捻くれ者の最弱最強譚   作:浦谷一人

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捻くれ者の最弱最強譚#20

「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…………」

 走り出してから約15分。目的地の廃工場を目の前に捉える。

 

「ここか……凛…」

 今すぐにでもここに乗り込み、凛を助け出したいのだが、俺はこの中のことをよく知らない。

 そんな状況で、後先考えず突撃してしまうと、凛を助ける前に自分がやられてしまう。

 それではここに来た意味がない。

 

「落ち着け、こういう時こそ冷静にだ。ここまで元素を使って走ってきたから無理すると、元素枯渇で倒れてしまうからな……それは避けないと……」

 俺は今の状況を口に出し整理する。

 そして、凛を助けるため大胆に突撃するのではなく、忍び入ることを決意し、体制を低くし、足音を立てないようにその廃工場に近づいていく。

 

「どこでもありそうな廃工場だな……中は……何もない……監視のやつらもいない。てことは…………地下か?」

 ゆっくりと廃工場の入口付近まで来る。

 しかし、近くには監視の気配もない。それに、工場の中は荒れ果てているだけで、誰もいないし、何もない。

 

「地下だとしても、どこから入るんだ?」

 誰も周りにいないことを確認してから工場の中へと足を踏み入れる。

 

「ッッ!?」

 そして、工場の真ん中辺りまで来た頃、どこからか人の話声が聞こえてくる。その上、少しずつ近づいてくる。

 俺は慌ててその場から退き、近くの物陰に身を潜める。

 すると、俺が先程までいた所の地面がスライドされ、階段が現れる。

 

「おいおい……地下にあるってことはどこかに隠し扉はあると思っていたが、まさか俺がさっきまで立っていた場所とは……危なすぎるだろ。」

 そんなことを呟きながら物陰から静かに監視をする。

 すると昨日の襲ってきた連中と同じ格好をした二人組が、なにか話しながら出てくる。

 声的に男だろう。

 

 俺はその男達にバレないように、静かに、先程まで地下に続く階段が現れていたところに向かい、そこに立つ。

 しかし、何も反応しない。

「もしかして、何かキーとかないと開かないのか?あの二人のうちどちらかから奪わないとな……」

 

 そう決心をし、ゆっくり、静かに、その二人へと近づいていく。

 だんだん近づくにつれ、二人の声が鮮明に聞こえてくる。

 俺は、なにか情報話すかもしれないと思い、その二人の声がギリギリ聞こえる距離で止まり、聞き耳を立てる。

 

「さっきのはびっくりしたよなぁ、一人で乗り込んでくるだもんよ。それに結構手こずらされたしよ。」

「まぁ、纏いを使っていたからな。それに、あの女は、あの御方がターゲットにしてたほどのやつだぞ?弱い方がおかしいだろ。」

「風の元素使いってのは、攻撃とか見えないから戦いづらいんだよ……まぁ、今はもう力尽きてあの人に捕えられているだろうが……」

「最後にあの女が言っていた『兄さんが来たらあなた達なんて』って言葉……バカだよな。今ごろその兄さんは何も知らずにのうのうとしているってのに」

 

『一人で乗り込んだ』、『女』、『纏い』、『風の元素使い』、『兄さん』、その言葉を聞いた瞬間、それが凛だと確信する。

 しかし、悠長にしてはいられない。『あの方に捕えられた』、あの方とは誰かは知らないが、凛がやられるということは相当強いということになる。

 俺は、その場で両足と両拳に元素を集め圧縮していく。そして、片足の元素を一気に解放し、その二人に近づく。

 

「その兄さんとやらは、もうここにいるんだよっ!!空烈波!!」

「なっ!!グハっ!!」

 そして、お馴染みの空烈波を二人のうち一人に叩き込み、吹き飛ばす。

 そして、その勢いを殺さないように、もう片方の元素の溜めた足で踏ん張り、解放する。しかし、ただ解放し、距離を縮めるのではない。

 

