言わずと知れたD M M O R P G、ユグドラシル<Yggdrasil>、日本で大人気を博したそれが今日終わる。先駆けというのはそれだけで意味を持つが、しかし時間を経れば陳腐化は免れない。ただのありふれたものの一つとして埋もれるのだ。
……もっと綺麗なグラフィックを。
……もっと素早い反応を。
……もっと未知を。
新しいゲームが発売され、そちらに人が流れていくのは必然でさえあった。それゆえ人が減り、人が減ったということは収益も減り、ついにはサービス終了の憂き目にさえあってしまった。
「……まあ、来ねえわな」
そう呟いたのはギルド『夜都賀波岐inグラズヘイム』の主、著作権が切れたのをいいことに過去の作品の主人公そのままの名前、グラを使用してプレイしている男である。
「そりゃま、他のゲームの方が再現度高くなるだろうし? 大体過疎化してるゲームは面白くもなんともねえだろうさ。けど、メール送ったんだから最終日くらい来てもいいじゃねえか」
言っているのは藤井連そのままのグラであるが、口調はむしろそいつの親友である遊佐司狼に近い。なりきりプレイというのもあるが、一人でやっても面白くないだろう。だからこれは男本来の口調といえる。
「ま、いいや。どうせもう残りは5分だ。せっかくだから玉座に行くか」
ここは神咒神威神楽というエロゲに出てくる敵役『夜都賀波岐』をイメージしたギルドである。そこには詳しい見取りがないどころか、そもそも人間が住めるようなところではない。首魁、天魔・夜刀による軍勢変性により神となった者たち。
……神々の居城といえば聞こえはいいが、実態は死にかけを時間停止で無限に引き延ばしているだけ。生理などというのは存在するはずがないだろう。神にもないだろうが。というか、普段は眠りについているのに近くて、外敵が己の領域『黄昏』に入ってきたときのみ目覚めるような存在だ。ただ空間があるだけの場所だとしても不思議はない。
だから、ここは円卓ーー前作のdies iraeに出てきた聖槍13騎士団の居城を模した場所。
「
時を止めた。ワールドアイテム、
実のところ、強いかどうかといわれると微妙である。単に自分がロールしているだけで本質的にはユグドラシルとは全く関係がないのだ。そもそも使用にも詠唱は関係なく、ショートカットキーを押しただけだ。
藤井連の能力の本領である加速の効果は全くない。当たり前だ、それをしたければ別の魔法が要る。
「しかも、別に本当に時を止められるはずもない。ユグドラシル終了までの時間を引き延ばすことなどできるわけがないのになーー」
思い出を回想する。昔は面白かった。懐古的な意味ではなく、単に強力なイベントボスを協力して倒すのが楽しかった。あの時は仲間がいた。
ああ、特に”黄金”が人気があって一時期同じ顔が3人あった。しかも、名前欄のところも”か””かそれとも何もないかで、本当に区別しずらくてーーしかも物理攻撃特化、範囲攻撃特化、魔法攻撃特化とガチビルドではあってもそれぞれ違ったものだから、勘違いしやすくて。ああ
「ウィルヘルム、黄金を敬愛するお前が見間違えてどうするよ。違う方に回復アイテム投げて、その隙に落ちて……あの時は本当に大変だったな」
まあ、敬愛とかそういうのは設定だ。キャラを被ることもあれば、素で話すこともあった。楽しかった。
ただーー今思えば、俺が続けていたのは幸運だったから、それだけな気もする。単純に超レアアイテムを手に入れて俺tueeeして、いやガチ勢には普通に負けまくったけど。ワールドアイテムなんて貴重なものを手に入れられた、他のゲームではそんな幸運には恵まれなかった。
こいつほど熱心に遊んだゲームがほかにないから、という試行回数の問題かもしれない。本当にこのゲームそのものに愛着があったのかは疑問だ。それでも
「終わるのは悲しいな」
残り10秒。皆で一生懸命作ったNPCたちを見回る時間はない。スクショを取ってあるから、そちらで見ればいいとしても。ああ、そうだ。せっかくなら、あのセリフで締めようか。最後だけでもなりきってみよう。
「時間が止まればいいと思っていた」
「今が永遠に続けばいいと思っていた」
「この日常が終わってほしくない」
「この瞬間を引き伸ばしたい」
「いつか終わると分かっていても――」
「じゃあ終わってしまえばいいなんて、思うわけがないだろう」
目を閉じて。
プロローグは結構適当です。