捻くれ者の最弱最強譚   作:浦谷一人

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番外編 第一章の水戸視点#3
今回は捻くれ者の最弱最強譚#7~10までです。
では、どうぞ!


第一章の水戸視点#3

 

 あのあと、私はなんとか震える体と溢れ出す涙を抑え、今は5限目の実技のために体操服に着替え、闘技場へと移動していた。

 私の歩いている少し前には八神くんと御子柴くんがいる。

 私は今どんな顔でその二人を見ているのだろうか。それすらも分からない。

 どうしたら証明できるだろう。力だすべてだと、ランクがすべてだと。どうしたら証明できる?

 そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか闘技場の中にいて、周りは何故か大きな声を上げていた。

 今から実技だからはしゃいでいるのだろうか。

「うるさい……」

 まぁ、約100人もの生徒が声を一斉に上げているのだろうから、うるさくないわけがないと思うが……

 はしゃぎたい気持ちは分からないでもない。でもこれ少し度が過ぎる。

「うるさいぞ!静かにしろ!」

 流石にうるさすぎたのだろう、それとも先生の我慢が限界だったのか、先生の叱責が飛ぶ。

 そうすると、先程までうるさかった生徒全員が一瞬で静かになる。

 

 周りが静かになったのを確認すると先生は声を上げ、今から行うことを説明し始める。

「まず、実技の授業を始める前にランクごとに分かれてもらう。ランクは入学式前に記録したものだ。ランク評価は一ヶ月に一回行い、その都度ランクが変わればまたランク分けをして、というふうにしていく。ランクの分ける意味だが、ここに先生が5名おられる。この先生方にそれぞれのランクについて貰う。一人は監視役だ。つまり、そのランクごとに先生が一人存在するので、ランクに応じた授業を行ってもらうことになっている。それではランクを言っていく。言われたものはそれぞれのランクに分かれるように。場所は書いてある。では、Dランクから…………」

 説明を言い終わったあと、早速、先生はランク分けをするため、Dランクの生徒から順に読んでいく。

 私にとって、他の生徒なんてどうでもいい。

 私と、八神くんのランクさえわかれば……それで、証明ができる。

 私のランクが一つでも八神くんより上ならば、私と八神くんが試合をすることによって、ランクがすべてだと、力がすべてだと証明することが出来る。

 

「Cランクは以上だ。次、Bランク!」

 それほど時間もかかることなく、もうCランクまで呼び終わっている。

 今この時点で約90人もの生徒が呼ばれている。もちろん私はまだ呼ばれていない。自分でも、B、Aランクはあるくらい強い方だという自負はある。

 周りを見てみると、御子柴くんと八神くんもまだ呼ばれていなかった。

 

「最後だ、御子柴陽!」

 Bランクの最後に御子柴くんが呼ばれる。最後ということは、まだ呼ばれていない私はAランクということだ。

(よしっ!)

 表には出ていないが、内心とても嬉しい。

「次はAランクだが、まさかこのクラスにAランクがいるとはな。ではAランク、水戸水菜」

「はい!」

 私ははそう呼ばれると、一瞬だけ周りを見渡す。すると、私の他にもう一人残っている人がいた。

 驚いた。まさか、八神くんもAランクだったとは。

 これでは、私のやり方では、私の考えが正しいと証明することが出来ない。

 でも何故だろう……内心のどこかでは嬉しさもあった。

「以上だ!」

 しかし、私の気持ちを裏切るかのように、先生は八神くんの名前を呼ぶことなく、切り上げる。

 

 この歳からSランクというのはありえない。つまり……残されるのは……

「最後に残った八神界人。私はお前がなぜこの学校に入れたのかこのランク表を見た時不思議で仕方がなかったぞ。八神界人。お前はこの世界でたった一人の」

 この世界で誰一人としていなかった、最弱の……

「Eランクだ」

 Eランク……

 

 

