き……間合いが離れているが致命傷、フルプレートなら防げる一撃も動きが鈍くなることを嫌って付けていない今は関係ない。すぐ手当すれば助かる傷も森の中では絶望的。

 

「負け……だと思うか!?」

 

 だが、秘剣『虎落笛』の本領はただの一度の空振りで終わりはしない。一瞬よりも短い刹那で刀は鞘に納まる。必殺にして無敵のカウンター技、使い終わったら隙ができる技などが最強であるのものか。

 

「あ――」

 

 剣は根元から斬り捨ててしまう。そして。

 

「我が刀は三度、敵に喰らい付く!」

 

 計、三連撃……これまでが秘剣の全て。ただの一度のそれを見て油断したならば、一撃目をかわしたとしても、二撃目が武器を殺し、三撃目が命を断つ。

 

「おっと」

 

 だが、これも防がれた。二つ目の剣という犠牲を払い、リザは二度目の後退を。

 

「……反応速度が。これは、強化というよりも……事象としてスキルに近いものかと思ったけれど、物理法則が……魔法に近い? いえ」

 

 リザは彼を見る。

 

「そう、あなたは強いのね。なら、私も少し本気を出してみようかしら」

 

 影が走った。

 

「……っ!?」

 

 そう思った瞬間には別のところに立っている。先の跳躍じみた”長い”一歩のトリックなどではない。純然な速さ――彼女のいた場所からわずかに上る煙が脚力で無理やり高速移動しただけなのだと教えてくれる。

 

「どうかしら? 剣士などと言っても、始めから目で追えないような生物の前には無意味――見えないものに刀を当てられるはずがないのだから」

 

 勝ち誇る。しょせん、武人の誇りなどない……圧倒的な速さがあるから、ただ技術など関係なく――ただのステータスの力でお前を潰すと。

 

「……そう思うか?」

 

 ブレインは目を閉じる。あてつけ、というわけではない。目が無意味なのは先の一幕で証明されたから、無駄に視界に神経を割く愚を避けたのだ。

 

「それは無抵抗の証とでも? それとも、勝てると思っているのかしら。この期に及んで、何を無駄なことを――」

 

「御託はいい。来るなら来い。来ないなら帰れ」

 

 ブレインは微動だにしない。その精神は凪のように静かだ。それが、彼にとっての刀を振るうということ、その意味。

 

「……へえ。いいわ、ならお望み通りやってあげる」

 

 瞬間、後方で空気の割れる音がする。

 

(――音も聞かん。感覚は全て不要、『領域』にのみ神経を費やせブレイン・アングラウス……! ただ、見分けろーー領域の中、敵を見据えて刀を放つ。それだけだ。生涯を武にささげた。ならば、積み重ねた武を裏切るなよ俺……!)

 

 極限まで集中した神経、領域の中を通過する諸々を無視する。石……そして死体のもげた腕など、体にあたろうが凪のような心には波紋一つ浮かばない。ただ、敵を見据えて斬るのみ。

 

「……ッ!」

 

 そして、それを感じた。

 

(掴んだぞ! ガゼフ――)

 

 確信できた。己の刀はこの一瞬、限界を超えて鞘走り結果は相手の死だ。小さな神にでもなったかの気分だ。この『領域』の中ならば、なんでもできる全能感が神経を麻薬のように焼いた。

 

(強かった。お前は強かった、名も知らぬ物の怪よ――そこまでの力を持ちながら、なお剣の道に進んだお前のことは忘れん。さらば、わずかな時でも好敵手であったお前よ。俺はお前と言う壁を乗り越え、ガゼフを……)

 

 粗末な剣をバターのように切り裂き、リザの喉元……殺すに十分なだけの切り込みをしっかり刻んで通り抜けるはずだった刀が止まった。

 

「……はあ?」

 

 意味が分からない。熱に浮かされた思考が冷や水を浴びせられてどこに着地していいかわからなくなってしまった。

 

「ああ、ごめんなさいね。私にはレベルの低い攻撃は通じないの」

 

 申し訳なさそうなリザの顔をまともに見れない。

 

「それと、もう一つ。本気を出すと言ったけど……それも嘘」

 

 轟音を上げて、手のひらがブレインの顔に迫る。それは狂気を相手に戦う部下をどかせるような優しい撫で方であったが、同時にフルプレートの鎧ですら粉砕するに足る一撃である。

 

「……あ」

 

 その瞬間、ブレインが思ったのは。

 

(いやだ、死にたくない……!)

 

 だった。

 

「あら?」

 

 なんで頭がはじけなかったのだろうと疑問に思うリザの目の端に投げ捨てられるように舞う刀がちらりと目に入った。よく磨かれている……きっと、彼にとっては命よりも大事なものだったのだろうと感傷に浸ったその瞬間。

 

「……ヒィーー!」

 

 木の葉のように吹っ飛んだブレインが壁に着地する。死の恐怖がアダマンタイト級すら超える身体制御を可能にした。そのまましゃかしゃかとゴキブリのように全力で逃げ去ってしまう。

 

「……ええーー」

 

 アレ、命よりも大事なものを捨ててってよかったのかしら……そんな風に思った一瞬の気の迷いはブレインの逃亡を許してしまった。

 

 





 リザさん、あまり決闘はやる気なかった。

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