疾風走破は鬼畜と踊る【完結】   作:gohwave

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登場人物紹介

クレマンティーヌ:ズーラーノーン十二高弟のひとり。隠れ家が修羅場に。
カイ:助平おやぢ。夜更かし中の今カレ。

カジット・バダンテール:ズーラーノーン十二高弟のひとり。リハビリ中の元カレ。


第12話「疾風走破、再会する」

◇◆◇

 

「あらー。カジっちゃん生きてたのー? 教えてくれたら良かったのに。水臭いなー」

 

 同胞のからかい口調にカジットは苦々しく顔を歪めた。

 

「何を(たわ)けた事を。わしも殺されたわ。第七位階の魔法を使うメイドによってな」

「……メイド? 第七位階?」

 

 予想外の言葉だったのかクレマンティーヌが聞き返す。

 だが、その問いにカジットは答えない。

 他に確認すべきことはいくつもある。

 

「その様子……。おぬしは漆黒のモモンとやらに殺されたのではなかったのか?」

「……あー。その話ー?」

 

 今度はクレマンティーヌが不愉快そうな顔をした。

 

「……そ。殺されたよー。ただの戦士かと思って油断してたらさー。アンデッドだったんだよねー。しかも魔法詠唱者(マジックキャスター)だって」

「アンデッドの魔法詠唱者(マジックキャスター)だと? ……死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)か?」

 

 死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)は確かに強敵だ。

 リ・エスティーゼ王国の裏社会に死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)が潜伏しているという情報はカジットも耳にしている。

 何らかの事情があってその死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)がエ・ランテルに来ていたのだろうか。

 しかし疑問がある。

 このクレマンティーヌという女は人格こそ破綻しているが、その能力は英雄級だ。

 死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)は強敵ではあるが、英雄級の人間にとってはその限りではない。

 

「私もそうじゃないかと思ったんだけど、強さがまるで桁違いだったねー。本人も死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)じゃないって言ってたし」

 

 カジットは驚き、思わずフードの従者と顔を見合わせた。

 

「ずっこいよねー。アンデッドって知ってたらスティレットなんて使わずに別の戦い方してたのにー」

 

 クレマンティーヌの言葉は軽いが、そこにはある種の諦観が含まれていた。

 おそらく別の戦い方をしたとしてもそのアンデッドの魔法詠唱者(マジックキャスター)には勝てないと理解しているのだろう。

 だが並の魔法詠唱者(マジックキャスター)相手なら、ズーラーノーンでもトップクラスに()()が巧みなクレマンティーヌだ。

 そんな彼女が勝てない魔法詠唱者(マジックキャスター)とはどんな存在なのか。

 

 カジットはちらりと従者に視線を送ると、最も気になる疑問を投げかける。

 

「では何故、おぬしは生きている?」

 

 クレマンティーヌの後ろに居る風采の上がらぬ男をカジットは見た。

 

 この男はクレマンティーヌの従者だろうか。

 相手を値踏みするような澱んだ目つきは野盗の下働きと同じだ。

 だが前に立つ性格破綻の殺人狂を恐れている様子はない。

 この女のことだ。

 自らの快楽のための生贄に通りすがりのチンピラを誘い込んだということも考えられる。

 

 そこまで推察したカジットを、目を細めてクレマンティーヌがじっと見つめていた。

 

「……おんやー? そういえばカジっちゃん、なんか()()ねー。なんでかなー?」

 

 邪悪に歪むクレマンティーヌの目をカジットが口惜しげに睨む。

 

 カジットは焼け焦げた死体の状態でズーラーノーンの手によりエ・ランテルから逃れた。

 盟主と同胞の力で蘇ったものの、元の力を取り戻すにはまだまだ時間がかかる。

 

「……死んだはずのおぬしは元の力を取り戻しておるか……何故だ?」

「さあねー。天使と踊っちゃった(運が良かった)んじゃない? で、カジっちゃんはどしたの? 前より弱くなっちゃったー?」

「……蘇ったばかりでな。だが、すぐに元の力は取り戻せる」

「そりゃーよかったねー。けけっ」

 