 なぜなら、もう一人の男は、すぐそばにいる。

 だから、距離を詰めるのではなく、元素を解放し体に回転をつける。そして、その回転力をつけた勢いのまま、その男にコークスリューを放つ。

 

「お前には新技をおみまいしてやるよ。旋雷・大渦巻き(せんらい・おおうずまき)!!」

「ガァァッ!?」

 そして、残りの一人も吹き飛ばす。

 二人ともよく見ればそれぞれの場所で倒れている。

 

 ”旋雷・大渦巻き”で吹き飛ばした男は、瓦礫の下敷きになっていて、どうやら意識はないようだが、空烈波で吹き飛ばした方はまだ意識はあるようだ。

 

「おい、まだ意識あるんだろう?地下に行くにはどうしたらいい?さっさと吐け」

「お、お前は……何者だ。何しにここに来た……」

「何しにきたって……妹を助けに来たに決まってるだろ、いいから、地下に行く方法を教えろ」

「ハハッ……俺たちを倒したからといってお前は地下に行くことはできん。地下に行くにはこのIDカードがいるからな……これを、あそこにかざさないと地下にはいけない」

「…………………………」

 

 その男は、俺の方を見て失笑したあと、地下に行くのに必要だという、カードのようなものを見せてくれる。

 どうやらこの男は相当バカのようだ。わざわざ、そのIDカードを見せ、これがあれば地下に行けると宣言してくれたようなものだ……

「あっそ……もういいから、黙ってろ」

「グアァッ!!」

 

 俺はその男の話を聞く必要性がなくなったため、右脚に元素を集め、そいつを蹴り飛ばす。

 すると、その男は綺麗に吹っ飛んでいった。

 そして、その男が元いた場所には、地下に行くのに必要なIDカードとやらが落ちている。

 それを拾い上げ、ダッシュで地下の扉が開くところまで行き、あの男が言った通り、IDカードをその地面にかざすと、音をあげながらゆっくりと扉が開き、階段が見えてくる。

 

「これか……さてと行くか……」

 

 その階段を駆け下りていく。途中で分かれ道などもあったが、そちらには目もくれずただひたすら、真っ直ぐに階段を駆け下りていく。すると先に光が見えてくる。

「!?」

 

 俺はいっそう、スピードを上げ、その光へ向けて走る。そして、その中へと駆け込む。

 すると、目の前に広がったのは、大きな円形の広場。

 いや、よく見ると、観覧席のようなものがいくつもあるため、どうやらここは、闘技場か何かのようだ。

 

 そして、上に向けていた視線を前に戻す。するとそこには、倒れている見慣れた少女の姿があった。

 

「ッッ!?凛!!」

 凛の倒れている姿を見た瞬間、冷静さを失い、大きな声を上げながら凛の方へと駆け寄ってしまう。

 先ほどまで、罠があるかもしれないと、罠かもしれないと考え、注意していたのにも関わらず……

 

「凛、凛!大丈夫か?助けに来たぞ!」

「……に、兄さん……ダメです……逃げて、下さい……これは、わ、な…………です……」

「な、なんだ!?」

 

 凛が弱々しい声でそう告げた瞬間、周りが急に暗くなる。

 そして、今俺と凛のいる場所と、もう一箇所に証明が当てられる。

 そこには、これまで見てきた闇市場の連中が付けていた仮面とは違い、角の生えた悪魔のような仮面を付けている男が立っていた。

 

「やぁ…これはこれは、本当にその女性が言っていたように、お兄さんが助けに来るとはねぇ……感心したよ。素晴らしきかな兄弟愛!…………では、その大事な妹が目の前で悪魔から力を得るための生贄として、魂を喰われていく姿を見たら君はどんな本性を現すのかな……見てみたい」

「何を言ってる!そんな事、させるわけないだろ!それにお前は……ッッ!?」

 

 俺が目の前にいる男のことを『お前』と口にした瞬間、先ほどまで何も感じなかったはずなのに、急にその男から、嫌な何かが溢れだしてくる。

 そして、一気に力が膨れ上がるのが分かった。

 それが分かった瞬間、その男の周りには凄まじい勢いの風が吹き荒れる。

 