「「「「「「え~~~~!?」」」」」」

 周りが驚いて、声を上げている。

 無理もない。実際私も凄く驚いている。でも、驚きとは別に怒りが湧いてきている。

 私は、なんとかその怒りを抑えながら、御子柴くんに揺らされている

 八神くんの方へと向かう。

「御子柴くん。八神くん死にそうよ。やめてあげた方がいいと思うわよ」

「えっ?!うおっ!ホントだ。ごめん、八神。」

「ゴホッゴホッ……おぇえええ……気持ち悪い……」

「す、すまん。八神……大丈夫か?」

「うっ……ぷ…あぁ、大丈夫だ。ただ、目眩がするだけだ。」

「だ、大丈夫か?ほんとにごめん……」

「お、おう……水戸、ありがとな、止めてくれて」

「…………」

「水戸?えっと……水戸?なんで怒ってるんだ?俺に悪いところがあったなら言ってほしい。悪いことをしたのなら謝る。だから教えてほしい。」

 ダメだ……怒りを抑えようとしても、抑えきれそうにない。

「食堂の時、八神くんは、『俺はランクだけでは強さってのは決められないと思う』っ言ったよね?」

「え?お、おう」

「それは、八神くんがEランクで弱いから言ったの。自分が弱いと思われるのが嫌だから、最弱者だと思われるのが嫌だったからそんなこと言ったの?」

「……え?」

 抑えようとした。でも無理だった。八神くんを前にすると、食堂で言われたことが何度も頭の中で再生される。

 だから私は、怒りを抑えるのをやめ、怒りのままに、言葉を口にしていく。

「ねぇ!どうなの八神くん!もしそうなのだとしたら、私はあなたが許せない!そんな軽い理由で私のしてきたことを、やってきたことを否定されたんだから。無駄だと言われたんだから。」

「水戸……俺はそんなつもりで言ったつもりは無かったんだ。俺はただ、ランクが低くても低い者なりの戦い方があり、強さがあるってことを言いたかった。それだけなんだ。でも、水戸はそうは聞こえなかったんだろう?なら、ぶつかろう。そして分かり合おう。」

「な、何を言って……!」

「水戸……俺と試合をしないか?本気の本気でだ。」

 私が怒り任せに言いたいことを言うと、八神くんは私と試合を、本気の試合をしないかと提案してくる。

 八神くんは、何を言っているのだろうか……そんなのただの無謀だ。

「本気で言ってるの?Eランクの八神くんが、Aランクの私に勝てると、本気でそう思ってるの?」

「あぁ!勝てるかはやってみないと分からないけど、簡単に負けるつもりは無い。それなら、俺の考えが、俺の事が、水戸に少しでも分かってもらえると思ったんだ。」

 その八神くんの言葉を聞いた瞬間、ビックリした。八神くんも私と同じようなことを思っていたんだと……

 そして、目の前にいる八神くんは真剣な目をして私を見ている。

 嘘を言っていないことが、分かる。八神くんは私の考えを証明するためのチャンスをくれている。

 なら、私はどうするか……そんなの決まってる

「いいわよ……やってあげるその試合!そして私が勝って、八神くんに証明するんだ。」

 私が勝って、八神くんに私の考えを証明する!そして、私の考えを、私の事を少しでも分かってもらう。

「ありがとう!」

 私がそう言い、八神くんに背を向けると、後ろから小さな声で、「ありがとう」と聞こえてくる。

(私こそ、ありがとうだよ……八神くん……チャンスをくれて…ぶつかってきてくれて……ありがとう……)

 この時、私はどんな顔をしていただろうか。それは分からない。

 でも、私の中には……本気で、本心で八神くんとぶつかる、そして証明する。という決意しかなかった。

(私が……勝つ!そして、証明するんだ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……保健室、か……そっか私は負けたんだ。」

