ただし、『ぼくのかんがえた最凶の帝国社会』ですが。
でも、最悪じゃないし、普通にありそうなんだよな。
運が良かった。
しみじみそう思います。
銀英伝の世界、もしくはそれに近似した世界。
原作での、帝国貴族の馬鹿っぷりは覚えてます。
正直、『こんな馬鹿いるわけねえよ』とも思いました。
しかし、今こうして現実にこの世界で生きてると……。
原作以上の馬鹿貴族がいます。
いや、もちろんまともな貴族もいますし、優秀な貴族だっているんです。
私が、『運が良かった』というのは、本当にそういう意味ですね。
私は、優秀な……領民思いの立派な貴族の領地で生活してます。
まあ、領地持ちの爵位持ち貴族の中で、私はおそらく領民たちにとってトップ3に入る恵まれた貴族に支配される平民ということになりましょう。
おっと、原作以上の馬鹿貴族って表現はある意味不公平かもしれません。
あのフレーゲルとか、言ってみれば馬鹿貴族筆頭ポジションですよね?
あいつ、あれで領地経営は結構ましな方になるんです……まあ、部下が有能なだけなんでしょうけど。
上が馬鹿だと下が苦労するってのは、時代と世界を超えた真実なんですね。
それに、ブラウンシュバイク公の甥っ子ですからね、人材を含めたフォローがあるんでしょう、きっと。
何が言いたいかというと、原作でラインハルトの周りをチョロチョロする馬鹿貴族たちは、領民たちに直接……まあ、そういうことがほとんどないんです。
オーディンを中心に、自分の領地の外で活動してますからね。
税金は確かに重いかもしれませんが、本当の馬鹿貴族っていうか、領民にとって最悪の貴族ってのは、領地で直接やらかしてくれるのですよ。
上がそうだから、下も歯止めがききません。
一方、フレーゲルなんかは、ある意味部下への暴君ですからね。
領地経営がうまくいってないと見るや……まあ、下は必死に働きますよ。
悪さなんかしてると、何をされるかわかりませんし、ブラウンシュバイク公の目も光ってますから。
嫌な選択というか、最悪に近い二択ですが……領民の立場から見て、フレーゲルと本当の馬鹿貴族、どっちを選びます?
私の言う、原作以上の馬鹿貴族ってのはそういう意味です。
まあ、帝国の領地もちの貴族は、お代官じゃなくて、王様ですからね。
自分の領地で何をやっても、帝国としては基本、ノータッチですし。
平民のくせになんでそんなに詳しいのかって?
私の父親が、領地運営の上でのそこそこの役人ってやつなんです。
もちろん、私も子供の頃から役人になるべく教育を受けましたし、研修よろしく領地内を駆け回ったものですよ。
このバカ丁寧な喋りも、教育の賜物と言っていいのか……。
ああ、銀英伝の世界って気づいて、何のアクションもないのかと、疑問なのですね?
ふふ、領地経営の役人ってのは、いわゆる官僚なんです。
官僚がいなければ、領地経営はできません……一からやり直す手間を考えたら、まともな官僚はそのまま据え置きってのが当然でしょう?
こりゃあ、生き残るためには最高のポジションだと思いましたね。
上司に恵まれ、仕事にもやりがいがある。
しかも、生き残りはほぼ確実。
真面目に仕事をやる、それだけでいいなんて、前世日本人にとっては、楽なものですよ。
ああ、ちょっと状況の説明が足りませんでしたね。
私の住む星は、3人の貴族の領地に分かれています。
私も最初は意外に思いましたが……考えてみると、大貴族は、いくつもの星を領地として持ってます。
資源を発掘するだけの星はともかく、居住可能な星一つを開発すれば、どれだけの人間が住めると思いますか?
人の住める星というのは、ほぼ同時に食糧生産というか、農業活動が可能な星のことですよ。
プランクトン生産工場の加工食品は、まあ味気ないものでしてね、こればっかりは、前世日本人であることが、苦痛でした。
と、まあ……そんな都合の良い星が、帝国領土にどれだけ存在すると思いますか?
