……いい話も書いてみたかったの。
すまねえな、若えの。
飲むなら、1晩に3杯までって決めちまってるんだ。
これが最後の1杯ってわけよ。
気持ちだけは頂いとくぜ、ありがとよ。
はは、俺から見れば、あんたは『若えの』さ。
……なんだお前さん、あの人のこと知ってるのか?
ふーん、昔野球教室ってのに……ははは、無理やり連れて行かれたってか。
あの人は、悪い人じゃないんだがなあ。
こと、野球のことになると……馬鹿って言うか、無邪気な子供みたいになっちまうからなあ。
あれで、お貴族様の子爵様ってんだから……まあ、おかしな人だったなあ。
おかしな人だったけどなあ、悪い人じゃなかった。
はは、迷惑な人ではあったな、確かに。
でもなあ、あんな殺され方は、あんまりじゃねえか……まったく。
事が終わったあとで調べてみたら、あの連中、ロクでもないことばっかりしてたっていうじゃねえか。
恐れ多くも、皇帝様や、幼帝様、皇妃様の命まで狙ってたとか……。
そうすると、あの人も……野球が大好きな子供みたいに見えて、色々と帝国のために重要な働きをしてたってことなのかねえ……。
正直、想像もつかないが。
え、あの人1人で何十人を返り討ちにしてる?
どっちが被害者かわかったもんじゃないって?
ははは、そこらの人間が束になったってあの人にはかないやしねえよ。
連中が、ブラスターや炸裂弾なんかの物騒なものを準備してなきゃ、あの人が負けたり……殺されたりするもんかい。
ああ、あの人のことは好きだったよ、おかしいかい?
なんだ、そんなことまで知ってるのか?
はは、確かに俺は、あの人のせいで酒場をぶっ壊されたよ。
でもな、あの人はちゃんと謝ってくれた。
今よりもずっと、お貴族様が威張ってた時代にだぜ?
そんなお貴族様のあの人が、ちゃんと俺の目を見て、頭を下げて謝ってくれたんだ。
あの大きな身体を縮こませるようにしてな。
そうしてちゃんと謝った上で、弁償もしてくれた。
普通のお貴族様なら、知らん顔さ。
マシなお貴族様なら、使用人に金を持たせてそれっきりさ。
直接謝罪してくれるお貴族様なんてのは、かつての帝国貴族4000家で、どのぐらいいたやら。
あの人は、弁償してくれた上で、店の修理やその他もろもろ、相談に乗ってくれてなあ、かえって、恐縮しちまったよ。
お貴族様だったけど、あの人は……なんていうかな、平民の道理ってものをわきまえてた。
ははは、そうそう、迷惑な人だったけどな。
なんだ、お前さん、その話が聞きたいなら最初からそういいなよ。
かつての酒場の店主は、今はただの酔っ払いの老人さ。
俺の酒場をぶっ壊してくれた、あの人とオフレッサー閣下のガチンコ勝負。
反逆者とか関係ねえよ。
ガチンコ勝負に、身分もへったくれもないさ。
それにこちとら老い先短い老人だ、もう何も怖くないってな。
宇宙船に乗ってのドンパチの強い弱いはよ、男としては今ひとつピンとこねえんだよな。
お前さんも男なら覚えがあるんじゃないのかい?
いつかは覚める夢だったとしても、男っていきものは必ず最強を夢見るだろ?
