「ふ~~ん……じゃあ界人くんは、水戸ちゃんに優しくされたのに浮かれて、気持ちの高ぶりに任せ、愛してるぜ!なんてことを言ったと……手を包み込むように握ったと。そしてそれが無意識だったのか覚えていないと?」
あれから、高原先輩と水戸を落ち着かせ、先輩には何故こんなことになっていたのかを説明する為に、水戸には与えた誤解を解くために、それぞれに事情を話した。
「なんか言い方に、すごく棘があるような気がしますが……まぁ、そうな感じです……」
「ふ~~ん……界人くんは、水戸ちゃんを愛してるんだね!」
「……ご、誤解……わ、私の誤解……愛してるって言うのも嘘……という事は、…結婚、なし……あは、あはは………」
「先輩、だからそれは誤解だと言っているじゃないですか。水戸……嫌だったよな、俺にそんなこと言われて……すまん、まじで謝るからそろそろ現実に戻ってきてくれ……」
時刻は12時50分過ぎ。あれから約10分という時間を使い、二人に誤解を解くため説明した。
俺が説明をした瞬間、水戸は先程とは打って変わって、全身の力が抜けたように座り、活力のない目で天井を見上げ、何かを小さな声でボソボソと呟いている。
先輩は、影が指した暗く怖い笑みは消えてなくなったが、なぜか怒っていた。
「ねぇ、界人くん!界人くんは水戸ちゃんを愛してるんだね!私という人がいるのに!!」
「ご、誤解……あはは…あはははは……」
「ハァ~……」
先輩も水戸も俺の言葉には耳も貸すことなく、いつも通りに戻ってくれない。
俺は溜息をつきながら天井を見上げる……そして、俺はまた現実逃避をする。
説明が終わってから、常にこの状況なのだ……俺が悪いのは分かっているのだが、少し気が滅入る……
こんな事になるのなら、もう、無意識や何も考えずにモノを言うのを止めようと心の中で………誓いたいのだが、これまでもこれを何回も誓ったことがある。つまり、誓ったところで治らないのだろう。
上手くこの性格とは付き合っていかないと、いけないのだろうが………自分の、この考えなしに言葉を発したり、無意識で変なことを言ったり、行動したりする性格には本当に嫌気がさす……
「……お~い、界人。そろそろ実技の準備しねーと遅れるぜ?」
天井を見ることで現実逃避をしていると、御子柴の言葉によって、現実に引き戻される。
「ハッ!?今何時だ!?」
「12時55分だけど……」
「やばいじゃねぇか!!」
気がつけばそんな時間になっていたようだ。このままだと本当に実技に遅れてしまう。
「よし!じゃあ行くか!遅れるのはいけないことだからな!」
「変わり身早すぎだろ……」
俺は、御子柴が与えてくれた、この場から逃げ……この状況を打破できる、このチャンスに乗るため、いつもは言わないことを口にしながら、勢いよく立ち上がり食堂から出ようと歩き出す。
「ちょっ、ちょっと界人くん!まだ話は終わってないよ!」
「すみません。もう時間が無いので、俺たちは行きますね!先輩も午後の授業に遅れないように気をつけてください!では!!御子柴、行こ!…………ほら行くぞ水戸!」
「お、おい!界人、待てよ!」
「ふぇっ!?」
先輩は、食堂から出ようと歩き出した俺を呼び止めようとしたが、俺は先輩の言葉を軽く流しながら、とりあえずここから逃げ……午後の授業の実技に遅れないようにするため、御子柴に行くぞ、と声をかける。そして未だ、力なく座り、活力のない目で天井を見上げながらボソボソと小さな声で呟いていた水戸の手を取る。その時に水戸はなんとも情けない変な声を上げていたが、気にすることなく走り出す。
「ちょっと!界人くん!まだ話終わってないのに!……あ、それに、まだ聞きたいこともっ……」
「すみません!それはまた後日という事で!ほら、水戸。しっかり走れ!遅れるぞ!」
「ま、待って!ちょっと待ってよ!引っ張らないで!走る、走るから…恥ずかしいから、手を握らないでー!」
「……何言ってんだよ、そんなこと言ってないで早く行くぞ、ほんとに遅れる。」
「もう!界人くんのバカァァァ!スケコマシーー!!」
「………………」
後ろから先輩が何かを言いかけていたが、俺はそれを、後日、という言葉で遮り、水戸の手を引きながら走りその場をあとにした。
手を引っ張られている水戸が、途中で変なことを言っていたが、本当にこのままだと実技の時間に遅れてしまうため、構わず走り続ける。
水戸はそんな俺に対し、怒ったのか、顔を真っ赤にしながら大声で叫ぶ。
なぜそんなに顔を赤くして怒っているのだろうか?やはり俺に手を握られるのそんなに嫌だったのだろうか……
もちろん手は食堂を出たあと、少ししてすぐに離した。
(……っていうか、バカってなんだよ……スケコマシってなんだよ……俺今、悪いことしてたか!?)
