「俺、シグナム先生と結婚する!」   作:Vitaかわいきつら

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閉幕

事件から1ヶ月と少し経ったころ。地球にいたならば植物状態か、最悪死に至る傷を負った健は、健が気絶し、機人達が目的としていたヴィヴィオを連れ去ったのと入れ替えに到着したキャロの治癒魔法や管理局、シャマルの治療を受け無事回復、退院した。

1週間は意識が戻らなかったが、重症でありながらたった1週間で目を覚ますことが出来たのは、キャロの治療を、時間を置かずに受けられたことが大きな理由だろう。

 

さて、時間を少し巻き戻し、健が目を覚ました頃を振り替えろう。

 

健の目に映った姿は、健の知らぬ人物であった。白衣を着た、看護師であり、彼女は即座に医師を呼び、様々な確認を取った。

 

健が知人と会えたのは、目を覚まして4時間が経過してからだった。

 

扉をノックする音に、どうぞ、と応えると、六課の制服に身を纏ったシグナム。

 

「調子はどうだ」

 

いつもと別段変わることのない声色。

 

「良くはありませんが、悪くはないです」

 

そうか、とだけ返し、近くの椅子に静かに座る。慌てた様子も安堵の気色も見せないのは、健に不安や気苦労をかけさせない為の配慮なのだろう。

 

「すみません。ご心配おかけしました」

 

「まったくだ。知らせを受けた時は肝を冷やしたぞ」

 

あはは、と乾いた笑いで返すと、シグナムは続ける。

 

「あの日の事件のことだが……」

 

「解決はしたんですよね。目が覚めてからここの方に聞きました」

 

「そうか、聞いたか。では、詳細について話そうと思うが……いいか?」

 

健が聞いていたのは、六課の襲撃犯達が全員捕縛されたということだけだ。詳細についてはほとんど知らない。シグナムの問いに、頷きで返答した。

 

事のあらすじが語られる。

時空管理局と六課がテロリストに襲われたこと。テロリストはヴィヴィオの誘拐目的で襲撃し、誘拐されてしまったこと。ヴィヴィオを利用し、恐ろしい兵器を操ってたこと。六課の隊員の活躍もあり、テロリストの捕縛とヴィヴィオの奪還に成功したこと。

 

「お前が気絶したすぐ後、エリオとキャロが六課に到着し、戦闘機人1人の捕縛に成功した。それにより敵のアジトの発見が楽になってな。あの時捕縛に失敗していれば、我々が敗れていた可能性もあっただろう」

 

「……エリオ君にキャロちゃん、大活躍ですね」

 

自分の半分ほどの少年少女が活躍し、自身は重症を負い、心配をかけさせたという事実に悔しさを感じる。そんな健の心情を知ってか知らずか、シグナムは話を進める。

 

「あいつらの功績はお前が好戦してくれたおかげだ。時間稼ぎがなければ間に合わなかっただろうからな」

 

「時間稼ぎ、ですか……」

 

「あぁ。それも立派な功績だ」

 

その言葉に、少し救われる。シグナムの隣に立ちたいと思い訓練をしてきて、時間稼ぎという、派手な功績ではないものの「役に立てた」という事実はそこにあったのだから。

 

「しかし、だ。進藤」

 

 

健が気分をやや回復させたところで、シグナムは今度は表情を引き締め、責め立てるような声を出す。

 

「何故あんな危険な真似をした」

 

「ええっと……どれについてですか?

 

「戦ったこと自体に対してもだが、一番はバリアジャケットの解除だ。デバイスのデータからお前の戦闘記録を見させてもらってな」

 

以前のティアナ撃墜の件で語った「無理をしてでもやらなくてはいけないこと」というのは、今回の一件にも適用されるだろう。

だが、それでも。

健が管理局員であれば戦ったことに対して咎めることはなかった。無理をするな、くらいの言葉は出るであろうが。

健は保護される立場で、誰かを護る立場ではない。本来であれば危険から遠ざかるよう行動することが常套だ。

いくら事件の解決に貢献しているからといって、手放しに賞賛することは管理局員としても個人としても出来ないのだ。

そしてバリアジャケットの一件。これは健が仮に管理局員だったとしても褒めることなど出来るはずもない。

 

「バリアジャケットの恩恵はお前も良く学んだはずだ。今回はたまたまこの程度の傷で済んだが、下手をうてば死んでいたんだぞ」

 

魔力ダメージだけでなく、物理ダメージも大幅に軽減してくれるバリアジャケット。非殺傷というものがあろうと、この世から物理法則が消えるわけではない。例えば空中で非殺傷の魔法を受け気絶し、バリアジャケットが解除され、そのまま頭から落下したら?

