ソードアート・オンライン 絶速の剣士   作:白琳

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第34話 デートの終わり

「え、えっと……シンさん?その、す、すみませんでした……」

 

俺の隣を歩きながら謝ってくるシリカの視線の先は、俺の頬につけられた赤い手形の跡。周囲に人がいるならば笑い者だろうが、ここはフィールド。向けられる視線はモンスターからのみである。

 

「いいんだよ、別に。それにああいった事故は初めてじゃないしな」

「そ、そうなんですか……えっ?」

 

思い出すのは第1層のトールバーナでキリトに案内された宿屋で起こった事故。アルゴの介入やシステムなどによりアスナの裸を見てしまった俺は長い時間、説教された。あの時と比べれば頬を引っ叩かれる方がまだ楽だ。

 

「シ、シンさん!?それってどういう──────」

「ほら、着いたぞ。ここが巨大花の森だ」

 

花畑の間に出来た道を通り、ようやく辿り着いた森は木々ではなく、巨大な花で埋め尽くされている。故にそう呼ばれているが、残念ながら俺達は下から見上げる事しか出来ない。上から見るには森の奥にある丘を登らないといけないのだ。

 

「うわぁ……おっきい……」

「上から見るには丘を登ればいいんだが、どうする?」

「ん……そうですね、どうしま────ひょえっ!?」

 

突然上から落ちてきた巨大な花びらがシリカに覆い被さってきた。一応ダメージはないが、花びらと言ってもここまで大きいとかなり重い。しばらくすると花びらの中心が破れ、シリカとピナが出てきた。

 

「ぷはぁっ!ううっ、びっくりしました……」

「きゅるるぅ……」

「ここからだと花は小さく見えるが、実際はかなり大きいんだ。モンスターとの戦闘中にこれに邪魔された奴もいるらしい」

 

まぁ、この森にモンスターが現れる事は滅多にないからそんな状況に陥る奴はほとんどいないだろうが。

 

「それにしても、本当にここだけ人が全然いませんね」

「モンスターが目的ならここに来る必要なんてないからな。それに花だけを見たいなら街にいるだけで十分だ。だからさ────そろそろ出てきたらどうなんだ?さっきから気付いてるぞ、ロザリア」

「えっ……!?」

 

俺が視線を向けた先、巨大花の太い茎の裏から現れたのは俺が言った通りロザリアであった。その表情は笑みを浮かべようとしているものの、実際は感情の方が前に出てきてしまっているんだろう。その証拠に口がひきつっている。

 

「へぇ……アタシの隠蔽(ハイディング)を見破るなんて。なかなか高い索敵スキルをお持ちのようね」

「まぁな。それと気付いたのはお前だけじゃない、()()()()()()()全員だ」

「チッ……奇襲は無理みてぇだな」

 

ロザリアが隠れていた他の場所からも男性プレイヤー達が出てくる。その人数はおよそ10人であり、全員のHPカーソルはロザリアを除いてオレンジだ。

つまり奴らは盗みや傷害、殺人といった犯罪を行った事で通常は緑色のカーソルをオレンジへと変化させた犯罪者(オレンジプレイヤー)というわけだ。

 

「シ、シンさん……あの人達は……」

犯罪者(オレンジ)ギルド、タイタンズハンドの奴らだ。そしてロザリアがそのリーダーだ」

「っ……で、でもロザリアさんはグリーン……」

 

シリカの言う通り、ロザリアのカーソルはオレンジではない。しかしそれこそが奴らのやり方なのだ。

 

「オレンジギルドにもグリーンの奴は結構いる。グリーンならば圏内に入れるし、警戒される心配がないからな。ロザリアの役割はパーティに紛れ込み、コルやアイテムが溜まったら他のメンバーが待ち伏せする場所まで誘導すること……だろ?」

「ええ、そうよぉ。今回もそれが目的だったけど……残念ながら全員に逃げられちゃったのよね」

 

主にお前が原因でな、と言いたいが挑発し過ぎて怒りを買い、()()を間違えてしまうのはまずい。()()()が飛び込んでくるのはもう少し先だ。

 

「だから色々な物を持ってそうなあんた達だけでも殺して奪おうと考えたのよ」

「で、でもどうしてあたし達がここに来るって……」

「昨日の夜、盗聴されていたんだ」

「えっ!?」

「あら、知っていたの。でもそれをシリカに教えてあげなかったのは、その子を信用していないからかしら?」

「敵を騙すにはまず味方からと言うだろ。それとシリカの事は信頼してる」

 