大貴族ならともかく、普通の貴族の領地が、こうして一つの星で区分けされててもおかしくないと私は思いますよ。
領地というか、荘園と考えればイメージしやすいと思います。
領地と人はセットといいますか、農奴だけでは領地は経営できませんし、平民がいて、街が形成されていて……それを満たす星は、やはり多くはないのですよ。
とはいえ、最盛期で3000億を数えた人口を支えた領土です。
帝国の人口に農奴が含まれないとは言え、やはりジリジリと人口は減少傾向ですからね。
ウチの領地のように、やることをやれば、人口がどんどん増えていく余地はあるはずなのですが。
ちょっと話がそれましたか。
別の貴族の領地とは言え、同じ星のことですからね。
住人同士で多少の交流みたいなもんもあるのです。
おわかりでしょう?
私の住む領地の人間は、平民から農奴に至るまで、感謝感激雨あられですよ。
だって、お隣の貴族の領地が揃ってアレですからね。
ありがとう、ありがとうございます、精一杯頑張りますって気持ちになるのが当然でしょう。
役人の私としても、仕事がしやすいのなんのって。
父も私も、ほかの役人も、よそを知ってますから、不正なんてするもんですか。
こんな素敵な職場、全力で守ろうとするに決まってるでしょう。
まあ、たまに小金に目がくらんだ馬鹿が出現しますがね、仲間や領民たちと一緒に後腐れなく始末しましたよ。
よその貴族につけ入れられるような隙なんか見せません。
仮に、あの貴族がここを支配するとなったら……考えるだけで恐ろしいですね。
まあ、私は前世日本人ですからね……農奴についてはやはり思うことがあります。
農奴といっても、ウチの農奴は、よその平民と変わらない扱いですけどね。
やはり、ウチの平民とは差がつけられています。
なんだかんだ言っても、犯罪奴隷という連中もいるのですよ。
多くは、情状酌量の余地のある犯罪なのですが……救いようのない犯罪者の奴隷は、やはりそれなりの扱いになりますね。
まあ、いいことばっかりってわけにはいかないのも事実です。
ウチの住民が感謝感激だとすれば、よその住民は……わかりますよね?
よその領地の人間は、ウチの領地に移り住みたいと考えます。
別の星へって言うならともかく、同じ星ですからね。
私も最初は誤解してましたが、貴族は自分たちの領地に住む農奴はもちろん、平民たちにも、ほかの領地がどうなってるかなんて情報は渡さないように心がけてます。
なぜなのかは、もうおわかりでしょう。
自分に都合の悪い情報は渡しませんよ、領地というか、国家経営の基本じゃないですか。
まあ、どうしても商人などを通じて、漏れてはいくのでしょうけどね。
テクノロジーの進化とは裏腹に、文化というか、教育レベルのお粗末さが目立つのは、こうした歪みからもたらされるんでしょうねえ。
そういう意味ではやはり、同盟は優れていると思います……この世界の同盟がどうなのかは、私も知りませんが。
ああ、帝国直轄領の平民は比較的自由といえますね。
ただ、あれを基準に考えると……どうでしょうか。
私も、前世日本の記憶と、原作知識のせいで面食らいましたけど。
それと、農奴が貴族の財産というのはすんなり理解できるでしょうけど、平民もまた、農奴ほどの縛りはありませんが貴族の財産であり、持ち物なんです。
戦国時代の、職人をイメージしてください……もしくは、江戸時代の農民ですかね。
平民だって富を生む。
自分の領地で富を生み出す平民を、貴族が簡単に手放すと思いますか?
