dies in オーバーロード   作:Red_stone

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第15話 カルネ村の新たな装い

 

「--もうそろそろのはずです」

 

 御者台に乗ったンフィーリアが言う。

 

「そうですか。結局戦闘は一度だけだったな」

 

「……そうですね。けれど、トワイライトの皆さんを雇って正解でした。生半可なチームでは襲ってきたモンスターにやられてしまったでしょうから」

 

「そうですね。本来ならあれほどの群れは出てこないはずです。運が悪くて、半分か――更にその半分と出くわすと言ったところでしょう。あれから警戒はしていましたが」

 

「とはいえ、もう出てこないだろう。村まで近い」

 

「そうですね。やっとつきました。……エンリに会える」

 

「ほほーう。ほうほう、ちょっと聞かせてもらってもよろしいですかね、ンフィーリアさん」

 

 耳ざとく聞きつけたルクルットがいやらしい笑みを浮かべて馬車に近づく。

 

「ええ!? いや、ちょっと。これは言葉の綾というものでして――」

 

「いやいや。俺には見えますよンフィーリアさん。あなたの恋に燃える瞳が」

 

「いや、そんなこと――」

 

「それくらいにしておけ」

 

 ごん、とペテルが殴って話を終わらせた。

 

「……あ、見えてきましたーーよ?」

 

 ペテルの言葉が詰まる。見えてきた村には、弓をつがえる男がいた。

 

「な!? これは、なにごと……」

 

 驚いたのもつかの間。

 

「動かないでくれませんかね? 話ができるなら、そちらの方がいいもんで」

 

 ゴブリン。囲まれている。見えているだけで8、まだいるだろうとペテルは考える。トラップを仕掛けるほどの知能が高いモンスターだとしたら勝ち目がない。もっとも、蓮は隠れているのは5、残り6は村の方か――と、見通してしまった。経験値が違う。

 

「……俺たちは怪しいものじゃない。俺たちは冒険者で、この人は雇い主のンフィーリアだ。彼はこの村に何度か来たことがあるそうだから、確かめてほしい」

 

 黄昏の面々は動揺することもなく、武器すら構えていなかった。ゴブリンは油断せず、目配せして。

 

「ラッチモンさん……ちょっとこちらへ」

 

「ああ――いや、ちゃんと見えた。ンフィーリア君だ、剣を下ろしてくれ」

 

「それはようござんした。……そちらの兄さんたちはともかく、姉さんもいるそちらさんとは争いたくなかったもんでね」

 

「ああ、俺たちもただ守ろうとしているだけの、意思疎通ができる者を虐殺するのは目覚めが悪い」

 

「……はは。恐ろしいこって。ただ、それでも一つ言っておきやしょうか。俺らの主に手を出すことだけは絶対にさせやせん。無謀でも、無理でも――そいつは絶対ですぜ」

 

「……なるほど。お前らはいいやつだな」

 

 注目を自分に向けさせようとしているのは分かっている。頭を狙うのは、そいつが弱いからだ。強者であるなら、そんなものは関係なく無礼を働いた方に危険が行く。

 

「――っはあ!? ちょっと、やめてくだせえよ。照れちまうぜ、そんなまっすぐに言われたら」

 

「で、お前たちの主はそいつか」

 

 連はその子を見る。目を引くように弓を絞っていた男、それから少し離れて隠れるように何人かのやはり弓を持った者たちがいる。その一人を。

 

「え……あ、はい。あの……あなたはーー」

 

 頭の中にもやがかかったような。そう、この人はどこかで見た覚えがあるのに思い出せない。

 

「え、エンリじゃないか! なんで君が弓を持っているんだい?」

 

「あ、ええ。ンフィー。えと、久しぶりね? 色々あったのよ、ほんの数日前の話だけど」

 

「それ、聞かせてもらっても?」

 

「いいけど、あの……この人たちは」

 

 話の勢いに飲まれて既視感は忘れてしまう。

 

「こっちはトワイライト、そちらは漆黒の剣だ。ンフィーリアさん、俺たちは薬草採取の前に少し休ませてもらってもいいかな?」

 

「え? あ、はい! よろしくお願いします」

 

「ああ、ではラッチモンさんだったか。ちょっと案内してもらってもいいか」

 

 去り際、ベアトリスがぽんとンフィーリアの肩を叩いて。

 

「この子、中々大物になりますよ。好きなら、どーんと直線で行くことです。経験豊富なお姉さんのアドバイスですよ」

 

 囁いた。

 

「……ふわあ。きれいな人。あの人、どこで知り合ったのよンフィー」

 