その結果、奴らは騙された。俺達を追い詰めていると思いきや、実は全て気付かれているんだからな。

 

「ふぅん……それで?いつから私がタイタンズハンドのリーダーだって分かってたのかしら?」

「初めて出会った日の夜にお前の正体、それとやり方を教えてもらってな」

 

それがあの日、キリトから送られてきた内容だった。元々は俺に協力をしてもらう為だったらしいが、名前がロザリアだと分かった瞬間に俺からも協力を頼んだのだ。

 

「……へぇ、一体誰かしら?情報屋でも私がオレンジギルドのリーダーだって事は知らないはず────」

「いや、1人だけ知ってる。お前らが前回襲ったシルバーフラグス……そこのリーダーだけは脱出する事が出来ただろ?」

「……ああ、あの貧乏な連中ね」

 

キリトから話を聞いただけだが、そのギルドは4人で構成されていたらしい。リーダーだった男は毎日朝から晩まで最前線の広場で泣きながら仇討ちをしてくれる奴を探していた。だが依頼を受けたキリトには殺す事を望まず、黒鉄宮の牢獄に入れてくれと頼んだそうだ。

 

「いいじゃない、別に。ここで人を殺したってホントにそいつが死ぬ証拠ないし。そんなんで現実に戻った時、罪になるわけないわよ。大体戻れるかどうかも分かんないのにさ、正義とか法律とか笑えるわ。アタシ、そういう奴が一番嫌い。この世界に妙な理屈を持ち込む奴がね」

「……なるほどな。ならお前にとっては俺の教えも妙な理屈なんだろうな」

「はぁ?教えですって?」

 

夜天流道場の教えの1つ────『その10 不殺を心掛けよ』

 

「誰であろうと、どんな理由があろうと殺していい人間なんていない。そいつには、そいつだけの人生があるんだ。殺した奴の人生全てをお前は背負う覚悟があるのか?」

「あんた、アタシの話を聞いてた?言ったでしょ、妙な理屈を持ち込む奴が嫌いって。まさしくあんたの事よ。だからとっとと殺されて消えな」

 

ロザリアのその言葉を皮切りに他のプレイヤー達がそれぞれ武器を構える。にやにやと笑みを浮かべているが、何がそんなに面白いのやら……。

 

「シリカ、ここで待ってろ。すぐに片付ける」

「シ、シンさん!?流石に無理ですよ、この数は……!」

「たった10人だ、問題ない」

 

刀を鞘から引き抜き、両手で構える。するとそこで男の1人が何かに気付いたのか、笑みを消していた。

 

「シン……?刀……それに教えって……っ、ま、まさか、お前、ビーターのシンか!?」

「……知らずに挑もうとしていたのか、お前ら」

 

どうりで少しも臆していないわけだ。ロザリアから俺の事について説明されてると思っていたが、何も伝えていなかったのか。いや、そもそも俺がビーターだと気付いていなかったのか?

 

「や、やばいって、ロザリアさん!こ、こいつ、あのビーターじゃんか!ヤバい奴だよ!」

「俺も聞いた事がある……攻略組の中じゃトップクラスの実力を持ってるって……そんな奴がどうしてこんな所にいるんだよ……!?」

 

今更そんな事で喚かれてもな……お前らのリーダーが情報収集の能力に欠けていたわけだしな。敵である俺には関係ない。

 

「こっ……攻略組がこんな中層をウロウロしてるわけないじゃない!どうせ名前を騙ってるコスプレ野郎に違いないわ。それに……もし本物だとしても、この人数でかかればたった1人くらい────」

「殺せると思ってるなら随分とお気楽な考えをしてるんだな」

 

慌てながらも自分達の方が勝っているとしか思っていないようだが、それは違う。いくら人数が多かろうと攻略組と中層プレイヤーの実力の差を埋めるのはそんな簡単な事ではない。

 

「……っ、あんたらやっちまいな!数じゃこっちの方が多いんだ!」

「そ、そうだよな……いくらなんでも一斉にやれば!」

「あいつに勝ち目なんてねぇ!」

 

ロザリアに勢い付けられたオレンジプレイヤー達は一斉に襲いかかってきた。俺を囲み、狙いを定めるとそれぞれの武器が勢いよく振り上げられていく。

 

「……戦術も戦法もあったもんじゃないな」

 

囲むというのはともかく、ただひたすらに攻撃するというのは大振り過ぎて相手に隙を生み出してしまうだけだ。それに10人という人数で囲むというのは相手に逃げ場を無くすわけでもあるが、同時に──────