 カジットの強がりを察してか、クレマンティーヌはからかうように笑った。

 

 死者再生(レイズデッド)によって失った力は大きい。

 元の力を取り戻すにはかなりの時間がかかる。

 その上、死の宝珠も失ってしまった今のカジットはズーラーノーンの幹部としてはあまりに脆弱だ。

 カジットは何度も隣の従者に視線を送る。

 そしてクレマンティーヌにも。

 

 エ・ランテルに居たときは力が拮抗していた相手が弱体化しているのだ。

 殺人狂の性格破綻者(クレマンティーヌ)がこんな機会を見逃すはずはない。

 カジットとクレマンティーヌ。

 夏の盛りの温い空気が、二人の間で冷たく鋭く張り詰める。

 

「――おぃ」

 

 張り詰めた空気を破ったのはクレマンティーヌの後ろに居た男だ。

 

「世間話は終わったのか? 結局ここは使えんのか、クレマン」

()かさない()かさない。紹介するねー。あの血色が悪いのが私の元カレのカジット・バダンテール。血色悪いのはカイちゃんも同じかー。あははは」

 

 クレマンティーヌから殺気が消えカジットは安堵した。

 それと同時にかつてのクレマンティーヌにはない媚びた雰囲気に戸惑う。

 

「……クレマンティーヌよ。その男は何者だ?」

 

 精神支配の魔法でもかけられたのだろうか。

 そうだとしたら組織(ズーラーノーン)のために、この女をなんとしても葬らなければならない。

 

「これはカイちゃん。私の今カレだよー」

「何を抜かしやがる。お前ぇはただの肉壺なんだよ」

 

 クレマンティーヌの頭を男――カイが(はた)いた。

 

「――痛っ。ひっどいなー。さっきまであんだけ愛し合ってたのにー」

 

 小娘のような戯言(ざれごと)に興じるクレマンティーヌにカジットは驚き、フードの従者と何度も視線を交わす。

 二人の狼狽をよそにクレマンティーヌは説明を続けた。

 

「カジっちゃんの横に居るのが……まー組織の小間使いみたいなもん。うちらみたいな幹部のお目付け役ってとこだねー」

 

 カイというこの男がどのような手段を用いたかは知らないが、クレマンティーヌを支配しているのは間違いない。

 それはすなわちこの女がズーラーノーンを裏切ったということだ。

 

「……クレマンティーヌ。我が組織を売ったか?」

「えー? まっさかー。ってゆーか、売れるような秘密って私、聞いたことないしー」

 

 カジットの糾弾にクレマンティーヌは悪びれず笑顔を見せる。

 確かにズーラーノーンは組織としての実体は薄い。

 盟主からの召集指示は少なく、幹部同士繋がりは殆どない。

 それでも組織に害となる行いがあれば誅するのが掟だ。

 

「この場所を他者に知らせるのが裏切りでないと言うか?」

 

 フードの従者に何度も視線を飛ばしながらカジットはさらに追求する。

 クレマンティーヌは彼女にしては珍しく、ばつの悪そうな顔を見せた。

 

「いやそれがさー。カイちゃんの無駄遣いが過ぎちゃってねー。時間も時間だし宿代もないから、ここを貸して欲しくて来たんだよねー。泊まる場所として」

「その男の口を封じるのが先ではないか?」

「えー? なに? もしかしてカジっちゃん、カイちゃんに嫉妬してる? ごめんねー。あーもてる女は辛いわー」

「……何を(たわ)けたことを」

 

 クレマンティーヌはカジットが知っている邪悪な笑顔を浮かべる。

 

「カイちゃんはねー。こっちの人間だから大丈夫だよ。それにほらー」

 

 突然、紅い輝きがクレマンティーヌから放たれた。

 思わず身構えるカジットの前を通り過ぎた輝きはクレマンティーヌの背後、カイの首筋で止まっている。

 クレマンティーヌが紅い刃の細剣(レイピア)をカイに振るったと、少し遅れてカジットは理解した。

 そしてその刃を冴えない中年男が片手の指のみで挟み止めていたことに改めて驚愕する。

 

