「さぁ!やろう!殺し合いを!楽しいショーを!僕を楽しませてくれよ、八神守一の息子よ!」
「!?」
八神守一。それは俺の父さんの名前。誰よりも強く、誰よりも護る力を持っている。
俺が昔、正義を目指す、きっかけを作ってくれた人。
俺を、妹の凛を、母さんをずっとずっと護り続けてくれた人。
俺の……憧れの人。憧れた人。
今はもう俺の目指した、憧れた正義なんかないって知っている。分かっている。思い知っている。それでも、俺の中ではいつまでも憧れの人。
その父さんの名前をこの目の前にいる男は口にした。
確かに父さんは、前に住んでいた、近畿地方の中央区の、悪魔から市民を護る自警団に入っていた。だから、その中央区では結構有名な人ではあったと思う。でも、父さんが有名だったのはその地区辺りだけだ。それなのに、なぜこの男は父さんの名前を知っている?
父さんは、関東地区でも有名だった?いや、そんな話は聞いたことがない。父さんが言っていなかっただけかも知れないが、それでも有名なら、八神という名前がここ関東地方でも広まっているはずだ。
でも、ずっと関東地方に住んでいる、水戸や御子柴は何も反応を示さなかった。ということはつまり、ここ関東地方では父さんは知られていないということ。なのに……
「なぜ、お前が……父さんの名前を知っている!?」
「……いいだろう…今から僕を楽しませてくれるんだ。そのご褒美として、なぜ僕が君のお父さんを、八神守一をなぜ知っているのかを教えてあげるよ…」
男は俺の質問に対し、一呼吸を置いてから、両手を広げ、高らかに声を上げ話し始めた。
「守一と僕は知り合いだったんだよ。同じ自警団のトップだった。守一は近畿地方中央区の、僕は関東地方中央区のね。半年に一回必ず、それぞれの地方地区の自警団のトップが集まり、近況を報告し合う。その集まりで、僕と守一は知り合った。とても仲が良かった方だろうな。」
「!?…自警団?お前が……ならなんで今こんなことをしている!父さんと仲が良かったのに、なぜお前は今、ここにいる!闇市場に…!?……ガッ!?」
男は父さんと知り合いだと言った。まぁ知っているという事はそうなんだろうが、驚くところはそこじゃない。今、目の前にたっている男は関東地方中央区の闇市場のトップだ。そんな男が、父さんと同じの市民を護る、自警団だと言った。
なぜ、市民を護る側だった奴が、逆に市民を脅かす悪に成り下がっている?なぜ、父さんと知り合っていながら、闇市場になんてものに手を染めている?
俺が驚いたのは、疑問に思ったのはそこだった。だから、俺は目の前の男に対し声を荒らげ問いかけようとした。なぜ!と
しかし、問いかけた瞬間、男は姿を消し、俺の目の前へと瞬間的に移動していた。そして、俺は殴り飛ばされ壁に激突する。
「君は僕に質問をしてきたのだろう?なら、僕の言葉は最後まで聴くべきだ!途中で口を挟むんじゃあないよ!」
「ガッ……ゴホッゴホッ……クソッ!」
気を抜いていたわけじゃない。いや、逆に気を張っていた。なのに、何も見えなかった。殴り飛ばされるまで、何をされたのか分からないほど何も見えなかったのだ……
俺は急いで立ち上がってから、その男を睨みつけるが、男はそれを気にすること無く、吹き飛ばした俺の方を一瞥してから、もう一度話し始める。
「僕と守一は確かに知り合いだった。ただ仲良くはなかったよ。意見が合わなかったからね。守一は絶大な力が無くても、人を護る力があればいいという考えていた。それに対し、僕は絶大な力がないと人を護ることはできないという考えだった。だから、僕と守一はいつも言い争っていたよ。でもね、あいつは、守一は強かったよ。沢山の人を護っていた。でもね……ある日あいつは、ある人を護らなかった。僕の大切な人を見捨てた!!」
男はそこまで言うと、どんどん先程までの落ち着いた雰囲気はなくなっていく。そして、気味の悪い力を吹き荒らしながら声を荒らげていく。
「5年前!関東地方に沢山の悪魔が攻めてきた。それは物凄い数だっよ。だから、僕達はすべての地区地方の自警団のトップに要請をお願いした。その時来てくれたのは君のお父さん、守一だけだった。いや……たまたま関東地方に来ていたと言うべきだね。君を連れてね……」
「俺を連れて……関東地方……?」
