疾風走破は鬼畜と踊る【完結】   作:gohwave

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設定話です。
優しく見逃してもらえると助かります。


ユグドラシル編
余話「疾風走破、登場せず」


 庭園にひとりの童女が立っていた。

 

 広く明るい敷地には青々とした草が生い茂り、所々に色とりどりの花が咲き誇っている。

 それら草花の間には格子状に道が通り、その道をつなぐようにいくつかの休息所があった。

 その庭園には空がない。

 上はアーチ形の高い天井が広がり、周囲は完全に壁で仕切られている。

 天井には荘厳な絵画が描かれていて、壁には緻密な装飾の施された扉が並んでいるが窓はひとつもない。

 庭園の明るさを生み出しているのは天井と壁に並んだ数多くの照明灯である。

 そこは巨大な地下庭園だった。

 

 童女は扉を見つめていた。

 

 服装は前世紀のコミックやアニメーションに出てくるようなシンプルなもの。

 あどけない顔に悲しそうな、そして何かにすがるような微笑を浮かべている。

 見る者の庇護欲を、あるいは嗜虐心を誘うような表情だ。

 

 奇妙なことにその童女の表情はほんの少しも変わらなかった。

 憐憫を誘う表情のまま眉も頬も口元も動かさず、並んだ扉をひとつひとつ時間をかけて見ている。

 その仕草は落ち着いていて、幼い子供によくある不安定さはない。

 帰り道を探すような必死さも懸命さもなく、ただ扉にある何かを念入りに確かめているだけだ。

 

 ふいに童女が振り返った。

 

 幼い視線が庭園の奥をじっと見つめる。

 視線の先にあるのはひとつの扉だった。

 その扉は童女の立っている位置からは()()()距離が離れており、とても()()()距離ではない。

 そんな見える筈もない扉から童女は視線を外すことなく、近くの休息所の陰へと隠れた。

 それら一連の動きに無駄はない。

 幾度となく繰り返された熟練の戦士のような動作だった。

 

 童女はつぶらな瞳で扉を凝視しながら片手を上げ、そして逡巡する。

 扉の向こうから何が現れ、どう対峙するのかを明らかに決めかねているようだ。

 それでもなお迫りくる危機の予感に表情の変わらない童女は殺気を放ち、地下庭園が緊張感に包まれた。

 そして――、

 

 扉を軽快に叩く音が聞こえた。

 

 殺気と緊張感が霧散する。

 扉を開けて姿を見せたのは、黄金の鎧を身にまとった猛禽の頭を持つ人型の怪物だ。

 

「あーすみません。脅かしちゃいました?」

「いやー肝を冷やしましたよ、殺されるかと思って」

 

 庭園の端と端まで離れていても会話は通じた。

 童女の言葉に緊張感はない。

 そして鳥の怪物にも。

 

「お久しぶりです、ペロさん」

「マラさんもお久でーす」

 

 童女と鳥人、二人の前に笑顔の表情アイコンが浮かんで消えた。

 

 

 YGGDRASIL(ユグドラシル)と呼ばれるゲームがある。

 

 没入式多人数参加型オンライン(DMMO-)ロールプレイングゲーム(RPG)において日本で最も人気が高いものだ。

 登場アイテムの多さとプレイヤーの自由さは他のゲームの追随を許さず、難易度の異常な高さと相まって、数多くのプレイヤーをときに喜ばせ、ときに絶望に叩き込んだ、それがユグドラシルである。

 そんなオンラインゲームに数多く存在する隠しダンジョンのひとつが、この地下庭園であった。

 

 童女と鳥人はそれぞれユグドラシルにおけるプレイヤーの仮の姿(アバター)である。

 

 童女のアバターを持つ者はカルボマーラ。

 独り遊び(ソロプレイ)を主とするプレイヤーだ。

 

 鳥人のアバターはペロロンチーノ。

 ユグドラシルの世界のひとつヘルヘイムで悪名を馳せる異形種ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーの一人だ。

 

この世界(ヘルヘイム)じゃマラさん、危なくないですか?」

「そーなんですけどねー。まだピークタイムじゃないから大丈夫かなーと」

「まあ、その外見だから手加減されるかもですけど」

「流石、出会った瞬間に味方してくれた人の言葉は説得力がありますね」

 

 二人は笑った。

 鳥人の身体が揺れる度に、黄金の鎧から金のエフェクトが零れ落ちては消えていく。

 

 