「今の見えたー? 見えなかったのよねー? この通り、私じゃカイちゃんを殺せないんだよねー。痛っ。ぽんぽん叩かないでよー」

「武器を向けんなって言ってるだろうが。立場を分かってんのかぁ」

「ここを借りるためのデモだってばー」

 

 細剣(レイピア)を腰に戻してクレマンティーヌはにこりと笑う。

 それはカジットが初めて見る邪気のない笑顔だ。

 狼狽するカジットの隣に居た従者が小さく呟いた。

 その()()はクレマンティーヌの耳にも届いたようだ。

 

「そだよー。何度も言うけど、私を殺したのはアンデッド。黒い鎧がパッと消えてね。自分のこと魔法詠唱者(マジックキャスター)って言ってたけど魔法は見なかったなー」

 

 従者は少し間を置くと、小さな声でもう一度クレマンティーヌに尋ねた。

 そのアンデッドの魔法詠唱者(マジックキャスター)の力はどれほどのものか、と。

 

「わっかんないねー。でも十二幹部(うちら)くらいじゃ勝てないんじゃない? 私が手も足も出なかったからね。盟主様(ボス)にも気をつけるよう言っといたほうがいいよー」

 

 クレマンティーヌがケラケラと笑いながらもたらした情報にカジットは戦慄する。

 カジットをスケリトルドラゴンごと焼き尽くしたメイドの魔法詠唱者(マジックキャスター)は脅威だ。

 敵対するにせよそうでないにせよ相応の力が必要となる。

 それに加えて漆黒のモモンである。

 あのメイドを従えていた(あるじ)がメイドより弱者であるとは考え難い。

 仮に同程度の力だとしてもその脅威は単純に二倍だ。

 

「アレはまだエ・ランテルにいるみたいだけどさ。手を出すなら相当の覚悟が必要だと思うなー」

 

 口調こそ軽いもののクレマンティーヌの言葉には実感が篭っていた。

 

 復活したカジットが帝都アーウィンタールに赴いたのは力を取り戻すためだ。

 ズーラーノーンが帝国内に広げていた新興宗教の信者を利用して生贄を集めるつもりだった。

 その矢先にエ・ランテルで行方が分からなくなっていたクレマンティーヌが隠れ家に姿を見せた。

 重大な情報とカイという謎の男を伴って。

 

「どう? ひっどい殺され方をしてまで手に入れた大事な情報だよー。ここの借り賃くらいにはなるんじゃない?」

 

 カジットは従者が小さく頷いたのを確認した。

 

「……よかろう。だがこの場所のことは他言無用だ。その男にもよく言い聞かせておけ」

「はいはーい。カイちゃん、よかったねー。ここ、使わせてくれるってよ」

 

 カイは返事をせず、念入りに辺りを見回している。

 

「――それで、おぬし達は何をしにこの帝都まで来た?」

 

 カジットはクレマンティーヌ達の(くわだ)てを確認しておく。

 この殺人狂が帝都でどんな悪事を行うつもりなのか。

 

「カイちゃんが帝都観光したいってゆーから。私はその付き添い。生き返らせてもらった恩があるしねー」

「恩などと心にもないことを……待て! 今、なんと言った?」

 

 カジットの剣幕にクレマンティーヌが驚きの表情を見せる。

 

「ん? 帝都観光?」

「そっちではない! “生き返らせてもらった”だと?」

「あーそれねー。さすがに死んでたときのことは分かんないけどさ。カイちゃんさー、私に死者再生(レイズデッド)を使ったんでしょ?」

「……まあな」

 

 寝台にすでに横になっているカイは生返事を返す。

 その様子は寝床を見つけた浮浪者と変わりない。

 そんなカイをカジットは驚きの目で見る。

 この浮浪者のような男が第五位階魔法死者再生(レイズデッド)が使えるのか。

 それはカイが信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)として最上位であることの証だ。

 では、あのクレマンティーヌの細剣(レイピア)を止めた技はなんなのか。

 