父さんと俺が昔、5年前にここ関東地方に来たことがあった?そんなこと何も覚えていない……
「そして、守一と僕と二人で闘ったよ……でもね負けた。お互いの大切な人を悪魔に囚われるという形でね。僕の大切な人は僕の妻。そして、守一の大切な人というのは君だったんだよ。」
「なっ!?俺が……悪魔に……囚われた……」
ますます分からなくなってきた。俺は関東に来たことは一度もないし、記憶もない。それに悪魔に囚われた、なんてことも何も記憶にない。
それが10年前やそれ以上前の俺が小さい時のことなら仕方ないのだろうが、男はそれが5年前だと言った。つまり、俺が10歳の時。たった5年前の記憶をこうも何も思い出せないというのはおかしい……
「その時の僕はもう立てる力さえ残っていなかった。でも、守一は違った。まだ闘えた。だから、僕はお願いしたんだよ!僕の妻を助けてくれとな。でも、……でも、守一は僕の妻を見捨てた!守一は僕の願いには目もくれず、一目散に君を助けた!そして、僕の妻は殺された。……その時思ったんだよ……護る力なんてものは無い…見せかけだと…結局は護るためには、いや、何をするにしても力がすべてなのだとね…だから、僕は闇市場に手を染めた!力を得るために、守一を否定するために、力を求めた!」
「そ、そんなの……父さんは……ッ!?」
父さんは間違ってなんか、ない。そう答えようとした。そう言おうとした。
しかし、言えなかった。ある映像が、一気に俺の頭の中を流れたからだ。
『父さん!助けて!』
『界人、待ってろ!すぐ助ける!』
『まて、待ってくれ!守一!僕の妻が……僕の妻も囚われているだ、妻も助けてくれ!頼む!僕はもう動けないんだ!だから……』
『…………』
『八神界人、だよね?大丈夫だよ…あなたは助かる。あなたのお父さんは強いから。この悪魔達はどちらかを助けるとどちらかを殺す。それは絶対なの』
『違う!僕の父さんは強いんだ!だから助けてくれる!きっとお姉さんのことも……』
『ううん……それは無理なの。確かに君のお父さんは私の事も助けてくれようとしてくれる……でもね、私がそうはさせない。そうなったら、守一さんの正義に反するから。守一さんは界人くんを救えないから。だから、私も君を助ける。それが私の最後の正義。だから……あなたは生きて!そして、いつか……私の大切な人を救ってあげて……力に囚われてるあの人を……』
『すまない……絵里奈さん……』
『やめて父さん!まだ、お姉さんが!父さん!まだ、助けられるよ!なのに……なんで!……父さん!』
『お願いね界人くん。あの人を……私の大切な人を……
「ガッ!?……グッ…なんだよこれ……頭いてぇ……」
自分の記憶になかった映像が一気に頭に流れ込んできた。その所為か、頭がとてつもなく痛い……
「そうか…5年前の事を覚えていないということが不思議だったが、君はその時の記憶を封じ込められているみたいだね……」
封じ込める……誰が?誰がこの記憶を封じ込めたというのだろうか。そして、なぜ今頃この記憶が思い出されようとしているのだろうか。
男が、俊が封じ込められている記憶の事を話したからか?確かにそれもあるだろう。
でも、本当にそれだけか?……いや、それだけじゃないような気がする。
俺の中の何かがそう呟いてくる。俺の中の何かが今にも暴れ出そうとしている。その何かが、その時の記憶をよみがえらせている。そんな気がする……何故かはわからない…でもそんな気がするのだ。
「クソッ!なんなんだよ……これ……」
まだ頭にその時の映像が流れ込んでくる。何度も何度も何度も、繰り返し流れ込んでくる。俺の記憶に刻みつけるかのように……
今流れ込んできている映像は過去の俺の記憶だ。俺の見た事実……それは何となく分かる。
という事は、父さんは絵里奈さんと言うお姉さん、今目の前にいる男の大切な人を見捨てた、という事だ。いや、違うな……そうせざるを得なかった……お姉さんは自分からその道を選んだ……俺を助けるために、自分を正義を貫くために。そして、父さんも自分の正義を貫いた。
それは分かる。仕方なかったと……でも、よく分からない……
結局、父さんの正義とはなんだ?絵里奈さんの正義ってなんだったんだ?……この映像を、記憶を見て、分からなくなっている俺の正義とはなんだ?