 カルボマーラが初めてヘルヘイムを訪れたとき、異形種プレイヤー複数人に囲まれたことがあった。

 ユグドラシルはゲームの仕様としてプレイヤー同士の争いを推奨している節がある。

 人間種アバターのプレイヤーが異形種アバターのプレイヤーを倒す。

 逆に異形種プレイヤーが人間種プレイヤーを倒すことで、それぞれ様々なボーナスが貰えるのも、その説を裏付ける仕様だ。

 そんなボーナス狙いの異形種プレイヤーが童女アバターのカルボマーラを襲ったのだ。

 勿論、カルボマーラはカルボマーラで、異形種狩りのボーナスを獲得するため、運営が用意した傭兵NPCを連れてヘルヘイムを探索していたのである。

 

 カルボマーラを襲ったのは、いずれもレベルが80そこそこの中級プレイヤーだった。

 初心者から中級者へとステップアップして自信がついたところで、人間種狩りという新しい実績が欲しくなったのだろう。

 だが、強面で巨漢の傭兵NPCを全力で倒したとき、それが囮で本命が後ろで逃げ回っていた童女だと悟った彼らは、戦闘を続けるかどうかを迷った。

 

 カルボマーラの童女の外見はあくまでアバターであり、その中身は上限であるレベル100の巨大斧使いである。

 同レベルの上級プレイヤーには分が悪いが、中級プレイヤーが相手なら複数人をまとめて倒せるだけのHPと技量があった。

 カルボマーラは囮の完璧な働きに感謝しつつ、万全な状態で異形種狩りができると童女のアバターの中でほくそ笑んでいたのだ。

 

 そんな瞬間(とき)に黄金の鎧に身を包んだペロロンチーノが現れたのだ。

 

 (ペロロンチーノ)の外見と所属ギルドを知っていたカルボマーラの行動は早かった。

 判断に迷い硬直している中級プレイヤーたちを尻目に、自分の童女アバターは欺瞞(ぎまん)であり、襲ってきたプレイヤーたちには()()()()非がないことを素早く説明したのだ。

 生き残る可能性を考えたら、何をおいてもすぐに逃げるべきかも知れない。

 しかし、カルボマーラは今後ユグドラシルをプレイし続ける上で、悪名轟くアインズ・ウール・ゴウンを敵に回すべきではないと判断したのだ。

 

 異形種プレイヤーであるペロロンチーノは、同じ異形種の中級プレイヤーたちと童女アバターのカルボマーラを何度も見比べた。

 そしてペロロンチーノは、己の正義(ジャスティス)に従うと宣言し、童女アバターのカルボマーラに加勢することにした。

 その結果、中級プレイヤーたちにとって理不尽で痛ましい時間が流れ、カルボマーラは異形種狩りにまつわる実績をいくつか手に入れることになった。

 

 戦闘終了直後にペロロンチーノが、

 

「……本当に欺瞞(ぎまん)だったんですね」

 

 と気落ちしたように呟いたことをカルボマーラは覚えている。

 

 それから何度かヘルヘイムで遭遇することあり、お互いに()()が近いことを知って、現在はペロさん、マラさんと呼ぶ仲になっていた。

 

 

 地下庭園の休息所にはベンチやテーブル、そして何故かベッドまで設置してあり、二人はそのベンチに腰掛けた。

 ゲームの中なのでアバターは立ったままでも疲れることはないが、座ってしまえばなんとなく安心するからだ。

 

「ペロさん、今日は休みですか?」

「あーまあ、色々あって……」

 

 詳しいことは聞かない。

 ゲームとは遊ぶ場所であり、競争する場所であり、そして逃避する場所である。

 「色々」は本人が言いたいときに言えばいい。

 

「ペロロンチーノお兄ちゃん、今日は何をするの?」

 

 カルボマーラは童女の声で話しかけた。

 

「うぉっ!……ボイスチェンジですか。ツールですね?」

「はい。ちょっと前にプラグインを入れました」

 

 カルボマーラは元の声に戻す。

 常時この声を出していると自分の精神が何かに浸食されてしまう気がする。

 

「……俺は分かりますけど、騙されるプレイヤー()も、いますねこれは。俺は分かりますけど」

 

 ペロロンチーノが何やら考え込んだ。

 

「怒る人もいますね、これは……」

 

 プレイヤーキルを半ば推奨されているユグドラシルでは騙し騙されは日常茶飯事だ。

 今更、怒るプレイヤーがいるのだろうか。

 

