「さて、集まったか」
どことも知れぬ闇の中、六人の人影がささやく。
「ふん――随分と弱気なことだねえ、ボス。野良のネクロマンサーが帝国兵を惨殺したくらいのことで何を大騒ぎする必要があるんだい?」
声には自負がある。己たちこそが、この王国の”裏”を支配する闇の住人であると。決闘じみた真似こそ苦手であるが、英雄……最強の代名詞であるガゼフだろうと暗殺する自信はある。
「ガゼフが決して矛を交えてはいけないと言った相手――だから何だと? ネクロマンサーもマジックキャスターなら本人を狙えばいい。ガゼフと言うのは実直でつまらない男さ。隙なんていくらでもある。そいつが恐ろしいなんて言ってもねえ……」
ゆえ、ガゼフが恐れたと聞いても特に思うことはない。確かに部下たちで歯が立つまい、けれど――闇の住人たる自分たちにはいくらでも手段はあるのだ。
「そうか、エドストレーム。だが、実のところ俺は頭も足りず大して強くもない奴にいつまでも六椀を名乗らせておくのもどうかと思っているんだよ」
息をのむ音が連鎖する。最強はゼロ……この男が不要と判断されたら自分は処刑される。今更六腕の地位を降りることなどできはしない。ならば、席を空かせるための手段は一つしかない。隣に座っている者が自分を助けてくれるとは思わない。いざというときになれば誰につくかはわかりきっているのだから。
「へへ。なるほど、さすがはボス。ガゼフを恐れさせるほどのアンデッドならいくらでも使い道はありますぜ。弱点も、こちらでカバーすればいい。そうすりゃ――」
真っ先に追従したのはサキュロント。この中で一番弱いものは誰かと問われれば彼だと口をそろえて言うだろう。だからこそ、この男はゼロの腰ぎんちゃくだ。いかようにもできる駒を処分するとしたら最後だろう――そういう方法で生き残ってきた。
「出現したというネクロマンサー。彼女がアンデッドだということはないのか……?」
「あんたが口を利くなんて珍しいね、デイバーノック。恋人でも欲しくなったかい?」
会議の流れを握ろうとエドストレームは口を動かす。
「話に聞くほどの力を持つマジックキャスターならば会ってみたいと思っただけだ。そして、不死でもない若い女が果たしてそれだけの力を持ちえるものかと疑問を呈したに過ぎない」
「なるほど、お前の言うことももっともだ。完全に確かめたわけではない――さすがに見てわかるようなら話が来ないのはおかしいが、そいつがわざわざ言う必要もなかったとも考えられる」
「へえ、ならカルネ村の奴を人質にとるってのはどうだい? わざわざ守るってことはそいつらにご執心なんだろうさ。化け物を相手にするには準備しなくちゃいけないからねえ」
「――は。ご執心、ねえ」
「おいおい、エドストレームよ。耄碌したか? まさか、そんなことを言い出すとはな――」
犯罪結社の人間というものは仲間意識なんて持たない。そして、一番輝くのは誰かを攻撃するときだ。だからこそ――失態を演じた彼女をいたぶるのは楽しいらしい。
「……な、何が言いたいんだよーーッ!」
「エドストレーム、貴様の頭の中は空っぽか? そんな化け物が一々人間の生死を気に掛けるとでも思っているのか。すでにそいつの姿はカルネ村にはないのだぞ」
「……ぐ。ゼロ……ッ。うぐぐ……」
呻き声を上げる。この場は不利に傾いている。
「ふむ。では、そいつを見つけたら六椀の一人と戦わせるのもいかもしれないな。真にふさわしいのがどちらかわかる」
「おお、そりゃいい。やっぱり、アンデッドは持ち物としてカウントするんで?」
「当然だろう。ネクロマンサーなのだからな」
その話を聞いたエドストレームは戦慄する。何もこの会議だけで進退が決まると思っているわけではないが――もし相手をするとなれば、アンデッドをすでに召喚された状態では勝ち目がない。……自分は『踊る
それを考えたのか、他の三人も少し顔が引きつっている。どことなく嬉しそうなデイバーノックは、常から組織からの離脱を疑われていたが――その線が濃厚になってきた。
別の議題がゼロから出て、話はネクロマンサーからずれていく。結局、彼らにはネクロマンサーの仲間なんて目に入らなかったし、考えもしなかった。多少ずれた結論を下し、モンタージュすらないのに探し出して決闘のまねごとをさせようなんて馬鹿なことを。しかも、それは決定事項ですらないのだ。