「年上にお前とは……教育がなってないね……」

「なっ!?グッ……」

(なんだよあれ……なんだよその力にこの風は!踏ん張るので精一杯だぞ!……無理だ。勝てない。今の俺じゃ死ぬだけだ……)

 本能的にそう感じた。

 今の俺はここに来るまでに、ふんだんに元素を使った。

 ベストな状態でも勝てるか分からないが、今この状態で目の前にいる男に勝てるという光景が全く見えてこない。

 

 そう思った瞬間、俺は今体内にある全ての元素を両足へと集め圧縮していく。

 そして、凛を抱え上げ、ここから逃げるために、今さっき通った出入口に向け走り、一気に加速していく。

 しかし…………

 

「逃がすわけないだろう?」

「嘘だろっ!?グハッ!!」

 その男から逆方向に逃げた。その上、少なくなっているとはいえ、体内になる全ての元素を集め圧縮したのだ。結構な速度が出ていたはずだ。

 なのにその男は、気がつけば俺の横に移動しており、風を纏った拳で俺を殴り飛ばす。

 

「ガッ……ハァ……ゲホッゲホッ…グッ……」

 逃げるために全ての元素を足に集めていたのだ。とっさの元素移動はまだ上手くできない。だから、俺はどうすることも出来ず、そいつの攻撃を生身そのもので受けてしまう。

 頭が揺れ、目眩がしているため、とてつもなく気持ち悪い。

 だから、踏ん張ってはいるが、うまく立てない……

 その上、限界が近いのだろう。攻撃を食らったということもあり、体のあちこちがギシギシと悲鳴をあげている。

 

「君……弱いね。今の君は楽しめそうにないな……僕じゃなくても殺せそうだしね…お前達、殺れ」

「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」

 男がそう言うと、一瞬にして、俺を囲むように仮面を付けた連中が現れる。ざっと10人程だ……

 どこから出てきたというのだろうか……だが、こいつら全員と戦っている余裕は俺にはもうない。

 しかし、囲まれているため、出入口に向かうことも出来ない。

 

「ハァ…ハァ……その出入口から出してもらえないなら……自分で作るまでだ!」

 俺はそう言い、足にすべて集めていた元素を3つに分け、両足、そして右拳に集めていく。

(頼むから、もってくれよ……!)

 

 そう願いながら、それぞれ集めた元素を限界まで圧縮していく。

 すると、両足には白いモヤのようなものが、右拳には雷が纏われていく。

 それを確認した俺は、俺を囲んでいる敵を狙うのではなく、上…つまり、天井に狙いを定める。

 

(フゥ…いいか…空気を、空気中にある元素を殴り飛ばすイメージだ。振動させろ。大きな波動を作り出せ。それで天井に大穴をぶち開ける。できるはずだ……空裂波と同じ原理だ……集中しろ!)

 

「頼むぜ!吹き飛べ、部分纏い・鳴雷・大雷!!」

 

 限界まで振り絞った右拳を、そう叫びながら天井に向け放つ。

 すると、その技によってできた風圧により、天井に穴が開く。

 そして、それを俺は見逃さず、逃げるために凛を抱え直し、足に溜めていた元素を解放し、その穴に向け一気に飛び上がる。

 

 運が良かったのか、天井に穴を開けた時にできた土埃が煙幕の役割をしてくれたお陰で、俺はなんとか、凛を連れそこから逃げ出すことに成功した……

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 あれから、廃工場まで行った時と同じように、足に溜めた元素を少しづつ解放し加速し続けることでなんとか逃げ切ることが出来たようだ。

 正直もう、立っているのもやっとなほどヘトヘトだ。

 元素ももう枯渇しているだろう。でも何とか、凛を無事に家まで連れて帰ってくることができた。

 

