「これは、どういう騒ぎかな。バビロン」
戒の後ろには螢と、エンリとネムを小脇に抱えたベアトリスがいる。あの後、そのまま運んできた。
「これはこっちのセリフなんだけどね、戒。勝手に飛び出てきたでしょう、あなたたち」
「必要なことだったと思っている」
「それなら一言くらい話してから行きなさい。あら、その子……怪我してるわね」
「ああ、法国とかいうところの兵らしい」
「そう、まあどこの誰だろうと変わりはしないけど。そうね、助けるというならこれを上げるわ、お嬢さん」
赤い液体を差し出した。それは透き通ったガラス瓶で、美しい意匠まで施されているものだから落とさないか緊張してしまう。というか、受け取っていいものなのだろうかとーー不安そうに見上げて。
「……それは」
「藤井君から預かったものよ。言ったでしょう、一言くらい言ってから行きなさいって。でも、そうね。藤井君はこうなることも見通してたのよ、きっと。それで、とりあえず生き残りはこちらをうかがっているけれど、全滅させないでよかったみたいね」
「どういうことかな、バビロン」
「彼らを救うに足るものだとあなたたちが判断することくらい、彼にはお見通しだったのね。このポーションも、彼らを治すためのものでしょう。人間というものはすぐに死ぬ」
実を言うと、ポーションを満載した無限の背負い袋を持たせたのは単にリザが回復手段を持っていないからというだけだったりする。彼らが信じる彼はそんなに頭がよくない。外に出ると言われて、はいわかりましたと許可を与えただけなのだ。そこに思惑など何もない。
「……あ、あの~」
エンリは渡されたものを手にもって、落ち着かなさげにしている。まあ、こんな高そうなものを渡されて、ぐいっと飲んでしまえと言われても村娘にはきつい。
「とにかく、兵は全員殺したということだな?」
黒い靄が現れ、蓮が登場する。ただ見ているだけではなく、転移からの首狩り戦術を実行しようとしていたのだがーー相手が弱すぎて何もすることがなかった。
「そして、残った村人か」
隠れている村人たちを見る。……実を言えば、兵を何人か残して欲しかった。一般常識について、拷問でも何でもして聞き出そうと思っていた。拷問では情報の確度が落ちるが、それは隔離して何人か分のを突き合せれば問題ないだろうと思って。
(人間を拷問するのも、殺すのもまったく良心が痛まない。外見は人間でも、もはや異形種となり果てたか)
「お前、さっさと飲め。痛いだろう」
とはいえ、この村娘の考えていることくらいは分かる。そういう点ではまだ人間なのかもしれないが。まあ、ここは強制するくらいの方がいいだろう。許可という形で渡されるとーーさすがに踏ん切りがつかないから。
「……ひ! は、はい」
飲み干して、傷が治ったことに目をぱちくりとさせる。そして、それを見たことで村人たちが出てくる。目を向けられた男が嫌々前に出てくる。
「あの……助けてくれた、んですよね?」
疑問形だが、まあそりゃそうだろう。アンデッドはまだ消えていないし、それが村人の死体から作られたとなればなおさら。
「そうなるかな。目障りだっただけだ、気にするな」
この男は村長なのだろう。押し付けられるように前に出てきたのだから、間違いない。老いていることだし。
「い、いえ。気にするなと申されましても。あの、あなたたちは冒険者チームの方ですか?」
格好は一目で同じ所属だとわかるものだ。しかも、かっこいい。SS服、民衆を扇動することにかけては天才的な男が作らせた軍服なのだ。こんな、田舎村にとっては東京すげーなんてレベルではない。
「近いものではあるかもな」
「そ、それなら報酬目当てで?」
「……そうだな、その方がいいか」
「へ? あ、ああーーそれなら、少しお待ちください。今、村にある資金をかき集めてきます」
「ああ、よろしく頼む」
駆けていく村長を見る。危険はなさそうだ。波旬の細胞でもないんじゃないかな……? この藤井連はそんなのに会ったことはないが。
「で、どうするつもりなのかしら。藤井君」
「螢か。あそこでベアトリスと一緒に遊んでいてもいいぞ」