もっとも、大抵の場合はデバイスがオートでバリアジャケットを展開してくれるのだが。

今回の一件も、バリアジャケットを展開したままで攻撃を受けていたのなら、キャロの応急処置だけで目を覚ましていただろう。

故に、シグナムは彼を責めた。

健としても冷静に考えればどれだけ危険なことか理解出来る。言い返すことは、出来ない。

だから、正直にあの時の気持ちを伝えた。

 

「……勝ちたかったんです。あのまま粘って救援を待つんじゃなくて、自分の力で」

 

一度そこで区切り、深呼吸をして、続ける。

 

「あそこで負けるような男なら、シグナム先生の隣に立つ資格はないんじゃないかなって、そう、思ったんです」

 

言い終えてから、シグナムは目を瞑り、言葉を心の中で反芻する。「あぁ、私はこいつの10年だけでなく一生を奪うところだったのか」とも、考えてしまう。

シグナムに責任はない。全て健の自己責任だ。 勝手に惚れて、勝手に結婚を申し込んで、勝手にこの世界で生きていくことを決めただけ。

だが、もし自分が道場に行かなければ、と考えてしまうと、抜け出せなくなってしまう。

確かにシグナムと出会わなければ、健はそれなりに幸せだっただろう。彼女も出来て、健の好みの柔らかな膨らみに触れることも叶っただろう。

それでも。

健がこの10年、他の女性に心惹かれなかったのは、健にとっての「最高の女性」がシグナムであったからだ。人にとっての幸せは、他人が決められることではない。

健にとっての幸せは、シグナムと共に生きることなのだから。

当事者であるシグナムにも、健の人生を“否定”することは出来ない。そういった事まで理解が及ばないのは、彼女はまだまだ経験不足であるからだ。経験とはもちろん、恋愛のこと。

健の言葉からしばらく時をおいて、シグナムは大きく息を吐いた。

 

「……てっきり、ヴィヴィオを守る為かと思っていたがそうではなかったようだな」

 

「あはは……あの時はすっかり頭から抜け落ちてました」

 

「そのようだな。もう、あんな無茶はするな。心配したのは私だけでないんだぞ」

 

「う、すみませんでした」

 

「それは本人達に言ってやれ。特にヴィヴィオが気に病んでいたからな。今もここに通院しているから、会った時にでもゆっくり話せ」

「はい。そうします」

 

シグナムと健、両名にようやく笑顔が灯ったが、「でも」と続けた健に、彼女はまたも頭を悩ませる。

 

「無茶は、これからもするかもしれません」

 

「……ほぅ。これだけいっても、か?」

 

眼光を厳しくして問いても、健は怯むことなく真っ直ぐな視線を返す。

 

「自分の思いを通すためなら、無茶をするのも常套でしょう?」

 

シグナムの中でほんの少し、健の姿が良く知る人物と重なる。自分や大切な人を守る為に奮迅してくれて、見知らぬ誰かの為にも命をかける女の子。

 

「地球……というより、海鳴に住む人は皆高町のように無茶をするのだろうか」

 

「なのはさん、ですか?」

 

「いや、なんでもない。とにかく、私の目の届く範囲では無茶はさせん。いいな」

 

「でも……」

 

不服そうに抗議をしようとするが、シグナムの次の言葉に歓喜することになる。

 

「無茶をする必要が無くなるほど強くなればいい。これからは私がきっちり、稽古をつけてやるからな。覚悟しておけ」

 

「え……!」

 

その言葉を最後にシグナムは病室を後にした。

 

シグナムが去ってからすぐ、「よろしくお願いします」と病室内に大きな声が響き、健は医師や看護師からお叱りの言葉を頂くことになった。

 

 

