捻くれ者の最弱最強譚   作:浦谷一人

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捻くれ者の最弱最強譚#10

「ねぇ八神くん。大丈夫?」

「あ、あぁ……大丈夫だ」

 あれからしばらくの間、お互い涙を流し、泣きあった。その後は保健室の先生が来るまでたわいも無い話をしていた。ほんとに、たわいも無い話だ。もちろん、俺の過去の話や、水戸の過去の話はしていない。それは少しづつでいい、と言ったから。

 

 それから30分程たわいも無い話をしていると、保健室の先生が戻ってきた。なぜ、先生が戻ってくるまで待っていたのか。早く帰ればいいのにと思うだろう。でもそうはいかない。

 まぁ水戸と話していたらいつの間にか30分程経っていたって言うのもあるが…そうではなく、先生に容態が良くなった事を報告しないといけないからだ。

 

 保健室でしかもベッドで容態が良くなるまで寝かせてもらっていたのだ。良くなったのなら一言礼を言って、良くなった事を報告してから帰るのが筋ってものだろう。

 

 まぁつまり、何が言いたいのか……

 今は、保健室ではなく、学園の帰り道という事だ。容態が良くなった事を先生に報告してから、水戸の家も中央5番地区だと言うので、一緒に帰り道を歩いている。

 それは別にいいのだが、保健の先生に容態が良くなった。と報告したのだが、実はと言うと、俺の容態は良くなくすこぶる悪い。歩くのがやっとだ。

 

「ほんとに大丈夫?さっきからフラフラだよ?」

 座って話をしたりなどは何ともなく、もう大丈夫だろうと思っていたのだが、どうやらまだ歩くことが出来るまでは回復していなかったらしい。

「あぁ……ほんと、大丈夫だから……ちょっと力が入らないだけだから……」

「それって大丈夫じゃない気がするんだけど……ねぇ、自慢じゃないけど私はAランクで元素量も多いし、元素濃度も高いから、元素枯渇になった事ないのよね……それってそんなに酷いの?」

「まぁ…俺も久しぶりになったけど……結構ひどいな。」

 

 元素枯渇。まぁ言葉からしてどういう事かわかると思うが、体内にある殆どの元素がなくなり枯渇してしまっている状態だ。

 俺たち元素使いにとって、体内にある元素は生命力と言ってもいい。それを使い切ってしまうと、死に至ることもある。ほとんどの場合は昏睡状態になり目を覚まさなくなる。という感じになるらしい。

 つまり、元素は使えば使うほどいいと言うわけではない。考えて使わないといけないという事だ。

 

「へぇ~。私も元素の使い方には気をつけないとね…」

 そう。元素使いは元素を操る時、力を使う時、常に気をつけていないといけないのだ。

「まぁ……そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、八神くん。私たちもう友達、だよね?」

「なんだよ急に……そうだけど、それがどうかしたのか?……まさかやっぱり友達は嫌だとか、か……?」

「違う違う、違うよ!そんな事これっぽっちも思ってないよ!友達になれて良かったと思ってる!」

 良かった。もしここで嫌だと言われていたら、もう一生立ち直れる気が気はしない。

 

「そうじゃなくてね……その、えっと……」

 なんだろう……水戸にしては歯切れが悪い。

 水戸が顔を少し赤らめモジモジしながらこちらをチラチラと見てくる。

「なんだよ…ハッキリ言えよ。」

「うん。えっとね……その、友達、ならさ。苗字じゃなくて名前で呼び合うのはダメかなーって…名前で読んでほしいなーって……」

 

 元素枯渇の話が終わり、少しの間会話が途切れていた。その間も静かではあったが、嫌な時間ではなかった。むしろ心地よかった。

 だが、その水戸の発言により、俺の頭の中は真っ白になり、心地よさも消えていた。

 

「…………え?」

「ダメ……かな?」

「グッ……いや、ダメって言うわけじゃないけど……」

 水戸は計算しているのか、何なのかは分からないが、目を少し潤ませ俺のことを上目遣いで見てくる。

 妹の凛も時々こういう事をやって来るが、正直やめて欲しい。

 もちろん俺も捻くれ者とはいえ普通の男だ。水戸も、もちろん凛も可愛い。そんな可愛い女性にそんな事されるとドキッとしないわけがない……

 とりあえず、この状況をなんとかしないといけない。名前の件はその後だ。

 

「と、とりあえず……離れてくれないか?ちょっと……近い……」

「え?ッ!?ご、ごめん」

 水戸は今の自分の状況を理解したのか、顔を一層赤くし、俺から勢いよく離れていく。

 