 目を覚ますと私はベッドに横たわっていた。ここは保健室なんだろう。

 試合の結果は、今私が口にしたように負けた。それはもうコテンパンに……敵わなかった。八神くんはとても強かった。

 私が勝って、私の考えを、私を証明するつもりだった……私が正しいんだって。でも負けた……

 逆に、証明されてしまった。私は間違っていると。

 負けた。私が間違っていると証明された。でも、悪い気は全くしない。むしろ、心はとても清々しい。

「だって……私の今放てる最強の技も打ち砕かれたらね……逆に清々しいよ……」

 私はベッドから体を起こしながら呟く。

 二天水氷龍。私の現時点での最強の技だ。それを最後、手を抜くことなく、全力で放った。でも打ち砕かれ、私は八神くんの技によって吹き飛ばされ負けた。八神くんの技が私の技を上回ったのだ。

「Eランク……最弱なのに、最強……」

 会ってからの八神くんのこと、試合中の八神くんのこと、最後の技のこと、色々なことを思い出しながら、部屋を見渡していく。

 すると、隣のベッドに人の気配が……人が寝ている気配がする。

「誰だろ?」

 何故かわからないが、誰がいるのか凄く気になり、私はベッドから降り、人の気配のする方へとゆっくりと近づいていく。そして、仕切りの役割をしているカーテンをめくる。

 するとそこには……

「八神……くん?」

 ぐっすりと寝ている八神くんの姿があった。

 私に勝ったはずの八神くんがなぜこんなところで寝ているんだろうと、疑問に思う。しかしその答えはすぐにわかる。

「元素枯渇……か……八神くん本当にEランクなんだね」

 八神くんは今、息をしていないのでは?と勘違いしそうなほど、すごく静かで、深い呼吸をしている。これは元素枯渇で倒れた人の特徴だ。

 

「フフッ……可愛い寝顔。」

 最初は自分のベッドへと戻ろうかとも思ったのだが、寝ている八神くんの顔を見ていると、無意識のうちに八神くんの寝ているベッドの横にある椅子に座っていた。

 そして、少しの間寝ている八神くんを見ていると、試合の最後の方に八神くんが真剣な顔で私に言ったことを思い出す。

『今日の放課後、教室に来てくれないか?』

 放課後、教室で何を言うつもりだったのだろうか。もちろん私には分からない。でもすごく大事なことだというのは私にもわかる。

「早く目を覚まさないと、教室の鍵占められちゃうよ……」

 ------ツンツン

 寝ている八神くんの頬を軽くつつきながらそう小さな声で呟く。

「ンッ……ンン…スゥ……」

「フフッ…」

 すごく面白い。私が頬をつつくたび、八神くんはそれに反応する。

 ------ツンツンツンツンツンツン

 私はそれが病みつきになり、笑みを零しながら八神くんの頬をつついていると、八神くんの目がゆっくりと開いていくのが見えた。

 どうやら、お楽しみはここまでのようだ。こんなところ見られると恥ずかしいので、つついていた指を引っ込め、八神くんが起きるのを待つ。

 

 しばらく待っていると、完全に意識が覚醒したのか、八神くんは目をしっかりと開ける。

「………………知らない天井だ……」

 八神くんは目を開け天井を見ると、そんな使い古された言葉を口にする。思わず笑って吹き出しそうになった。

「てか、ほんとにどこだココ?なんで誰もいないの?普通、誰かはいるだろ?……まぁ知らない人に寝顔見られるのは嫌だから別にいいんだけどさ……まぁ、学園の中でベッドがある場所といえば、保健室しかないよな…」

 八神くんはベッドから体を起こし、部屋の中を見渡していく。

(ごめんね……私見ちゃったよ。八神くんの寝顔。)

 そんなことを思いながら、椅子で静かに座って、八神くんが私に気づくのを待つ。

 しかし、八神くんは私のいるところまで部屋を見渡すことなく途中でやめた。

 これでは私が声を出すまで気がついてもらえない。流石にそれは嫌だ。

「やっと起きた?八神くん」

 だから私は八神くんへと声をかける。八神くんを驚かせるため、急に、そして、少し大きな声で声をかけるというイタズラ付きで……

 すると声をかけられた八神くんは、この部屋に自分以外にいたことに、そして急に横から声をかけられたことにビックリしたのか、体を一瞬ビクッと震わせたあと、素早い動きで私の方へと顔を向けてきた。