 そして、俺は凛を抱えたまま、玄関を開けリビングに向かう。そして、リビングにあるソファに、未だ意識が戻っていない凛を寝かす。

 その後、俺自身もその横に糸の切れた人形のように、ドサッと倒れ込み、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだよこれ……なんなんだよこれは!!」

 自分が今立っている場所……そこは地面の上ではなかった。

 悪魔や人の死体の山の上に立っていた。

 

 さっきまで学校にいた。授業を受けていた。なのに、どれだけ見渡しても、学校なんて見えない。見えるのはたくさんの死体とたくさんの瓦礫だけ……

 

「なんで……なにがどうなってんだよ……」

 記憶が飛んでいる。なんとなくそう思った。

 ここに至るまでの記憶が自分には無いのだ。だから、必死に思い出す。思い出そうとする。

 そして、思考を巡りに巡らせ、思い出せたのはある光景……

「そ、そうだ。授業中になぜか悪魔が攻めてきて……俺はその悪魔達から皆を、友達を護るために戦って…………ッッ」

 

 自分の思い出せる記憶はここまで、そこからの記憶は自分自身が何かに飲み込まれたかのような、ただただ何も思い出すことの出来ない暗闇に染まっていた。

 

「そこから、本当に何があったんだよ……何があったらこうなるんだよ……」

「「八神!!」」

 何も思い出せない。それがとてつもなく怖く感じ、頭に手をやり蹲っていた。

 すると、聞き覚えのある二人の声がする。

 

(よかった……あの二人は生きていたのか……)

 俺は嬉しさのあまり、その二人の方へと勢いよく振り返る。

「お前の……所為で……」

「…えっ……?」

「貴方の……所為で……」

「ふ、二人とも…な、何を言って……」

 でもそこには、いつも俺にニコニコと笑いかけてくれる二人の姿はなかった。二人はいたのだが、いつものようにニコニコ笑いかけてくれるのではなく、こちらに、怒りに似た感情を向けてきている。

 

「お前の所為で!ここにいるたくさんの人が死んだ!」

「そうよ!この人殺し!」

「ち、違う……俺は……殺してなんかいない……俺は…………ッッ!?」

 俺が殺した。ここに倒れて、屍となっている人みんな俺が殺した。人殺し。そう二人に言われた。

 そんな事はしていない。した覚えもない。でも、この両手に、体全身にベットりと付いている血が最後まで否定する事を許してくれない。

 

「なぁ……信じてくれ!本当に覚えてないんだ!俺はやってない。人なんて殺さない。俺は護る方だ!……これまでたくさん護ってきた。二人はそれを知ってるだろ?応援してくれてただろ?信じるって、信じてるって、言ってくれた。ずっと俺を支えるために一緒にいてくれるって約束してくれた。正義をこのまま貫けばいいって、それが正しいって、悪は何があっても滅ぼさないといけないって、教えてくれた……ずっと、俺の味方でいてくれるって……言ってくれたじゃないか……だから……」

 そんな目で、俺を見ないでくれよ……そう言いたかった。

 でも二人の表情は変わらない。それどころか、より一層俺のことを睨んでくる。

 

「お前の所為で……」

 俺を"信じる"と言った!

「貴方の所為で……」

 ずっと一緒に居てくれると"約束"した!

「お前がいなければ……」

 "正義"を貫くことが正しいことだと教えてくれた!

「貴方がいなければ……」

 "悪"は滅ぼさないといけないと教えてくれ

 た!

「お前が死ねばよかったのに……」

 ずっと俺の"味方"だと言ってくれた!

「貴方が死ねばよかったのに……」

 この世界はとても"美しい"ものだと言ってた。そう教えてくれた!

 

 そうか……そうだったのか…俺が間違っていたんだ。

 

『そう……お前は間違っていたんだ』

(!?だ、誰だ!)