 それからしばらくの間、また静かな時間が流れる。だが次は心地いい静けさではない。

 それを水戸も感じとっているのか、俺に話しかけようとしているのだろうが、チラチラと俺の方を見るだけで、話を切り出してこない。

 俺の方も次は俺から話を切り出そうと思っても、こんな経験はなかったため、何を話していいのかよく分からない。

 

 そんな事をしていると、帰り道がここから違うのか、水戸と別れる場所まで来てしまったようだ。

 

「そ、それじゃあね!!私こっちだから!」

「あ、あぁ…」

 正直に言って、ホッとしなかったと言えば嘘になる。

 でも、水戸が先程言った、友達なんだから、と言う言葉を思い出すと、これでいいのかと思ってしまう。

 凛の事は名前で呼んでいるが、兄妹だから普通だし、なんとも思わない。でも、水戸は違う。今日友達になったばかりで慣れていない。そして恥ずかしい。

 

 そうこう頭の中で色々考えていると、水戸は家に帰るため、俺に背中を向け少し離れたところまで歩いて行ってしまっている。

 

(俺も男だろ!水戸が、友達が言い出してくれたんだから、提案してくれたんだから…ちょっと恥ずかしいくらい我慢しろよ…)

 俺はそう自分に喝を入れ言い聞かせる。

 そして、覚悟を決め、今も尚少しづつ離れていっている水戸に声をかける。

 

「また明日な!()()!」

 俺がそう水戸にしっかり聞こえる声で言うと、水戸はこれでもかと言うくらいの勢いで、振り向き、こっちを見て固まっている。

 少し恥ずかしいが、これくらいなら我慢できる。

「じゃあな、水菜」

 そして、、もう一度だけ固まっている水戸に声をかけ、俺も自分の家へと向け歩き出す。

 その瞬間、後ろから水戸の大きな、そして元気な声が聞こえる。

 

「うん!またね!また明日ね、界人くん!」

 その声を聞き、少しだけ後ろを振り返ると、水戸は手をおおきく振りながらピョンピョンと楽しそうに、そして、嬉しそうに跳ねている。

 

 それを見て、俺は少しだけ笑みをこぼす。

 その後、水戸に小さくだが手を挙げ振り返し、またすぐに前を向き歩き出した。

 

 

 

 

 俺が前を向いて歩き出しても、その姿が見えなくなるまで、水戸は笑顔で手を振り続けていたのだが……

 前を向いていた俺はもちろん、知る由もないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま……」

 水戸と別れた後、フラフラしながら家に帰ってきた俺は玄関を開けたあと、力尽きたかのように廊下にそのまま、うつ伏せに倒れ込む……

 どうやら、水戸の前で痩せ我慢していたのがいけなかったようだ。

 

「に、兄さん!?どうしたんですか!?何があったんですか!?」

 倒れ込んだ時に出た音で気づいたのか、リビングのある部屋から凛が飛び出してくる。そして倒れている俺を見た瞬間、声を荒らげ、慌てた様子で近寄ってくるのがわかる。

 うつ伏せで倒れているため顔まではしっかり見えないが、それでも心配そうな顔をしているのだろう、と言うのは何となくわかる。

 でも、とりあえず、ここから移動しないと……このまま冷たい廊下に倒れ込んでいると、風邪をひきそうだ。

 

「凛、すまん……事情は後で説明するから。とりあえずリビングのソファのところまで移動するの手伝ってくれないか?」

「わ、分かりました!」

 俺がそう言うと、凛は肩を貸してくれる。そして、そのまま俺を支えながらソファのある場所へと連れていってくれる。

 

「ありがとう、凛。助かったよ」

「いえ、このくらい、お安い御用です!」

 ソファについた俺はそのままソファに寝転がり、凛へお礼を言う。

 礼儀はよろしくないのだが、力が入らないので許して欲しい。

 

 

「さて、兄さん……何があったのか説明してくれますよね?」

 俺がソファに寝転んでから5分ほど経ち、少し落ち着いたところで、凛が説明を求めてくる。

 

「あーー、なんて言うかな……簡単に言うと、今日試合して、元素を限界まで使ったので、元素枯渇になり、それが完治しないまま歩いて帰ってきたら、家に帰ってきた瞬間、力尽きて倒れた。って感じだな。」

 ことの顛末をなるべく簡潔に話す。

「ハァ~……兄さん。兄さんは今は首につけているチョーカーで元素を無理やり封じ込めているんですから、あまり元素を使わないようにと前言ったじゃありませんか。無理やり封じ込めている元素を使えば、それはそうなりますよ!」