はは、そんなことが無制限に許されるなら、善政を敷いている貴族のもとにゴールドラッシュですねえ。
そして、住民が逃げ出した貴族は、宣戦布告。
善政を敷いている貴族をみんなでタコ殴り……の隙を狙って仲間割れ、そして帝国全土を巻き込んだ内乱へと発展していく光景が目に浮かびますね。
まあ、そういうことがないように、平民の引越しとか、領地外への移動とかには、許可が必要だったり、貴族間の話し合いで収めるようになってます。
領地改革が進まない理由の一つにもなりますね……知識はもちろん、そういう技術者を手放しはしませんし、必死で存在を隠匿しますね。
まあ、大貴族は権力に物を言わせて引っこ抜きますが。
ええ、なので大貴族の領地はほとんど豊かですよ。
なかなか過酷な世界でしょ、帝国の貴族社会も。
とまあ、同じ星での待遇格差ってのは、脱走者が生まれる大きな理由です。
これは残念ですが、元の貴族にお返しするしかありません。
居もしない脱走者を返せといちゃもんをつけてくることもありますし、ウチが住民をさらったなどといちゃもんをつけてくることも……ええ、腹が立ちますよ、本当に。
裁判もバンバン起こしてくれますし、正直、あいつら一族揃って滅びないかなって思います。
貴族の派閥に入っててもこれですからね。
まあ、言うまでもなくこの星の貴族2人というか、2家は、ウチを目の敵にしてます。
ウチの領地で何らかの改革を進めようとしたら、有形無形の邪魔が入りまくりますからね。
その労力を、自分の領地経営に回せよって言いたくもなりますよ。
ただ、そういうのを見ていると……帝国の貴族が馬鹿化していく理由はここにもあるのかなって。
帝国の貴族は、それぞれが領地の王ですからね。
政治的にも、感情的にも、競争相手であり、潜在的な戦争相手なんでしょうね。
常に虚勢をはらねばならない。
攻撃的でなければならない。
お前はもう、馬鹿貴族になっている……と思いません?
ほら、原作の外伝に、アッシュビーの謀殺疑惑があったでしょう。
この世界に生まれて、私も少し考えたんです。
自分が嫌いな貴族が、同盟に遠征している。
軍事情報を流して、同盟に殺してもらおう。
そう考えた貴族はいたと思いますよ。
まあ、転生者のお遊びみたいなものです。
戯言ですよ。
なんにせよ、帝国の貴族は、こちらが1歩引けば3歩踏み込んできて殴りかかってくる狂犬みたいなものです。
そうしないと自分を守れないし、利益も得られないって思い込んでるというか、ある意味それが正しいから困っちゃうんですけど。
貴族同士の帝国裁判なんて、裏金が飛びまくりですよ。
裏金に対抗するには、基本的に裏金です……ホント、裁判起こされるたびに金がかかって仕方ないんです。
正義とか、証拠とか意味ないですね。
カストロプ公……これだけで、説明は必要ないと思います。
まあ、敵が多くなりすぎて滅ぼされるんですけどね。
結局は、政治的バランス感覚と金力、情報力などの有形無形の総合力ですよ、重要なのは。
マリーンドルフ伯爵なんかは、力があり、政治的バランス感を持ってるから、穏健派なんて生き方ができるんです。
稀有な例ですよ。
ふふ、前世日本人の私に言わせると、あくまでも『この世界の穏健派』ですけどね。
怖い、怖い。
この世界、特に帝国社会にあまり夢は見ないほうが良いと思いますね。
私も最初はそれなりに夢を見てましたよ。
でも領地改革を頑張ってた男爵家が潰されるに至った一連の流れを、父に説明されて真っ青になりました。
そこの男爵家も、ウチと同じように同じ星にほかの貴族の領地があって……というケースです。
嫌がらせに加えて、脱走者を引き渡せだの、住民を奪っただの……どこかで聞いたような話で裁判に持ち込まれましてね。
裁判の裏金はもちろんですが、その男爵家が属してた派閥のトップがね、色々と、政治的なやり取りの末、生贄として切り捨てたんですよ。
推測になりますが、もともとが派閥抗争から始まってたんじゃないでしょうかねえ、あの件は。
