dies in オーバーロード   作:Red_stone

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第14話 決別と出会い

 王国戦士長が去ってから一日が明けて。

 

「--リザさん」

 

 エンリが村の大人たちをつれてリザの前にいた。その表情は思い詰めている。さらに後ろには、変わらず赤い目を爛々と光らせる村人であった者たち。今はもうリザのアンデッドと成り果ててしまった彼らは変わらずうめき声をあげている。。

 

「なにかしら、エンリちゃん」

 

 悠然と微笑む。彼女としてはベアトリスたちが認めたエンリに手を貸すのはやぶさかではなかった。それに、アンデッドにした彼らもそれを望んでいる。……やはり、リザは生者に興味を持てないのだ。エンリが死んだらベアトリスに悪いと思うから助けるが、それ以外の村人は死のうがどうでもいい。自分が手を下すというのはーーそもそも判断して責任を負うこと自体したくないからやらないが。

 

 つまり黄昏の彼らはリザを含めて一人残らず、人のカタチはしていても異形であるのだ。人間ではない……その空気を村人たちも感じている。同情や感傷などとは程遠い存在、確固とした強者である。きっと、神のごとき力を持つ彼らは自分と同じ目線には立っていないのだと。

 

「皆で話し合ったことなんです」

 

 目線がブレブレで、恐怖している――というより恐縮していると言った方がいいか。それでも、しっかりと前を見据えて、想いを言葉に乗せる。エンリがエンリたる由縁、ベアトリスの試験を潜り抜けたのは偶然ではないのだ。

 

「そう。話し合うのはいいことだわ。それで、何を話し合ったのかしら?」

 

「--私は。私たちは。いえ、パパとママは」

 

「ええ、ゆっくりと話しなさい? 待っていてあげるから」

 

「それは、怖いです。森の賢王のおかげでこの村が襲われることはなかった。けど、騎士に襲われて、もうここが平和だなんだと思うことはできなくなりました」

 

「そうね」

 

「リザさんが生き返らせてくれたアンデッドの皆さんは頼りになります。パパも、ママも――きっと私たちのことを心配してくれてる。彼らがいれば帝国が攻めてきても、きっと大丈夫なんだろうって思います」

 

「まあ、聞いた話だとそうなるわね」

 

「でも、パパとママはパパとママじゃないんです。姿は同じ……けれどちがう。違うんです。生きていたパパとママじゃなくて、死んでいるパパとママは死んでいる」

 

「……それで」

 

「こういうことを頼む筋合いではないと思います。私たちはあなたに感謝するべきで、こんなことを言っていい立場にはない」

 

「そんなことはないわ。私たちは反論を力で潰して他人の話を聞かない、そもそも他人というものを認識できないアイツとは違う。けれど、話は聞くけれどどうするかは私たちが決める。あなたの話にただ従いはしないけれど、聞いてあげることはするわ」

 

「……死んでしまった皆を開放してほしいんです。きっと、アンデッドとしてここにとどめ続けるのは間違っている。確かにパパとママは私の命令を聞いてくれる。けれど、それは――そういうことでしかないんです。命令を聞くだけ。失ったものが返ってきたわけじゃない」

 

「そうね。私はただ彼らをアンデッドにしただけ。この空では真なる太極が開くことはない。理を塗りつぶす理が存在しない。彼らの魂を私の(太極)に取り込むことはできなかった。だから、彼らに残っているのは――ただの残滓なのでしょうね」

 

「アンデッドがここに残っていては、きっとパパとママは天国に行けない。魂がここにずっと縛り付けられてしまう。だから……」

 

「……あなたは信じてるのね」

 

 まぶしいものを見るような目。もちろんエンリには天国などというものを信じられる人間というのが愚かしくもまぶしく見えるリザの気持ちなど分からない。それも、まっとうに生きていたら天国に行けるなんて思いこむようなお目出たい人間の思考は……もはや想像することさえ遠い日のことに思える。

 

「お願い、します」

 

 頭を下げた。それしかできないから、とかそういう打算的なものではない。心から、そうするべきと思ったからするだけだ。そして、その純粋な想いは、やはりリザには遠くて。

 

「ええ。分かったわ。彼らの想いを捻じ曲げてまで現世に縛り付けることが正しいことだとは、私も思えないもの」

 

 だから、リザはエンリを羨ましいと思う。まぶしくて目を細めてしまう。

 

「この子達の偽りの生はここで終わり。黄金ですらない真鍮の黄金錬成を終わらせましょう」

 

 それは一瞬のことだった。ぼうっと、紫の燐光が光ったと思ったらアンデッドたちは砂に帰り……一陣の風が吹いた後には何も残らない。

 

「ありがとう、ございました」

 

 瞳に一杯の涙をためて、それでもエンリは気丈にお礼を言った。

 

 

 リザは黄昏に帰還する。けれど、エンリたちの物語はどうしようもなく続いていく。村を守護するアンデッドは消え、働き手の多くを失った現実がカルネ村にのしかかってくる。

 