「アレに加わる気にはなれないわね。というか、さっそく仲が良くなってるみたいだけど精神年齢が近いのかしら」
むしろ、ベアトリスが遊んでもらっているといった感じだ。あの子、ベアトリスが救った彼女は子供にあるまじき微妙な表情をしている。
「それでだ、戒。どう思う? また来るか、あいつらは」
「そうだね、後ろ盾がいる。国と言っていたから、たかだか数十人死んだくらいで怖気づいたりはしないだろう。起きたことを確かめるために軍を派遣するんじゃないかな」
「だろうな」
とはいえ、どうするか。まあ、ベアトリスが救いたいと言うならば協力してやってもいい。……いいのだが、さすがに情報が先か。
「おい、ええと……」
「あ、エンリです」
「ネムだよ」
「こら、ネム」
何ともほほえましいやり取りだ。
「くれてやる。ゴブリン将軍の角笛という。吹けば言うことを聞くゴブリンが現れるはずだ」
しょせんはゴミアイテム。特に考えもなく渡した。彼女のことはこれでいい。でだ、とりあえずは仕方ないから村長を騙くらかして常識を教えてもらおう。
「それと……村長、どうだ?」
「あ……あの貴重なアイテムまでいただいてしまって……」
「大して貴重でもない。気にするな。それで」
「は。あの、銅貨3000枚程度しか集まりませんでした。あの、少ないとは思いますがそれが限界なのです。こんな村では貨幣自体が貴重でして……」
何やら言い訳めいたことを言っているが、もちろん相場など知るはずもない。まあ、この言い分では相場より安いのだろうとは思うが。
「まあ、それについてはそれでいい。いや、そっちについても必要ない。情報が欲しい」
「……は? 情報、などと言いましてもこんな田舎村では冒険者様のお役に立てるような情報などありませんが」
確かに一般常識を教えろと言われて戸惑わない奴はいないだろうし、それを報酬などと言われても不審に思うだけだろう。隠せと言ったところで、諜報の心得がある人間に隠しきれるとは思えない。ならば、不審に思われないような題目を用意すればいい。
「貴方はそう思うのだろうし、実際に聞く9割がた以上には意味がない。情報とはすり合わせるものだ。間違っていたところで恥ずかしいことではないし、それにこそ意味がある。わざと間違えたところで、そこから推測できる背景があるのだ。情報戦というものの基本だよ。1%でいい、陥穽を見つけることが重要なのだ」
あなたに嘘をついてほしいとは思わないが、と言い足す。探偵ものでよくあるアレだ。相手に何か答えさせて、それ犯人にしかわからないことですよね? つまりあなたが犯人だと言うアレ。それを軍事っぽい言い方にした。
「は、はあ。何を言っているのかわかりませんが、あのーーつまりは私の知っていることを話せばよろしいので?」
「そうだ、子供でも知っているような話や噂もな。全てだ。面倒だろうが付き合ってもらう。報酬として受け取る以上はきっちりと責を果たしてもらおう。金については復興に必要だろう? 俺ははした金など要らん」
「はい。では、こちらで話を」
よし、騙くらかせた。煙に巻いたとも言うがーーこれで村長はこちらに深い背景を推測するだろう。そんなものないのに。だから、単に常識知らずという真実には絶対にたどり着けない。
……少し開けたところに立っている、他よりはマシ程度の物件に通されて話を聞いた。
当然、色々なことがわかった。戒からあの兵は帝国兵に偽装した法国兵ということは聞いていた。黒粉のことはしらなかったようだが、まあ響きからして麻薬の類だろう。火薬というのは文明レベルから見て考えづらい。
地図と合わせ、導き出されるのは王国は法国と帝国から狙われている。いや、法国は表立って活動する気はないようだ。とはいえ、滅ぼそうと思っていることは確実だろう。知ることができたのは法国、帝国、そして王国。他の国のことも知りたいものだが。
村長の知っていることはさして多くない。すべて話せと言われても歯抜けは多くある。論理的に考えるという教育を受けていない。だから話は飛び飛びで、要領を得なかった。
「……なるほど、そういうことか。それで」
と、いうわけで最後に意味ありげにうなづいておく。勝手に深読みさせておけばいいだろうーーどうせ真実には届かない。