水戸に怒られながら言われたことに対して、俺は走りながら心でそう叫んだ……目に溜まってきているのはきっと汗だ…涙なんかじゃない………そう心に言い聞かせながら……
「クラス代表を辞退したい、だったな?」
「……えっと……は、はい」
実技の授業が終わり、今は放課後。そして今俺がいる場所は職員室。
目の前にいるのはもちろん担任の先生だ。
「どういう事だ?私が水戸や御子柴から聞いた限りでは、お前は自分から出たいと言っていた、という事だったが?」
「あ、えっと……その……」
「はっきり言え!」
「………えっと……」
結局、あれからクラス対抗戦に出たくないという、俺の意見は変わることなかったので、実技が終わりすぐに職員室来て、クラス担任に相談に来たというわけだ。
水戸と御子柴は近くの廊下で待ってもらっている。
あれから御子柴は実技の間でも、実技が終わっても、ずっと謝り続けてくれていた。水戸も、通常運転に戻ってから御子柴と同じように謝ってくれた。
最初は、自分たちが悪いのだから、一緒に先生に相談してくれると申し出てくれたのだが、結局は俺自身のことなのだから、それは大丈夫だと断った。
そして、今先生にクラス対抗戦の代表を辞退したいと相談しに来た……約20分ほど前に……
そう、20分ほど前からずっと俺はここに立ちっぱなしでいて、話が進んでいないのだ。
まぁそれは俺が
なぜ坂本先生が、口籠もる原因になっているのか……怖いのだ。ただただ怖い。
「おい、八神!クラス対抗戦の代表を辞退したい理由をさっさと話せ!私もこう見えて暇ではない!」
------ドンッ
「ひゃい……ゴホン…はい……」
先生が机を殴った音でビックリしたのと、その先生が怖すぎて、変な返事をしてしまった。
顔立ちや髪の艶、胸やクビレや足や、そういう所だけを見れば確かにすごく女性らしく、すごく綺麗な人だと思う。だが、このように、坂本先生は女性のはずなのに、態度や言葉遣いからその女性らしら、というものが出ていないのだ。
そのギャップの差がいいのかもしれないが、今俺はそんなことを思えない。思えないほど目の前にいる女性は怖い……
とりあえず、早くここから立ち去りたい。その為には、俺がクラス対抗戦の代表を辞退したい理由をさっさと述べないといけない。
これを言えば、機嫌を悪くさせてしまい、余計に怒られそうな気もするが、早くここから立ち去りたいのであれば、背に腹はかえれない。
(覚悟を決めろ!俺)
どうでもよく、しょうもない覚悟を決めた俺は、気合を入れて言葉を口にしていく。
「えっと、ですね……俺は、最弱者のEランクです。なので、クラス対抗戦の代表は荷が重いかなと思いまして……辞退したいなと……」
「最弱者のEランクだからどうした?」
「えっ?」
まさか、「だからどうした?」と返ってくるとは思わなかったので、ビックリしてしまう。
「八神はAランクの水戸に勝ったではないか。充分強い!最弱じゃない。ランクで言えば最弱者かも知れないが、お前は強い。その時点で私は代表たるものの資格があると思うがな。」
掲示板を見た時に、水戸や御子柴にも言われたが、やはりそうなるのだろう……
先生にそう言ってもらえ、認めてもらっているのは、正直すごくありがたいし嬉しい。しかし、掲示板の時にも思ったし、水戸や御子柴にも言ったのだが、俺は強くなんてない。弱いとは思っていないが、強くはないのだ。