 どうやらイタズラは成功したようだ。

 八神くんのビックリした顔や、体をビクッと震わせていたことなどに笑いが込み上げてくる。しかし、なんとかそれを抑え、八神くんに声をかける。

「試合で私に勝った八神くんがなんで私より目覚めるのが遅いのよ…」

「水戸……いたのか」

「うん。」

 私は返事をしたあと、一つどうしても、八神くんに言いたいことがあったのを思い出し、椅子から立ち上がり八神くんに近づきながら少し声を荒らげながら言葉にする。

「八神くんの最後の攻撃で吹っ飛ばされたでしょ?その時のダメージで今さっきまで私も寝てたの。ていうか、何なのあの技!出鱈目でたらめ過ぎるでしょ!」

「えっと……なんか、すまん……」

 八神くんは私のその行動を軽く流しながら、最後の技を説明するだろうと言う軽い気持ちで言ったつもりだったのだが、私の考えとは違い、八神くんは本当に申し訳なさそうな顔をして謝ってくる。

「謝らなくていいよ。それで?なんで、八神くんも寝てたの?」

 本当に申し訳なさそうな顔をされた為、私はどうしようかと考えた。そして、なんとか話題を変えるため、元素枯渇で倒れたとは分かっていたが、とっさに思いついた質問をする。

 すると八神くんは、照れくさそうに片手で頭を掻きながら答える。

「ん?あ、あぁ……まぁなんて言うか、最後張り切りすぎてな、体内にある元素のほとんどを使ってしまったから、元素枯渇で気絶した。」

「フフッ……なにそれ……アハハ、あはははは……面白い」

 ただ話題を変えようと質問をしたのに、すごく面白い回答が返ってきたので思わず笑ってしまう。

 心の底から笑った。本当にこんなに心の底から大笑いしたのは久しぶりだ。

 八神くんも私の笑っている姿を見て笑みを零している。

 心の底から笑えているだけで、充分なのに、八神くんの笑顔を見るともっと心がぽかぽかと暖まってくる。

(ホント……君は不思議な人だね……)

 

 少しの間笑い合った後、八神くんは真剣な顔付きになり私の顔を見てくる。

 どうやら、これから真剣な話をするようだ。

「なぁ、水戸」

「ん?なに?」

 だから私も笑顔だった顔を、真剣なものに変え、返事をする。

「試合の最後の時、俺が言ったこと覚えてるか?今その時間をもらってもいいか?」

「……うん。いいよ」

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、お互い向き合い、八神くんはベッドに腰掛け、私は椅子に座っている。

 八神くんと私が向き合ってから約2分ほど経っただろうか。八神くんは緊張しているのかソワソワして、未だ話をしていない。

(切り出しにくいのかな?)

 そう思った私は、なんとか八神くんの緊張を解せるのでは?話しやすくなるのでは?と思い私から話を切り出すことにした。

「……それで?なに?八神くん。」

 すると八神くんは、話を切り出した私の方を一瞬見たあと、決意を固めたのか、真剣な顔で私を見て話し始める。

「えっと、さ……その、水戸と話し合いがしたかったんだ。」

「話し合い?」

「あぁ……話し合い。食堂の時話した事覚えてるか?」

 食堂。その言葉を聞くと、心の中が冷えていくのがわかる。暗くなっていくのが分かる。そして、胸が痛くなってくる。

 今の私はすごく酷い顔をしているだろう。その顔を八神くんに見られないように、私は下を向いたまま静かに頷く。

「あの時、水戸とてもつらそうな顔してた。苦しそうな顔してた。悲しそうな顔してた。……涙、流してた。その時さ、その顔みた時、俺もつらくなった。苦しくなった。悲しくなった。胸が痛くなったんだよ。」