「藤井君、他の兵が来たようだ」
戒に言われ、外へ出る。
「ああ、俺も確認した。装備が不ぞろいだな、非正規軍か?」
「いや、行進は揃っている。おそらく寄せ集めではなく、揃って訓練を受けた者たちだ。軍人、もしくは訓練されたゲリラ兵の可能性が高い。どうする?」
「とりあえず、話を聞くしかないだろう。ここで見捨てるのは目覚めが悪い」
「わかった。……バビロンは」
「彼女についてはここにいてもらう。なぜかデス・ナイトが消えないようだしな。お前は帰るか? あのレベルなら俺一人でも十分だ」
「いや、ここにいさせてもらうよ。ベアトリスも彼女たちと仲良くなったようだしね」
「……では、村長。村人を非難させてくれ。あなたと俺、そして戒で出迎えるとしよう」
「は、はい」
そして、彼が来た。馬に乗った、か弱い人間たち。とはいえ、他より頭一つ抜けていると近くできるくらいには強い。……警戒には足りない。
「俺は王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフという者だ。横にいる二人は何者か聞きたい」
「俺の名は藤井連」
「僕は櫻井戒という。ここに来た要件は?」
「帝国の騎士が村人を襲っているという通報を受けてここに来た。もしや、お二人は村を助けてくれたのだろうか」
「そうなるな。彼らが狙われる理由に心当たりは?」
襲っていた彼らは黒粉生産拠点とでも思っていたようだが、それならば村人が知らないのはおかしい。で、あるならば王国そのものを潰そうとする理由はそれに違いなく、襲撃の狙いは別だ。例えば、目の前の人物。事件の後にすぐここに来て、関係ないなんてありえない。
「あなた方にないとなると、私でしょう。帝国とは戦争をしていますから、戦力を削る目的があったのかと。私は、恥ずかしながら私王国最強などという称号をいただいておりまして。王国兵の士気を下げるのなら順当な手段かと考えます」
「それはどうかな? あなたを狙うならもっとやり方があると思うが。そもそもこれから統治する民を焼くなど、その鮮血帝とやらは賢くないのかな。極論、毒でも盛れるならそれが一番だろう。それに、紋章など好きに入れられることだしな」
「……では、この者らは帝国兵ではないと? 失礼だが、捕虜は」
「全員殺した。残っていない。死体を持っていくか?」
「すみませんが、1つか2つ鎧を持っていかせてもらいたい。最初に見せていただいても?」
「ああ、戒」
放って投げた死体を部下が確認する。首から上がないだけのきれいな死体だ。
「確かに、この者らが帝国兵かはともかく訓練を受けたもので、村々を襲っていた者たちに違いないようだ」
ガゼフは部下の確認を聞いて馬から降りる。
「ありがとう、君たちのおかげでこの村は救われた。何もできず心苦しい限りだが、賛辞を受け取ってほしい」
深く礼をした。部下がざわめく。王国とはこういうことをしないところなのだろう。そういう雰囲気は村長の話からも見て取れた。傲慢な貴族とは失笑物のテンプレートだが。
「気にするな、成り行きだ」
「それでも。俺にはできないことをやってくれた。あなたたちのような方がいれば王国は安泰なのだが」
「やめてくれ、俺たちはそういうのじゃない」
「失礼した。村長、私たちは少し休ませていただいてもよろしいでしょうか」
「へ……はあ、あの」
「ああ、そうした方がいい。村長、可能なら何か出してやれ」
「わかりました。その、水や焼け残った干し果物くらいしかありませんが」
「あなた方の貴重な食料を奪う気はありません。申し訳ないが、休む場所と水だけいただけないでしょうか」
「それなら、ええと家内に案内させますので」
そして、悲鳴。屈強な騎士の野太い悲鳴が連続する。
「何事だ!?」
「ア、アンデッドが村に多数!」
「なんだとォ」
「心配なさらず。あれはリザが支配している」
「……は?」
あの数を? そんなことがーーいや、もしかして。
「もしや、あなた方はズーラーノーンの手の者か!?」
「いいや、違う」
「……そうですか、それは失礼した」