「先生……そう言ってもらえるのは、すごくありがたいし、嬉しいです……でも、俺は強くなんてないですよ……代表の資格もありません。」
「そうは言うがな……実際……」
「それに、俺はEランクです。それは事実なんです。俺がEランクだという、事実はもう学年全体に知れ渡っています。俺のクラスの人達は俺と水戸の試合を見ているから、俺が代表でも納得はできるかもしれません。でもほかのクラスの人達は、代表者立ちはどう感じると思います?Eランクの最弱者が出しゃばるな、そう思うはずです。確かに俺がAランクに勝ったというのはもう噂で出回っています。でも、それはまだ噂なんですよ。4月の時もそれを確かめるためにクラスに乗り込んでくる奴らが沢山いました。水戸と御子柴がなんとか抑え込んでくれてからは、無くなっていましたが……そんな事があったんですよ。それが次は、学年一位のクラスを決め、その上、夏休み後にある学園対抗戦の代表者に選ばれるかもしれないというチャンスがある。この大事なクラス対抗戦の代表者に、噂されていたEランクが出しゃばる。そうなれば、その時の比にならないくらいクラスのみんなに、水戸や御子柴に迷惑をかけてしまいます。それは……俺が嫌なんですよ……それだけは、俺の所為で迷惑をかけるのは、何としても止めたいんです。だから、辞退させてください……お願いします……すみません、長々と……」
俺は、自分の気持ちを、今思っていることを、クラス対抗戦の代表を辞退したい本当の理由を、真剣な顔で、声で、態度で、先生に述べていく。俺のこの想いが先生に届くように、先生に示せるように、真剣に……そして、最後の最後にしっかりと頭を下げる。
「そうか……」
先生は俺が言い終わったあと、低い声でそれだけ述べる。
先生は今どんな顔をしているのだろう。呆れているだろうか、怒っているだろうか……頭を下げているのは顔は見えないが、声のトーンからして、いい気分で、笑顔という訳ではなさそうだ。まぁ当たり前だが……
「分かった……お前の辞退を受理しよう。私は結構期待していたのだがな。お前自身がそこまで考えて辞退したいと言いに来たのだから、こちらも受け入れるしかないだろう。」
「あ、ありがとう……ございます」
まさか、ここまですんなりと受理してくれるとは思っていなかったためビックリしてしまう。それに、先生は、呆れたり、怒った様な顔ではなく、優しい笑みを顔に浮かべていたのだ。
「なに自分で申し込んでおいて、驚いているんだ?まぁ受理はしたが、私はまだ諦めてはいないからな。」
「そ、それはどういう……」
「なに、対抗戦自体は来週から始まるが、一年生の対抗戦は6月後半だ。だからまだ時間はある。もし、代表に戻りたいという事があれば言いに来い。」
先生はすごくいい笑顔で、そう俺に告げてくる。こう笑顔を見ると、やはり綺麗な女性だなと思う。ずっとそうしていればいいのに……
「何か、失礼な事を考えたか?」
「い、いえ!……えっと、俺が自分で、代表に戻りたいと言いに来るようなことはないと思いますが……まぁ、その、ありがとうございます。」
「そうか?八神は対抗戦が始まるまでに、私のところに代表に戻して欲しいと言いに来る、誰かを護るために……私はそんな予感がするのだが……まぁ良い!とりあえず、それまでは水戸をクラスの代表者としておこう。」
「あ、ありがとうございます……では」
(どんな予感だよ……)
先生の予感とやらに対し、そうなことを心の中で思ったが、それは口には出さず、頭を下げお礼を言い、職員室を出るために先生に背を向け出口に向け歩き出す。