…………分からない……怖い……
まただ……やっと見つけた答えが、正義が、小さな光が消えていく。遠のいていく……また何も見えなくなってくる……また暗闇に、飲み込まれていく……
「僕は君の問いに対し答えた!さぁ、ショーを再開しようじゃないか!殺し合いをしようじゃないか!」
「ガッ!?」
--------ドォォォォン
流れ込んでくる映像、もとい、記憶で頭が混乱している。それを何とか振り払おうと手で頭を抱えていると、男にまた殴り飛ばされてしまう。
「グッ……ハァ……ハァ……ハァ……」
もう、流れ込んでくる記憶の所為で頭が痛いのか、男によって殴り飛ばされたから痛いのかよく分からなくなってきた……
「さぁ、僕を楽しませてくれ!僕は君を倒すことで、殺すことで、完璧に守一を否定できる。守一が残した宝物を壊すことで!」
俺の頭はもう混乱して、なにがなんだかわからない。
でも、男は、俊はそんなの関係なしに俺との殺し合いをやろうとしている。ショーを楽しもうとしている。
「ハァ……ハァ……ハァ……クソッ!……空裂波!」
このままじゃいけない。このままじゃ本当に殺される。
だから、頭を振ってから、片足と右拳に元素を集め、圧縮していく。
いつも通り、元素を集めたつもりだった。圧縮したつもりだった。だが、出来ていなかった。それすら分からないまま、俺は突っ込んだ。そして、俊に向かって空裂波を放つ。
「なんだい、それは……痛くも痒くもないよ……」
「なっ!?」
だか、そんなもの、俊に通じるわけがない。確かに、顔面に撃ち込んだ。だが、俊は吹っ飛ぶわけでも、仰け反るわけでもなく、ただそこに佇んでいた。何事もないように……
「真剣にやっているのかい?僕との殺し合いを、ショーを、真剣に!」
「クソッ!!……渦雷!」
なぜか分からないが怖かった。なにに怯えているのか自分でもわからない。でも怖った。だから、足に元素を溜め俊から離れる。
でも、それではコイツを倒せない。だから、空裂波よりも強力な技を、俊に撃ち込むために、もう一度突っ込んだ。もちろん、元素は片足と方拳に溜めて、解放している。
そして、距離が0になった瞬間、その勢いのまま、渦雷を放つ。
しかし…………
「何なんだ!その腑抜けた技は!真剣にやれと僕は言っているんだ!」
「な、なんで……グアッ!?」
俊は先ほどと同じように、何も効いていないのか、仰け反ることすらない。
そして、声を荒らげながら右の掌の上に作った空気弾を……いや、ただの空気弾ではなく、乱回転に渦巻いている圧縮弾をゼロ距離で俺の鳩尾へと放ってくる。
それを喰らった俺は、地面を何度も跳ねながら、また壁へと激突する。
「ガッ…ハッ…………ゴホッゴホッ…」
痛い……とてつもなく痛い……いつもならあの状況で、元素を攻撃の当たる箇所へ集め防御出来ていたはずだ。なのに今回はそれが出来ていなかった。だから、ほぼ生身で俊の攻撃を、悪魔の力により絶大に膨れ上がった俊の攻撃を受けてしまった。
「ハァ……ハァ……クソッ!」
体が言うことを利かない……体がとてつもなく重い……
でも、俺はその体に鞭を打ち、なんとか立ち上がる。
「楽しめると思ったんだけどね……君がやる気がないのならもういいよ。終わらせよう。殺してあげるよ!」
「!?」
なんとか、立ち上がった。その瞬間、俊の方から物凄い風が吹き荒れてくるのが分かる。
そして、俺はゆっくりと俊の方を見た。すると、俊は体全身に風を纏い、全身纏いの状態で右手をこちらに向けていた。
すると、俊と俺を遮るかのように、大きな竜巻が出来上がっていく。
「さぁ、もう終わらそう!守一、終わりだ!君の宝物を殺す!」
そして、俊がそう声を上げると、その竜巻は俺に目掛けてものすごいスピードで近づいてくる。
「グッ……グアッ!?」
俺の後ろは壁。目の前は大きな竜巻。逃げ道はどこにもなかった。
どうすることも出来ず、俺はその竜巻へと吸い込まれていく。
そして、はるか上空へと打ち上げられる。そして、追い打ちをかけるかのように、その竜巻は龍の姿へと変わり、俺を飲み込み地面へと叩きつける。
「ガハッ!?」
肺にあった空気がすべて押し出される。
地面に勢いよく叩きつけられたからだろうか、体がもう動かない。力が入らない……立つことすらできない。
(クソッ!何やってんだよ!俺は!)