「でもユグドラシル(このゲーム)なんで、騙される方が悪いというか……」

「あ、いやー。怒るってのは、別の方向で……」

「……別の方向で?」

「そう。別の方向で」

「はぁ……」

 

 カルボマーラは曖昧に頷く。

 理解できないことはスルーするのが賢明だ。

 

「でもあれですね。見た目も声も幼女しちゃうと、変態に絡まれたりしないですか?」

「……ペロさんとか?」

「……いや。別の方向で」

「別の方向……。あー嗜虐(サド)系? まだ遭ったことないですね。自分、素人しか狙わないので」

「素人って……。玄人(プロ)がいるんですか?」

「んー。アインズ・ウール・ゴウンの人たちとか玄人(プロ)っぽいじゃないですか。技術も、性癖も」

「性癖も?」

「性癖も」

 

 カルボマーラは言葉に力を込める。

 流石に目の前の鳥人が代表者だ、とまでは口にはしない。

 

「いや……しかし……そういえば……」

 

 ペロロンチーノは納得できていないようだ。

 自分のことを考えているのか、それとも他に心当たりがあるのだろうか。

 

 物思うペロロンチーノを見ながら、カルボマーラはアバタートラップをかけるためのネタをこの鳥人から貰ったことを思い出した。

 

「……だったら、今作ってるNPCが出来たら童女ロールプレイでもっと騙せるようになりますね」

「NPC……ですか?」

「傭兵NPCですよ。プラグインで1体、外に出せるようになったじゃないですか」

「課金でしたっけ?」

「課金ですね」

 

 ユグドラシルはあくまでも商品であり、そのゲーム内の楽しみは課金によって支えられている。

 

 独り遊び(ソロプレイ)が中心のカルボマーラは、マルチプレイを楽しむ無課金プレイヤーとの格差を課金によって埋めているつもりだった。

 マルチプレイを楽しむ課金プレイヤーとの差は埋められないが、それは仕方のないことだと諦めている。

 

「課金で使()()()ようになりますか?」

 

 この「使える」というのは、同格の他プレイヤーやイベントボスとの戦いに傭兵NPCが役に立つか、という意味だ。

 ペロロンチーノ級の高レベルプレイヤーが疑問を抱くのは当然だろう。

 しかし、出てくる答えは決まっている。

 

「無理ですね。外見とビルドだけです。この運営なんで」

「この運営でしたね」

 

 童女と鳥人は深く頷き合った。

 

「ペロさんは専用NPCを囲ってるんでしょ、ギルドで」

「そんな! 愛人みたいに言わないでくださいよ! ……まあ、確かに愛情は注ぎまくってますけど。異形種縛りでどこまで可愛くできるか考えて――」

 

 自作NPCの素晴らしさをペロロンチーノは滔々と語り始めた。

 カルボマーラも自分のNPC作りの参考になるかもと、性癖のプロの語りに耳を傾ける。

 

「――それでマラさんのNPCはすぐ出来そうですか?」

 

 自らの性癖を語り終えた鳥人が童女に訊ねた。

 

「うーん。キリがないんで、外見はフィックス(決まりに)しようかなと。あとはビルドをどうするか、ですね」

「どんな見た目です? 可愛いですか?」

スクリーンショット(SS)……見ます?」

 

 興味津々のプロフェッショナル鳥人に、カルボマーラはアルバムの画像を見せる。

 

「こっちをアクティブに動かしてヘイトを稼がせるつもりです。余裕があるときは回復も――」

「キモいおっさんじゃないですか! なんでわざわざこんなのを作るんですか!」

 

 ペロロンチーノは落胆し、カルボマーラを厳しく非難した。

 

「えー。ネタ出したのはペロさんじゃないですか!」

「え……。そうでしたっけ?」

「このアバターにぴったりのゲームキャラがいるって」

 

 ペロロンチーノは考え込む。

 

「聞いたネタで探しましたよ。広大なネットの海を」

「……言われてみれば、そんなことを言ったような気がします」

 

 鳥人は明らかに自分の発言を思い出していない。

 

「言ったんですよ! ……で、調べたら思いっきりエロゲでした。リメイクされたのがライブラリにあったんですが、うちの環境じゃ動くのがなくて」

「旧世代エロゲの動作環境維持は不毛というか贅沢品ですもんね……。エミュ(レータ)はなかったんですか?」

 