しょせんは王国の貴族どもと同じ穴の狢だ。自分たちは彼らを支配する闇の王などと思っているのだろうが、目先の対処するべき危機すら見えていない。自分を大きく見せかけようと必死になって視野が狭い。それはずっと世界にあったのに、ずっと目をそらしてきた。
そう、彼らにとっては”世界の敵”などどうでもいいことなのだ――
留守を仰せつかったルサルカは――正直、暇を持て余していた。
「あー。お嫁さんみたいに食事を作って待つのもいいけど、暇なのよねー」
そう、やることがないのだ。防衛はマキナの担当だから、手を出したらむしろ邪魔になる。一応は軍人として基礎知識はあるものの、自分は魔女だ。あの軍人の究極系を相手にしゃしゃり出る愚かさはよく知っている。基礎しかなくとも、もっとも厄介な敵は無能な味方だと知っているのだ。
……むろん、魔導においては誰にも引けを取る気はないが――誰が主導するかということだ。そして、それはすでに蓮が決めているから横紙破りなどできない。変なことして怒られるのは誰だっていやだろう。
「むーむーむー。でも、本当にやることないのよねー」
時間のかかる料理を作ることはできる。けれど、料理はスキルなために無駄に時間をかけまくるということができない。1時間で終わるものは1時間で終わるし、2時間で終わるのなら2時間だ。錬金術じゃあるまいし、1日も2日もかかることはない。
「あーもー。どうしようかしら。暇すぎて溶けちゃう。掃除するにしてもねーううん」
与えられた部屋の一角でクッションに顔をうずめる。掃除――やろうと思えば広大な、しかも空間が歪んで拡大化されている場所もあるから時間は潰せる。しかしそれには大変な労力を伴うだろうが、ここにはチリ一つすら落ちてないのだ。ここは時間が止まっている。ならば、掃除しようにも無駄……いくら雑巾を走らせようが白いままだ。そんな徒労を楽しむような被虐趣味はない。
「……あ!」
クッションから顔を上げる。いいこと思いついたーとご機嫌な顔。
「ふふ。主婦のやることと言えば、料理にお掃除……もう一つあるじゃない。ご近所挨拶!」
ちなみに洗濯が上がっていないが、掃除と同じ理由で却下だ。そも、外に出ても魔法の服だから汚れない。
「ええと――聞いたことがあったわ。確か、ニホンでは隣の人にあいさつしに行くときソバを持っていくのよね」
ちょっと間違いだが、まあ元々の設定としてルサルカの出身はヨーロッパだ。ソバは引っ越しを手伝ってくれた人に振舞うもので、出前じゃないのだからそもそも汁物を外に持ってくな――などという反論は何でも入る袋と言う反則で黙らせられる。
「さて、じゃあ外に出ていきますか」
行先は森。実際のところは関係の改善というよりも、勢力の確認に行くのだ。だから、まだ誰も行っていない森の方へ行く。
「あらあらー静かねー」
と、歩きながら言うが、実はそれは彼女自身のせいである。彼女は弱く擬態している。本性の姿は別にあり、今の姿では本気に程遠い力しかもっていないのだ。
……けれど、それは周辺のモンスターと比べてという話ではなく。
レベル30が英雄と言われるこの世界ではルサルカは神か悪魔なのだ。そんなものが出歩いていては、その強さの一端を感じた生物は死ぬ気で黙る。見つかれば死……それが自然界の法則。
「寂しい森ねえ。集落とかないのかしら、まあシュピーネの話じゃこの世界の人間は弱っちいみたいだし森の中じゃ生きていけないのかしらねえ」
適当に歩いていく。作ってきたソバは異空間にあるから冷めないのだ。まあ、モンスターに出すような奇特な人間でもないのだが。
「……あ、見つけた」
目立ってしまった、強力なモンスター。森の一角を支配下に置く英雄すら圧倒できるスペックの持ち主――なまじ強力なばかりに魔女に目を付けられた。
そして、その道中にいる不運なモンスター、生物を攻撃するという本能に支配された哀れなゴミクズは適当に焼却されて死骸をまき散らされる。
「ふふ。こんにちは、ヤな天気ね。もっとこう――薄暗い方がいいと思わない? なんかこの辺は特にカラっとしている気がするわ」
