日常の崩壊は唐突に訪れるものだ。ジワジワと蝕む形もあれど、被害を受ける者としては突然訪れたと錯覚しやすい。六課も、背後に蠢く悪の意志を読み取れず、結果として健の日常は崩壊した。
第7話 不屈の心
この日の六課は慌ただしかった。一つ、大きな仕事がありシグナム、なのは、ヴィータは一足先に現場に向かうため前日から六課を開けており、残りの前線メンバーも朝から出発した。
この一仕事が終われば小休止を挟める。そのはずではあった。
事が起きたのは、昼になる少し前のことだった。健がヴィヴィオやザフィーラといつも通りに過ごしていると、突如隊舎内に警報が鳴り響く。ザフィーラの行動は早く、健にヴィヴィオを連れて安全な場所へ向かうように指示を飛ばし、駆けていった。
警報の原因は、大量のガジェットと、2人の戦闘機人。
目的は不明だが六課への襲撃を企んでいることは明白。ザフィーラとシャマルが前線メンバーに入っていなかったことが幸いし、2人と少数の六課の隊員が撃墜へ向かった。
ザフィーラとシャマルは人間ではない。シグナムと同じプログラム体、守護騎士。それが彼らだ。
百もの年月を生き、万を越える戦をしてきた、歴戦の騎士、ヴォルケンリッター。
4人と夜天の主がそろえば敵はいないとされる、守護騎士。
ガジェットをみるみる殲滅し、戦闘機人2名を押さえ込む。コレが彼らの実力だ。主に留守を任される身として、絶対に負けるわけにはいかなかった。
ザフィーラとしては、毎日の健の稽古はここでも活かされていた、と思う。健自身は未だ隊舎内にいるが、役に立ったものはザフィーラへの経験。
剣を振るう姿はすでにザフィーラの頭にインプットされ、機人が扱う二刀流に対する間合いが取りやすい。武器の間合いがほぼ同じだったことが幸いし、回避と防御のとる比率を確定させた。
しかし、天秤はいつまでも六課へ傾かなかった。
以前確認されていた召喚士の少女と、その召喚獣が現れた。
多量のガジェット、機人2人に加え、新たな強者。
天秤は一気に傾く。
いくらヴォルケンリッターといえど、多勢に無勢だ。防衛ラインは後退していき、シャマルは倒れ、ガジェットの侵入を許してしまう。
そしてザフィーラも、機人の強烈な一撃を受け、倒れる。
機人の一人がすぐさま隊舎内に入っていった。
機人と少女達も、続いて歩みを始めようとするが――
ザフィーラは、立ちふさがる。
この負傷に、シャマルの不在。
ザフィーラは、勝つことは不可能だと理解している。だがそれでも立たねばならない。
盾の守護獣、ザフィーラ。
それが彼に与えられた名前だから。
勝たなくともいい。ただ、立ちふさがるのだ。こらえれば、必ず応援がくる。
不覚にも通してしまった一人を、「あいつ」がなんとかしてくれる。
無謀にもシグナムに勝つと明言する、愚かな青年を。
信じて。
警報が鳴り響いてからしばらくして。隊舎内にガジェットが入り込んできた。
健も戦おうとデバイスを起動させたが、局員に止められた。我々に任せて、健はヴィヴィオを頼む、と。
ヴィヴィオは寮母のアイナに抱きついたまま、震えている。今ここで懐いている健が離れれば、さらなる恐怖を与えてしまう。
唇を噛みしめ、踏みとどまる。
局員達も善戦したが、相手が悪かった。ザフィーラとシャマルを、数の理があれど打ち破ったのだ。
戦闘をメインとせずに管理局に勤めてきた彼らには、荷が重かった。
やがて、機人と健が対立する。
健の頭に一番に入ってきた情報は、機人が着る奇妙なボディスーツ。青を基調とする、体にピッチリと密着しているものだ。体のスタイルも丸分かりだった。もちろん、女性特有の膨らみも。健はそれを見て謎の襲撃者が女性であると知った。
次に入った情報は、両手に握られた鈍い光を放つ刀剣。自分と同じ剣士タイプの魔導士。
それを見て、健は尻込みする。
健は魔法世界の住人に未だ勝利の経験はない。単に試合回数が少ない、というのもある。相手がシグナムという、歴戦の騎士だけだということもある。
しかしながら勝利の経験がないという結果は健に重くのしかかる。勝てないかもしれない。負ければどうなるのか分からない。
痛いのはイヤだ。
怖いのもイヤだ。
健はあくまで地球、それも平和な地域で育った人間だ。争い事もほとんどなく平和に生きた青年に戦場という舞台は、あまりに大き過ぎる。「経験がない」という事実は、それだけで重い鎖になるのだ。
――しかし。
健はチラリと横を見る。
アイナにしがみつき、すでに泣いてしまっているヴィヴィオ。こんな娘がいたら、幸せな人生がおくれるだろうと思った少女。