 旧世代のゲームを動かす方法はいくつかあった。

 ライブラリに上がっているものであれば、対応デバイスを持っていたらプレイできる。

 世代が古すぎるとOSが対応していない場合が多い。

 そういうときは諦めるのが普通なのだが、旧ゲームマニアは所持しているデバイスで動かす方法を持っていたりする。

 別のデバイスを別のOSに再現するエミュレータは、そのひとつだ。

 だが、カルボマーラはなんとなくエミュレータには手を出していなかった。

 

「そっちは忘れてました。クラシックエロゲのプレイ動画を流してる人がいたんで、そこでキャラの確認をしたんです」

「どうでした?」

「面白いキャラですね。ただの変質者かと思ってたら色々設定があって――」

 

 兄弟がいるとか、鬼畜を吹聴する癖にお人好しだとか、そんなキャラクターの設定をカルボマーラは語る。

 

 黄金に輝く鳥人に童女が語り掛ける姿というのは、まるで神話か童話のワンシーンだ。

 語られているのが旧世紀のエロゲの話でなければ、だが。

 

「――で、NPCの設定にけっこう書き込みましたよ」

アインズ・ウール・ゴウン(うち)にもいますねー。設定を作りこむ人」

「ペロさんもでしょ? まあ、フレーバー(気分)でしかないんですけど」

 

 カルボマーラの気持ちがよく分かるのだろう。

 鳥人が力強く頷いた。

 ペロロンチーノもまた拠点用NPCを作り込み、その魅力を語り尽くせるプレイヤーなのだ。

 

「装備はどうするんです?」

「純正装備は合わないんですよね、派手すぎて」

 

 純正とはユグドラシルの運営が公式に用意している武器や鎧の事だ。

 比較的楽に入手できるので、使い潰すことが前提の傭兵NPCにはもってこいである。

 勿論、性能やデザイン面は良くも悪くも凡庸であるため、多くのプレイヤーはアバターの装備として使うことは少ない。

 そして上級プレイヤーは自分が作ったNPCにも純正装備を持たせることはなかった。

 

「分かりますよー。だから俺は武器だけは頑張って神器級(ゴッズ)にしました」

「……NPCに神器級(ゴッズ)は無理ですね。だいたい自分でも持ってないし」

 

 神器級(ゴッズ)は限定的な能力においては、ゲーム中最高である世界級(ワールド)アイテムを凌ぐこともあり得るクラスだ。

 材料集めの労力は桁外れであり、独り遊び(ソロプレイ)が中心のカルボマーラは自分の装備を神器級(ゴッズ)にすることは半ば諦めている。

 

「そんな訳で、適当な機能をジャージとタオルに仕込もうかと。クリスタルはそこそこ持ってるんで、後は……」

「課金ですか?」

「課金ですね……」

「わはは」

「わはは」

 

 二人の乾いた笑い声が地下庭園に響く。

 ペロロンチーノの鎧から輝く金粉エフェクトが零れ舞った。

 

「話がずれましたが、ペロさん、今日は何を?」

「ギルメンのインまで()()で時間を潰そうかと」

「好きですねー」

「マラさんだって、ここにいるじゃないですかー」

 

 二人がいるこの隠しダンジョンはダッシュウッドの修道院(アビー)という名を持つ。

 ダンジョンといっても本体の地下庭園自体は入口から一本道であり、地下庭園の壁面にある各々の扉から怪物(モンスター)の住処まで横道もない怪物博物館的な構造をしていた。

 扉のデザインが全て同じなので帰り道が分かり辛いくらいで、迷うような要素はほぼない。

 ただしダンジョンそのものの場所は発見は困難だ。

 

 入口は小さな岩山に扉があるだけの簡素なもので、その周囲は広大な砂漠になっている。

 砂漠は移動するだけでプレイヤーにダメージを与えるため、()()()()()プレイヤーでないと発見が難しい。

 ペロロンチーノから教えてもらわなければ、カルボマーラもこのダンジョンを訪れることはなかっただろう。

 そんな発見が困難で構造が単純(シンプル)なこのダンジョンのキモは、何と言っても配置されている怪物が全て女性型モンスターであるという点だ。

 おそらくユグドラシルの運営の中に好き者がいたのだろう、とはペロロンチーノの分析だ。

 

「自分は違いますよ」

「何が違うんですか? 今日の狙いはなんですか? サキュバス? それともナーガ? もしかしてアラクネーとか?」 

「……スクリーンショット(SS)を見たんです……」

 

 カルボマーラがぽつりと呟いた。

 

