銀河転生者伝説~君は生き延びることができるか~   作:高任斎

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エピローグです。
歴史の流れをお楽しみください。


エピローグ
100:私はこの世界で生まれた。


 んきゅっ!

 

 

 学校で歴史の授業中に、変な悲鳴を上げてしまった。

 形ばかりの笑みを浮かべて、『しゃっくりです』などと教師やクラスメイトに言い訳しながらも、私の心臓はバクバク鳴っている。

 鼓動は収まるどころかますます激しく踊り続け、それに合わせるように、私の意識に次々と流れ込んでくる記憶の数々。

 ちょっと、ちょっとぉ。

 これって、これってぇ。

 冷や汗が止まらない。

 なのに胸と頭だけが熱い。

 呼吸が乱れる。

 ああ、そういえば……『前世』でもこんな症状が、過呼吸だったか……な。

 私は、椅子から滑り落ちるようにしてぶっ倒れていた。

 

 若いっていいわぁ。

 寝たら治る。

 うん、意識は動揺しまくりなんだけど。

 40代の主婦の記憶と、11歳の女の子の意識が錯綜し合って、視界にどぎつい合成着色料を思わせる原色のヴェールがかかったり消えたりを繰り返している。

 理性的で、感情的で、口を開いたら絶叫しそうな、混在した何かが私の中で渦巻く。

 視界に入る、『当たり前のテクノロジー』に『すっごいSF世界ねえ』と感嘆する自分が居る。

 見慣れた景色が、驚きと、感動と、新鮮さに埋め尽くされていく。

 悲鳴を上げて絶叫したいのに、『落ち着いて』とか、『女は度胸と愛嬌よ』などとなだめようとする意識が私のもので、私が私で、私じゃない何かになっていく。

 いつしか私は気を失い、そして再び目を覚ましたときには、私と私は、私になっていた。

 

 

 ネットワークで、『人類史』の資料を閲覧する。

 歴史上の人物の名前に、胸がキュンキュンしてしまう。

 文字だけの表記なのに、私の脳裏には美形の男性の姿や、詳細設定が次々と浮かんでくるのだ。

 落ち着け、40代2人の子持ち主婦。

 いや、それも私のことなんだけど……うん、私はもうダメかもしんない。

 あれ以降、家族や友達からの視線がちょっと怖い。

 

 思春期の女の子は、不安定なものなのよ。

 

 無意識に口をついた言い訳が、さらにクラスメイトとの距離を広げた。

 泣きたい。

 とりあえず、人類が宇宙へと飛び出す以前の……いわゆる歴史における『地球史』の記録が、結構いい加減なことだけはわかった。

 無論、私の『知識』が正しいとは限らないのだけど。

 しかし、『私』が、地球における西暦2000年前後の日本という国で生きた一般的な女性でありながら、何故宇宙歴780年から800年付近の歴史にやたら詳しいのか。

 ちなみに、西暦2801年が宇宙歴1年にあたるから、『私』は西暦換算3500年あたりの歴史を熟知していることになる。

 いわゆる、ゴールデンバウム王朝と自由惑星同盟の150年戦争及び、ラインハルト様による新しいローエングラム王朝って……む、無意識に『様』づけしてる、私……。

 

 はあ。

 私の記憶が確かならば、この世界は銀河英雄伝説という小説の世界。

 ……なぜかしら、お酒が飲みたいと思ってしまったわ。

 

 

 あれから数年、私は随分落ち着いたというか、色々と折り合いを付けたというか。

 周囲の私への評価は、変わらず『変人』です。

 ああ、『歴史オタク』ってのもあったわね……意識の片隅で『歴女とオタクのファイナルフュージョンね』などとはしゃいでいる自分が居る。

 泣きたい。

 

 まあ、『記憶』を嘆いても仕方がないし、私という存在は現実を生きている。

 どうも意識が過去に引っ張られがちなんで、時間さえあれば私は私自身に言い聞かせるように心の中でそうつぶやいている。

 とは言っても、知識は知識だ。

 人類は、何かを積み重ねることで前へと進んできたし、『積み上げ方を間違えたとき』は、何かが崩れて後戻りするようなこともある。

 データベースさえ凌駕するような私の記憶というか知識は、何らかの記録として残しておくべきだろう。

 何となくそう思ってしまったのは、気の迷いだったのだろうか。

 