『ほんと、なにをやってるんだ?俺は』
動かない体に苛立ちを覚えながら、天井を見上げていると、急に目の前が暗闇に染まる。そして、どこからか声が聞こえてくる。
『!?誰だ!』
『誰だ……か……少し前にもそう言われたな……オレはお前だよ』
俺が、声を荒らげ、どこからが聞こえてくる声に対し問いかけると、急に俺の横に、人の形をした黒い
『俺?どういう事だ!』
『今はオレが誰かなど関係ないよ。俺は…お前は何を迷ってるんだ?』
『迷ってる?な、なんのことだ!?』
『なんのこと……すべてだよ。自分の見つけた答え、正義、力。その全てでお前は今迷っている。だから、全力を出し切れていない。だから、体が言うことを利かず、重いんだよ』
『俺は……迷ってなんか……』
『いや、迷ってるね!決めたんじゃないのか?自分の大切な人を、大切なものを護るためだけに自分の力を使うと、この力を使うと、全力を尽くすと。なのになぜ迷っている?』
『お、俺は……』
『俺は…お前はまだ、決めきれていない。決断しきれていない。護るために正義になるのではなく、護るために悪になる事を。悪になりきれる決断が出来ていない。だから、全力を出せない。』
『護るために、悪?なにを……』
『オレは前にお前に問うた。護るために、世界を何かを犠牲にすることは出来るか?とな……本当に護り抜きたいなら、自分を犠牲にしてみろ。自身が悪になったとしても、護りきってみろ。その覚悟がお前はまだ出来ていない。中途半端なんだよ』
『本当に護り抜きたいなら……自分を……』
『まぁいい……少しの間変わってやるよ!オレの戦いを見とけ。迷うな、俺……』
黒い靄のようなものがそう言う。すると、靄が晴れていき、もう一人の自分の姿が現れる。
驚いた……のだろうか……いや、それほど驚かなかった。心の奥底ではこのことを分かっていたかのように。
この感覚は知っている。遠くから自分を眺めている感覚。前にもあった。闇市場の連中が凛と水戸を連れ去ろうとした時、商品と言った時と同じ感覚だ。
そして、オレは俺の中へと入ってくる。俺はそれを拒むことなく、一時的ではあるが体を譲るり、完全に俺はオレへと変わった……
「死ね!」
--------ドォォォォン
目を開けると、俊が寝転んでいる俺の顔面に向け、風を纏った拳を振り下ろしてきた。
オレは俺を顔だけを横にそらす事で、避ける。
「なにっ!?」
「吹っ飛べよ!雷刃旋回弾!!」
俊は拳を避けたオレを見て驚いたような声を上げる。
だか、俺はそんなもの気にせず、俊の鳩尾に右掌を添える。そして、元素を一気に集束させ圧縮。それを一気に元素を俊の体の中へとに流し込むイメージで解放しながら、横にしていた掌を縦へと旋回させる。
「グハッ!?」
その瞬間、俊は上空へと吹き飛ばされていく。
しかし、流石と言うべきか、そこから体制を上空で立て直し、地面に叩きつけられることなく着地する。
そして、すぐにオレから距離をとる。
「なにビビってんだよ?」
「な、なんだ!?先程までとはまるで別人……君はいったい……」
「俺もお前も酷いな……なんだよ、殺し合いをするんだろ?ショーを楽しむんだろ?じゃあ、やろうぜ!ただ……一つ忠告しといてやるよ、俊」
そして、オレはゆっくりと立ち上がり、俊の方へと体を向け、顔に笑みを浮かべながら告げる。
「フッ……オレがさっきまでの俺と一緒だと思わないことだな。」
捻くれ者の最弱最強譚#23
いかがでしたでしょうか
やっぱりバトル描写は難しいですね。