武器とかじゃなく、生まれ持った肉体での戦い。
ミンチメーカーとか、原始時代の勇者とか言われてたらしいけどよ、男は少なからず憧れたはずさ。
圧倒的な腕力。
圧倒的な暴力。
ははは、呆れたような顔をしても無駄さ。
お前さんが男である限り、そういう覚えがないとは言わせねえぞ。
俺の酒場は、お上品な店じゃなかったからな。
店の作りはもちろん、テーブルなんかは頑丈なものを使ってた。
オフレッサー閣下が、ああ、当時は閣下じゃあなかったけどな、部下のふたりを同時に相手してアームレスリングをやったことがある。
部下ふたりをなぎ倒して、テーブルまでぶっ壊しちまった。
はは、閣下が困ったような表情を浮かべて、財布を差し出してきたよ。
閣下も、言われるような悪い人じゃなかったさ。
戦争ってやつは嫌だな、誰も彼もを悪い敵にしちまう。
まあ、そんな閣下と、あの人だ。
あの人を知ってるなら、想像するだけでもワクワクするだろ?
ははは、俺もさ。
俺もワクワクしちまった。
口では『やめてください』とか言いながら、子供みたいに無邪気にはしゃいでた。
閣下の部下も部下で、暴れん坊ぞろいだからな。
見ればわかんのよ、目をキラキラさせてな。
どっちが強えんだ……ってな。
いや、まあ……俺にとっても、閣下の部下たちにしても、あのふたりのガチンコは少々予想外というか、想像をはるかにぶっ飛んでいたわけだが。
そう広くもない酒場に、屈強な男たちが20人ほどなだれ込んで勝負つかずってやつよ。
ああ、その時はもう屋根が半分ほどなかったからな……星が綺麗だったのを覚えてる。
壁も穴だらけでよ、悲しいとかそういうんじゃなくて……すげえなって感心したよ。
ん?
勝負つかずは勝負つかずよ。
そりゃあ、互いに殴りっこしての決着は閣下が勝ったってことになったけどな。
ガチンコと殴りっこってのは違うだろ?
少なくとも、止められるまでの間に、閣下はあの人にいい蹴りを一発貰って壁に叩きつけられてた。
その一方、閣下の攻撃はひとつもまともに当たってなかったからな。
そりゃあ、ガチンコだからな。
優勢だったのをひっくり返されるってこともあるだろうさ。
でも、あの時点での判定勝負なら、俺はあの人を推すね。
最後までやってたら?
どっちにも負けて欲しくないし、どっちにも勝って欲しい……はは、もう予想じゃねえな、こりゃ。
大体よお、あの時はもうほとんど店もぶっ壊れてたんだから、止めても無駄っていうか、最後まで見させろって思ったよ。
老い先短い俺だが、心残りは、それだな。
周辺の建物への被害?
さあ、俺は知らねえなあ。
自分の店のことだけで頭の中がいっぱいよ。
え?
弁償もしてもらったのに、何故酒場を再開しなかったのかって?
ははは、あの人と閣下がな、『酒場が再開したら、贔屓にする』って約束してくれたのさ。
そしたらよお、『またこんな騒ぎが起こる可能性があるなら、営業許可は出せん!』ってな。
ふざけんなって話さ。
あの2人には、また俺の店で飲んで欲しかったからな。
閣下も、あの人も、気持ちのいい客だったぜ。
おう、あの2人がなんでガチンコやったのかって?
はは、酒場の店主は、客の秘密は漏らさねえよ。
そうだな、ガチンコじゃなくて、あのふたりにとっちゃ、ただのじゃれあいだったんじゃねえか?
そういうことに、しときな。
……お前さん、野球教室に無理やり連れて行かれたってのは嘘だろ?
あわてなさんな。
酒場に嘘と噂はつきものさ。
だからまあ、いろんなものが見えてくる。
紅茶好きの魔術師さんは、元気かい?
本を書くための資料ってんなら、1ページでもいい、あの人のことを書いてくれって頼んでくれよ。
老い先短いジジイの頼みさ。
そしてできれば、オフレッサー閣下のことは悪く書かないで欲しいな。
ヤンだろうが、ユリアンだろうが、こんな気軽に出歩けるはずが……。
作者としても無理は承知の話です。
笑って楽しんでもらえたらいいなあ。
と、いうわけで、死んでいく転生者のお話をいくつか書き始めるつもりです。
新しい章のタイトルは何にしようかな。