 気が付けば、私は作家になっていた。

 

 遠い遠い昔の、人類がまだ地球という星から飛び立てなかった頃のお話。

 ローマ、ペルシア、ムガル、漢……専門の学者ぐらいしか知らない、耳慣れないエキゾチックな国名や文化が、一部に受けた。

 学術書じゃなく、子供に読み書きを教えるような、ドラマ仕立ての物語だったのがよかったのかもしれない。

 色々と、ツッコミや批判なんかも頂いたけど。

 私がきっかけで、ちょっとした地球懐古のブームが起きたのは少し誇らしい気がするけどね。

 それからも私は筆を走らせ続けた。

 うん、自分で言うのもなんだけど『筆を走らせる』って表現、ものすごく違和感あるわ。

『筆をとる』って表現のほうが正しいかも……などと記憶が囁くのだけど、記憶はともかく私のこの手は、筆を触ったこともないのにね。

 

 そして私も40代、心の片隅で『時代が私に追いついた』などとはしゃいでいる何かを殴りたい。

 どーせ、未婚よ、独身よ。

 というか、現実の男に胸がサッパリときめかないのは、私の記憶のせいだと思う。

 だって、結婚して、子供も産んで、子育てした記憶と実感がしっかりあるのよ、私。

 だからいいの、私は涙が似合う仕事に生きる女。

 まあ、物書きとしてのスキルもそれなりに磨かれてようやくというか……うん、心の中で何かが大ハッスルしてるんだけど、気持ちはわかるんだけど、ねえ。

 これって、盗作ってやつなんじゃない?

 モニターに映るのは、これから書き始める大作のタイトル。

 

 『銀河英雄伝説』

 

 いや、『この世界なら、史実をもとにした立派な歴史小説です』じゃなくて…その、ねえ?

 は、『キルヒアイス様は実は死んでません』って……。

 え、『ロイエンタール様も実は生きてました』って……。

 あ、『アイゼナッハ様は美人の奥様とラブラブなんだからぁっ』って……はいはい。

 私の悩みは尽きない。

 

 

 

 私はこの世界に生まれ、今を生きている。

 私の記憶が語るのは、遠い遠い未来の物語。

 その遠い遠い未来は、私にとって遠い遠い過去の歴史。

 私は私を通してつながっている。

 人は生まれ、死ぬ。

 それでも人は、人とつながっている。

 国が興り、滅ぶ。

 それでも国は、歴史というつながりでつながっている。

 人が歩みを止めないかぎり、歴史はあとを追いかけていく。

 

 

 ふう。

 息を吐く。

 気が付けば、私も還暦間近。

『銀河英雄伝説』ここに、脱稿。

 ゴールデンバウム王朝成立から、宇宙を統一したローエングラム王朝が潰えるまで、書きに書いて書きまくったわ。

 アーレ・ハイネセンによるロンゲストマーチの結果、世界は広がり自由惑星同盟が生まれた。

 『私』も知らなかった歴史の転換点、ハイネセンによるロンゲストマーチととともに旅立ち、初期に袂を分かった集団が苦難を超えてたどり着いた新天地の存在が、さらに世界を広げていたこと。

 その新世界との遭遇が、熱狂と、発展を生み……そして、混乱を招いた。

 良くも悪くも、歴史は繰り返された。

 その後も、世界は幾度かの混乱を経験している。

 

 私は、心地よい疲労に身を任せて目を閉じた。

 記憶のせいで、私の意識は過去と未来を幻想を交えて行き来する。

 さて、次は何を書こうか。

 人が歩みを止めないように、歴史が綴られていくように。

 私の筆は、折れることを知らないようだ。




最終話らしく、それっぽいテーマを。
正直、最初は99人ほどあがいて死にまくる話を書きまくってやるぐらいの勢いだったんですが、マンネリから逃れられそうにないし、似た話を延々読まされる方もあれだろなと。

最後までお付き合いしていただいてありがとうございます。

ルビンスキーが、アニメでハゲだったなんて……当時の私にとってはショックでした。
なんでや、原作ルビンスキー、格好良いやろ。
もしかして、覚えてないけど小説の挿絵でハゲだった……?

原作にて、『1本の毛もない』と明記されているそうです。


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