「お、おう……すまん……」

「兄さんの体のことなので私に謝られても、困りますよ。ですが、気をつけてくださいね。また力が暴走したらどうなるか分からないですから。私は兄さんの事が心配だから言っているのですよ?」

「あぁ、分かってるよ。ありがとう、気をつける。」

 俺がそう言うと、凛は先程までの心配そうな顔から笑顔になり、俺に抱きつきながら返事をする。

 そんな凛の頭を片方の手で撫でる。そして、もう片方の手は先ほど凛に言われた、首についている黒いチョーカーに触れる。

 

 

 

 なんで俺がこんなものをつけているのか、実は俺もよくわかっていない。

 俺が中学2年の時、俺は雷の元素を操るBランクの元素使いだった。力もしっかり使いこなしていたし、そのためのトレーニングもしていた。しかし、ある時、俺の力が暴走した。いや、暴走させてしまった、と言うべきなんだろうか……暴走した時のことはよく覚えていないのでよく分からない。

 覚えている事があるとするなら、俺が目を覚ました後に見た、俺の周りに転がっている無数の死体と俺の手や服など全身に血がべっとりと付いているという情景だけだ。

 そして、気づいた時にはもうこのチョーカーが付けられていた。誰が付けたのかも、いつ付けたのかもわからない。ただ分かるのは、このチョーカーのお陰で暴走が収まったということ。

 

 後々に分かったことは、このチョーカーは俺の力を封じ込めているものだと言うこと。そして、俺はBランクから最弱者のEランクになったと言うこと。

 

 でも、別に困ることは無かった。

 元々から俺は父さんに体内で元素を正確にそして、迅速に操れるように指導してもらっていた。それを毎日トレーニングで欠かさずしていたので、ただ纏いが出来なくなったと言うだけで俺にとっては戦い方は変わらないため困らなかった。

 まぁそれから数日後にある出来事があり、そこからそのトレーニングはしていなかったのだが……

 

 まぁつまり、俺の力がチョーカーによって、封じ込められているとしても、感謝はすれど恨んだり、怒ったりなどそんな感情は一切ない。という事だ。

 

 

 

(まぁとりあえず、これからはこんな事が無いように、しっかりトレーニングしていかないとな)

 俺はそう決意してから、自分の首につけられているチョーカーから触れていた手を離す。

 

 そんな時、俺に大人しく頭を撫でられていた凛が急に顔を上げる。

「そうだ、兄さん。頭を撫でていてもらいたかったので、さっきまで何も言いませんでしたが……」

「ん?どうした?」

 凛はそう言いながら俺から離れ、俺を見下ろすように俺の前に立つ。

 凛が離れたので、俺は頭を撫でるのをやめ、体を起こしソファに座る。

 

「私は兄さんに、何があったのか説明してくれますよね?って言いましたよね?」

「あぁそうだな……だから説明しただろ?」

 そう説明した。そしてそれはもう解決したと思ったのだが、違うのだろうか。

「兄さんは勝手に元素枯渇になった理由を話しました。確かにそのことも気になってはいたのですが……」

「どうしたんだ?凛。」

「兄さん!私が聞きたかったのは、その服にこびり付いている女の匂いについてです!」

「え?女?匂い?」

 凛にそう言われ、何のことだと頭をフル回転し考える。

(女……匂い……………まさか……)

 そこである一つの答えに行き当たった。

 

 そう、その答えは……水戸水菜だ。今日は水戸と試合し、水戸と話し合い、水戸と一緒に帰りと、最後の方はほぼ水戸と一緒にいた。

 服に水戸の匂いがついていてもおかしくはない。その上、鼻のいい凛なら分かってもおかしくはない……

 匂いだけで女だと分かるのはおかしいと思うが……

 

 

 それにしても……完全に忘れていた。凛が俺の服に女の匂いがついているとこうなることを。それを回避するためファフリーズを買う事すらも忘れていた。

 

 ヤバい、何か言わないと!

そう思い、慌てて凛の方を見るのだが……

「ねぇ兄さん……誰その女?私の兄さんに近づくだけでは飽き足らず、兄さんと試合をして、そして、兄さんと友達になり、一緒に歩いて帰るなんて、そんな事をした女は誰?」

 どうやら遅かったようだ……

 凛は目のハイライトを消し、笑顔と呼べない、引きつった怖い笑みをこちらに向けている。怖い……

 と言うか、なんでそこまで分かるんだよ!?エスパーか!?ほんと怖いよ!