 少し小突いて……エンリの表情に浮かぶのは憧れで、そういう関係になれるのはまだまだ先のようだ。少しくらい嫉妬してくれても――とは、ンフィーリア自身でも高望みだとは知っているけれど。

 

 

「藤井君、人物不定の指輪(リング・オブ・ディスインディヴィジュアル)の効果はちゃんと効いてるようですね」

 

「そうだな。あまり頼るとタレントか何かに痛い目に会わされそうだが、まあ使う機会を選べば問題ないな」

 

 指輪の効果はたくさんいるモブの一人として認識させる能力。前に会ったとしても思い出せないし、後で詳細な顔を思い出すこともできない。顔を特定できないのだ。

 

「ねえ、藤井君。これでいいの?」

 

「問題ない。順調だよ――少しは我慢強く作戦を進めることを覚えておけ、螢」

 

「つまらないわ。もっと、こう……ばーんと何かできないの?」

 

「ふふ。螢は藤井君に甘えてるんですよ。相手してあげてください」

 

 ベアトリスはニヤニヤした顔で螢の肩を抱く。

 

「ちょっと、姉さん。変なこと言わないで。誰が甘えてるって言うのよ」

 

 憮然とするが、振りほどかないあたりはまだまだ姉に甘えている。

 

「そりゃ、螢ちゃんだろ? ちょっとわがまま言って意識してほしいとか、かわいいとこあんじゃねーの」

 

「遊佐君、本当に怒るわよ? そんなんじゃないって言ってるのよ」

 

 これには螢もキツい目を向けた。というか、女性陣は遊佐のことが嫌いだ。なぜなら、自分が一番蓮のことを分かっているという顔をしているから。

 

「そうか、螢は甘えてくれているわけじゃなかったのか。残念だな」

 

 ぽん、と頭に手を乗せると螢は真っ赤になる。可愛らしい反応につい顔を緩めてしまう。

 

「べ。別に……藤井君がしてほしいって言うのなら、しないこともないけど」

 

「……螢」

 

「え? な、なに……そんなに見つめられると……その。あのーー」

 

「やっぱりからかうと面白いな、お前」

 

「~~っ藤井君!」

 

 さらに真っ赤になって怒鳴った。

 

 

「で、エンリちゃんとは進展したんすか?」

 

「やめろ、ルクルット。すみません、デリカシーがなくて……」

 

「いやいや。いいんですよ、まあ進展はなかったんですけど」

 

「ちょっと話を聞いたんですけど、帝国騎士とやらに攻めてきてやられてしまったと。彼らのことは不幸だと思いますが、想い人だけでもエ・ランテルに招くことは考えなかったんですか?」

 

 こっそりと、囁くように。この状況では大切な人だけ連れて逃げるのも、指をさされることではない。安全などもうなく、人は少ない――そもそも集落を維持可能な人数が残っているかすら。今は足りても、これから先はどうなるか。冬が来るのだ。

 

「それは――怒られてしまいました。覚悟もないのにそういうことを言うなって。同情なんて余計なお世話だそうです。僕はそういうことを思っていったんじゃないんですけどね。下心、見抜かれましたかね。……ハハ」

 

「ンフィーリアさん、あなたは本気ではなかったのか?」

 

 連は厳しい目を向ける。彼にとっての日常が崩壊しかけている。崩れかけた日常を取り繕うために不感を装うのはいいが――これは、ただ気付いていないだけだ。隣に地雷原があて好きな人がタップダンスをしているのを見逃してしまっている。

 

「え? 藤井さん。どうしたんですか」

 

 その”本気”にたじろぐ。黄昏はいつだって余裕そうで、それとは程遠い在り方をしていたから。

 

「本気なら、引き下がらないはずだ。なにかを失うかもしれないと、ただ退くばかりではどうにもならない。それは勇気ある撤退などではなく、ただの保留だ。怖いから現実から目をそらしているだけだ」

 

「それは――そうかもしれません。でも、やっぱり僕は藤井さんや皆さんとは違いますから。……勇気なんて、とても出せないんです」

 

「勇気か。そんなものは俺も知らない。俺はただ、やらなければいけないと思ったことをやっただけだ。勇気があるとは思っていない、状況がそうだったというだけの話。そして、ンフィーリアさん。この状況は……人が半分になり、男もほとんどいないカルネ村はその状況にないと思うか?」

 

「え? それは……そうです。エンリが明るく振舞っていたから大して深く考えなかったけど……たしかにえらい事態だ。うん、村が滅んでもおかしくなかった。いや、助けてくれた人たちは去ったって言ってた。でも――それは、これからの助力は期待できないってことで。あれ? これ、え……」

 