おい、武器を収めろと部下を宥めに行く。村人と一緒にいる以上危険はないのだろう。……そして、本能が訴えている。アレと戦ってはならない。例え1対1でも決死の覚悟をしなければ届かない相手であると。
「やはり、アンデッドは警戒するか」
「はい。そもそも魔法詠唱者の方がアンデッドを支配するなど聞いたこともない話で」
「特に強いわけでもないのだがなーー」
「いや、失礼した。部下が先走ってしまい……」
とは言うが、警戒は消しきれていない。ガゼフもまた自分が柄に手をかけていることに気づいていないほど緊張している。
「問題ない。村人たちが望むなら消してもいいが」
「それは。あの方に負担がかかるというのであれば、私どもの方でどうこう言うものでもないのですが。……今は」
「姿かたちは同じ。けれど、アンデッドはアンデッドか」
そう、設定のためか外見は生前と同じだ。村人の外装データをアンデッドに実装したようなちぐはぐさ。ステを見てみると普通にデス・ナイトであるのだが。
「なら、そのままにしておこう」
その方がリザも喜ぶだろう。
「……」
ガゼフは注意深く二人をうかがう。相手は五人、この二人がリーダー格ということなのだろうか。だが、見る限りそう強そうには思えない。特に横の青年などは押せば倒れそうに見える。
もっとも、蓮に関しては単に戦術論が異次元なだけだ。超高速移動と転移を利用した首狩り戦術など、この世界にない。けれど、戒に至ってはそう振舞っているだけのこと。実力が下に見られるためには、格上でなくてはならないのだ。同じ剣を扱う者であれば、無意識のしぐさからおおよその実力は見抜けるから。
「ーーあの術者」
だから、注目は魔法詠唱者の方になる。そう、こちらは強そうだ。普通に格闘術もナイフの扱いも修めている。とても、分かりやすい実力者だ。だが、体術ができるのに加えてネクロマンサーなどとふざけている。どれだけ強いのだ、あの存在は。
「あまり女の人をじろじろと見るものではありませんよ。もしかして、惚れちゃいました?」
気付いたら近づかれていた。金髪の若い女。間合いまで近い、ここまで接近を許すとは。それに、この立ち居振る舞い……強いあのネクロマンサーよりも。ああ、駄目だ。湧き上がるものを無視しようと努める。この想いは不謹慎だ。ただのわがままでしかない。それは分かっているが。
「あなたは?」
「ベアトリス・キルヒアイゼンと申します。あまりこういうことは言いたくありませんが、あの人はやめておいた方がいいですよ? 経験が違いすぎます」
「いや、彼女に惚れたということではないんだ。むしろ、あなたに興味がわいた」
「あら? 私ですか。私はだめですよ、心に決めた人がいますから」
不敵に笑う。子犬のような笑顔だが、向けられた方としてはー蛇に睨まれたカエルの心地だ。なまじ強さを感じられる分だけ恐怖が掻き立てられる。
「それはなんとも羨ましい。だが、そういうことではない。不躾だが、お願いを聞いてもらえないだろうか」
けれど、その恐怖が心地よい。武人とはそういう者、強い奴と戦いたいと常日頃から心を焦がしている。
「うん? スリーサイズは教えてあげませんよ」
ガゼフはそれを万感の思いとともに吐き出す。
「私と、模擬戦をしてほしい」
今、マリィを登場させる方法を考えています。彼らの目的を考えるにしても天魔だということ考えたら殲滅に動きそうな。マリィ復活という目標ができたらちょうどいいんですよね。
設定的にはギロチンに100万の命を捧げるとかでもいいような気はしますが、水銀や黄金はそれで良くても黄昏はそれで復活してほしくないというジレンマ。
ロリマリィ登場させて幼女とロリの間で揺れ動く主人公を書きたい。螢は外見クールビューティだけど……精神年齢ロリだからロリ枠で。他二人は普通にロリ枠でいいし。
ちょっと解説
リザが騎士たちを始末した後、カルネ村の人を襲わなかったのは櫻井一家が子供を連れているのを察知していたためです。リザは仲間がよしと判断したなら、自分の判断は棚上げにして他の人に回しそう。今回は殲滅指令を受けていなかったための判断保留です。
あとベアトリスと遊んでいた時の心情。
エンリ(機嫌を損ねたら殺される……!)
ネム(金髪のお姉ちゃんおもしろーい)