それからの時間はあっという間だった。リハビリを終え、シグナムに本格的に稽古をつけられ始めたり。

「誰が一番強いか」という話題が新人メンバーや補給部隊で広がったが、健には「どうせシグナムと答えるだろう」と、アンケートをとられなかったり。

ヴィヴィオに改めて「俺の子供にならないか」と聞き、はやてとシャマルが「シグナムを捨てるのか」と勘違いしたり。

六課解散後、管理局に入局を決意し、はやてに推薦状を書いてもらったり。

 

本当にあっという間に、六課は解散の日を迎える。

 

はやての挨拶と激励を終え、解散式は終了。その後、シミュレータで桜を再現したフィールドで、隊長陣対新人4人と健で最後の模擬戦は30分を越える、激闘となった。

 

そして。

 

六課のほとんどが見守る中健とシグナムの、勝負が始まる。

 

シグナムには不利な条件かもしれないが、剣道での勝負となった。デバイスでの性能の差を無くすため、お互い竹刀での勝負となった。

一本勝負。

 

「準備はいいですか、先生」

 

「あぁ、いつでもこい」

 

竹刀を構え、隙を伺う。

硬直状態のまま、2分は経過しただろうか。

ギャラリーの唾を飲み込む音すら聞こえそうなほど、辺りは静まりかえっていた。

 

――勝負は最初の一太刀。

戦闘経験のあるもの達は、誰もがそう感じていた。

 

やがて、時は動き出す。

 

健が動いた。

右足を大きく踏み込み、面打ちを構える。

シグナムはそれを見て、面打ちでの打ち合いのため振り上げる。

竹刀の速度はやはりシグナムが上だった。

しかし面が入る直前で健は、足さばきを巧みに行い、上体を屈め、竹刀を交わし、シグナムの左胴部を狙う。

 

始まりの、逆胴。

 

唸りをあげ、猛然とシグナムを討たんとする……が。

シグナムはそれを、竹刀で弾いた。

 

激しい衝突音があたりに響く。互いに距離をとるが――。

 

 

2人の竹刀は、完全に折れてしまっていた。

ギャラリーは、どよめいた。

 

「相討ちか。どうする、もう一度改めるか?」

 

シグナムは動じず、淡々と問いかける。健の額には、僅かに汗が滲んでいた。

 

「いや……いいです。竹刀もありませんしね」

 

「そうだな。では、引き分け、という形で良いな」

 

「はい」

 

審判を勤めていた、はやてから正式に引き分けが宣告され、勝負はそれで幕を閉じた。

同時に、新人4人や、この数ヶ月で仲良くなった六課のメンバーが健の側に駆け寄り、褒め称えた。

「シグナムと引き分けた」という事実は、それほどまでに大きいものだった。

一方のシグナムには、はやてが近くに寄った。

 

「引き分けやったね」

 

「申し訳ありません、主。不甲斐ない結果に終わりました」

 

「剣道やからなぁ。10年やってきた健君に、多少なりとも有利やし。それより、シグナム?」

 

ニタッと、顔を崩すはやて。長年付き合ってきたシグナムには、この邪悪な笑みの意味を理解している。またからかうつもりだな、と。

 

「なんです、主」

 

「引き分けたんやから、健君に何かご褒美あげなあかんとちゃう? たとえば

 

そこで一旦区切り、大きく息を吸い、そして響き渡る大きさで言い放つ。

 

 

「恋人になるとか!」

 

恋人、のセリフに、周囲の人間も彼女に注目する。健にも聞こえたようで、期待の眼差しを送っている。

 

「私が約束したのは、負けたら結婚ということだけです。それ以外のことは約束していませんから」

 

ため息が、ほとんどの人から漏れた。ヴィータにいたってはブーイングを飛ばしていた。

うなだれる健に、シグナムはそっと近寄り頭を撫で、「だが」と声をかけ――

 

 

 

 

「強くなったな、『健』」

 

 

 

健の目から小さな光が一筋流れたことは、おそらくその場の全員に知られてしまっただろう。

 

 

 

さて、1人の少年について長々と語ったこの物語はここで一先ず閉幕とさせていただく。

彼が「望み」を叶えたかどうかは別の機会に語ることにしよう。

だが、時に男の邪な願望というのは、とてつもない力を生み出すものだ。

彼は、きっと――。

 

彼だけでなく、『彼女』についても、いつか語る機会が来るかもしれない。

その時はどうか、彼の物語をもう一度、目を通していただきたい。

 

それでは。また。


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