「……お金が必要でしょうな」

 

 村長が重い口を開いた。事件の連続でもはや彼に村人を率いていられるような気力は残っていない。すっかり老け込んでしまった彼は伺うようにエンリを見る。

 

「え? はい。確かにそれがなければ冬は越せませんね」

 

「……薬草をエ・ランテルに卸してこなければ。彼らは報酬を受け取らなかったが、村に残った金はそう多くない」

 

「そうですね。それで、私ですか……?」

 

 ちょっと偉い人、というよりも専門職を持つ者とエンリが集まって行う会議だ。エンリは何も知らない村娘であるが、何も知らない村人という点では他の者も変わらない。このために呼ばれたのか、とエンリは思うが実情は違った。

 

 エンリが選ばれたのは女子供なら労働力にはならない、なんていう卑しい思惑ではない。村を救った彼らがエンリには何かを期待していた。それを感じたからこそ――エンリならばなんとかなるかもしれない。そんな淡い希望を込めた視線が集まっている。

 

「お頼みします」

 

 村長が頭を下げた。

 

「ええ!? そ、そんな――頭を上げてください。誰かがやらなきゃいけないことなんですよね。だったら、私やります。藤井さんにいただいたアイテムもあります。……だから、ネムのことはお願いしますね。きっと、ショックがまだ残ってる」

 

「ああ、もちろんだ。エンリがエ・ランテルに行っている間はわしの家で面倒を見ていよう」

 

「はい。では、出発は明日の早朝に」

 

 夜、というのは論外だ。そもそも道が見えない。だが、昼は昼でモンスターが活発に動く時間帯だ。夜行型もいるが、やはり一番多いのは昼に起き出してくるタイプ。だから、その時間帯を避けて、けれど暗くてもだめだ。

 

 それでも、それは――モンスターが出ないというわけではない。

 

「ううっ……!」

 

 怖い。エンリは慎重に馬車を動かしていた。スピードを出しすぎて薬草の入ったツボを壊すわけにはいかない。というか、そもそもエンリにはスピードを出してもうまく操る術がない。

 

「……ひゃあ!」

 

 がさがさと草が揺れて。大げさに動揺したエンリは何秒かそこを見つめて、やっと風のいたずらと納得して安心する。

 

「ひぃぃ――」

 

 あたりはまだ薄暗い。完全に明るくなるより先に森の近くを抜けてしまいたかった。もらった笛はしっかりとつかんでいる。

 

「ああーーふわあっ!」

 

 ごう、と風が鳴り……たまらず笛を吹いてしまった。そして現れるは

 

「ゴブリン軍団参上しやした! エンリの姉さん」

 

 19体のゴブリン。けれど、”違う”。モンスターではない。厳密にはどうあれ、こちらを襲うあれらとは違う――外見からして。

 

「ええ!? なに? 何が起こったの?」

 

 ハテナマークを浮かべる。村娘だったのだ、わけがわからなくて震えるのは当然であると言える。

 

「--どうしやした?」

 

 恐慌状態に陥っても不思議ではない。泣き出して、わめいて童女のように前後不覚に陥いるほうがむしろ一般的であるといえよう。気絶して垂れ流すのはまだマシで、無駄に敵対行為を取るのもありえた。

 

「えと、あなたたちは藤井さんのくれたマジックアイテムで来てくれた人、ヒト? なの」

 

 けれど、エンリは異形種を受け入れる。人間を信じられなくなったというのもあるが……それが彼女の本質、包容力の表れだった。

 

「その藤井さんという方は分かりかねますが、そのゴブリン将軍の笛で呼び出されたのは間違いありやせん。あなたのためならこの命も捧げますぜ」

 

「え、ええ――」

 

 とはいえ、まだ幼く経験も少ない彼女には戸惑うことしかできない。軍事活動、のぐの字ですから知らない彼女に軍団の指揮などと言われても、浮かぶのはハテナマークだけである。

 

「で、エンリの姉さんはこれからどうするつもりだったんで?」

 

「あの、これからエ・ランテルまで薬草を売りに行く途中で。その、風が怖くて使っちゃったんだけど」

 

「なるほど、分かりやした。つまりはエンリの姉さんを護衛すればよろしいので。では、道を教えて下せえ。そういうのは全然わかりやせんので」

 

「あ、はい。お願いしますーー」

 

 受け入れて、エンリを乗せた馬車は進んでいく。後に『鬼姫のエンリ』と呼ばれることになる彼女の覇道の資質……その一欠片である包容力が現れていた。

 

 

 

 そして、さらに数日後。王城――ガゼフ。彼は”嘘”をついていた。虚偽の報告を王の御前で行ったのだ。本来ならこういう腹芸は得意ではない。……が、現実は下手な嘘より悪質で。そうするしかないと思ったのだ。

 

 村人の姿をしたアンデッドにこの国を滅ぼさせるわけには行かない。

 