自分が敗れれば、この少女の身にも何が起きるか分からない。
すでに局員達は敗れ、残すのは自分だけ。
ならば、やるしかない。
震える手足をなんとか動かし、デバイスである剣を構える。いつもと同じ、10年間繰り返した正眼の構え。
すると、手足の震えは嘘のように消え去り、相手をしっかりと見据えることが出来た。
少々余裕が出来たのか、女性の胸部を見て頬を赤らめた。
「経験がないということ」は重い鎖になれど、「経験」は確かな力になる。
この場合の経験は、もちろん剣道。いつも通りの構えは、健の心情を整える。
ただ単にいつも通りの行動が、いつも通りの力を引き出すわけではない。
『剣道は剣の理法による人間形成の道である』
剣道という、健の10年間歩いた道。
それが、初めて健の力になる。
戦いが始まった。
相手が健と同じクロスレンジ特化型の魔導士であったことが幸いし、どうにか打ち合えている。もし機人がミドルレンジ、あるいはロングレンジもこなすならば健は手も足も出ず、防御一辺倒になっていただろう。
しかし、運命は健に味方をするばかりではない。
機人の使う、二刀流。これが健の感性を鈍らす。二刀流は剣道にも存在し、健も幾度と無く対戦したことがある。だが今戦っているものとは、少し異なる。刀剣の長さが一番の原因であろう。
地球の二刀流は、両の竹刀を片手で振るうために、普通の竹刀より短い。間合いの短さを手数でカバーするものだ。
それに対しこの機人の刀剣は、普通の竹刀の長さに近い。普通だったら振るう速度が減少するが、ここは魔法世界。速度は格段である。
そのわずかな間合いの違いが、健の敵となっている。
健にとっての不幸はこれだけではない。
戦いの最中。
つばぜり合いから身を離し、同時に機人の右胴部向かって振る。
「引き胴」と呼ばれる剣道での一撃は、華麗に機人にあたる。剣道であれば確実に一本取れる代物であった。
機人は上体を大きく揺らすが、それだけに留まる。
健の一撃は、単純に“軽い”のだ。
剣道は、「切る」のではなく「叩く」ものだ。単純に振り切るという動作に不慣れで、剣が当たったところで引いてしまう癖がある。これが一撃の威力を弱める原因になる。
健もそれは理解しているが、「じゃあ変えよう」と切り替え出来るほど器用ではない。意識して変えようとすれば無駄な力が入り、一撃を当てることさえ叶わない。
機人の攻撃は、少しずつ体力を削っていった。
左手の刀剣で頭目がけて放たれた一撃をデバイスで受け止め、次に右手の刀剣で左から来たのを小規模のプロテクション、防御魔法を張り防ぐ。
頭上の刀剣を払い、左手を打つ。一本だ。
機人は顔を歪ませるが、即座に距離をとる、と見せかけて突進し、両の剣を十字に構え、放つ。
デバイスで受けとめるものの、凄まじい威力で吹き飛ばされる。が、足に力を込め、踏みとどまる。
追撃がくる。今度はきっちりプロテクションで防ぐと同時に後ろに飛び、威力を軽減する。
「よくやれてる」と健は自分を評価する。3ヶ月前の自分ならばものの数秒でやられていただろう。今までのやりとりで自身の力の向上を、確かに感じる。
機人が飛びかかり、またも両手での一撃を放つ。一瞬、視界に入った胸の膨らみに気をとられ反応が遅れ、容赦なく健の体は壁に打ち付けられた。
すぐさま立ち上がり、剣を構える。
踏み込み、いくつかのフェイントを入れて逆胴を打つが受け止められ、逆に機人の一撃が健を襲う。
この頃になって、健と機人の決定的な違いが出始める。
それは「疲労」。
健は魔力で身体能力を向上させているが、肉体への疲労がないわけではない。徐々に剣を振るう速度が遅くなってきている。錬度の高いフェイトのような高レベルの魔法であればどうかはわからないが、低レベルの健の魔法は体を蝕んでいく。
機人は、体の大半が機械で出来ている。筋肉も少なからず内包しているが、戦闘に使われる部位は大部分が機械だ。魔力の枯渇はあれど、疲労というものはほとんどない。
入るはずの一刀が入らない。受けられるはずの一刀が受けられない。
その差異がダメージを蓄積し、徐々に大きな差へと成る。
健の反応も鈍り、受け止め切れない攻撃が襲う。
打ち合いからすでに5分が経過し、健が壁に打ち付けられた数が10を越える。
体は悲鳴をあげ、気を抜けばすぐに崩れ落ちてしまうだろうが、構えを解かず、ただ耐える。
胸を見やる余裕もすでに無くなっている。
バリアジャケットは展開されているが、幾度と無く打ち付けられた体からは出血が確認され、打撲も数ヶ所ではすまされないだろう。