”それ”は通常よりも大きなトロール。分厚い革鎧、ルサルカの伸長を超えるほど巨大な魔法の剣を装備した特殊個体『ウォー・トロール』。その威容は人に絶望を与えるには十分である。もし、これが人の世に出るようなことがあれば、目も覆いたくなるような惨禍は約束されている。
「なんだ――ガキか。名前を言ってみろ。俺様の名前はグだ。東の地を統べる王である、グ、に名前を名乗ることを許してやる」
周囲には配下のトロールやオーガたち。話に聞く帝国の四騎士では討伐は難しいだろう。あるいは配下の血を代価に払って対抗法を見つけ出すことはできるかもしれないが。その時には、軍そのものの壊滅という代償を払うことになるだろう。
「ふふ、威勢のいい子ね。でもね、残念――私は面食いなのよ。あんたなんかブサイクは眼中にないわ。名前だったわね……私はルサルカ・シュヴェ-ゲリンよ」
「くっく。ふははははは――」
大笑いした。
「ええ? 一体なにごと。そんな面白いことがあったとは思えないんだけど」
「ふふ。面白いこと、だと。なんだその貧弱な名前は。長い名前は臆病者の証ーーメスらしいな。なんだったか、ルサ……えー、ルサルサ・シュベベベー?」
「ルサルカ・シュヴェーゲリンよ。いやまあ、勇者なんて言われたら背筋が凍るからある意味正しいのかもしれないけど」
「で、臆病な人間のメスよ。貴様は”ふくろ”にするには足りん。体つきも貧相だが、まあせっかくだ――食ってやる」
「うーん、でもさすがにルサルカちゃんでも化け物のお相手は嫌かなー。ま、ストリートチルドレンの食べ歩きとかしてたから、ゲテモノでも食べちゃうと言われたら反論できないんだけどねー」
「? 馬鹿なことを。臆病なメスからは臆病な戦士しか生まれん。筋張って固そうだが、煮て喰ってやると言った」
「あ、そっち? うん、そっちもあるけど――人間ってマズイわよ」
「そんなもの、知らん」
「ま、そうね。私も味もへったくれもない食べ方をしてたものね。……こんなふうに」
ルサルカが笑みを浮かべる。捕食者の、”魔女”の笑みを。
「っぐおおおおお!」
グの横にいるトロールの足が消えていた。少し先には、もぐもぐと血肉を咀嚼する影が。
「ほう、やる気か。だが、臆病なメスの相手など偉大なる王はしない。そいつを八つ裂きにしてしまえ!」
真っ先に飛び掛かっていったのは足を食われたトロール。顔を真っ赤にして飛び掛かる。この程度ならばすぐに再生する。トロールとは通常種であっても金級冒険者でなくては歯が立たない。それほど強力なモンスターがずらりのこの状況では、冒険者の最高位アダマンタイトでなければ生きることすら不可能だ。
「元気のいい子ね。そういうの、好きよ。だから――いただきます」
けれど、この世界の人類にとってはとてつもないモンスターも、黄昏から来た彼女には赤子同然。影が変形して起き上がる。そして、ずらりと生えそろった牙で一口で食った。手足が転がる。
「ううん。やっぱりコレだと味は感じないわね。ま、マズそうだからよかったけど」
あっけらかんとした態度。彼女の表情は先と変わっていない。ものを知らぬ童女と同じ……殺すときですら。
「「おおおおお!」」
こいつはヤバイと理解したトロールやオーガは我先にと襲い掛かる。こいつは狩られるだけの獲物ではない、反撃を許せばそれだけ仲間が死ぬ。仲間などどうでもよくても、それで自分が死ぬ可能性があるのだ。そして、彼らが持つのは蛮勇――恐怖を感じたら突っ走るしかない猪。
「あらあら、私ってば人気者? でも、列を無視はルール違反よ――少しお黙りなさい」
影が地を覆った。そして、トロールにオーガは”動けなくなる”。不動のデバフ……これも位階魔法だ。
「ぬううううううん!」
だが、王を名乗るグは無理やり己の体を引きちぎるように拘束を解いた。
「あらあら。がんばるのねえ――」
相も変わらずルサルカには童女のような笑みが浮かんでいる。虫の胴体を引きちぎっていつまで生きていられるか観察する、無邪気な残酷さを宿したそれ。
「貴様――殺すッ!」
その巨大な大剣を小枝でも振り回すように振り落とし、叩き切る。技術など一切ない、純粋な膂力によるモノ……それだけにシンプルで強烈だ。