「えっ!?」

 その言葉を聞いた瞬間、私は勢いよく顔を上げ、八神くんの顔を見る。本当に驚いたのだ。

 八神くんは、私が辛そうな顔、苦しそうな顔、悲しそうな顔、そして、涙を流していたところ見みて、自分も辛くなり、苦しくなり、悲しくなり、胸が痛くなったと言った。

 目の前にいる八神くんも今とても辛そうで苦しそうで悲しそうな顔をしている。という事は本当のことなんだろう。

「その時、思ったんだ。ただ一緒にいるだけなのに、こんな気持ちになるのなら、友達なんて、いない方がいいんじゃないか?いらないんじゃないか?って。友達、なんて言っても、結局は仮面のつけたピエロ達の集まりだ。本心を隠し、本性を隠す。そして、信じる、信じてると言って相手を縛り繋ぎ止める。そんな、俺が嫌った世界と同じ、欺瞞に満ちていて、嘘で塗り固められた偽物だ。そう思ってた。いや、今でもそう思っている」

「…………八神くん……」

 八神くんはそう思っているだ……聞いていてそう思った。八神くんは今自分を私に教えてくれている。

 

「でもさ、その時、御子柴が言ったんだよ。それは、世間一般の友達、有象無象の友達だって。だから、俺たちは俺たちの友達を作ればいいって。信じるなんてこと出来なくてもいい。ただ分かり合うことの出来る友達を作ればいいって。」

「……信じる、じゃなくて分かり合う。」

「そう。信じ合うんじゃなく分かり合うっていう歪な形だけど、俺たちだけの友達。…………水戸。俺は水戸ともその友達になりたい。俺が思う本物の友達に」

「わ、私……と?」

 何故だろう。友達というのは、信じ合うというのが普通だろう。それが出来てこそ友達。

 でも八神くんはそうじゃないと言った。信じ合うじゃなくて、分かり合う友達。

(八神くんたちの……私たちだけの友達……)

 違和感はあるはずなのに、スっと胸に入ってくる。

 そして、八神くんは私から目を離さず、もう一度話し出す。

「水戸。水戸は食堂で言ったことは、今でも間違ってないって思ってるんだろ?正しいと思ってるんだろ?」

 今でも、そう思ってる。八神くんに私が間違っていると、証明されてしまったとしても、まだ心のどこかで間違ってないと、正しいんだと抗っている私がいる。だから私は真剣な顔で頷く。

「俺はそう思ってない。その事はもう分かってくれてるよな?」

「うん、試合の時に思ったよ。八神くんは体を使って私に教えてくれてるんだなって。確かに八神くんの言いたいことは分かったよ。私の言ってる事は間違っていて、正しくないって、思っている事が分かった。でも、それでも、私は……」

 八神くんがしたかったのはこういう事だったのだろう。この話し合い、言い合いがしたかったのだろう。何となくそれがわかった。

「分かってるよ。分かってる。水戸は俺の考えを分かっている。俺は水戸の考えをわかっている。それでいいんだよ。水戸は間違っていて、間違っていない。正しいけど、正しくない。そして、俺もそうだ。それでいいんだよ。無理に相手に自分の考えを押し付けることは無い。ただ分かり合えばいい。それが俺が作りたい友達なんだから。俺が水戸となりたい友達なんだから。」

「……八神、くん……」

「確かにまだ水戸については分からないことの方が多い。水戸がなんでそんな考えに至ったのか。なぜあの時水戸はつらそうな顔をしたのか。なぜ、苦しそうな顔をしたのか。なぜ、悲しそうな顔したのか。なぜ、涙を流していたのか。まだ分からないことだらけだ。でも、今はそれでいい。これから先少しづつ今日みたいに水戸のことをわかりたい。そして、水戸にも俺のことを分かってほしい。だから、これからずっと俺は水戸のそばにいる。つらい事があったのなら、話を聞いてやる。苦しいことがあったのなら、その苦しみを一緒に背負ってやる。悲しいことがなったのなら、支えてやる。涙を流した時は一緒に泣いてやる。もし、水戸に何かあった時は俺がそばにいて護ってやる。」