 もちろん、蓮は食糧援助くらいはしてやるつもりだ。何か大変なことが起きればマジックアイテムでどうにかしてやろうと思っている。ベアトリスの試練に通ったのだ、それくらいはする。けれど、それは本人たちにはあずかり知らぬこと。現実は、ゴブリン将軍の笛だけ置いて行って姿を消した。

 

 ……まあ、ゴブリン将軍の笛だけでも、この世界の価値に換算したらとんでもないことになるのだが。

 

「なら……どうする? 恋に悩む少年」

 

「……でも、エンリは首を縦には振らない。ここで生きると言っていた。なら、僕は……僕は。どうするべきか……」

 

 たっぷりと考えて。

 

「今は、仕事をよろしくお願いします。先立つものがなければしょうがない。ここには薬草を取りに来たんです。そのあとでちゃんとエンリに気持ちを伝えます」

 

「いい決意だ。俺たちも手伝わせてもらう。……契約だからな」

 

「はい。まあ、料金分は仕事をしてくれたと思うので、あまり頼みづらいのですが」

 

「気にするな。何が出ても切り伏せてやる。護衛だからな」

 

「そうです。微力ですがお手伝いさせていただきます」

 

「うむ、男子が勇気を出したというのなら応えねばなるまい。このダイン、少しは薬草を見分けることもできるのである。全力でやらせていただく」

 

「そーそー。俺がいるから安心して採取してくれていいぜ。あ、ベアトリスちゃんと螢ちゃんも安心してくれていいぜ?」

 

「そうです。モテない男のたわごとはともかく、応援しますよンフィーリアさん。経験豊富なお姉さんに任せなさい」

 

「ええ。素敵ね、ロマンチックだわ。視界に入れるのもうっとおしいゴミとは違うわね。何かできることがあったら手伝うわ」

 

「ま、そんなわけで気合い入れていきますか!」

 

「なんで、あなたが仕切ってるのよ。遊佐君」

 

 

 

 やる気満々で森に入っていったのはいいのだが。

 

「……あら? なんで潰れてるのかしら」

 

 根っこを握りつぶして汁が四散する。

 

「嫌ですね、螢。こういうのは丁寧に抜き取るものですよ?」

 

 ぶちぶちと茎だけ引きちぎる。

 

「…………すまん」

 

 黄昏の面々は全く持って戦力にはならなかった。薬草を採取するということがなぜか全くもってできやしない。やろうと思って握った瞬間には記憶が飛んで、残骸になり果てた薬草だけが残る。

 

「あはは。えと、皆さんは護衛なのでモンスターの警戒をしてもらえれば……」

 

 これにはンフィーリアも苦笑いだ。ああ、この人たちにもできないことがあるんだな――と親近感を覚えてしまった。まあ、初めからそれを期待して雇ったわけでもないのだ、本当に悪く思ってはいない。ただ、不思議だなと思うだけで。

 

「はっはっは。女の子はできないことの一つや二つくらいあった方が可愛いもんだぜ。だから気を落とすなって、な?」

 

 ルクルットが白い歯を見せて笑う。……この時代に歯の矯正なんてないからちょっと歪んで、しかも少し汚れていた。

 

「……チ」

 

 螢は盛大に舌打ちを鳴らす。負けず嫌いだ、薬草に負けたとでも思っているのだろう。

 

「ああ、そういうおしゃべりはいいんで。私たちが周囲の警戒をするのでルクルットさんも薬草を探してくださいね?」

 

 ベアトリスは怒気を込める。やっぱりこっちも機嫌が悪かった。

 

「……なあ、蓮」

 

 遊佐と蓮は小声で話す。

 

「ああ、こちらの世界に来た影響か。ダイン以外も採取できることを見るに、これは転移者ならではの現象かな」

 

「条件を満たさないと装備できないアイテムがあるのと似たようなもんかね。ただの村人ならともかく、目立って”これ”があると見つかる危険があるぜ」

 

「そうだな。伝説にはプレイヤーらしき影も聞く。おそらく、プレイヤーの特性は知っているところでは知っていると考えた方がいい」

 

「後手に回るとやべーんじゃねえかな」

 

「隠せない特徴があれば転移者を探すのも容易。……すでに特定されたとして考えた方がいいだろう」

 

「ますます情報が欲しくなってきたな。だが、蓮」

 

「ああ、その前に対処するものが来たようだ」

 

 子供らしく不機嫌を顔に出していても、螢もベアトリスも魔人である。”それ”に気づいて顔を引き締めた。いくら弱かろうと油断はしない。自分はともかく、これは護衛……一瞬の気のゆるみがターゲットを殺す。

 

「ンフィーリアさん。私たちの後ろに。なにか、大きいものが来ます……!」

 

 強力なモンスターが襲来した。

 

 


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