 

「ふっ!」

「う、おおっ!?」

 

一番初めに到達した剣を刀で受け流すと、勢いを殺せずに背後にいる男へと切っ先が突き刺さった。さらには左右から襲い来る斧も僅かに体をそらした事で互いにぶつかり合い……このように囲めば周囲が狭くなり、仲間に攻撃してしまうリスクも大きくなる。故に仲間の動きも把握しなければ自滅する可能性すら出てくるのだ。

 

「このっ……何すんだ!」

「テメェッ!俺の邪魔をすんじゃねぇよ!」

「殺す気かお前!」

 

オレンジギルドのプレイヤー達はそれぞれの目的が一致しているだけで、実際は相手を仲間だと思っていない事が多い。故に自分の障害になるならば、例え仲間であっても容赦をしないのだ。

 

「あんたら何やってんだ!くだらない仲間割れなんてしてないで、とっととそいつを────」

「くだらないって何だよ!俺は今、こいつに殺されかけたんだぞ!」

「俺だってそいつが邪魔しなきゃ首を獲れたぜ!」

「んだと!?邪魔したのはテメェだろうが!」

 

もはや大半のプレイヤーは既に俺など眼中にないらしい。衝突し合い、今すぐにでも殺し合いを始めそうな雰囲気だ。そんな隙だらけの敵陣を突破するなど簡単な事である。

 

「あっ!?」

「っ、逃がすか!」

 

何人かは再び俺に襲いかかるが一発も当てる事は出来ず、ロザリアの前に立つ事を許してしまった。この距離ならば例え転移結晶を使われても瞬時に取り押さえる事が出来る。

 

「チッ……こうなったらアタシがっ!」

 

槍を構えたロザリアは俺に向かって走ってくる。突き出された槍は俺の胸を狙っていたが、直前で俺の()()に握られた事により突き刺さりはしなかった。

 

「なっ……!?」

「……そろそろ俺と自分達の差がどれだけあるのか考えてみたらどうなんだ」

 

刀を鞘に納め、自由になったもう片方の手でも槍を握る。そして勢いよく後ろへと振り回すとロザリアは槍から手を離してしまい、オレンジプレイヤー達と衝突する事となった。

 

「俺のレベルは81だ。中層で活動しているお前らが勝てるような相手か?」

「は、81だと……?化けもんかよ……」

「だったら……シリカだけでも仕留めてやるわ!あいつは今1人なんだから簡単に────」

 

ロザリアは俺が離れた事で1人となってしまったシリカに狙いを移したようだが……残念ながらそれは無理な話である。

何故ならば──────こうなるように共に作戦を練った()()()がシリカを守っているのだから。

 

「誰がシリカは1人って言ったかな?」

 

シリカの真横に立っている声の主を見てオレンジプレイヤー達は顔を青ざめた。その人物とは全身を黒の装備で包み込み、片手剣を構えた少女──────"黒の剣士"とも呼ばれるようになったキリトである。

 

「げ、げぇっ!?おい、あいつって────」

「ああ……あの格好……"黒の剣士"じゃねぇかよ!」

「何で攻略組のトップクラスが2人もいんだよ、ロザリアさん!!」

「し、知らないわよそんなこと!!」

 

俺とキリトに挟まれる形になった奴らは慌て始め、終いにはリーダーであるロザリアを責めるプレイヤーも現れた。これでは例えこの場を切り抜けたとしてもロザリアがリーダーとして君臨する事は難しいだろう。

 

「キ、キリトさん……?」

「久し振りだね、シリカ。ところで……シンとのデートは楽しめたかな?」

「ふぇっ!?な、何で知ってるんですかぁ!?」

 

今の会話を見るようにキリトとシリカは今回が初対面ではない。俺がクエストに誘ったり、偶然だったりと何度か顔を合わした事があるのだ。初めはシリカを始まりの街に残す事を選んだキリトと会わせていいのか悩んだが、両者からの頼みもあって会わせる事を選んだのだ。

まぁ、今ではいい関係を作れているからそちらを選んで正解だったと思っているが。

 

「さて……タイタンズハンドのあなた達は自分達がこれからどうなるか分かってるかな?」

「……さぁ、どうなるのかしら」

「簡単だよ。全員、牢屋(ジェイル)に跳んでもらう。これを使ってね」

 

そう言ってキリトが腰のポーチから取り出したのは青い結晶体だ。しかし転移結晶よりも色が格段に濃い事がここからでも分かる。あれは回廊結晶────転移結晶とは違って任意の地点を記録させ、そこを出口にすることが出来るレアアイテムだ。