 理解不能な事実に混乱するカジットにクレマンティーヌが顔を近づける。

 

「信じる信じないはそっちの勝手だけどさー。組織についてカイちゃんに話したことはないよ。そもそも聞かれなかったしね」

 

 カイの様子を窺いながらクレマンティーヌが舌を出した。

 

◇◆◇

 

「……おぬしは何者だ?」

 

 カジットとフードの従者の興味はカイへと移ったようだ。

 クレマンティーヌとしては助かったが、あのカイが二人に興味を示すことはないだろうとも思う。

 

「……俺はただの鬼畜モンだぁ」

魔法詠唱者(マジックキャスター)なのか?」

「まあな」

「ふむ。……で、どうやってあのクレマンティーヌを躾けた?」

 

 “躾けた”という言い草はむかつくがここでは我慢する。

 

「そりゃあモチロン、男の魅力ってヤツだぁ」

「馬鹿馬鹿しい。あの女は少しでも隙を見せれば誰であろうと殺す。敵味方お構いなしにな」

「よく知ってるじゃねえか」

「……なるほど。別に変わったわけではないのか」

 

 自分の事で勝手に納得しあってる男達への殺意を、クレマンティーヌはなんとか押さえ込む。

 

「おぬしは……どこの手の者だ?」

「さあな」

「……話す気はないということか。ではその力、どこで手に入れた?」

「生まれつきに決まってるだろうが。このハンサム顔と同じでよぉ」

 

 クレマンティーヌは思わず吹き出し、カジットが顔を顰める。

 

「……おぬしの方から(わし)に聞きたいことはあるか?」

「あるぜぇ。どうやったら黙って俺を寝かせてくれるんだぁ?」

「……」

「カイちゃんはねー、えっちなことにしか興味ないんだよ。勿体ないよねー。そんなに強いのにさ」

 

 クレマンティーヌは寝台の感触を確かめながら口を挟んだ。

 そして同じ組織のよしみで助け舟を出してやることにする。

 

「そーだカイちゃん。なんか探してるんじゃなかった? せっかくだから聞いてみたら?」

 

 カイが睨みつけクレマンティーヌはぺろりと舌を出した。

 何かを探すということはあらゆる行動の指針であり足かせだ。

 その意味ではクレマンティーヌはカジットたちにカイの弱みを教えたことになる。

 

「……それじゃひとつだけ聞いてやるぜ」

 

 カイは上着の懐を開いて裏地を二人に見せた。

 

「この()()に見覚えはねえか?」

 

 クレマンティーヌは素早く()()が見える場所まで移動する。

 そこには魔法で写し出したように緻密な人物画があった。

 

「知らぬ顔だ。……名はなんと言う?」

 

 カイが名前を口にするが、それはクレマンティーヌの聞いたことのないものだ。

 カジットも首を傾げ、従者もまた首を横に振る。

 

「……そうかい。じゃあ俺から聞くことはもうねえな」

 

 その声は少しだけ落胆したようにクレマンティーヌには聞こえた。

 しばらく沈黙した後、カジットと従者が出口に向かって動き出す。

 

「どったのー? もうお出かけ? まだ外は暗いよー」

 

 寝台に戻ったクレマンティーヌが声をかける。

 

「おぬし達の話で検討すべき新たな事案が生じた。ここは勝手に使うがいい」

「そーぉ? 悪いねー。追い出したみたいで」

 

 ケラケラと笑うクレマンティーヌにカジットは顔を顰めた。

 

「いずれおぬしにも沙汰(さた)があるだろう。それまであの男から離れるな。良いな」

「はいはい。りょーかい、りょーかーい」

 

 寝台の上でクレマンティーヌはひらひらと手を振る。

 カジットはちらりとカイを見て、やがて従者を伴って滑るように部屋から出て行った。

 二つの影を目の端で見送ったクレマンティーヌがカイに視線を向ける。

 カイは寝台の上で大きないびきをかいていた。

 本当に眠っているのか眠った振りなのかは判らない。

 ただ少なくとも今夜のカイはクレマンティーヌを犯すつもりはないらしい。

 人見知りだと語ったのは案外本当のことかも知れないと考える。

 カイと周囲に警戒しつつ、とりあえずクレマンティーヌも目を閉じることにした。

 