 心の中で自分とは違う声がする。

『誰だ……とは失礼だな……長年一緒にいるのに。オレはお前だよ』

 俺?どういう事だ?よく分からない……

『ほらよく見てみろよ俺。あの二人を、この世界を』

 そう言われ、辺りを見渡していく。

 

『信じるなんて言葉が1番信じることが出来ない。 約束なんて、結局破られる。 正義=正しいということではない。 悪だからと言って全てを滅ぼさないといけないという訳では無い。 この世に味方なんていない。 この世界は美しくなんか無い。この世界は残酷だ…… 』

 嫌だ……やめてくれ。俺の心の中で言われている事は全部デタラメだ。

 だから、あの二人も笑ってくれてる……は、ず……

 

「お前が死ねばよかった!」

 やめてくれ……

「貴方が死ねばよかった!」

 もう……やめてくれ……

「死ね」

 嫌だ、嫌だ、嫌だ

「死ね」

 嫌だ嫌だ嫌だイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ……

「「死んでしまえ」」

 もう……やめてくれ!

 

『さぁ、これを知った上で、思い知った上で俺はどんな答えを見つける?オレはいつでも俺を待つとしよう。自分の思うがままに生きろ、わ思うがままに力を使え。そうしていれば、いずれ……見つかる……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さん!……さん!兄さん!起きてください!」

「ッ!?……ハァ……ハァ……ハァ…り、凛……起きたのか。大丈夫か?怪我とか無いか?」

 目を開けると、俺のことを心配そうに見ている凛の顔が目に入る。

 見た感じ、怪我とかは無さそうだが、それでも心配なので聞いてみた。

 

「それは、こちらのセリフです、兄さん。兄さん、凄くうなされていました。」

「……そうか、またか……」

 息が切れているのと、嫌な汗をかいているから、薄々感じてはいたが、また俺はうなされていたようだ。最近は無くなったと思ったんだが……

 凛を心配して大丈夫かと聞いたのに、逆に心配させてしまっていたとは……

 

「本当に大丈夫ですか?兄さん。」

「ああ、大丈夫だよ。心配すんな、凛も大丈夫か?」

「はい、私も大丈夫です。兄さんが護ってくれたみたいですし、それに今はもう5日の朝6時ですよ?すごく寝たのでもう元気いっぱいです!」

「そうか……ん?5日?……5日!?」

 どうやら、俺が凛を抱え、この家まで逃げ帰ってきてから、かれこれ15時間近く経っているようだ。

 今までなんとも思わなかったが、元素枯渇状態になっていたはずなのに、今は普通に動けている、力が戻っている。そうとくれば、15時間経っているのも納得がいく。

 

 いや、そんなことより、今は凛に言わないといけないことがあった!

「凛!なんで一人であんな所に行った!なんで一人で乗り込んだ!そんな事をすればただじゃ済まないことくらい、お前なら分かるだろ!」

 本当に心配した。心の底から。だから、だからこそ怒った。

 これまで、あまりこのように声を荒げ起こることはなかったのだが、今回は違う。

 危うく、俺は凛を失いかけたのだ。

 

「ご、ごめんなさい……私、友達を助けたくて……」

「それでも、だ。もっとよく考えてから行動するんだ。」

 凛にしては珍しい。いつもは、なんだかんだ言っても、冷静に物事を考え、行動している凛が、こうも冷静さを失うとは……

 それだけ、大切な友達ができたということなのだろう。

 

「で、でも、私が今ここにいるってことは、兄さんが助けてくれたんですよね?って事は、蓮ちゃんも……」

 凛は、先程俺に怒られた時に見せた落ち込んだ表情ではなく、安心したような表情を俺に向け、そう呟いている。

「ああ、確かに俺が助けた。でも俺が助けたのは、凛だけだ。」

「…………え?」

 

 そう、俺が助けたのは凛ただ一人。その他の人達は助けていない。いや、助ける余裕が無かったというのが正直のところだ。

 俺にそう告げられた凛は、どんどん安心したような表情はなくなり、困惑したような、どこか、怒りを含んだ表情へと変わっていく。

 そして、俺の胸を叩きながら声を荒らげる。

 