「ふはは。臆病なメスなどこんなものだ――」
どすどすと何度も抉り、刺す。再生しているように見えるから、丹念に何度も振り下ろしてぐちゃぐちゃにする。切るだか潰すだがの中間のような暴風のような暴力にさらされた彼女は肉塊の細切れになって四散する。
「どうだ、思い知ったか!? これが偉大なる王、グ、の力よ――!」
高笑いを上げて、その声が拍手の音で凍り付く。
「いやあ、すごいわねえ。仲間をそんなにできるなんて。まるで赤い花が咲いたみたい。芸術家の才能があると思うわよ、あなた」
「きさま――ルサルサ! 殺したはず……!」
「ルサルカ。殺したってそいつのこと?」
「何――? これは……ダシ! なぜ、お前は――」
「なぜって、さっきあなたがぼっこぼこにしてたじゃない。ほら、あなたの剣に血がついてるわよ」
「な……こーーこれは、ちがう。俺はダシを殺してなど……」
「いいえ、殺したじゃない。ふふ、勇敢で素敵だったと思うわ」
「……ボ、ボスーー」
動けず見守るしかなかった者たちの非難の目がグに刺さる。まさか、敵を差し置いて味方をぐちゃぐちゃにするとは思わなかった……あれほど凄惨に、執拗にまで。幻覚はグにしかかけていなかったから、本物の光景を目の当たりにした。
「ち、違う! 違うのだ、俺が殺したのはメスで――その目をやめろォ!」
オーガの首を叩き落した。
「ヤメロと言っている!」
悲鳴が上がる。動けない彼らに正気を失った王の剣が振るわれる。
「はぁはぁはぁ――死ねえ、メス! 貴様さえいなければ」
数匹の首をはねて満足したのかルサルカに向き直る。他の部下は目をそらすことも目を閉じることすらできずに早く悪夢が終わってくれと祈っている。
「あは。怖い怖い。誰かの陰に隠れてしまいたいわねえ?」
「--ッジャア!」
振り下ろした大剣は途中で止まる。トロールの肉の壁によって。
「っキサマ!」
「あら? あ、ごめんね。つい手ごろな盾があったから」
トロールは半ばまで両断されかかっている。再生が開始するが遅い……魔法の大剣の効果は毒。そもそも臓器が断たれ皮でつながっている状態だ。それでも生きているとはさすがトロールである。
「けど、アレね? 再生能力って、火に弱かったりするけどあなたはどうなのかしらね」
「ふざけ――」
「ちょっと試してみるわ。『チェイン・ドラゴン・フレア/連鎖する龍炎』」
竜の形をした炎がアギトを広げる。グは呆然と見上げることしかできなくて。喰われた腕が消し炭になって、大剣が地に刺さった。
「あ。あああああ――」
後ろを見ると、森の一角が焼失している。あれの一撃は、わざと外されていたのだと知ってーー
「ひぃぃぃぃぃぃ――」
逃げ出した。
「あら? 追いかけっこかしら」
グは心臓を握りつぶされそうな恐怖の中、必死に走って……後ろを見ることすらできずに。ズガン、だかズゴン、だかの音をひしゃげた聴覚で聞いた。
「お、大当たり……ルサルカちゃん、十点」
彼女はトロールを投げたのだ。砲弾と化したトロールは衝撃で爆発して四散して……
「ひぃ。ひぃぃぃ――」
ばらばらになったグはその再生能力で即座に這いずる程度にまでは再生して。
「あれ? まだ、十点が動いてる」
身体の中身がぐちゃぐちゃなまま、耐えきれぬ恐怖に突き動かされるようにすぐさま走り出す。必死だった。これほどの恐怖を感じたことは生涯なかった。抑えきれぬ恐怖が身体を勝手に動かす初めての体験。グの心は今にも弾けそうなほど張り詰めて。
「あは、まてまて――」
着弾。6回も繰り返したら、もうグはピクリとも動かなくなった。けれど、腕は助けを求めるようにわずかに伸ばされて。
「あれあれ、動いてくれないとツマンナイゾ。それ――」
10回くらい当てて、腕が地に落ちた。
「動かなくなっちゃったオモチャに興味ないわ」
残りの弾/トロールを影で喰らい、同じ魔法で今度こそ完全に焼き尽くした。
世界の敵。誰の登場フラグでしょうか。
マリィを出すことに決めました。黄昏の面子は彼女を触覚扱いしますが、実は似ているだけの赤の他人と言う設定。このマリィはdies世界の記憶とか一切ない上に呪いも持っていません。