◇◆◇

 

 翌日、クレマンティーヌとカイがズーラーノーンの隠れ家を出たのは日がかなり高くなってからだ。

 眠り足りないクレマンティーヌが横目で見ると、無遠慮に大きな欠伸をしているカイが目に入った。

 思わず出かけた自分の欠伸をかみ殺す。

 二人の目的地は大闘技場。

 帝都アーウィンタール一番の観光スポットでありカイたっての要望だった。

 

 ゴーレムの馬で行けば早いだろうが、さすがに帝都では目立ち過ぎる。

 無駄に目立つことを避けるために二人は辻馬車を使うことにした。

 御者の勧めを受けて大闘技場の手前、中央市場の近くで降りることにする。

 もしかすると御者の方が市場に用があったのかも知れない。

 

 帝都の大広場に広がる中央市場には帝都で生活するための全てが揃っていた。

 中央市場は食料品と生活用品が主でクレマンティーヌとしては興味を惹くものはない。

 そこから二人は北市場へと移動する。

 

 帝都北市場は中央市場より規模は小さいが並ぶ露店の数は負けていない。

 それでも取り扱われている商品の種類が特殊なため中央市場ほど買い物客でごった返すことはない。

 露店の店先に並んでいる商品は中古の武器やマジックアイテムで、それらを使う人間は限られているからだ。

 店主はそれらアイテムの持ち主であり大抵は冒険者かワーカーだ。

 

 かつてのクレマンティーヌであれば興味津々で店先のマジックアイテムを眺めたであろう。

 だがカイの持つアイテム群を知った今となっては冷やかし以上の意識はない。

 そのカイはといえば武器ではなく生活用のマジックアイテムを並べている店の前に立ち止まった。

 比較的大きめの露店に並ぶマジックアイテムを、ひとつひとつ手にとって熱心に吟味している。

 

 そんなカイを遠巻きに見つめながらクレマンティーヌは昨晩得た情報を整理していた。

 カジットが死んだことは知っていたが、手を下したのはあのアンデッドだとクレマンティーヌは思っていた。

 だが殺された本人の言葉を信じるならば、あの済まし顔の魔法詠唱者(マジックキャスター)が実はメイドで、第七位階魔法を使ってスケリトルドラゴン共々カジットを抹殺したらしい。

 クレマンティーヌの中の常識は、カジットの言葉を聞き間違いか本人の勘違いだと判断している。

 しかし――。

 クレマンティーヌ自身はどんな目に遭ったか。

 黒い鎧の戦士の正体が実はアンデッドの魔法詠唱者(マジックキャスター)で、しかも魔法ではなくその腕力でクレマンティーヌを絞め殺した。

 自分が遭遇したことながら非常識で理解不能だ。

 

 理解不能な二人の魔法詠唱者(マジックキャスター)についてクレマンティーヌは考えることを止める。

 ではカジットたちとズーラーノーンはこれからどう動くのか。

 

 組織の手によってカジットは復活した。

 復活の際に失った力を取り戻すため、ここアーウィンタールに来ていたようだ。

 こちらの動きが先にカジット達に気づかれていたのは失態だった。

 カイは気にしていないようだが、これから先、より慎重に行動する必要がある。

 クレマンティーヌはカイほど強くない。

 そしてズーラーノーンという組織の後ろ盾に不安を感じているからだ。

 

 クレマンティーヌ自身、ズーラーノーンへの思い入れは殆どない。

 その一方で組織を裏切ったつもりは毛頭なく、カイとの関係も単なる個人行動だと考えている。

 カジットは盟主へ、クレマンティーヌを殺したアンデッドの魔法詠唱者(マジックキャスター)のことを報告するだろう。

 そしてカイのことも。

 カジットを葬った第七位階の魔法を使うメイドも含めた三人の強者への対応を検討することは間違いない。

 対応が決まれば組織から――いや盟主からクレマンティーヌに召集がかかる。

 