「な、なんで!!なんでですか!!なんで私だけなんですか!あそこには他にもたくさんの人がいたと言うのに……私の友達も、蓮ちゃんもいたのに……なんで!……なんで……兄さんなら、助けられたはずなのに……」

 最初は力強く俺の胸を叩いていたのだが、どんどんその力は弱くなり、最後の方に至っては何も感じないほど力は弱まっていた。

 

「凛。俺はお前を助けるので精一杯だったんだ。それに、もしあの時、凛以外に助けられる程の力が俺に残っていたとしても、俺はそれでも凛を助けるためだけにその力を使った。」

「そ、そんな……」

「正直に言うぞ、……俺はこの世界が、他人がどうなろうとどうだっていい。俺は、凛や水戸、御子柴、俺の大切なものや人を護ることができたらそれでいいんだよ。」

 

 俺がそう言うと、凛は涙を流しながら、下唇を噛み締めている。

 そして、勢いよく立ち上がり、リビングのドアに向かって歩き出す。

「おい、凛!どこ行くんだ!」

「決まってます。助けに行くんです。……私は、兄さんがなぜそんな考えに至ったのか、その原因を知っています。だから、兄さんを苦しめるものが、誰であろうと何であろうと、許しません。でも、私にとって兄さんはどんな時でも、正義(ヒーロー)なんです。光なんです。ずっと憧れてきました。だから、私はその正義(ヒーロー)になりたいんです。光になりたいんです。昔兄さんが私を救ってくれたように。どんなものでも、どんな人でも、カッコよく助ける正義(ヒーロー)に……だから私は行きます。」

 

 そうか………凛にとっての正義というのは昔の俺が元になっているのか。

 間違いだらけだったあの正義()になりたいと凛はそう思っている。それが、凛の答えなんだろう。

 なら俺は、凛を止めることはできない。自分なりの答えを見つけた者を止めることはできない。

 でも、俺も、俺で、見つけた答えがある。そこは譲れない。

 

「凛。最後まで聴いてくれ……」

「………………」

 凛は、こちらに顔は向けず、背を向けたままだが、それでも俺は話す。

「凛は、自分なりの答えを見つけたんだな。だったら俺は、凛を止めることはできない。でもな、俺も、俺なりの答えを見つけたんだ。この世界が他人がどうなろうと、俺は自分にとって大切な人たちを、大切なものを護っていければそれでいい。そのために、自分の力を使い、全力を尽くすと。そう決めた。その答えを見つけた。」

「でも、それは!!……」

「だから!!……だから、俺はその考えを、答えを曲げるつもりはない。でも、そのためには、俺の大切な人たちには笑顔でいてもらわないといけない。幸せでいてもらわないといけない。だから聞く。凛…お前は今、笑顔になれてるか?幸せになれてるか?もし、なれていないのなら俺に言え!俺が全力でその願いをお前のために叶えてやる!」

「えっ…………」

 

 俺がそこまで言うと、凛は俺に背を向けるのをやめ、こちらに振り向く。そして、涙を流したまま、俺のことを見つめてくる。

「に、にい……さん……」

「さぁ、凛は俺にどうしてほしいんだ?どうすれば笑顔になる?幸せになる?」

「た………けて……」

 凛の顔は涙でクシャクシャになっている。もう泣かせないと決めたのに、また泣かせてしまっている。

「助けて………私の友達を………」

 凛はゆっくりと俺へと近づいてくる。そして、最後は俺の胸へ飛びついて抱きついてくる。

「助けて!私の友達を!私を助けてください!兄さん!!」

 涙を流し、泣いている。

 でも、大きな声で凛は言った。『助けて』と、確かにそう俺に願った。

 なら、俺はどうするか。そんなの決まっている。お兄ちゃんが妹を助けない訳がない。

 だから、俺も、その凛の願いに大きな声で決意を込めて答えるとしよう。

 

 

「ああ!俺に任せろ!!」

 

 

 

 




捻くれ者の最弱最強譚#20
いかがでしたでしょうか

今回はいつもより長かったですね。でも最後まで読んでいただきありがとうございます!

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