 そう考えてのことだった。ガゼフが村を去った時にはまだアンデッドたちは村にいた。後に『黄金姫』ラナーからアンデッドは消えたという話を聞いて安心するが……それまではなんとしてもカルネ村に対し、”何か”をさせるわけには行かなかった。王国の腐った貴族たちでは物事を悪化させることしかしないと、いやな信頼があるのだ。

 

「……は。カルネ村に着いた時には帝国騎士の姿をした者たちに村人たちが襲われていました」

 

「我々はそれを撃退。捕えようとしましたが、天使の襲来を受けて断念しました。我々は天使の包囲網を潜り抜け、帰還した次第です。ニグンと呼ばれた指揮官を排除しましたが、こちらも被害は甚大。何かを持ち帰ることもできず、こうして参上した次第です」

 

 と、そう言うしかなかった。嘘をつこうにも、そんな現実を捻じ曲げてなおかつ整合性を持たせるような器用な真似はできない。だからこんなことしか言えない。とはいえ、悪いジョークのような現実よりはよほどリアルだ。

 

 そして、偶然とはいえこの嘘に優位な状況は整っていた。いかに中世じみた世界観とはいえ諜報の類はある。戦士長を監視する目は広い。けれど、カルネ村のあの時に限ってはそれがなかった。ニグン率いる漆黒聖典が消していたのだ。だから、嘘を嘘だと言える――その場を見ていた人間がいなかった。あとからやってきて状況から当時を推察するしかない。……カルネ村の人間が証言するはずもなし。

 

 あの後、ガゼフは他の村の保護をさせていた仲間と合流して王都へと帰還した。慣れない嘘をついたと言えど、それを嘘だと見破ったところで何を言えと言うのか。ただ、それでも貴族は持ち前の人間観察術によって何かあることは察したものの、何かあるというのは貴族社会にとっての常だ。ガゼフがそれをするとは多少珍しかったけれど。ただそれだけで気にされることもなく。

 

「なるほど。戦士長殿は村をむざむざ見捨てて逃げ帰ったと。これはどうするべきですかな」

 

「いえいえ。帝国騎士に逆襲できなかったこと自体が問題ではないですかな――」

 

 だから貴族たちの認識は先の言通りに隠密行動をしていた帝国騎士に負けて逃げ帰ってきた、というものだ。ガゼフの嘘は成果を上げていた。貴族は嘘を信じ込んでガゼフにねちねちと攻撃を加える。それに満足してカルネ村をわざわざ調査しようなどとは思わない。

 

 ガゼフを責める文言ばかりが続く。王の覚えめでたく、平民のくせに成り上がったガゼフの味方は本当に少ない。

 

 ――ここで、天使という話を聞いて法国を思い浮かべないのは想像したくないからだ。現実は自分の思い通りに動くと思っているからこそ、法国が介入してきて困るこの現状では法国の介入はあり得ない、だってそんなの困る。そもそもその可能性を議論する気すらないのだ、この腐れ貴族どもは。

 

「--やめよ」

 

 王が言う。彼はガゼフがむざむざ負け帰ってきたとは信じていない。何かあったはず、と考えて――けれどラナーではない彼には中身はまるで見当がつかない。

 

「帝国騎士の中身を持ち帰ることはできなかったのだな?」

 

「は。私の力不足です」

 

「だが、彼らの包囲網を突破できたのだろう?」

 

「それは――はい。その通りです」

 

「ならば、もうこの話はよい。次の議題を」

 

 周りのブーイングを無視して王は別の話へと移る。もう話すことはない。ただ無駄にぐちぐち文句を言ってるだけなのだ。だから会議を先に進めることができる。というか、こうしないと本当に会議が進まないくらいに貴族は腐っている。文句を言うしか能がないのだ。

 

 そも、隠している内容も分からずに話しても何も意味がない。とはいえ、王は個人的にはガゼフの味方だ。最後にフォローだけ入れて、追及をこないようにすることしかできなかった。これにガゼフはさらに忠誠心を高める結果になるが、そこはただの蛇足だ。

 

 そして、後にガゼフは別室で王に事の顛末を説明するわけだが――厳密に王と完全に二人きりになることなど不可能だ。メイドや衛兵の類は必ずいる。ゆえに盗み聞きをした者がいる。もちろん実行者は別だが、それによって知るべきではない事実を聞き及んだ勢力は三つ。

 

 ――レエブン候

 

 ――ラナ―

 

 ――そして、八本指。

 

 彼らはとてつもないネクロマンサーの出現に頭を悩ますことになる。しかも、その行動は死者の言うことを聞いてのものである可能性がある。主人はいると言うが……”そこ”を見ていないものには、それだけの化け物を操る存在など想像できない。

 

 このままでは全てが滅ぶことになる。死者は生者を妬む。ならば、死者の言葉を聞くネクロマンサーに人類の庇護を期待することなどできるはずもない。

 

 ゆえ、彼らは独自に行動を始めるのだ。

 

 




 ちなみに『鬼姫のエンリ』の元ネタは竜胆から。あの人の異名は久雅の鬼姫らしいです。エンリのイベントはやりますが、もっと後かな。

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