 

「これはシルバーフラグスのリーダーが全財産をはたいて買った回廊結晶だよ。黒鉄宮の監獄エリアが出口に設定してあるから、あとは()の人達が面倒を見てくれるよ」

 

正確には軍ではなく、アインクラッド解放軍と呼ばれるSAO最大の規模を誇るこのギルドは千人超えのプレイヤーが所属し、獲得したアイテムを共同管理して分配する事により全員で迷宮を攻略しようとしていた。

だが攻略時に大きな被害を出してからは下層の治安維持と組織強化を重視しているらしく、最前線には出てきていない。

 

「っ……ちょっ、ちょっと待ってよ!それだけは許して!軍がオレンジプレイヤーをどう扱ってるか知らない訳じゃないでしょ!?」

「ああ、知ってる。あいつらはオレンジプレイヤー達に対して過激だ。捕まえた奴らを監獄エリアで監禁するというのもいき過ぎていると思う」

「だ、だったら……」

「でもな」

 

俺は奪った槍を地面に突き刺し、ロザリア達に詰め寄る。後退していく奴らだが後ろにはキリトがいる為に途中で止まり、完全に逃げ場を失った状態で俺は青ざめた表情の奴らに言い放った。

 

「人殺しのお前らが何も感じずにうろついているよりは────よっぽどマシだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイタンズハンドを回廊結晶で監禁エリアへと送った後、

俺達はフローリアへと戻ってきた。広場の転移門前に立つキリトはこれから最前線へと戻り、シルバーフラグスのリーダーに依頼の成功を伝えなければいけないらしい。

 

「シン、シリカ……本当にいいの?私だけでタイタンズハンドを捕まえたって言って……」

「ああ、元々はお前が引き受けた依頼だしな。俺はその手伝いをしただけだ」

「そうですよ。あたしなんて、そ!の!こ!と!すら知りませんでしたから」

「……だから黙っていたのは悪かったって……そろそろ許してくれないか?」

 

やはり1人だけ何も知らなかった事は許せなかったらしく、シリカは先程から機嫌が悪い。今のように言葉を強調させたりして根に持っている事を俺に伝えてきている。

 

「あははっ……シリカ、シンも悪気があって隠していたわけじゃないんだし、許してあげたら?」

「キリトさんまで……はぁ、分かりました。ロザリアさん達が現れるまでは楽しめましたしね」

 

シリカが楽しんでくれていたのなら、一緒に出掛けた意味があったというものだ。俺も楽しんではいたが、ロザリア達に途中で襲われる可能性もあった為、周りに注意を向けている事が多かったが。

 

「ありがとな、シリカ」

「それじゃ私はそろそろ行こうかな……っと、その前に」

「ん?どうした、キリト」

 

転移門をくぐろうとしていたキリトは何故かこちらへと戻ってきた。首を傾げる俺の前に立つキリトは頬を赤くしており、どこか恥ずかしげに指を弄っている。

……一体どうしたんだ?

 

「えっと……ね、私とも一緒にどこかに出掛けてくれないかなーって……」

「……つまりデートって事か?」

「っ!!?デ、デデ、デート!?い、いや、そんなんじゃなくてただ出掛けるだけでも……って、ああ、そっか」

 

キリトは顔を真っ赤にしたが、何かに気付いたらしく呆れた目で俺を見てきていた。何だ?男と女が出掛ける事はデートと言うんじゃないのか?

 

「シンは昔からそうだもんね……忘れてたよ」

「何がだ?」

「ううん、気にしないで。とりあいず考えといてよ?それじゃあね!」

「あっ、おい」

 

俺の引き止める言葉も聞かず、キリトは転移門の前で主街区の名前を叫び、その姿を消していった。結局最後は何を言いたかったのか分からなかったな。

 

「あの、シンさん」

「ん?」

「その……まだデ、デートって続いてますよね?」

「まぁ、夜まで時間はあるしな……どこか行きたい所があるなら行くが」

「な、ならあたし、巨大花の森以外に行きたい所があって──────」

 

 

 

 

 

デートを再開した俺達だったが、それからのシリカはどこか興奮気味であった。あっちに行ったり、こっちに行ったりと俺を振り回す勢いであったが──────襲われる心配がなくなった事で楽しめる余裕は十分にあった。




今回で第3章は終了です。
原作通りならこの後は『圏内事件』ですが、その前に原作未登場のヒロインをメインとした話を2つ出します。

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