男爵家とは関係ない所で始まって、それに別の貴族が乗っかって、男爵家のあずかり知らぬ部分で運命が決まる。
まあ、その派閥も、それがきっかけになってガタガタになりまして……今はほぼ壊滅状態ですね、多分弱みかなんか握られてたんでしょう、無様なものですよ。
頼りにならないトップなんか見切られて当然ですけど、潰された男爵家が哀れです……自業自得と言ってしまえばそれまでですが。
前世日本人の記憶とか、価値観とか、クソの役にもたたないって、嫌でも悟りました。
まあ、父からすれば、私の甘さを矯正したかったんでしょう。
そういう世界ですよ、ここは。
現実を目にすれば、転生者だからって、跳ねる気にもなれませんね。
生き延びるのに精一杯です。
仮に、運と実力とバックボーンがあれば、いや、私には無理ですね。
資質の問題でしょう。
と、まあ……原作通りに歴史が動いていくのなら、私は生き残れると思っていたのですがね。
優秀で領民思いの立派な貴族ってのは、今の当主です。
引退した先代様は、優秀で領民思いの貴族でした。
領民思いの当主が二代続いた……父に言わせれば、三代続いたってことですか。
運が良かった。
本当に、俺は、運が良かった。
ああ、そうだ。
運が、良すぎた。
何もしなければ生き残り確実だったはずの俺は、今、当主様とともに、ラインハルトと戦うために戦場に出てきている。
もし、これが先代様だったら、俺は……ここにはいなかったかもしれない。
この戦い、ラインハルトが勝つ。
そんなことは、俺が言わなくても大抵のやつはわかってる。
だがな、ウチの領地の位置が悪いんだ。
これが、ラインハルトやリヒテンラーデ候の勢力範囲に近かったら……。
ウチは、ある派閥にあって……貴族連合の勢力内の中心近くにあって……無理なんだよ。
そういう意味じゃ、同じ星にウチを目の敵にしてる貴族が2家存在するのが、どうにもならねえ。
そういうのを全部わかってて、あの人は、あの方は……。
この戦い、負けるからできるだけ少ない兵で……。
無茶、言うなよ……。
できるだけ少ないってことは、出さないわけにはいかないってことじゃねえか。
領地に住む、俺は、俺たちは、あの方にとって人質以外の何者でもねえ……。
参加しちまうだろ。
勝つためじゃなく、あの方を守るためにだ。
あの方の部下ともいろいろ話し合って、いざという時は気絶させてでも逃がすってことになってる。
大規模艦隊戦だから、そんなチャンスがあるかどうかもわからねえが。
生きていれば。
生きてさえいれば、あのラインハルトが、あの方を登用しないはずがない。
俺が生き残っても、所詮はチンケな小役人だ。
でもあの方が生き残って、登用されたなら、あの方は、多くの人間の未来を救うだろう。
俺個人が、俺の家族や友人を守れるかどうかわからねえ。
でもあの方なら、確実に守れる。
まあ、うまくいったら……あの方は、怒るか、恨むか、泣くか、それは仕方ねえと諦めてもらおう。
そうそう、あの方の奥方も出来たお人でなあ。
全てを見ることはできないからって、領地の女性をお茶会に招いて、色々と話を聞いたり、出来ることはすぐに手を回してくださったり……立派なお貴族様なんだ。
誰かがなぜそこまでやるんですかって言ったら、さらりと『貴族ですから』って言ったらしい。
チクショウ、日本人はやっぱり判官びいきだぜ、浪花節だぜ、なあ、おい。
この世界じゃ、前世の価値観なんて、自分が生き延びるための、役になんか立たねえ……。
それでも、あと少し、あと少しあの方に出会うのが早かったら……ほかに何か、できたのか?
ああ、あの方は……旗艦は、無事か……。
はは、あの人に初めて会ったときは、びっくりしたぜ……。
キラキラ輝いてたんだ。
嘘じゃねえ、マジなんだ……。
ああ、これが貴族様なんだって……
なあ……頼む……あの方を……。
上が逃げられないなら、下も逃げられないですよね。
個人的には、下っ端官僚ルートは、住民に恨まれなければ、一番生存率が高い気がします。