うわあ、マジか。
前世の記憶を取り戻した俺は、大きくため息をついた。
帝国250億、同盟130億。
ごく一部の星系を除いて、居住可能惑星の人口は多くない。
まあ、人口そのものが推定で全盛期で3000億を超えていた状態から、フェザーンも含めて約400億まで減少、なのに居住領域は増えているわけだから、こんなスカスカの人口分布になるよ。
それは帝国にも言えることだけど、そうなると単純にマンパワーで負けるというか、帝国も、同盟も、相手領土を征服し、支配する能力に不足しているという点ではどちらも同じではあるが。
まあ、現実的には間接支配以外は無理だろう。
そうすると、同盟が帝国を間接支配するのは無理って話になる。
支配層の貴族を殲滅しないと支配できないし、貴族を殲滅してしまうと、統治できなくなる。
民主主義は一日にしてならずというか、全国民の一定水準の教育と、知識層の存在と……どう考えても、今の帝国にそれはない。
つまり、ぶっちゃけ勝てない。
民主主義による絶対親政みたいな、おぞましいキメラが誕生したら、ヤン・ウェンリーが紅茶噴き出すわ。
というか、銀英伝の世界および、銀英伝に近似した世界だとしたら……金髪さん無双が始まってしまう。
銀英伝の世界かあ。
見る分には、格好いいしキラキラしてるけど、イギリス・フランスの100年戦争を、さらに過激にして煮詰めた状態だからなあ。
100年戦争とか言っても、実際の戦争は散発的なものというか、戦争継続状態とちょっと休戦、また戦争継続状態の繰り返しだったみたいだし。
それがこの世界だと、1年に2回の小競り合いに加えて、2年に1度の大遠征……毎年コンスタントに数百万の死者が出るって、頭おかしいだろ。
つーか、イゼルローン要塞なんて同盟軍ホイホイ以外の何物でもないだろ。
城攻めというか、相手の拠点に攻撃とか最後の手段だろ、常識的に。
防衛ならともかく、こっちから突撃とか、もう理性じゃなくて、存在意義という名の感情による戦争としか思えないよ。
つまり、フェザーンが神ということか。
ああ、言いたいこと言ってちょっと落ち着いた。
前世の記憶があるから俺はこんなこと言うけどさ、同盟の国民に与えられる情報がね、いーい感じにコントロールされててね。
基本的に同盟の国民って子供の頃から緩やかに洗脳されてて、帝国絶対殺すマンにクラスチェンジされてるのよ。
俺が学校でこういうこと言い出すと、多分ボコられる。
『それがどうした』って原作でのネタ名言があったけど……『だからどうした』だったっけ?
『僕の父さんは帝国に殺されたんだ!』って感情上乗せパワーワードの前では、色々と無力よ。
そういう俺も、父親と母方のおじさんが戦争で死んでる。
『一瞬だけ幸せになりたいなら復讐しなさい、永遠に幸せになりたいなら許しなさい』……だっけ?
難しいからこそ名言なんだろうけど、はっきり言うと、前世日本人のメンタルって、今の同盟の中だと価値観の面で超異物。
まあ、こんな空気だからこそ原作でのイゼルローン奪取からの帝国大侵攻みたいな、壮大な(笑)計画が国民に支持されたんだろうけど。
と、いうか……ヤン・ウェンリーってかなり特殊なのがよくわかる。
……あれかな、父親が死ぬまで宇宙船でひたすら飛び回ってたから、ある意味同盟の民衆の空気ってやつに触れずに育ったのが原因なのかも。
今の俺ならわかる。
そりゃあ、変人というか異物扱いされるよ。
空気を作る一味の政治家から、嫌われるのも無理はない。
そして、現実を見る政治家は基本的に財務に偏るのはいつの時代も同じ……か。
しかし、これからどうするよ?
良くも悪くも前世の記憶を取り戻した俺が、同盟の社会で生きていくのはものすっごく居心地悪い。
もちろん、帝国なんかノーサンキューだ。
じゃあ、軍に入って原作の流れに身を投じるか?
無茶言うな。
言っておくけど、ヤン・ウェンリーは超エリートだからな?
帝国絶対殺すマンの同盟の子供は、親が政治家とか企業経営者の一部を除いて、みんな軍人目指すからね?
士官学校の入試って、超難関だから。
前世の記憶持ちってことは、こと試験に関しちゃまったく有利にならないし、皆が努力する前提で考えると頭の程度の差はひっくり返せません。
ああ、アンドリュー・フォークとかちょっと会って話してみたいわ。
あと、ヤンの同期のあいつ……えーと、シミュレーションで補給線絶たれて時間切れ判定で負けた……ワ、ワイドなんとかいうやつ。
原作キャラミーハーな気持ちが俺にだってないわけじゃない。
ため息と涙が止まらない。
なに、なんなの、この過酷な世界。
異世界転生ヒャッハー出来る人間は、まず何よりも心が強いわ。
どうせ転生するなら、ゆるゆる日常マンガか、ギャルゲーやら乙女ゲーやらで、美形を眺めて目の保養に努めながら植物のような人生を謳歌したかったよ、マジで。
逆説的に、前世の日本がぬるかったってことになるのか。
やばい、俺辺境星系目指す。
帝国がなんの戦略的価値も見いだせない、辺境の居住可能星系で、苦労しながら土地を切り開いて比較的スローライフを目指す。
人間、立って半畳、寝て一畳、1日に4合の米と少しの酒があればそれでいいよ。
長生きなんてできなくてもいいから、穏やかに過ごしたい。
戦争が嫌だ、同盟が嫌だ、社会が気持ち悪い。
作業を終えて顔を上げ、夕焼けに見惚れた。
前世の記憶とはちょっと違う色合いの夕焼けだが、素直にきれいだなと思える。
初めてこの星の夕焼けを見たことを思い出した。
もう、20年近く昔のこと。
スローライフというよりは、遅々として進まない感じのスローなライフだったが、皆が皆生きるのに必死で、だからこそ余計なものが除かれた。
苦労があり、事故があり、資材や補給が届かなかったこともあり、それでも手と手を取り合って生きてきた。
涙が出る。
あの社会が怖くて、気持ち悪くて逃げ出したことが、遠い遠い記憶の中にある。
生きている。
生きているだけじゃないかと言われたらそうかもしれない。
でも俺は、あの社会では生きていけないと感じた。
宇宙船が飛び交う時代とは思えぬ暮らし。
同盟が負けたとか、金髪さんが死んだとか、俺の予想通り社会が混乱のさなかにあるだとか……時々、風の便りのごとく、そんな情報が入ってくる。
でも俺には関係ない。
俺は油断していた。
いや、どのみち俺ではどうしようもないことだ。
ポジティブに考えよう。
20年ほども、心穏やかに生きることができた。
はは、ラッキー。
社会的混乱。
辺境星系。
ヒャッハーが我が物顔で活動できる、良い環境だ。
いや、宇宙船動かしてこんな辺境までやってきて、どう考えても労力とコストが見合わねえだろ?
まあ、俺が言うなって話か。
もうすぐ俺は死ぬ。
仲間が殺される、もしくは拐われる。
すべてが奪われ、壊される。
なんて、世界だ……チクショウ。
彼は、心が弱かったのだ。
よくある、よくある。