 

「お、落ち着け!凛!説明するから落ちつけ」

「特徴と名前だけ教えて?殺してくるから……」

 凛はそう言い、玄関に向けて歩き出す。

「ま、待て待て待て待て待て!!まず落ち着け!な?殺すとか言うな。凛が殺人犯になるのは俺は嫌だぞ!」

 俺はまだ重たい体に鞭を打ち、凛にしがみつきながら必死に止める。

 すると……

「お兄ちゃんは……私だけのお兄ちゃんなんだもん……だから、他の女になんかお兄ちゃんは渡さないもん…絶対に……そう決めたのに……なのに……」

「り、凛?」

 凛の声は最初の無機質な冷たいものではなくなり、声は震え、口調も幼い頃のものに戻っていた。そして俺の方へ振り向き抱きついてくる。そして……

「ヒック……ウェ、うぇぁぁぁぁぁぁぁぁん……私のお兄ちゃんなのに…ヒック…私だけのお兄ちゃんなのに……エッグ……取られちゃうよー……うぁぁぁぁあああん……お兄ちゃんがいなくなっちゃう…離れていっちゃうよーー」

「ちょっ、凛!?」

 凛は急に幼い時のように泣き始めた。

 久しぶりに、本当に久しぶりに凛のこんな姿を見たのだが、今はそんなこと言っている場合ではない。

 

「り、凛。大丈夫だ!兄ちゃんはいつまでも凛だけの兄ちゃんだぞ。兄ちゃんはどこにも行かないし、ずっと凛のそばにいてやる。兄ちゃんは凛から離れないから!な?」

 

 

 

 

 それからしばらくの間、その家からは凛の泣き声とそれを(なだ)める俺の声が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八神と水戸さんが試合をすることになった……

 八神がEランクってことにも驚いたけど、八神からAランクの水戸さんに試合を申し込んだ事にもっと驚いた。

 

 Eランクの八神が勝てるわけない。そう思った。

 友達だから心配だった。

 だけど、そんな俺の心配とは裏腹に八神は俺の方に笑顔を向け、サムズアップをしてくる。大丈夫だって言っている気がした。

 心配だ……でも友達が大丈夫だって言っているのなら、止めず、送り出してやるのが友達だと言うものだ。

 だから俺は頷く!八神なら大丈夫だと。そう意思を込め。

 

 試合は……凄かった。その一言しか出てこない。水戸さんもすごかった。でもやっぱり八神がすごかった。

 強い。ただそう思った。そして憧れた。尊敬した。

 だから……今はまだ俺は八神のことを護れるほど強くない。でも、いつか…………

「俺もお前のように強くなって、友達のお前の背中を護れるようになってやる!」

 

 そう覚悟を決め、俺は、御子柴陽は走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は色々あった……

 食堂の時はつらくなり、苦しくなり、悲しくなった。

 でも、試合をしたあと、それは嘘のようになくなっていたんだ。

 それは、優しい捻くれ者さんのお陰。

 

 試合ではとても強かった。Eランクなんて信じられないほど。

 敵わないと思った。悔しかった。でもそれ以上になぜか清々しかったんだ。

 

 それだけでも私は何故かはわからないけど、救われたような気になった。

 でも、優しい捻くれ者さんは試合のあとも私のことを救ってくれた。

『水戸のことを分かりたい』

『俺のことを分かって欲しい』

『そばにいる。一緒にいる。護ってやる』そう言ってくれた。

 

 その言葉を聞いた時、私は本当に救われた。過去の出来事はなくならない。過去の出来事はまた私の事を苦しめるだろう。

 でも、大丈夫だと思えた。

 私はあなたの事を少しだけど分かっているから。あなたは私の事を少しだけど分かってくれているから。

 だからもう大丈夫。そう思えた。

 

『水菜!』

 この気持ちは何なんだろう。

『俺と友達になってください』

 友達だからだろうか…………よく分からない。

『俺がそばにいて護ってやる』

 でもこのポカポカした気持ちはとても心地いい。

 

 この気持ちの正体はいずれ分かるよね!

 だから、それまでは……

 ううん……これからもずっと…

 

「私の事を護ってね、界人くん!私も君の事護るから!……私の気持ちをこんなにした責任とってよね」

 

 

 今、背を向け歩いている少年に向け、手を振りながら私はそう笑顔で呟いた。

 

 




捻くれ者の最弱最強譚#10
いかがでしたでしょうか。
御子柴が良い奴すぎる……
書いてて自分でそう思いました( -`ω-)b

面白いと思ってもらえるように、楽しんで読んでいただけるように、これからも頑張るのでよろしくお願いします!

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