「いわゆる画像掲示板で、なんですけど……吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)のドレスの中身だったんですよね……」

 

 ペロロンチーノの目が光った。

 それは課金エフェクトには出せない真実の光だ。

 

「……画像は?」

「こちらに……」

 

 カルボマーラはアルバムに保存していた画像を(うやうや)しくペロロンチーノに見せた。

 

「……コラじゃないですか?」

「疑ってはいます……でも……」

「でも……」

「自分の目で確認することが必要かな、と」

「……なるほど。それは必要ですね」

 

 隠れているものを探し出すことはこのゲーム(ユグドラシル)の本質である。

 それはダンジョンであったりアイテムであったり、あの娘のスカートの中だったりする。

 そこにやましい気持ちは微塵もない。

 真実をゲットするための探求心に溢れる童女と鳥人は、がっちりと握手をした。

 

「確かに……ここだったら確実に吸血鬼の花嫁(ヴァン・ブラ)が居ますね。」

 

 この地下庭園の扉にはプレイヤーレベルによる制限が設けてある。

 このような制限を付けるのは自由を標榜(ひょうぼう)するユグドラシルにしては珍しいことだ。

 抗議活動や訴訟を回避するためだろうとペロロンチーノは語っていたが、そんな業界の事情には詳しくないカルボマーラは漠然と受け入れている。

 重要な事はこのダンジョンには吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が確実に存在し、上限までレベルを上げ切った今の二人であれば、いつでも間違いなく遭遇できるということなのだ。

 

「違う場所だと他のプレイヤーが邪魔ですし」

「ここは、そうそう人も来ないでしょうね」

 

 ダッシュウッドの修道院(アビー)の場所をカルボマーラに教えてくれたのはペロロンチーノである。

 何故この場所を教えてくれたかは定かではないが、ユグドラシルの攻略情報はギルドやクランの中でのみ共有するのが常識だ。

 カルボマーラもまたネット上でこのダンジョンの情報を見たことはないし、誰にも話していない。

 話す相手がいない。

 

ペロさんのところ(アインズ・ウール・ゴウン)のギルメンは来ないんですか?」

「何回か誘ってるんですけどねー。ガチ勢ばかりで来てくれないんですよ」

 

 ダッシュウッドの修道院(アビー)手に入(ドロップす)るアイテムやクリスタルは、その量も稀少(レア)度も普通だ。

 いわゆる稼ぎ用ダンジョンほどの旨味がなかった。

 女性型モンスターの出現だけが取り柄のダンジョンに、アインズ・ウール・ゴウンのような高位ギルドのプレイヤーが来ることは(レア)だろう。

 

「まあ、アインズ・ウール・ゴウンの人たちじゃあ仕方ないですね……」

 

 そんな(レア)な鳥人を見ながらカルボマーラは言う。

 

「あ、でも、ギルマスは興味ありそうでしたよ。タイミングが合えば、いつか連れてきたいですねー」

「……ギルマスっていうと……モモンガ――さん?」

 

 ナザリック攻略失敗動画で見たモモンガの姿をカルボマーラは思い出した。

 

「……ガチガチのハードプレイヤーなんじゃないですか、あの人?」

「いやいや、結構柔らかいですよー。よく気が回りますしね」

 

 アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターであるモモンガは、ネット上に攻略情報が出回っているようなプレイヤーだ。

 簡単に倒せたという書き込みも、完膚なきまでに叩きのめされたという書き込みもあった。

 これら矛盾する書き込みから察するに、ネット上に拡散されている情報もまた敵プレイヤーを倒すための撒き餌なのだと思わざるを得ない。

 それだけ用意周到なプレイヤーであっても――いや、用意周到であるからこそ身内に対して気が使えるのかも知れない。

 ギルドにもクランにも所属していないカルボマーラにとっては縁のない話であるが。

 

「手順はどうします? ()()()は何かありますか?」

 

 少し考え込んでいたカルボマーラにペロロンチーノが話しかけた。

 

 ユグドラシルにおいて時間対策は必須だ。

 ただし、攻め手として魔法やスキルを持っているのは、チームのワイルドカード(なんでも屋)か、カルボマーラのような独り遊び人(ソロプレイヤー)くらいだろう。

 

「ありますあります。コンボはできませんけど」

 

 時間停止系の魔法やスキルに攻撃のタイミングを合わせることは難しい。

 数多(あまた)居るユグドラシル・プレイヤーの中でもそれができるのはほんの一握りである。

 そしてカルボマーラにはそんなことはできない。

 