それでも戦おうとしているのは、今も泣いているヴィヴィオのため。
――ではない。
健は「誰かのために生きる」ことは、おそらく出来ない。痛いのはイヤだ。怖いのもイヤだ。死ぬのなんて、もっとイヤだ。
では何故痛みに耐えて立ちふさがるのか。
答えは単純、自分の為だ。
健は一度だけ、こう言った。「シグナムの隣に立ちたい」と。
今この戦い、勝たねばいけないのだ。勝たねば、隣に立つことなんてもってのほかだ、と。健はそう思う。
強く凛々しい愛しの女性の隣に立つ為。それが健の、戦いの理由。
ヴィヴィオを守る為と立ち上がったあの時も、健の心の奥底は同じだった。シグナムの隣に立つ。それは、健にとって人生と同義なのだ。
大きく息を吐く。
目の前の相手に勝つために手段を探る。その間も打たれ飛ばされ無数の瓦礫を作りあげる。
幾度と繰り返されたところで、ようやくたどり着いた、たった一つの方法。端から見れば大博打。だが健には、絶対に決められる、絶対の自信。
距離をとり、健は“バリアジャケットを解いた”。
機人は健がバリアジャケットを解いたことでようやく安堵する。やけに粘る相手だった、とターゲットである少女に目を向けようとしたが……向けなかった。
相手は、未だに構えている。先ほどまでと同様の構え。何かをやらかすつもりなのだと推測する。
機人は、戦いを始めてからの違和感を、ここで解いた。
――なるほど。ここで“それ”を使いますか。
機人の違和感、それは――。
再び健へと視点を当てる。
健がやろうとしているのは、「突き」だ。全体重を乗せ、急所目がけて放つ一閃は、まさに必殺。
これならば力は足りる。だが当てられる自信は、健にはない。故の、バリアジャケット解除だ。防御は紙切れ同然になるが、重い鎧を脱ぎ捨てれば体が軽くなるのは必然。
健の「絶対の自信」というのは、策でもなんでもない。
自分が10年培った、剣道だけだ。
健は、剣道家。
それだけで十分な自信だった。
もう一度深呼吸をし、相手が来るのを待つ。
耐えて、耐えて――。
――今!
健の渾身の一撃が、放たれた。
さて、もう一度視点を機人へと移そう。
機人が感じていた違和感。
それは、自分の胸部への視線だ。
てっきり胸部への攻撃が待っているのかと思いきや全く無し。どういうことかと頭を捻らせていたが、ここでの伏線だったのかと思い当たった。
おそらく必殺技であろうものを放つ場所を胸部と決め、それのタイミングを計っていたのだろう。胸部ならば心臓があり、決定的な一打になるのは間違いない。
攻撃の箇所が分かれば、防御は難しくない。両手の刀剣でそれを受けとめてしまえば、残るのは剥き身の体だ。今度こそ、立てないだろう。
ならば。
機人は駆け、健に襲いかかる。
わざと胸部への隙を作るように、攻撃のフリをする。
――来た!
雷のような一閃が、胸部へ放たれる。
機人は、刀剣を交差して受けとめ――
――られなかった。
一閃が、“伸びた”。
受け止めるはずの刀剣のわずかに上を通り過ぎた。
健の一閃は、もちろん軌道を変えていない。機人が“伸びた”と錯覚したのは、まさしく幻。
始めから、喉へ向かって一直線だった。
機人は、健という青年……いや、「男」を理解していなかった。
それが、機人の敗北理由。
健は、勝利を確信し。
機人は敗北を受け入れようとした、一閃が喉へ突き刺さる直前。
『健の体に黒い何かが衝突し、健はそのまま壁に叩きつけられた』。
バリアジャケット無しで打ち付けられた健は頭部を強打し、そのまま意識を手放した。
健は、敗北した。
敗北理由はただ一つ。
ここは、試合会場でもなく、決戦場でもなく。
「戦場」であると理解していなかったことだ。
健が意識を手放したあと、それまで一度も開かれなかった機人の口から音が漏れる。
「助かりました」
健を襲った黒い正体。
それは、召喚獣。
ザフィーラを退け、ここまでたどり着いてしまった。
召喚獣は何も答えない。召喚者の少女でも、彼の声は聞いたことはおそらくないだろう。
2人はそれから何も言わず、任務を遂行した。
戦闘シーン難しすぎワロタのでほとんど省略。健を強くしすぎた感が否めない……。
シリアスなのかギャグなのかハッキリしないのも反省点ですね。しかしOPI好きにした時点でディードおっぱいが「突き」を誤認する展開は考えていたのでこうなりました。
バリアジャケット無しでスピードupはオリ設定です。実際はどうなんでしょう?フェイトそんのけしからんジャケットとはまた別物のつもりですけど、変じゃないですよね?