(…君は私を救ってくれるんだね……私の欲しかった言葉を言ってくれる。……ホント君は優しすぎるよ……)

 私は泣いていた。涙を流していた。なんで泣いているのか、涙が流れるのか自分でも分からない。でも、つらくて、苦しくて、悲しくて、泣いてるのではない。

 だって、泣いているのに、涙は流れているのに、すごく心がぽかぽかと暖かい、そして、自然と笑顔が零れてくるのだ。

 

「そうやって、一緒にいて、分かりたい。分かっていきたい。わかって欲しい。だから、水戸……」

「……は、はい……」

「俺と友達になってください!」

「もちろんだよ…八神くん!喜んで!」

 流れている涙がとても暖かい。

(ありがとう。八神くん……私を救ってくれて、助けてくれて……ありがとう!)

 私は八神くんの言葉を、真剣な顔を、笑顔を、これまで見てきた、聞いてきた事、全部全部思い出しながら、笑顔で、そして、心の中で感謝した。

 

 

 

 

 

「ねぇ八神くん。大丈夫?」

「あ、あぁ……大丈夫だ」

 あれからしばらくの間、保健室の先生が来るまでたわいも無い話をしていた。ほんとに、たわいも無い話。私や八神くんの過去話はしていない。それは少しづつでいい、と八神くんが言ったから。

 そして、今は保健室ではなく、学園の帰り道。私も八神くんの家も中央5番地区だったので一緒に帰ることになった。と言うか、私が一緒に帰ろうとお願いした。

 八神くんは容態が良くなった事を先生に報告していたので、一緒に歩いて帰っているのだが、本当に大丈夫だろうか?

「ほんとに大丈夫?さっきからフラフラだよ?」

 学校を出てから、八神くんはここまでずっと、しんどそうにフラフラしながら歩いているのだ。

「あぁ……ほんと、大丈夫だから……ちょっと力が入らないだけだから……」

「それって大丈夫じゃない気がするんだけど……ねぇ、自慢じゃないけど私はAランクで元素量も多いし、元素濃度も高いから、元素枯渇になった事ないのよね……それってそんなに酷いの?」

「まぁ…俺も久しぶりになったけど……結構ひどいな。」

 元素枯渇。私はその状態になったことがない。だから、それがどれほどしんどいのかをよく分からないのだ。

 まぁ今の八神くんの状態を見れば分かるが、相当なのだろう……

「へぇ~。私も元素の使い方には気をつけないとね…」

「まぁ……そうだな」

 

「ねぇ、八神くん。私たちもう友達、だよね?」

「なんだよ急に……そうだけど、それがどうかしたのか?……まさかやっぱり友達は嫌だとか、か……?」

「違う違う、違うよ!そんな事これっぽっちも思ってないよ!友達になれて良かったと思ってる!」

 そんなこと言うわけがない。そうじゃなくて、私が言いたいのは……

「そうじゃなくてね……その、えっと……」

 実際言おうと思うとすごく恥ずかしい……学校からここまで来るまでずっとタイミングを伺い、今が言えるタイミングだと思い切って、話し始めたのはよかったのだが、そこからが恥ずかしくて進まない。

「なんだよ…ハッキリ言えよ。」

(しっかりしなさい、私!)

