神様と出会った覚えはないんだけどなあ。
いわゆる異世界転生ってやつなんだろうか。
まあ、一度死んだから、生まれ変わってラッキー、ボーナスゲームスタートォッ……などとお気楽にいきたいところなんだけど、正直罰ゲーム臭い。
と、いうか……異世界転生と見せかけた、新手の地獄なんじゃなかろうか。
ああ、俺の名前か?
正直、名前にはなんの価値もない状態だけど、ヨハンだ。
俺の知ってるだけでも、『ヨハン』は何人もいる。
名前というか、ただの記号だな。
まあ、名前で呼ばれることはほとんどなくて、大抵は『おい』とか、『そこのお前』とか呼ばれてる。
お貴族様の荘園で働く、農奴ってやつさ、生まれた時からの。
前世で、20世紀初頭のヨーロッパの鉱夫が日常で使う単語は精々600という話を聞いた記憶があるが……正直、ここの教育水準は恐ろしいほど低い。
読み書きができる人間は数える程……というか、子供の頃はそんなもんかなと思ってたんだ。
ただ、前世の記憶がはっきりしてくると、今の状況がものすごくチグハグなことに気がついた。
だってさ、機械があるんだぜ。
まあ、ぶっ壊れて修理もできずにそのまま放置されてるけど。
機械があるのに、人力で農業。
どんな苦行だよ。
で、ついこの前。
俺は見てしまった。
正直腰が抜けるかと思ったわ。
俺と同年代の、生まれた時からの農奴のガキは、ただぽかーんとしてたけどな。
何を見たかって?
宇宙船。
ツッコンだよ。
まるで機械のように、ツッコミまくったよ。
どうなってんだこの世界ってな。
宇宙船が飛ぶ世界で、機械が修理できずに放置、人力でへいこらと畑を耕すとか馬鹿じゃねえの?
うん、正直目が覚めた。
両親は文字の読み書きとか当然できないから、自力で読み書きの努力はしてたんだけど、俺は故障したまま放置されてた機械に飛びついたよ。
まあ、専門知識はないけど、ネジの開け閉めや、目に見える範囲の清掃ぐらいはできらあな。
休憩の合間に、あれこれやってたら、1台だけ、動き出したんだ。
『人間、やるか、やらんかじゃ』って言葉は本当だな。
これがきっかけで、俺は目をかけられた。
まあ、管理者のサポートっていうか、見習いみたいな感じで……うん、こいつら、中世的な住居で寝泊まりしてた俺らと違って、電化製品に囲まれた住居に住んでやがった。
いつか殺す。
いや、それよりも、文明開化の音がしてる、してるよ、これ。
テレビっつーか、モニターつーか、コンピューターって、しゅごい。
あれ、前世よりすごいはずなのに、あんまりすごい感じがしない。
まあ、そんなこんなで、色々とわかってきた。
人類はとっくの昔に宇宙に向かって羽ばたいていたってな。
まずは宇宙時代に突入してから、銀河連邦ってのがあって、ルドルフってのが新しく帝国作って、それに反抗した反乱軍が、自由惑星同盟ってのを作って、戦争中らしい。
これ、前世とは比べ物にならないってのがよくわかった。
よくわかったんだけど、時々、頭に引っかかりを覚えることがある。
お貴族様の名前とか聞くとな、なーんか、こう、ちょっとな。
まあ、前世の記憶的には、漫画やアニメ的にはよくあるような名前なんだけどな、そのせいかもしれん。
それから10年ほどすぎ、俺も大人になった。
まあ、何歳かなんて全然わからないんだけどな。
自分で言うのもなんだけど、俺は担当の荘園を、ほかに比べてかなり効率よく回せてると思う。
機械の修理、農奴たちへの適度な休息やら食事やら。
それは良いんだが、どうも最近帝国の治安っていうか、様子があまりよくないらしい。
貴族同士の争いっていうか、権力争いなんだろうけど……まあ、うちの貴族様は帝国で1、2を争う派閥のトップらしいし、なんとかするだろ。
まあ、歴史的には、ダメな時はダメなんだけどな。
正直、俺の所に届く情報なんて大したものじゃないんだろうけど……それは前世でも一緒だったしな。
まあいいや。
明後日には、収穫がひと段落するから、農奴連中をねぎらうために酒と、ちょっとしたご馳走を振舞ってやるつもりなんだ。
あんまりおおっぴらにやると、ほかの荘園の管理者連中から文句を言われるからあれだけどな。
お、宇宙船が団体で飛んでいく。
宇宙か。
行けるものなら行ってみたいけどな、多分俺はこのままこの星で一生を過ごすことになるんだと思う。
欲を出せばキリがないというか、まあこんな人生もありだろう。
管理者とは言っても、所詮俺は農奴だ。
みんなに、仲間の農奴たちに、ほんの少しだけいい目を見せてやる。
俺は、そのことだけを考えて生きていこうと思う。
ははっ、前世ではあんまり意識したことはなかったけど、生まれ故郷に愛着を持つのは自然なことだよな。
うん、俺はこの星が……生まれた時から居るこの荘園が好きだよ。
そうそう、この前ようやく、この星の名前を知る機会があったんだ。
生まれ故郷だからな、やっぱり、名前ぐらいは知っておきたかったし。
ヴェスターラントって言うんだ。
……っと、おかしいよな。
生まれ故郷の星の名前なのに、それを口にすると、なんだか胸騒ぎがするんだぜ。
変な話さ。
話の展開上、『胸騒ぎ』なんて表現してますが、実際は情報も制限されて、銀英伝の世界と気づくこともなく、終わっちゃうでしょうね。
10月21日、ラストに至るまでの流れを少し修正しました。