 盟主がどんな対応を選択するのか。

 あのアンデッドと敵対してもう一度死ぬのは嫌だし、恭順するために組織から人身御供として差し出されたくもない。

 それならば、あのアンデッドや組織の手が届かない遠い地に逃れるより他に術はない。

 

 では、逃亡のために必要な物と言えば、買い物を済ませクレマンティーヌに近付いてくる小汚い中年の魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。

 この男に言うことを聞かせるためには自分は何をしなければならないのだろうか。

 エ・ランテルからアーウィンタールへの道中、商人の妻に言われた言葉を思い出してクレマンティーヌの機嫌は急降下する。

 

「なぁに黄昏(たそがれ)てんだ。どっかの店でボられたのかぁ?」

「……買い物は終わったー?」

「今日のところはな。場所が分かったから欲しいときにはいつでも来れるぜ」

 

 どうやらカイは後日、転移魔法で買い物するつもりらしい。

 贅沢な話だとクレマンティーヌは呆れ、そしてこの男の力が必要な自分に腹が立つ。

 

「……で? 闘技場に行くん……だよね?」

「当ったり前だぁ。闘技場の雌戦士が股を濡らして俺様を待ってんだからなぁ。くっくっく」

 

 そんな訳あるかと突っ込む気も起こらず、クレマンティーヌは無言で大闘技場に向かって歩き出した。

 

 

 バハルス帝国が誇る大闘技場は壮大だ。

 壁や柱の意匠も帝国風に洗練されており皇帝の権力の大きさを国内外に誇示している。

 吟遊詩人による歌や芝居なども行われるが、大闘技場での一番の出し物といえばやはり剣闘だ。

 客は闘技者の勝敗に金を賭け、串焼きを頬張りながら応援し、嗄らした喉をビールで潤す。

 

 大きな大会があるときや王者である武王が試合に出るときには観客の数は凄まじく、闘技場の周りは身動きが取れないほどだ、とは辻馬車の御者の話だ。

 今日は大きな大会もなく名の知れた闘技者も出ないのか、闘技場の入口周辺の他に人の集まりはない。

 

 よたよたと歩くカイを引き連れクレマンティーヌは入口の近く、今日の出し物が貼り出している柱へと行く。

 貼り紙には何試合かの剣闘の予定が書き出されている。

 だが、その中にクレマンティーヌが知っているような強者の名前はない。

 今日行われるのは普通の日の普通の興行なのだろう。

 文字の読めないカイが聞いてくる。

 

「で? どいつが雌戦士なんだぁ?」

「……知らない。そこらの予想屋にでも聞いたらー?」

「ったく……使えない肉壺だぜ」

 

 こういう場所には何人もの予想屋がいて、勝敗予想を教えることで小銭を稼いでいる。

 カイは客が寄り付いていない元戦士風の予想屋に向かって歩いていった。

 

 どんな話術を使ったのか、カイと予想屋の話が盛り上がっている。

 クレマンティーヌはカイから離れると、隠れ外套(ステルスマント)を被って屋台や出店(でみせ)が並ぶ場所へと移動した。

 闘技場周りの人の多さには辟易するが、剣闘に頭がいっぱいになっている男達から金袋を()るのは楽しい。

 今日はまだ一度も食事をしていなかったことを思い出し、屋台の店先から串焼きを摘んで小腹を満たす。

 憂鬱になった気分が少しだけ晴れた。

 道行く多くの人間を眺めながら、これらを皆殺しに出来たらどれだけ楽しいだろう。

 そんなことを漠然と考えていた。

 

 突然、隠れ外套(ステルスマント)が引かれる感触に慌てて振り向いた。

 串焼きを抱えた見たこともない幼い少女が、クレマンティーヌのマントを掴んでいる。

 少女は叫んだ。

 

「ママぁ!」

「……はぁ?」


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