「失礼しました」
「八神……お前は、ほんと似ているよ。優しいのだな。」
「?」
そして、俺が出口のドアの前でもう一度職員室の、正確には坂本先生の方へと振り返り、お辞儀をしてから職員室を出て、ドアを閉めようとすると、坂本先生は俺によく分からないことを笑顔で告げてくる。
突然そんな事を言われたため、俺は先生に問い返すことが出来ないまま、ドアを閉めることとなった。
「どういう事だ??」
閉めたドアの前で呟くがもちろん、中にいる先生に聞こえるはずもないし、そんなことを呟いたところで、分からないものは分からない。
「…………まぁいいか…」
「お、界人。長かったな、心配したぞ!それで、どうだった?」
「か、界人くん。大丈夫だった?」
俺は考えるのをやめ、水戸と御子柴がいるところへ向かうため歩き出し、廊下の角を曲がる。
すると、曲がって少ししたところに二人の姿が見える。二人は俺を見つけた途端、心配そうな顔をしながら近づいてくる。
どうやら、俺がなかなか職員室から出てこないのが心配だったようだ。
そこまで心配しなくても、大丈夫だと思うのだが、まぁ心配かけたというのなら謝るのが、礼儀というものだろう。親しき仲にも礼儀あり、という言葉にもあるぐらいだ。
「そこまで心配しなくても……まぁ、ありがとさん、大丈夫だったよ。あと、代表者は水戸ってことにするらしい。」
俺はお礼を言ったあと、水戸と御子柴に、水戸がクラス対抗戦の代表になったという、結末だけを簡潔に述べた。
「そう……私が代表者か……大丈夫かな?」
「大丈夫だって水菜さん!水菜さんも、すっげぇ強いんだからさ!」
「でも……」
俺が結果を述べると、水戸は少し顔が暗くなる。御子柴がすぐにフォローを入れていたが、水戸の顔はまだ晴れない。
……………………
「ふぇっ、か、界人くん!?」
「まぁ、そのなんだ……こうなったのは俺の所為でもあるからな。なにか手伝えることがあれば言え。その……できる限り力になる。」
やはり、水戸の暗い顔は見たくない。見ていると俺まで暗くなってしまう。だから、俺はなんとか元気づけようと、水戸の頭を撫でながら、なんとか言葉を紡ぎ出していく。今回の頭を撫でるという行動は別に無意識という訳では無い。前に凛から、女性は落ち込んでいる時に頭を撫でてもらうと元気が出ると聞いたことがあるからだ。
「か、界人くん……うん……お願いね。あと、ありがとう」
「おう」
最初は水戸も俺に頭に撫でられていることに驚いて、慌てていたが、俺の顔を見たあと、すぐに顔を赤くしながらも笑顔になる。
……どうやら、元気づけられたようだ。
(やっぱり笑顔がいいよ、水戸は……)
「じゃあ、帰るか!」
「うん!」
「おう!……あ、そうだ!界人俺にも水菜さんのように修行つけてくれよ!」
「…………考えておく……」
「なんだよそれ!…………ハハッ、ハハハハハハッ」
「アハハハハハハ」
「……何笑ってんだよ、二人とも……行くぞ……」
「あ、ちょっと待てよ、界人!」
「待ってよ、界人くん!」
この時、俺が二人の笑顔を見て、この二人を、二人の笑顔をずっと護っていけたら、なんて思っていたことは、水戸と御子柴の二人には内緒だ。
捻くれ者の最弱最強譚#27
いかがでしたでしょうか。
これからも頑張りますので、よろしくお願いします。
温かい目で見守ってくださるとありがたいです!