 私はなんとか自分に喝を入れ、続きを話していく。

「うん。えっとね……その、友達、ならさ。苗字じゃなくて名前で呼び合うのはダメかなーって…名前で読んでほしいなーって……」

 

 言ってしまった……

 もう私の頭の中は真っ白だ。

「…………え?」

「ダメ……かな?」

「グッ……いや、ダメって言うわけじゃないけど……と、とりあえず……離れてくれないか?ちょっと……近い……」

 もしかしたら、八神くんに断られるかもと思うと、目に涙が溜まっていくのがわかる。それでも、なんとか八神くんに許可してもらおうと必死になっていた。だからだろうか。気がつけば、私と八神くんの距離はもうほぼ無く、ほとんど密着した状態だった。

「え?ッ!?ご、ごめん!!」

 私が謝り、すぐ八神くんから距離をとってからしばらくの間、静かな時間が流れる。あまり心地いい静けさではない……

 だから私はなんとか話を切り出そうとするのだが、うまく話を切り出すことができない。ただただ、八神くんのことをチラチラと見ているだけなってしまっている。

 変に思われていないだろうか……それだけが心配。

 

 そんな事をしていると、帰り道がここから違うのか、八神くんと別れる場所まで来てしまった。

「そ、それじゃあね!!私こっちだから!」

「あ、あぁ…」

(ハァ……名前で呼んでもらうことできなかったな……私も名前で呼びたかったな……)

 そんなことを思いながら、落ち込んでいく気持ちに逆らうことなく、とぼとぼと八神くんに背を向けて帰り道を歩いていると、後ろから八神くんが私を呼ぶ声が聞こえる。

「また明日な!水・菜・!」

 私は確かに八神くんに呼ばれた。でも、これまでのように苗字ではなく、名前の方で呼ばれたのだ。

 私は慌てて八神くんの方へと振り返る。

「じゃあな、水菜」

 すると、八神くんはもう一度だけ固まっている私に声をかけてくれる。名前も呼んでくれている。それを理解した瞬間、笑顔になっていくのが分かる。

 八神くんは、私の反応を見たあと、少し笑みを零し、そして、私に背を向けて、自分の家へと向け歩き出す。

 私は喜びを隠すことなく、大きく元気な声で、そして、大きく手を振りながら、八神くん……界人くんに挨拶を言う。

「うん!またね!また明日ね、界人くん!」

 八神くんは、その私の声を聞いて少しだけ振り向き、小さくだけど手を挙げ振り返してくれる。

 そして、またすぐに前を向き歩き出した。

 

 

 今日は色々あった……

 食堂の時はつらくなり、苦しくなり、悲しくなった。

 でも、試合をしたあと、それは嘘のようになくなっていたんだ。

 それは、優しい捻くれ者さんのお陰。

 

 試合ではとても強かった。Eランクなんて信じられないほど。

 敵わないと思った。悔しかった。でもそれ以上になぜか清々しかったんだ。

 

 それだけでも私は何故かはわからないけど、救われたような気になった。

 でも、優しい捻くれ者さんは試合のあとも私のことを救ってくれた。

『水戸のことを分かりたい』

『俺のことを分かって欲しい』

『そばにいる。一緒にいる。護ってやる』そう言ってくれた。

 

 その言葉を聞いた時、私は本当に救われた。過去の出来事はなくならない。過去の出来事はまた私の事を苦しめるだろう。

 でも、大丈夫だと思えた。

 私はあなたの事を少しだけど分かっているから。あなたは私の事を少しだけど分かってくれているから。

 だからもう大丈夫。そう思えた。

 

『水菜!』

 この気持ちは何なんだろう。

『俺と友達になってください』

 友達だからだろうか…………よく分からない。

『俺がそばにいて護ってやる』

 でもこのポカポカした気持ちはとても心地いい。

 

 この気持ちの正体はいずれ分かるよね!

 だから、それまでは……

 ううん……これからもずっと…

 

「私の事を護ってね、界人くん!私も君の事護るから!……私の気持ちをこんなにした責任とってよね」

 

 

 今、背を向け歩いている少年に向け、手を振りながら私はそう笑顔で呟いた。

 




番外編 第一章の水戸視点#3
いかがでしたでしょうか。
第一章の水戸視点はこれで終わりです。
次回の番外編は第二章の高原視点を書こうと思っています。

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