「問題はどのタイミングで時間停止するかですけど……」

「それなんですけど吸血鬼の花嫁(ヴァン・ブラ)は、上への攻撃の中にドレスが翻る動作(モーション)があるんです」

「……ふむふむ」

「ランダムで、しかもあんまり出さない攻撃らしくって――」

「つまり、上から()()攻撃を何度も当てないとダメってことですね」

 

 ペロロンチーノが説明しようとしたカルボマーラに先んじた。

 

 カルボマーラやペロロンチーノのようなレベルを上限まで上げたプレイヤーは、通常攻撃を普通に当てるだけで吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を倒せてしまう。

 モンスターの出す様々な攻撃を見るためには、常に相手のヘイトを買いつつ、何度も攻撃を受け続けなければならない。

 

 それらをどう説明しようか考えていたカルボマーラは、ペロロンチーノの理解力の高さに感心する。

 考えてみればユグドラシルにおいては、どんな場合であっても適切な行動を取らないと()()()()

 チーム戦やイベント戦ともなれば、より素早くより適切な行動を選ばなければ生き残ることさえ難しくなる。

 ギルドが上位になればなるほど、その要求は厳しいものになるだろう。

 ペロロンチーノの理解力の早さは、そんな上位ギルドのメンバーが必ず備えているものなのかも知れない。

 

「……はい。その瞬間(とき)が“時間停止”のタイミングで――」

「撮影のタイミングだと」

 

 二人は大きく頷き合う。

 全てを語る必要はなかった。

 そこには全てが伝わった確かな確信がある。

 童女と鳥人は固い握手を交わした。

 

「では、よろしくお願いします」

 

 どちらからともなく、そう言うと二人は地下庭園の扉を開け、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の部屋に嬉々として入っていった。

 

◇◆◇

 

「……真っ黒ですね」

「真っ黒ですね……」

 

 カルボマーラはペロロンチーノの援護を得て十数枚ものスクリーンショット(SS)を撮った。

 どの画像もドレスを大きく翻らせた吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)白蝋(はくろう)のような青白い太ももが大写しになっている。

 しかし、太ももの最も重要であるつけ根の部分は墨のように真っ黒だった。

 

「奥は見えませんね」

「見えませんね……」

「……」

「……」

 

 探索を是とし発見を良しとするユグドラシルとしてはあまりに無体な結末。

 そして性的な物や煽情的な物に厳しいユグドラシルとしては当然の結末であった。

 

 二人は絶望に打ちひしがれ、重い沈黙が地下庭園を支配する。

 世界級(ワールド)アイテムを失ったとしても、これほどまでの落ち込み様はないだろう。

 

 先に動いたのはペロロンチーノだ。

 

「……ギルメンがログインしたみたいです。俺はベースに戻ります」

 

 カルボマーラは時間を確認する。

 ピークタイムが近づいていた。

 異形種プレイヤーで賑わう百鬼夜行が、このヘルヘイムで始まろうとしている。

 

「もうそんな時間ですか……。それじゃ自分はログアウトしてNPCいじりの続きでも……あ」

「……どうしました?」

「さっきのスクリーンショット(SS)ですけど……明度とか彩度とかをいじったら中身が見えたりしませんかね?」

「……その手が、ありましたか……」

 

 ペロロンチーノの猛禽の瞳が輝いた。

 本日二回目の真実の光だ。

 

「でも今はツールが使えないんで、編集はログアウトしてからになります」

「……そうですか」

 

 鳥人は再び打ちひしがれる。

 世界級(ワールド)アイテムを失ったとしても、以下略。

 

「できたら、どんな物であれ送り(メールし)ますよ、とりあえず」

 

 ペロロンチーノとは対照的に、カルボマーラの声は残酷なほど明るかった。

 

「よろしくお願いします!」

「任せてよ、ペロロンチーノお兄ちゃん!」

 

 ボイスチェンジした返事にペロロンチーノの動きが固まる。

 しばらく無言が続いたので、これは何かやらかしたかとカルボマーラは後悔した。

 そんな彼の耳に「これは違う……これは違う……」と呪詛のような呟きが聞こえてくる。

 カルボマーラは少し動揺した。

 

「……そ、それと、NPC(おっさん)も出来たらスクリーンショット(SS)送りますね」

「あ、そっちは別にいいです」

「わはは」

「わはは」

 

 童女の前に泣き顔のアイコンがぽこんと浮かんで、消えた。

 

(了)


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